[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

10 / 28
第十話 [い] いないとだめなんだ~君がいないと格好良くいられない~

本丸に帰ってきても、燭台切の手を掴んだままだった。そのまま執務室まできて、そこで初めてつないだままだったことに気づいた。慌てて離す。

「す、みませ、」

「いいのに」

穏やかに返してくれる燭台切に申し訳ない。

今更ながら、帰ってくる前のことを思い出してしまう。

危うく、この燭台切を失うところだった。

それなのに、彼は自分のことより先に、落ち込みかけた私を心配してくれた。

包みこんでくれた大きな体が、温かさが。忘れられない。

「そ、そうです。お守り、直します」

それどころじゃない、と手を出す。

手に乗せられる裂けた御守に、胸がぎゅっと苦しくなる。

審神者になって数年、まさか自分の作った御守が、あんな風に作用するとは思ってなかった。

一応、既製品をベースにしているから、効果はあるとは思っていたけど。

まさか、完全回復なんて、初めて見た。

「無理はしないで」

燭台切の気遣う言葉に、しっかりと頷く。

「はい。せめて、繕わせてください」

効果は薄れてしまっているかもしれないけど、同じものを用意するまで、少しでも守ってくれるように直したい。

この燭台切を失うなんて、自分にはもう考えられない。

裁縫箱と救急箱を取り出し、机に並べる。この裁縫箱は小学校から使っていたものに似ていた。だから、愛着もある。救急箱は怪我をしたときのための用心。器用ではないから。

「見てても大丈夫かな?」

「……は、はい」

燭台切の視線を感じながら、針と糸を取り出し、針頭に糸を通す。糸通しを使って。

それから、御守を手に、一度目を閉じる。

繋ぎでも、ちゃんと直す。燭台切が怪我をしないように。ちゃんと帰ってくれるように。

破れた端に糸を通した針を通す。ゆっくりと、一刺し毎に願う。

「どうか、傷つきませんように」

「どうか、折れませんように」

「どうか、無事に帰ってきますように」

そんな風にひと針ひと針に願う。ひと針が重くて、なかなか進まない。

器用じゃないし。見られているのも緊張する。

渡す相手に見られてるのって、緊張する。

「主くん」

燭台切の固い声に、顔を上げる。なんだか、怖い顔をしている。

「少し、手を止めて」

針山に針を刺し、御守を置く。

「どうかしましたか?」

真剣な顔で、燭台切が見つめてくる。

「今、何を考えながら縫ってる?」

考え事をしながら縫っているのは、見てもわかるらしい。危ないとか言われるのかな。

「燭台切さんの御守だから。無事で、とか、折れないように、とか」

そんなありふれた願いを思いながら縫っていただけですよ、と首をかしげる。

でも、燭台切の顔が青ざめる。

「そういうのを」

言いかけて、燭台切の表情がわずかに変わる。

「それ、ただの裁縫じゃない」

「違うよ」

燭台切は立ち上がり、すぐ目の前に座り直した。

「主くん、さっきの戦い、僕が助かった理由、分かる?」

「御守が……」

「そう。でも」

頷いた燭台切は、御守に視線を落とす。

「それだけじゃない」

燭台切の指先が、わずかに握られ、震えている。

「君、その一針ごとに、願いそのもの、を込めてる」

「はい」

当然のように頷くと、燭台切は一瞬だけ言葉を失った。

「それが……残ってる。御守の中に」

意味が分からない。ただの気持ちだ。ただの願いのはずだ。

「霊力とか、そういう単純な話じゃない」

「君の、願いの向き方、そのものが、形になってる」

「そんな……」

言いかけた言葉が、途切れる。

自分の手元を見下ろす。

まさか、ひと針が重いと思っていたのは、不器用じゃなくて。

(願いを少ない霊力で縫い込んでいたから?)

