この日は普通にボウルタウンでジム戦までの間に、コンサートを表通りでずっとやっていた。
アーティストが多いと拡散される初音ミクの噂。
アカデミーのファンアートと言うなれど、どんな相手でも断らず、どんな楽器のセッションでもこなしてくれる。
人当たりの良さ、笑顔で応じる言動に、歌声も相まって爆上がりするミクの株。
本人は己は芸術は語れないと言う。オリジナルでは無く、そのファンアートという立場上。
だが演奏家達はそれでも、ミクの行動は間違いなく、ミク本人の結果だと言ってくれた。
誰かの真似でも姿も声も、望んで手に入れたモノじゃなくて、ただの特典というオマケ。
彼女の言うオリジナルでは無いだろう。
だが、一人の演奏家が言った。
オリジナルを尊重しても己を卑下することは無い。
ミクは、一人の歌い手としての自負を持って良い。
その心構え、とても素晴らしいが同時に悲しい。
ミクは、自分を模倣と言って認めていない。
他人に感謝する事を決して忘れないのは大事だ。
だが。本家だってミクを知っている。その上で認めたのだ。
だったら。ミクは、模倣品と卑下せずに堂々と歌え。
芸人にも居るだろう。
物真似の立場は時に相手の尊厳を踏み躙る。
ミクはそれがとても怖いのだ。相手を傷つける。
そんなこと、初音ミクはやらないというイメージを壊したくない。
臆病なほど、本家に気を遣う。
イメージを損なわないようにする。
良いと思う。それは褒められた事だ。
だけど、それを理由に己を認めていないのはどうだ。
認めたらイメージを壊すのか?
堂々と歌えば、初音ミクのネームバリューに乗っかって調子に乗るのが怖いのか。
そう、問われた。
「……」
自分を認める。
そっくりさんというスタンスの立場で。
初音ミクという歌姫に酷似する姿。
結局、ミクは名すら重なっただけ。
果たして、そんな自分が自分を認めて良いのか。
わからない。だって、この唯一の武器。
これすら何かから与えられた偶然の産物。
根本的に、どうしたってミクはオリジナルでは無い。
似ている枠を超えてはいけない。
枠の中で、過ごしていく。それでいいのに。
自分を認めていない事は、悪いことなのか?
身の程を弁えているつもりだ。
イメージを損なわず。
むしろもっと本家に貢献していく。
その自分の在り方は、いけないのか。
演奏家達は迷うように困り果てるミクを見て、己の行動は誰かの支えがあっての事でミクは己を持つ理由が無いと思った。
誰かのおかげで活動できている。
その身の程を知った場合我を出す理由は無いのだ。
ミクがそれでいいなら、演奏家達はそれでいいとも言った。
自分が初音ミクという歌姫の魅力を広げるファンアートの一部として活動するなら、自分の結果を本家初音ミクに還元する事を喜ぶ。
自己は他者の模倣でいい。それ自体が誇りに思う。
もっと多くの人に知って欲しい。
初音ミクという歌姫を。
自分を通して彼女は、公式はもっと素晴らしいモノだという広告塔。
それで満足している。一般人なのだから、それで。
彼女は駆け出しの配信者だが、これは宝探しの過程。
一人では何も出来ず、無力な少女に多くの大人と味方が助けて出来た、ミクからすればもういっぱいの感謝しか出来ないお膳立て。
その上で、自分を認めても良い。
堂々と歌え? いや、それは無理なのだから。
(自分を認める必要なんかない。模倣で胸を張る理由なんか無い。私は、ポケモン世界でも、誰かの真似を好意でやらせて貰っているだけのモブだった存在。それが、初音ミクという存在が、私をここまで導いてくれた。これ以上の僥倖があるの? 私の歌声も、姿も、わからない誰かに与えられた借り物のギフト。転生して、確かに受け取った。でも。これは、私のものじゃない。私は、空っぽじゃないといけないんだ。私は初音ミクのフェイク。自分では主役になれない。誰かの語る脇役にもなれない。何処にもいけない、何にもなれない。縋っているんだ。この唯一の武器に。借り物のギフトに。コルサさんは卑下だと言うけど……違う。この才能すら、仮初めの贈り物。根本的に、私には何にも、無いんだから)
みっともないから、認めない。
無様だから、受け入れない。
転生したって、何もない。
仮初めのギフトで調子に乗る?
