案の定、初期スグリには憧れの否定は致命傷だったらしい。
オモダカが言葉を選び、導いても。
憧れという唯一の支えが、スグリに致命傷を与えた。
オモダカはこう言った。
スグリは故郷の伝承やミクに憧れている。
じゃあその、理由は?
具体的に、何処に憧れている?
まさかと思うが、ただ強いからと言う理由では無いよな。
それは、相手にとってとても失礼なことだ。
一面だけを見て、舞い上がるのはファンであって、このアカデミーの生徒としての見聞ではない。
伝承のことも、よく思いだした方が良い。
何に、憧れているのか。
スグリは……言えなかった。
何も言えない。格好いいと言うのは簡単だったが、言語化出来るほどの過程を得ていなかった。
強いから格好いい。それが理由だった。
でも、それは相手を見ていない。
勝手に神聖化して自分より上だと思い込む。
(俺にとっての鬼様は……一人で、戦った強い存在。アカデミーの歌姫さんもそうだと思ってた。けど、違うんだ。鬼様だって、何で一人で戦ったのか。俺、考えてなかった)
アカデミーの案内をされてから、スグリは学生寮に引き篭もった。
理由はシンプルだった。
憧れという唯一の支えを、オモダカが優しく諭したから。
ミクは相互理解を望んでいる。
でもスグリはただミクを特別として見ていて、コミュニケーションが成り立たない。
ミクは強い。ああなりたい。
そこはオモダカも認めた。切磋琢磨、大いに歓迎。
でも、そこに憧れというフィルターを持ち込むな。
アカデミーの代表に、ネモという生徒がいる。
スグリが聞いて目を見開く、最強の実績。
その彼女がどういう扱いを受けているか。
疎まれている。煙たがれ、敬遠されている。
ネモは天才だから。そんな理由で、孤立していた。
ミクが来るまでは。ミクはネモを天才とは言わない。
ただ、好きだから強くなりすぎたバトルマニア。
そういう区分で、ちゃんと真を見ている。現実を見ている。
孤立したネモは、その孤独を嫌がってミクを今育成しているという。
何時かは自分と対等に育てるように。
スグリはこうなりたいのか?
憧れているのは盲目と同じだ。
一度、冷静に分析を試みろ。
伝承のことも、ミクのことも。
何故、惹かれたのか。自分の中で、自分に問え。
そう言われた。だから引き篭もって、姉の癇癪を無視して、数日鑑みる。
そして、気付く。己は自分の弱さを嫌っていたのだ。
姉に頼り切りの依存で、自立できない自分が。
自分では意見一つ言えずに逃げる自分が、許せなかった。
それを小さい頃から、伝承で孤軍奮闘した鬼様を格好いいと言って崇めた。
……何も、分かってなかった。
思い出す。伝承のことを。
自己嫌悪するぐらい、愚考だった。
スグリは都合の良いように結果だけを見て憧れていた。
その至るべき感情や、物語の起承転結を無視して一部分だけを見て凄いと思っていた。
そういう事だったんだ。スグリは自覚する。
この憧れは、自分の情けない部分を否定したいが為の言い訳に過ぎず。
いや、純粋に凄いとも思う。
同時に劣等感というか、特別になりたいと思う自分がいる。
(見えてなかったなー……。さすがアカデミーの代表。俺の感情を説明できるんだもんな)
人生の先輩が、リーグのトップが、余程スグリの言動を言語化出来ていた。
自分でも気付けないモノだ。
言われて初めて気付いた。長年の憧れが、実はコンプレックスのようなモノだと。
参ったな、と思う。苦笑い。
要するに自分は特別に憧れる凡人だ。
ああなりたい、そう思うのはいいと言われた。
逆を言えば真似するなと言う意味だ。出来ないから。
特別は良くも悪くも、スグリには追いつけない。
スグリは思う。弱い自分を捨てたいから特別になりたい。
不純すぎないか。逃げじゃないか、こんなの。
凡人には凡人のやり方がある。
自分を変えるのに、他人を見て真似て上手くいくと思うか?
