願いの物語シリーズ【立花綾】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
まるで楽しみじゃないパーティー会場へと昇ってゆくエレベーターの中で、私は緊張した様子で手を擦り合わせている萌花を見ながら、横に立っている西宮院さんを見て指で合図をする。
そして、小さいメモ紙に書いた紙を手渡して、それを確認して貰った。
紙には萌花への護衛をお願いする事を書いておいた。
しかし西宮院さんはその紙を見たあと酷く不満そうな顔をして、自分を指差した後、私を指差す。
それから腕を叩き、胸を叩く。
ふんふん。なるほど。
まったく意味が分からない。
なので、私はよろしくと声に出さず西宮院さんに伝えてから再び萌花に視線を移した。
横からは不満気な気配を感じるが、知った事じゃない。
そしてエレベーターは会場のある屋上に着いて、私は萌花と共に降りて視界の向こうでワイワイと騒いでいる場所へ向かおうとした。
だが、そんな私の足は前に進む事が出来ず、横から腕を引っ張られてしまう。
「綾ちゃん! まだ話は終わってないで!」
「私はもう何も話す事はありませんが」
「そんな事言うて、綾ちゃんの周りはどないすんの!?」
「私の事は東篠院さんにお願いしようかと考えています」
「光栄です。綾様。私にお任せください」
「イヤや! 僕の方がコイツより優秀なんやで! 僕なら綾ちゃんが退屈やなぁと思うタイミングなんか一切作らんで、おもろいジョークとばして、笑かすのに!」
「騒ぐんじゃない。西宮院修司。お前は選ばれなかった。ただそれだけだ」
「なんやと? 自分が選ばれた理由も分かれへんのにイキらんといて!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人を人から見えない物陰に押し込んで、私は心配そうな顔でこちらに振り返る萌花に何でもないと手を振った。
そして、いい加減このままでは話が進まないと二人の間に割って入る。
護衛だ。プロだというのなら、適材適所くらい理解して貰いたい。
「僕はそもそも……!」
「はい。そのくらいにして下さい。あまり目立ちたくないんですから」
「申し訳ございません。綾様!」
「うっ……でも! 綾ちゃん!」
「私が西宮院さんを選んだのは、貴方の方がこういう場が得意だと感じた為です。少なくともナイトプールでは頭の軽そうな人たちに溶け込んでいましたし。口が上手いからフォローも出来るでしょう? 信頼しているから萌花を任せるんです」
「……! 綾ちゃん!」
「状況次第では萌花と一緒に居る事は難しい。だからこそ、独自の判断で動ける貴方に頼んでいるんです。分かりましたか?」
「……そこまで綾ちゃんに言われたらしゃあないなぁ。今日は萌花ちゃんと一緒に遊ぶわ! えぇか? 萌花ちゃん」
「え? あ、はい。私は、大丈夫です」
「萌花。この人はおそらく、多分きっと信用できる……かもしれません。ですが、何かあったらすぐに私の所へ来るんですよ。ちょっとでもおかしいと感じたら大事になる前に。良いですね?」
「もう! 綾ちゃん! ほんまに信頼してるんか!?」
「えぇ。してますよ」
「まぁーったく! 信頼が見えへん言葉やったけどね!」
「そうでしょうか。あ。萌花。もし、体に何かが触れる様な感触があったら言って下さい。気のせいかもしれないとか、迷惑かも、とかは考えず。痴漢だとすぐ私に助けを」
「そんな事せえへんよ! もう良いもん! 行こっ! 萌花ちゃん! お兄さんが最高のエスコートって奴を見したるさかい」
「は、はい!」
西宮院さんはずんずんと私と東篠院さんの前に立ち、右手を私たちの間で縦に振り回す。
