俺はカビ猫と生きていく!~魔法の世界で、猫型カラクリと歩く~ 作:ねこねこてんちゃん
「おや。ユキ、それにトモリの皆さんも」
トモリ最後の夜も明けて、次の日にやって来たのはヤンベのギルド。
ギルド受付の男、レルムは微笑みながら応対してくれてる。
「説得は、うまくいったみたいだね」
「ん。なんやかんやあったけどね」
レルムの言葉に、落ち着いた声で返事をするユキ。
初めてレルムと会った時からは、想像も出来ねぇ穏やかさ。
「お姫様も、無事に白布が取れたようでよかった」
「まぁね? 消えちゃったのが残念だけど。いくらで買い取ってもらえたのかしら」
ルミエルネとレルムの会話は、変わんねぇな!
喜ぶべきなんだか、どうなんだか。
ま、それはそれとして。今日の目的は事後報告だけじゃねぇ。
トモリの人たちの移住先、ヤンベのどこかに用意された場所への引っ越し手伝いだ。
「レルムさん。早速で申し訳ないんやけど……。今って時間、大丈夫?」
「うん。すぐに取りかかろう。それじゃ皆さんも、ついてきてね」
パパっと立ち上がり、ギルドの玄関へ歩いていくレルム。
あれこれ聞かずに、あっという間だ。話がはえーよな。
*
「ほー! これがか! デケェ建物だな!」
こっちもびっくりするくらい、デッカい台車を引いたハルンが叫んだ。
目の前には、立派な石造りの建物。
五階建てくらいか? 流石にここまでのは見たことねぇな。もはや、館だ。
「以前は、この街でも有名な名家が暮らしていたんだけどね。今じゃ誰も買い手がつかない古い建物だ。ただ、この広さなら集落の人が暮らすには十分かな?」
「はぁ~。お姫様になった気分かも……」
レルムからの説明に、マナは目を輝かせてる。
案外現金ってか……ポジティブだよな。いやしかし、立派な建物だ。
「ユキ。貴女これ買ったんですか?」
「せやな? なぁん古くて買い手つかんいうてたやん。大した額やないよ」
ラージス、お前また痛いところを突きやがって。
大したことない、わけないだろ。トモリの大人たちにグサグサ刺さってるって!
「ま、まぁほら! とりあえず良さげな場所だったんだ! 早く引っ越し進めちまおうぜ?」
「おっと、ライト。もう少し待ってね。トモリの皆さんも集まってくれているから、一つだけ大切な話を」
気遣ったつもりで話題を変えようとしたら、レルムに止められちまった。
大切な話か。館の床が抜けやすい、とかじゃねぇといいんだが。
「ネズミが出るとかじゃね?」
「ハルン、それならアンタが片づけなさいな。幽霊とかよ」
「なるほど。曰く付きならば、買い手がつかないのも理解できます」
ハルンもルミエルネも、ラージスまで。好き勝手言ってらぁな。あんま良くねぇぞ?
自分らが住むわけじゃねぇんだからさ。茶化すなよ。
「そういう物件的な問題じゃなくて、これからの生活の話だね」
「生活の……」
パッと話を戻すレルムに、マナは少し身構えて返事をする。
きゅっと服をつまんだあたり、緊張してそうだな。
「うん。ここ、ヤンベは交易の街だ。だから、皆さんが暮らしていくためには『生業』が必要。農作で暮らしを立てるのは困難だね」
ああ~、とトモリの人たちからは声が上がる。
確かに金を稼げないと、生きていけないよな。新しい場所で暮らすって、簡単じゃない。
「わ、私のお薬を売れば……?」
「いや、全員分の生活を支えるとはいかないだろう。それぞれがヤンベで仕事を見つけるしかないか」
スゲェな。マナは全員分の暮らしを支える気だったのかよ。
イサギのおっさんの言ってる、それぞれが仕事をするってのが現実的に感じるけどな……。
「……レルムさん。ヤンベって普通の仕事あるんか?」
「もうある程度、必要分は埋まっているね。ユキみたいに、腕の立つ冒険者はいつでも歓迎だけど」
いやぁ……。仕事を見つけるってのも甘かったか?
