蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・昼休み・総武高校・テニス部グラウンド(テニスコート)。
翌日の昼休みから、戸塚君のテニス特訓が始まった。私たちはジャージに着替えてテニス部のグラウンド(テニスコート)に出た。私、由比ヶ浜さん、比企谷君。そしてなぜか麦野さんと材木座君もやって来ていた。
問題は、私たちが着ているジャージだ。蛍光色の淡いブルーで、非常に目立つ。しかも色合いが壮絶にダサいと、総武高校生の間では不評の嵐なのよねぇ。好き好んで着る人間はほとんどいない。
それでも外で運動する以上、制服のままでは無理だから仕方ない。比企谷君と材木座君は何かマニアックな話をしていたけれど、麦野さんが『話半分でいいわ』と切り捨てていた。
そして雪ノ下さんがやって来た……のだけど、なぜか制服のまま。私たちには着替えるように言っておきながら、本人は制服のままって……まさか高みの見物をするつもりなのぉ!?
「では、始めましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
戸塚君が雪ノ下さんにペコリと一礼した。
「まず、戸塚君に致命的に足りていない筋力を上げていきましょう。上腕二頭筋、三角筋、大胸筋、腹筋、腹斜筋、背筋、大腿筋……これらを総合的に鍛えるために腕立て伏せ。……とりあえず、死ぬ一歩前ぐらいまでやってみて」
「うわぁ、ゆきのん、頭よさげ……え、死ぬ一歩前?」
「ち、ちょっと雪ノ下さん、いきなり戸塚君にそれはむちゃくちゃじゃないのかしらぁ?」
「食蜂さん……強くなるためには仕方がないことよ。あなたもテニスをやっていたのなら、このくらいわかるでしょ。筋肉は痛めつけたそれを修復しようとするのだけど、その修復の際に、以前よりも強く筋繊維が結びつく……」
「超回復のこと言ってるんでしょ?」
「ええ、そうよ。死ぬ手前までやれば一気にパワーアップ、というわけよ」
「は? どこかのサイヤ人と一緒にできねえだろ……」
「……まあ、すぐに筋肉がつくわけではないけれど、基礎代謝を上げるためには、このトレーニングはしておく意味があるわ」
確かに雪ノ下さんの言う通りなんだけどねぇ。基礎代謝がなっていなかったら、上手くなるどころではない。
由比ヶ浜さんがわからないという表情をしていたので、雪ノ下さんが説明を続けた。
「簡単に言うと、運動に適した体にしていくということね。基礎代謝が上がるとカロリーを消費しやすくなるの。極端に言って、エネルギー変換効率が上がるのよ」
由比ヶ浜さんは『フンフン』と頷いた。そして不意にその瞳にきらめきが宿った。
「カロリーを消費しやすく……つまり痩せる?」
やっぱりそっちの方に興味があったのねぇ。
「……そうね……呼吸や消化の時にカロリーをより消費するようになるから、生きてるだけで痩せていくことになるわね」
雪ノ下さんの言葉に、由比ヶ浜さんの瞳の輝きが増した。なぜか戸塚君よりもやる気をみなぎらせている。痩せたいという気持ちの方が強かったのかしら?
