道中、とんだ大騒ぎに巻き込まれたが事態は大きく前進した。
少なくともオモダカの介入によって、ミクの物語が動き出した。
取りあえず一日食ってアジトに間に合わないので近くの町のポケセンに寄る。
衣食住は基本的にアカデミーの生徒ならポケセンで補える。
中には野営する猛者もいるようだ。
今回で言えばペパーとか。彼は独断で動いて、主の討伐のあと、崩れた崖から口を開けた洞窟に向かって、そこで一晩過ごすと言った。
オモダカも理由を聞かずに自由にしていいと言う。
彼のトリガーを見抜いたのか、或いは理事長という立場で全て知っているのか。
兎に角、野営していく彼に連絡先を交換して、ミク達は町のポケセンで夜を過ごす。
ポケモンを休ませて序でに夜遅くに、悪役の化粧をしたプロレスラーみたいな女の子が尋ねてきた。
あと全体的に尖った空気の赤髪の少女も来た。
凄いブーツ履いてる。デカいのか歩き方が辛そう。
前者は何というか、似合ってない。物腰が柔らかいのに無理して偽悪を演じるような雰囲気。
後者も根が似ている。空気は怖いが。
でも、知っているミク。彼女らはスター団最強のボスと、喧嘩っ早さで強引に持っていく特攻隊長。
トレーニングの担当のアカデミーの特待生。
と、その前は普通の生徒だったらしい人。
「あなたがピーニャ君の言ってたミクさん? 私はビワ。よろしくね」
「……俺はメロコだ。お前のサポーターをしろって、ピーニャから言われてる。ぱっと見弱っちいな、歌姫ってのは。武器のお得意のネギはどうした?」
大きい身長の彼女に見下ろされて、突然の来訪を許して欲しいと言いながら名乗る。
ビワ、メロコ。
ミクに歌って欲しいリストと荷物を持ってきたのと、サポーターの交換。
ピーニャは先ず、あぶれた連中を切り離す為に、各自アジトの信頼できる側近に連絡して裏切り者を追い出す準備。
夜通し行って、戻ると言って向かってしまった。
勝手に動いている連中を炙り出すのに、時間は無い。
聞いたらなんかバリケード作って通行妨害までしているらしい。アカデミーの備品で。
通るなら通行料を寄越せとアカデミーの生徒に行っている。
近隣住民からの通報で警察が来たら即座に逃げる。
最早犯罪、アカデミー内部での恫喝である。
警察もバリケードの件は看過できず、速く退かせと言っている。
アカデミーに苦情が来ている。
早急に掃除をしないと。
「よろしくお願いします。……ネギはパルデア地方ではどのネギですか?」
「一般的な長ネギだよ」
香味として使うらしい。
確かに本家ミクは長ネギ持ってるけど。
生憎パルデア地方のそっくりさんはネギまでは拘らない。
兎も角、先ずやるべき事は膿の取り出しだ。
「連中、能天気に好き勝手出来てるのも今のうちだ。ピーニャがその気になれば三日もありゃ、切り離せる」
「速すぎるんですけど。私、駆け出しの素人ですよ?」
吐き捨てるメロコに、お前は後方支援だろうと言われるが、一応最初に注意するのはミクなので。
そもそもパルデア地方の全体に散ったスター団のアジト。
巡るには時間がかかる。
ゆっくりで良いのだが、最低でも宝探しの最中に潰せれば良い。
「トロいこと言ってるんじゃねえ。あんな面汚し、ぶっ潰すのに手間取ってられるか」
「メロコちゃん、急いでもミクさんの実力は私達とは違うよ。転校生で、しかもほぼバトルも野生のポケモンも未経験なのに無茶を言ったら大変でしょ?」
今回の主だって全体で、ミクを支えて打倒した。
決して良い経験だが、通常のケースにはならない。
ビワの指摘に溜息をついたメロコ。
「そういえばお前、一年だったな。しかも途中経過。暫くは普通のバトルの経験優先しとけ」
「はい……。即戦力は歌だけです」
ミクに出来るのは歌うことだけ。
その歌で、今回の騒動が肥大化して配信者になるわけだが。
主の討伐をスター団も支援する。それは聞いている。
岩を落とす奴、穴を掘る奴、砂漠の奴、湖の奴。
どいつもこいつも危険で死ぬかも知れないとメロコは言った。脅しではない。
山の方と、穴の郊外の方の主は近隣住民の迷惑だが、砂漠と湖の主は情報が少ない。
常時砂嵐の起きている砂漠の中心近くで目撃される影と、湖に浮かぶ魚影。
巨体以外の情報が無い。
「あと、そこの二カ所は野生のポケモンが強い。俺達でも率先して近寄りたくねえな」
「そうだね。砂漠は兎も角、湖の名前はオージャの湖。パルデア地方でもかなり強いポケモンの生息地。アカデミーから一定以下のトレーナーは立ち入り禁止の指示が出てる。町に近いけど、住人も広いし強いし、良いことないから近寄らないんだ。そこで目撃されているのがその魚影……。ゴシップ雑誌がインチキ書いてたと思ってたら本当に居たんだってビックリしちゃった」
