[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
いつもの日課を主が進める。
昨夜までの甘い雰囲気の欠片は全然なくて、少し残念だけど、頼もしくもある。
頼もしすぎる気もするけど。
「……これで、今日の分は終わりです」
いつもよりも早く業務を終えた主が、燭台切に向き直る。
「おつかれさまでした」
「おつかれさま」
労うと、ほっとした様子で控えめに微笑む。
笑顔が増えたのは嬉しいことだけど。
「……燭台切さん?」
手を伸ばし、そっとその眼鏡をはずす。
朱に染まった頬と、燭台切の神力の金色が緩く混ざる焦げ茶の瞳。
そこに集まる霊力はやっぱりまだ足りていないような気がする。
「疲れてるよね」
主は迷うように視線を彷徨わせ、こくりと大人しくうなずいた。
「ちょっと、色々あり過ぎました」
そうして、力の抜けた笑顔をみせる。
どう考えても変だ。
その頬に手を添える。彼女が目を閉じて、すり寄ってくる。
「……熱、あるね?」
「はい」
「なんで言わないの」
強い口調で言っても、反応が薄い。
「ちょっとだけです」
「無理しないでって」
「はい」
「……聞いてる?」
抱き上げても抵抗しない。熱で弱ってるのか、甘えているのか。判断に困る。
「……隣に、お布団、敷いてあります……」
「準備いいね」
「……もともと、終わったら……」
隣の部屋の布団に主を下ろし、上掛けを引き上げる。
「……だいじょうぶ、です……」
「……ねれば、なおる……」
すぅっと静かな寝息が聞こえてくる。
燭台切は布団のそばで、座ったまま拳を握る。
朝からずっと隣にいたのに、気づけなかった。チャンスはいくらでもあったのに。
主の額に手を添える。
ゆっくりと、神力を流そうとして、反発を受けた。
「っ!?」
昨日はなかった「拒絶」に愕然とする。
「……しょくだいきり、さん」
薄目を開けた彼女が、燭台切を困ったように見上げる。
「……だめ、です。うつる……」
「何言って……」
「……はな、れて……」
それから、彼女は布団に少し潜り、背を向けてしまった。
独りで耐えるつもりなのだ、彼女は。
「それは、きけないかな」
「君が苦しんでいるのに、僕は……」
寝息が聞こえてくる。
想いが通じたと、受け入れてくれたと思った。
でも、彼女はまだ本当に受け入れてくれたわけじゃなくて。
とん、と後ろで襖を叩く音がして振り返る。
「燭台切、いいか?」
薬研がそこにいて、後ろを差す。
「俺は大将を診てるから、そっちで話してくれ」
隣の執務室に、山姥切がいた。
ふらりと立ち上がり、そばを離れる。
「燭台切、主は」
「熱が出てる」
「みたいだな。ちゃんと布団は用意していたか」
わかったように頷く山姥切を見る。
「……あれは」
「以前に、倒れる前に敷いておけと言った。看病できなくなるからな」
未だ知らないことばかりだと、思い知らされる。燭台切が関わるようになったのはつい最近だから。
「……君は」
「心配ない。主はこの程度で折れるほど鈍らじゃない」
はっきりと言い切られて、目を瞠った。
「っ」
「今はそっとしておいてやれ」
かぶった布のすき間から、小さな笑いが聞こえた。
「熱が下がったら、いつも通りだ」
それから、何か話した気がする。
でも、燭台切はさっきの拒絶がショックで。
「燭台切、大将が起きたら、メシ食わせて、これを飲ませてくれ」
薬研が薬と水のコップが乗った盆を指し、出ていった。山姥切も。
眠る彼女の布団のそばに座る。
無理をさせた。それはわかる。
初めての万屋街、時間遡行軍の襲撃、その後に御守の修復、燭台切の告白、寝酒。
それに加えて、燭台切の神力の受け入れまでしてる。
限界なんて超えて当たり前だ。
(普通の女の子なんだ)
(それなのに、僕は自分のことばかりだった)
近侍なんだから、一番気づかなければならなかったのに。しっかりと隠されてしまった。
頼りない、と思われているわけじゃない。ただただ、彼女は迷惑をかけないようにしているだけで。
手を伸ばし、彼女の耳元の髪を避ける。
ぴくり、と微かに動いた気がした。
「ごめん、気づかなくて」
「無理させてたの、僕だったんだね」
