必死だった。
相手の手持ちは草の統一。
ゲームで言うなら笑えるが、ジムリーダーというリアルの、立場のある相手の場合。
今までずっと貫いてきたのだろう。
遊びと仕事は違う。ジムリーダーは言ってしまえば公務員みたいなものだ。
認められて初めて名乗れる。
そんな相手から、誘われた。
切り札の見せ合い。片方の切り札、メガシンカ。
ここで、切るのか。
一度しかない。
そもそも一度も使ってさえ居ないミクが。
ここぞという一番勝負に、果たして成功するのか。
重い。期待が、何故此処まで持ち上がる。
(ゲームの知識が、リアルで何処まで通用するか……。漸く、イメージ出来るようになったのに)
リアルの解釈を飲み込めるようになったのが現状。
知識を咄嗟に思い出して懸命に食いついた。
ミクはやはり思う。凡人。
普通なら余裕くらいあっても良いだろうに。
これだけの見てくれるギャラリー。
配信者の立場にチャレンジャー。
冷静になれない、食らいつくのがやっとの均衡。
出来ることを精一杯、表現するしかない。
メガシンカ、コルサは出来るのだろう。
だが誰だ。メガシンカのメンツでSVに内定しているポケモンをフル回転で思い出す。
相手は日照りを使う戦術をしてきた。
つまり、手持ちの構成は日照り起点の特性を愛用する可能性があるのだ。
「……」
……絶望した。
思いつく限り、極めて近い、一匹で完結する日照りを使う戦術を取り入れるポケモンがいる。
極めのような一匹が、該当していた。
真っ青になるミク。待って、相性が悪い。
せめてYならチャンスがあったのに。
「どうした? 顔色が悪いぞ歌姫」
コルサは不敵に笑う。
こっちの予想を顔色を見て、思いついたことを褒めるように言う。
やはり分かるのか、と。
客観的に見て、不利有利の前にメガシンカの経験値が出てくる。
その立場すら、解せるのか。
「貴様の美点。それは謙虚、そして正直さ。良くも悪くも貴様は素直すぎる。顔に出ているぞ」
やる前から彼我の戦力差を分かるから、青ざめる。
敢えてコルサが言うなら。
「怯むな。己を凡人と言うならば、その困難を乗り越えろ。誰だって初見は緊張するのは当然だろうに。だが貴様は私のキマワリを危惧し、立ち回り、追い込み、ドレディアを撃破した。それで? それだけの知識、何処で得た? 下調べなどしていないのは見て分かった。凡人と言う割りに、機転が回る。つまり調べる間もなく、知識が得てあるのだろう。ただ、貴様はそれを武器に出来る自信が無い。根拠の無い知識を信用できない。察するに……さては楽曲から得たな? 歌詞で得た知識など、確かに信用できまい。抽象的であり、空想を混ぜた知識ならば尚更な」
……転生の知識とは知らないが故に勘違いされていた。楽曲から得た。そう見えるようだ。
適当に頷く。絶句するオモダカと唖然とするネモ。
大興奮のナンジャモが、ミクが歌って強くなると宣伝文句のように言う。
それならそれでいいか。
前もっての知識はこの手の転生じゃ基礎だろうとは思うけど、現地にすればズルい事だろう。
ミクの表情が曇る。転生の負い目。
コルサはそれを否定する。
「卑下するな。貴様は最善手で得た知識を武器に出来ないという。それは貴様のこれからの課題だ。だが、私は貴様の手持ちなど知らん。ジムリーダーというのは、常に対策前提で戦う。だが蓋を開ければどうだ? 未知の相手に既知で挑むのは公平では無いと貴様は言いたいようだな。ふんっ、まるでガラルの騒がしい大会のような心意気よな。パルデアにそれを持ち込むとは、良い度胸だ」
「すみません……」
生意気だっただろうか。
チャレンジャーなら勝つ気で行くのが当然だから。
それを、自分勝手な理由で放棄した。