人気の無いオージャの湖に住み着く魚。
さぞ強敵だろうと二人は言うが。
ミクは正体は知っているのだが勝ち目無いと思う。
何せ相方はメガシンカする個体だしナマズはインフレ事故の九世代の一般枠に生まれた最強の一般ポケモンだ。
先ずは必要な実力アップのために、ジムリーダーを順番に倒していく。
尚、このジムリーダー踏破にはナンジャモも巻き添えを受けて、向こうの配信でもう告知したらしい。
パルデア地方の歌姫そっくりさん、ナンジャモが一から指導してみた、という長期企画で。
早速受けたのか反響は大きいよう。
上々と聞くが、ナンジャモは怯えていた。
『ミスったらオモダカ氏に、今度こそ狩られるんだ……。もうボクには後がない! ミク氏、頑張ろうね! オモダカ氏に逆らったら君も狩られるよ! ボクはアオキ氏と違って図太くないからね!』
とか個人の連絡先をオモダカ経由で受け取って、早速来た連絡からビビるナンジャモに礼を言う。
確りやらないと配信行為をリーグという事務所に却下食らう。卒業という体の追放だ。
可哀想にオモダカの思惑でナンジャモはミクの保護者、スター団はリスナー勢。
ペパーは蚊帳の外、スパイスの回収は勝手にやれということか。
そもそも彼は黒幕の息子。
立ち位置が特殊なので、踏み込むのは危険だ。
整理しよう。
ピーニャ達が、追い出す準備をする。
ナンジャモはミクのジムリーダー踏破の付き添い。
及び主の攻略の同伴。
多分自分も戦うと思われる。
メロコはチームでミクのサポート。
ビワは今回は連絡をしに来ただけで、また自分の活動に戻るという。
シュウメイという衣装担当から受け取った荷物を持ってきた。
……これ、着ろと?
「私、本家に殺される……」
「何だよ、公式だって悪ノリしてんだから良いだろ」
メロコが呆れたように言う。
本家初音ミクの初代衣装だった。
制服着用の義務は、特例でオモダカから許された。
これ着ろ。着せ替え用に沢山ある。
シュウメイが歌姫の衣装に魂を込めて、いや削って作ったらしい。のちに徹夜連続でぶっ倒れたとか。
とんでもない裁縫師だ。
雪ミクなのに、初代ミク?
キャラが迷子になっている。良いけども。
早速試着してきた。
「うわあ、凄い。そっくりさんって言うけどホントに似てるねメロコちゃん」
「ビワ姉の言うとおりだ。マジで生き別れの妹か何かかお前?」
「他人のそら似です……」
いや、似すぎだ。
初音ミク、パルデア地方に降臨しちゃった。
これで動くと大騒ぎになるから、上から羽織って隠しておこう。
どの道、早速。
「よしミク。試しに歌え。曲は滾るようなロックで頼むぜ」
「私のレパートリーにロックは難しいかな……」
どちらかと言えばバラード。後はポップス。
練習しないと歌えない。ビワからリストを受け取る。
凄い選曲の数。全部覚えろと?
「皆聞きたいって言ってて……これでも省いたんだけど」
ビワのセリフに嘘やんと思うミク。
どう見ても持ち歌のレパートリーの数倍はあるが。
取りあえず頑張って歌うか。
大体ミクの配信者の区別は歌い手。
歌ってみたであって、これが本業。
ザッと目を通す。歌えそうな曲を選んで、スマホで原曲聞く。
数回リピート。……オッケー、サクッと覚えた。
「分かりました。即興ですけどアカペラで良いですか?」
「おまっ!? これだけで音程から歌詞から何まで全部今ので覚えたのか!?」
メロコが出来るわけがないと驚くが。
唯一の武器、ご照覧あれ。
アカペラで、フルで歌う。それだけがミクの武器だ。
数分後。
「……おいおい、本当に即興か? 我流でここまで初音ミクとして振る舞って歌えるのかよ。信じらんねえ……」
愕然とするメロコとビワだった。
即興で覚えてたのに音程のズレもない、歌詞の間違いも無い、感情や抑揚も完璧。
歌姫、初音ミクがここに居た。
「私、言葉が出てこないよ……。オルティガ君がチケット出すってワガママ言うだけの理由、分かったみたい」
「ビワ姉、この分野じゃこいつ規格外だ。即興って言っててこれだぜ? ナンジャモと組んで歌ったらヤバくねえ?」
「ジャンルが違うとは言え、パルデア地方のインフルエンサーだもんね。組んだら……」
「あぁ。爆ぜるな、絶対」
ヒットは素人でも間違いない。
音楽に関してはミクの補正は本家のそれと大差ない。
そっくりさんでバズったと聞いたが直で聞いて思う。
「音楽の化け物だわ。お前、バトルよりこっちの特化が絶対に強いよ。もう此処まで来たら初音ミクを名乗ったポケモンみたいなもんだろ」