寝返りをうち、彼女が燭台切を見上げる。
「違い、ます」
「本当に、ただ、私が弱いだけなので」
「燭台切さんの、せいじゃない、です」
掠れた声で、囁くように返される。
それから、起き上がった彼女が言う。
「たぶん、もう、熱は下がりました」
確かに顔色は少し良くなってきている。
手を伸ばし、額に触れる。寝る前より体温が低い気はする。
「お水、飲みたいです」
水のコップを差し出す。それを受け取った彼女が、こくこくと飲む様子は、もういつも通りだ。
「ありがとうございます」
コップを盆に戻し、動かない燭台切を困ったように彼女が見つめる。
「燭台切さん」
「……本当は、嫌だったのかなって」
「え?」
燭台切がぽつりと溢した一言を、彼女が拾い上げる。
「無理をしてた?」
「さっきの君、僕を受け入れなかったから」
少し考え込んだ彼女が、燭台切の手を両手で持つ。
「それ、もう一度お願いしてもいいですか?」
「うん」
目を閉じた彼女に、ゆっくりと神力を流す。
「…どう、ですか?」
今度はするりと流れてゆく。
「無理してない?」
「してません」
空いた手で、彼女の頬に手を添える。すり、と彼女が擦り寄ってくれる。
「さっきは、なんで?」
「それは私にはわかりません。でも、嫌なわけないです。燭台切さんですし」
燭台切を見上げる彼女は、落ち着いた顔で苦笑している。その瞳には燭台切に神力の混ざった証、金色の虹彩が柔らかく揺れている。
「心配させてしまって、ごめんなさい」
「それはいいんだ」
「良くないです」
きっぱりと彼女が言い切る。
「燭台切さんが、苦しいのは嫌です」
「燭台切さんが、不安なのも嫌です」
真っ直ぐに燭台切を見てくる。
「大切なんです」
「だから、言ってください」
「不安なことも、不満も、全部」
そういう彼女は、燭台切よりも余程格好良い。
燭台切は頭を彼女の肩に乗せる。
「……君、本当、格好良い。僕よりずっと……」
「燭台切さん」
「頼ってほしかったんだ。苦しんでる君の助けになりたかった。なのに、君は拒絶するし」
情けない告白を、彼女は黙って聞いてくれた。
本当、最初とは全然逆だ。
彼女の手が、燭台切の頭をおずおずと撫でる。
「頼られるのって、困らないですか?」
「困るぐらい頼ってよ」
「それじゃ、私、燭台切さんに頼ってばかりになりそうです」
「そうして」
くすりと彼女が小さく笑ったのがわかった。
「私、燭台切さんの隣にいたいんです」
「燭台切さんは本当に格好いいから、私のせいで悪く言われたくない」
「自信を持って、燭台切さんの隣に立ちたい。だから」
そこで、彼女は言葉を止めた。
「それを助けていただく、ではいけませんか?」
彼女から離れ、その顔を見つめる。柔らかく金色を奥に秘めた瞳が見つめ返してくる。
「譲らないよね、君」
「?」
「……じゃあさ、次から無理する前に、僕に言って」
「え」
じっと見つめると、彼女が困ったように頷く。
「その、自分で分かっていないこともあるので」
「その時は、燭台切さんが言ってくださいね……?」
もう一度、神力を彼女に流す。目を細める彼女は、本当に安心して、心地よさそうだ。
「もう一つ」
「また僕を帯刀して」
目を開けた彼女の瞳の奥、また柔らかく金色が揺らめいた。
「……はい」
本当にうれしそうに言うから、思わず口づけそうになるのを堪えた。
まだ熱が下がったばかりの相手にすることじゃない。
「でも、それは明日からね」
「はい」
彼女を布団に寝かせ、上掛けを引き上げる。
「燭台切さん」
さっきまでの様子とは違って、何故か不安そうに彼女が呼ぶ。
「あの、忙しいとは、思うんですけど」
すごくすごく迷っている。けど、最後には恥ずかしそうに、小さな声で言った。
「少しだけ、居ていただいてもいいです、か?」
それはすごく彼女らしい控えめな、我侭とも言えない我侭。
「うん」
とても控えめすぎて、彼女らしい。
手を伸ばし、額の髪を少しだけ避ける。
「ずっといるよ」
「……用事があれば」
「君以上に優先する用事はないよ」
一瞬彼女の瞳が陰った。気のせいかと思うぐらいに一瞬。
だって、直ぐに嬉しそうに幸せそうに笑うから。
「そんなこと言わないでください」