冒険者って言ったってな。それこそ無茶だぜ。
「うーん? そんじゃアタシが世界一の冒険者になって、みんなを食わせるしかないか!?」
「いや! ミツイがそんな無茶するなら、私が世界一の薬売りに……!」
メチャクチャだもう!
もうちょい現実味のある内容じゃねぇと、レルムだって困るだろ!
とりあえず、この場で一発回答って出来る問題じゃねぇし……。
パンパンッ!
その時、手を叩く音が響き渡った。
みんながそちらの方を向くと、目線の先にはルミエルネがいた。
「アンタたち! 騒ぐんじゃないわよ。ハルン? 出してあげて」
「おう。ハルンライト」
いつもの合言葉で俺の背中の宝箱を開けると、ハルンは中から何かを取り出し、床に置いた。
それは地面をガーっと走り出す。茶色と黒の、風呂掃除用猫カラクリだ。
「ほぉ? これはなんだい?」
「お目が高いわねレルム。こいつらの忘れ物よ。広いお風呂を、勝手に掃除してくれるの」
賑やかに走り回るカラクリに、レルムも興味津々。
自分で言うのもあれだが、こういう道具が売れると色々やりやすいのかもな。
実際は簡単じゃねぇんだけど。
「結局ね。人がお金を払うモノって、自分が欲しいモノとかだけよ? ハルン、ここの連中に対してなら……なにを売る?」
「メシと風呂! あと酒だな!」
その言葉を聞いて、トモリの人たちの顔が明るくなる。
色めき立つって、言ってもいい。一気に視界が開けてきた。
「あの建物は、立派ですね。お客を呼べるほどには」
ラージスが眼鏡を上げて告げると、イサギのおっさんも続く。
「冒険者もいるんだ。薬や、癒しには価値があるぞ」
「……薬草の香りづけしたお風呂とか、人気出ますかね!?」
「いやぁ……。行けそうな、気がしてこない?」
マナもポンとアイディアを出して、ミツイたちも盛り上がってきてる。
これなら、って俺も思うよ。
「ルミエ、スゲェな。いつから考えてたんだ?」
「別に? 単に大事なカラクリ持ってきてあげただけだし、くだらないことで悩んでたから言ってやっただけよ」
俺の問いにも、手をひらりとしてルミエルネは返す。
素直じゃねぇんだから全く。
「レルムさん。正直なところ、実現は出来そうですか?」
「ラージスは心配性だね。この発想なら、叶える価値はあると考えているよ。投資という形で資金提供したっていい。ヤンベにもなにか、活気が欲しいところだったしね」
レルムの返事に、ラージスは少し表情を和らげる。
具体的なこれからも見えてきた。大丈夫そうだ。
「さて! それじゃみんなで引っ越しの作業から、頼むね。ユキと、ライトたちは僕のところに一旦残ってくれる?」
「はいっ! レルムさん! 色々とありがとうございます!」
マナの元気なお礼を合図に、全体が動き出した。
あとは、別の話かね。俺たちも相談したいことがあったし、好都合だ。
俺たちがレルムの前に立つと、レルムは率直に切り出した。
「一つ気になっているんだけれど。ユキ、左腕をまだ隠しているかい?」
「……はぇ~。やっぱわかる? 流石やねぇ」
本当に鋭いな。驚いた。
俺たちも、ちょうど『龍の刻印』について情報を集めたかったんだ。
「いや~。布が取れたら、変な痣あって。ブロカードは『龍の刻印』って言ってたんやけど……知ってる?」
ひらり、とユキは左腕の痣を見せた。
レルムは片目を半開きにしながら、注意深く観察。
知ってるって反応じゃ、無いか。
「いや、初めて聞くね。なにか意味があるのかい?」
「これがあると、龍に居場所が知られるんやとさ。困ったもんよねぇ。せやから、みんなのところには残れんのよ」
さらりと明かされた内容に、レルムの顔が曇る。
俺たちよりも長くユキの問題を知ってた人だ。いい気分はしないよな。
そんなレルムの様子を見て、ユキはすぐに言葉を紡ぐ。
