俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
「さて、まだ終わりとは決まってねぇか」
電気の輪を出して、周囲の様子を確認する。
自分で言うのもあれだけどよ……すんげぇ油断してたわ。ブロカードが倒せたかどうか、確認すら出来てねぇ。
……案の定だ。
「ユキ、ハルン。あそこだ」
俺が指差した先に、頭部と呼んでいいのかも分からない、残りわずかなブロカードがいた。
「……もう飛べないみたいやね」
ユキはスッとハルンから身を離し、刀を構えたままそう言った。だけど、その声に怒気はなかった。
弱々しく必死に動くさまは、どう見ても長くはなさそうだった。
ブロカードは、床を這うように龍の絵へ向かっていた。
身体を引きずって。すがるよう、近寄りながら。
「美を理解し、集め、育てた……。同じ世界が、見られるように」
白い布が、千切れた端から少しずつ散っていく。
「ああ、銀の龍よ。私は、なりたかった。貴方の……ように……」
吹き抜けから、一気に風が吹いた。
あいつだった布は、跡形もなく、消えた。
しばらく、誰も動かなかった。
布の消えた床だけを見ていた。
「……っあ~~~! 終わった! もういねぇ」
ブロカードの存在が探知できなくなったことを、ユキとハルンに伝える。
これで、ようやく落ち着ける。よかった。
「はぁ~~~! やっとやね……。ふたりとも、本当にありがとうな~」
空気が緩んで、その場にへたり込むユキ。流石に疲れで限界っぽいな。
でも、その喜びを含んだ軽い声が聞けて、俺のほうはもうひと踏ん張りやる気が出てきた。
「オメェはありがとうばっかだな! んな気にすんなよ! ま、ごめんなさいよりはいいんだろうけどな!」
デカい声で笑いながら、ハルンはそう言ってら。
改めて、俺は電気の輪を張り直し、探し物。
丸いもん丸いもん……。あったあった。
それは、部屋の地面に転がってた。ノブレスオーブ。
「傷とかついてねぇよな……」
持って確認してみる。本当は手袋とかした方がいいんだけど、流石にこの場で用意は出来ねぇ。
自分で光る、白くて丸い球。ほんのりあったけぇ。
どんな宝石とも比べもんになんねぇ存在感は、美しさだけで集めた奴がいることに説得力を持たせる。
滑らかな手触りで、傷の感触は無し。
これなら、安心だな。
「ユキ」
「ほぇ?」
すっとんきょうな顔で、気の抜けた返事が返ってくる。
俺は、今日一番頑張ったユキに、オーブを渡す。
「あったぜ。みんなの宝だ」
ユキ自身の、ユキの家族の、トモリのみんなの宝だ。
「おお……。うん」
ノブレスオーブを手に取って、ユキはまじまじとそれを見てる。
まだ、実感がないかのように。想像もしてなかったみてぇに。
「なんやさ……。いらん、言うてたのにな」
ユキは両手でオーブを持ち、胸に抱きしめた。
目を閉じて、優しく、抱きしめてた。
「……最高の結果だな。ハルン」
……んお? 返事が聞こえねぇ。
思わずそちらに目をやると、ハルンは黙ってユキを見てた。
じっと、動かず。表情も変えず。
「ハルン、どした? なんかあったか?」
「……あ!? なんも? 特にねぇよ!」
ハルンは驚いた顔でこっちに返事してくる。んだよ。だったら無視すんなよな。
しかし珍しい。こういう時、鬱陶しいくらい絡んでくるんだがな。
背中バシバシ叩いてくるんだ。雰囲気もなにもありゃしねぇ。それが、ハルンのはずなんだが……。
「……そういやよ。このあれこれある大量のモンはどうすんだ?」
ハルンが部屋をきょろきょろ見渡しながら言う。
確かにな……。こんだけの集められた、美術品? 置きっぱなしでいいのか?
