私、火力は平均値でって言ったよね!?   作:nelldrip

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ギルドの手配ミスで、カズマたちパーティーと『赤き誓い』が荒野で遭遇する。



めぐみんの日課・爆裂魔法を見て、マイルがうっかり零した一言、「わたしもそういうの、できますよ?」

それが、その日を人類史上最大の実験日に変えるとは、誰も思っていなかった。



核融合、反物質、ブラックホールの蒸発——マイルは物理法則をひとつも破らない。

ただ、それを「在らしめる」一点だけを、魔法でズルしているだけだ。理屈は、いつも合っている。合っているからこそ、誰も止められない。



そんな火力は平均値。 ……まぁ宇宙の平均値なわけであるが。

※本作の兵器描写は理論上の物理法則に基づいたフィクションです。


いやぁ、物理ってすごいですよね

## わたし、火力は平均値でって言ったよね!?

 

### 第一話 「物理って、合法ですよね」

 

---

 

 ことの発端は、冒険者ギルドの、本当にしょうもない手配ミスだった。

 

 同じ討伐クエストに、二つのパーティーが重複して派遣された。受付嬢が依頼書の日付欄を一行ずらして書いた——ただそれだけのことだ。

おかげで俺たち、佐藤和真ひきいるパーティーは、街を出て山をひとつ越えた荒野のど真ん中で、見ず知らずの連中と鉢合わせることになった。

 

 相手は『赤き誓い』と名乗る、少女四人組のパーティーだった。

 

 ピンクがかった髪を背中で揺らした、やたらと礼儀正しい子がマイル。赤毛で気の強そうな火魔法使いがレーナ。金髪を短く切った生真面目そうな女剣士がメーヴィス。そして、おっとり微笑みながら時々こちらの装備の値段を品定めしている巨乳の子がポーリン。

 

 なんというか——平和そうな連中だ。そう、この時の俺は、本気でそう思っていた。まぁ、平和じゃないのは、一人だけだったが。

 

 昼下がり。休憩がてら、二つのパーティーで車座になって、互いに自己紹介を済ませた。明日はどちらが先に魔物を狩るかで軽く揉めはしたが、そのへんはいつものことだ。

 

ポーリンとめぐみんが討伐報酬の取り分について妙に具体的な交渉を始め、メーヴィスとダクネ……は今回いない。代わりにアクアが「女神たる私が来てあげたんだから報酬は色をつけなさいよね」と意味不明な主張をしてレーナに塩対応されていた。

 

 問題は、いつものように、めぐみんだ。

 

 陽がまだ高い昼下がり、こいつは唐突に立ち上がる。またか、少しは脈絡くらいは見せろ。

 

「カズマ。日課の時間です」

 

「……ああ、はいはい。今日は遠くの岩でいいか」

 

 めぐみんは紅魔族にして、爆裂魔法ただ一つだけを極めた魔法使いだ。他の魔法は一切覚えない。一日一発、爆裂魔法を撃つ。それだけが、こいつの生き甲斐であり、誇りであり、存在理由のすべてだ。

 

 赤き誓いの面々が、何事かとこちらを見ている。

 

 めぐみんは荒野の彼方、陽射しに白く灼ける岩山に向かって杖を構えた。マントが風にはためく。魔力が渦を巻いて集まり、空気がびりびりと鳴る。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!」

 

 知ってる。というか聞き飽きた。

 

「闇よりも昏き深紅の閃光! 我が深淵なる真紅の混沌より生まれいでよ——エクスプロージョンッ!!」

 

 真昼の空が、もっと白い光に、塗り潰された。

 

 光。少し遅れて轟音。さらに遅れて衝撃波が砂を巻き上げ、休憩用の焚き火がぶわっと傾ぐ。彼方の岩山は、上半分が消し飛んでいた。

 

 うん。何度見ても、いい爆発だ。これだよ、これ。

 

「……っ、撃ち、ました……」

 

 ぱたり、と倒れた。

 

 爆裂魔法は一発で魔力を全部使い切る。撃った後のめぐみんは、子犬のように動けなくなる。俺は慣れた手つきでこいつを背負った。軽い。ほんとに軽い。この小っさい体で、あの一発を撃つために、こいつは一日中魔法力を溜めて生きているのは呆れるべきか感心すべきか。

 

「すごい……」

 

 声がした。

 

 赤き誓いの、ピンク髪の子——マイルだ。目をきらきらさせて、爆心地のほうを見ている。

 

「すごいです、めぐみんさん! あんなに綺麗な爆発、初めて見ました!」

 

 背中のめぐみんが、ぴくっと反応した。死にぞこないみたいな顔に、ほんの少し、誇らしげな色が戻る。

 

 うん、いい子だ、マイル。お前みたいな素直な観客がいると、めぐみんも報われるってもんだ——と、俺がほっこりしかけた、その時。

 

「あ、でも、わたしもそういうの、できますよ?」

 

 マイルは、世間話のような軽さで、そう言った。

 

 めぐみんの目が、すっと細くなった。挑発、と受け取ったらしい。

 

「……ほう。爆裂魔法を、あなたが?」

 

「あ、いえ、爆裂魔法そのものじゃないんですけど。似たような……というか、たぶん、もっと派手なやつなら」

 

 もっと派手。

 

 めぐみんの目が、さらに厳しくなった気がした。

 

 この時、俺の背筋を、理由のわからない冷たいものが、ほんの少しだけ撫でた。

 

 今思えば。あれは、虫の知らせってやつだったんだ。

 

---

 

「じゃあ、お見せしますね! ええと——」

 