その姿に触発された戸塚君も、キュッと拳を握った。
「と、とにかくやってみるね」
「あ、あたしも付き合ってあげる!」
「久しぶりに私もやろうかしらぁ」
私は由比ヶ浜さんの隣に行って、同じく腕立て伏せを始めた。
その間、麦野さんと雪ノ下さんが少し離れたところで何か話していた。数分後、雪ノ下さんは校舎の方へ引き上げていった。そして麦野さんがこちらにやって来た。
「食蜂、由比ヶ浜、戸塚……私が面倒を見るわ」
「むぎのんが? ゆきのんは?」
「他に用があるって校舎の方に戻って行ったわ。安心して、私が見ててあげるから。私も少しぐらいならテニスを教えてあげられるし」
「そうなんだ、麦野さん、お願いします」
「まあ、私よりも中学までテニス部だった食蜂に教わった方がいいかもしれないけどね」
「麦野さん、確かにそうだけどぉ……私がちゃんと教えられるかわかんないからねぇ……」
比企谷君が腕立て伏せの準備をしながら、麦野さんに話しかけた。
「麦野……雪ノ下と親しげに話してたな」
「雪ノ下とは……小学生の時にちょっと話しただけ。……彼女、ずっと海外育ちだし……高校生になって少し話したぐらいよ」
「そうなのか……材木座、お前も手伝えよ……」
逃げようとする材木座君を、比企谷君が片腕で掴んだ。制服姿のまま腕立て伏せをさせようとしている。
「八幡、我は手伝うとはまだ一言も……」
「材木座、あなたも腕立て伏せね」
麦野さんに鋭く言われ、材木座君は睨まれた狐のようにシュンとなって、比企谷君の隣で腕立て伏せを始めた。
久しぶりに筋力を使うから、しばらく筋肉痛に悩まされるかもしれないわねぇ……。
私は息を整えながら、空を見上げた。
(……明日からも、続くのかしら)
千葉県・夜・食蜂家・リビング。
私はお風呂に入った後、念入りに体のマッサージをしていた。これを怠ったら、明日は本当に筋肉痛になってしまうからね。
それでも、すでに少し痛みが出始めている。そんな姿を見たお姉ちゃんが声をかけてきた。
「理沙、奉仕部でそんなに体を動かしたの?」
「うん、まあね。同じクラスメイトの依頼で、テニスを上手くなりたいって。それで色々と」
「へぇ~テニスが上手くなりたいか。経験者としては嬉しいことじゃないの?」
「どうなのかな。2年間のブランクがあるとはいえ、体は普通に覚えてたのよねぇ……」
お姉ちゃんはラフな格好でソファーに座り、足を組みながら言った。
「理沙が何年も積み上げてきたものでしょう。確かに2年間はやっていないのかもしれないけど、それだけ理沙の糧になっていることは間違いないわ」
「糧か……」
小学生の頃からずっとテニスをやっていた。本当はお姉ちゃんと一緒にバスケをしようと思っていたけれど、なかなかバスケに馴染めなくて、お姉ちゃんに『テニスをやってみたら?』と言われたのが始まりだったかな。
最初はお姉ちゃんに言われて入部しただけだったけれど、練習を積み重ねていくうちにどんどん上手くなって、レギュラーになって地区大会にも出るようになっていった。中学になってもテニス部に入って、レギュラーを取ってずっと頑張ってきた。あのまま上坂君と付き合っていたら、高校になってもテニス部に入っていたかもしれないわね。
まあ、そんな未来はなかったわけだけど……。
そんなことを考えていると、お姉ちゃんがまっすぐ私を見つめてきた。
「理沙、奉仕部という部活に入ってから、生き生きしてる感じがするわよ。入る前のダラダラしている時よりもね」
「そうかな?」
「お父さんもお母さんもそう言ってたわよ」
「そうなの」
私自身も『変わらなきゃ』と思って行動しているつもりだけど、他の人に言われたことはほとんどなかったから……。
お姉ちゃんやお父さん、お母さんに言われるってことは、私自身も少しずつ変わりつつあるってことなのかな。前は嫌々ながら奉仕部に向かっていたけれど、今では足取りは別に重くはない。
とにかく今は、戸塚君がテニスを上手くなるようにするだけね。
お姉ちゃんは優しく微笑んで言った。
「私は、理沙が元気よくしているのが一番嬉しいわ。だから自信を持って!」
「自信を持つ……かぁ……分かってるよぉ……」
「生き生きしてる理沙に、男たちもほっとかないでしょ?」
「そんなことないと思うけどぉ! お姉ちゃんの方が私よりモテると思うんだけどぉ?」
「私はバスケにかけてる女だし……恋愛してる暇ないのよね」
あはは……お姉ちゃんは小学校の頃からずっとそんな感じだったわねぇ。男のお友達はいるけれど、ダチや同志みたいな感じなんだよね。
「さてと、自分の部屋で基礎練でもしましょうかね」
そう言って、お姉ちゃんは自分の部屋に戻っていった。私も戸塚君のために、やるべきことをやらなくてはいけない。
お姉ちゃんが言ってくれた『自信を持て』という言葉に、背中を押された気がした。
迷いがまだある私だけど、私自身を信じて前に進まないと。そのためには、ちゃんと自信を持たないといけないわね。
明日からも特訓は続く。私も体力をつけないとね。