[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第十一話 [き] 距離感が分からない~離れてなんて言わないで~

いつもの日課を主が進める。

昨夜までの甘い雰囲気の欠片は全然なくて、少し残念だけど、頼もしくもある。

頼もしすぎる気もするけど。

「……これで、今日の分は終わりです」

いつもよりも早く業務を終えた主が、燭台切に向き直る。

「おつかれさまでした」

「おつかれさま」

労うと、ほっとした様子で控えめに微笑む。

笑顔が増えたのは嬉しいことだけど。

「……燭台切さん?」

手を伸ばし、そっとその眼鏡をはずす。

朱に染まった頬と、燭台切の神力の金色が緩く混ざる焦げ茶の瞳。

そこに集まる霊力はやっぱりまだ足りていないような気がする。

「疲れてるよね」

主は迷うように視線を彷徨わせ、こくりと大人しくうなずいた。

「ちょっと、色々あり過ぎました」

そうして、力の抜けた笑顔をみせる。

どう考えても変だ。

その頬に手を添える。彼女が目を閉じて、すり寄ってくる。

「……熱、あるね?」

「はい」

「なんで言わないの」

強い口調で言っても、反応が薄い。

「ちょっとだけです」

「無理しないでって」

「はい」

「……聞いてる?」

抱き上げても抵抗しない。熱で弱ってるのか、甘えているのか。判断に困る。

「……隣に、お布団、敷いてあります……」

「準備いいね」

「……もともと、終わったら……」

隣の部屋の布団に主を下ろし、上掛けを引き上げる。

「……だいじょうぶ、です……」

「……ねれば、なおる……」

すぅっと静かな寝息が聞こえてくる。

燭台切は布団のそばで、座ったまま拳を握る。

朝からずっと隣にいたのに、気づけなかった。チャンスはいくらでもあったのに。

主の額に手を添える。

ゆっくりと、神力を流そうとして、反発を受けた。

「っ!?」

昨日はなかった「拒絶」に愕然とする。

「……しょくだいきり、さん」

薄目を開けた彼女が、燭台切を困ったように見上げる。

「……だめ、です。うつる……」

「何言って……」

「……はな、れて……」

それから、彼女は布団に少し潜り、背を向けてしまった。

独りで耐えるつもりなのだ、彼女は。

「それは、きけないかな」

「君が苦しんでいるのに、僕は……」

寝息が聞こえてくる。

想いが通じたと、受け入れてくれたと思った。

でも、彼女はまだ本当に受け入れてくれたわけじゃなくて。

とん、と後ろで襖を叩く音がして振り返る。

「燭台切、いいか?」

薬研がそこにいて、後ろを差す。

「俺は大将を診てるから、そっちで話してくれ」

隣の執務室に、山姥切がいた。

ふらりと立ち上がり、そばを離れる。

「燭台切、主は」

「熱が出てる」

「みたいだな。ちゃんと布団は用意していたか」

わかったように頷く山姥切を見る。

「……あれは」

「以前に、倒れる前に敷いておけと言った。看病できなくなるからな」

未だ知らないことばかりだと、思い知らされる。燭台切が関わるようになったのはつい最近だから。

「……君は」

「心配ない。主はこの程度で折れるほど鈍らじゃない」

はっきりと言い切られて、目を瞠った。

「っ」

「今はそっとしておいてやれ」

かぶった布のすき間から、小さな笑いが聞こえた。

「熱が下がったら、いつも通りだ」

それから、何か話した気がする。

でも、燭台切はさっきの拒絶がショックで。

「燭台切、大将が起きたら、メシ食わせて、これを飲ませてくれ」

薬研が薬と水のコップが乗った盆を指し、出ていった。山姥切も。

 

 

 

眠る彼女の布団のそばに座る。

無理をさせた。それはわかる。

初めての万屋街、時間遡行軍の襲撃、その後に御守の修復、燭台切の告白、寝酒。

それに加えて、燭台切の神力の受け入れまでしてる。

限界なんて超えて当たり前だ。

(普通の女の子なんだ)

(それなのに、僕は自分のことばかりだった)

