俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
「なにをしたんだ! 薄氷姫!」
氷の柱に貫かれたクシードの叫びが部屋を揺らす。相変わらず声がデケェ!
しかし、あの黒い……体液? ありゃなんだ。魔物の血って色も変なことあるけどあんなん見たことねぇぞ。
流れ方はまるで油だ。そんで……魔力も感じる。近くの白布に、黒く染みていってる。
「なにをしたと聞いている!」
またクシードは叫んで、大剣で腹に刺さった氷柱を粉々にし、構え直す。
ユキはクシードに追撃しない。
俺に、まるで攻撃するなと手をかざしてる。険しい顔のまま、こっち側にじりっじりっと移動してきてる。
……その時もクシードへ刀を向けて視線を外さない。そのまま俺の隣に立つと、低めの声で話し出す。
「あんさんの白布。凍らない切れないと自慢してたけど、ほんまかなって疑ってたんよ」
「……なに?」
ユキが説明を始めると、腹を抑えながら律儀に聞くクシード。
えっ? わざわざ、なにをしたか答えるのか?
ここでネタばらしをしたら、次に対策とかされちまうんじゃ……?
「魔法を全部無効にするなら、ライトの雷剣は白い布で直接掴んだほうがええ。薄氷の術も気づかないのが自然、ちゃう?」
確かにそうか。牙で無効にする魔豚は、必ず魔法には牙で対応してたな!
無効化するなら、それで対応する癖がついちまうってことか。
「だからなんだというのだ! それはブロカード様の白布を破る理由にならん! 私の腹を破る理由にはならん!」
「せやろな。あんさんも自信あったよね? その布は刀で切れないし、ライトの雷の刃がいっぱい降ってきても大丈夫。でも凍らないは、ちゃうかった」
クシードはユキの言葉を聞き、目を見開いて睨み付ける。
さっきまでとはまるで違う。余裕のねぇ態度だ。
ユキは、俺に手をかざしたまま続けて説明をする。
「ちょっとだけな? 凍るんよ。霜張るくらいやけど。シャリシャリ言うてましたよ? そんで、凍って動いての繰り返しやから、白布がズレて……」
「隙間を縫い、穿ったということか」
言葉の途中で、クシードの苦々しそうな声が割り込んだ。
ユキが氷の柱であいつを貫けたのは、あいつを包む白布を一瞬凍らせて、隙間を作ったのか!
それが出来そうかどうかを確かめるために、あんだけ薄氷の魔法を繰り返してたんだな。
「つまり、我が落ち度だ。この白布を汚す、といった大失態。私の油断が招いたということだ」
クシードは歯を食いしばり、腹を抑えてそう言った。さっきより態度が落ち着いてきてる。
時間空けずに、攻撃してたほうがよかった気もすんな。回復とかされてたらもったいねぇ。
ただ、ユキは俺にまだ攻撃するな、と手で遮ってる。
「その、お腹から出てる黒いの。なに?」
クシードに刀を向け、ユキは聞いた。
困惑と懐疑が声に交じってて、すごく警戒してることがわかる。
「……ふふ。お前も取り引きの美学を持っていて喜ばしい。異様であろうな。液状の黒い魔力は」
液状の……魔力?
クシードの説明は、俺の常識とズレてる。魔力は液体とか、固形物とか気体にならねぇ。
水に変わったり炎に変わったりはするが、もうそれは魔法であって魔力そのものじゃねぇ。魔力の混ざった水や炎だ。
「あんさんの黒いのは、あんまりにもおかしいんよね。魔力凄いし、血にしては流れる量が多すぎる。なにそれ」
「伝えた通り、魔力だ。私の身体は、黒く流れる醜い魔力で出来ている。これは魔力であり、私そのものだ」
クシードが抑える腹からは、とめどなく黒い液体が流れ続けてる。
ずっと止まる気配がない。マジで魔力だとしたら、あれに電撃撃ったらヤベェか?