 マイルは、にこにこしながら、すたすたと荒野を歩き出した。やたらと遠くへ。どんどん遠くへ。

 

「あの、マイルさん? どこまで行くんですか?」

 

 俺が呼びかけると、マイルは振り返って、申し訳なさそうに笑った。

 

「あー・・・近くだと、たぶん皆さん死んじゃいますので・・・それに、目立つのも困るので、ちょっと。」

 

「……は?」

 

「ええと……あの山の向こうの、そのまた向こうの、またむこう。まだその先、海をわたってしばらくいったあたり。誰も住んでない、ちょっと大きめの岩礁があるんですけど。あそこにします!あの丘の上ならよく見えますよ!」

 

 めぐみんが、背中で呆れた声を出した。

 

「……正気ですか。国ひとつどころでもないくらい離れて、私たちにいったい何を見せるつもりなんです。そんな距離、爆発したって光の点ひとつ見えるかどうか——」

 

「あ、見えますよ。たぶん、めちゃくちゃ見えます。だいたい500km近く離れていますが、これくらい離れないと皆さん本当に死んじゃうので・・」

 

 そうして、小高い丘のうえで、マイルがその場で両手をかざすと、大きなスクリーンが現れ、なにかが映った。

 

 何もない荒野の地面に、淡い光の紋様が走っている。空気がきしみ、——地面から、巨大な“何か”が、せり上がってきた。

 

 分厚い金属の筒。その底に、中身のわからない弾頭のようなものが複数並べられる。

 

 俺は、嫌な汗をかきはじめた。なんだ。なんだあれは。なんで俺、あの構造に既視感があるんだ。

 

「タングステンの筒です。中はちょっと複雑な構造ですよ。カーボンとベリリウムにハフニウム・・・最後に入れたのは重水素化リチウムですね。一番下はCL-20、とっても強い爆薬です♪」

 

 マイルが、世間話の続きみたいに解説する。

 

 待て。いまなんつった。

 

「で、上空……ええと、百キロくらいですかね。そのへんに、こっちを置きます」

 

 マイルいわく、青空のずっと上。陽射しの中に、ぽつんともう一つの“点”が出現した、ようだ。なにもみえないが。

 

 こちらも、先端が重水素化リチウムの巨大なタングステンの柱だという。嫌な予感しかしない。

 

「準備、できました! テラー・ウラム型ってやつです。じゃあ——誘導魔法で、完全な重力落下、いきますね」

 

 点が、落ちはじめた。

 

 俺の頭の中で、現代日本で読み漁った知識が、さっききいた言葉が、最悪の形で線を結んだ。

 

「……おい」

 

「カズマ?」

 

「おい、待て待て待て待てっ! テラー・ウラム型だと?!おま!それ!水爆じゃねぇかぁぁぁ!!」

 

アクアが「すいば……なに?」と首をかしげる。

 

レーナが「あんた、何かわかったの?」と眉をひそめる。こいつら誰もわかっちゃいない。わかってるのは俺だけだ。だからこそ、俺は叫ぶしかなかった。

 

「水爆を神の杖(ロッド・フロム・ゴッド)で起爆させてんじゃねぇぇぇ!!」

 

「あー、惜しい。惜しいです、カズマさん。一つだけ、訂正していいですか」

 

「……あ?」

 

 マイルは、こほん、と咳払いをして、続けた。

 

「落下の衝撃だけでは、火は点きません。柱が刺さっても、ただのクレーターができるだけです。点火は——弾着の、その瞬間。両方のコアのすぐ後ろに仕込んだ、プルトニウムを、CL-20の爆発力で内側へぎゅっと潰します♪均等に爆縮させるための設計が大変なんですよ?」

 

「……杖は、ただの蓋で、潰すのは、コア裏の、爆薬で点火するプルトニウムだと……!?」

 

「はい。ただ——」マイルは、ちょっと困った顔で続けた。「本当はCL-20だけで点火できるといいんですけどね♪」

 

純粋水爆じゃないのが残念、そういった。俺の、せっかく組み上げた恐怖が、半分、空振りしたが、そんなことはどうでもいい。

 

「あ、そろそろですよ。皆さん、サングラス掛けといてくださいね」

 

「余計悪いわ!てかサングラスで防げる規模じゃ——」

 

 真昼に、もう一つ、太陽が灯った。

 

 国ひとつ分以上離れた水平線の向こうが、白く、白く、白く灼けた。

 

瞬間、ただでさえ明るい昼が、さらに白く飛んで、足元に、くっきりと二重の影が走る。

 

ただ、静寂。誰もなにがおきたのか、ということすらしゃべろうとしない。マイルもしゃべらない。なにかをじっと待っているようだ。

 

やがて、水平線の向こうに、見上げるほどの——空の天井を突き破るような、巨大なきのこ雲が、ゆっくりと立ち上がっていくのが見えた。雲の根元が、衝撃で白い輪を吐く。

 

そして、地面が、ぞわりと揺れた。爆発から、一、二分。地殻を伝う震えは、空気の音より、ずっと足が速い。

 

そして、陽が目に見えて傾きかけた頃、ようやく、大気の果てから腹の底を抉る低い咆哮と、熱を孕んだ凄まじい爆風が渡ってきた。

 

五百キロを秒速三百四十メートルで渡ってくるんだ。腹を殴る本番は、二十分以上も先だ。理屈はわかってる。わかってるのに、その“間”は、まるで生殺しだった。

 

「百メガトン、三つぶんです!」

 

 満足げな声。

 

 ……三百メガトン。ツァーリ・ボンバ —五十メガトンの、六倍。

 

