サケブシッポをゲストとして捕まえたミク。
これでとうとう、手持ちが超えた。
一度アカデミーに戻って、状況を整理したい。
ボウルタウンに到着したミクは、タクシーで学校に戻ることを提案した。
一応歌声で付き添うが未確認という扱いのサケブシッポ。
これを報告しに帰らなければ。
一同、滞在して待っているから行ってこいと言う。
担任には知らせてある。仰天だったが、未登録のポケモンはどうやらアカデミーにもう何匹かいると聞く。
一律、同時期に見つかったらしい。
何かの偶然か、はたまた理由合ってか。
兎に角、タクシーを呼んで学校に翌日には戻った。
ついでに少し授業を受けることとする。
テラスタルの許可が欲しい。
受ければ可能なのだろう。
取りあえず戻る。学校は閑散としていた。
皆外に出ているので、アカデミーに残っているのは教師と理事長ぐらいだろうか。
そんな中、担任に合流。経緯を語った。
「サケブシッポ……うーん、やっぱり。案の定オカルト記事のポケモンですねえ。他にも居るんですよ、このオカルト記事のポケモン。結晶洞窟から出て来てみたいで」
担任が言うには、結晶洞窟という場所から逃げ出した個体。
結晶洞窟自体はパルデアによくある、珍しいポケモンがいる謎の洞窟。
近寄ると吸い込まれてボスのように待ち構える常時テラスタルのポケモンと戦う羽目になる。
普通は徒党を組んで挑む。不用意には挑まない。
これは結晶洞窟というものがそもそもよくあるとはいえ皆、理屈は知らないからだ。
授業で習うが、テラスタルのポケモンと戦う、複数名で行くのがベスト、普通に強い、洞窟内部ではアイテムが何故か使えない、追い込みすぎるとキレた相手にビームで出口に吹っ飛ばされるなどの内容は聞ける。
理屈についてもテラスタルは余所でもあると言えばある、ごく一部の地域と施設だけという謎だらけの結晶洞窟。
そこは中から逆を言えば本来『檻』であり、中のポケモンが脱出することは出来ない。
なのに、このパラドックスポケモンは脱獄した。
本来いない古来のパラドックス、その多くが生徒を傷つけて大騒ぎになったという。
知らなかったが、よく見たらニュースになっていた。
……残念ながら普通の生徒は太刀打ち出来ず、オモダカ率いるチャンピオンクラスがネモ含めて緊急出動。
全体に散った無数のポケモンは皆捕獲されて、隔離施設である例の場所に放り込まれ、封印されている。
だが、特に凶暴でボールを内部から破壊して移動できないほどの暴走を繰り返す個体が居る。
それが現在、アカデミーに何重にも捕縛されているポケモンらしい。
それに比べたらサケブシッポは大人しく、既知の変わった個体程度の認識である。
「ミクさん、凄いですねー。この手の凶暴なポケモンなのに、歌で勝ったんでしょう?」
「勝ったって言うか、ジャンルが違うって言うか……」
微妙な表現に困るミク。
サケブシッポという名称は原作通り。
担任は知っていた。パラドックスポケモン。
例の場所で観測されている、矛盾点。
古来のパラドックスポケモンは居ない訳では無い。
そう言えばそもそも、原作でオカルト記事に載ってる時点で存在は示唆されていた。
それでも、稀少で気性も荒い。
学校に戻ったのは、手持ちの整理や授業を受けてテラスタルオーブを貰うためでもある。
その授業も、今日から数日で受けて他の科目も受けることになった。
特にメガシンカ。リザードンの力を理解するために。
スター団の面々からは、お前は相手に寄り添うことが出来る歌姫。
きっとメガシンカも使えるだろう。そう言われたが、自信は無い。
まだまだ、半人前の未熟なミクだ。
手持ちと仲良く、頑張りたい。
だからサケブシッポはアカデミーに預けようとするが……。
本人が抵抗する。ボールの中でゴトゴト暴れて、挙げ句に勝手に出て来て傍に居ようとする。
担任のジニアも驚く、完全に懐いている状態。
「あの凶暴性がまるでない……。二人は何で繋がっているんです?」
「歌……ですかね」
強いて言うなら、歌。
違うジャンルを歌う、歌い手同士。
結構なジャンルは歌えるとはいえ、ミクは基本的に万人受けするタイプ。
シャウトを響かせるサケブシッポは言うなればハードロック・ヘビーメタル。
これは分類上、区別がミクの知識では難しい。
ロックンロールを過激にしたもの、だろうか。
そのぐらいしか分からない。
軽音部でやるポップスとは違うのは分かるけど。
ロックンロールならまだしも、ハードロック・ヘビーメタルは好みが分かれる為に中々どうして、ミクもチャレンジしにくい。
だけど音楽性の違いは対立関係に陥る原因。
譲歩するべきなんだろう。
つまり、ミクもロックンロールをもう少し頑張って、ヘビーメタルに首を突っ込むのもありではないか? とも思うわけで。
サケブシッポを否定せずに得意分野が異なるなら立場は一緒。
彼女、とこの際明記するが彼女は普通の歌が音痴。
ミクはやったことがない。だから何も言えない。
どうしても彼女は離れたくないらしい。
引っ剥がす事はあまりしたくないが……。
仲良くやってるメンツに、入れるべきか?
