俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
「おーい。宝箱からスパナとってくれ!」
まただ。ジジイは、工具箱のことを宝箱と呼ぶ。
道具もジャンクも、ガッチャガチャに放り込んだ、俺よりデカい灰色の箱。
どう見たって宝箱じゃない。灰色だぞ?
「ハルン。取ってやれよ。ご主人様がお助けを呼んでんぞ」
「あん? 気付いたやつが取る。それが世の常ってもんだろ」
……生意気だ。このデブカビ猫は。
緑の見た目、でけぇ耳。長い尻尾。ジジイそっくりのデカい腹。
二足で歩くのに、どう見ても人間じゃない。
そう。ハルンはカラクリ人形だ。
カラクリ技師のジジイが作った大傑作。喋って動いて、料理もできる。背丈もジジイの胸くらいあるのにどったんばったん走り回れる。
……そもそも、他にこんな歩いて生きてるカラクリ人形は街でも見ねぇ。
「お前一応お手伝いカラクリだろ? 働けよ!」
「こう見えてもな。高性能なんだぜ? 自分で動くって自主性を育むための、お気遣い。お子様の教育まで気が届くんだなオレは」
前言撤回。こいつは傑作じゃねぇかもな。
命じられた動きができねぇカラクリって、不良品だろ。
「ライト! いいからスパナとってくれよ。作業が進まねぇよ」
「あ~はいはい。わかったよ」
ったく……こき使いやがって……。
「ハルンライト」
合言葉を言うと、箱が光って――ズズッ、と蓋がずれる。
開く音がでかい。開いた瞬間、鉄と油の匂いが押し寄せて、工具の山がぎらつく。
「ほれ」
「おう。サンキュ」
それだけで、ジジイがニヤニヤする。
……楽しそうで何よりだよ。
「さて今日も傑作だぞ。雫を感知してバンと開く! 自動開き傘のお出ましだ。完成したから試運転だ! ライトに使ってもらうからな」
うそだろ。ハルンじゃダメなのか。
「……ジジイさ。最近は雑貨ばっかだな。昔みたいに高く売れるもんは作んねぇの?」
「何度も言ってるじゃねぇかライト。人様に役立ってるもんだと嬉しいんだよ。どこで使われてんだかわかんねぇカラクリより、近所の人が使うカラクリ! そっちのがやる気出るってもんだ」
俺が言うのもなんだけど、ジジイはこの街でも一番のカラクリ技師だ。
水車だろうが搬送機だろうが、ジジイが作ると違う。誰も敵わねぇ。
「ライト。お前も魔法ばっかで遊ぶのもいいが……人様に役立つようなれると楽しいぞ? 街で自分のカラクリが人々を笑顔にすりゃどんな時だって俺は役に立ってるって思える。こんないいことはないと思ってる」
「年取ったよな。説教の感じが」
「……まだ60歳手前だぞこっちは」
髪は真っ白。顔もしわくちゃ。りっぱに年相応のジジイだ。
拾われた俺とは似てねぇ。俺は髪がふさふさだし。金髪だ。背もジジイより高い。
「お~い。ライト、充電頼むわ」
後ろですっかり油断しているハルンから声をかけられた。
「……しねえって言ったら?」
「ウィーン。ジュウデンシテクダサイ。ライトサマ」
「観光カラクリそっくりだな。あっちは電気なしでも動くよまったく……」
バチッ。雷の魔法を指先で弾く。
緑の胸の宝石が一瞬で青くギンギラ――満タンだ。
雷属性の魔法使いは滅茶苦茶少ない。属性魔法使い自体、街に10人もいねぇ。
この国は魔法が栄えていて、運搬だの点灯だの、生活に混ざってる。だからカラクリが昔ほど売れない――ってジジイがぼやいてた。何年前の話かは知らねぇけど。
「どーだジジイ。役立ったぞ。カラクリのだけど」
「いいじゃねぇかハルンも喜ぶ」
「ワーイアリガトウライトサマ。アリガトアリガト」
