俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
*
【ライト視点】
「……なんとか、だったなぁ」
思わず、独り言がこぼれちまった。
クシードを倒して、床に着地すると、目の前には黒く染まった布。
もう特段動くことはなさそうだ。いや……動いてくれるなって思っちまってるぜ。
さっきまで力を入れっぱなしだった手が震えてる。握力がなくなってんじゃねぇか?
念のため電気の輪は広げたまま、ユキの方へ向かおう。
「助かった。凄かったな……あの凍らせ方」
「いや、うまくいってよかったわ~。効かなかったらどうしようかと思ったよ~」
ユキも床に座り込んで、ホッとしたって反応だ。危ない相手だったよなぁ。
魔力の塊なんて、初めての敵だった。
「そしたら、ハルンたち追いかけよか! もう、お師匠たち見つかってるといいけど……」
ユキが何とか立ち上がりながら、階段の方を見ると、突然扉が開く音がした。
その瞬間、ぶわっと風が吹き込んできて、髪と服がはためく。
「……なんだ?」
俺は急いで振り返ると、クシードが守ってたバカでかい扉の先に、その姿はあった。
白い布。ユキの左腕に巻かれてるもんと全く同じ色。それが異様な大きさ、長さで宙にはためいて、俺たちの方に大きな影を作る。
そいつがいる部屋の奥は、天井が吹き抜けになってる。差し込んだ光がそいつの身体で反射して、やたらとその部分だけ眩しい。
空飛ぶ布の蛇、だなんてなまっちょろいもんじゃない。まるでおとぎ話の龍。それが、布でできている怪物。
間違いない。こいつが、ブロカード。
「クシード。美しい姿に、なりましたね」
怪物はこちらの部屋に入ると、俺たちの方に真っ先に向かってこねぇで、黒く染められた布を手に取った。
仲間の方を、先に見るんだな。
「貴方の唯一性のある、黒く美しき魔力の身体。それが力を失えど、布に染み、白と黒のグラデーションを作り、より高い美として完成している。見事です」
……変わんねぇな。ほかの連中と。
オークどもの、クシードの主だってことがよくわかった。アイツが、連中の考え方そのものだ。
テメーの保管庫を守らせるほどの仲間でも、美術品なんだな。
はらり、と怪物は自分の布を手のように使い、黒い布を折りたたんだ後に話しかけてくる。
「はじめまして、ライト。そしてお久しぶりです。薄氷姫、ユキ。改めて、私がブロカードと申します」
澄みきった、やたらと綺麗な少し低い声で、ブロカードは丁寧な仕草で挨拶してきた。
頭がねぇのに、お辞儀したみてぇに、てっぺんの布が下がってる。
目もない。口もない。そんな奴なのに、喋ってるし、たぶん見られてる。
「……クシードが戦ってるときに、助けに来ねぇんだな」
「ええ。決闘は美学です。騎士である彼の戦いに割り込むことはしません」
俺の質問にサラッと答えると、ブロカードは頭っぽいところをユキに向けた。
腕のような位置から布を少し絞るような形で出して、ユキを指す。
もうユキは刀を抜いていて、臨戦態勢だ。
「ユキ。貴女は様々な場所を旅していたようですね。龍には……会えましたか?」
「……龍?」
ブロカードの問いに、ユキは睨みながら少し困惑した声を漏らした。
いや。龍ってお前。空想の魔物だろ?