「あ、よくご存知ですね、カズマさん。たぶん人が一発で出した火の中では、史上最大です♪」

 

 マイルが、わざわざそこだけ太鼓判を押してくる。嬉しくねぇ。

 

 俺は、青ざめて彼方を指さした。

 

「お、おい……っ! あの威力、対岸の本土まで——この国まで、火の海になるんじゃ……!」

 

「あ、それは大丈夫です。ナノちゃんに計算してもらいましたけど、派手に見えても本当に焼けるのは爆心から数百キロです。光と雲と、地面の揺れはずっと遠くまで届きますけど。放射性の降下物は回収するので安心してください♪」

 

 光が引いたあと、俺はサングラス越しにマイルが出したスクリーンを見た。さっきまで水平線にあった、小さな岩礁の影が消えていた。海面に、巨大な湯気の立つ穴が、ぽっかりと空いている。

 

 ……島“ひとつ”分。それだけ。それ以上は、本当に、広がっていない。

 

 なのに、俺の体はまだ震えていた。物理的には数百キロ。理屈はわかった。わかったうえで、こいつが“島ひとつを更地にする閃光”を世間話のついでに出した、という事実だけは、何も小さくならない。

 

 めぐみんが、俺の背中で、固まっていた。

 

「……」

 

「め、めぐみん?」

 

「……い、今の、爆発……ば、ばくれつまほうのな、何倍です、か……?」

 

 言ってやれなかった。桁が違う、なんて言葉では足りない。

 

たとえ今のめぐみんのエクスプロージョンとて、その火力はせいぜい数百トン、戦術核どころか、気化爆弾レベルだろう。マナタイトやアクアの魔力を重ねたとて、1キロトン。戦術核相当がいいところだ。

 

たとえそれだとして、30万倍の威力なのだ。

 

「いやー」

 

 マイルが、とっとっと、と荒野を駆け戻ってきながら、あっけらかんと言った。

 

「神の杖が、こんなに便利だなんて思いませんでした。準備が凄く地味かもですけど、わたし、けっこう好きかもしれません、これ」

 

あっけらかんと言うマイルに、レーナたち『赤き誓い』のメンバーも、あまりの神罰規模に口から泡を吹きかけているアクアも、完全にドン引きである。

 

そして、その一連の構造――重力落下による衝撃超高圧・核分裂誘発水爆――を完全に理解してしまった元オタクの転生者・カズマは、自身の髪を狂ったように振り乱し、限界の肺活量で絶叫した。

 

「なにやってんだおめぇぇぇぇぇ!!! 国際条約違反だろ! っていうか何だその威力は! 物理法則を兵器転用すんなぁ!!」

「え、ジュネーブ条約にも戦時法(ハーグ陸戦条約)にも核兵器の使用を禁ずる文言はないですよ?まぁハーグは核なんて影も形もない時代の条約ですし、ジュネーブも核保有国が決めてるので禁止するわけないんですけどね♪NPTも兵器や原料を輸出入したわけじゃないですし……」

「そぉいうことじゃねぇぇぇぇ!!!!」

「それに、国際司法裁判所1996年勧告でも使用は禁じられてないんですよ♪」

「司法に許可とった気でいるなぁぁぁ!!」

「だ、第一、人道ってもんがあるだろうがちくしょうめぇぇぇ!! 人の道に反するだろうがぁぁぁ!!」

最後の砦とばかりに、カズマは『人道』の二文字を投げつけた。

これだ。これさえ言えば。いくら物理が合法でも、いくら条約に文言がなくても、『人道に反する』の一言で――

だが。

マイルは、きょとんとした。

本気で、不思議そうに。何を言われたのかまるで分からない、という顔で。きょろり、と首を傾げる。その瞳がまんまるに見開かれていた。さながら、得体の知れないものを見た猫のような――

「……えーっと?」

マイルは言った。

「あれ、誰もいない砂漠のど真ん中に落としましたよね?半径五百キロ、人っ子一人いませんよ。事前に三回、偵察魔法で確認してますし・・・動物も低空飛行で全部追い払いましたからね。人的どころか生物の被害、ゼロですよ?」

「……」

「人的被害ゼロの水爆実験に……なぜ人道が…?」

きょとん。

俺はもう、ただ、頭痛が痛いばかりだった。

いや。

いや、しかも。

マイルが正しい。

圧倒的に、ぐうの音も出ないほど、正しい。

人道とは、人に対する道だ。そこに人がいなければ、人道もクソもない。誰一人傷つけていない実験に、人道を持ち出した俺の方が、論理的には完全に破綻して・・・・「ってそうぉぉぅいうことじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

俺は、膝から崩れ落ちた。

 

---

 

「め、めぐみんさーん!?」

 

 マイルが、青ざめためぐみんに気づいて、わたわたと駆け寄った。

 

「元気出してください! ほら、次はもっとエコなやつをお見せしますから! 燃費のいいやつ! ガンダムとか好きなら、絶対興奮しますよ!?」

 

「……え、あ、はい。……見せて、ください」

 

 めぐみんの目から、光が、半分くらい消えていた。

 

次はお日さまに力を貸してもらいます!

 

そういって、マイルは荒野の上空に、手をかざした。

「衛星軌道上に配置した、六千基の反射板とシンチレータ付きプリズムです!」

 こいつ、いまなんつった?