そんなことをしていたとは思ってなかった。

「じゃあ。私、やめた方が」

「違う。やめろって話じゃない」

否定の言葉に、俯きかけた顔をあげる。

燭台切は、困った顔で微笑んでいる。

「一人でやらないでってことだよ」

手を、燭台切にそっと取られる。

「君はいつもそうだよ」

「全部、自分で抱えようとする」

その声は、責めていないのに重かった。

「それは、格好良くない」

燭台切を見る視線が揺れる。

「僕の主くんが、無理して倒れるのは」

少し困ったように、息を吐く。

「全然、格好良くない」

「……でも」

迷いかけた言葉を遮られる。

「でもじゃない」

静かに、けれど確かに。

「一緒にやればいい」

「一緒に……?」

燭台切が深く頷く。

「君が僕を守りたいように」

「僕も、君を守りたい」

その言葉が、妙に現実味を帯びていた。

「一人で抱えないで」

「それなら、無理じゃないだろう?」

すぐには理解できない。それでも、どこかで納得してしまう自分がいた。

「……はい」

気づけば頷いていた。

 

 

 

燭台切に抱き上げられたのは、その直後だった。

「えっ」

気づけば膝の上にいる。

横向きに、支えられる形で。

「この距離の方がいい」

「え……あの……?」

「君の想いを、僕も受け取れる」

意味は分からないのに、拒めない。

燭台切に御守と針を取ってもらって、深呼吸する。

小さく笑う声が聞こえる。

「それ、さっきもしてたね」

「え」

「深呼吸。落ち着いた?」

「……は、はい」

声が近い。体温も近い。

「無理はしないで」

「……はい」

もう一度針を進める。少しだけ、さっきより進む。

「ねえ」

「はい」

「僕、君がいないと格好良くいられない」

手が止まる。

息が詰まる。

「……え」

「君がいないと駄目なんだ」

意味を考えるより先に、落ち着いたはずの心臓が跳ねた。

次のひと針が指に刺さる。

「っ」

「あ」

しまった。

「血が出てる」

指先に赤い球が膨れ上がる。このままじゃ、御守に血がついちゃう。

「だ、大丈夫です」

慌てて指を口に含んで止める。

「……っ」

すぐに気配が変わる。

口の中、血の味はすぐになくなる。止まったみたいだ。

「主くん」

指先を口から外す。うん、止まってる。

「はい」

「見せて」

「大丈夫です。止まりました」

「見せて」

拒めない声だった。指先を燭台切に見えるように上げる。

「そういうところだよ」

「え?」

「大丈夫って言えば、本当に大丈夫になると思ってる」

思わず、燭台切を見上げる。

「違います。迷惑を……」

「迷惑じゃない」

即座に否定された。

「むしろ逆」

少しだけ間があく。

「心臓に悪い」

「え……?」

意味が分からない。

でも、怒っているわけではない。ただ、本気で困っている顔だった。

「とにかく、手当てさせて」

「……はい」

手当てを受けながら、空気が少しだけ落ち着く。

「主くん、一緒にやるって話だけど」

視線が落ちる。

「分かってる?」

「たぶん、ですけど」

自信はない。

燭台切は、少しだけ息を吐いた。

「君が一人で背負わないってこと」

「君の想いを、僕にも分けてってこと」

その言葉の意味は、やっぱり掴めない。

それでも、手の温度だけは分かった。

 

 

 

針を再び持つ。

今度は、少しだけ違う。願いを込めるというより、誰かと一緒に持っているような感覚。

「……やっぱり、分からないです」

「それでいいよ」

燭台切は即答した。

「分からないままでいい」

少しだけ、笑う気配がする。

「ただ、一人でやらなければ」

それだけでいい。そういってくれた。

それから、時間をかけて縫い終わった御守を、そっと手のひらに置く。

目を閉じて、祈る。

それを燭台切に差し出す。

終わりのはずだった。

でも、手は離れなかった。

「じゃあ、続き」

「……続き?」

身体が引き寄せられる。逃げられない距離。

耳元で声が落ちる。

「君がいないと格好良くいられないってやつ」

呼吸が止まる。

 