「歌声で人が狂う……か。メロコちゃんの言うこともわかるかな。歌で心が揺さぶられたの、久々だ……」
感動で震える指先。魂に、心に、揺さぶりがくる。
ビワは化粧が涙で汚れそうになっている。
メロコは拍手喝采。感服した。
「これしか出来ないですからね」
歌い終えたミクが苦笑い。
感動は嬉しいが、本家あってのミクだ。
ファンアートの域は超えたくない。
「うちの連中の士気が爆上がるな、こりゃ。だって聴きたい曲頼めば歌ってくれるんだぜ? 金取るプロに、贅沢なお願い言ってるようなもんだ」
「そうとしか言えないね。贅沢なお願い。本当に贅沢な時間……。最高だったよミクさん、ありがとう」
「無茶振りにありがとな。って言うか俺の場合、音楽性の違いをお前に言われても頷くかもしれない」
満足して貰えたようで何よりだ。
……で。
「何で録音してるんです?」
ちゃっかりメロコがスマホで録音していた。
オルティガにお土産と自慢に使うらしい。
「あいつはクラシックとか聞き飽きたって言ってな。お土産にやるんだよ。シュウメイはアニソン聞きたいって言うからついでに頼むわ、ミク」
「アニソン得意ですのでお任せを」
良かった、ミクもオタクで。
シュウメイも衣装のお礼に歌わないと。
数曲、歌おうとすると、メロコのスマホが着信。
相手はそのシュウメイからだった。
「おう、どうした?」
彼女が通話に出ると、興奮気味の声で何か叫んでる。
やり取りしていくと、アホかとメロコが突っ込む。
「ここで今すぐに聞かせてくれってよ。置いてけぼりにされて発狂しかかって、バカかあいつ」
初音ミクのファンだというシュウメイが、通話越しで良いから聞かせて、聞きたいからとごねているそうだ。
そんなことで良いなら。
「素敵な衣装のお礼に、全力で歌いますよ! 何から始めましょうか?」
もう良い。開き直るミク。
此処まで来たら夜通しライブの時間だコラ。
「えぇ!? ここ普通のポケセンだよ!? ストリートライブみたいな、良いの!?」
「気前が良いなミク! ビワ姉、皆に繋げようぜ! こうなりゃライブだ! シュウメイ、グロッキーは言い訳にしねーぞ! エナドリがぶ飲みで飲んでこい! 寝かさずに死ぬまで聞いてけ! オルティガも呼ぶからな!」
成り行きでアカペラのライブになった。
困惑のビワに、ノリノリのメロコ。
良いに決まってる。旅路の前夜祭だ。
歌う主賓が自分だが、細かいことは気にしない。
折角スター団の面々が来てくれたのだし、そっくりさんのライブでも最早初音ミクのなりきりでやってやる。
この夜だけは、身内で歌ってみようと思う。
ピーニャにも繋ぐ。移動中の音楽として最高じゃん! と彼も賛同してくれた。
挙げ句に、同じポケセンに寝泊まりするアカデミーの生徒が騒ぎに気付いて寄ってきた。
寝間着で来た多くがコスプレミクを見て目を丸くする。
こんな夜中に本物!? と混乱する前に思い出す。
彼女はアカデミーのミクだった。
それが突然今宵、夜通しでライブしたいので聞きたければどうぞ! リクエストも受け付けます! とか言いだしたら大騒ぎになる。
どんちゃん騒ぎである。
ポケセンの人に事情を言ってわざわざミクが大部屋借りて、集まる生徒達。
即興のアカペラで歌うけど何が聞きたいと言うや、次々と飛び出すリクエスト。
サポートに徹するメロコとビワが多すぎるリクエストに一同落ち着けと言いながら、大熱狂の中で始まるゲリラのライブ。
即興故に覚えながらだから、かなりテンポが悪い変わりに、あらゆるジャンルの歌を初音ミクとして歌っていくミク。
観客は喉のお供に温かいお茶まで差し入れに持ってきてくれた。
「わぁ、ありがとう!」
歓迎されている。選曲を纏めると、まあ多い。
先んじて言っておく。朝方まで持ちこたえる勇気はあるか?
一同、盛大に盛り上がって大丈夫と返答する。
『おぉ!! 我が仕立てた衣装をミク殿が……!』
『おいシュウメイ!! ちゃんと起きてろよ!? 折角寝ようと思ってたのに、これじゃ寝られねえじゃん! ったく、こんなん徹夜でも何でも聞くしかないだろ! 不意打ちでサプライズ持ってきやがってメロコの奴! やっちまえ歌姫!! お前がパルデア地方の初音ミクに相応しいっていう証明の時間だ!』
シュウメイとオルティガが中継で応援してくれた。
ハイテンションでミクも皆も盛り上げる。
旅の前夜。ミクと皆で徹夜のお祭り騒ぎ。
歌ってみた系配信者の練習には丁度良い。
先ずは出来ることから進めていこう。
「じゃあ、先ずは皆さんご存じこの歌を――」
こうしてポケセンの大部屋がライブ会場に。
ミクの歌声が、明け方まで響くのだった。