願いの物語シリーズ【立花綾】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
どうやら陽菜ちゃんは川口さんが呼んだらしく、ヘリから降りてきた陽菜ちゃんやお兄ちゃん。そしてひかりちゃんと握手をする。
ひかりちゃんは相変わらずの挙動不審だったが、川口さんは特に気にした様子もなく、お兄ちゃん達よりも長く握手をしているくらいだった。
しかし、ひかりちゃんは人見知りを発動させ、お兄ちゃんの後ろに隠れてしまった。
何とも輝かない人である。
だが、ひかりちゃんが川口さんから離れた瞬間、妙な事が起こった。
川口さんからひかりちゃんに伸びた縁が断ち切られたのだ。
いや、それ自体は普通にある事なのだが、その数がおかしい。
一度断ち切られても、二度、三度と重なり、それがまるで黒い糸の様になり、布の様に折り重なってゆく。
「……? あれは……」
「綾様。アレが、このビルに入る前に話したモノでございます」
「例の悪霊の元になる物ですか? でも川口さんから……いや、よく見たらパーティーの参加者からも結構黒い糸が出てますけど」
「糸の様な物は見えませんが、おそらくは同じ物ですね。そして事態は加速的に最悪な方向へ突き進んでいます」
「何が……起きるんですか」
私は陽菜ちゃんが元気に笑い、パーティー参加客を喜ばせているのを見つつ、東篠院さんに問う。
そして私たちの変化に気づいたのか、萌花と西宮院さんも私たちの傍に来ていた。
「最悪。ここで呪いをまき散らすで」
「呪い……? 皆さんは何の話をしているんですか?」
「おい。西宮院修司」
「いやー。すまんすまん。ずっと一緒におったさかい訳知りメンバーや思い込んどったで」
「貴様は」
「いいよ。私が前に縁切りの話してるし。そんなに変わらないでしょ。それに……人は見える物しか信じないしさ。話してもどうせ誰も信じないから問題ないよ」
「綾様……」
だから萌花が誰に話しても問題ない。そう二人に告げたつもりだった。
「綾! 私、信じてるからね! 前に聞いた話も、今聞いてる話も、綾が話す事なら、私どんな事でも信じてるからね!!」
しかし、何を勘違いしたのか萌花が息を荒げながら私の手を握り、必死に訴えてきたから少しだけ戸惑ってしまった。
「いや、私は」
「綾は! 私の夢を聞いても笑わなかった! 真剣に良い夢だねって言ってくれた。その時の綾は、その他大勢を見る様な、冷たい目じゃなかったよ! だから、私、綾と友達になりたいって思ったの! だから、少しだけで良いから。信じて欲しい」
「……私は」
「綾ちゃん。ここまで言うてくれる奴はそうはおらんで」
「綾様。信頼には信頼を返さねば」
やかましい連中だ。
別に私は最初から萌花を疑ってるなんて言ってない。萌花が伝える相手は信じないだろうって思ってただけだ。
だというのに、誰も彼も私を冷血人間みたいに扱って。
腹立たしい。ムカムカしてきた。もうコイツ等は無視しよう。そうしよう。
「……私は気分悪くなったので、説明は西宮院さんにお任せします。でも、まぁ私の前にいつまでも居ると目障りなので、ここじゃない場所で話せば良いんじゃないですか?」
「綾……! 私は」
「まぁまぁ。萌花ちゃん。とりあえず向こうに行こか」
「待ってください。私、まだ綾と話す事が!」
「大丈夫。萌花ちゃんの想いは通じてんで。ただ、綾ちゃんは素直ちゃうさかい。真っすぐに好意を向けられるとつい強がってまうんやんな。だから今のを翻訳すると、『ここはこれから酷い事になるから、萌花ちゃんはすぐに脱出して! 信じてくれるのは凄い嬉しい。でも傷ついて欲しくないから安全な所で話は聞いて欲しいの。私の一番信頼してる修司さんに萌花ちゃんの事は任せるから、安全な場所で待っててね。愛してるよ』てな感じやな!」
私はもはや呆れて物も言えなかったが、とりあえず西宮院さんの方を睨みつけて、余計な事言ってないで早く行けと目で合図した。
「ワハハ。綾ちゃんも怒ってるし。早よ行こか」
「……綾。話なら、直接綾から聞きたい。だから、必ず帰ってきて!」
何を悲壮感たっぷりに話しているのか。別に死地へ行く訳じゃないのに。
私はお婆ちゃんの力を受け継いだ。それは無敵で、最強で、誰にだって負ける訳が無い。
今までだってもっと酷い悪霊とか、悪神とか言われる奴らと戦ってきたのだ。
今更、負ける訳がない。萌花は何も分かっていないのだ。
でも、少しだけ。ほんの少しだけ。萌花に言葉を返そうと私は思った。
別にどうでも良いけど。萌花の事はただの友達だし。本当にどうでも良いけど。貰ったものはちゃんと返せってお兄ちゃんにも言われてるし。
これは私が良い子でいる為に仕方のない事なのだ。
「じゃあ、帰ったら……話す」
「待ってるから!」
