願いの物語シリーズ【立花綾】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
夜の街を凄い速さで走っていくお兄ちゃんの車は、高速道路に乗って、西へ西へと走っていた。
大都会の灯りが窓の外を流れていたかと思えば、段々とその光も消えて行って、やがて灯りの見えない景色に変わってゆく。
いつしか窓の外は高速道路の灯りだけが見え、高速道路の壁の向こうは闇が満ちる世界になっていた。
「綾。寝なくて大丈夫か?」
「うん。あんまり眠くないから」
「そっか。でも無理はするなよ」
「……分かってるよ。私は大丈夫。それよりお兄ちゃんも安全運転で、お願いね」
「あぁ。分かってるさ……っ! 悪い。綾。少しだけ安全運転を止めるよ」
「え?」
「どうやらつけられてるみたいだ。勘違いなら良いんだけど」
お兄ちゃんはそう言って、車の速度を一気に早くした。
そして、車線を変えながら今までよりもずっと早く車を走らせてゆく。
でも、バックミラーを見るお兄ちゃんの顔は険しくて、私はこのままじゃ危険だと思い口を出した。
「お兄ちゃん。次の休憩所で止めて」
「でも」
「良いから。私が何とかする。前の人なら話してみるし。駄目なら、縁を切るから」
「……悪いな。綾。情けないお兄ちゃんで」
「何言ってるのさ。私はお兄ちゃんの妹なんだよ。もっと頼ってよ」
「分かった。頼りにさせてもらうよ。綾」
「うん。任せて」
私はお兄ちゃんと話しながら、見えないお友達に話しかけて、準備をしてもらう。
状況によってはお兄ちゃんにバレない様に全員殺さないといけないから。
「よし。じゃあ次のサービスエリアに入るよ」
「うん」
お兄ちゃんは車の速度を少し落として、サービスエリアの方に向かっていった。
バックミラーから見える黒塗りの車も、示し合わせた様に私たちの後に付いてサービスエリアに入ってきた。
勘違いなら良かったんだけど、その可能性は薄そうだった。
そして、人が少ない駐車場のさらに奥にある車が全く止まっていない場所にお兄ちゃんは車を移動してゆく。
当然の様に向こうも私たちにくっついてすぐ近くの場所に止めていた。
「綾は車の中に居て」
「……分かった」
きっとお兄ちゃんならそう言うだろうなと思っていた私は、既に車の外から見えない場所でお友達に潜んでもらっている。
お兄ちゃんも見える人なので、お兄ちゃんからも見えない様に隠れて貰っていた。
ぬらりひょんのお爺ちゃんに手伝って貰ってるから、見つかる事は無いはずだ。
そして、お友達の力を借りて車の外で行われている会話お盗み聞く。
『要件を伺ってもよろしいですか? 何か用があるんでしょう?』
『お初にお目にかかります。立花光佑様。私は東篠院神楽と申します』
『東篠院……というと東篠院詩織さんのお知り合いの方ですか?』
『詩織ちゃんを御存知なのですか? 詩織ちゃんは私の妹なのです』
『そうですか。ではその詩織さんの姉君が私に何か御用でしょうか』
『実は……』
私は外から見えない様に隠れながら窓の外を見た。
やたら高そうな服を着た女がお兄ちゃんの前に立っていて、周りには護衛なのか分からないけど、周囲を警戒する様に立っている。
そして、どうやらお兄ちゃんへの害意は無いように見える。
警戒を解いてもいいかもしれない。
そう考えてお友達にもう大丈夫だよと言おうとした。
その瞬間。
『立花光佑様! わ、私と結婚して下さいませんか!?』
「チッ……殺して!!! あの女を! 殺して!!」
私はお友達にお願いして、お兄ちゃんの前に立っている女に殺意を向ける。
次の瞬間、周りの闇が膨れ上がって、それぞれが本能を剥き出しにできる姿に変わった。
『これは……どうしてこの様な所に!?』
『神楽様! お下がりください!!』
『危ない!!』
上手くお友達の一人がその鋭い刃をあの女に向けて突き出したけど、お兄ちゃんが抱き寄せて守ってしまう。
しかも、女を奪おうとするお友達の手から逃れて、ひらりひらりと動き回りつつ、お友達の包囲網から逃げてしまった。
「お兄ちゃん! なんでそんな女助けるのさ!! なら、もっと強いお友達を……」
「はい。そこまでー」
「っ!」
窓の外ばかり気にしていた私は、首に細く長い指が掛かっている事に気づいて、息を止めた。
いつからそこに居たのか分からない。
でも、その人はいつの間にか運転席に座っていて、私の首を、命を掴んでいた。
「おいたは駄目だよ。さ。アイツらを大人しくさせて」
「……あな、たは」
「君のお兄さんの知り合い。とは言っても、友達のお友達って感じだけどね」
「っ」
私は心の中でお友達に、もう大丈夫だからと告げた。
その瞬間に外に居たお友達はみんな闇の中に溶けて消えてゆく。
無論本当に消えた訳じゃない。
見えなくなっただけだ。
「はい。良い子。じゃあお姉さんも手を離すけど、暴れないでね?」
「分かってます」
私は両手を下げたまま諦めた様にそう言って、女の手が離れて腕を戻している瞬間に助手席の端に隠しておいたナイフを抜いて女の心臓目掛けて突き刺した。