それが一番、怖いんじゃないか。
お前は初音ミクじゃない。ニセモノだ。
そう自分で分かっているから、ご好意に肖っている。
身の程をちゃんとしないと、ミクは生きていけない。
やっていけない。誰かありきの模造品。模倣犯。
そんな奴が、何故
思えるわけが無い。自分は本来何も持ってなかった。
誰かの恩恵で、初音ミクという存在をトレースして出来上がった、贋作の分際で。
本物を、オリジナルを、コピーした自分が宛もその才能を好きに振る舞えるとでも?
(これは、何もない私の、私に課したルール。私は決して、初音ミクを壊さない。イメージを損なう事も出来ない。転生したこのギフトは、唯一の武器で、大きな枷。初音ミクを受け取った、私の一番大きな責任。破れない制約)
誰が何と言おうとも。
ミクは、己の歌声を己とは思わない。
分からないだろう、多くの人には。
だって、これは与えられた人間が取り扱いを間違えれば、何もかも失うことを意味するのだ。
模倣とは、許されるから模倣できる。
行き過ぎたオマージュやパロディが本家を怒らせるのと同じ。
身の程知らずの行動は、決して出来ない。
ミクは、初音ミクじゃないから。
感謝して、常に気をつけて、生きていく。
ミクは自我を、持っちゃいけないのだ。
転生した、この姿である以上の義務として。
演奏家達に指摘されて、動揺したけど。
ミクは、前世の見た番組の言葉を思い出す。
模倣品が、オリジナルに負ける道理はないという。
それは、贋作を作り続けたある英雄の言葉だ。
ミクは思い出し笑う。
傲慢な身の程知らず。あってはならぬ言葉。
想像とは、原典あってのモノなのだ。
オリジナルに勝てる模倣品があるならば、それは最早別物。
その物体は、お前が好き勝手に弄くった粗悪品。
それを贋作を名乗るとは、高慢にも程があろう。
自分では何も作れないニセモノが、粗悪品で傲慢なオリジナルの王に勝つ。
面白かったとも。前世は。
今のミクには笑えない。
そのオリジナルに縋るしか出来ない分際で。
堂々と己の武器のように贋作の自分を振り回すほど。
ミクは、愚かでは無い。
誰のおかげで活動できている?
全部、周りの人のおかげなのに。
自信を持て? その前に申し訳ない気持ちになる。
何度も言うが、身の程というものにミクは敏感だ。
マイナスを与えない。明るく、綺麗で、美しい歌姫。
それをお借りしている人生なのだから。
借り物だからこそ、自分など持つな。そう言い聞かせる。
人はこれを見たら何というのだろうか。
道化? 人形? 紛い物?
それでも。
(初音ミクを穢さない。壊さない。否定しない。それが私の生き様。ニセモノが恩恵を受け入れない、理由)
出来損ないにならないために。演じてでも良い。
もしも、ミクを褒めるならこう言って欲しい。
初音ミクの分身のよう。これで十分すぎる褒め言葉。
全部借り物のミクには、元来何もなかった。
端役にすらなれない名も無き少女の魂に、ミクを与えた誰かのおかげ。
だからミクは決して驕らない。
名も背負う、重みを自覚している。
個性がそっくりさんで十分なのに。
ここで調子に乗ってしまえば、多くの人を裏切り失望させる。
ポケモン世界で生きるのに、繋がりが無いとミクは生活できない。
唯一の武器にみっともない程しがみつく。
ダサい、サムいとグルーシャなら言うだろう。
事実だった。自分でもそう思う。
歌い手として、自分を卑下している訳じゃない。
実際に誰にも言えないけど、これは贈り物を貰って被っているだけのニセモノが、許されて生きている保身。
当然の言動。身を守るために。
許された範疇を超えないように。
ファンアートと名乗って活動する、何もかも自分で手に入れたり作ったりした訳じゃない、与えられたギフトで身の丈を遵守するやり方。