「うーん。誰かにとっては『宝物』かも、わかんねぇな。放置するのもよくねぇか」
「おー。確かにな。じゃ運ぶか?」
「って言っても、俺の宝箱にゃ入らねぇしなぁ」
「だな! オレだって全部背負っていけねぇし……。何回か分けて、トモリに持ってっちまうか?」
無しじゃねぇけど……。なんか厄介そうだな。
魔物が集めた美術品だ。触ったら爆発する物とか、あっても不思議じゃねぇ。
「ヤンベのギルドに伝えて、片してもらうか? なんかこういう専門家とかいるかも知んねぇぞ?」
「おお! ライトにしちゃ悪くねぇ発想だぜ! ユキ! オマエどう思う!?」
余計なんだよ。『ライトにしては』ってのは。
ユキは、ノブレスオーブを自分の服に仕舞い、俺たちのほうを見て答える。
「難しいところやね……。ギルドはこういうの自分らの財産にしちゃうから、持ち主には返さへんのよ。頼めば、私らは楽できるけどな?」
そうかぁ。なんともだな。
でも、俺たちで回収して、一人一人に返していくってのも現実的じゃないよなぁ。
「そしたら、とりあえずトモリに運んでから考えるか!」
ハルンはユキに向かって、とりあえずデカい声で提案する。
ユキは思ったより苦い顔。
「価値のあるものは、狙われてしまうんよねぇ……。近くにいる人は危ない。正直それは……」
「んあー。なんだかな! 大変だ!」
全くもって、同意だぜ。
考えることが多すぎる。
「ユキはな……? 個人的に、トモリの人たちがまず大事かなぁって、思ってしまうんよね」
ぽつりと、本音を話し出すユキ。
そこまで、遠慮がちな言い方しなくてもって感じる。
「ああ、やっぱそこが一番だよな。俺たちに出来ることって、限界もあるぜ」
「うん。やっぱり触ってケガしても嫌やしね。入り口とかなるべく塞いで、いったん戻るってのは、どう?」
ユキの提案は無理がねぇ内容だった。
保管庫って言うくらいだから、モノが置けない場所じゃない。
人里とは離れてるしな。仮置きって形になるけど、それが落としどころだ。
「ハルン。俺はそれでいいんだけど、お前はどうだ?」
「おう! すぐ塞いでくるぜ! お前らは先に外出て待ってな!」
働きもんだほんとに。無尽蔵の体力に感謝だぜ。
正直、俺はもう疲れが出てるよ。
そんなこんなで元来た場所に戻る。
しばらくしたら、ハルンが出て来てデカい声。
「待たせたな! 通れそうな入口は塞いだからよ!」
「ありがとう。それじゃ、帰るか」
「おう! ちょっと待ってろ? いいもん持ってきてやる!」
そう言ってハルンは駆け出していき、あっという間に戻ってきた。
……砂煙を上げながら。
「おいハルン。これは……」
「忘れたか? 最高のハルン車様だぜ? 一瞬で送り届けてやるよ」
現れたのは、俺たちをここまで運んだ引き台車。
思わず顔が引きつる。今の疲れで乗ったら、吐くだろ。
「待ってハルン……。ユキは歩く。歩くよ……?」
「うっせぇ! 日が暮れちまうだろうが! 疲れてんだろうし、黙って運ばれやがれ!」
そう言って、俺たちを両脇に抱えるカビ猫。
抵抗する元気すら持てねぇ。これから地獄が待ってるってのに……。
「せめて、ゆっくり走ってくんねぇか」
「保証は出来ねぇな。今回は山を降るからよ」
ぜってぇ関係ねぇ。
俺の頭に浮かぶ呪詛も関係なしに、ハルン台車は走り出す。
無情にも、一歩目からデカい音を立てて。
*
「ハルン、お帰りなさい。待ってましたよ?」
台車の中で無残にも倒れ、転がっていると、遠くからラージスの声が聞こえた。
どうにもトモリに着いたらしい。やっとだ。
「おお? なんだラージス、ずいぶんクールだな! 倒したってわかってたのか?」
「ええ。姫の白布が外れたので」
なるほどな。決着は伝わってたのか。
っあ~~~。まだ、ちょっと横になったままでいいか。揺らされて気分が……。
「……アンタたち。ずいぶん遅かったじゃないの」
ルミエルネが、ぴょこっと台車の中を覗き込んできた。
