蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・夕方・総武高校・校門へ繋がる道。
完全下校時刻になっているから、校内はほとんど人がいなくなっていた。靴箱で上靴から革靴に履き替えて、校舎から出るわ。グラウンドでは、サッカー部や野球部が練習時間を延長して、まだ汗を流しているみたいねぇ。
グラウンド近くには、黄色い声援を送り続けている女子たちが結構な人数いるわ。
さっさと帰ればいいのにねぇ。練習している男子の中に彼氏でもいるのかしら……。
私も中学時代、上坂君がバスケ部だったから、練習を見守ったりしてたっけねぇ。もちろん私自身も部活動をしていたわけだし。私はため息を吐きながら、さっさとそこを通り過ぎる。
自転車で登下校する人たちがいて、私の横を次々と抜き去っていく。その中に、比企谷君の姿もあったわねぇ。比企谷君って、自転車通学なんだ……。意外と気づかなかったわ。
千葉県・夜・食蜂家・リビング。
私がくたくたくたで家に帰ってきたら、お姉ちゃんがリビングでくつろいでいた。
部活動をしているお姉ちゃんより私の帰りが遅いって、どういうことかしら? 制服からラフな普段着に着替えているわ。
「理沙、お帰り。今日遅かったじゃないの?」
「うん、まあねぇ」
お姉ちゃんは、私と容姿や体格は似ているけれど、目にキラキラがないのがお姉ちゃんで、あるのが私ってことになるわ。名前は美紗希、私より1歳年上の高校3年生。学校は海浜総合高校に通っているのよねぇ。
性格は私なんかよりずっと優しくて、正義感が強い方。運動神経も抜群で、バスケ部に入っているわ。
「部活動にでも入ったの?」
「う〜ん……入ったというか、無理やりに入れさせられたというかぁ……なんというかぁ……」
「無理やり?」
お姉ちゃんの眉がピクッと動いたので、これはマズイと思った私は
「無理やり……私がちょっとふざけた作文を提出してしまってぇ……そのぉ……」
私は事の顛末をお姉ちゃんに話したのだった。それを聞いたお姉ちゃんは
「……それは理沙が悪いわ。その平塚先生は、アンタのためを思ってそうしたんでしょうね」
「ええっ!? お姉ちゃん、平塚先生の肩を持つのぉ?」
「持つとか持たないとか別にして、中学の卒業式以来、他人と関わることを嫌がってるみたいだけど、いつまでもそれじゃいけないことは、理沙もわかってるでしょ?」
「そ、それは……」
上坂君にフラれたあの卒業式の日、家でお姉ちゃんの胸で大泣きしたわ。あの時はお姉ちゃんに慰められて、高校で新たな出会いがあればいいって言われたけど、その後の入学式の事故で高校デビューも失敗。この時も慰めてもらったけど、高校での人間関係は結局構築できなかったわねぇ。そして今に至るわけだけど……。
「理沙、アンタが入部した奉仕部だっけ?」
「そうよぉ」
「そこで迷える子羊の背中を押す役目を、理沙がやるってわけね」
「私が、迷える子羊の背中を押せるのかな……? 不安しかないけれどぉ……」
「将来、困ってる人を助ける、そういう職業につきたいって言ってたじゃないの」
!!……確かに小学校の頃の夢。中学の卒業式の日……上坂君に振られるまでは、そういう考えを持っていたわ。でも振られた後は、どうでもよくなってしまったんだけどねぇ……。
「それは……あの時まで……考えていたけどぉ……今は……」
「とにかく、頑張ってみなさいな」
「う〜ん」
「だらだら高校生活を過ごすよりはマシでしょ」
「だらだらと過ごす、それが今の私のモットー……」
「理沙、あんたね……」
そんな話を、お姉ちゃんと少しの時間過ごしたのだった。この後、お仕事からお母さんも帰ってきたわねぇ。
千葉県・夜・食蜂家・理沙の部屋。
夜ご飯とお風呂を済ませた私は、自分の部屋でくつろいでいた。
今日は他県の支社に出向していたお父さんが帰ってきたわ。3ヶ月ぶりかな。将来社長になるための修行みたいなものだと、お母さんは言っているわねぇ。
食蜂家は、代々養蜂農家だったのよねぇ。お爺さまの時代で、養蜂農家を法人化して、蜂蜜を使った製品の加工・開発企業に変わったの。そして今はグループ企業も抱えるようになったわ。お父さんは、食蜂家に婿養子なの。お母さんが一人娘だったから。
元々、お父さんはお爺さまの部下だったようで、お母さんと付き合って結婚。そしてお姉ちゃんと私が生まれたわ。色々お土産をもらって、私としては嬉しい限りねぇ。
それにしても……奉仕部、迷える子羊の背中を押してあげるか……私にそんなことができるのかしらぁ。お姉ちゃんは頑張ってみなさいって言ってくれたけど、不安の方が大きいわ。