「好きだよ」

 

「ずっと」

逃げ場のない距離で、言葉だけが落ちてくる。

もう、限界だった。

顔を手で覆う。もう、絶対絶対に真っ赤だし、体温も上がってる。

なんでこうなったのか。

だって、全然そんな素振りなんてなかった。

優しいのなんて、当たり前で。

私が好きなだけで、好きになってもらえるなんて思ってなかった。

だって、私はちゃんとした審神者じゃないし。

主としても全然できてなくて、皆に心配ばかりかけてて。

それで、だから、なんで。

「おろしてぇ」

「ごめん、まだもう少しだけ」

すまなそうに言う割に、決して逃がしてはくれない。

ちら、と燭台切を見る。

顔と声が合ってない。何かを待っているように見える。

「まだ、君の返事も聞いてないし」

今度こそ、固まった。

なんで。

言ってないのに。

誰にも言ってない。

それなのに。

「言ってほしい」

「無理です」

反射的に答えると、背中に回った腕に力が入って、顔が、近くなって。

「む、無理です…」

「そうなの?」

「そうですっ」

「あの時は甘えてくれたのに?」

甘えた覚えなんて。

「だっこ」

本当にもう、恥ずかしさで死にそうになった。

なんで。なんで、あの時のは。

「あれは、酔ってて!!」

「やっぱり、覚えてたね」

ひっかけだった。いや、あの時酔ってたのは。

(酔ってたのは?)

だめだ、もう何もわからない。

燭台切の胸板に顔を押し付けて隠す。

「もうっ」

吹き出して、身体を震わせて笑っているのが、ダイレクトに響いてくる。

「これ、すごいよね」

「え?」

「君の作った御守。気持ちが全部入ってる」

笑い声が柔らかく、優しく甘くなる。

「そんな、こと」

当たり前じゃないですか。と言いそうになった。

だって、好きな人に、大切に人に渡すものだから。

「主くん、顔、見せて」

「え」

「ありがとうって、目を見て伝えたいんだ」

優しい声音に促されるように顔を上げる。

まっすぐに金色が射抜いてくる。優しいのに、逃がさない意思を感じる。

額が、重ねられ、悲鳴を飲み込む。

「こんなにすごいもの、僕に作ってくれてありがとう」

緊張で、声が出ない。

わかっているのか、いないのか。

ああ、でも。

触れている指先と同じ、何か流れ込んでくる。

心地のいい、何かに目を細める。

「あとね、君、反則だから」

「え」

「そんな風に簡単に僕を受け入れて」

「え?」

ぱちりと目を開いた。

「僕の神力、そんなに気持ちいい?」

ひゅっと、喉が鳴る。

(しんりきって、神力!?)

どういうこと、と混乱する私を燭台切は笑っている。

「ま、まって、どういうことですか!?」

両手を燭台切の胸に当てて離れても、また胸に抱き込まれる。

「どうって、そのままだよ」

「い、意味が、よく」

「君、全然嫌がらなかったでしょ」

抱きしめる力が、心なしか強くなっている気がする。

「普通は拒むものなんだよ」

「拒む…?」

困惑する私に、苦笑している。

「君の気持ちはわかるけど、君の口から聞きたいな」

言ってほしいと、請い願われて。

「主くん」

そう、私は、審神者だから。彼の主だから、言えない。

ふるふると首を振る。

「どうしても?」

「い、わなきゃ、だめなんですか?」

髪をそっとなでられる。大きくて優しい手なのに。言うまで離さないのがわかる。

「うん、聞きたいんだ」

静かに願われる。

でも、やっぱり、言えないから。

少し身体を離して。

待ってくれているのはわかるけど。

言葉の代わりに。

せめて、想いを込めて、お返しを。

(好き。大好き)