しかし、女はそれを予測していたかの様に私の右手首を掴んで、ナイフを奪ってしまう。
「あっぶな。本当に油断も隙も無いな……」
「っ」
「これも没収ね。まったく。こっちも悪かったけど。いきなり殺意高すぎでしょ」
「貴女が先に仕掛けてきたんじゃないですか」
「いやいや。先にって言ったらそっちが……って止めようか。不毛だからさ」
「……はい」
「信じてくれるか分からないけどさ。こっちも話し合いで来てるのよ。だから出来れば話し合いに参加してくれると助かる」
「分かりました」
「ありがとう。じゃあいったん外に出てもらえる? その方が良いでしょ。互いにさ」
「はい」
私は助手席から外に出ながら、運転席に座っていた女の背を見る。
そこには私しか見えないが、確かにメリーさんと女の縁が結ばれていた。
これで、この女がどこに居てもメリーさんに頼めば居場所が分かるし。呪い殺す事だって出来る。
ナイフで刺すフリをすれば意識がこちらにだけ集中すると思ったけど、その通りだったみたいだ。
私も、お友達も誰にも気づかれずに車の中に入る事が出来た化け物みたいな女だけど、隙はあった。
でも今は駄目だ。
今は大人しい、いい子の綾でいないといけない。
殺すならコイツ等が消えてから。
私は表面では少し怯えた様な顔をしながら、車を出て、お兄ちゃんの所へ向かうのだった。
「綾。危ないだろう。出てきちゃ」
「ごめんなさい。でも、あの人が」
「あの人? って、誰の事だ?」
私はお兄ちゃんにくっついていた女を引き離すように抱き着いて、泣いているフリをしながらさっきの女に警戒した視線を送る。
しかし、すぐ後ろに居たハズの女は気が付いたら居なくなっており、車の近くは静まり返っていた。
「え? あれ?」
「綾?」
「本当に居たんだよ!? なんか眼鏡掛けてて、お兄ちゃんより年上っぽくて、髪の長い女!」
「そうか。でも、見えないしな……もしかして、霊か何かか?」
「ううん。多分人間だったと思う。ちょっと自信無いけど。あ! でも、お兄ちゃんとも薄かったけど縁があったよ。それに……お兄ちゃんの友達の鈴木さんと凄く強い縁が繋がってた」
「ハジメと……? もしかして、詩織さんか!?」
「シオリ?」
「今詩織ちゃんのお名前を呼ばれましたか!?」
「え、えぇ。綾が車の中で話をしたと」
「まさか!?」
東篠院神楽という女が周りの人間に止められながら、お兄ちゃんの車に走るが、そこには既に誰もいない。
無駄な事だ。
そして、勝手に車の中を確認してから落ち込みつつ、帰ってくるのだった。
「東篠院さん。詩織さんは」
「実は、行方不明なのです。百鬼夜行を止めると言った日から……。でも、私はあの子が必ず生きていると、そう信じていて」
「……そうですか。見つかると良いですね」
何だか重い空気になってきたなと思いながら、私は黙って話を聞いていた。
しかしお兄ちゃんの言葉を聞いて、過剰に反応した女が頬を染めながらお兄ちゃんを見た事で、私はお兄ちゃんの服を強く握りながら警戒する。
「あ、あの。光佑様は、私の事をどう思っていらっしゃるのでしょうか!」」
「え? いや、どうと言われても、今日会ったばかりですからね」
「それは勿論です! ですが、人は見た目が大事だと聞きました。私の外見は光佑様にとって好みでしょうか!?」
思わず舌打ちしたくなる様な内容に私はお兄ちゃんが何か口にする前に、女に言葉を叩きつけた。
「申し訳ないですけど! お兄ちゃんは妹が大好きなので、貴女なんか興味ないと思いますよ!」
「そ、そんな」
「綾」
「ふん。別に良いじゃん。こういう女はさ。ちゃんと言ってやらないと駄目なんだよ!」
「では! 綾様は如何でしょうか」
「は?」
「綾様にとって私の見た目は好みでしょうか?」
「は!? いや、何言ってんの、さ!」
「おかしな事は無いと思いますよ。最近は女性同士でも子供は出来ると聞きますし。綾様が良ければ」
「良くない!! 全然良くないから!!」
「東篠院さん。申し訳ないですが、綾に迫るのは止めていただけますか?」
「あら、ごめんなさい。その様なつもりは無かったのですが……」
とぼけた様な顔をして、とんでもない事を口走っている女を私はお兄ちゃんの背中に隠れながら睨みつける。
しかし女は私に睨みつけられているというのに、素知らぬ顔で私に笑いかけるのだった。
信じらんない!! なんだアイツ!!
「貴女はいったい何が目的なのですか?」
お兄ちゃんの問いに、東篠院神楽は余裕たっぷりという様な厭味ったらしい笑いを浮かべて言い放った。
「改めて名乗らせていただきます。私はこの国を千年以上護り続けてきた護国の家。東の守護家である東篠院家当主。東篠院神楽と申します。この度は立花綾様。立花光佑様……そして、立花朝陽様を我が東篠院家に迎える為に参上しました」
あぁ、コイツは好きになれないな。と、私は神楽なる女が言い放った言葉に苛立ちを覚えながら、静かに心の中で罵った。