俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
ルミエルネに手を引かれながらたどり着いたのは、昨晩泊めてもらったユキの家。
今はちょうど家主不在。誰もいないからもの寂しいほど静かだ。
連れ込まれたのは俺たちが昨日寝た部屋。がらんとしていて、布団以外は俺たちの荷物だけ。窓から夕陽が射しこんでいた。
「……ハルンライト」
宝箱から、手に入れた魔吸鉱石を取り出す。
俺の持ってる素材と組み合わせれば、一緒に戦うためのチャームが作れるはずだ。
床に座りながら作業に取り掛かると、手の震えが止まってた。
「ハッ。俺もいっぱしの職人ってことか」
普段なら声には出ない悪態が出た。自分でも、頭の中だけで済まなかったことに少し驚く。
ジジイも昔に言ってたよ。風邪ひいてようが作り出しちまえば身体は思い通りに動くってな。
とん、と。俺の隣にルミエルネが座り込む。
「アンタから、私に話しなさい。好きにしてていいから」
こういう時に、ルミエルネは同じ方向を向いて話したがる。
家で揉めて秘密基地に逃げ出してきた時とか。
ラージスは向かい合って話さない理由を『味方は隣にいるものだ』って言ってたな。
「……ハルンは、カラクリだって言ってたな。カラクリを助けるために命は張らなくていいって」
俺は、宝物が奪われたって話を切りだしたマナには怒っていなかった。
ただ、ただひたすらに。ハルンの言った言葉ばかりが頭ん中を回ってた。
「アイツはさ、嬉しいって気持ちが分かってる。辛いってこともわかってる。なのに、自分が捕まったら俺たちに助けなくていいって。言ってたな」
「……ん」
ルミエルネは、ただ聞いてる。
普段だったらなんかしら茶々入れてきそうな場面でも。
「でもよ。もしも俺たちの誰かが捕まったら……『危ねぇから助けに行くな』なんて、ハルンは言うか?」
「言わないでしょ」
そうだ。どんなに危険だって。相手がどんなに強くたってハルンは見捨てろなんて言わねぇ。
俺もルミエルネも、ラージスも言わねぇ。それは、ハルンが捕まっても一緒だ。
はぁ。と思わず息が出る。
「ハルンが助けに来なくたっていいなんて言ったのは。テメェのことをカラクリだと思ってるからなのかね」
「……そうね。ハルンにとって、ハルン自身はモノなんでしょ」
俺はもうずいぶんと前から、ハルンをただのカラクリだとは思えなかった。
だから、アイツが泣けなかったって言ってたのが辛かった。
こてん、と肩に重みが乗った。ルミエルネは頭を俺に乗せながら話し出した。
「あの子が自分をモノだと思っていること。私はそれが嫌ね」
「……ほんとな」
「ハルンが捕まった時に助けるなんて、私たちが勝手にすればいいからどうでもいいじゃない」
まぁ、確かに……。
アイツ自身がどんだけ自分をカラクリ扱いしても、俺たちにとってのハルンは変わらねぇ。
だとしたら、ルミエルネが嫌なところってどこなんだ。
「私たちがハヴィーを出た理由って覚えてる?」
「……壊れない居場所を作るため」
「そう。奪われない。大切な人が幸せに暮らしていける場所を作るため」
ルミエルネの顔が歪み、険しくなる。
自分を間違えないように眉間にしわを寄せ、また話し出す。
「ハルンはきっと今、自分のことを壊れない場所を作るためのカラクリだと思ってんのよ。あの子の中では……ね」
相当気に入らないって声で伝わってきた。でも大声になり過ぎないように、出来る限り噛み殺していったんだと思う。
それでも、ルミエルネの言葉は止まらなかった。
「もし、居場所が出来たらどうする気なのかしら。役目は終えたって、止まり得るってこと?」
「……え?」
「居場所が出来て、幸せになれたら『自分はもういらない』って……あの子は言い出しかねないじゃない。いつかアンタに、充電するなって伝える日が来るってこと?」
そうか。ハルンの自認がカラクリのまんまだと、役目がいるのか。
世界に存在し続けるためには、役割がいるのか。
「……冗談きついぜ」
完全に手が止まった。
ハルンはいろいろ喜んだり悔しがったり、楽しんだりしてる。でも、その楽しさは何かがあると捨てられちまう。
俺たちの危険とかと比べたら、自分のことは軽くなる。
「ハルンは……もしかしてよ。俺たちが消えたら、生きていかねぇのか?」