「……まぁよ。ハルンはこんな感じだがさっきお前は俺の役にも立った! いい気分だろ?」
「さぁなぁ」
悪い気分ってわけじゃない。
家族だし。当たり前っちゃ当たり前だ。
「素直じゃねぇな全く! 俺はお前が喜べる奴だと思ってるよ。さぁ人のために喜べるライトくん。次はこの傘だ」
……傘? 背負い鞄だろこれ。
「……充電代ってことでどうだ。ハルンさま」
「オメー晩飯の時、有料だからな!」
よし、逃げられた。カビ猫は嫌そうに引き受けてくれた。
ジジイの腕は確かだけど、変なもん作るからな。今回は特に怪しい。
「重って! 重いぞジジイこれ!」
ほら見ろ、ハルンが苦しんでる。尻尾ずるずる。
そんな姿を見てもジジイは爆笑しながら玄関へ向かう。
「いいんだいいんだ。次は実証実験。表出るぞ!」
工房の扉が勢いよく開く。外はからっ晴れ。
「うーっしゃ。そんじゃガンガン歩く。行け行けハルン!」
――犬の散歩みたいに、ジジイは街を回る。
いや、俺とハルンの散歩に付き合ってるって顔をする。冗談キツイぜ。
「あら! フランツさん。今日もみんな揃って!」
「おうミカゲ。天井掃除機の調子はどうだ。窓割ってねぇか?」
「あれ便利ねぇ。窓の水拭き屋根裏の虫退治。バッチリよバッチリ!」
隣のミカゲ婆さん。ジジイのお得意様。
「ミカゲバ! 前貰ったカボチャ痛んでた! もっといいの寄こせ!」
「ハル~ン? 生意気いうんじゃないよ。あれくらいがちょうどいいのさ。パイにして出しな。……しっかしあんた今日は重たそうだねぇ」
「傘なんだとさ。じょうろで水かけてくれよ! 自動で開くらしいけど雨降らねぇよ今日!」
「待ってな」
バシャぁ。
バケツでまるっと水をかけられて、ハルンはずぶ濡れ。
そりゃそうだろ。雨はバケツで降らねぇ。
カチカチカチ。背負い鞄から棒が出て、骨が一本ずつカチャカチャと右回りに開く。
……なるほど。バンと開いたら誰かの頭に刺さる。
「いってぇ! 耳持ってくな!」
ちょうど傘が下のカビ猫の耳を挟んだらしい。
ビッ、と不具合音が鳴るとジジイが一瞬だけ職人の顔になる。真剣だ。
そんな様子とは裏腹に、ミカゲ婆さんはいつも通り。バケツを片しながら俺の方を見て、大きな声で伝えてきた。
「そうだライト。ルミエちゃんとラージスがあんたらの基地に今日も行ってるよ! アンタ行かなくていいの?」
「マジか。なら顔出してくる。ジジイ、ハルン。晩飯とっとけよ」
「……おう。今日は早めに帰ってこいよ。西側の山にはいくな。いつも通りな」
とっくにわかってんだけどなそんなこと。基地は東。西は岩山。
……なのに、言い方が妙に静かだった。
「イッテラッシャイ。イッテラッシャイ。ハヴィー ニ マタカエッテキテネ」
街の入口で喋る案内カラクリが、相変わらず間抜けな声で見送る。
ハヴィー。俺たちの街の名前だ。
*
ひみつ基地は四人だけのもの。
ルミエルネ、ラージス、ハルン、俺。カラクリ街のクソガキ集団。
「あら? 今日は来ないと思っていたわ。一人で抜け出してきたの?」
ルミエルネは相変わらずカラクリ空調の効いた冷え部屋にいる。
木で組んだ基地は複数部屋の豪華仕様。俺とラージスがいりゃ、これくらいはできる。二人いればカラクリ工房でもやっていける。
ジジイみたいに変なもんばっか作んねぇしな。
「ハルンはミカゲバにずぶ濡れにされたよ。ジジイの付き合いで留守番だ」
「おばあちゃんに……なにしたのかしら。お家に裸足で入ったとか? うるさいわねそういうところ。ちょっと汚れたくらいで大騒ぎ」
ルミエルネは部屋の窓に腰かけて、両足をぶらぶら。
そりゃ、ミカゲバも小言を言いたくもなるんじゃねぇか?