「本心だから」
「もう、燭台切さんは私に甘すぎます」
「恋人なんだから、いいんじゃないかな」
目を丸くした彼女の顔がまた赤くなる。発熱ではなく、恥ずかしさに。
「……こい、びと……」
「違った?」
「ち、違いません、けど」
「けど?」
「……あの、熱が上がりそうなんで」
彼女の頬に手を添える。
「本当だ、赤くなってる」
「燭台切さんのせいです」
「うん」
「もう、あんまり言わないで。恥ずかしい……」
布団に隠れてしまう彼女を優しく見つめる。
「かわいい」
「っ」
「ずっといるよ、本当」
「も、もう」
抗議しつつ、彼女は離れてとは言わなかった。
布団から少しだけ目元を出して、安心した様子で。
安心されていることが、少しだけ複雑だった。
「元気になったら、もっと甘やかすから」
「それは……」
「おやすみ、主くん」
布団の上から、軽く体を叩くと、彼女は素直に目を閉じる。
「……元気になったら、私が……」
最後に聞こえた言葉に、顔を抑える。
恋人になったら、もっと手強くなっている気がしてきた。
僕の彼女は、可愛くて、格好良くて、すごく負けず嫌いなのかもしれない。
――元気になったら、私が甘やかしますね。
翌日の燭台切は、目に見えて上機嫌だった。
厨で主のお八つを用意している姿に、つい鶴丸がぼやくほどに。
「順調そうじゃねぇか」
「そうかな?」
鼻歌を歌いだしそうな様子に、鶴丸が言う。
「格好いい、はもういいのかい?」
ぴたり、と燭台切が止まった。
深呼吸して、鶴丸を振り返る。その様子を見て、鶴丸が口角を上げた。
「くくっ、だよなぁ?」
「鶴さん……」
思う通りの反応が得られて満足したのか、鶴丸はにやにやと笑っている。
「ま、無理もねぇか。また帯刀してもらってんだろ?」
「う、うん」
「光坊の神力で印もついてるし」
「……」
「これ以上ないぐらい幸せだもんな」
燭台切はその場にしゃがみこんだ。
「それはそうなんだけど、やめてくれる?」
「なんで。いいじゃねぇか」
「鶴さん、僕で遊んでるでしょ」
「おう、うちの光坊は面白いからな」
「……お、面白い……」
まさか、鶴丸に面白がられる日が来るとは思わなかった。可愛がられてるのはわかっていたけど。
「愛想つかされないようにな」
それにはすぐに反論する。
「そんなことにはならないよ。主くんは、僕が何しても、格好いいって言ってくれるからね」
それから、可愛いとも。
思い出して、自分で羞恥に沈む。
「お」
急に鶴丸の声が厨の外へ向かった。
「どうした、主?」
次いで、主の静かな声が呼ぶ。
「あの、燭台切さん?」
慌てて立ち上がり、主の前で取り繕う。
「どうしたの? 待ちきれなかった?」
少し逡巡した主が、鶴丸を見る。
「いえ、ちょっと倉庫に行ってこようと思って」
「倉庫?」
「以前の資料を確認したくて」
「手伝うよ」
「……お願いします」
先に向かってますね、という主が一瞬鶴丸を見た。
鶴丸は目を細め、ひらひらと手を振った。
燭台切は用意しかけていたおやつを冷蔵庫に仕舞う。
「光坊」
「何?」
その背中に鶴丸がまた面白がるような声音をかける。
「おまえ、愛されてんな」
「え!?」
「くくっ、嬢ちゃん、いっぱしに俺を睨んでいたぜ」
心底楽しいと笑う鶴丸に、燭台切は息を吐いた。
倉庫の前、燭台切が到着すると、既に入り口が開いていた。
主は中にいるのだろう。燭台切が足を踏み入れた時には、既に明かりがついている。
複数の棚が立ち並び、引き出しがいくつもある。
奥で音がするから、主はそこにいるのだろう。
「主くん?」
近づくと、引き出しの一つを開けて、ファイルの中身を確認している主の姿。それを上からのぞき込む。
「珍しいね、過去の資料なんて」
「っ、入力していない情報があるみたいで」
その作業を見つめながら、燭台切は聞いてみる。
「さっき、厨で鶴さんを睨んだって本当?」
主――彼女の手が止まる。
「もしかして、鶴さん相手に嫉妬なんて、そんなわけないか」
彼女は固まったまま動かない。
「……主くん?」
「え、あの」
ぱたん、と慌ててファイルを閉じる。
「ち、違います」
「何が?」
「違うんです」
「うん」