 考えたくもないカットが脳裏によぎる。大量の反射板、集光される太陽の光・・・

「ちょ!お、おま、それソーラ・レ」

「あ、カズマさん、おしい、ちょっと惜しいです!」

 そうして空を仰ぐ手を大きく動かした

「太陽の光を集めるだけじゃ大した威力は出ません!軟X線より短波長はシンチレータでX線変換し、420nmより短波長を量子ドットを使って全て420nmに変換します」

 

 は?こいつはいったいなにをする気だ。ソーラ・レイならまだわかる。だが、あれは一見派手だが実のところは地味だ。デカい虫眼鏡ではどんなに光を収束しても、ただ焦がして燃やすだけ、それ以上は出来ない。

 

「シンチレータとプリズムもあるんですよ。太陽光のうち紫外領域を420nmにして、可視光から近IRまでを0.1ナノメートル単位で分離!軌道上に配置した量子ドットフォトニック結晶ファイバでパルス位相同期させます!」

 六千基。蛍光体とプリズム。ガンマ線から近IRまで。

「波長……分離……」

「待て待て待て!お前それ、太陽の光をレーザービームにしようってことか?!」

「さすがですねカズマさん!そのとおりです!0.1ナノメートル間隔で、位相同期した強化コヒーレント光を照射します!焦点で全波長複合干渉による――極点破壊の最大化です!」

 全波長が、寸分の狂いもなく位相を揃えたまま、ただ一点へ。

 それぞれの波長の山と山が、完璧に重なる。建設的干渉。重ね合わせの極限。ガンマ線から深赤外までのあらゆる波が、たった一点で、加算され続ける。

「総破壊力は……理論的には、テラジュール毎秒に到達しますよ!」

 空が、白んだ。

 一条の――いや、波長ごとに分かれていたはずの無数の光が、一点で結ばれたただ一筋の神の光槍(こうそう)。荒野の一点が、音もなく消えた。爆発ではない。膨張ですらない。ただ、そこにあった岩盤が、分子の繋がりごと、なかったことにされていた。

 極点に、すべてが集まったのだ。

 遅れて、衝撃が来た。一点を失った大地が、その喪失を埋めようと、四方から空気を巻き込み、悲鳴のような風を起こす。

 

「降ってくる光を、揃えて集めてみました。いつもは四方に散っちゃう分を、一条たりとも逃さず拾ったわけです。まぁ実際に最高出力が出るのは長波長側のパルス出力依存なんですが…干渉を使ってるのでこればっかりはしょうがないですね。」

「お日様の光って、そのままだと、無駄が多いんですよ。雲があるとだめですし……」

 マイルは、真顔で、空を見上げた。

「これなら、雲も突き抜けられます!」

 にっこりと、笑った。省エネ家電の説明書きを読み上げる、善良な主婦のような顔で。

「省エネの顔で大量破壊兵器を語るなぁぁぁ!!」

「……まぁ、最初の三百メガトンに比べたら、微風ですけどね♪」

「基準が壊れてんだよお前の中の!!毎秒テラジュールが微風になる世界に住むなァァ!!」

 

---

 

「他にも、こんなのありますよ。今日は風が強いからいけるとおもいます。」

 

 マイルは、まだまだ笑顔だった。むしろ、ノってきていた。同好の士に披露できるのが嬉しくて仕方ない、という顔だ。

 

「あ、これでもわたし、エネルギーや物質そのものを、無から錬成したり、温度とか圧力を直接いじったり、っていうのはできないんですよ?」

 

「……は? できねぇことあんのか、お前に」

 

「はい。ナノちゃんとの約束です。わたしは、無からエネルギーを“生み出す”ことはできません。すでにそこにあるものを、お借りして、並べ替えるしかできないんです。」

 

 マイルは、にっこりした。

 

「だから、わたしのやってることの全部、結果はちゃんと物理どおりなんですよ。確率統計学上で完全なゼロでない事象、だけです。ズルをしてるのは、“在らしめる”ところだけ。」

 

 続けて、マイルは、自慢げにいった。

 

「でもね、カズマさん。たとえ信頼区間 10σの外だとしても、それは統計学上完全なゼロじゃないんですよ!」 

 

 ……信頼区間。 10σ の外側。前世の知識が、その言葉の意味を、最悪の形で脳内に翻訳してしまった。普通は、そんな天文学的な確率のバグは「起きない」と断言するために使う基準だ。

 

 なのにこいつは、「宇宙の歴史が何百回繰り返されても一度も起きないような、正規分布のすそ野のずーーーっと先にある最悪の例外バグ」だけをピンポイントで引きずり出しているのだ。

 

 理屈は合っている。確率統計学上で完全なゼロじゃないなら、それはこの宇宙が「起こっても良い」と許可している、ただの正しい自然現象の先取りだ。

 ——合っているからこそ、目の前で、確率論のサイコロの目をハッキングされた世界のルールそのものが、ガタガタと音を立てて崩壊していく。

 在らしめるところだけ。その言葉が、悪魔に思えた。

 いや、たとえラプラスの悪魔がいたとしても、こいつよりはマシだろう。

 

「……風向きからすると、あ、あれがいいですね」

 

 マイルが、視線を向けた先には——荒野の片隅に建つ、古びた廃城があった。

 

「あそこなら、人もいませんし」

 

 彼女は、空中に不思議な形の筒を錬成しはじめた。ラッパのような、楽器のような、奇妙な共鳴管。それを——一本、二本、ではなかった。何十本も、何十本も。扇のように、ずらりと廃城を取り囲むように、空中に並べていく。

 

 筒の群れ。建物に向けて。なのに、燃料も光も見当たらない。

 

 俺の脳裏に、またしても。嫌な予感がびりびりと走った。

 

「……何も起きないじゃない?」

 

 アクアが、きょとんとしている。

 