「孫の身体が弱いからですよ。ルミエルネ」
「ふぅん。その話好きね。ラージス」
赤髪眼鏡のラージスが、基地の下から顔を出して、いつも通り淡々と話を混ぜっ返す。
ルミエルネは手札が多い。いっぱい文句言える。
「……ライト。今日は手入れをしにきただけなのですが、せっかくですし何かしましょうか。あなたも来たなら上階の追加もできるかもしれません」
「特になんも考えては……。雨溜めタンクでも作るか? 水を溜められちゃいろいろ作れるぜ」
「水なんて魔法で作れば良くない? パパっと飲めるのお風呂10杯分くらい作るのわけないでしょ」
「ルミエ。あなた分かっていて言ってますね……?」
「あら。そね。あなたたちは火とか雷とか。一個ずつしか使えなかったのよね」
ふふん。とラージスの言葉に返すルミエルネ。
属性魔法を使えるだけで希少。
なのにルミエルネは火も水も風も雷も、だいたい使える。これはすげぇことらしい。自警団のおっさんあたりが言ってた。
「……姫は今日もお元気なので。優雅に暮らさせておきましょう」
「ラジ。お茶」
「調子に乗らないでください。木登りさせますよ」
「いやよ。空飛んでやるから」
「……鳥避け網でも作りますか。今日はそれで」
木に鳥避け網なんざ付けたら、木も鳥もご迷惑だろうな。
いつも通りの時間――そう思った、その背中に。
「技術ある都市ではこのように、子供も技術的だ」
低く、澄んだ声が落ちた。
振り向く。
そこに立っていたのは、黒い影だった。
高い身長に黒い羽織物。羽織より黒い髪。
基地の木の壁が、急に頼りなく見える。こいつは――誰だ?
「どちらさん?」
こっちから先に声を出す。
「ヴェス。……アーティファクトを追っている。知っているか?」
言葉はそれだけ。
なのに、空気が一段冷えた気がした。
「いや、聞いたことねぇな。わりぃけど」
俺が言うと、ヴェスは頷くだけで、基地の中へ目を向けた。
なんか、確かめてんのか?
「はじめまして。僕はラージス。あなたが何を探しているかは分かりませんが……この街の外の方と話す機会は多くないので。少しだけ、お話を伺っても?」
「……はぁ」
ルミエルネが、わざとらしいため息をついた。
「信じられないわ。ラージス。アンタみたいな奴はね、王都に行ったら詐欺師のいい餌よ。餌」
「承知しています。だから少しだけです」
ラージスは眼鏡の位置を直す。
断る時は断るけど、こういう時は頑固だ。
「……茶でいいか」
手元に小さな袋を持ったヴェスが慣れた手つきで進めていく。
甘い匂いが鼻を突く。見慣れない。街の茶じゃない。
あっという間に道具を広げ、整え、そして指から火をつけた。
「……魔法使い。ですか」
数多の火を見てきたラージスでも、俺でも一発で分かった。
魔法以外じゃありえない火のつき方。ただ……妙だ。
焚火のはずなのに、熱が薄い。煙も薄い。
――違和感だけが、やけに濃い。
「……ねぇライト。これ、変よ。匂いだけ立って、あったかくない」
「……わかってる」
ルミエルネの言葉に俺は生返事しかできなかった。
ヴェスの指先が、焚火を見ていない。俺たちを見てる。
茶が注がれた。
ラージスはあっさりと口をつける。
「……甘い。それにとても口当たりのいい。不思議なお茶ですね」
「もう。アンタはそれでいいわ。アーティファクトって……何よ。カラクリ?」
「僕が知っている範囲で言えば、古代の遺物です」
一切お茶に手を出さないルミエルネ。質問に答えるラージス。
俺は、眼前にいる黒い男へ切り出す。
「……オッサン。こんなとこ。何しに来たんだよ」
「街を見に来ただけだ」
ヴェスの返事は短い。
短いくせに、嘘っぽくないのが嫌だった。
見に来ただけって言葉が、こっちを値踏みしてるみたいで。
「見に来ただけで、こんな場所まで入ってくるの?」
「……子供だけで作り上げるとは、立派だ」
それだけ言って、ヴェスは基地の柱を見上げた。
話を聞かねぇ男。最初から話したいことだけを喋ってる気がする。
これだって褒めてんだか。記録してるだけなんだか。
「こういう奴、いやね。意味や目的が分からない人」
初対面でも露骨にぶっこむよなこの女……。
「目的がある人の方が危険なこともありますよ。姫」
「今、私を宥める必要ある? ラージス」
二人のやり取りが上手く耳に入ってこねぇ。
視界の端で、ヴェスの袖が僅かに揺れた。風はないのに。
次の瞬間。
ヴェスが、指を鳴らした。
パチン。
音が小さいのに、世界が割れた。
焚火の光が、花火みたいに飛び散る。
目の前の昼が、紙みたいに剥がれ落ちた。
暗い。夜だ。
焚火は消えている。最初から、無かったみたいに。
「……は?」
俺が息を漏らした時にはもう遅かった。
西が、異様に明るい。
煙が上がっている。
赤い光が、空を舐めている。
ヴェスは、いない。
「ちょっと! 街が!」
ルミエルネの声が割れる。
俺たちの街。ハヴィー。
カラクリ技師の街は、炎に包まれていた。
*
同日夜
【ハルン視点】
「うっし! 今日の実証は終わり!」
「ジジイ! 珍しくはえーな! 普段は町中全部見て回る犬くれぇやんのに!」
「犬の散歩みてぇなもんだろ~? ハルン。お前に付き合ってやってんのになぁ?」
「ウソつけ!」
ぜってぇウソだ。
オレのために散歩? ありえねぇ。家でどんだけ忙しいと思ってんだ。
「んで~? 今日はどうしたってんだよとっとこ家に帰ってきて。腹でも減ったのか?」
「そりゃおめぇ! ライトがいねぇんだからチャンスよ……どんなカラクリ作ってやっか。ビビるのがいいよなぁ」
またろくでもねぇことする気だ。
……まあいいや。オレも今日はやることがあるんだ!
