廊下で雑談を交わす2人の女生徒、その後ろを突如として風が過ぎ去った。
「風?」
「え~、窓も空いてないのに?」
彼女たちは気付いていない、それが1人の男が走り去った際に発生した物だという事を―――。
その風の正体、仁は真剣な面持ちで廊下を走り自身の教室へと辿り着いた。
その現状は、惨状と呼んで良いものである。
砕けた教室の床と壁。
戸惑い、泣き叫ぶクラスメイト。
そしてその中心に立つ人型の幻妖。
普通の人々もその姿を認識できている所から、かつて彼を襲った
だが、その風貌はかつて彼が遭遇した幻妖よりも遥かに人間らしかった。
衣服に身を包み、顔と腕には多量の布が巻かれている。
そして、その幻妖の前には膳野が立っていた。
「ちっ、おい夜島、カス野郎。―――逃げろ」
もう一度目を凝らして見渡すと、膳野の後ろには先ほど彼をパシリに使おうとした男子と、そのパシリを肩代わりした男子が呆然と立ち尽くしていた。
「俺が囮になるから、逃げろって言ってんだよ」
膳野の言う事に仁は言葉を失い、何より耳を疑った。
しかし、彼がそんな事に囚われている間に幻妖の手は膳野に迫った。
だが膳野も無抵抗で死ぬわけではなく、近くにあった椅子で一度だけ幻妖の攻撃を防ぐことに成功している。
が、それもただの1度だけで椅子越しでも幻妖の攻撃は膳野に同じことをさせないよう多大なダメージを与えるいる。
仁はその光景にハッとし、フードを目深に被って突撃した。
「よく頑張った、後は俺に任せろ―――ちょっと頼りないかもだけど」
彼のそんな発言は、膳野には届かない。
当然だ、今の彼は一般人に見えるはずないのだから。
分かった上でそう言い残して幻妖に拳を繰り出す仁。
しかし彼を視認した瞬間、幻妖もまた己が身に着けている布で攻撃を防ぐ。
「(この布……やっぱただの布じゃねえのか、てか
防がれたことには然程驚かず、今はどうやってこの幻妖を教室の外へと追い出すかを考える仁。
「膳野くん…!」
そんな彼の後ろからする声に、お互いが気を向けてしまう。
そこには先ほど膳野が身を挺して逃げとと言ったはずの片方、パシリを肩代わりした妙な男子が駆け寄っていた。
「ちっ…!」
だが次手が早かったのは布の幻妖だった。
幻妖はその学生を見た瞬間、攻撃の対象を彼に変える。
それを見た仁も瞬時にその学生と膳野を抱えて横に跳ぶ。
が、陰陽師として、そして何より戦う者としての経験が浅い彼が無傷でなどという奇跡は無く、その際にガードしようとした左腕にダメージを追ってしまった。
「幻妖のくせに狡い真似するな。動けない奴相手にするとかよ」
そう愚痴を溢しながら左腕の状態を確認する。
ジンジンと痛みを訴えており、内出血が酷いのか青く腫れあがっている。
しかし
「動く、なら問題ねえや」
彼はそう結論付けた。
「あ、あの…! 一緒に…、に、逃げよう…!」
再び幻妖と向き合う仁。
そんな彼の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
そこには恐怖で身震いする先ほどの男子、夜島と呼ばれた男子学生が確りとその両目で仁を見ていた。
「お前もしかして、見えんの?」
一瞬の驚き。
だが今度は彼にだけ起こってしまったソレのせいで、仁は幻妖の攻撃をまともに受け、崩れた瓦礫に叩きつけられた。
「くっそ、油断した…。強くもねえのによそ見すっからこんな事になるんだよ、反省しろ俺」
瓦礫を押しのけて独り言を言う仁。
その双眸で再び幻妖を見た時、彼の右側の視界が赤く染まった。
それは彼の頭から血が流れ出た何よりの証拠である。
「人のハンサムフェイスに傷つけやがって、高くつくぜ」
目を拭いながら幻妖に冗談を吐く。
「あー、そうだお前見えてる前提で言うけど。逃げる選択は無理だ、それはお前らだけでやってくれ。格好つけるけど、俺はそういう逃げるやつを守るためにここに来たんだからな」
震える脚を叩きつけて夜島という学生に返す。
そして彼は、再び命のやり取りに身を投じた。
「じゃあ…俺も一緒に…!」
「無理…すんなよ…! 今すぐに逃げ出したいって感じだぜ…!」
それでも食い下がろうとする夜島。
だが、陰陽師でもない人の身で幻妖に立ち向かう馬鹿さ加減は彼が良く知っている。
仁は二人へ意識が向かないよう、幻妖の懐に潜り込んで攻撃を加えていく。
「なら、私が力を貸そう」
突如として現れた気配―――。
それは目の前の幻妖を遥かに凌駕している、しかし敵意は無い様子であった。
けれども、一度油断でダメージを貰っている仁にはその正体を確認する術は無い。
「……誰か知らねえけど、敵じゃない可能性にかけて頼むわ。その2人連れてここから逃げてくんねえかな?」
「ふむ、いいよ。と言いたいところだが、それを決めるのはこっちの少年だ。さっきゲームにも付き合ってもらって顔見知りなのでね。だからどうにかそれまで堪えてくれ、なんなら倒しても構わないよ」
「初対面……いや、対面じゃねえか、どっちにしろ簡単に言ってくれる!」
仁は目を閉じ、感覚を集中させる。
この2ヶ月間、幾度かの幻妖との戦いを経て手に入れた力。