 めぐみんは、相変わらず死んだ魚の目で、じっと筒を見ている。

 

「そろそろですかね~」

 

 マイルが、のんびりと言った、その瞬間。

 

 廃城が——崩れた。

 

 誰も、何もしていないのに。光も、衝撃波も、爆音もないのに。石壁がぼろぼろと内側から砕け、塔が傾ぎ、地響きとともに、城全体が自重で潰れていった。

 

「なにっ!?えっ!何が、起きたの?」

 

 アクアが本気でわかっていない顔で言う。

 

 でも、俺にはわかってしまった。あの筒の群れが、いっせいに、かすかに、低く唸っていた。聞こえるか聞こえないか、それより腹に響くような不快な振動。

 

「て、てめぇぇぇぇ! 低周波だ! 超低周波の共振で建物の固有振動数を叩いて、内側から構造ごとぶっ壊しやがった——!」

 

「あ、当たりです。さすがです」

 

 マイルは、にこにこと頷いて、それから付け加えた。

 

「空気の振動だけで本物の石の城を共振で崩す、そんなの出鱈目な出力です。一本のチューブじゃとても足りませんから、こんなにたくさん並べました♪。数で出力を稼いでるだけで、共振で壊れること自体はちゃんと、物理どおりですよ」

 

「音だけで、しかも耳に聞こえねぇ音だけで城を落とすなんざ、ステルス攻撃なんて思いついてんじゃねぇぇぇ! 撃った瞬間がどこにもねぇ兵器が一番たちが悪いんだよぉぉぉ!!」

 

「えへへ。これも結局は、空気を“揺らしてる”だけですから」

 

 レーナが、隣で頭を抱えていた。

 

「……わたし、いまままであんたが何やってるのか、半分も理解できたことがないんだけど……」

 

「カズマさん、すごいですね。マイルの言ってること、ぜんぶ通じてる」

 

 メーヴィスが、感心したように言う。違う。感心するところじゃない。通じてしまうのが地獄だ。

 

「……お前、その気になりゃ、俺の頭ン中だけ選んで全部血を水に置き換えるくらい——」

 

「えぇ? カズマさん、何を怖い顔してるんですか。そんな本当に死んじゃうことを生き物に向けるなんて、しませんよ? わたし、そういうのは、しません」

 

 その「しません」が、「できません」じゃないことに、俺は気づいて、鳥肌が立った。

 

---

 

「まだまだ、ありますよ!」

 

 赤き誓いの三人——レーナもメーヴィスもポーリンも、もうとっくにドン引きしていた。同じパーティーのくせに。むしろ同じパーティーだからこそ、これがどれだけヤバいか肌感覚で知っているんだろう。

 

マイルは複数の魔法を同時に組み上げはじめた。彼女が画面のむこうに生み出したのは、鈍い金属光沢と半透明の結晶が幾重にも織りなす、異様な質感の立方体だ。

 

俺がその妙な外見に首を傾げていると、マイルは自慢げに胸を張って解説を始めた。

 

「チタン酸バリウム薄膜とニッケル薄膜を何十万層も重ねた箱です!周りはエポキシ樹脂で完璧にモールドしてあります。カズマさん、これなにかわかりますか?」

 

「……は? おい、お前いま何て言った? チタン酸バリウム? ニッケル電極? なんで異世界で、日本の電子部品メーカーの技術発表会みたいな単語が飛び出してくるんだよ!?」

 

「定格電圧50メガボルト、瞬間最大出力10テラワットの、特製積層セラミックコンデンサです♪」

 

 俺の戦慄を余所に、マイルは流れるような手際で次の錬成に移る。 

 

 面に展開されたのは、今度は青黒く怪しく輝く結晶の板だった。

 

「次はこれです! 高純度の単結晶シリコンと窒化ケイ素の反射防止膜をコーティングして、銀電極を走らせた特製受光ユニットです!

 

 さらにマイルは、空中に巨大な雲レンズ作ると、その青黒い板へと強力な光の筋を撃ち込んだ。集められた陽の光が、強烈なエネルギーとなってセルの表面に降り注ぐ。

 

「お、おい、それ——太陽光発電パネルか!?」

 

「さすがです、カズマさん! さっきのチタン酸バリウムに電荷を急速にチャージします!」

 

 ……いちいち律儀に“収支”を申告するな。というか、太陽光でそんなバカげた容量を数秒で満たすな。キィィィィン、と空気が震えるような高周波のチャージ音が響き渡る。

 

 マイルは、その莫大な電力を一瞬で吐き出す先として、今度は太い、信じられないほど高純度な銀電線を錬成し、対向に二門並べられた長い砲身へ二条の並行レールとして組み込み始めた。

 

 板から生まれた莫大な電力を、長い長い銀線を経由して巨大な砲身に流し込んでいく。電流。磁場。加速。

 

 俺は、その構造の意味を悟って、青ざめた。

 

「おい、おまっ、それ……!」

 

「弾は……これでいいですかね」

 

 マイルが、ぽいと錬成したのは、一発の弾丸だった。

 

「先端は、超硬合金・立方晶窒化ホウ素複合材です。融けないようにタンタル・ハフニウム・カーバイドで外殻を作ってます。中の芯はオスミウム。外殻とオスミウムで重水素化リチウムを挟みこんでみました♪」

 

 そして、マイルは両側にそれを装填し、引き金に指をかける。

 

「お、おまっ、まさか……」

 

「今度こそ・・めざせ完全版です!いきますよ!」

 

 砲身が唸りを上げ、超重量級の弾芯が、とんでもない速さで——撃ち出される。

 

