俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
ユキは、その場でブロカードを見上げてた。
ただ、声も出ねぇで泣いていた。もう止められなくなってんだ。
もう言うことを聞いてねぇ身体が、ふっと膝から崩れ落ちて、なにもできずにへたり込んだ。
そんな姿も不思議じゃねぇくらい、あいつの言ったことは残酷だった。
「さぁユキ、こちらへ。保管庫に場所は用意してあります。ここにいれば少なくとも、貴女の大切な人々は私にも龍にも追われない」
ブロカードは、白い身体をゆっくりと動かし、そのままユキに寄ってくる。
なんの助けにもなってねぇ、低い言葉を並べながら。
ユキはもう指一本動かせず、ブロカードを無心で見上げる。
白い布が救いの手のように、するりとユキに差し出された。
俺は身体で割り込んで、雷撃で布を叩き落とす。
「近寄るんじゃねぇ」
ブロカードは、知らねぇ。
ユキがどれだけ、トモリのみんなを大切に思ってるか。
大事なもんまで要らねぇって、ずっと泣いてるくらいには、ユキは大切にしてきてんだ。
「お前には、奪わせねぇよ」
ユキはなにも、奪ってない。
全部ひとりでやろうとするんだ。
トモリの人からも、俺たちからも。周りのどんな奴からだって、何一つ奪おうとしなかった。
「俺から! ミツイから! トモリから!」
こいつは、一人で泣くんだぞ。
みんなに迷惑かけたくないって、誰にも頼らず泣くんだぞ!
「ユキはぜってぇ、奪わせねぇ!!!」
思いっきり雷魔法を撃って、ブロカードを弾き飛ばす。
俺とブロカードに距離ができる。あいつの狙いは、ユキだ。
「ハルンライト」
背中の宝箱から、カラクリを取り出す。
ルミエルネ用、三角錐の結界カラクリだ。
雷魔法で起動して、ユキを中にかくまう。
「貴方はクシードに似ていますね。奪わせないという言葉、行動。きっと保管庫も力強く守ってくれることでしょう」
「はっ倒れてから、寝言は言うんだな」
ブロカードの言ってることは、噛み合わなさすぎて驚く。
だがもう、あいつと話すことはねぇ。どうだっていいことだ。
――ガァンッ!
全力で、雷撃をまとめて奴に叩きつける。
形も拘らねぇ。絶対に、あいつの好きにはさせねぇ。
*
【ユキ視点】
ライトが、戦ってるのが見える。
ユキのために、こんなユキのために。
「……なんで?」
わかっているのに、言葉に出た。
誰にも届かん言葉やのに。
知らなかった。自分の存在が、ハレノヒを壊してたなんて。
こんなしょーもない存在が、みんなを殺して、めちゃくちゃにした。
それでもさ? もう無くなったものはどうにもならんて。
ずっと自分で言うてたやん。
今あるもんを、大事にせなあかん。大切なもんは、目の前にあるって。
「なにが、どの口が。自分で……。また、壊すんやんか」
ユキのせいで、ブロカードが来た。
ユキがいると、また化け物が来る。
あいつの言った通りよ。このまま倒して帰れても、みんなを危険に晒すだけ。
また、ユキが奪う。
でも、ライトは戦ってるよ?
あんだけ頑張ってる人を見捨てて、どんな人間として生きるの?
……ここから立ち上がって、前に進んでいったとして、どんな人間として生きるの?
わからない。どっちも、わからないよ。
「よう。泣いてんのか? ユキ」
隣から声を掛けられた。
おっきなお腹、まぁるい手。緑色の可愛い子。
「……ハルン」
現れたのは、大切な存在の象徴みたいな子。
そう。ライトにとって、なによりも大切な存在。
パチン、とハルンがなにかを外すと、ライトがつけてくれた結界カラクリが閉じる。
そんで雷の音が鳴り響く。視界に一瞬、あの白い影が映る。
「どうなってんだ?」
影を見ながら、そうやってハルンが呟いたとたん、背筋が一気に冷えた。
……戦おうとしてる。あんなバケモンと戦ったら、ハルンは壊れちゃうかもしれん。
ハルンが、ライトから奪われちゃうかもしれん。
「待って……! ハルン、待って……?」
「んだよもう。わかった。どした?」
アカンて! それだけはアカン!
