願いの物語シリーズ【立花綾】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
静まり返った駐車場で、ソレは不意に空からやってきた。
爆弾の様に激しい音を立てながら、お兄ちゃんに捕まっていないと飛んで行きそうな強い風の中に私は晒される。
「お、お兄ちゃん!」
「綾。離れるな!」
「神楽様!」
「お二人を御護りして! 清孝」
「承知いたしました」
てんやわんやの大騒ぎとなってしまった私たちの頭上では、激しい風をまき散らしていた何かから人が飛び降りてきた。
数は三人。
私はそれをジッと見ながら次々と起こる最悪な事態に思わず舌打ちしそうになる。
「お主等は何年経とうと、当主が変わっても何も変わらんのう! 東篠院」
「貴方は……西宮院源馬! 何故ここに」
「何故も何もない。孫たちのピンチともなれば爺自ら戦場に向かうくらい容易い事だろう?」
「何が孫ですか。逃げられた妹君のお孫さんだとお婆様から聞きましたよ!」
「余計な事を言いおって。東篠院のババアめ」
「なんて言い方! 信じられません! 貴方達には長くこの国を護ってきたという伝統と誇りが」
「あー。相変わらず東の奴らは煩いのう。余計な話をペラペラと」
「なっ! 貴方は」
「久しいというにはあまり時間が経っていないが、元気にしとったか? 孫たちよ」
「無視しないでください!!」
夕方頃に出会ったナイトプールの西宮院なる人間が三人。私たちの近くに空から降りてくると、東篠院と名乗った人々と睨み合いながらお兄ちゃんと私に近づき、笑顔を向けた。
ここでようやく空を飛んでいたのはヘリかと気づく。
こんな所までわざわざ飛んできたのは何か理由があるのだろうが、それは考えたくもない事だった。
「本来であれば、朝陽との話が終わるまで首を突っ込むつもりは無かったんだが、東篠院の恥知らず共が、動いておったのでな。こうして向かってきたという訳だ」
「そうですか。では、このままお帰り頂いて構いませんよ。東篠院の方と一緒に」
「何を言う。さっき見ておったが、妖共に襲われておったろう? 心配だ。家まで付いていこう」
「……」
「私たちも護衛として付いていきますよ! 何も気にせず、走っていただければ!」
「……」
お兄ちゃんは図々しく自分勝手な事を言う奴らに頭を抱えながら溜息を吐いた。
そして、私の背を撫で、抱き上げながら耳元で謝罪を口にする。
「ごめん。綾。お兄ちゃんは無力みたいだ」
悲しそうな声に私は、良い子な綾の顔を維持したまま笑顔で告げる。
「大丈夫だよ。私が切っちゃえばいいじゃない」
「ううん。それは駄目だ。ハジメに申し訳ないし。詩織さんとの縁は切れない」
「……鈴木さんならもっといいひとが居るよ」
「それを決めるのはハジメだよ。俺じゃ無い。だから駄目だ。申し訳ないけど、父さんと母さんに頼ろうか」
「分かった」
たまに思う。
私とお兄ちゃんの二人しかいない世界に行けたらって。
お兄ちゃんを苦しめる奴らが誰もいない世界に行けたらって思う。
でも、現実にはそんな事出来なくて、私とお兄ちゃんはこんな息苦しい世界で生きていくしか無いのだ。
「いい加減。ここで話をしているのも疲れてきたので、そろそろ家に向かいますが」
「分かった。では、修司。頼んだぞ」
「清孝さん。お願いします。お二人を西宮院から護って下さい」
「承知いたしました」
何故か勝手にお兄ちゃんの車に乗るように話している奴らにこれ以上ツッコミは入れず、お兄ちゃんは車に向かった。
そして助手席を開けてくれて、私を乗せてから自分は運転席へ向かう。
私はお兄ちゃんから電話を借りて、お母さんに事情を話すのだった。
それから家に向かって走ってゆく車の中で、私は窓の外を見ながらどんどん下がってゆく気分に溜息を心の中で吐いていた。
「いやー。感動的や! まさか光佑クンの車に乗せてもらえるなんて! 今度お礼にたこ焼き御馳走させてくれへん? 美味しい店知ってるんや」
「助かります」
「綾ちゃんも是非是非一緒に来てやー!」