「謝罪を言うほどの無礼だと思うか? 甘いな、歌姫。私はこの心意気、非常に感銘を受けた。アーティスト相手にスポーツマンシップを持ち込む言動、実にアヴァンギャルド! 今まで一人も居なかった観点を貴様は持ってきた。良い刺激だぞ。私は貴様の行動を勝ちを放棄したとは思わん。寧ろ、此方のほうこそ無礼というものだ。私は今、私情に走っている。貴様との合作、これまでに無いほどのモチベーションで挑んでいる程にな。貴様のその不安を抱きながらも懸命に応える姿勢……誠意と受け取ろう! 貴様に足りぬモノ……それは、自信。だが貴様との交流でもう理解している。貴様は初音ミクを尊重するが故に、己はファンアート。自信は持てぬらしい。それでいい。相手を慮る感情を忘れず、感謝の念を抱くことは素晴らしい。然し、だ」
そう置くと、懐からメガストーンを取り出す。
指輪だった。綺麗な装飾品。
ジムリーダーは皆、指輪で持つとコルサが言う。
「それは逃げだ、歌姫。貴様はオリジナルでは無い。けれども、貴様は人形か? 違う。己の意思で模倣をしている。で、あるならば……。己が原典の代わりの広告塔になり、広まった知名度でそれを喜ぶのに自信は何故持てない? 簡単だ。貴様は怯えてるだけ。初音ミクを穢さぬように慎重を通り越した及び腰で、振る舞いを続ける。確かに悪くないが……その度の過ぎる及び腰、それこそ初音ミクのイメージを損なうぞ? 歌姫の基本は何だ、ミク」
……基本。
明るく前向きで、皆に夢や希望を見せる。
そう返答した。
「その通り。だが現実はどうだ? 貴様は初音ミクではない。分かっているだろう。貴様はミクというチャレンジャーで私に挑みに来た。その矛盾点を持つ限り、苦しむだけだ。もう少し、己を律するのを緩めろ。いい加減自分を持て。貴様は言うならば許された模倣犯。十分、初音ミクに貢献している。安心しろ。貴様は初音ミクの素晴らしさを広めて、その上で活動を支えて貰ったのだ。自分を持たぬのに模倣が出来るはずもない。それこそ笑い話。人は己を持たねば生きているとは言い難い。それでも続けるならそれを人は道化というのだ。初音ミクを語るなら、貴様は先ず己を何と見る?」
……自分を持つ。
自分の意思で、初音ミクの模倣をしている。
だったら。それはミクの意思。
どう足掻いても……ミクは。
「私は……いくら頑張っても、『私』なんだ……」
ミクは、ミクでしか無い。
「そう。貴様はオリジナルを広める為の活動する。まぁ、貴様からすると我々は恐れ多く、況してやアーティストとは言えないな。然しながら、一端の歌い手と名乗るには環境も人脈も十分だろう。歌い手ミク。それが貴様という定義だ」
歌い手ミク。コルサは言う。
オリジナルを崇拝しているのは絶対視と変わらない。
呪縛となって己を否定するくせに本家を広める。
その言動は道化。初音ミクの為になると思うな。
度の過ぎる謙遜は逆効果。
良いんだ、己を認めても。
これが、努力でなくとも。
容姿、声、名前が偶然で重なったものでも。
それはミクという一人の少女の取り柄。
だから。
「来るが良い、チャレンジャー。貴様が多くの者に希望を見せる歌姫ならば、こんな所で足を竦ませている場合か」
……自信を持て。
そうか。ミクは改めて思った。
自分を否定しすぎは、返って本家にも失礼だ。
許された身の上。だからこそ、イメージダウンの行動は出来ない。
でも結局、ミクの周りに居る人々は初音ミクを求めている訳では無い。
ミクの、本人の行動を求めている。自分自身の。
じゃあ、ミクの行動は何だ? と言われたら真似事をしたいという。
だからこうなった。全部、自分で望んできた結果。
なのに初音ミクを意識して自分を認めないという矛盾。
(……私は、私。初音ミクの肖っただけの立場。調子に乗らないようにしてきたけど。もう、過敏に気にするのは止めよう。やり過ぎると、気にして過剰に振る舞うと、どうしても私という性格が出る。それは仕方ない。私は初音ミクのそっくりさん。それだけが唯一の取り柄。転生で貰ったものだけど。このくらいなら……私としての生き方を、しても良いのかもしれない)
前世に未練は無い。今世を生きると決めている。
だったら。ガチガチに考えるのは止めようと思う。
今までのミクは必死だった。
イメージを保とう、周りを感謝して調子に乗らないように諫めていた。借り物だから。
