俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
耳に届いた声は俺の身体をほどいた。
緑のデカい影がゆっくり起き上がる。
でけぇ耳がぴくりと動いて、長い尻尾が、静かにゆらめく。
生きてた。
「……ハルン」
「おう」
「……動けるか」
「動ける。大丈夫さ」
ハルンが腹をさすって、嫌そうに眉を寄せた。
胸の充電宝石は、さっき俺がぶっ放した雷で、青くギンギラのまま。
俺は、箱の縁に手をかける。
指先に、いつもの冷たさがある。火の熱気の中でも、こいつだけは妙に冷たい。
「ジジイは」
まず真っ先にそこだよな。
俺は、返事が出来なかった。
「……そうか」
ハルンは下を見ながら呟いた。
……半目になって、力なく、呟いた。
ハルンが箱から出て、床に着地した。
ガラン、と工具が鳴った。静かすぎる空間に、鉄の音は響いた。
無言の間が続いた後、ハルンがぽつりと、変なことを言った。
「ジジイ。最後、笑ってた」
「……そっか」
「……やっぱよ。こうなっちまうよなぁ」
ハルンの声は、弱い。
あまりにも聞き慣れねぇ。
俺は、ひとつ息を吐く。
吸った煙が喉に刺さる。
「……街は全部燃えちまってる。どこからも、声がしない」
「敵ももういねぇのか?」
「かもな。街の外でルミエとラージスが待ってる。ミカゲバも探さないと……」
外から常に炎が上がって、その光が射してくる。
やることは、山積みだ。いつまでもここにはいられねぇ。
「うし。行こうハルン。生きていてくれてよかった。本当によかった」
「……んだな。ジジイもここに置いてくわけにはいかねぇ」
俺は、ジジイの身体に手を伸ばす。
重い。もう力がない。
ハルンが宝箱の中を一瞬だけ見て蓋に手を置いた。
閉めるでもなくただ触れて。それから、視線を逸らした。
街へ出る。
カラクリの街は、カラクリが燃える。火の勢いは増してるし、爆発音だって聞こえてきた。
バチンバチンと弾け転がる丸い装置。あれはきっと、天井掃除用カラクリだ。
「うっおぉ……。外すげぇことになってんな。おいおい」
ハルンも驚いてら。面影ねぇもんな。
見慣れた道も、見慣れた家も、ぜんぶ黒い形になってる。
「ミカゲバの家燃えてんな。うし! ライト。見てくるから待ってろ!」
「おいぃ!? 入れねぇって! 無茶すんな!」
「大丈夫だ! こう見えても高性能なんだぜ? 火事くれぇならなんとかならぁ」
ずいずい入っていく。
こいつ、ほんとに止まらねぇ。
がっちゃーん、がしゃーん。
家の崩れる音が、俺の心臓を叩く。
しばらくして、煤だらけのハルンが戻ってきた。
背中に、小さな身体を背負っている。
「……ライト。ダメだった。居たけど、連れてきたけどよ」
「そっか。ミカゲバ。きちぃな」
ミカゲ婆さんの髪は、もう揺れてない。
いつも怒鳴ってた口が、静かだ。
「とりあえずよ! ラジ達のとこに行くか! 火が収まるまでほとんど何もできねぇだろ。早めに戻ってやったほうが、いい気がすんな」
「……ああ。それがいいな」
喋りだしだけ声がデケぇハルンに、俺はふり絞って返事をした。
――ひみつ基地。
木で作った、俺たちだけの場所に戻る。
「ハルン……! ハルンあんた! 生きてたのね!」
「おう。ピンピンだ。おめぇらも無事でよかった」
ルミエルネが駆け寄ってくる。
目が真っ赤だ。こいつが泣くの、あんまり見たことがねぇ。
「ススだらけ。カビ猫どころかモノクロ猫よ」
「触んな! 熱いかもしれねぇぞ! やーめーろー!」
バシバシ。