「ほな僕はいったん下に下がって、萌花ちゃんを安全な場所に連れていくさかい。後でまた戻って来るで。見せ場は残しといてな。あ、それと、東篠院清孝! 綾ちゃんに傷一つ付けんといてや!」
さっさと行けとばかりに私は手で二人を追い払った。
「時間が無いんでしょう? 早く行ってください。修司さん」
「任せてや! ん? 今、綾ちゃん、僕の事、名前で呼んでくれた!? 空耳ちゃうよな? 今、確かに言うたやんな?」
「……言ってません」
「いや! 僕は確かに聞いたで! 遂に綾ちゃんがデレてくれたんや! うぉぉお!! 萌花ちゃんの事は僕に任せてや!」
最後の最後まで騒がしい人たちである。
しかし、二人をペアにしたのは間違いじゃ無かったなと思う。
「行きましたね。では、行きましょうか」
「承知いたしました。西宮院修司に言われたからではありませんが、綾様には傷一つ付けさせませんよ」
「そうですか。ですが、そんな風に他人に気を遣う余裕があるのなら、私だけでなく、陽菜ちゃん、お兄ちゃん、ひかりちゃんも護って下さい」
「それが綾様の望みなら。全力で」
「あぁ、後……貴方も必ず無事に帰ってきてくださいね。清孝さん」
「承知いたしました! 綾様のご期待に必ず応えましょう。名を呼んでいただける信頼に、必ずや」
「……はぁ。いちいち重いんですよ。友達なら、名前を呼ぶものでしょう? ただ、それだけです。深い意味なんか何も無いですから」
そう深い意味なんか何も無いのだ。
私は、既に巨大に膨れあがり、今まさに人の形を成そうとしている黒い影に向かって一歩を踏み出した。
「綾様のご友人と認められる。これほどの喜びはないでしょう」
「……」
「今日という日は私の生涯における最良の日として……」
「何か! 勘違いしているんじゃ無いですか!?」
「勘違い、ですか?」
「別に友達だからって、私は全部許したりすることはないですし。嫌いな所だって沢山あります。それはずっと、昔から一緒の親友にだって、そう。だから別に友達なんて言っても、意味なんか無いですよ。私なんかの友達じゃ、何も、ない」
「そんな事はありませんよ。綾様」
私の横に跪いて笑う清孝さんを私は滲んだ視界で見下ろした。
「例え、愛し合い結婚した相手であっても互いに全てを愛しているという事はありません。やはりどの様な人間であっても合わない所、嫌いな所というものは、どうしても存在してしまいます。しかし、そんな所をわかっていても、見えていても、それを含めて相手を認め、受け入れるからこそ、尊重しあう関係性というのは作られるのではないでしょうか」
「知ったような事を言うんですね」
「これでも綾様よりは長く生きておりますから。多少は知ったかぶりが出来ます」
「そうですか」
私は立ち止まり、清孝さんの方に振り返った。
そして拳を作って清孝さんの胸に当てる。
「じゃあ言った以上は、受け入れて下さいね。私の嫌な所。別に嫌なら離れても良いですけど」
「えぇ。綾様の信頼に、応えさせていただきます」
「口だけじゃ、どうとだって言えますから」
私は少し駆け足になって陽菜ちゃんの所へ向かった。
あの影が見えているであろうお兄ちゃんがそれとなく二人を逃がそうとしているけれど、多分もう遅い。
影は実体を持って、近くにあるテーブルをなぎ倒していたからだ。
始まってしまった混乱と叫び声。それから人が、化け物が起こした破壊音。
その荒れている状況の中を、私と清孝さんは走り、悪霊になってしまった影の元まで向かった。
そして、悪霊からの妨害を清孝さんに防いでもらいながら、悪霊に近づき、人差し指と中指を揃えて横に一閃した。
大した事はない。
いつもの事だ。
悪霊はたったこれだけで空の蒼さに溶けて消えていった。
そう。いつもの事だ。
いつもの事なのに、今日は少しだけ気分が良かった。
「綾ちゃん!」
その理由は分からない。
でも、駆け寄ってきて、抱き着いてくる陽菜ちゃんを、今日は少しだけ強く抱きしめる事が出来た。
「なんかよく分からないけど、綾ちゃんが解決してくれたんでしょ?」
「……まぁね」
「やっぱり!? さすが綾ちゃんは私のヒーローだ!」
笑う陽菜ちゃんはとても可愛くて、いつだって素直で、私よりもお兄ちゃんの妹らしい姿をしていた。
でも、もしそうだとしても、それで私が陽菜ちゃんを全部好きになれなくても、それで良いのだと、思えたからだ。
別にあの人の言葉を全部信じる訳じゃない。都合が良いなって思う事だって多い。
それでも、そうだったとしても、陽菜ちゃんを好きでいても良い理由なら、それで良いと思えたんだ。
「当然だよ。私はお兄ちゃんの妹なんだから!」
そう、私は立花綾。良い人ばかりの立花家の末妹。
私は悪い所も少しあるけど、いい子の綾なのだ。
今はそれでいい。そう思えたのだった。