これからもこのギフトを振りかざすつもりはない。
己とは言う気は無い。貰い物を、どう受け取るか。
ミクはずっと、自縄の呪縛として受け取ってきた。
その柵を、コルサは許せと求める。
……ミクは、決める。
自分を、今まで決めていたのに認めないあべこべな状態を、変革する。
そっくりさんが唯一の許された武器。
……いや、転生には在り来たりの知識もオマケ。
ズルいとも思う。苦労せずに貰ったギフトに、前世で持っている原作知識。
それを引っくるめての、ミクという存在が自分だ。
だったら……。
「……そうですね。私は自分の気持ちで初音ミクのそっくりさんをやりたいと思いました。なら、そのまま行きます。やっぱり、何処までも素人の凡人です。歌うことしか出来ません。これも初音ミクがあってこそ活きる事」
「あぁ。貴様は恐れを乗り越えるべきなのだ。己の中にある、絶対視と呪縛を。それだけで良い。それだけで、貴様は雛から自由に飛べる鳥になる。己を人形にしないために、機械にしないために」
誰かが言った。完璧な演奏や作曲なら機械でもっと気軽に、名作を量産できる。人で無くとも良い。
それでも人間はそれをしない。
芸術家は日々苦悩し、アートを生み出す。
多くはそれを求める。何故か。
個性だからだ。その人が持つ、個性に意味を皆は求めるのだ。
なら、初音ミクはどうか。
初音ミクという個性を皆は彼女に望んでいる。
それに応えて初音ミクは圧倒的人気を持つのだから。
……じゃあ、自分は?
自分の持ち味は、何だ?
ミクの取り柄。貰い物を呪いに変えてきた今まで。
枷にしてまで、己を殺す理由は、保身だっただろう。
その時点で、小心者のミクの性格は出ているのだ。
上から蓋をして、取り繕って振る舞っても。
別に、周りがそうしろと言ったわけでは無い。
勝手に思い込んで、ビビって、安全装置としてルールを決めている。
許された範疇。ふと思う。
普通に振る舞っていて、果たして初音ミクを愚弄する真似を出来るだろうか?
……出来ないだろう。
ミクの根本にあるのはチキンの心。
保身という在り来たりな理由だった。
その程度。その程度の理由で、過剰な枷をくっ付けて心理的に追い込んでいた。要は、臆病だった。
周りが笑顔になれば嬉しいのも。
本家の方に人が向かうのを喜ぶのも。
全部、自分の気持ちだったのに。
増長を恐れて、鎖で縛って身を封じて。
今もチラつくイメージがその証拠。
恐怖。自分が彼女を壊さないかという。
……よく考えろ。チキンが増長出来ると思うか。
臆病になるほどの小心者が、贋作すら烏滸がましいと自嘲するミクが、調子に乗れると思うか。
(……ないかな。私が例えナンジャモ氏とは行かずともバズって人気になったとして。本家の初音ミクを軽んじることは出来ない。怖いから)
そうだよね、と思う。
ビビりの自分が彼女を壊せる度胸が無い。
失態をするかもしれない。
それはもうミスだ。故意では無い。
気をつけている現状でもミスは起きるからミスという。
纏めると、ミクは全ての良し悪しを含めた自分を受け入れようと思う。
自分の意思で動いているくせに、自分を認めない矛盾を、超える。
「……ふぅ」
溜め息が出た。
そっくりさんとは本当に気が重い。
本家にリスペクトしつつ、自分との板挟みになりながら行動する訳か。
周りはこれがミクの個性だと思ってくれている。
この貰い物達、オマケの知識を含めた自分をミクと見る。
だったら。もう、それでいい。
「枷は取れたか?」
整理がついたのかコルサは聞く。
「はい。私は、私なんですよね。そっくりさんでも、結局他人で。ちょっと私は小心者なので、ビビりすぎていたんだと思います」
保身にあれこれ言い訳をつけていた。
理由などどうでも良いだろう。現実を見ろ。
周りが期待するのは、初音ミクのそっくりさん。
その言動だ。単純明快、自分のこと。
それから逃げようとしていた。動いているのに。
矛盾だらけ。呆れて、溜め息しか出てこない。