「……気が向いたら」
「おおきに! いやー楽しみやなぁ!」
「おい」
「ん? なんや。東篠院のあんちゃん」
「光佑様の車にお邪魔しているんだぞ。少しは静かにしようと思わないのか」
「はぁー? 東のモンはホンマ陰気臭いなぁ。お邪魔してるからこそ、明るくしようと思えへんのか?」
「お前のは明るくしているではなく、騒がしくしているというんだ」
「そんなんお前の感想やんけ。なぁなぁ。光佑クン。僕、騒がしいか?」
「俺は大丈夫ですよ。綾は、大丈夫か?」
「……うん。別に気にしてない」
「ほら見てみぃ。ウジウジしてるのは自分だけや」
「くっ、勝手な事を。綾様。光佑様。ご命令下さればこの不埒者を今すぐにでも追い出しますが!」
「いや。ここで外に出したら死んじゃいますから」
「くっ、この様な者にも、なんて慈悲深い……!」
「恐ろしい事を言ってくるなぁ。自分」
「煩い。私に気安く話しかけるな。綾様と光佑様にもだ」
「ほんなら僕は誰と話したらええんや」
「壁とでも話していろ」
「えぇ……?」
後部座席でわいわいと騒ぐ奴らの声を聞きながら、私は早く家に着いて欲しいと窓の外を眺めた。
そしてそんな私の気持ちを察してくれたのか。お兄ちゃんは少しだけ速度を早めてくれる。
その言葉にしない優しさが嬉しくて、でも、少しだけ寂しかった。
長い旅を終えて自宅に着くころには、既に深夜をすっかり過ぎて朝方になりかけていた。
それだというのに、家の扉を静かに開けると、お母さんが玄関で待っていてくれて、私を抱きしめてくれる。
「おかえりなさい。綾ちゃん」
「……ただいま」
温かくて、柔らかくて、優しくて。
私はずっとお母さんが好きだった。
多分お兄ちゃんの次くらいに好きだ。お父さんと同じくらい好きだ。
「一応家に入ってこない程度の礼儀はあるみたいだね。まぁ、家の前でたむろされている事を考えると、どちらにせよという感じではあるけど」
「お父さん」
「綾ちゃん。大変だったね。光佑君も。綾ちゃんを護ってくれてありがとう」
「いや、俺は大した事は出来てないよ」
「そんな事はない。十分さ。二人がこうして無事に僕達の所に帰ってきた。それだけで十分だ」
「……ありがとう。父さん」
「ここからは大人の仕事だ。朝陽さん。彼らと話をしようか」
「そうですね。私も大分怒っていますから。是非ともそうさせて貰いましょう」
お母さんとお父さんは私たちに奥の部屋に行っている様に言うと、家の外に向かっていった。
私は、そんな二人の想いが嬉しくて、お兄ちゃんと一緒に自分の部屋に向かうのだった。
そして、陽菜ちゃんにない物を求めて沢山買って貰ったぬいぐるみの中からお気に入りのぬいぐるみを一つ取ると、それを抱きしめる。
「それ。大事にしてくれてるんだな」
「……うん。お兄ちゃんが買ってくれた奴だから」
「そっか」
修学旅行で、何日も居なくなると知り、私も陽菜ちゃんも凄く嫌がった。
そんな私たちが寂しくない様にって買ってきてくれたのがこの狸のぬいぐるみだ。
自分だと思って。なんて言っていたけど、全然似てなくて。私も陽菜ちゃんもケラケラと笑っていたなあ。
でも、陽菜ちゃんは結局ぬいぐるみじゃ満足出来なくて、私と一緒にベッドで泣いていたっけ。
「あの時も、寂しい想いをさせてごめんな」
「ううん。気にしてないよ」
「……綾はさ。いつもそう言ってくれるから。俺も父さんも母さんも助かってるけど、たまには我儘言って良いんだからな」
「我儘なら、いつも言ってるよ」
「そうか? じゃあ言い方を変えようか。もっと我儘言って良いんだからな」
「……分かった」
なんて言ってみたけれど、我儘なんて、この心の内に秘めた願いなんて言える訳がない。
言えばきっとお兄ちゃんを失望させてしまうから。
言えば大切にして貰えなくなっちゃうかもしれないから。
私は可愛い妹で、良い子だから。
立花綾は優しくて、困っている人の味方な立花の家の子だから。
悪い綾なんて、居ないのだ。
そう。私はいつだって。良い子の綾。それだけなのだ。