気合を込め、全身に力を入れた彼の体からはあの時よりも小さいが白いオーラが噴き出していた。
その様子に、声の主が少しだけ振り向いた気がしたように感じても実力差がある以上仁にそれを確認する手段は無かった。
「……さて、彼が戦ってくれている間にこちらも話そう。死を承知で友を守ろうという勇気と、死を承知で共に戦おうという勇気、どちらも見事だった。お礼として私に出来るのは、君達2人の安全の確保か、君に力を与える事だ」
突如現れた声の主である女性は夜島を指差す。
「どちらでも、好きな方を選んでいいよ」
「……力を貰えれば、俺はあの人と一緒に戦えますか?」
「うん」
「あの人も、膳野君も守れますか?」
「それは君次第だよ」
夜島の質問に淡々と答える女性。
だが、それを聞いて迷わず答えた。
「俺に力を下さい、俺も、俺も一緒に戦ってあいつを倒します!」
夜島の答えに満足したように女性の体は溶け、影のように夜島に纏わりつく。
「お人好しで勇敢な少年―――君の名前を教えてくれるかい?」
「
「いい名前だね! それじゃあ学郎、君はどんな強さを望むんだい?」
「……全員を、全部を守れるくらい最強になりたいです!」
「その答えもすごく良い! これから大変だろうけど、頑張ってね。その代わり約束しよう、私が必ず―――君を、皆を救える最強の戦士に育て上げると!」
女性がそれだけ言い残すと、夜島―――学郎の両腕と下半身は黒く覆われ、その腰には剣が携えられていた。
「お前その姿……行けそうか?」
幻妖を押さえていた仁が学郎の側に跳ぶ。
「……多分!」
「頼もしいぜ、孤軍奮闘中だから手を貸してくれ」
「はい! ……でも、どうしたら」
戸惑う学郎。
だがそれを待ってくれる優しさなど、幻妖が持ち合わせるわけもなく2人に攻撃を迫った。
それを仁と学郎は歯を食いしばって受け止める。
「知らん!」
「ええ!」
「だって俺の攻撃手段
攻撃を何とか躱し、受け、ダメージを抑えながら幻妖と戦う仁の姿を見つめる学郎。
「鵺さん! この力ってどう使えば良いんですか!?」
そこで彼は窓際に佇む女性、先ほど彼に力を与えた女性に聞いた。
「普通にその剣で斬ってみたら?」
呆気ない返事。
普通なら戸惑う所だが、その剣を一瞥した学郎は
「はい!」
と力強く返して剣を握る。
すると、彼を覆う黒い影が剣に吸い込まれるのを確認した各々は
「(やっべ…このままじゃ人が死ぬ)」
「あーごめん。ちょっと手加減した方が―――」
鵺を呼ばれた女性が言い切る前に、仁は精一杯の力で幻妖を窓際に蹴り飛ばす。
そしてその先に向けて学郎が力の限り剣を振り下ろしたとき、幻妖を校舎もろとも真っ二つに切り裂いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「参ったな~…」
俺は目の前の惨状を呟く。
幸いにもさっきの戦闘で死者は出なかったから、学校と生徒たちの記憶については問題ない。
が―――。
「どうやって報告したものか…」
俺は目の前で倒れる膳野とパシリ代理くんを見つめて呟く。
普通に俺が倒しましたでどこまで信じてもらえるものか―――。
それに何より、
「アンタ一体何者なんだ?」
こっちの女の人については絶対報告要るよな。
ってか、声で大体想像ついてたけどやっぱ女の人だったんだ。
「まだ君の中だけに留めてくれるなら教えてもいいよ。私も君に聞きたい事があるし、だけど一先ず霊衣を解いたらどうかな?」
「あ、やっぱこの格好の事も知ってるんだ。じゃあ陰陽師云々についても俺より詳しいわけだ」
「まあね」
さて、どうするか。
秘密にしてこの人の事を教えてもらうか、それとも提案を飲まずにこの場を去るか。
「心配しなくても、私の事は君と学郎しかまだ知らないんだ。上に伝える必要は無いと思うよ。それにその斬撃の痕も、これ幸いと切断系の幻妖をだったわけじゃないか」
「……まあそれもそうか、結果として俺もアンタに救われたわけだし。分かったその条件で良いですよ」
「うん、素直ないい子だ。では簡潔に自己紹介といこう。私は鵺。故あってこの学校に封印されている幻妖で、今は学郎が私の依り代になってくれている」
「……」
「……」
「……え、終了!?」
「うん。だって何者かって事しか聞かれなかったし」
いや普通もっとどうして封印されてるのかとかあるだろと思ったけど、俺も疲れているのか、それとも出血のせいなのか頭が上手く回らなかった。
「さて、じゃあ次はこっちの番だね。君がさっきの技をどこで身に付けたのかな?」
……変な事聞きたがる人だな。
そう思ったが、俺も普通に話すことにした。
「2ヶ月くらい前に、幻妖に襲われてもうどうしようも無いって時に出てきたもので、使えるようになったのは1ヶ月くらい前です。っと、また自己紹介遅れてた、俺は篠澤仁、よろしくっていうのとさっきはありがとうございました。代表して礼を―――」
俺は霊衣を解いて言うと、次の瞬間にその顔は柔らかな感触に包まれた。
それがこの鵺という女性に抱かれているからだと理解するまでに時間がかかったが、それよりも先に俺は当然の疑問を抱いた。
―――いやどうして?