「ま、まさか、光速なんじゃ?!」

 

「あ、それは無理です。高速に近づくほど、質量が無限に近づくので加速に必要なエネルギーが際限なく膨らみます。アインシュタイン先生が言ってましたよね。光速には絶対に届きません。でも第二宇宙速度に近い速度は出せますよ!」

 

 そして、次の瞬間。

 

 マイルの出した画面が真っ白になり、同時に遠くの丘が消えた。だが、それは単なる運動エネルギーだけじゃなかった。着弾の瞬間、悪夢のような“反応”が、白い光とともに膨れ上がった。

 

「……熱核融合弾頭、レールガン……」

 

 俺は、膝が震えるのを感じた。

 

「物理破壊と、核。全部乗せかよ……! 運動エネルギーで芯をぶっ潰して、中の燃料に火をつけるとか……」

 

「これ、着火するようきれいに潰す“揃え方”が、結構難しいんですよ。」

 

「お前、人類が“やっちゃいけない”って線引いたもん、片っ端から、線の手前だけ物理で踏んで、肝心の一歩だけ魔法で飛び越えてんだよぉぉぉ!」

 

「でも、威力でいったら1キロトンくらいです。最初の三百メガトンのほうが圧倒的に強いんですよね」

 

 マイルは、本当に、あっけらかんと言った。

 

「まぁ弾に積めるぶんなんて、たかが知れてますから。やっぱり、最初のがいちばん痺れますね」

 

 自分の最高記録を、淡々と相対評価するな。

 

「爆裂魔法は……」

 

 めぐみんが、ぽつり、と言った。

 

「私の、爆裂魔法は……いったい、何だったんでしょう……」

 

 ああ。とうとう、言ってしまった。こいつの、誇りの根っこが、折れる音がした気がした。

 

---

 

「あ、こんなのもありますよ。これ、うまくいくか、ちょっと自信ないんですけど」

 

 マイルが、次に錬成したのは、巨大な金属の柱だった。スクリーンにうつる、鈍く輝く、いかにも重そうで密度の高い青みがかった金属——オスミウム。自然界でいちばん重い金属。

 

 一本、百トン。それを、五十本。それぞれが、複数のチューブ構造にみえた。

 

「……俺はもう、お前が何しても驚かねぇよ」

 

「あ、ほんとですか? じゃあ、いきますね」

 

 五十本のオスミウムの柱が、一斉に、信じられない速さで射出された。チューブ構造をとっていたのは、どうもロケットのような構造のようだ。加速して、加速して、加速して。同時に、精密に、誘導魔法で軌道を制御しながら。

 

 ぜんぶが、30kmさきの、たった一点に向かって。

 

 ……一点に。

 

 俺の頭の中で、また、最悪の計算が、走った。

 

 超重量の物体を、超高速で一点に、同時に。

 

 質量を、エネルギーを、極限まで一つの座標に押し込めたら。密度が、ある一線を越えたら——

 

「お、おまっ、それやったら——この星ごと飲み込まれるんじゃ……っ!!」

 

「あ、わかっちゃいました? でも、“飲み込む”のは、ないと思いますよ」

 

 マイルは、軽く、言った。

 

「ナノちゃんに確認しましたけど、五千トンをブラックホールにするには、五千トンのオスミウム全てを陽子よりずっと小さく潰す必要があります。これは流石にわたしの権限じゃムリです。」

 

「なので、今回はオスミウムピラー内部で核爆発をおこし、中央から射出したロッドだけを縮退を超えるレベルで圧縮します。実際に圧縮で使うロッドの質量は合計で100mgもないんですよ。まぁ駆動力が全て圧縮力になるように、ナノちゃんを使ったズルしてますけどね。」

 

そういって、テヘッと笑う。いや、悪魔にしか見えないのだが?

 

「なので心配しないでください。できあがるブラックホールは、ものすごく軽い。サイズが、原子の中身より、小さいんです。だから、何も飲み込めないですよ。」

 

「やっぱりブラックホールじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

 

「ただ——」マイルが、にこっと、笑った。「飲み込まない代わりに、すぐに、蒸発します。ホーキング放射ってやつです。そのとき、閉じ込めた分のエネルギーが、一気に、ぜんぶ外へ出てきます。——これ、けっこう派手なはずですけど・・!」

 

 ……派手?

 

 いやな予感が、走った、その瞬間。

 

 五十本のオスミウムが、一点で、ぶつかった。

 

 一瞬、その座標が、目を刺すほどの針の先みたいな、点になった。空が歪む——ような気がしたが、それは俺の目の錯覚だ。塵みたいに小さいやつに、空を曲げる力なんてありはしないはずだ。

 

 そして、次の刹那。その点が弾けた。

 

 閉じ込められていたものが、行き場をなくして一斉に、外へ——凄まじい白光。遅れて、腹を殴る轟音と、地を裂く爆風。さっきの丘を吹き飛ばした一発すら霞むような、巨大な爆発だった。砂と岩が、空へ吹き上がる。

 

「ふぅ。ちゃんと、蒸発してくれました」

 

 マイルが、額の汗を拭った。

 

 俺は、爆心の、深々と抉れた大地を、呆然と見ていた。

 

 ……でかい。これでもめぐみん渾身のエクスプロージョンをはるかに超える爆発だ。

 

「心配しないでください。ブラックホールが返してきたのは、閉じ込めた100mgぶん——ほんのちょっぴりだけ。出てきたのは入れた分だけで、入れた以上は絶対に出ません。エネルギー保存則ってやつです。だからどれだけ派手でも、この程度じゃ星が割れたりしませんよ」