燭台切の襟の飾りに、口づけた。唇が飾りをかすめた

これで、伝わるとは思っていないけど。

少し離れて、燭台切の反応を伺おうとした。

「っ君……」

でも次の瞬間、顔を上げさせられて。

目の前には大好きな人の焦る顔があって。

だんだんと、それが近くなって。

「っ!?」

くちとくちが、かさなっていた。

「……っ」

その一瞬、金色の綺麗な光が瞬いて、眩しさに目を強く閉じる。

一瞬のような、長い時間のような。熱が離れて、ゆっくりと目を開けた。

燭台切は本当に叱られる前みたいな顔で。

「……ごめん」

口に手を当てる。さっき、触れたのは、間違いなく、この人の口で。

そこから目が離せないまま、顔に熱が集まってくる。

「しょ、くだい、きり、…」

私が何かを言う前に、聞いてくる。

「……だめだった?」

いいとかだめとかそういうことじゃなくて。

口が、触れて。

「主くん?」

目を見開いたまま動かない私に、燭台切はそっと頭をなでてくる。

「君、本当、自覚してほしい」

「君の感情、はっきり流れてきてる」

「僕を大好きって」

誤魔化せてない。全然、誤魔化せてなかった。

声にならない声が出る。

「本当、言ってくれるだけで、よかったのに」

(なにが)

燭台切が苦笑しながら、頬に手を添える。

「でないと、君、また熱で倒れる」

「え」

「霊力、すごく減ってる。前の時より」

「え」

「…縁ができれば、もっと分けてあげられたのに」

残念そうに、言ってくるけど。

「そ、そういうことは、ちゃんと、言ってください」

「同じことなんだけど」

「でも」

「想いが重なることが、必要なんだよ」

困ったように言うけれど、本当、説明が欲しかった。

「…言ってくだされば、よかったじゃないですか」

「うん」

そっと、今度はそうっと、壊れ物みたいに抱きしめられる。

「でも、どうしても、君の口から音で聞きたかったんだ」

そんなことを言われてしまえば、観念するしかない。

「…もう、一回だけですよ?」

「え?」

「耳、貸してください」

両手で燭台切の耳を覆うようにして、囁く。

「燭台切さん、大好き、です」

それは、とても恥ずかしくて。

でも、言えることがとても嬉しかった。

 

 

 