でもやらないわけにはいかないしねぇ。やらなかったら平塚先生に何を言われるかわからない。それこそ勝負は不戦敗になってしまうわ。いきなり迷える子羊が明日、奉仕部に訪れたりしないよねぇ。平塚先生ならやりそうな気もするけど……。
いきなり依頼なんか来ないことを祈るしかないわねぇ。ベッドに横になりながら、天井を見つめる。今日の出来事が頭の中でぐるぐる回っている。あの奉仕部……雪ノ下さんも比企谷君も、なんだか不思議な人たちだったわ。私と同じように、どこか孤独を抱えているような……。
でも、私が誰かの背中を押すなんて……本当にできるのかしら。
「……はぁ。やっぱり、明日も行かなきゃいけないのよねぇ」
ため息をつきながら、目を閉じた。明日が、少しだけ怖いような、でもどこか少しだけ期待しているような……そんな複雑な気持ちを抱えたまま、私は眠りについたのだった。
千葉県・朝・食蜂家・リビング。
朝、いつものように学校へ行く支度を整え、家族が揃うリビングへやってきたわ。お父さんとお母さんはテーブルに座って朝ご飯を食べているけれど、お姉ちゃんの姿はもうなかった。
そうよねぇ。お姉ちゃんはバスケ部のキャプテンでエースだから、朝練にも人より早く行かないといけないものね。お父さんが私に声をかけた。
「理沙、おはよう。美紗希は先に出かけたぞ」
「うん、知ってるよぉ。お姉ちゃんバスケ部のキャプテンだしエースだからねぇ」
「美紗希がバスケをやってるのは知ってたが、まさかキャプテンになるとはな」
「美紗希はずっと頑張ってましたからね。あ、そうだ。お姉ちゃんから聞いたけど、理沙も部活に入ったそうね」
うげっ、お姉ちゃん両親に話したのぉ!? あまり知られたくなかったんだけど……!
「え……えっと、部活には入ったんだけど……その、何と言うか……」
「なんだ? 部活動を言うのがそんなに嫌なのか?」
「別に嫌というわけじゃないんだけどぉ……」
「あなたが決めて入った部活なのでしょ?」
うぅ……お姉ちゃんにも『入部させられたのは私が悪い』と言われたし、もう一度同じ説明をする気はないわねぇ。同じように怒られるのが目に見えているもの。
「お父さん、お母さん、笑わないって約束してねぇ……」
「笑わないよ」
「笑わないわよ。だから教えてちょうだい」
私はそっと深呼吸をしてから、
「奉仕部……奉仕部に入ったわ。困った人たちの背中を押すための部活、かな……」
お父さんとお母さんはお互いに顔を見合わせた後、私の方を向いた。
「立派なことじゃないか、理沙」
「そうよ、あなたが中学まで言っていたことじゃないの。人助けをするような仕事に就きたいって」
「確かに言ってたけど、今改めて言われると恥ずかしいというかぁ……」
説明しているうちに顔が赤くなっていくのが、自分でもよくわかった。中学時代までは色々とうまくいっていたから、そんな夢を口にしていたのよねぇ。あの夢も、中学の卒業式の日で打ち砕かれてしまったけど……。
「とにかく、理沙がやる気を出してくれて父として嬉しい限りだ」
「母としても嬉しいわ。ずっとだらだらと高校生活を続けるつもりなのかって、少し心配になっていたから」
お父さんやお母さんに心配をかけていたのは分かっているんだけどぉ、今すぐ陽キャみたいになれるわけじゃないのにねぇ。
そんな話をしながら、お父さんとお母さんと朝ご飯を食べたのだった。
千葉県・朝・総武高校への通学路。
私は背中に朝日を浴びながら、てくてくと歩いていく。朝からうるさい陽キャの生徒たちが、目の前をイチャイチャしながら通り過ぎていく。
「はぁ〜、朝からあんなにイチャイチャする必要があるのかしらねぇ……」
そうしないと不安なのかしら……。中学時代の私も、今の私から見たら同じように見えていたんだろうな……。今の気持ちのような目で、周りが見ていたってことよねぇ……。
確かに今思えば、うざったいわよねぇ。まあ、私のクラスのうざったい連中も確かにいるけどねぇ~。あのカースト上位の面々よ。私はそのカーストの下の方にいる立場だけど、同じクラスの比企谷君もここに該当するわね。
総武高校はレベルの高い子が多い学校だけど、別に頭の良し悪しじゃないわ。容姿や目立ち方よねぇ。目立ちたくない私は地味に振る舞っているだけ。何もかも無気力な感じで。
だけど、これからそういうわけにはいかなくなった。奉仕部に入部させられ、どれだけ人を導けるかという勝負をさせられているわけで……何もしなかったら、それだけで何か罰則を受けさせられる可能性が高いわねぇ。
自分から進んでそんなことをしたいとは思わないけど、やらなければ何をされるかわからない……。深いため息をつきながら、私は総武高校へと向かった。
(……いきなり今日、誰かが奉仕部に来たりしないわよね? 来ないでほしいわ……)