 

「……そっかぁ。逆かぁ。

 

俺は、理屈が“合っている”ことを、恐れていた。本物のブラックホールができて、星を飲む——その正しさが、怖い、と思った。でも、正しかったのはその逆だ。

 

 ……理屈が合っているからこそ、星は無事だった。怖がっていたのは、俺の勝手な早とちりだ。——でかい花火が一発、上がっただけ。

 

……って、納得できるかぁぁぁ!! とんでもじゃねぇかあぁぁぁぁ!」

 

 俺が限界の肺活量で喉を震わせると、マイルは小首を傾げて、心底不思議そうにパチクリと目を瞬かせた。

 

「えぇ・・カズマさん、そんなに怒らなくても……。銀河系の中心にある巨大ブラックホールやスーパーノヴァ、ガンマ線バーストと比べたら、わたしの出力なんて平均値以下、ノミ未満ですよ?」

 

「あったりまえだぁぁぁ!!!!基準がおかしいんだよ基準が!」

 

「それに、歴史上そしてこの後の未来において、存在し得る最強火力はソレですらないですよ? 宇宙開闢の祖たるもの・・・ビッグバンに比べたら、たとえ私がGRBを起こして見せても、平均値にすら届きません♪」

 

「基準を宇宙最大の火力にするなぁぁぁぁぁ!!! ここは荒野だ! 地面の上だ!! 宇宙の平均値で火力を調整してたら、この星が何個あっても足りねぇんだよぉぉぉ!!!」

 

「……マイル。あんた、それ、“自信ない”って言いながらやったわよね」

 

 レーナが、ぼそりと呟いた。

 

「えへへ」

 

「星を賭けて運試ししないでよ!!」

 

「あ、レーナさん。星は最初から賭かってません。出る力は入れた力まで、と最初から決まってますから!」

 

「あんな派手な爆発見せられて、賭かってないって言われて、納得できるかぁぁぁ!!」

 

 うん。それは、俺も、同意だ。

 

 アクアは、もう、白目を剝いて、口から泡を吹いていた。神様、仕事しろ。お前、こういう時のためにいるんじゃないのか。

 

---

 

「次は大丈夫です。空に浮かべたりとかしませんから」

 

 マイルが、笑顔で言う。だが、俺は、一ミリも油断できなかった。こいつの「大丈夫」は、世界でいちばん信用できない言葉だ。

 

「……本当でしょうね」

 

 レーナが、半眼で釘を刺す。

 

「はい、これです」

 

 そう言って、マイルが取り出したのは——段ボールほどの、ただの球体だった。

 

 拍子抜けするほど、何の変哲もない、金属の球。

 

「……今度は、何作ったんだよ」

 

「はい。トポロジカル相を形成した、ツイスト二層格子のグラフェン構造体のボールです」

 

「……何それ」

 

 俺は、思わず、素で聞き返した。さすがに、知らない単語が並んでいた。

 

「さすがのカズマさんも、ご存じないですね」

 

 マイルは、ちょっと得意げに笑った。

 

「常温超伝導です!あ、ナノちゃんが『これ、作るのとんでもなく難しいし維持も大変なんですよ、無理矢理もいいとこです!』って凄く文句言ってます」

 

 ……常温、超伝導。

 

 現代の物理学でも材料工学でも、まだ手の届いていない夢の技術。それを、こいつは“無理やり”の一言で転がしている。

 

 だが——わからなかった。それが、いったいどう“兵器”になるのか。超伝導なんて、ただ便利なだけの代物のはずだ。電気を抵抗ゼロで流せる。磁石を浮かせられる。それだけの——

 

「知ってますか、カズマさん。超伝導を使えば、完全な“非接触”構造が作れるんですよ。磁気の力だけで、容器に一切、触れさせない。」

 

 非接触。

 

 その言葉が、俺の頭の中である単語と、繋がりかけた。

 

 完全に、何にも触れずに、何かを閉じ込める。

 

 容器に触れさせちゃいけない。そんなことをしなきゃいけないものなんて——この世に、触れたらいけないものなんて——

 

 いやな確信が、芽生えた。

 

「な、中身を聞いてもいいか?」

 

「プラズマ化した重水素化リチウムです♪」

 

またかよ、今日その名前を聞くの、何回目だ。ていうかなんでプラズマ化?

 

 マイルが、にこにこと補足した。

 

「ちょっと、普通と違う。天邪鬼さんなんですけどね。」

 

 ……天邪鬼。

 

 あの、何でも“逆さま”にする、ひねくれ者の魔物。

 

 逆さま。何が、逆さまだ。ガスの、何がひっくり返ってる。

 

 電荷。考えたくもないものが、頭に浮かぶ

 

 触れたら、いけない。

 

 容器にすら、触れさせちゃいけない。

 

 だから、超伝導で、磁気の檻に浮かべて、非接触で閉じ込めてる。普通の物質と出会った瞬間、両方とも光に——いや、ガンマ線になって消える——

 

「おめぇぇぇぇぇぇ!反物質じゃねぇかぁぁぁぁぁあ!」

 

 マイルが、ぱっと、いちばんの笑顔になった。

 

「すごいです!カズマさん! 大正解です!」

 

「おまっ……おまえぇぇぇぇ!! 反物質だぁぁぁぁぁ!! 質量が、まるごと、エネルギーに変わるやつだぞそれは! 核なんて目じゃねぇ! 触れたら最後の、この世でいちばん——いちばん、たちの悪い火種を、お、おま!超伝導で“非接触の天邪鬼”として持ち歩いてんのかぁぁぁ!!」