ケースバイケースの現実に、模倣で変革できるか。
劣等感。これか、スグリの言動の根本は。
姉への抑圧。周囲への嫉妬。
そういうのが欺瞞して憧れる原動力になった。
上手いこと言い訳になって誤魔化して、逃げている。
(嫌だな……。凄く、自分が卑怯な奴に思える)
アカデミーに来て数日。
答えを出して、こっちの担任の先生に人生の相談をする。
この卑怯な性根は、変われるだろうか。
美術の担当の教師を紹介された。
彼の悩みを聞いて、美術教師は言った。
卑怯と言うモノではない。誰しも一度は通るだろう。
気付けてもスグリは逃げなかった。
立ち向かい、どうするか判断に迷う。
素直に、弱さを受け入れるには強さが必要だ。
自分は弱いと認めるには、大人だって出来ない事もある。
それほど、難しい事なのだ。
人間は自分を見るのを嫌う。
認めるにはスグリは若すぎる。
弱さを見るのを避けるなら避けたい。
受け入れたくないプライドがある。
誰しも、自分を見ていて嫌悪するのは嫌いで嫌な部分が見えるから。
でもスグリは素直に弱いと分かったのだろう。
立派だ。変えようと努力する姿勢は、大人でも辛いのに。
大人になれば、自己を成立する故、変化するにももう遅い。
子供では経験値が足りない。そういうジレンマ。
敢えて、美術教師は言えることは。
どう望むか、だ。なりたい自分をリアリティのあるイメージが出来るかどうか。
無理の無い範囲で変えていけば良い。
その為に留学に来たのだろう。
学びたいなら、何時でもここにくるといい。
小生で良ければ、相談に乗る。
そう言われたことで、スグリのメンタルは初めて安定した。
大変なのだ。自分を変える事は。
頼れる大人。それがいて、初めて彼は脱皮できた。
姉にも一方的に言われても言い返せる自分になりたい。
結局、スグリが欲しいのは強さ。
精神的な自己肯定感。自信だった。
姉に抑圧されて、卑下する癖がついている。
だけど。そんなの、違うと言いたい。
自分は確かに卑屈な凡人だろう。
それでも、姉に頼るから言いように言われる。
だから、変わりたい。
もっと、自信を持って、スグリは堂々と生きたい。
「スグの癖に生意気よ!」
ってよく言われる。意見を言えばキレる理不尽な姉。
頼りになるけど暴君なのは、どうかと思う。
だから、こう言おう。
俺は俺。もう憧れに逃げない。
等身大の世界を、現実を、見る。
そう思い、アカデミーで過ごす。
みんな楽しそうに過ごしている。
この輪に入っても良いのか。
恐る恐る、対話に混じる。
留学生に、アカデミーの生徒はフレンドリーだった。
その中心に居るのがミク。
綺麗な歌声で、笑顔にする歌姫。
遠いな、と思った。こうして見ると彼女は特別な存在なのだと。
多分、振る舞いと立場から相応の期待を背負っているんだろう。
それでも、本人も笑っている。
楽しんでいる。今の生活を。
(前向きだな……底抜けに)
感じる。劣等感。自分に出来ない皆を明るく出来る才。
皆に伝えたいことを言える言動。
持ってないスグリには、羨望に見える。
凄いな、と思うのは仕方ない。
でも……。気付いてしまう。
(ミクさんに、友達って居ないのか?)
そう、友達がいないこと。
皆の期待を背負いながら笑う歌姫に、親しい友達が見る限り、居なさそうだった。
皆応援しているのに、それが一線を引いている。
その後、例のネモという生徒が来た。
その言動を見て思う。友達……だろう。
然し、手を引く先輩だ。面倒を見ている。
またしても対等じゃない。導き手。先導者。
……待ってくれ。ミクは既に孤独に無いか?
対等な友達が一人も居ない。コミュニケーションを積極的に取るミクは、相互理解を望んでいると聞いた。
大人、ファンクラブ、先輩……。
理解者こそこれだけいても、皆後方支援か先導。
同じ、隣に立つ友達が……いない。
ミクですら。やはり、特別な立場だから。
それはコミュニケーションを取る上で、重要では?