近侍なんだから、一番気づかなければならなかったのに。しっかりと隠されてしまった。

頼りない、と思われているわけじゃない。ただただ、彼女は迷惑をかけないようにしているだけで。

手を伸ばし、彼女の耳元の髪を避ける。

ぴくり、と微かに動いた気がした。

「ごめん、気づかなくて」

「無理させてたの、僕だったんだね」

寝返りをうち、彼女が燭台切を見上げる。

「違い、ます」

「本当に、ただ、私が弱いだけなので」

「燭台切さんの、せいじゃない、です」

掠れた声で、囁くように返される。

それから、起き上がった彼女が言う。

「たぶん、もう、熱は下がりました」

確かに顔色は少し良くなってきている。

手を伸ばし、額に触れる。寝る前より体温が低い気はする。

「お水、飲みたいです」

水のコップを差し出す。それを受け取った彼女が、こくこくと飲む様子は、もういつも通りだ。

「ありがとうございます」

コップを盆に戻し、動かない燭台切を困ったように彼女が見つめる。

「燭台切さん」

「……本当は、嫌だったのかなって」

「え?」

燭台切がぽつりと溢した一言を、彼女が拾い上げる。

「無理をしてた?」

「さっきの君、僕を受け入れなかったから」

少し考え込んだ彼女が、燭台切の手を両手で持つ。

「それ、もう一度お願いしてもいいですか?」

「うん」

目を閉じた彼女に、ゆっくりと神力を流す。

「…どう、ですか?」

今度はするりと流れてゆく。

「無理してない?」

「してません」

空いた手で、彼女の頬に手を添える。すり、と彼女が擦り寄ってくれる。

「さっきは、なんで?」

「それは私にはわかりません。でも、嫌なわけないです。燭台切さんですし」

燭台切を見上げる彼女は、落ち着いた顔で苦笑している。その瞳には燭台切に神力の混ざった証、金色の虹彩が柔らかく揺れている。

「心配させてしまって、ごめんなさい」

「それはいいんだ」

「良くないです」

きっぱりと彼女が言い切る。

「燭台切さんが、苦しいのは嫌です」

「燭台切さんが、不安なのも嫌です」

真っ直ぐに燭台切を見てくる。

「大切なんです」

「だから、言ってください」

「不安なことも、不満も、全部」

そういう彼女は、燭台切よりも余程格好良い。

燭台切は頭を彼女の肩に乗せる。

「……君、本当、格好良い。僕よりずっと……」

「燭台切さん」

「頼ってほしかったんだ。苦しんでる君の助けになりたかった。なのに、君は拒絶するし」

情けない告白を、彼女は黙って聞いてくれた。

本当、最初とは全然逆だ。

彼女の手が、燭台切の頭をおずおずと撫でる。

「頼られるのって、困らないですか?」

「困るぐらい頼ってよ」

「それじゃ、私、燭台切さんに頼ってばかりになりそうです」

「そうして」

くすりと彼女が小さく笑ったのがわかった。

「私、燭台切さんの隣にいたいんです」

「燭台切さんは本当に格好いいから、私のせいで悪く言われたくない」

「自信を持って、燭台切さんの隣に立ちたい。だから」

そこで、彼女は言葉を止めた。

「それを助けていただく、ではいけませんか?」

彼女から離れ、その顔を見つめる。柔らかく金色を奥に秘めた瞳が見つめ返してくる。

「譲らないよね、君」

「?」

「……じゃあさ、次から無理する前に、僕に言って」

「え」

じっと見つめると、彼女が困ったように頷く。

「その、自分で分かっていないこともあるので」

「その時は、燭台切さんが言ってくださいね……?」

もう一度、神力を彼女に流す。目を細める彼女は、本当に安心して、心地よさそうだ。

「もう一つ」

「また僕を帯刀して」

目を開けた彼女の瞳の奥、また柔らかく金色が揺らめいた。

「……はい」

本当にうれしそうに言うから、思わず口づけそうになるのを堪えた。

まだ熱が下がったばかりの相手にすることじゃない。

「でも、それは明日からね」

「はい」

彼女を布団に寝かせ、上掛けを引き上げる。

「燭台切さん」

さっきまでの様子とは違って、何故か不安そうに彼女が呼ぶ。