「今日はカレーにすんぜジジイ! いっぱい煮てやる!」
「……甘めで頼む」
なんだよ。前の辛いの、嫌だったのか。
「ハルンライト」
箱は開くの遅ぇし、閉めるの手動だし、ほんと面倒な宝箱だ。
でもこの中に、鍋もお玉も包丁も入ってる。ジジイは何でも入れたがる。
「な~ぁジジイ! 毎度面倒だ! なんでオレのお鍋まで宝箱の中にしまわねぇといけねぇんだ!」
「あ? そりゃお前大事なもんだからだろ。言ってたじゃねぇかお前。鍋もおたまも包丁も、大事なもんだってよ」
「テメーらのメシ作るもんなんだからそりゃ大事だろ!」
ま、家の中じゃ宝ってやつだよな!
「……帰ってこねぇなライトの奴。メシ出来たのにな」
「ハルン! お前金とるとかいうから……」
オレのせいか!? ウソだろおい!
「家族との時間は大事なもんだって結構言ってんだけどなぁ……。ハルン。お前メシ食ったら迎え行ってやってくれ」
「はん! ジジイがメシ食い終わるまで待たなくていいじゃねぇか! カラクリハルン様は食ってねぇよ!」
「寂しいじゃねぇか! 家族がいねぇ食卓は! 待ってくれよ~。な?」
「……はぁ。ジジイ~。ハルンそろそろ妹か弟。欲しいな~?」
「気色わりぃ! メシ時にヘンなこと言うんじゃねぇ!」
うっしゃ。仕返し成功。
「お前はよ。立派なヤツになったな」
……ん?
「うまい飯も作れて、ライトも迎えに行けて、カラクリの実験も出来る」
「テメェジジイ……! 仕返しだな!? キショの仕返しキショ返しだな!?」
「だっはは! バレたか! 早かったな! ほこりってかカビ猫だもんな?」
ぶっ飛ばす。
――その瞬間。
ガンガンガン!
家庭警報カラクリが鳴った。
いや、うちだけじゃねぇ。町中で。あっちこっちで。聞いたことねぇ鳴り方だ!
「おいジジイ! なんだこりゃ!」
「……ハルン。宝箱だ。宝箱開けろ。中身全部ひっくり返せ!」
オレは従う。
箱を開けて、全部ぶちまける。工具の音がガランガラン鳴りやがる。警報の音と混ざって、うるせぇ!
「宝箱置いたぞジジイ! 逃げるか?」
「……いや。無理だ」
ジジイの声が硬い。
「警報はな、敵襲用でどこから攻めてきたかってのが分かるように鳴る。この鳴り方はそこら中に敵が居るってこった」
「どういうこったジジイ!」
「とにかく! 逃げるのは無理ってことだハルン! そのために宝箱を空にしたんだ!」
……そういうことか!
なら、答えはひとつだ。入ればいい。ライトが開けられる。
ジジイ、お前助かるぜ!
「おっしゃ! わかったぜ! だったら、とっとと入れよ!」
「……なに言ってやがる。なんのための宝箱だ。これはな、宝を入れるためにあるんだよ」
……あ?
「入るのはお前だ。ハルン」
「……はぁ!? ジジイ! オレはカラクリだぞ! わかって言ってんのか!」
「馬鹿野郎! お前は! 俺の……家族だ!」
今じゃねぇだろ、そういうのは!