……嗚呼、考えるだけで思う。
(主人公になれない理由ってこれだよね。私は、何も持ってない。特別でもない。受け取った初音ミクの贈り物だけがだた一つの取り柄しかない、本来何もない凡人)
戒めをしないといけないのは、そういう事だ。
初音ミクを超えない範囲でイメージ通りに行動する。
責任重大の生き方。
原作の彼等、彼女らの冒険が出来ない訳。
自由が無い。責任を既に負うミクには、振る舞いに初音ミクのイメージを纏う義務がある。
人助け然り、何処でも歌う歌姫然り。
……冒険の旅が随分と窮屈? そう思う事も無い。
だって、嬉しいから。
初音ミクに似せただけのそっくりさんでも。
真似でも、模倣でも。
歌姫の才能を仮初めでも貰えて、歌えるから。
歌う事が、楽しいから。
前世の自分のことなど朧気に覚えているだけの、今世に生きているミクにとって、歌うことは至福の幸せ。
周りが、模倣のミクの歌声で、笑顔になってくれる。
これだけで十分だった。
ニセモノが、部を弁える事は当然だと思うのも。
こうやって与えられたモノで幸福を感じるから。
十分に、対価は受け取った。
ならその支払いに身の丈、身の程をキチンと理解し、イメージを壊さない程度の制約が何だという。
今生にこれだけのモノをくれた世界に、不満を渋る理由などミクは知らない。
ボウルタウンに来て、よく分かった。
ミクは、どう足掻いても自分を表現できない。
初音ミクのイメージ通りの歌声で歌うだけ。
でもそれでも良い。
周りが求めるのは初音ミクの模倣品だから。
自分じゃないから。
中身の無い誰かの意思など必要なんか、無いんだ。
そう思いながら今日も歌う。
すると、ボウルタウンの入り口で騒ぎが起きていた。
何だろう。人だかりがそっちに向いた。
逃げてくるように走ってきた大人が言う。
アカデミーの不良が勝手に道端で騒いでいる。
通行人にバトルを吹っ掛けて、断ったら追い回している。
誰かコルサを呼んでこいと。
(……出番かぁ)
ボウルタウンはアカデミーに比較的に近い。
案の定、スター団の膿が好き勝手やってると見た。
コンサートは、一度打ち切り。
そう言って観客に伝える。
「ごめんなさい、アカデミーの生徒がご迷惑をおかけして。ちょっと注意してきます」
そう言うと、ミクはボウルタウンの中心からモトトカゲに乗って移動する。
道中、メロコをスマホで呼ぶ。
迷惑なお客様が来た、こっちから仕掛ける。
数秒で既読がついて、直ぐに行くと返答が来る。
移動すると、若いバンドらしきメンバーを集団で追い回しているスター団の連中を発見。
ザッと見て、十名程か。思っていたよりも少ない。
面白がって困惑している大人を追い回す。
良い度胸をしている。
これじゃ観光客相手に襲うサルと一緒だ。
「何してるんですかっ!!」
思い切り怒鳴ってモトトカゲと共に割って入る。
助けに入ると、直ぐに逃げるように言った。
「あぁ? 誰かと思えば初音ミクのパチもんじゃん? ウチらに何か用?」
舐めた口で馬鹿にするように囲うスター団の愚連隊。
騒ぎを止めに来ただけだと予め決めておいたセリフを言うと。
「あん? スター団にケンカ売る気? 俺らに一人で? バカじゃないの? ボコボコにされたいわけ?」
見下して吐き捨てる、暗にリンチも辞さない威嚇。
逆に聞く。お前らこそ良い度胸だ。
何の権利があって嫌がらせをしていいと思っている。
「はぁ?」
理解できないように派手なサングラスを上に上げて睨む。
ハッキリ言おうか。
「私が初音ミクのパチもんなら、そっちはアカデミーの面汚しだよ。スター団を名乗ったチンピラが、何様のつもりで騒いでいるのかな」
「おい、ケンカなら買うぞ一年。一人で調子に乗るなよ」
途端にケンカ腰になる上級生。
……言ったな?