あんなに素敵な人から、あんなに優しい人から、ハルンが奪われるなんて!
そんなことあったら、ライトはどんな顔して……。どんな、思いで。
あっていいわけがない! あっちゃいけない!
……今のユキがどうあろうと、そんなことは許しちゃいけない。
「……そっか」
やっと、ユキにもわかったよ。ブロカードがどんな存在かって。
こんだけアイツに振り回されて、こんだけ散々泣かされて。やっとわかった。
「おう。なんかわかったか?」
ゆったりと、小さい声でハルンが話しかけてくれる。
君たちは、ふたりとも似てるね。
「うん。ハルン。そのまま、聞いて?」
*
【ライト視点】
「ライト、貴方はずっと魔法を使い続けられるのですね。膨大な魔力で、どこまでも美しく戦い続けられる」
……埒が明かない。
――ガァン!
また一発、ブロカードに雷魔法を叩きこんだが、怯みやしねぇ。
バチバチっと、あいつの身体で鳴ってるから、入ってはいるんだがな。
「すっかり会話が無くなった。ライト、貴方は美が苦手ですか?」
おかげさまでな、変な苦手意識はつきそうだよ。
その時、ふっと弱く擦れた感覚がした。布が擦れたわけじゃねぇ。
かしゃりと、したやつだ。
俺が横目でユキの方を見ると、ユキの隣にハルンが立ってた。
あいつ……! 大人しく立ってたのか!?
「……いつの間に来たんだ」
「うだうだ言うなよ?」
一気にハルンの隣に移動して聞いたら、門前払いで返事してきやがった。
全然普段と調子違うじゃねぇか。なんかの……仕込みだな。
ユキの様子は変わらない。ずっと下を向いたまま。
「いつの間にか、緑のカラクリ人形が到着したようですね。そのカラクリ結界よりは頼りになるのでしょうか」
また、ブロカードがぶつくさ言ってんな。
ただ逆に安心したぜ。普段のハルンを知られてたら、メチャクチャ警戒されるとこだ。
「――――だ。よろしく頼む」
俺は、ハルンとユキを信じて最後の策を託す。返事は聞かねぇ。
そんで、ブロカードにまた飛び掛かる。
「なにか、変わりましたか?」
「ああ? 変わらねぇさ。相変わらずお前はうっとうしい!」
ブロカードの野郎に返事しながら、俺は雷撃で奴を上空に打ち上げる。
「……流石に、もう見飽きましたよ?」
少し反応を見せるあいつを無視して、俺は強い雷魔法を連続で叩き込んで、どんどんと上に上げる。
そう、ブロカードは打ち上げられるのが気に入らねぇから態度が変わってんだ。
「テメェ、バレてねぇと思うなよ。さっきから俺の攻撃を、地面に逃がしてんな?」
「……よく見ていますね」
思えば最初からそうだった。強い雷撃の後は、布を地面にぶっ刺してた。
ブロカードは魔法が効かねぇんじゃねぇ。魔法を逃がしやすいだけだ。
「つまり地面に逃がせなきゃ、電撃は効くってことだよなぁ!?」
ブロカードは思った以上に、雷撃の勢いで飛ぶ! 電撃を使って跳ね上げ続ければ、可能性はある。
天井の吹き抜けより、高い位置までブロカードを押し上げたところで、奴は俺の言葉に答えた。
「ええ。良い着眼点ですが、かなり甘い」
その瞬間に、ブロカードは地面に向けて、自らの布を凄まじい速度で伸ばした。
ドスン、という音とともに、地面に白布が突き刺さる。
「やすやすと、その策を許すわけがありません。そして空中は、貴方にとって安全ではない」
ブロカードは一瞬で身体を操り、俺の周りを巻くように白布で縛り付ける。
俺は抵抗する間もなく、ブロカードにふん縛られた。
「これで、回収完了ですね。あとは地上のユキを拾うだけです」
ピンと張った白布からは、安堵混じりの声がする。
声と一緒に、カシャン、と氷の音がした。
俺もなんとか下を見て、ブロカードに向け告げる。