「あの、忙しいとは、思うんですけど」

すごくすごく迷っている。けど、最後には恥ずかしそうに、小さな声で言った。

「少しだけ、居ていただいてもいいです、か?」

それはすごく彼女らしい控えめな、我侭とも言えない我侭。

「うん」

とても控えめすぎて、彼女らしい。

手を伸ばし、額の髪を少しだけ避ける。

「ずっといるよ」

「……用事があれば」

「君以上に優先する用事はないよ」

一瞬彼女の瞳が陰った。気のせいかと思うぐらいに一瞬。

だって、直ぐに嬉しそうに幸せそうに笑うから。

「そんなこと言わないでください」

「本心だから」

「もう、燭台切さんは私に甘すぎます」

「恋人なんだから、いいんじゃないかな」

目を丸くした彼女の顔がまた赤くなる。発熱ではなく、恥ずかしさに。

「……こい、びと……」

「違った?」

「ち、違いません、けど」

「けど?」

「……あの、熱が上がりそうなんで」

彼女の頬に手を添える。

「本当だ、赤くなってる」

「燭台切さんのせいです」

「うん」

「もう、あんまり言わないで。恥ずかしい……」

布団に隠れてしまう彼女を優しく見つめる。

「かわいい」

「っ」

「ずっといるよ、本当」

「も、もう」

抗議しつつ、彼女は離れてとは言わなかった。

布団から少しだけ目元を出して、安心した様子で。

安心されていることが、少しだけ複雑だった。

「元気になったら、もっと甘やかすから」

「それは……」

「おやすみ、主くん」

布団の上から、軽く体を叩くと、彼女は素直に目を閉じる。

「……元気になったら、私が……」

最後に聞こえた言葉に、顔を抑える。

恋人になったら、もっと手強くなっている気がしてきた。

僕の彼女は、可愛くて、格好良くて、すごく負けず嫌いなのかもしれない。

 

――元気になったら、私が甘やかしますね。

 

 

 

翌日の燭台切は、目に見えて上機嫌だった。

厨で主のお八つを用意している姿に、つい鶴丸がぼやくほどに。

「順調そうじゃねぇか」

「そうかな?」

鼻歌を歌いだしそうな様子に、鶴丸が言う。

「格好いい、はもういいのかい?」

ぴたり、と燭台切が止まった。

深呼吸して、鶴丸を振り返る。その様子を見て、鶴丸が口角を上げた。

「くくっ、だよなぁ?」

「鶴さん……」

思う通りの反応が得られて満足したのか、鶴丸はにやにやと笑っている。

「ま、無理もねぇか。また帯刀してもらってんだろ?」

「う、うん」

「光坊の神力で印もついてるし」

「……」

「これ以上ないぐらい幸せだもんな」

燭台切はその場にしゃがみこんだ。

「それはそうなんだけど、やめてくれる?」

「なんで。いいじゃねぇか」

「鶴さん、僕で遊んでるでしょ」

「おう、うちの光坊は面白いからな」

「……お、面白い……」

まさか、鶴丸に面白がられる日が来るとは思わなかった。可愛がられてるのはわかっていたけど。

「愛想つかされないようにな」

それにはすぐに反論する。

「そんなことにはならないよ。主くんは、僕が何しても、格好いいって言ってくれるからね」

それから、可愛いとも。

思い出して、自分で羞恥に沈む。

「お」

急に鶴丸の声が厨の外へ向かった。

「どうした、主?」

次いで、主の静かな声が呼ぶ。

「あの、燭台切さん?」

慌てて立ち上がり、主の前で取り繕う。

「どうしたの? 待ちきれなかった?」

少し逡巡した主が、鶴丸を見る。

「いえ、ちょっと倉庫に行ってこようと思って」

「倉庫?」

「以前の資料を確認したくて」

「手伝うよ」

「……お願いします」

先に向かってますね、という主が一瞬鶴丸を見た。

鶴丸は目を細め、ひらひらと手を振った。

燭台切は用意しかけていたおやつを冷蔵庫に仕舞う。

「光坊」

「何?」

その背中に鶴丸がまた面白がるような声音をかける。

「おまえ、愛されてんな」

「え!?」

「くくっ、嬢ちゃん、いっぱしに俺を睨んでいたぜ」

心底楽しいと笑う鶴丸に、燭台切は息を吐いた。

 

 

 

