願いの物語シリーズ【立花綾】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
幼い頃から私の世界は賑やかだった。
いつも落ち着いていて頼りになる母が居て、困った時にはすぐ手を貸してくれる父が居て。
甘やかしてくれる格好いい兄が居て、騒がしいけど一緒にいると楽しい親友が居て。
途中から二人の優しいお姉ちゃんや可愛い妹も出来て、私の日常はいつだって楽しくて賑やかだった。
無論それだけでなく、私には私しか見えないお友達が居て、彼らとの交流も心が安らぐものだったのだ。
しかし時が過ぎれば世界はどんどん広がってしまって、私の大切な人は傷つけられてしまった。
だから、私は警察官になりたいと思ったんだ。
大切な人を守るために。
そんなこんなで良い大学を目指して上京して。
それなりに仲の良い人を作って、人間関係を広げていた。
何かあった時に情報があると助かるからね。
そんな中、ある誘いがあった。
確か入学してから一ヵ月くらい経った時の事だったと思う。
大学に入ってからの知り合いに、ナイトプールとやらに誘われたのだ。
最初は興味が無かったけれど、少し考えてから私は人好きのする笑顔を浮かべて頷いていた。
そして、何食わぬ顔でお兄ちゃんに相談したのである。
「ナイトプールかぁ」
「どうかな。お兄ちゃん」
「綾だけで行かせるのは心配だな。俺も行く」
「本当に? 陽菜ちゃんの方は良いの?」
「あぁ。陽菜の方はマネージャーさんも居るし。問題ないよ」
「ありがとう!」
天使の様な笑顔を作りながら、お兄ちゃんにお礼を言って、見えない所で私はギュっと拳を握り締めた。
何歳になろうとお兄ちゃんは私に甘い。
一人でナイトプールへ行くなんて言ったら、心配だから行くなと言いたいだろうけど、私が可哀想だからそれは言えない。
だから一緒に付いていく事になるのだ。
流石はお兄ちゃん。頼りになる。
「じゃあ、水着選ぶからさ。一緒に買い物に行こうよ」
「別に構わないけど、水着持ってないのか?」
「持ってるけど、都会には都会の水着があるんだよ」
「そういう物か。分かった。じゃあ一緒に行こうか」
「わぁーい!」
お兄ちゃんの腕に抱き着いて、喜びアピール。
これをするとお兄ちゃんは嬉しくなって、我儘を三つくらい聞いてくれるようになるのだ。
これは実家に居た時から変わらないお兄ちゃんと私の習慣である。
「じゃあ、今から行こっ」
「あぁ。分かったよ。でも少し待って。準備してくるから」
「はーい」
お行儀よくお兄ちゃんの言葉に返事をして、私もササっと着替える。
大学の友達に教えてもらった化粧をして、髪型も整えた。
そして、私の準備が終わるまで待っていてくれたお兄ちゃんと一緒に近くの駅へと向かうのだった。
電車に乗って向かうのは若者の街。
人で溢れた通りをお兄ちゃんと手を繋ぎながら歩く。
すれ違う女の人達は誰も彼もみんなお兄ちゃんを見て驚きながら振り返ったり、立ち止まったりしていた。
少しだけ優越感。
だって、ここに居る人たちはみんな私とお兄ちゃんの関係を知らないから。
もしかしたら恋人みたいに見えているかもしれない。
まぁ、現実にはただの妹な訳だけど。
「結構人が多いな。綾。離れるなよ」
「うん」
私はお兄ちゃんの腕に抱き着いて、体重を預けながら歩く。
それでもお兄ちゃんは何てこともなく、当たり前の様に人込みの中を歩いていた。
そして大きな看板を目印にしながら目当てのお店に入り、水着を選ぶ。
当然と言えば当然だが、店員さんはお兄ちゃんの姿を見るや否や競い合いながらこちらに突っ込んできた。
「な、何かお探しでしょうか」
「えぇ。この子の水着を探してまして」
「はい。承知いたしました。では順にご紹介させていただきますね」
私はお兄ちゃんに寄りかかったまま笑みを作って、その店員さんの紹介する水着を順番に見てゆく。
『綾。あーや』
(なに?)
『後ろから、すっごい睨まれてるよ』
(だろうね)
『呪ってきてやろうか?』
(いいよ。どうせ、見てることしか出来ないんだからさ)
ヒソヒソと囁くような声で話しかけてきたお友達に、私は適当に返事をしつつお兄ちゃんの反応を見る。
どういう水着がお兄ちゃんは好きなんだろうか。
まぁ妹である私が着る水着だから、どうせ露出の少ない奴が良いって言うと思うけど、そういう事ではなく、お兄ちゃんの好みが知りたい所である。
言ってはくれないだろうけど。思うだけはタダだ。いや、まぁ虚しいけれど。
「綾はどうしたい?」
「まずは選んで。そこから私の好みで選ぶから」
「分かった」
お兄ちゃんは悩みながら五着ほど水着を選んだ。
三着は本当に露出が殆どない奴。一着はパレオで露出減る奴。最後の一着は凄く嫌々露出高めの奴を選んでいた。
嫌なら選ばなきゃ良いのに。
私がもしかしたらそういう水着を着たいかもしれないって考えて選んでくれているのだ。
まったく優しいお兄ちゃんだこと。
「じゃあ試着してみるから、どれが良いか教えて」
「あぁ。分かったよ」
「あ。お手伝いしますね」
「お願いします」
手伝ってくれるという店員さんにお礼を言って、試着室に入った私だったが、最初の水着を着ている段階で、長く伸ばしている後ろ髪を強く引っ張られてしまう。
明らかに引っ張られるような場面では無かった為、不審に思いながら鏡を見たが、女の店員はニヤニヤと笑っていた。
「っ! いたっ」
「あ。申し訳ございません。少し引っかけてしまいました」
悪びれもなく、そんな事を言う女に苛立った私はもう良いですと追い出そうとした。
しかし、出ていこうとはせず、手伝うと言う。
何が手伝うだ。嫌な奴!