素人は多頭飼育を出来ない。
金銭的にも、負担も大きい。
……でも。歌で繋がったのなら。
「……分かった。後で名前つけようか。仮称じゃ不便だもんね」
根負けした。
彼女の熱意に応えて、一緒に行こう。
その代わり、最初に捕まえたマリルリをアカデミーに預けた。というか、丁度来ていたネモに託した。
「あぁ、マリルリ? 大丈夫だよ。私も多頭飼育してるし。ミクがこの子を私に託すなら、任せて」
頼もしいことを言う最強。
マリルリは大きな反応は無かったが、事情を理解したように首肯した。
ありがとう、とお礼を言ってまた一緒にセッションしようと約束する。
ミクではマリルリは頼れるけれど、マリルリにはもっと相応しい相手が居る。絶対王者、ネモが。
面倒見の良いネモなら、この子も。
「モスノウ、譲渡して貰ったんだけど……」
「あー……波長が合わない? 仕方ないねぇ」
モスノウだった。この子もネモにお願いする。
一回共にバトルしたが、ミクではモスノウが何を考えているかよく分からない。
言うことは聞いてくれるけど、こっちの意思に反応が分かりにくい。
コミュニケーションが割れる前に、機微を悟れるネモの方が良い。
だから、お願いした。
翌日からアカデミーで授業を受けて、部活にも放課後顔を出す。
先日演奏してアカデミーの動画の編集を終えて暇をしていた先輩達が、先の巨大ポケモンを連携して討伐したミクがスター団に応援されて配信者になって尽力すると言うと、事情があるとは思うけど頑張って、と言ってくれた。
ミクの目的は主の討伐と、リーグの制覇。
共に行くスター団の更生。
おおよそ予想通り。
それから、彼女を見せる。
チャンピオンクラスが総出で倒したパラドックスポケモン。
その中でも、可愛い方のビジュアル。
名を、
「この子はアラモード。プリンみたいだけどちょっと違うポケモンです」
「プリンにしてはデカくない!?」
ミクの名付けはアラモード。
本人も気に入ったようで、アラモードはノリノリでスタンドマイクを掴むと、雄叫びを上げる。
アンプで増強された咆哮は学校中に響き渡る。
音楽室の遮音性を易々と余裕でぶち抜く。
……それが、例の何重にも捕縛されているポケモンに勘付かれたとも知らずに。
アラモードはこれが得意分野、軽音部で演奏出来ないか相談したいとミクは言った。
「うっわー……ミク、これまさかのヘビメタ? 喉潰れるよ? パンクロックとかそっちなら出来るけど、パンクロックは前提がヘビメタのアンチなんだよねー」
「そうなんです?」
音楽の歴史において、パンクロックはヘビメタの技巧に走るスタンスを否定し、ロックの初期衝動に立ち返るという経緯だそうで。
ヘビーメタルは難しいが、パンクロックならストリンダー持ってるしそれでも良いかアラモードに聞くと、彼女は笑顔で吠える。
大音量で、耳鳴りがするほどの返答はキツい。
じゃあ試しにミクが知っている有名なパンクロックを演奏する。
歌詞は分かる。でも、ちょっと物足りない。
もっとこう、過激に。何かないかスマホで探す。
偶然知ってる曲発見。
全部英語で、空耳で超有名なヘビーメタル。
アカペラでやってみることにした。
皆に聞いて欲しいと言って、深呼吸して歌い出す。
初音ミクの、初めての絶叫。
「――ッ!!」
初手で音をぶっ壊す演奏に合わせるように、歌詞も過激に叫んだ。
