相当暇なときに書きます。

鳩の特徴
・穏やかで人懐っこい
・知能が高い
・縄張り意識と執着心が強い

・生涯同じパートナーと添い遂げる

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羽鳥さんは、強いて言えば鳩みたいな人。


鳩ぽっぽ

 

ヴーーーン、と遠く航空機の音、じりじりとした夏の青く貼り付いた陽射し、休日昼間の屋上から放射する漠然とした時間の流れを、広い床に転がって仰向けで受け止める男女。そして数羽の鳩。

 

少女の長い黒髪は原稿用紙に零れたインクのようだ。マス目状のコンクリタイルの上、綺麗にぶちまけられている。

 

羽鳥さんはふっと笑い声を放って、それを飲み込むように言った。

 

「君のことが、好きだよ。恋愛的な意味ではなく」

 

綺麗な横顔だ、と悠上は思った。

一羽のドバトが小さく跳ねた。

 

「俺も、好きです」

 

情けない自分だ、と悠上は思った。

返答のち、急に静寂が張り詰めて。

心臓の鼓動は盛大になって、それはもう校舎じゅうに伝わって大きく響いてるような気がした。

 

一つ年上の羽鳥さん。こと羽鳥 枢楽(はとりすうら)と悠上 弘(ゆかみひろ)は、幼なじみでも同い年でもないものの、縁があって昔からの知り合いだった。

 

羽鳥家は、悠上の祖父がやってる店の常連であり、また悠上家は羽鳥の父がやってる店の常連。

幼い頃からよく顔を合わせ、偶に家族が宜しくしている間に遊ぶこともあったが、それぞれの家自体は街ひとつ分離れていたため、友達と言えるほど親しくもなれなかった。

 

ふたつの街の間にあるこの高校は、そんな二人を繋げた。

 

知り合いのおらず不安な思いだった悠上と、その気ままな性格ゆえにどこか孤立していた羽鳥。

先輩と後輩という間柄を越えて、いつでも会えるという喜びの地続きに、二人は互いにとって誰よりも時間を分け合う相手になった。

 

(───恋愛的に)

 

今からでもそう付け足そうか?

思いつきのその瞬間、宙ぶらりんの言葉。

 

しかし悠上はよく分かっていた。言われて分からない訳もないが。

 

(羽鳥さんは、俺に恋愛感情とか、ない。)

 

昔からそうだ。彼女は男友達らしいとも女友達らしいとも言いようがなく、というか友達らしくもなく。

 

掴みどころない彼女がどこか居心地よく、そして素敵だと思っていた。

掴もうともしないままでいたのだった。

 

そうして悠上が、何かを言おうとして開けた口を、溜息ひとつで閉じ切ってしまったときだ。

 

じめっとした後悔を、キーン、と涼しげに開け放つ風鈴のような声が飛ぶ。

 

 

「ならさ、付き合おうよ」

 

 

羽鳥さんは、いつも通りのすまし切った顔。

綺麗な横顔は、屋上のフェンスを大きく越えて、遠く、雲の切れ目まで繋がっている気がした。

 

そう、あの大きな雲も突き抜けるような風だ。

僕らに吹き付けたその風に飛び乗るように、数羽のドバトが飛び立った。

 

「いや!?いやいや、えっと、あの羽鳥さん、今、しがた、あの、」

「付き合おう」

「付き合おうって言った?……俺のヤバい聞き間違えじゃないよね?」

 

「言った。付き合おう。何か問題がある?」

 

悠上はぐあっと身を起こして、曖昧な調子で叫ぶ。

 

「羽鳥さん!って、その、恋愛的には好きじゃないよね?俺のこと」

「友人として大好き。そしてなんであれ弘は私のことが好きなんでしょ」

 

羽鳥さんとちらり目が合う。

 

「いや、好きです、けど……その……」

 

横顔が、にいっと綻んだ。

 

「さあ付き合おう。早めに」

「早めに!?」

「つべこべ言わず」

「つべこべ言わず!?」

 

あまりにも強引で意味不明で、いじらしさの欠片もない告白。

それがどうしようもなく嬉しいような、寂しいような、心の底から取り直して反芻する度に悠上の表情はぐにゃぐにゃとうねる。

俯いた足元を、一羽だけ取り残されたドバトが気ままに通りすがる。

 

「やっぱり君は感情豊かで楽しいね」

 

そりゃ羽鳥さんが楽しい性格してるから。

 

「ちょっと、その、不思議だから」

 

呻くように床に捨てられた悠上の言葉。

羽鳥さんはそれをひょいっと拾い上げるように言う。

 

「こういう私は嫌?」

 

……嫌な訳、ないけれど。

 

「いや……その、恐縮ながら……同じ心持ちでいますが」

 

何だか俺は、やっぱり情けない自分だと、悠上は何度だって思い知らされる。

俺は羽鳥さんのことが恋愛的に好きで、でも別に、今だって彼女のことはよく分からないし、釣り合うだなんて考える段階にも居なかった。

嫌な訳、ないけれど、

付き合って良い訳も……。

 

「よっしゃ大好き、付き合お」

「いやいやいやいや!」

「往生際が悪いな」

 

どっちが。とまで思う。

この人は何か盛大な勘違いをしているのではないか?