ビビりがパニックを起こして、逃げ惑いながら此処まで来たのによくもまあ、保てたものだ。
「私は、私だという自信……いえ、この場合自負ですね。それが無かったんだと思います」
「気付いたか。度の過ぎる謙虚さは嫌味だ。貴様は卑下と謙遜が染みついている。もっと堂々とするが良い。仮にも広告塔、その責任を背負うならそっちの方が楽だぞ?」
自信が無いからビビるのだ。
いや、性根がビビりだとしても。
それが否定や卑下の理由になるか。
ならないと思う。
ミクは、思っていたよりも卑屈だったらしい。
でも、コルサの叱咤と激励で、吹っ切れた。
「私は所詮、皆さんのおかげで立っている。だからと言って自分で自分を認めない言い訳を作っていい理由になるわけじゃない。……コルサさん、ありがとうございます」
コルサのおかげで、自縄自縛が解けたようだ。
もう、心にあった無意識の重荷が消えた。
軽やかにこそなれないけど、重たくもない。
緊張は続くけど、この足は竦まずに済みそうだった。
「フッ……。礼など及ばん。私が求めるのは最高の芸術。貴様が本来の貴様を出せるように導いただけのこと。貴様が周囲や初音ミクに多大な恩義を感じて、素直に振る舞い活動することを応援しているぞ」
「コルサさんにそう言って貰えるなら、頑張りたいと思います」
ミクに出来る恩返しも変わらない。
歌い手ミクとして、歌い続ける。
借り物、貰い物の呪いはもう要らない。
受け取った責任からも逃げない。
皆に少しでも笑顔や希望を見せられれば良いと思う。
「では。見せて貰おうか。貴様の奥の手……メガシンカを!」
「初めてですけど……頑張ります!」
そう言うと、互いにボールを放った。
「色彩を変えるぞ、メガニウム!」
コルサの放ったポケモンが出てくる。
予想通り、メガニウム。相性は良くない。
「行こう、リザードン!!」
初めてのお披露目だ。気合いを入れる。
初陣にリザードンは羽ばたいて出て来た。
「ほぉ! 二種のメガシンカがあるというリザードンか! 面白い、さてはあの警戒心からして黒龍のほうだな!?」
コルサが感心したように言う。
そりゃ知ってるよなとも思う。相手はジムリーダー。
「そういうコルサさんはメガニウムですか。……だから怖いんですよ。おおよそ、戦術も見えてきました」
ミクは見解を言う。
日照り軸のポケモンならいるとは思った。
「メガニウムを語れる程度の知識があるのか。こいつのメガシンカは最近発見されたばかりだというのに」
褒めるようにコルサは言う。よく知っている。
自分を受け入れたミクはもう自重しない。
容赦なく、暴露する。
「テラスタルなら恩恵は薄いでしょうし、そもそもリーフガードがメガニウムの性質上活きるとも思えません。なのに日照りがお得意と見えるコルサさんがメガシンカを誘うと言うことは、メガニウムだろうなとは思ってました。候補にフシギバナもあったんですが、日照りには無関係だったので」
「ククク……ッ! そうか、こいつの特性も知っているか。メガニウムも大概、初見で侮られるがメガシンカをしたら別物だと知らぬ輩が多い。貴様は知っているからこその絶望だったか。よくぞ見抜いた」
「太陽戦車を笑えるのは知らない人だけですよ」
そう肩を竦める。
因みに有効打なら博打のヤドランが候補になる。
が、半々で吹っ飛ぶので出したくない。
そもそもメガシンカ同士。全力を出そう。
「リザードン。土壇場だけど、よろしく!」
相方に頼む。リザードンは任せろと吠える。
手の内はバレている。
後は、あの大輪の花をどうやって対処するかだ。
「フッ……。では、始めようか! セッションの時間だ!」
「お願いします!」
二人はメガシンカを起動する。
トレーナーの意思に、メガシンカが反応する。
二匹を包む、光の繭。
それを突き破って、絆の進化が現れる。
「出陣だ、メガニウム! 焼き払え!」
「出来た……!! 行くよリザードン、鬨を上げて!」
大輪を咲かせた太陽戦車、メガニウム。
漆黒の翼に変わった龍、リザードン。
メガシンカ同士の戦いが、幕開けする。