本丸の縁側は、夜気に静かに沈んでいた。

月は真ん丸に満ちていて、いつもより近く、膝が触れ合うぐらい近くに、燭台切が座っている。

グラスの中に落ちた柔らかな月光が、ゆらりと揺れている。その光を見つめながら、小さく息を吐いた。

「……きれい」

ぽつりと零れた声は、誰に向けたものでもない。

けれど、すぐ隣には届いていた。

「うん」

短く返ってくる。それだけで二人とも十分だった。

繋がりが、出来ていると言っていた。燭台切の神力が私の中に巡っていると。

正直、まだ実感できない。

燭台切がグラスを持ったまま、そっと見つめてくる。

月明かりだけの縁側で、内番着で。それだけなのに、信じられないぐらい格好いい。

なんで、この人が自分を好きだというのかわからない。

でも、月明かりに照らされたその人は、やけに静かで、綺麗だった。

他の誰にも見せたくない、と思うと同時に、この人が私の好きな人ですと言いふらしたくもある。

隣に見合うようになったとまでは言えない。だって、まだまだ私は何も足りてない。格好いいこの人の隣で、胸を張れるほどじゃない。

「主くん」

「はい」

呼ばれて、すぐに返す。

「寒くない?」

「大丈夫です」

「ほんとに?」

「はい」

またグラスを口に運ぶ。隣で、小さくため息をついている。

「君さ」

「……はい?」

「絶対もう飲んでるよね」

つい、身体が固まる。なんでバレてるんだろう。

この縁側に夜に来ると、どうしてもまず一杯を飲んでしまう。一人で。

「……き、気のせいです」

「そういうところ」

呆れと甘さの混じる声音に、視線を逸らした。

燭台切は自分の上着を脱いで、さっと私の肩にかけてくる。

「ほら」

「あ……」

「風、少し冷たいから」

その言葉に、小さく頷く。

「……ありがとう、ございます」

静かに礼を言う。そのまま、少しだけ上着を握りしめる。自分とは違う匂いがする。優しい燭台切の。万屋街で、抱きしめられたときみたいな。

思い出して、顔が熱くなる。

その後まで連鎖的に思い出してしまう。

御守の繕う時、膝の上で。その後も抱きしめられて。それから、口が。

「っ」

恥ずかしさがぶり返し、手元のグラスが震え、中身が波立つ。

だめだ。今日。全然落ち着けない。

「主くん?」

「はいっ」

返事の声が裏返って、笑われてしまった。

(私、格好悪いよ…!)

誤魔化すために、つまみのクラッカーを取る。ちょっと食べて、飲んで、落ち着こう。そう思った。

その手を自分の口に運ぼうとして、燭台切の視線に気づく。

前に、食べさせられたことを思い出す。

「えと、これ」

迷った末に差し出してみる。

食べたかったのかもしれないと思って。

燭台切がうれしそうに笑ってくれる。だから、合ってるのだと思ったのだけど。

手首を、掴まれた。

その上、大きな口で、クラッカーごと、指が食べられ。

「ひゃぁっ!?」

直ぐに離してくれたけど、心臓が、バクバクする。

(何、今の!?)