そして東篠院さんを威嚇すると萌花の前に行き、遊び人の様な笑顔で萌花の手を取った。
その仕草は私の想定通り、非常にサマになっており、心配は要らなそうな感じだった。
「では、綾様。我らも行きましょうか」
「そうですね。東篠院さん」
私はこちらも鳴れた様子で手を差し出す東篠院さんの手を取りながら、パーティー会場へ向かおうとした。
しかしその前にやる事があったと、足を止め東篠院さんを見上げた。
「綾様?」
「東篠院さん。当然ですが、東篠院さんの事も信頼していますからね。信頼しているからこそ傍に居て欲しいというか」
「ふふ」
「……? どうしたんですか?」
「いえ。綾様は本当にお優しいなと思いまして」
「私は別に」
「私にお言葉を下さったのは西宮院修司ばかり持ち上げて、私が気にするのでは無いかと考えた為でしょう?」
「そんなんじゃありません。別に。ただ、何となく言っただけです」
「では、その様に」
したり顔で分かった様に笑う東篠院さんにイラっとしながらも、彼が差し出す手を取っていつもの笑顔を浮かべる。
別に無理してフォローした訳じゃない。
ただ本心から思った事を話しているだけなんだ。だから私は優しい訳じゃない。
お兄ちゃんが言うから、そういう人間を演じているだけだ。
ただ、それだけなのだ。
東篠院さんと二人で向かった会場では、いかにもな人たちが直視したくないやり取りをしていた。
よくもまぁ、あんな肌着みたいな恰好で外を出歩けると思う。
先に行った萌花達とも合流して、人が集まる場所から少し離れた場所に陣取って、何となく会場全体を見渡してから空を見上げた。
ここら辺で一番高いビルはここの筈だが、見える空は家にいた頃よりも暗く狭い物に見えた。
息苦しさすら感じる程だ。
私の居場所はここじゃないんだとひしひしと感じる。
「あれー? 萌花と萌花のお友達じゃん。どうしたの? こんな端っこでさ!」
「ぷぷ。やめなよー。可哀想じゃん」
「そうそうドレスも買えないくらいお金無いんだからさぁ」
私を見て楽しそうに笑う女どもを見つつ、そのご自慢のドレスを見ると殆ど裸と変わらない様な姿の何が良いんだと冷めた様な気持ちになる。
「ま。でもさ。ここのお金は気にしなくても良いよ。奢りだからさ」
「……貴女のですか?」
「ぷっ、アハハ! そんな訳無いじゃん! 私ら女だよ?」
「はぁ。女だからどうだと言うんでしょうか」
「アハハハハ。何も知らないんだね。この子!」
「まぁ田舎出身だし。しょうがないよ。でも、確かにこの子みたいなのじゃ奢りたいなんて男も居ないかもね!」
「そうですか。では私なんかに構っていないで、手早く奢って下さる方を探した方が良いのでは?」
「イチイチ腹立つな。お前」
「腹を立てない方法がありますよ。私に絡まなければ良い。その程度の事も分かりませんか?」
「お前!!」
ナイトプールの時と同じ様に怒り、震える手で私目掛けて手を振り下ろそうとした名も知らぬ女。
しかし、その手は私に届く事はなく、空中で東篠院さんに止められてしまった。
「なんっ、だよ! お前! 離せよ!」
「申し訳ございませんが、暴力沙汰は見過ごせませんね」
「何が暴力だよ! 男が入ってくんな!」
ギャアギャアと怪鳥のごとく騒ぐ女に、パーティー参加者から訝し気な視線が向けられる。
実に最悪だ。
ただでさえ興味のないイベントに参加させられているというのに、注目まで浴びるとは……。
そして、注目されている事にも気づかずにまだ騒ぎ続ける女に、中心人物と思われる男がこちらへ向かってきた。
お兄ちゃんと同じくらいの年齢に見えるが、チャラチャラとした見た目はお兄ちゃんと似ても似つかない。
そしてそれは西宮院さんや東篠院さんとも大きく違う物だった。