動揺を隠せないまま、彼女が続ける。
「燭台切さんが、楽しそうだなって」
「うん?」
「私の前と違うから」
燭台切は悪いと思いつつ、吹き出した。
「違います! 羨ましかっただけで! ……あ」
しまった、と彼女が口を押える。
燭台切は隣に腰を落として、目線を合わせた。つい、柔らかく見つめてしまう。
「僕も」
「?」
「僕も、いつもそれ思ってるよ」
「え?」
「君、山姥切くんたちの前だと、僕が知らない顔してる」
それは泣きそうだったり、辛そうだったり。そんな顔ばかりだけど。頼りにしているのがわかるから。
「同じだね」
「同じですね」
小さな頭を引き寄せると、あっさりと胸にもたれかかってくれる。
「燭台切さん、あんな風に笑うんですね」
しみじみとした声は、少し不満そうだ。
「鶴さんたちは昔馴染みだし、つい気が抜けてるのかも」
「……いいなぁ……」
零れた素直な羨望に、頭をなでたのは仕方ない。可愛すぎるから。
「気が抜けてる僕がいいの?」
「違います」
「違うんだ」
「たぶん」
「たぶん?」
少し考えて、彼女が言う。
「……笑ってる燭台切さん、可愛かったから。私の前でも……」
言いながら恥ずかしくなってきたのか、胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「すいません、忘れてください」
「それはできないかな」
「忘れて。こんな、格好悪い……」
「忘れるなんて、もったいない。こんなに可愛いのに」
顔を上げさせて、その額に口で軽く触れた。
「っ」
「僕ももっと君の可愛い顔が見たいよ」
真っ赤になって、逃げたそうな彼女を両腕で抱き込んだ。
「離してください」
「ええ」
不満の声を上げると、本当に本当に困った声が胸の内で聞こえた。
「だって、恥ずかしい……」
思わず、くすくすと笑ってしまう。
「離れたら恥ずかしくないの?」
「それは! そうなんですけど」
あと少しで陥落しそうだ。
「じゃあ、もうちょっとこのままでいいよね」
柔らかな髪に頬をつける。
「だ、誰か来たら……」
「ここ、人来ないよね」
「そう、ですね」
「じゃあ、大丈夫」
身体を離し、床に座りなおして、主を膝に乗せた。
「だめです、汚れます」
「僕の上に乗っていればいいよ」
「燭台切さんが汚れるって言ってるんです」
不満そうだけど、彼女は膝から降りようとはしない。
「……で、何を探してたの?」
「過去の演練記録です。太刀の、育成の参考に」
「太刀の」
「……うまくできれば、もう少し一緒にいる時間作れるかなって……」
小さい小さい言葉だけど、すぐ近くにいるのに聞き逃すはずがない。
「それって」
「……太刀の育成、私には難しいんです……」
弱り切った声に、燭台切はもう声を返せなかった。
それはつまり、燭台切と一緒にいる時間を増やしたいと、言っているわけだ。
「ごめん、ちょっと……」
「燭台切さん?」
「……ほんとに、そういうとこだよね」
「顔が赤いですよ?」
何故か嬉しそうな主は、確信犯なのか判断できない。
「僕と、いたいから?」
「はい」
「……むしろ、今が照れるところだよね!?」
素直に返されて、思わず言い返す。
「……でも、事実なので」
畳みかけてくる彼女には、全然勝てる気がしない。
「燭台切さんは、いやです?」
「一緒にいたいのは同じだよ。でも、出陣が増えると一緒にいられなくなるから……」
「そうなんです。あと怪我もしてほしくないですし」
すっかり仕事モードになってしまった彼女に、一度息を吐く。
「じゃあ、戻って一緒に考えよう」
「はい」
「ところで、本当にいいの?」
「え?」
「一緒にいる時間が増えたら、もう僕止まれないけど」
その言い方に、ようやく彼女が目を瞬かせた。
一拍遅れて、意味を咀嚼するように視線が泳ぐ。
「……手加減、していただけるのでしたら……」
真っ赤な顔で申告してきた彼女に、燭台切は笑いながら返した。
「善処はするけど、期待しないで」
「君が可愛すぎるから、無理かもしれない」
何かを言い出しそうな彼女の頭を、胸の中に抱き込んだ。
執務室に二人で戻る途中、廊下で鶴丸とすれ違う。
無言のエールに、燭台切はただ笑って返した。