鬼とか悪魔と一緒だぞ。意味がわかんねぇ。
「ええ、龍です。刻印を持つ貴女なら……ありうるでしょう?」
「……なに言ってんの」
興味深げに聞くブロカードに対して、ユキはより冷たい声で答えた。
刻印……。そういや龍の印がどうこうって、聞いたことはあるな。
すると、ブロカードは布の身体を大きく動かし、まるで座って、考えてる人のような姿勢になる。
布で動きを模してんのか……? さっきから、こいつ――。
「残念。出会えていたのなら、その話も聞きたかった。まぁ人の寿命も長い。いつか龍の方から現れることもあるでしょう。さぁ、奥の部屋に。希少な美術品が多くありますよ?」
そう、こいつはまるで人間みたいな喋り方しやがる。
仕草も、全部だ。考え方は全然俺と違うのに。
素直について行く理由はねぇよな。ハルンたちの方も気になるしな。
ただ、俺たちが追われても面倒……。
――ガラァン。
後ろで、デカい音。
確認すると、ブロカードはいつの間にか身体の布を螺旋階段まで伸ばしてて、ぶっ壊しやがった。
「気になりますか。醜悪なるものたちの安否が」
そう言いながら、螺旋階段を破片で丁寧に蓋をするブロカード。
ユキは、奴を強く睨む。今まで見たことがねぇくらい険しい顔で、睨む。
……あっちは、ハルンたちがいる。信じるしかねぇな。
「これから美を見て、分かり合うのですから。余計な存在の影響で気が散漫になってはいけない。生かしてあるので気にせず。さぁ、こちらへ」
あの野郎。やっぱ、言うことは意味不明だな。
奥の部屋に来いって誘導してっけどよ。ついて行くべきか……ここでやっちまうべきか?
わからねぇ。こういう時は経験の浅さが出るな。
「ライト。もうここも戦いやすい場所やない。行こう」
そっと、ユキが俺に声を掛けてくれた。
よく見ると、部屋にはブロカードの身体がそこら中に浮いている。
「あっちも準備万端ってか」
俺もそう吐き捨て、奴の居る奥の部屋に入る。
「少しお待ちください。彼を“飾る”ので」
ブロカードの手によって、吹き抜けた部屋の高い位置に白黒の布が飾られていく。
光の当たり方。布の見え方。アイツはこだわっているらしい。
俺は部屋の中を見渡すと色んなもんが目に入った。宝石、大鐘。
そんで、デカい書きかけの絵。
「龍……?」
思わず声がこぼれた。描かれていたのは、おとぎ話の龍だった。
つっても、ブロカードには似ていない。手足と翼が生えた、銀の龍。
細かいところで進みが止まっていそうなあたり、何度も描き直してんだと思う。
「まず真っ先にそちらを見ていただけるとは、大変光栄です。少年」
俺の目の前にふっとブロカードが降りて来て、そう告げた。
この静かに伝えてくる感じが、気に障るぜ。
「そう。これは龍。我が美の究極であり、目指すべき頂。どれほど良い絵の具で、何度描き直せど……あの日の美には至らない」
しみじみと、作りかけの絵を見ながらブロカードは語ってる。
瞳がなくても、感情がわかる。
「さあ、少年ライト。そして選ばれしユキよ。保管庫にてともに研鑽を積み、理解し、目指そうではありませんか。究極の美を、生命の頂を! さすればクシードも報われましょう」
大きく布を広げたブロカード。白い身体に銀の粒が広がって、神秘的だとあからさまに訴えてきやがる。
俺には、それこそがすべての価値だって態度に見えた。
「冗談。みんな、終わらせたるわ」
ユキが刀をブロカードへ静かに向け、構える。
当然、こんな交渉は成立しねぇよな。俺も雷魔法がすぐ使えるよう準備した。
「一度の対話では、受け入れられませんか。では、これより保管のため、一時的な捕縛を行います」
ブロカードがそう言った途端、身体中からあいつの白い布が放たれた。
一瞬で部屋全体に張り巡らされ、そこら中から布がこっちに襲い掛かってくる!
「ずいぶんと、派手じゃねぇの!」
俺は、そこら中の布が弾き飛ばせねぇか電撃を身体の周りに放つ。
出力高めでバチっとデカい音が鳴る。布は逸れ、攻撃はいなせたみてぇだ。
痺れてもいなそうだが……少なくとも干渉はするな!
「ライト、貴方の電撃も鮮烈で印象的ですよ。これが質量をもつかのような圧縮雷魔法。見事です」
「まるで評論家だな!」
そう言いながら雷の剣を作り、ブロカード本体に切りかかる。
とりあえず。効くかどうかは試さねぇと話になんねぇ!
――ビュン!