急いで手を引っ込め、握られていた手首を自分で抑える。

今の、もしかして、私、食べさせようとしてると思われたのか。そんな。

指先に残った感触を思い出してしまう。

「も、もう……!」

「ごめんごめん」

謝る気はあまりなさそうな声音だった。

前より、近い感じがして。それが嬉しくて、怒る気も失せてしまう。

呼吸を落ち着け、クラッカーを一枚つまみ直し、今度はちゃんと自分の口へ運ぶ。

さくさく。

一口、グラスからお酒を飲む。

一息ついてから、小さく言った。

「……びっくりします」

「うん」

「そういうこと、急にするのは」

「急にしたくなるからね」

「理由になってませんからね」

満月を見上げ、心を落ち着けよう。うん。

夜風が冷たくて、心地いい。

お酒と、恋の熱で、火照った身体を覚ましてほしい。

隣に燭台切がいる限り、冷める気はしないけど。

視線を感じて、隣を見る。微笑んでる姿も様になっている。

「燭台切さん」

「うん?」

「……さっきの」

「さっき?」

なんだか、今夜は少しだけこちらを揶揄って楽しそうだ。

「指の、やつです」

「ああ」

わざと軽い笑い声をあげてくる。やっぱり、からかってる。

「嫌だった?」

「……嫌じゃ、ないですけど」

嫌だったわけじゃない。そう、嫌だったんじゃない。

驚いただけで。

「その……心臓に悪いです」

「それ、今日何回目?」

「数えてません」

「ちゃんと数えようか」

「やめてください」

くすくすと笑われる。

「うん、やめとく」

その言葉に、少し安心して、息を吐く。

そのまま、もう一枚クラッカーを取って、今度は何も言わずに、燭台切へ差し出す。

「……今度は?」

「お返し、です」

「また?」

「はい」

燭台切は少しだけ目を細めて。そのクラッカーを手で受け取りはしなかったけど、今度は唇で摘まんで、食べた。手首も捕まれなかったし、指には触れなかった。

「ありがとう」

「どういたしまして」

なんだろう、このイケナイことをしている気分は。

恥ずかしさに、また月に視線を戻し、グラスを傾ける。

嫌では、ない。

それに、寂しさが満たされている気もする。

これだけの小さなやり取りなのに。

月は変わらず静かに浮かんでいて。

その下で、小さく笑うと、燭台切もつられて笑ってくれる。

「どうしたの? そんな顔して」

そう言って笑う目が甘く優しい。

「そんなって」

「世界一可愛い顔」

唐突に口説きださないでほしい。

「も、それはいいです。燭台切さんが私を、なんて、夢みたいです」

「夢って」

またそんなことを言って、と少し呆れ気味だ。

だって、本当に、夢のようだ。現実味がない。頭が浮かれて、ふわふわしてる。

「だから、その、」

空になったグラスを置いて、燭台切を見る。

「あの、その、えっと」

今なら、言える。甘えても、きっとこの人なら。

「主くん?」

「……もう一度、ぎゅって、してほしい……」

あの時の熱を、もう一度実感したい。

驚いた様子の燭台切は、呆然と呼ぶ。

「主くん」

「……はい」

耳まで赤い。恥ずかしい。やっぱり、これ、私また酔ってる。

でも、酔ってるなら、いいんじゃないだろうか。

燭台切が、両腕を広げる。

いいよって、ことだろう。

移動して、その膝に乗る。

固い胸元に、耳を付ける。

温かい。

「……うん」

これだ。ここが、一番、いい。

ほう、と息を吐く。

燭台切が、そっと私の背中ごと頭を抱き寄せ、髪に顔を寄せてくる。

「主くん」

「はい」

固い声は、なんとなく、照れ隠しのような気がする。

「今の、反則だからね」

「え」

「こういうの」

どういう意味だろう。もたれて、目を閉じる。

燭台切からは、生きている音がした。安心した。

ぽつり、と呟く。

「私、こんなに幸せでいいんでしょうか」

「私だけ、幸せでいいんでしょうか」

燭台切が頭の上、髪が揺れる位置で告げる。

「君だけじゃないよ。僕もすごく、幸せ」

「燭台切さんも?」

ぱっと顔を上げると、すごく優しくて甘い金目が見つめていた。

恥ずかしさに、熱があがる。

「じゃあ、おんなじですね」

整った顔を両手で挟む。

「うん、おんなじ。ね、手を離してくれない?」

困った顔も、全部、好き。

「だめです。燭台切さんだけなんて、ずるいから」

「え」

「私も」

近づいていた燭台切の前髪にそっと口を寄せる。

まあ、恥ずかしすぎるから、反応が返る前に手は離したし、顔も外に向けたんだけど。

「ちょっと、まって」

動揺している声が可愛い。

「待ちません」

思わず笑い声になる。

「それ、ずるくない?」

今夜も酔ってたから、少しだけ、勇気を出してみる。

「ずるくないです。み、光忠さんの真似です」

「真似って…え?」

少し遅れて燭台切が、名前で呼んだことに、気づいた。

「私だって、待ってって言ったのに、昼間待ってくれなかったのは誰ですか?」

「今、なんて」

「だから、私も待ちません」

「待って待って、ほんと、ちょっと待って」

すごく動揺してる。私の一言で。楽しい。

「燭台切さんは、私にとって、ずっとずっとずーっとカッコいい刀で」

ちら、と目線だけで伺う。

「それで、可愛いヒトでしたよ」

「待って!? かわいいってっ!?」

「ふふっ」

「ねえ、ほんと、まって」

慌てる燭台切が、肩を掴んで振り向かせ、私の目を見下ろす。

「ねえ、今、僕のこと」

「はい?」

「なんて呼んだ?」

ふい、と目をそらす。

「燭台切さん?」

「そうじゃなくて」

何を言いたいのかはわかるけど、何度も、は言えない。

「時々、嚙みそうで」

「え、そうだったの? それはそれでききたいかも」

「やです」

ちらり、と燭台切を見上げる。

私の感情が伝わっていると、彼は言っていた。

でも、だからこそ、直接聞きたいと願ってくれたから。

深呼吸する。

それから、大切に想いを込めて、小さく名前を呼んだ。

直後、燭台切の呼吸が止まったように見えて。

それから、こらえきれないといった様子で、思い切り抱きしめてくれた。

「僕、もう君の前ではカッコよくなれないかも」

「どんな燭台切さんも可愛くて格好いいですよ」

「そういうとこだよ、もう」

緩めてくれた腕の中、額を重ね、同時に笑い合った。

今夜の月は今までで一番明るくて、綺麗な月だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。