「ああ、これで終わりだ。この賭けは、俺の勝ちだ」
伸び切ったブロカードは、一切動かない。
奴が突き刺した白布の根元に、ユキが手を添えて立っていた。
「なっ……。なにをっ!」
初めて聞いた、ブロカードの慌て声。
地面から伸びて、頭の先まで。奴の身体は凍ってる。
「油断したな。お前は今まで、雷だったから逃がせただけだ。ちゃんと凍れば、逃れられねぇ」
最初からブロカードが凍ることはわかってた。
ユキの全力攻撃のとき、きっちり凍り付いてたもんよ。
「そこではなく……。なぜ動けない!?」
「そりゃお前、布だからだろ」
そう。こっからが賭けだった。
雑に凍ったときは無理矢理動けたブロカードが、伸び切った状態でしっかり凍ったらどうなるか。
ユキとハルンに耳打ちした作戦は単純。
俺が何とかブロカードを引っ張り伸ばすから、その後、なんとか一瞬で凍らせてくれってだけ。
バネだってそうだけどよ。曲がってると力が出せるんだよな。
ただ、伸び切ってんのを縮めんのは大変だ。しかも、凍ってたりしたら動けねぇんじゃねぇかってな。
「なぜユキは動ける! なぜ、貴方を巻き込むように魔法を放てる!」
「……俺はここじゃ、凍らねぇんだろ? それにユキは、ハルンがなんとかしてくれたよ」
結局のところ、ブロカードには俺たちの気持ちがわからねぇ。
だから、ハルンが駆け付けたことを気にもしねぇし、ユキが立ち直ってねぇフリしたことにも気付けねぇ。
そういう細かいところの抜けが、勝負の分かれ目なのかもしれねぇな。
「ま、俺も動けねぇ。最後まで任せたぜ。ふたりとも」
そう言って、また下を見ると、ハルンがユキを腕に乗せて構えてやがる。
ずいぶんと……雑なことするじゃねぇか。
「いくぜユキ! 決めてこいっ!」
「……うん!」
ビュン、とユキが飛んだ。
ハルンに思い切り投げられて、一気にブロカードの頭部へ迫る。
ユキはもう刀を持ち直していて、勢いのまま振りかざす。
「……ユキ! どうして、受け入れないのです!」
ブロカードの声とほぼ同時に、ユキの刀はブロカードに食い込んだ。
凍って張り詰めた白布は、刀を躱す力がねぇ。
どんどんと、切れていく。
「誰がアンタを! 誰がアンタを受け入れるかぁ! ユキの……大事なもん全部持って行ったくせに!」
ユキは、最後の力を振り絞ってる。
もう、ブロカードにできることはない。
「アンタがいなけりゃ、今でもみんなは幸せで! ユキもずっと笑えてた! いい加減もう……いなく、なれぇ!」
一気に、刀は振り抜かれた。
切り離されたブロカードの頭が、地面に向かって落ちていく。
ちょうど俺の上にユキが来て、すぐ近くに顔が見えた。
目はすっかり真っ赤だったけど、少しホッとした表情で、こっちまで安心しちまった。
ピンと突き立った白布が、ガシャン、と急に音を立てた。
それと同時に浮遊感。
「やっべ!」
落ちる! ここ結構高い!
巻き付いた布が凍ってて外れねぇ! 雷魔法で空中移動ができねぇぞ!
――バシィン!
「おう。無事か?」
地面に当たる直前で、ハルンがキャッチしてくれた。
死ぬかと思ったぜマジで……。
「助かっ……」
「おっ、悪ぃ」
ハルンは俺をポイっと投げて、俺は地面に顔から叩きつけられた。
「いってぇ! なにすんだ……」
「いや、な? なんちゃらの姫が、落っこちて来ててよ?」
ハルンがくるっとこっちを向くと、両腕には、お姫様抱っこされたユキがいた。
ユキは、かなり疲れた顔だった。けど、そのままふにゃりと笑って、ピース。
「ライト、ありがとう。一緒に戦ってくれて」
「……いーや。大したことはしてねぇよ」
俺は、ちょっとカッコつけた返事。顔を逸らしながら答えた。
こういうのって、照れが出るだろ。