爆発とかする可能性もあるかもな……。
だからユキは先に種明かしをして、クシードにも秘密を吐かせてんのか。
ロガール回収隊もそうだけど、なんか連中フェアであろうとする美学があんだよな。
「他者により生物から魔力へ変換されんとし、しくじり、なれ果てた。生物でも純魔力とも呼べぬ、醜き塊。そんな私に差し伸べられた、白き救いの手がわかるか?」
ユキも俺も、奴の話を黙って聞く。
生物を……魔力に? そんな想像したこともねぇこと試してる連中がいることにビビる。
救いの手、ってのは……ブロカードか。
「ブロカード様はな、こんな醜い存在を『漆黒の美しき魔力』として保管対象に選んでくださった! 自らのお身体である白布を裂き、私を包み、姿をくださった! これがどれほどのことか、わかるか!?」
今までで一番強い声。その叫びは唸るように轟く。
クシードは、腹を抑えることを止め、右手で大剣を地面に突き立てた。
……姿勢を正したんだ。わざわざ。
「美とは! あの方が決めることだ! あのお方こそが美だ! 私は選ばれし保管庫の番として、あの方の美を守る者だ! 選ばれしお前たちは、あの方の下へ存在すべきなのだ!!!」
ユキはスッと、俺を遮っていた手を降ろし、構える。
なにも言わない。クシードの言葉に、なにも答えない。
突き立てた大剣をまた抜きながら、クシードは落ち着いた声で話し出す。
「薄氷姫よ。手を出さなかった美学に感謝する。安心しろ。この肉体に刺激が与えられることで、爆破や予期せぬことは起きない。私がどのような結末を迎えようと、保管庫に害することは無い」
「……そ。いい加減そろそろ、あんたらも保管庫も、無くなってもらうよ」
あいつ……。『これが知りたかったんだろ?』って態度で最後に言ってきやがって。
報酬を与えてやる側ってか? どこまで行っても分かり合えねぇな。
んでもって、どうせ全部変わらねぇから……突っ込んで来るな!
「ぬうぅん!」
さっきまでと同じように突進! でもさっきまでより速い!
俺とユキは互いに受け止めず躱す。クシードは、俺たちの間を通り抜けた。
その道をたどるよう、宙に霧みたいな黒い魔力が残ってら。
「ライト!」
ユキの声! クシードはこっちに突っ込んできた!
大剣を突き刺すように構えて突進。とにかく速度で捕まえてやるってか?
最初の一撃は速かった。けど、次も、その次も、速度は変わらねぇ。
それなら躱せる、当たらねぇぜ。
「小癪! ウロチョロと! 神妙に受けよ!」
クシードは大剣の構えを変えない。また突っ込んで来て、また躱すの繰り返し。
なんか狙いがあんのか? 宙に浮かぶ黒い魔力の様子を見てみたが、部屋に充満するとかはねぇ。むしろだんだん消えてってる。
……仕掛けてみるか。
「いつまでも躱してるだけだと思うなよ!」
俺はユキの正面に立って、派手に雷剣を手に作る。
とにかく光らせる! ビームでも出るんじゃねぇかって感じでな!
「なめるな! 私は魔力だ! 受けられると思うな!」
そう叫んで、クシードは突っ込んでくる。
さっきまでより単調に。
俺は身を翻し、クシードの突進を躱す。
その瞬間、空間が割れる音が響き、クシードの突進も止まった。
奴はまた、氷の柱に貫かれた。
「ぐうっ! 一度ならず二度までも! あのお方の布がまたっ!」
クシードは悔恨の唸り声を上げて、また大剣で氷の柱を叩き折った。
腹の傷はデカくなってる。ダメージがあるぞ!
戦いに光が見えてきたってときに、ユキが俺の隣に来て、小さな声で囁いてきた。
「やっこさん。二度当たるってことは、相当頭テンパってるな。こっから何してくるかわからんよ」
「……つうと?」
「知らん魔法とか、強引な技とか。危なくなるから、気を付けて」
そう言って、ユキは俺よりだいぶ前に出る。
クシードは俺たちの方へゆっくりと体を向け、右手に大剣を持ち、仁王立ちしている。
「……白布を大きく汚してしまった。もはや先刻までの美は取り戻せまい」
クシードは身体に巻かれた白布を左手に持ち、一気に解く。
魔力で出来た全身が露わになる。ところどころ、最低限と言わんがばかりに布を残してっけど、既にそれは黒くなってた。
右手は大剣。左手は手元が黒く、先が白い布。明らかに今までとは違うことを仕掛けてくるな!
「だが、新たな美もまた存在する! 必ず捕え、捧げるのだ!」
奴は左手に持った布を振りまわす。そして、布の先がユキの横を抜け、先端を俺にぶつけるよう放ってきた!
「ライト!」
「あっぶね! 問題ねぇ……」
――ドォオオンッ!!!
布を躱した瞬間、クシードは大剣を持ち、突っ込んできた。
俺は躱し切れず、雷剣でなんとか受けるも、壁に叩きつけられる。
「……くうっ」
背中痛ぇ! 息がしづらい! 砂煙が上がって見づらい!
でも止まってたらマズい!
何とか立ち上がると、煙を払うようにまた布が来た!
「冗談きついぜ!」
右手の雷剣でなんとか払って、左手にも雷剣を作って突進に備える。
電気の輪! 電気の輪! 見えねぇし感知しねぇと!