隣に居る友達が居ないのは、ネモもミクも一緒だった。
今はすれ違っている。先輩後輩、そこに行く。
……何故だろう。親近感が湧く。
何だ。結局、ミクも友達が居ないんだ。
対等な、凡人の友達が。皆の中心に居るから。
囲まれて、笑っているけど。
其処にはエアポケットみたいな、隣に空席がある。
外野から見たミク。肩書きを外して、本人を見る。
支えられた神輿のような、ガチガチの包囲網。
言い方は悪いが、逃げられないミクに同情していた。
逃げる気も無いからそれでいいのだろう。
一致団結しているのは良いことだ。
……で?
(混ざりたい……。俺も、ミクさんの輪の中に)
正直に言えば混ざりたい。
何て魅力的な集団。騒がしい、楽しそうな空気。
スグリはここで気付く。等身大のミクは、前向きで、明るくて、重荷を苦ともしないメンタルのムードメーカー。
同時に、駆け出しのトレーナーで、配信者で、まだまだ未熟な一人の女の子。
神輿の中身は、彼女も歌の才能こそあれども、トレーナーという部分なら未熟、もといまだ成長の過程。
……さて。憧れの正体に気付いたら、スグリはどうしたい。
歌姫というフィルターを外したこの目でミクを見た。
その上で、スグリは何を望む。
混ざりたいと言ったな。何故だ。
(友達になりたいんだ。凡人の俺でも。ミクさんの前向きさに、俺は焦がれる。あのメンタルの強さを、見習いたい。ミクさんの隣に立ちたい。俺も、一緒にその世界を見たい)
歌姫の色眼鏡を取れば、ミクという存在が特別で本人も自覚があるのも分かった。
その上で普通のトレーナーとして、友人になりたい。
もしかしたら。ミクと共に歩めば、自信が手に入るかも知れない。
一方的にならないか、不安だけど。足手纏いになるかもしれない。
でも、憧れという余計なモノを外して、現実を見て。
それでも望んだのは、交流。繋がること。
じゃあその前に、準備をしなきゃ。
対等な友達がミクには居ない。
外野から見て思う。トレーナーとしてネモは先輩、大人は保護者と責任者という。
だったら。トレーナーとしての友人になりたい。
共に切磋琢磨出来る仲間になりたい。
烏滸がましいかな、と思う。スグリも決して褒められる程の実力は無い。
でも、少なくとも。嫉妬や羨望は無い。
客観的に見て、自分は変わりたいと思った。
一人じゃ無理だ。姉は妨げになる。
ミクに思うこと、それは友達という隣の空席。
スグリも共に行きたい。
だから、今は勇気を出せ。
臆病な自分を変えるために、交流を持つ。
ミクの前向きさに、また一人接点が出来る。
思い切って、ミクに声を掛けた。
今日も輪の中心に居る。そこに不意に割って入る。
「ん? あー……留学生のスグリ君? 何かな?」
ミクはちょっと警戒している。
知っている。初対面での印象が良くなかった。
だから、思い切り情けないけど豪快に行く。
「俺もミクさんの集団に入れて下さい!」
頭を下げて頼み込む。何でこう、直球しか出来ないのか。
本当に情けない。でも、コミュニケーションには時として、直球も必要だ。
呆気にとられるミク達。仲間に入りたい。
直球その物に、ミクは別に良いとは言う。
「私の周り、賑やかだよ?」
そう確認のために言う。常に騒がしいのはダメなら止めとけ、という気遣い。
そんなこと、全然良い。寧ろその方が良い。
ミクに頼む。一緒に居る時間をくれないか。
空いている時間に、良ければ交流をしたい。
アカデミーの部分だけじゃなくて、ミクと共に世界を見たいのだ。
広いパルデアに何があるのか。
もっと知りたい。
「留学ってそう言うモノだからね。分かった、いいよ」
……此処までが、スグリの変化。
変わって、ミク。
スグリがどうやら色眼鏡を外してくれたことで闇落ちフラグがクラッシュすることに成功したのはホッとした。