倉庫の前、燭台切が到着すると、既に入り口が開いていた。

主は中にいるのだろう。燭台切が足を踏み入れた時には、既に明かりがついている。

複数の棚が立ち並び、引き出しがいくつもある。

奥で音がするから、主はそこにいるのだろう。

「主くん?」

近づくと、引き出しの一つを開けて、ファイルの中身を確認している主の姿。それを上からのぞき込む。

「珍しいね、過去の資料なんて」

「っ、入力していない情報があるみたいで」

その作業を見つめながら、燭台切は聞いてみる。

「さっき、厨で鶴さんを睨んだって本当?」

主――彼女の手が止まる。

「もしかして、鶴さん相手に嫉妬なんて、そんなわけないか」

彼女は固まったまま動かない。

「……主くん?」

「え、あの」

ぱたん、と慌ててファイルを閉じる。

「ち、違います」

「何が?」

「違うんです」

「うん」

動揺を隠せないまま、彼女が続ける。

「燭台切さんが、楽しそうだなって」

「うん?」

「私の前と違うから」

燭台切は悪いと思いつつ、吹き出した。

「違います! 羨ましかっただけで! ……あ」

しまった、と彼女が口を押える。

燭台切は隣に腰を落として、目線を合わせた。つい、柔らかく見つめてしまう。

「僕も」

「?」

「僕も、いつもそれ思ってるよ」

「え?」

「君、山姥切くんたちの前だと、僕が知らない顔してる」

それは泣きそうだったり、辛そうだったり。そんな顔ばかりだけど。頼りにしているのがわかるから。

「同じだね」

「同じですね」

小さな頭を引き寄せると、あっさりと胸にもたれかかってくれる。

「燭台切さん、あんな風に笑うんですね」

しみじみとした声は、少し不満そうだ。

「鶴さんたちは昔馴染みだし、つい気が抜けてるのかも」

「……いいなぁ……」

零れた素直な羨望に、頭をなでたのは仕方ない。可愛すぎるから。

「気が抜けてる僕がいいの?」

「違います」

「違うんだ」

「たぶん」

「たぶん?」

少し考えて、彼女が言う。

「……笑ってる燭台切さん、可愛かったから。私の前でも……」

言いながら恥ずかしくなってきたのか、胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。

「すいません、忘れてください」

「それはできないかな」

「忘れて。こんな、格好悪い……」

「忘れるなんて、もったいない。こんなに可愛いのに」

顔を上げさせて、その額に口で軽く触れた。

「っ」

「僕ももっと君の可愛い顔が見たいよ」

真っ赤になって、逃げたそうな彼女を両腕で抱き込んだ。

「離してください」

「ええ」

不満の声を上げると、本当に本当に困った声が胸の内で聞こえた。

「だって、恥ずかしい……」

思わず、くすくすと笑ってしまう。

「離れたら恥ずかしくないの?」

「それは! そうなんですけど」

あと少しで陥落しそうだ。

「じゃあ、もうちょっとこのままでいいよね」

柔らかな髪に頬をつける。

「だ、誰か来たら……」

「ここ、人来ないよね」

「そう、ですね」

「じゃあ、大丈夫」

身体を離し、床に座りなおして、主を膝に乗せた。

「だめです、汚れます」

「僕の上に乗っていればいいよ」

「燭台切さんが汚れるって言ってるんです」

不満そうだけど、彼女は膝から降りようとはしない。

「……で、何を探してたの?」

「過去の演練記録です。太刀の、育成の参考に」

「太刀の」

「……うまくできれば、もう少し一緒にいる時間作れるかなって……」

小さい小さい言葉だけど、すぐ近くにいるのに聞き逃すはずがない。

「それって」

「……太刀の育成、私には難しいんです……」

弱り切った声に、燭台切はもう声を返せなかった。

それはつまり、燭台切と一緒にいる時間を増やしたいと、言っているわけだ。

「ごめん、ちょっと……」

「燭台切さん?」

「……ほんとに、そういうとこだよね」

「顔が赤いですよ?」

何故か嬉しそうな主は、確信犯なのか判断できない。

「僕と、いたいから?」

「はい」

「……むしろ、今が照れるところだよね!?」

素直に返されて、思わず言い返す。

「……でも、事実なので」

畳みかけてくる彼女には、全然勝てる気がしない。

「燭台切さんは、いやです?」

「一緒にいたいのは同じだよ。でも、出陣が増えると一緒にいられなくなるから……」

「そうなんです。あと怪我もしてほしくないですし」

すっかり仕事モードになってしまった彼女に、一度息を吐く。

「じゃあ、戻って一緒に考えよう」

「はい」

「ところで、本当にいいの?」

「え?」

「一緒にいる時間が増えたら、もう僕止まれないけど」

その言い方に、ようやく彼女が目を瞬かせた。

一拍遅れて、意味を咀嚼するように視線が泳ぐ。

「……手加減、していただけるのでしたら……」

真っ赤な顔で申告してきた彼女に、燭台切は笑いながら返した。

「善処はするけど、期待しないで」

「君が可愛すぎるから、無理かもしれない」

何かを言い出しそうな彼女の頭を、胸の中に抱き込んだ。

執務室に二人で戻る途中、廊下で鶴丸とすれ違う。

無言のエールに、燭台切はただ笑って返した。

 

 

 

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