その時、また空間が割れる音がして、一気に砂煙が晴れた。
「……ユキ!」
ようやく見えたクシードの戦い方は、さっきまでとはまるで違ってた。
白布が、部屋中に張り巡らされんじゃねぇかってくらいにあたりに浮かび、ユキの動きを追い詰める。
クシードは布を操りながら、大剣を振り回し、苛烈に攻める。
「めんどっ!」
ユキは刀を使い、なんとか捌いてる。
途中で氷の壁や、柱を出して大剣や布をなんとか逸らす。
早く助けに入らねぇと! ……今なら効くんじゃねぇか?
「だりゃあっ!」
俺は雷剣の先から電撃をクシードめがけて放つ。あいつはもう全身を白布で覆ってねぇ!
「ぬぅりゃあ!」
クシードも、俺の攻撃に気づき白布を放つ。
布は電撃を逸らし、俺の後ろの壁に突き刺さった。
気は逸らせた程度か……?
――ビュン。
その瞬間、今までの速度とは比にならない勢いで、俺の眼前に大剣が迫った。
「ライトォ!」
突進の衝撃音が、ユキの声をかき消すかのように響く。
威力も速度も、メチャクチャだった。
「……これもいなすか! その雷剣の圧力は相当だな!」
何とかギリギリだ。両手の雷剣で受けて上に弾くように避けられた。
でも俺が下にもぐったって形になったな。とにかく身体が痛ぇし、壁とクシードに挟まれていたくねぇ!
「うるせぇ、よっ!」
俺は全力で全身から電撃を放つ。ハルンがよくやる最終奥義だ。
音も光も、バカでかい。クシードの姿勢が崩れた隙を突き、裏に抜けて脱出する。
「ライト! 無事なん!?」
「なんとかな! いったい何が起きてた?」
駆け寄ってきたユキに、攻撃の正体を聞く。
とにかく急だった。もう一発はしんどいぞ。
「あいつ、布引っ張って飛んでってた」
そういうことか。俺の後ろの壁に布を突き刺して、それを引く力を使って突っ込んできてたのか。
突進バカ過ぎるだろ! 芸術は突進じゃねぇか……。
「最後の雷撃は、原始的だったな。生物としての窮地はそれに限る、といったところか?」
砂煙から、クシードが出てきた。
左手には、巻き取られた布。そいつで俺の攻撃は防いだのかもな。
「……いつまでも、布に包まれず戦うわけにはいかん。次で決める!」
そう告げると、クシードは布を左手から放つ。
部屋の天井に、壁に、床に。いよいよ白布がそこら中に強く張り巡らされた。
「……まさか」
あいつ! 布の長さを全部使って、突っ込んでくる気か!?
白布が全部ギシギシと音を鳴らして、それだけで部屋が壊れるんじゃねぇかってくらい軋む。どんな威力の突進になるんだよ!
「人間には回復用の教会がある! お前たちなら死にはすまい! いざ!」
クシードはそう告げると、左腕を引いた。
一瞬でその場から消え、遅れて轟音が部屋を揺らした。
時間がない! 防げるか!?
「――言ったやん。その布は、凍るよ?」
俺が両手の雷剣に全力で力を込め、備えてた時だった。
カシャン、と氷の音がした。
空気も、張り巡らされた白布も、クシードの突進も。
ぜんぶまとめて固まる。
でも、クシードの力はそれをぶち破った。薄氷が砕け、氷の粒が宙に散る。
ただ、その時には奴の突進は崩れてた。
クシードの巨体が、砕けた氷と一緒に宙へ投げ出される。
「……なにが、起きた!」
あいつも状況を把握できていなかった。
薄氷の魔法で一瞬だけ固まった白布は、クシードの制御を離れた。だから突進の力を操れなくなった……あたりか?
とにかく、今はチャンスだ!
俺は飛び上がり、力を込めた雷剣をクシードに向け突き立てる!
「うぉおおおらぁっ!」
「……まだだぁ!」
クシードは大剣で受ける。ただ、もう踏ん張るところも、勢いもない!
そのまま天井に押し込む! 貫け!
「だあぁあああああああっ!」
ガンッ!!!
デカい音が鳴り響き、大剣が地面へと落ちた。
「……ふっ」
クシードが、笑った。
雷剣はクシードの身体を貫いた。そこから、黒い魔力が滴る。
「……美しい。魔力が、雷が型をなし、とどまる。機能を果たしている」
ぽたぽたと、奴の身体から次々と魔力が零れる。
宙に浮いていた白布は、ゆっくりと地面に落ちていく。
「私は、形になれなかった。……ああ、ブロカード様。あなたの、白布を汚し、申し訳」
ばしゃん。
言葉の途中で、クシードは身体を保てず、崩れ落ちた。
黒い魔力は、地面に落ちた布へ滲んで、また少しだけ白を汚した。