 

「あ、そこも合ってます。質量をまるごとエネルギーに変えられる。これは、核融合の数百倍のエネルギー密度です!でも反物質って、対消滅でもけっこうニュートリノに逃げちゃうので、見た目ほど効率よくないんですよ」

 

「それに——電荷をひっくり返して反物質を作る、なんていうのは、本当は途方もないエネルギーが要る不可能な芸当です。でも凄くミクロな領域では日常に起きてるんですよ?ナノちゃんに頼んで集めてもらいました。その点ブラックホールなら、反物質を用意しなくても、そのへんの石ころでも質量まるごとエネルギーに変えられるので、燃費だけならあっちが上なんですよね♪」

 

 レーナが、隣で目をぱちくりさせた。

 

「え、なに、どういうこと? 天邪鬼を閉じ込めてるの?」

 

「えっと、ちょっと違うんですけど、まあだいたい合ってます」

 

 いや、全然違うだろう、そう突っ込む気すらおきなかった。

 

「じゃあ、いきますね」

 

 マイルは、その球体を放り投げた。おい、こいつの腕力どうなってんだ。凄まじい距離とんでいくぞ。

 

「あ、大丈夫です。中身は1g程度ですし、弾着するまでは、檻を解きませんから」

 

 うちだされた球体が、彼方の荒野に飛んでいく。

 

 その瞬間。

 

 ガンマ線の、白い閃光が、視界を、まるごと、塗り潰した。

 

 めぐみんのエクスプロージョンなんか、この光の前では、線香花火だ。いや——正直に言えば、最初の三百メガトンに比べれば、これは“軽い”ほうなのかもしれないが。

 

「そんな大した威力じゃないですよ?いくら反重水素化リチウムといえど、1gの反物質が出すエネルギーはせいぜい数10キロトン止まりです。三百メガトンには遥かに及びません。みなさんこんな近くで見ているのに蒸発していないのが、その証拠です♪」

 

 だが。その1gが、相方の物質を道連れにその倍まるごと純粋なエネルギーに変わった。閃光は局所で——なのに、視界の端から端まで白い。

 

「いやぁ、物理ってすごいですよね」

 

 光が引いていく中で、マイルが、心の底から。感心したように言った。

 

「ナノちゃんたちが過労死しそうな熱核融合の魔法より、ずっと高威力でコスパもいいんです。だって質量をまるごと使えるんですよ。」

 

 その口調には。悪意も、誇りも、ためらいも。何ひとつ、ない。

 

 ただ、純粋な——“物理は便利だ”という、感心だけがあった。

 

 それは、もう、サイコパスという言葉でしか、表現のしようがなかった。

 

---

 

 めぐみんは、完全に、死んだ魚の目をしていた。

 

 俺の背中で、ぴくりとも動かず、ただ虚空を見つめている。あれだけ誇っていた、たった一発のエクスプロージョン。その何万倍を、目の前で、“軽いほう”として、軽々と超えられた。

 

 俺だって、できることならこいつと同じように目から光を消して、現実から逃げたいところだ。

 

 めぐみんは「私の……私の爆裂魔法が……玩具……」との背中でブツブツ呟いていたが、ついに脳の許容量を超えたのか、背後から『ぷすり』と煙を吹くような音がして完全に意識を失った。天才爆裂魔法使いの心は、リーガルな物理法則の前に跡形もなく粉砕されたのである。

 

「あの、カズマさん!」

 

 マイルが、満面の笑みで、駆け戻ってきた。

 

「楽しんでもらえましたか? 次は何をお見せしましょう?」

 

 俺は、めぐみんを背負い直し、アクアの泡を吹いた顔を見下ろし、赤き誓いの疲れ切った顔の三人を見渡して。

 

 深く、深く、息を吐いた。

 

「もー十分だ!十分すぎるわ!!」

 

「えー、まだまだいっぱいありますよ?」

 

「それが、いちばんこええんだよ!!」

 

 その日、俺はひとつ思い知った。

 

 こいつは、物理法則を一度も破っちゃいない。律儀すぎるくらい、律儀に、物理に従っていた。爆風も、熱も、共振も、蒸発も、対消滅も——全部、教科書どおりだ。

 

 破ったのは、たった一点。そこに、それを在らしめる。その一歩だけ。ちょいと魔法でズルをして、あとは全部、物理が文句も言わず律儀に引き受けた。

 

だから、こいつのやることは、いつだって結果だけは正しい。正しいまま、頭がおかしい。

 

 なのに、それでも。

 

 この、世界でいちばん礼儀正しくて、世界でいちばん危険な“平凡な”女の子には——二度と、「爆裂魔法、すごいですね」なんて、言わせちゃいけない。

 

 なぜなら、こいつは本気で。

 

 自分のことを、火力は平均値の、ごく普通の女の子だと、思っているのだから。

 

(了)




ここまでお読みいただきありがとうございます。



今回出てきた兵器ネタは、あくまで「ナノマシンというチート一点さえ認めれば、あとは物理が律儀に結果を出してしまう」という設定遊びです。

ですが、それぞれ実在の物理現象(核融合、対消滅、ホーキング放射など)がベースです。マイルの能力なら、ガチでアリ、というのがポイントです。



一方で、「平凡」を自称するキャラがどこまで規格外をやっても自覚しない、というギャグ構造は、このすばのリアクションがあってこそ生きると思っているので、カズマたちの「ツッコミ」パートは今後も大事にしていきたいです。

次話以降もマイルの「平凡」、お付き合いいただければ幸いです。
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