「何かトラブルかい?」
「川口さん!」
先ほどまでの金切り声から、急に媚びた様な甲高い声になった女に私は一歩後ろに引いた。
お兄ちゃんの周りにいた連中を思い出して嫌な気分になる。
「こちらから元気な声が聞こえたからね。気になったのだけれど」
「聞いてください! 川口さん。この人があんまりにも常識知らずだから、教えてあげていたのに、酷い事ばっかり言ってぇ」
「オエー」
「コラ」
私が女たちの見てない所で吐きそうという様なポーズを取ったら、少し笑った西宮院さんに軽く突っ込まれる。
それに笑って返すと、西宮院さんは自分に任せておけとばかりに笑うと萌花を私のすぐ横に移動させると私たちの前に立った。
「あー。悪いな川口さん。少しトラブルもあったけど、問題あれへんで」
「そうですか? ですが、こちらの方が」
「なんも問題あれへんって言うてるやろ? 良いから向こうのねーちゃんのとこ戻れや」
「……失礼な人ですね。私はこの会の主催で」
「ええて。そんなんはええから。とりあえず戻れや。な? まぁ、どうしても戻られへんちゅうのなら。お爺ちゃんにでも電話すれば理由も出来るやろ。西宮院と東篠院の人が怒ってるって言えばな」
「……祖父は関係ないと思いますが」
「おーおー。そうかい。電話しなけりゃ後で怒られるのは自分やけど。それでも良ければ僕はええで?」
川口さんと名乗った人は訝し気な顔をしていたが、西宮院さんがあまりにも自信満々な顔をしている為、懐から電話を取り出してどこかに電話をし始めた様だった。
最初は普通の話をしていたが、途中から明らかに空気が変わる。
「うん。そう。そうなんだ。それでさ。なんかパーティーで会った変な人が妙な事言ってて、お爺ちゃんに西宮院と東篠院の人が怒ってるって言えば分かるっ……え? いや、うん。すぐそこにいるけど。わ、分かった!」
電話をしていた川口さんは明らかに動揺した顔で電話を西宮院さんに差し出す。
それを受け取った西宮院さんは人の携帯電話だというのに、偉そうに通話に出るのだった。
「あー。もーしもーし。僕や。西宮院修司。あぁ、僕の言葉は西宮院源馬の言葉だと思って間違いないで」
『……っ!?』
明らかに電話向こうの人が動揺しているのが伝わってきた。
この前ちょっと話しただけだったけど。そんなに大物なのか。西宮院源馬さんは。
「おー。そうかそうか。それは助かるなぁ。うんうん。じゃあそれでえぇで。こっちも大事にしたいわけちゃうさかいな。ほな」
終始明るい様子で話をしていた西宮院さんは電話を渡し、川口さんは青い顔をしたまま電話をまた受け取り話をするのだった。
それから、川口さんは西宮院さんに頭を何度も下げると、私の前で騒いでいた女たちを連れて別の場所へ移動するのだった。
「一気に静かになっちゃいましたね」
「少しやり過ぎたかなぁ」
「私は静かな方が嬉しいですけどね」
「ならえぇか」
私と西宮院さんは笑いながら拳を合わせるのだった。
それから私は、ようやく落ち着いたと空を見上げたのだが、そこに嫌な物を見つけてしまう。
いつかの様に空を飛ぶその鉄の箱は西宮院さん達が乗っていたソレとは違い、簡易的な形をしていたが、そこに繋がっている縁は酷く見慣れたものだ。
そしてその答え合わせをする様に私の懐に入れた電話が着信を告げる。
「……もしもし?」
『やぁやぁやぁやぁ。何か面白い事やってんじゃーん?』
「やっぱり」
『今からそっちに行くからさ。待っててよ。あーやちゃん』
「はぁ」
私は電話を切って、空を見上げた。
そして、ヘリコプターが派手な音を立てながらヘリポートに止まるのを見て、大きくため息を吐くのだった。
「はじめまして。かな。ヒナちゃんが呼ばれてきましたよ!」