「とりあえずな? なんとかならんか、いろんなとこ探してくるわ。その間、トモリの人たちのことお願いしてもええかな?」
「……旅は、一人で?」
「ううん。優しくて頼りになる、ユキの仲間と一緒」
こっちを見て、ユキはいつもの笑顔でそう答えた。
俺は少し、照れた。面と向かって言われると……な。
レルムも微笑んでやがる。
「……俺は! トモリの人たち手伝ってくるわ!」
「な~ん! ユキも行くわ~! 待ちぃさ~」
ったくもう。もう少し年を取れば、こういうのも慣れるのかね。
……もし、人によるって話でよ。年食ってもイサギのおっさんにしかなれねぇとなると辛ぇな。
「ライト」
んお? またレルムに呼び止められた。
立ち止まると、軽く肩を叩かれる。
「お願いどおり、ユキの呪いを解いてくれてありがとう」
「……まだ印が残ってるぜ?」
終わってねぇよな。結局のところ、ユキは居たい場所に留まれてない。
むしろ、露骨に呪いっぽくなったなと感じるくれぇだ。
「ううん。ライトはもう叶えてくれたよ。ユキは、これから前に向かって歩ける」
そう言いながら、レルムが指差すのはユキの顔。
ハルンに荷物を持たせながら、笑って片づけを手伝ってる。
「君たちが居て、憂いは少なく。楽しく過ごせそうじゃないか」
「……そうだったら、うれしいな」
布に絡まれ、宝で悩んで、思いに苦しむ。
そう言われると、そんなユキはもういないのかもしれない。
一人で戦うってことも、俺たちがしっかりすればないはずだ。
「俺も手伝ってくるわ。ユキの帰る場所、見てきたいからよ」
「うん。行こうか。たぶん、今日見る姿より、次に戻ってきた時のがいいものになっているだろうけどね?」
これは……レルムなりの『面倒を見てくれる』って宣言でいいのかね。
定期的に、様子見に来るか。どうなってるか楽しみだ。
*
「さて、と! そろそろ行くぜハルン!」
「もうちょい待てよ! 香草ってのは、なかなか珍しいんだ!」
館の掃除だったり、次の準備で数日が経った。
そろそろ出発って考えてた日なのに、ハルンはまーだ持ってくもんを悩んでやがる。
「もういいじゃねぇかよ全部持ってけば!」
「バカ野郎! 詰める場所がねぇんだよ! ルミエルネの服捨てていいのか!?」
「なんで私の服なのよ。ライトのでいいでしょうが」
お前のが一番多いからだよ。四つも五つもセットで持ちやがって。
魔法使いたい放題で洗濯も簡単なんだから、二つありゃ充分だろ。なんて口に出したら今着てる服が泥だらけにされるぜ。
「ルミエ、頭のそれ、いつまでつけているんですか? 防腐加工や保存の効く魔法でもかかっていそうですが」
ラージスは、ルミエルネがまだつけてるシロナオシの花冠を指差した。
言ってくれた通り、結構な保存が効くよう薬を塗らされたりした。五年は持つんじゃねぇか。
「なに? 欲しい?」
「……いえ。お気に召したようでなにより」
ふふん、とルミエルネは満足げ。
あの花冠はだいぶ質感が変わってっけど、特別頑丈になったわけじゃないんだよな。
つけない日は運ぶのにスペースとるぞ? なんかもう魔法のカバンみてぇなの欲しくなってきた。
「ハルン、ユキちゃんのお酒入れ鞄使ってええから。そろそろ行こ?」
「おお~! 助かるぜユキ~! これで緑のカレーが作れる!」
流石ユキだな。サラッと解決だ。優しい。
……緑色のカレー? なんかヤベェもん作ろうとしてんなあいつは。
「おしおし。そしたら、みんな行こか」
「だな。次の目的地は“ウィルヒス”って街だったか?」
今日までの間に、レルムがいろいろ調べてくれた。
んで、最近大きめの遺跡群が見つかって、盛り上がってる街があるって紹介されたんだよな。
そこの名前が“ウィルヒス”。
古いあれこれに詳しい学者、研究者。ダンジョン目当ての冒険者が集まるから、『龍の刻印』についても、なにか情報がわかるかもしれねぇとのことだ。