流暢な英語で、内容はこの世界に俺の居場所を刻むというもの。
まあ空耳で有名なヘビーメタルなので皆直ぐに思い出す。
これなら良いかな、という感じで。
捲し立てる怒濤と勢いで、然しミクは喉が潰れずに苛烈に歌う。
……遠くで聞こえるその歌声を聞いて。
のそりと、封印された獣が頭を上げた。
良い心地の歌声だった。
意味も分からない歌詞なのに。
燻る本能が、刺激される。
「……」
目覚めろと。
覚醒せよと命じるのか。
この滾る野性を、解き放てと言うのか。
誰もが否定して封じたこの存在を、歌声は肯定する。
……良かろう。獣は笑う。
獣性を後押しする行為の意味を獣は知るから笑った。
この声は、己を昂ぶれと言うのだ。
この声は、己の鎖を食い破れと言うのだ。
良かろう、良かろう。素晴らしきかな。
獣は大いに喜んだ。
嘗ての死闘を、狂騒を、闘争を思い起こす。
昂ぶってきた。荒ぶってきた。
……良かろう! 良かろうッ!!
「ギャアアアアアッ!!」
初音ミクの絶叫は、鎖を食い千切る牙になった。
歌い終えた頃。遠くで、龍の叫びを聞いたミク達。
慌てたように教師が音楽室に入ってきた。
避難指示。抑えていたポケモンが脱走した。
こっちに来る。早く逃げろと。
緊急事態にミク達は直ぐに部室を出る。
だが、獣は速かった。
近くの廊下の窓を突き破って、巨体で侵入。
ドスンと、廊下に舞い降りる真紅の三日月。
「……」
ニヤッと笑って、行く手を阻む。
全員命の危機を感じた。
標的にされた生徒を庇う教師。
こいつは、こっちを狙っている。
「トドロクツキ……」
思わずミクが溢す、仮称。トドロクツキ。
アカデミーがどうしても移動できずに止むなく封じた獣。
その獣が、眼前にいる。
獣が歩み出す。ゆっくりと、目標を見て。
つまり。
「……私?」
トドロクツキは、ミクを見ていた。
期待の目。口を歪めて、犬歯を見せて。
もう一度。もう一度、聞かせろ。
そう言いたげな表情で。
ミクには、そう見えた。
ミクに逃げろと教師が留める中で、一人だけ一歩。
庇う前に、出る。笑顔を持って接する。
「……お客様なら、誰であろうが私は歌う。トドロクツキ、選曲は何がいいの?」
対応を間違えている。血迷ったか。
逃げろと周囲は言うのに。
ミクは、不思議と微塵も怖くない。
このポケモンは、歌を聴きに来たただの観客。
なら、逃げる方が無礼だ。折角来たのに。
「……」
トドロクツキは、黙って頭を下げた。
耳に、よく聞こえるように。聞く準備を、行う。
気性が荒いなら、もっともっと、激しい曲調で。
狂うほど、滾るほどの心を込めて。
全力で、熱唱しよう。
「さっきの歌を聞いてくれたのかな。なら、アンコールに応えて、うるさくいくよ?」
「……」
雰囲気は急かしている。
そこまで焦れったいか。
なら、もう一度。思い切り、歌う。
知っているから音楽は要らない。
必要なのは、歌詞に心と熱を入れてトドロクツキにぶつけること。
それこそ、わざわざ脱獄してまで来たんだ。
歓迎しよう、盛大に!
さっきよりももっと声を出せ。
揺さぶれ、野性を刺激しても良い。
相手が聞き入って夢中になって襲いかかってきても。
それだけ、リスクがあっても。退かない。歌う。
これだけが許された武器。種族を超えて繋がる方法。
命懸けで、ありったけの熱と感情を、届ける!