ふと浮かんだ考えが、口から漏れた。
ルミエルネはなにも言わない。否定してこない。ただ、黙ってる。
「なんとか、なんねぇのかね」
なにが、ってのは言葉で表せなかった。
カラクリだって考えてほしくない、とか。そんなところだと思う。
「そうね。自分の認識ってなかなか人に言われて変わるもんじゃないわ」
「ただよ。このままだと良くはねぇだろ」
俺の言葉にルミエルネは顔を上げ、考え込む。
少しだけ無言になった後、右手を軽く顔の前で上げながら、口を開く。
「私、昔は変な奴らに時折さらわれてたじゃない?」
あったな。黒ローブの集団とか、目的もよくわかんねぇ夜盗とか。
ガキの頃だから街中で大騒ぎだ。ハルンと一緒に殴りこんで助けたってのもあった。
「そん時奴らは決まって言うのよ。私のことを神様だって。神の子とか言うのもいたわ」
「へぇ?」
今までルミエルネはさらわれた時の様子を話したことは無かった。
大体は口では強がって、ただ凹んでいて、俺やハルンが慰めたり、ラージスが気を回して喧嘩売ってみたりって感じだった。
「毎回私は口あんぐりよ? やれ神様だ、やれ人とは違うだ。あれしてくれ、こうなってくれ。メチャクチャしか言わないわ」
「おっかねぇなそりゃ」
「本題は、そんな連中に神様だって言われても自分じゃ全くそんなこと思えなかったってこと。やっぱり人として生まれてんだから人なのよ」
……当然だよな。いきなり自分のことを神様だって考えろと言われても、わかりましたとはならねぇ。
「それは、見ず知らずの相手から言われても、家族から言われても一緒か」
「じゃないかしら。大切な人から伝えられたら、神様のフリをしてあげるって程度は考えるかもだけど」
「つまり……ハルンに人間みたいなもんなんだぞって言っても、意味はないか」
はぁ、と思わずため息が出た。
カラクリとして生まれ、カラクリとして過ごした。
ハルンだって自分が俺たちの家族だってことはわかってる。でも、人間になれって伝えられても困るだけ。そうだよなぁ。
「なぁ。ハルンは飯が食えたり、泣けるようになったら変わるかな」
「……喜ぶでしょうけど。人間だとは思わないんじゃない?」
「そうじゃない。そうじゃねぇんだ」
そう。結局のところは、俺がアイツにどうあってほしいか。そこに尽きる。
別に人になってほしいわけじゃねぇ。俺だって、ハルンには幸せであってほしい。
「ハルンがさ。いろんな事が出来たり、いい思いをしたらよ。アイツ自身が、カラクリとしての役目だけじゃ嫌だって思えねぇかな」
「……ふぅん?」
興味深げに、金色の瞳がこっちを覗いた。
俺は正直に、続ける。
「役目だけじゃなくて、大事なものが増えてきたりするとよ……。簡単には助けに来なくていいとか、道具としての自分とか。考えなくなるかなってよ」
「そうね。なにがなんでも止まるわけにはいかない。終わるわけにはいかない。それくらいまでなれば、あるかもね」
……たとえ俺たちがいなくなったって。俺たちとの天秤にかけられたって。
ハルンには生きていて欲しい。もっとわがまま言えば、ハルン自身にそう思っていて欲しい。
ああ。俺はもっともっと、わがままなんだな。
「ハルンが、ハルンになってほしいな。カラクリとか道具とかじゃなくてよ」
「……どういうこと?」
「自分でもよくわかってねぇんだけどさ。ジジイからの頼まれごととか、俺の望みとかじゃなくて。自分でやりてぇことが見つかるといいなってよ」
わかってる。アイツ自身が、ジジイの望みを叶えてやりたいって心底思ってることくらい。
だから自分のしてぇこと見つけろなんて俺の勝手なわがままだ。
でも、なってほしいもんはなってほしいんだ。
「いいんじゃない? もしも出来たら喧嘩増えそうだけどねぇ。あの子うるさいから」
「そんときゃ、勝てばいいだけだろ」
「はぁ。アンタそれやりたい放題すぎない?」
ルミエルネは笑いながら呆れ顔。
こいつは俺を楽にしてくれる。マジで整理が付いた。俺の気に入らなかったところと、望み。
さて、部屋は日が沈んで暗くなってきたけど、気分は明るくなってきた。
チャームもささっと作っちまうか。
バチン!
……指に力を入れ過ぎたからか、手元の作りかけからデケェ音がした。
「……割った?」
「いや……たぶん大丈夫だ」
隣の女が不安そうにのぞき込む。悪かったって!