ああ……。そうか。片づけで時間がかかったから、待たされたんだな。
「倒した後も、いろいろあってな……? ただいまぁ、ルミエちゃん」
「おかえりなさい。ずいぶんと、気分悪そうねぇ……」
ユキの姿を見て、ルミエルネの表情が思わずひきつってる。
もう俺たちは、ハルン車酔いだよ。
「トモリの連中、アンタに話があるそうよ。……後にしたら?」
「いや……。顔出してくるかな。ユキも話したいこと、あるんよ」
ああ。言いたいことはたくさんあるよな。
伝えないといけないことが、山ほど。
「……お! ミツイ! マナ! なんだみんなしてお出迎えか?」
ハルンが、こっちに歩いてくるトモリの人たちを見つけて、声を掛けた。
イサギのおっさんも、里長も。里の人は全員いそうだな。
ユキがスッと起き上がって、台車から飛び降りる。そんで、トモリの人たちのところに歩いていく。
「みんな、大丈夫? ケガとかなかった?」
ユキから最初に出たのは、その言葉だった。
ぼろっぼろの姿で、少し微笑みながら。
その言葉を聞き、イサギのおっさんが前に出る。
「ユキ……。俺たちは、大丈夫だ。誰も、死んでない。本当に……」
「ん。よかった」
イサギのおっさんが最後まで言い切る前に、ユキが一言挟む。
よく見たらおっさんも傷だらけだ。包帯も見えてる。
……無茶は、したんだ。
「本当に、済まなかった。俺の浅はかな考えで、みんなを巻き込んでしまった。心配を……かけた」
深々と、イサギのおっさんは頭を下げた。
ユキは、じっとイサギのおっさんを見てる。
「うん。すっごい、心配したわ。どうなっちゃったか、怖かったよ。無事に、生きていてくれて、ほんまによかった」
思っていたより落ち着いた声で、ユキはそう言った。
俺には、泣いたり、大きな声を出しそうなのを、こらえているようにも見えた。
「ライト。お前たちにも迷惑をかけた。急にブロカードと戦わせてしまった。本当に、申し訳ない」
「いや、俺はいいんだ。いずれは、だったしな? それより……」
俺はユキを促すように見る。
ユキも、軽くうなずき、トモリの人たちへ向き直す。
こっからが、本題。
「みんな! ユキちゃんが伝えたいことがあります! 全員ちゃんと、聞いてよ!」
不慣れそうな、ユキの声かけ。
あんまり、人に自分の考えを押し付けるってしないんだろうな。
だけども、大事な場面だ。
「みんなさ! 勝手に命かけて、相談しないで死にに行くような真似はやめて! 一言も通さず、コソコソ行くのは違うよ!」
その言葉で、場の空気がさらにこわばる。
当然のことを言われてる。でも、だからこそ伝えられると締まる。
「苦労を掛けたとか、ユキが戦わされたとか、そこじゃないよ! 無視されて置いてかれて、なにも出来なかったら辛いよ! 一人で泣くしか出来ないのは……辛いよ」
ユキは少し下を向きながら、言葉を振り絞る。
思いを綺麗に伝えようとか、多分考えてない。ただ、正直に。わかってほしくて、伝えてる。
マナは全く動けずに、じっとユキから目を離せずに聞いてる。
「大切な人を失ったら、どれだけ悲しいかわかるやろ? それを、みんながユキにやるのは、やめてよ。ユキの大切な人たちが、ユキから大切を奪うのは……やめてよ」
率直にトモリの人たちへ、自分たちのしたことを突き付ける。
なにを望んでいないのか。誰にだって、わかるはずだ。
「ユキ。本当に、済まなかった。二度と、こういうことは起こさない」
「ま、許すとか、そういうんやないしね。お師匠。みんなも、自分を大切にせなアカンって、考えてくれると信じてる。それに、もう少し踏み込んだ話もするしな?」
イサギにそう伝えたユキは、だんだんと声が明るくなってきたような気がした。
踏み込んだ話って言葉に、俺もトモリの人たちも改めてユキに注目する。
「みんなには、ユキからの『お願い』が、いっぱいあります。これもちゃんと、聞いてよ?」
……いっぱいあるのか。頼まれる側じゃねぇはずなのに、思わず身構えちまうな。