容赦ない。優しい。
こいつもハルンも。いつもそうだ。
「……おかえりなさい。ライト。お疲れさまでした」
「いや。全然大丈夫。よかったのか? ひみつ基地戻って」
ラージスも怪我はない。 声もいつも通りだ。
「こちらも煙だなんだですさまじかったので。建物なら多少はマシだろうと。それに……ヴェスは僕たちのことを狙ってませんからね」
ヴェス……か。
あいつのことを考えてる余裕が正直ねぇな。
怒りとか、あるべきなんだろうけれど。それどころじゃない。
「改めて聞くのは酷ですが。街の様子は……」
「……ダメだった」
ラージスの眼鏡の奥。
最初から悲しみが住んでる目をしてる。
こいつも、同じのを見たことがあるんだ。
「なぁ。やっぱこういう時は。みんな助からねぇのかな。街歩いててもぜんっぜんよ。人の声がしないんだ」
「僕が以前住んでいた村の時。自分以外はだれも。村自体の規模が小さかったのもありますが」
その言葉が、腹に落ちる。
「二度目はよ。きついよな」
「確かに。正直二度見たくはなかった光景です」
ラージスが、わざわざ街のほうを向く。
「……あの時、家族も失いました。君たちのように。一人でただ、どうしようもなく立っていました。それでも今日は三人。大切な人が、生きていてくれています」
そう言ったラージスの瞳には、街の炎が反射してゆらめいてる。
「そうか。だな。うん」
俺も一緒に、燃えるハヴィーを見る。
全く忘れる事の出来ねぇだろう、景色を見る。
ルミエはハルンの煤を落としながら、黙ってる。
ハルンは、妙に静かだ。
いつもだったら、ずっと喋り続けてんのに。
俺は、床に視線を落とす。
そこに並べた二人の身体。フランツ爺さんとミカゲ婆さんが、待ってる。
「さぁライト。……弔ってあげましょう。進まなければいけません」
ラージスが言う。
俺は、うなずく。早くやってやりたかった。
*
何日か経って、煙が薄くなった。
誰かいねぇか、出来る限り探したけど、生存者は見つからなかった。
諦めきれねぇで、また何日か探して、それでも見つからない。そこでようやく街の共同墓地に人を運んだ。
墓地は、もともと静かだった。
たくさんの墓石がすでにあって、いろんな人が定期的に花を供えに来た場所だ。
石を積んで、土を掘って、埋めて、祈る。名前を刻む。それの繰り返し。
最初に刻んだ名前は――
“フランツ・ハイムゲール”
その時、俺の手は震えてた。
震えたまま、刃物で石を削った。
その後、たくさんの名前を刻んだ。出来るだけ、刻んだ。
*
「ライト。ご飯できたわ。パスタ!」
ひみつ基地に戻ると、ルミエルネが明るく飯を振舞ってくれた。
「お前、いつもパスタだな」
「文句ある?」
「……いや」
文句じゃねぇ。確認だ。
空に向けてパチン。雷が走る。
ルミエルネの合図。
そんな気分を晴らすように、街の空に向けて雷が返ってくる。
「もーダメだな! 獣だらけすぎる! あっちこっち大変だ!」
ハルンが戻ってきた。
泡だらけで、石鹸の匂いがした。
どうやらどっかで拾ってきたらしい。熱心に体を洗ってる。
「お前! 飯食ってるときにバスタイム見せつけられてるこっちの身になれよ! 別の部屋でやれ!」
「あ~ん? 高性能だからなぁ。自分の管理は自分ですんのさ」
わりと、家ん中と様子が変わんねぇハルン。
そんで最近連日続くルミエご自慢のパスタ。
「シェフの復帰が待たれますね。まったく」
「あら。先輩シェフのお墨付きよ。美味しく食べなさい」
ラージスの皮肉と、ルミエルネの強気。
こっちも大して変わんねぇか?