 

「なんか!もっとなんかこう」

 

バタバタと、もがくように助走して。

本意に反した意を決した悠上は、飛び立つように言い放つ。

 

「付き合うというのは!恋というか、一緒に居たらドキドキして、自然と目を奪われるような、本気で夢中になれるような。付き合うってのは、そういう人と」

 

「まあ確かに弘と居たって一ミリもドキドキしないし、あの太った鳩とかの方が目を奪われるとこある」

 

羽鳥さんはすらりと躱すように、フェンス脇を歩くドバトを見やって言った。

 

ドキドキしないし、恋愛的には肥えた鳩以下なんだ俺……。

ならば。そう言いかけた悠上を制止するように羽鳥さんは続けた。

 

「でも、だからこそ付き合いたいよ」

 

肥えてもいない鳩と、付き合いたい訳がない。

まず鳩という時点でノーだと悠上は思う。

 

「どういう……」

 

「いや……だって、一緒に居るだけで不整脈になったり、視線を勝手に奪ってくるような人なんて、大変だよ」

 

てってってと、気ままな鳩の歩幅は、気が付けば羽鳥さんの方へ向かっている。

それすらも、悠上は落ち着かなかった。

 

それが恋というものだろう。

口に出さずとも、他でもな悠上の心が勝手に答える。

 

「隣で楽しそうに笑ったり驚いたり、たまに助けてくれる人の方がよっぽど隣にいて欲しい。ずっと。だから……」

 

鳩の尖った赤い足爪が、羽鳥さんの髪を千切り落とさんとするばかりに迫る。

そういう気狂いでさえ、抑えが効かない。

 

「だからって!鳩は……」

「鳩の話はしてない。話も目線も逸らさないで」

 

はっと気づいて、ジト目羽鳥さんの流し目を見つめる。

鳩は悠上の大声に驚いたのか、再びフェンスの脇まで飛んで戻っている。

 

「君がそう言うなら無理はしないけどさー……」

 

隣にいて欲しい。一緒に居たい。

悠上は全く同じ気持ちだったが、プラスアルファで息苦しい。じりじり照らす太陽を背に、自分の影だけが異様に焦げ付く。

 

"い"と、"ろ"と、"は"と。

段階も根拠も意思も何もかもがちぐはぐな二人の感情はきっと。

 

「この、今のままの方が良いと思う。お互いにとって」

 

やっぱり恋人というのは違う気がする。

 

さっき飛び立ったドバトたちが戻ってきたのか、再び訪れる静寂の中に、段々と鳩たちがやってくる。

いつの間にか汗でびっちょりと背中に引っ付いた肌着の、居苦しさを払うように言葉を取り留める。

 

「これから羽鳥さんがもっと魅力的な人に会って、恋に落ちて、でもその時に俺が恋人として居たら、そもそも寄り付きづらくもなるだろうし」

 

俺は何を言ってるんだろう。

言葉を続ける度、辺りの光景も、自分の言葉も夏の蜃気楼のように朦朧して感じられる。

青空や、雲や、羽鳥さんの輪郭が遠い。

ちらちらと、した、沢山のドバトの赤目が滲むように、涼やかな景色を追い詰める。

 

いや、鳩の話はしていない。

浅い息を吸い直す。

ギュッとピントを合わせるように、悠上は力んで言った。

 

「きっと凄い邪魔だと思う」

 

「───それは嫌だよ。君が邪魔になるのは」

 

何故か、不思議そうだった。

さっきから、この屋上の床には、掴みきれない沢山の本音がぐでっと転がっているような、もしくは行き場もなく歩き回っているような気がしていた。

 

そして、自らの赤い脚がその一つを間違えて踏んづけてしまった、そういう感覚がした。

 

「……なら、やめた……方が」

 

「君以外が恋人になろうとしてる状況が、嫌だ」

 

それから、

あぁ、そうかと小さく唸るように息を吐いてから、彼女は言った。

 

「私、君以外と付き合いたくないし、君に私以外と付き合ってほしい、とは思わないんだよ」

 

羽鳥さんは鮮やかに、水鳥が水面から飛び立つ跡のように黒髪を靡かせ、起き上がった。

 

「その、俺は」

 

羽鳥さんが振り向く。

綺麗で、まっすぐな瞳、こちらを向く。

正面から二人は見つめ合う。

 

「恋愛的に好きです」

 

悠上が凛と、そう言い放つと、またたくさんのドバトたちがバタバタ音を立てながら忙しそうに飛び立ってゆく。

さっきまでの静寂が嘘のように騒々しい屋上。

 

しかし二人に聞こえているのは、お互いの言葉と、校舎中で混ざり合う二人の心音だけだった。

 

「へっ、」

 

ぽっ、ぽっとドバトの目よりも鮮やかな赤が、雲よりも白い少女の肌に浮かぶ。

 

一羽の鳩がぽーぅと鳴いた。

 


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