その瞬間、俺の狙っていた敵は消えていた。
「……はえぇ」
ブロカードは、一瞬で上空へと移動。雷剣を軽々と躱した。
クシードも布引っ張って移動してたけどよ……。あいつはそこらに張った白布を、伝うかのように動きやがる。
「来るよ!」
ユキの掛け声で周りを見ると、一斉に白布が素早く飛び掛かってくる。
なんとか俺も飛び跳ねて躱す。この全方位攻撃は鬱陶しい!
「ユキ! 助かった……よく気づけたなぁ!」
「ん! ライトが参考になったよ!」
俺が……?
不思議に思った途端、嫌なほど澄んだ声が上から届く。
「電気の輪を参考にしたのですね。あたりに薄氷の術を張り、割れることで感知する。人の成長は早く、素晴らしいですね」
「……あんたに言われても、嬉しないわ」
「きっと芸術の価値観もすぐ理解できます。すぐ語り合えるようになりますよ」
ユキが見上げる先のブロカードは、まるで光を塞ぐかのように飛んでいた。
そして、頭の前に小さな筒を持ち、こっちに向けている。
「まずは、展示を見ていただきましょう。これは、龍の美を追い求めた村の民が作りし一品『一息の竜筒』。風を吹き込むことで、その芸術を再現します」
奴がそう告げると、吹き抜けの外から突風が集まり、筒に吹き込まれる。
すると、筒を通る風が業火に変わって、上から襲い掛かってきた!
「マジかよおい!」
「ライト! 動かんといてよ!」
俺の隣に来たユキは、この世の終わりみてぇに落ちてくる炎に向けて、刀をかざした。
一気に床が凍って、眼前には分厚い氷壁が出来る。
その氷壁に炎が当たると、蒸気が吹き上がるような轟音が響き渡った。
眩しさと迫力で目の前を直視できねぇ! でも、ユキは必死に抗ってる。
「――つうぅああっ!」
ユキの必死の叫び声で、あたりの魔力が一気に高まる。
振り絞って、ユキが刀を振ったら、ようやく音が鳴りやんだ。
「お見事。やはり薄氷姫には、白の人より優れた才がありますね」
蒸気が消え、視界が戻るとブロカードはまだ上空にいた。
ユキの氷壁は最初よりずいぶん薄くなってる。指で押せば割れちまいそうなくらいだ。
俺らは振り絞ってるような状況だっつのにな。
あいつはあの場所から全く動かず、こっちを褒める。余裕綽々だなおい。
「調子乗んなよっ!」
俺はブロカードに指を向け、雷撃を放つ。
今回のは、細く速い一撃。ただ、出力は今までのとは違う。ユキの氷をぶち抜いて、その時にはブロカードに直撃してる。
ダァン! とひときわデカい、まさに雷の音が鳴り響き、隣にいたユキが思わず驚く。
雷魔法のいいところは、見た目に寄らねぇってとこだぜ。
「驚いた。油断を一撃で突く雷撃。あまりにも多芸。強力な魔物でも貴方の敵ではありませんね」
「……冗談きついぜ」
あの野郎……! 当たっておいて何事もなかったように喋りやがる!
ドスンと白布が地面を突き刺し、ゆっくりと本体が下に降りてきた。
……なんなら効くんだ? 裁ちばさみか?
「ここまで強いとなると、戦いで綺麗に捕縛するのは難しいのでしょう」
こいつ……! まだこっちを傷つけずに捕まえる気でいやがるな。全然本気じゃねぇってか。
俺は雷剣を構えて、ユキより少し前に立つ。
ブロカードは、思ったよりゆっくりと、白い布を腕のように動かしながら告げる。
「やり方を、変えましょう」
その言葉とともに、布が空を撫ぜた。
俺の目の前に、小さな白い布が一枚舞った。
「……えっ?」
ユキが、驚いた声を出した。
思わずそっちを見ると、左腕から白布が外れてた。
奴が外した理由はわからなかった。
ただ、ユキの左腕。白い布で隠されていたところに、丸くて黒い“痣”があった。
「それは、龍の刻印。貴女が持つ価値の証です」
ブロカードは、今までよりも低く澄んだ声で、そう告げた。