「ギャアアアアアッ!!」
歌う最中、トドロクツキも雄叫びを上げ楽しそうに舞い上がる。
狂喜乱舞のようだった。
ミクの歌声に、ダンサーのように共に暴れ出す。
廊下を、周囲をめちゃくちゃに壊す。
でも決してミクには攻撃しない。寧ろミクが助長させる。
「鼓動が足りないよ、トドロクツキ! それじゃあメガシンカに似てるだけの、私と同じだ! アラモード、一緒にやろう!」
呼ぶと、アラモードが飛び出してきた。
こっちもだいぶハイテンションで、出て来て早々遠吠えして笑う。
トドロクツキも合わせて暴れる。
もう見境のない破壊というセッションだった。
二人のシャウトと歌声に、ノってトドロクツキは暴走する。
さながらロックバンドのライブで興奮しすぎてパイプ椅子をぶん回す厄介オタクのような言動。
血走った目で、野性剥き出しで二人の二重奏にポケモンは荒れ狂う。
騒ぎに気付いたオモダカが現場に来て愕然とする。
ミクが、あの手を焼いた獣と楽しそうに歌っている。
壊す、壊す、崩す、崩す。
でもお互いにこれはライブだと理解している。
互いは傷つけない。
瓦礫の山になった廊下で、天井も床も壁も見えるモノ全てを壊して。
なのに、ミクはもっと魂と熱を上げろと要求する。
トドロクツキが応えるように吠えて、更に暴れる。
「ミク、普通に笑ってるよ……。これも過激派のライブみたいに思ってるの? 度胸あるなぁ……」
そう軽音部の先輩は最早呆れていた。
パンクロックやらハードロックやらヘビメタやらの音楽の事を言っていた矢先にこれだ。
事情を聞いて、オモダカが解する。
トドロクツキの熱に、ミクの歌声は響いたか。
あまりの凶暴性でトドロクツキを、知性の無い獣だとオモダカ達は思っていた。
違ったようだ。野性の中に知性がキチンとある。
ミクのこの暴挙、もといライブは飛び入り参加のゲスト出演に過ぎないのだろう。
もっと飛ばせと野次ってもトドロクツキはぶっ壊すという表現で返答する。
「楽しそうですね、ミクさん」
後ろから呆然とする皆をおいて、乱痴気騒ぎのミクにオモダカが苦笑して聞くと、
「オモダカさんも一緒にやりますか!? トドロクツキの要望、これで良いですよね!?」
アラモードと共にデュオの絶叫をして、ミクは振り向かずに叫んだ。
やりたい放題に壊しているが、あのトドロクツキが共感した唯一の相手だ。この位は目溢ししておく。
「雑音、ノイズのような激しい曲調……。私の趣味ではありませんが、音楽の多様性は素晴らしいですね。言葉で通じ得ないポケモンとすら、理解し合える。ミクさんの才能は、ある意味……既にネモさんすら超えているのかもしれません」
褒め称える。本気でそう思う。
相互理解においてミクは音楽の趣味さえ合えば誰とでも通じ合う。
破壊という行為は、荒ぶるポケモンの野性だから仕方ない。怪我しない所か、共に歌声で暴れるミク。
天賦の才。末恐ろしい生徒だ。
歌で繋がったのなら獣すら理解出来る歌姫。
「はぁ……はぁ……」
一通り歌い終えたミクだが、トドロクツキはまだ冷めない熱と感情で興奮している。
呻り声を上げて、強気に笑みを浮かべている。
「いやぁ、ヘビメタもいいかも。今度から人を見て歌おうか、アラモード」
アラモードと名付けたサケブシッポも連れ歩くミク。
大したものだ。誰に出来る、こんな芸当。
本人は謙遜しているが、音楽という一点は本当に怪物だとオモダカは思う。
「ミクさん、そのポケモン……トドロクツキを、貴女にお願いしても良いでしょうか?」
満足げに大人しくなったトドロクツキを見て、彼女の歌声なら言うことを聞くだろうと判断して、オモダカは言った。
「……はい?」
とうの本人は、重大さを分からぬまま。
この日、ミクには二匹のパラドックスポケモンが任された。
サケブシッポこと、絶叫系プリンアラモード。
そしてトドロクツキ……命名、最強の龍を願ってバハムートを。