等身大のミクを今は見ている。
歌姫ではなく、ミクとして普通に接している。
然し直球で仲間に入りたいと言ってきた。
内向的なスグリには一世一代の大勝負だっただろう。
警戒こそしたが、杞憂に終わって良かった。
問題は……。
「はぁ!? スグ、何勝手にやってんのよ!?」
姉のゼイユのほうか。気に入らないとスグリに文句を言う。
でも、驚いたことにスグリが反論した。
俺はミクと友達になりたい。
それがゼイユにとって悪いことか。
姉でもスグリの交友関係に口出ししてくるな。
これは、俺の意思だ。何が悪い。そう言い返した。
「……へぇ? 友達になりたい、か。いいのかしらね、そっちの歌姫さんは」
反論が意外だったのか、何処か嬉しそうに微笑みミクに聞く。
スグリの成長を妨げる気は無い。
こんな引っ込み思案が度胸のある真似をしたが、ミクは良いのか聞いてくる。
試すように。ミクがスグリの友人に。
こう言う部分を本編で裏目に出たのが不味いけど、今は良い。
「私は全然良いですけど」
敢えて笑って受け入れる。
ミク的には、同世代のスグリが輪に入ることを歓迎する。
なにせ似ているというが、ミクもビビりで小心者だったから。
その殻を破ったスグリの意見を、突っぱねるつもりはない。
受け入れる。迷惑では無いと。
「そう。アカデミーの顔に泥を塗るのはしないようにね、スグ」
「うん」
呆気なく、姉は交友関係を広げて来いと背を押した。
因みにスグリはクラスメイトだ。
彼はミクに彼是意見を言うし、問いもする。
アドバイスだったり、質問だったり。
気付くのが、視点が近い。
ミクの周りは大人として、先輩として、ファンクラブとしての意見が多いのに、友達になりたいと言っただけあって着眼点が未熟なミクに近いのだ。
「だから、ミクさんはもう少しこの部分は視野を広げるべきだと思うんだ」
「そうだね……。分からないもんだ、ありがとうスグリ君」
今日も教室で、お互いの勉強の範囲を意見交換。
向こうの学園は特化だけあって、スグリはバトルを得意分野だったが、逆に他の分野は遅れておりミクからスグリは覚えようと積極的。
ミクから得て、スグリから得る。
気持ちいい関係だった。
「何か、お互い立場が近いと楽だね」
「ミクさんには、居ないからな。俺みたいな近い目線の生徒とか」
核心のついた、スグリの指摘にぐうの音も出ない。
ミクも分かってはいた。友達が居ない。
理解者こそ溢れるばかり大勢居ても。
「俺、思うんだ。俺もこうしてコミュニケーションとって、ミクさんの凄い部分を感じて……俺ってやっぱりまだまだだって」
「お互い様だよ。私も結局、不相応のポケモン持ってるし、皆あってだし」
苦く笑うミクに、スグリは互いに呼び捨てで良いと言った。
気遣いは嬉しいが、互いに立場が近いと、他人行儀に思える。
「俺は本音から、ミクを友達だと思う。尊重する友達」
「あはは。照れるね、スグリ」
何の抵抗もなく、呼び捨てで言えるミクが居る。
そうか。やっぱり等身大のミクは、親しい友達が居ないと言われたらその通りで、スグリは友達だと言ってくれるのか。
これが友達。同じ未熟同士。
ミクはかなりアンバランスだが。
「なぁ、この後俺にアカデミーの近辺の情報教えてくれない? 俺、まだ手持ち弱いんだ。アカデミーで特訓するためにポケモンが欲しくて」
「どの辺? 四方によって、結構違うよ」
ネモが案内したように、ミクが案内する。
友達と出かける、よくある光景。
ネモがそうしたように、スグリに近場のポケモンを捕獲に出かけていく。
ちょっと、また分布図がおかしいと気付くもスグリは慣れた様子で奇襲して捕獲。
留学生は伊達じゃない。ミクのように手ほどきは要らないか。
こうして、ミクは進んでいく。
友人、スグリと共に。