「スター団名乗るなら、売られたケンカは買う。そういう掟だったよね?」
仮にもミクと同じ借り物の存在だ。
大元のルールぐらい守るだろう。
気に入らないと因縁をつける連中に、歌姫は笑う。
「そう。じゃあ、スター団の恥曝しはちょっと痛い目を見た方が良いね。こんな嫌がらせ、誰が言いだしたのかな。誰でも良いけど、怒らせる相手を間違えた。あなた達は、少し反省しようね」
「何言ってんだお前……! やるぞお前ら!」
窮地に笑うミクに不気味さを感じて袋叩きを実行しようとするチンピラ。
だが……。
「おい、スター団が一年相手に袋叩きしていいって言った覚えはねえぞ。このチームのカシラ、誰だ。面貸せ」
直ぐに駆けつけた何でも屋、メロコチームの襲来。
ギョッとする一同。
キレたメロコが筆頭にもっと大勢で、そのチンピラを囲う。
「め、メロコさん……!? 何で此処に!」
「あっ? お前……そうか。お前か。うちのチームの裏切り者は。丁度良いわ、もうスター団名乗れねえように徹底的に潰してやる。俺も大概身内には甘かったが、お前に中間任せた俺の不手際だからな。増長しやがって。腹は括ってるよなァ?」
知り合いだったらしいメロコ、キレて全員一致で決まった。
粛清の時間だ。
「畜生、このパチもん……いつの間にスター団の幹部を味方に!?」
「お前らが好き勝手やってるせいで、俺らまで被害被るんだよ。ミクに八つ当たりすんな。スター団なら、逃げればお前らはスター団を名乗る資格はねえ。出て行け、チンピラ。名乗りてえなら、俺らのケンカを買えよ。堂々と潰してやる」
威圧的に、圧倒的多数で、チンピラが追い込まれる。
いきり立つチンピラは、逆上していきなりミクに襲いかかるが……。
「――ギャアアアアアッ!!」
不意打ちに嗾けたアリアドス。
ミク本人を狙うが、獣が目覚めて咆哮する。
突如出て来て、ドラゴンクローでアリアドスを薙ぎ払って吹っ飛ばす。
未知のポケモンだった。
ボーマンダに似ているが、こんな血塗れの色の三日月の翼などない。
「あぁ、私を怪我させようとした? 残念だったね。文字通り、そっちは逆鱗に触れた。もう、可哀想だけどお終い。いいよ、バハムート。こいつら全員蹴散らして」
具体的な命令など必要ない。お任せバトルと行くか。
獣、バハムートは不機嫌に暴力と破壊を振るう。
「ば、化け物!? 何だよこいつ、俺は知らねえよ!」
「ニュースくらい見ようか。最近話題になった、アカデミーの生徒に怪我させたポケモン達の一匹だよ」
困惑しているチンピラに呆れて言うミクの言葉。
メロコもニュースは知っていたがミクの手持ちに居るとは聞いてない。
それでも即興で合わせた。
「覚悟は出来たな? 始めるぞおらァ!」
集団戦。入り口付近で勃発する内戦。
本当は移動したいが、先手で攻撃した以上、悠長にしている場合でもない。
ボウルタウンに申し訳ないが、チンピラを追い出す為に、争い出す。
尤も。逆鱗に触れた怒る狂う破壊竜の猛撃に、チンピラ如きのポケモン達が敵うはずもなく。
一方的に返り討ち、メロコ達のちょっとした助力で蹂躙。
ぶちのめして、悲鳴を上げるチンピラに彼女は突きつける。
出て行け、チンピラ。
負け犬にスター団を名乗る資格はない。
今後はオモダカがお前らの処分を決める。
精々怯えていろ。
そう言うと、失せろと言うメロコ。
慌てて逃げて行く迷惑な客の後ろ姿を、風車の上でコルサが双眼鏡で見ていた。
(あのポケモン……トップの総出で取りかかった制圧対象か? 駆け出しとは言うが、まさかああも言うことを聞くか。ふむ……仕方ない。アレは駆け出しではないな。ジムリーダー達に通告しておくか。私も相応のポケモンで対応しよう)
ミクのジム戦の難易度が上がった瞬間だった。