「御託を言ってる場合かよ! テメェで言ってたじゃねぇか! 逃げられねぇって!」
「……ああ。生き延びるってのは、きつい」
わかってんじゃねぇか! ジジイ!
「だったら!」
「いいかハルン! これからのことを考えろ! ライトの奴たまたま上手く逃げられてる!」
ジジイがオレの両肩を掴んで、訴えてくる。
信じられねぇくらい、手の力が強ぇ。
「ライトが生きていく! その時ずっと……! 助けてやれんのは、どっちだ」
「オレなら! 外で戦えば生き残るかもしれねぇ! ジジイよりは戦える! そうだろ!」
「……頼む。わかってくれ。ハルン。俺はな、もう、耐えることが出来ないんだ。二度は無理だ。俺の前で……二度死んでくれるな」
……なにを、言って。
「どおぉおい!」
ガツン。
ジジイがオレを箱にぶち込んだ。力あるんだよな……このジジイ……。
「ハルン! 聞け!」
「おいジジイ! ふざけんなよ!」
身体の起点を抑えられて、出られねぇ。
作ったのもジジイだ。こういういざの時だけ、完璧にやりやがる。
「俺はな……お前たちと出会い、過ごして。また生きることが出来たんだ。幸せになれたんだ」
「待てよっ!」
勝手に最後に……! しようとすんなよ!
「お前に! 頼みがある!」
「オイ!」
「ライトを頼む。血は繋がってなくとも、息子なんだ。あいつも。お前に……預ける」
「ばかやろう……ジジイ! 死ぬな!」
「頼むぞ。おやすみハルン。ありがとう」
キウゥーン。
腹の奥で音が鳴って、意識が遠のく。
最後に聞いたのは、箱が閉まる音だった。
*
【ライト視点】
案内カラクリが倒れながら鳴いてる。
「オ……ガエリ……オ……ガエリ……ナッ」
街は燃えてた。
黒く、暗く、赤く。爆ぜる音。焦げる匂い。熱。
事故でも災害でもない。燃えないようにできてる街が、こうなってる。――人の手が入ってる。
「いや……いや! おばぁちゃん! ……ッゲホ! ウェッホ!」
ルミエルネが走り出すけど、煙に咳き込んで止まる。
「ルミエ! 無茶しちゃダメですよ!」
「……ラジ! それどころじゃない! わかるでしょ!」
「ラージス。俺見てくる! ルミエのこと頼む! ……お前にしか任せられない。辛いだろうけど頼む!」
「……わかりました。ライト。街の様子は君に任せます。気を付けて……!」
「そっちも。隠れて……なんかあったら逃げろよ!」
家へ向かう。
煙と焦げ臭さが喉に刺さる。心臓が変な音を立てる。
「急げ……急げ!」
家が見えた。火はついてない。
――やっとだ。
「おい! ジジイ! 無事か!」
扉は重い。返事はない。
中はめちゃくちゃだった。工具もフライパンも床に散らばってる。
「ジジイ……ジジイ!」
倒れてた。
うつぶせを仰向けにすると、腕がぐしゃっと濡れる。
……血だ。
「ウソだろ……おいジジイ! 起きろよ!」
腹から服が血で染まってる。床より冷たい。
わかってる。もう、動かない。
歯が痛む。いつの間にか食いしばってて。力が抜けねぇ。
「……そうだ。ハルン。ハルンは無事なのか……?」
「ハルン! ハルン!」
返事がない。
ガラクタを蹴散らして探す。工具箱の中身は、ハルン一人埋められる量だ。
「いねぇ……ハルン! どこいったんだよ!?」
いない。
奪われたのか。持っていかれたのか。
「ウソだろ……。ウソだ。返せよ! ジジイと……ハルン! 大事なもんなんだよ! 俺の……大事な……」
――その時、思い出した。
ジジイが宝箱と呼ぶ理由。
信頼できるところに、大事なものをしまう。
「まさか……おい。そうなのか……」
箱は、いつも通りそこにあった。蓋は閉まってる。
俺は、絞るみたいに言う。
「ハルン……ライト……ッ」
宝箱が、ゆっくり開く。
中にいた。
緑の見た目、でけぇ耳。長い尻尾。ジジイそっくりのデカい腹。
バチン!
いつもより強い充電の音。
胸の宝石が青くギンギラに灯って――。
「……よう。泣いてんのか? ライト」
カビ猫の声が、耳に届いた。
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