街はより危険になっていった。
壊れたカラクリに獣が寄る。毒気だの病気が回る。
身体の弱いルミエルネは入れない。俺はラージスもなるべく入れたくない。
街の中の片づけは、俺とハルンが担当した。
宝箱は役に立った。
頑丈で、軽い。閉めると設置面に吸いつく。相変わらず意味がわかんねぇ。
でも、運ぶには最高だった。
「だからよ! 亡くなった奴ら運ぶのに便利だ。んなことしてたら、あっという間に箱もばっちちだぜ 一緒に洗ってやんねぇとな? お湯張ってくれよルミエ」
泡まみれのハルンが宝箱を指差す。
「はぁ!? それお風呂にする気!? 病気になるからやめなさい」
「なんだよ~。宝風呂、天才の発想だろ~」
呆れるルミエルネを見て、ハルンは笑ってら。
たぶん、これ以上ハヴィーを探しても、なにも見つからない。
いい加減、手を付けられる食いもんもねぇ。そろそろ、潮時か。
もう生きていくために動かないといけねぇ。別の場所探し。
俺が荷物をまとめて立ち上がると、ハルンも気付く。バタバタ身体を拭いてから、隣に来た。
「じゃ最後に、墓参りしていくか。思い残すことはねぇな!?」
ハルンがでかい声を出して仕切ったから返事をする。
「思い残すところだらけだよ」
「言うなよ!」
そうして、おそらく最後の墓参りに向かう。
墓地に向かう道は、灰が薄く積もってた。
風が吹くたび白い粉が舞って、俺たちの服に張りつく。
墓石の周りに、山の花を手向けた。
そこら中から集めて、石の足元を色で埋める。
今の気分で言うことじゃないかもしれねぇけど、向こうは綺麗だといいなって思う。
「寂しくないわね。おばぁちゃん。ゆっくり……みんなと一緒に過ごすのよ」
ルミエルネは指先で石に触れてから、祈った。
静かに、長く。
「……なぁ。オレはよ。いっこな。決めたことがあるんだ」
ハルンが空を見て言った。
今日の緑は、洗ったからきれいだ。
「幸せだったんだとよ。ジジイは。過ごせてさ。街でな。また生きることが出来たって。失った以上だって。それは、すげぇよかったって今思う。オレも……お前たちには、そうあってほしいと思ってる」
似合わねぇくらいまっすぐだった。
「だからよ。オレは、お前らが幸せに暮らせる……そんな場所が欲しくなった。誰にもぶっ壊されねぇような。そんな場所が。欲しい」
ハルンの声は、いつもより真面目。
「オレはさ。ライトに見つけて貰った時に、泣いてんなコイツって思ったんだ。寂しかったんだなって。そのあとよ。ミカゲバと会ったルミエも泣いてた。人はさ。悲しい、寂しいで泣くんだ」
胸が締まる。
止めたくなる。目を逸らしてたもんがまた戻ってくる。
けど、止めたら――ハルンはずっと言えなくなる。
「最期の、ジジイも泣いてた。笑ってたけど泣いてた。寂しかったんだろ。別れたくなかったんだろ。辛かったんだろ! オレは、寂しかった。辛かった。行くなって思った。でも泣いてなかった。泣けなかった」
「ハルン!」
声が出た。辛かった。
止めたかった。でも止まらなかった。
「オレは! オレは泣けなかったんだ! メシは食えねぇ! 泣けもしねぇ! 伝えられたかどうかすら……わかりゃしねぇ!」
ハルンの言葉が吐き出される。
たぶん、ずっと腹の中にあった言葉だ。
「あの日! 箱に入るのがジジイならよかった! あの場所にいるのがライトならよかった! ライトなら! 伝え合えてたはずなんだ! ジジイを、もっとちゃんと送れてた!」
「……んなこと、ねぇだろ」
俺の声は小さかった。上手く出なかった。
もっとちゃんと? なんだよそれ。
お前が居たから、ジジイは笑えたんだろうが。
「……こんなオレに、何が出来るかはわからねぇ。ただな。ウソじゃねぇんだ。すっげぇよかったんだ。生まれてから幸せだったんだよオレだって」
ハルンは目を逸らさない。
「ジジイに頼まれたことは、オレとおんなじ願いなんだ。幸せになってほしい。壊れねぇように、あってほしい。だからよ。手伝ってくれよ。なんもわかんねぇんだ。なんも。作り方が」
お願い事なんてしない奴が、手を差し出してきた。
ルミエルネが一歩前に出て、しゃがみこみ手を握った。
「ハルン。アンタも。幸せになっていいのよ。……大丈夫。私が叶えてみせるから」
金色の瞳がまっすぐ光った。
ラージスも、静かに頷く。
「……望外とはこういうことを言うのでしょうね。これほどまでに与えてもらえることは、なかなかありません。僕は……夢が出来そうです」
ラージスはそう言いながら、ハルンの頭を、わしゃっと撫でた。
俺は、宝箱を背負い直す。
「よし。頑丈な拠点。だな。たぶん」
スッと息を吸う。きっと今逃したら、一生伝えられない。
「とっくに、幸せなんだよ」
「……ッ」
「俺はもうな」
ハルンの目が丸くなる。
言い返せない顔。
その顔を見て、俺は少しだけ笑った。
墓地の端。
古い石に刻まれた名前が、視界に入る。
“ハルン・ハイムゲール”
ジジイじゃなくてハルンの名前。それもジジイの癖のある字で刻まれてる。
理由はわからない。ただ、その名前が刻まれていた。
「行くか! 幸せに暮らせる場所探しに!」
「テメエッ……! イジるじゃねぇよ! ライト!」
うるせぇカビ猫が付いてくる。
調子が戻って何よりだ。
じゃあなジジイ。
俺は、ハルンと生きていくよ。