私は試着室から手を出して、外に居るお兄ちゃんに助けを呼んだ。
店員の女に私の髪が掴まれていて動けなかったからだ。
「綾! どうした!?」
「あ、ごめん。ちょっとこの人に意地悪されちゃってさ」
「……ほぅ?」
お兄ちゃんの目がスッと鋭くなって後ろにいるであろう店員を睨みつけた。
鏡で見えたソイツの顔は見るからに青ざめている。
「も、申し訳ございません! 私の不注意で、髪を少し引っ張ってしまい、それで痛みを感じたのかと」
「今綾は意地悪をされたと言っていました。綾は嘘を吐く様な子じゃない。真実貴女に何かをされたのでしょう。申し訳ございませんが、綾から離れて貰えますか?」
「い、いえ。私は」
「もう一度だけ言います。離れてください」
「……っ、申し訳ございませんでした」
店員はお兄ちゃんに強く言われて、大人しく私から離れていった。
私はわざとらしく、お兄ちゃんに抱き着いて、痛かったと訴える。
「大丈夫か? 綾」
「うん。痛いのも少し無くなったよ」
頑張ってひねり出した涙を拭って、お兄ちゃんに微笑んだ私は、普段なら受け入れてもらえないであろう我儘を言う。
まさかこの我儘が出来るとは思わなかった。酷い店員だったが、役には立ってくれたようだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが手伝ってくれる?」
「いや、それは……綾ももう大人だろう?」
「駄目、かな? 私、一人じゃ着れないし、また怖い人に意地悪されちゃったら……あ、でもお兄ちゃんが嫌なら、我儘は言えないよね。私、意地悪されても、我慢するから」
「綾! 綾が我慢する事なんて何も無いんだよ。大丈夫。俺に任せろ」
「本当?」
「あぁ」
「ありがとう! お兄ちゃん」
満面の笑みを作りながらお兄ちゃんを試着室の中に入れる。
そして、カーテンを閉めながらお兄ちゃんの見ていない所で、さっきの店員に視線を向けてやった。
分かりやすくバカにした様に鼻で笑ってそのままカーテンを閉める。
一瞬しか見えなかったけど、唖然とした顔が最高だった。
「綾。あんまり敵を作っちゃ駄目だよ」
「……ごめんなさい」
バレない様にやったつもりだったけど、バレてた。
流石お兄ちゃん。目が良いなぁ。
「綾もなぁ。誰に似たんだろうなぁ」
「お兄ちゃんは、こんな妹、きらい?」
「嫌いになんかならないよ。どんな綾だって大好きさ」
「えへへ。ありがと」
「でも、お兄ちゃんとしては、みんなと仲良くしてる綾がもっと好きかな」
「大丈夫だよ。どうせみんなバカばっかりだから。すぐ騙せるもん。みんな綾の事、良い子だって思ってるよ」
「うーん。そういう事じゃ無いんだけど。ほら、大学での友達とか、仲良く出来ないか? 綾は昔から陽菜と友達だし、俺とか俺の友達とも仲良くしてるだろう?」
「そりゃ陽菜ちゃんとかお兄ちゃんの友達は特別だもん。みーんな凄い人ばっかり。どこにでもいるバカたちとは違うよ」
「頭の話をしたら俺も結構悪いぞ? 知らないかもしれないけど母さんも父さんも大分悪い。ウチで頭が良いのは綾だけだ」
「いやいや。お兄ちゃんはたった一年だけの勉強で私より頭の良い大学に入学してるじゃない。それにお母さんとかお父さんは勉強なんか出来なくても、もっと凄い所があるよ」
「ほら。綾は人の良い所を見つけるのが上手いだろう? それで友達と上手くやれるんじゃないか?」
「お兄ちゃん。残念だけどさ。私はそんなに家族以外の人を好きになれないの」
「……綾」
「お兄ちゃんが翼さんの事で苦しんでる時に、アイツらは何を言ってた? 野球をやれ、野球をやれってそればっかり。陽菜ちゃんが怪我した時にアイツらはどうした? 陽菜ちゃんが怪我した事を喜んでた。笑ってた。私はね。みんな、みんな。殺してやりたいくらい憎かったよ」
「ごめん。綾、お兄ちゃん。無神経だった」
「お兄ちゃんは悪くないよ。陽菜ちゃんだって悪くない。いつだって、悪いのは何も分かってないバカたちなんだから」
「……綾。綾の気持ちを否定したくはない。でもね。綾が考えているよりも良い人はいっぱいいるんだよ」
「分かってるよ。今はそんな気分になれないだけ」
「あぁ。分かった。ありがとう綾」
「お兄ちゃんにお礼を言われるような事は何もしてないもん」
私は何だか嫌な気分になっちゃったなと思いながら、そっぽを向いた。
そして、お兄ちゃんに手伝って貰いながら水着を試着して、最終的にパレオ付きと露出の高い水着だけ買ったのである。
まぁ、お兄ちゃんへの嫌がらせが半分くらいと、陽菜ちゃんへの自慢半分くらいだ。
陽菜ちゃんはいつまで経っても幼児体型だからきっと悔しがるだろう。
地団太を踏む陽菜ちゃんを想像して、私はくふふと笑うのだった。