……人を辿ってけ。みたいな考え方はギルドっぽいよな。
「なんでも、アーティファクトの出土すらあり得るとか。大組織の調査団も結成されているかもしれませんね」
「ふぅん。早めに行かないと、金目のモノがなくなるってわけね」
ラージス。お前の言葉で、遺跡荒らしが増えたかもだぞ。
ま、ルミエルネはいつものことか。
雑談しながら、館の一階に顔を出す。
「あっ。ライト、ユキも。もう行っちゃう?」
入ってすぐに、ミツイが声を掛けてくれた。
「ああ。今日出るぜ。しかしここは……いろいろやってんな」
目に飛び込んできたのは、大規模な改修工事。
トモリの人たちだけじゃなく、ギルドに呼ばれた人たちもいる。
速攻で取り組んでいくんだな! みんな善は急げって感じだ。
「単なる大衆浴場じゃなくて、泊まれる場所にするんだってさ。凄いよね」
ミツイは、うんうんと頷きながら言う。
やべぇな。マジで、戻ってきたら一変してそうだ。
「里長! みんなー! ユキたち、もう出発するってよー?」
そうミツイが声を掛けてから、トモリの人たちが集まるのにそう時間はかからなかった。
本格的な旅立ち前の雰囲気で、俺はもう寂しさを感じてる。
「ユキ……。もう、出ちゃうんだね」
「酒はちゃんと持ったのか?」
マナの名残惜しそうな言葉を、イサギのおっさんがかき消す一言。
トモリの大人たちはどっと笑って、マナはふくれてら。
「なぁんしょうもな! 度数高いのいっぱい持ったから大丈夫よ! ね、マナちゃん!」
「それはそれで……」
ユキの返事に、マナは困り顔。ここの人たちはみんな性格が濃いよな。
だから、忘れられなくて、大切だ。
「掃除カラクリの手入れはお伝えした通りに。紙にもまとめてありますから」
「うむ。感謝する。また様子を見に来てやってくれ」
ラージスは、里長と確認のやり取り。
たぶん、あれくらいなら街にカラクリ技師が居りゃ大丈夫。居りゃな。
「それじゃユキ、行ってらっしゃい」
ミツイが一言。ちょっと困り眉だけど、優しい声色でそう言った。
「ん! すぐ戻れるよう、頑張ってくるわ!」
ユキは、そう言ってトモリの人たちに背中を向け、ゆっくりと歩きだす。
さっきまであんなに明るい雰囲気だったのに、この場にみんなの名残惜しさが集まる。
俺たちも、ユキについて行く。この雰囲気で、軽々となにかは言えなかった。
その時、急にユキが止まった。
俺は、勢い余ってユキを追い抜いちまった。
ユキはくるりと、またトモリの人々の方を向く。
「絶対この人ら連れ帰ってくるから! そのつもりでいて!」
その一言で、またトモリの人たちは笑顔に包まれた。
「そうだね! すぐ帰って来なよ! ハルンはもっといい料理を覚えられるんだ!」
「はっは。ライトたちと飲める日が、来るな。楽しみだ」
「……ユキ! 絶対だからね!」
笑い声交じりで、トモリの人たちがいろんな声を掛けてくれる。
ユキはまた振り返って、後ろに手を振り、真っ先に館を出る。
してやったりってか? えっへん、って感じじゃねぇの。
「あれか!? オレたち、もう戻る場所が出来たか?」
「どうでしょう。ただ、ユキは頑固ですからね」
ハルンとラージスは、少し驚きながらユキについて行く。
ルミエルネはユキの隣に行って、手の甲で肩を軽くたたく。
「アンタ、なかなかやるじゃない」
「せやろ? おかげさまってやつやね」
俺は若干遅れて、みんなの後について行く。
まだ午前中。何事もなければ、予定の休憩所までたどり着けそうだ。
「ユキ!」
「ん? どした?」
俺が声を掛けると、ユキは少し驚いた返事。
「ありがとよ」
「……なにが?」
そりゃ、俺だけの内緒ごとだ。
ハヴィーを出るときより、ずいぶん気分よく出発できた。
救われてんのは、ユキだけじゃないってこったな。