[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
近侍の仕事は基本的に、日課が終われば終わりということになっている。
だが、燭台切と付き合うようになってからは、彼はずっと隣にいてくれる。
本を読んでいても、審神者業の勉強をしていても、休憩に本丸内を歩いていても。
それは嬉しい。
(私ばかり幸せになってないかな)
と、そのたびに思う。
だから、聞いてみた。
「燭台切さんも好きなことをしていいんですよ?」
にこりと微笑む燭台切が言う。
「今は君の傍にいるのが、僕のしたいことだから」
嬉しいけれど、少し困る。
「……本当に?」
「本当に」
嘘を言っているようには見えない。
でも、これはあまりに、あんまりにも私にだけ得になっていないだろうか。
じっと燭台切の目を見つめる。
(私が、燭台切さんにしてあげられることってなんだろう?)
これまで見てきたことを思い出してみる。
「……燭台切さん、甘いものお好きでしたよね」
「え!? あ、ああ、そう、だね」
びくりとして頬を染め、目をそらす燭台切に、思わず微笑む。隠していたらしいけれど、うちの燭台切は珈琲に砂糖とミルクを入れて飲む可愛い人なのだ。
「じゃあ、厨に行きましょう」
「今日は私がとっておきのおやつを用意します」
そうして、二人で厨に行くと、そこには鶴丸と大倶利伽羅、太鼓鐘が雑談をしていた。
この時間は以前まで燭台切がいたから、こうして集まっていたのだろう。
「主?」
「どうした?」
「あ…」
思わず、足を止める。あまり慣れていない男士は、特に鶴丸は少し、苦手だ。見透かされそうな目をしているから。
「光忠」
後ろから、肩に燭台切の大きな手が乗せられる。大丈夫だよ、とでもいうように。
「うん」
燭台切が苦笑すると、三振はなんでもなく出て行った。
気を遣われたらしい。
「……わ、私……」
「気にしなくていいよ」
「で、でも」
「それで、とっておきのおやつって?」
期待に満ちた目に、少し怯む。
どうしよう、そこまで手の込んだものではないのだけど。
「何が必要?」
「え、あ…」
どうしよう、このままでは目の前で作ることに。
「……見ていたら困る?」
「そっ」
いや、今さら、そんなことは。
「だ、大丈夫です。あの、座っていてください」
燭台切がテーブルに着くのを見ながら、棚からインスタントコーヒーを取り出す。
お湯に溶かして、濃いめのコーヒーを少量用意する。それから、業務用のバニラアイスを取り出し、ガラスの器に丸く盛り付ける。
「……アフォガード……?」
そこにコーヒーをかけて、お盆に乗せる。スプーンも一緒だ。
「まだ仕上げがあります」
お盆をもって、縁側へと向かう。
そこにはいつものウィスキーを保管してある。
最後に仕上げにお酒を回しかけて。
「……よし」
覗きこんできた燭台切を見上げ、完成を告げた。
「これで、完成です」
完成の安堵で、思わず口元が緩んだ。
二人で執務室に戻る。
そこで改めてデザートを燭台切に渡した。
「簡単なものですけど」
「ううん、すごく嬉しい」
でも、燭台切はスプーンを手にしない。
首をかしげると、にっこりとどこか含みのありそうな笑顔が返ってくる。
「アイス、とけちゃうので」
「そうだね」
ガラスの器の中、溶けかけたアイスに珈琲とウィスキーが絡んで良い香りがする。
「これが君の好きなデザート?」
「あ、いえ、これは……母が、父に」
そういえば、これも家族の記憶、だ。忘れていたのに、燭台切といると思い出す。
目元が自分でも柔らかくなるのが分かった。
「母が父に作っていた特別なデザートです。美味しいですよ」
たしか、こう。
スプーンでひと匙掬って、燭台切に差し出す。
「はい」
瞬きする燭台切の前で、それを自分でぱくりと食べる。
「え」
「ふふっ、たしか、こうしてからかってたんですよ」
「……そうなんだね」
「さあ、どうぞ」
器を渡すと、今度こそ燭台切がひと匙掬って。
一瞬、固まってから、ぱくりと食べた。
「うん、美味しいよ」
「でしょう?」
燭台切の頬が少しだけ赤い。
「君が食べさせてくれたら、もっとおいしいと思うんだけど」
「え」
「さっきみたいに」
「あれは」
「面白い母君だね」
「……はい、母は父がその時にする顔が可愛くて、大好きなんだって言ってました」
燭台切といると、不思議と家族を思い出せている気がする。
あんなに忘れかけていたのに。
「……まいったな」
「え?」
「もしかして、君も?」
「え?」
遅れて、自分が同じように思っている、と言ってしまったと気づいた。じわじわと恥ずかしさが襲ってくる。
「そ、え、あ……」
「じゃあ、僕から」
燭台切が少しだけ困ったように笑う。
「ね?」
「え」
差し出されたアイスを食べる。
すごく近くに燭台切の蕩けた金の瞳がある。
「美味しい?」
「っ」
「じゃあ、もうひとくち」
「そ、それは燭台切さんの……っ」
スプーンがまた口に入れられる。
それで、燭台切もアイスを食べる。いつの間にか、膝に乗せられてる。
(え、いつ!?)
それに、よく考えたら、スプーンが。
(か、間接キス……っ)
恥ずかしさに顔に熱が集まる。
「ほら」
また差し出されるスプーンに、抵抗できない。だって、すごく嬉しそうで。
「うん、美味しいね」
もう返事ができなかった。
カラン、とグラスの中で氷の溶ける音がした。
縁側から見る今夜の月は、満月から少し欠けて、居待月。夜空にぽっかりと浮かんでいる。
隣には彼女がグラスをもって、微笑んでいる。
今夜は少し機嫌がいい。
昼間も、そうだった。
燭台切を気遣い、特別なデザートを作ってくれた。
彼女の家族の思い出に、混ぜてもらった気がする。
今日は何かを決意していたみたいだから、少しだけ強請ってみたけど。
「……本当は、私が甘やかすつもりだったのに……」
小さなつぶやきが聞こえて、身体を起こす。
「え?」
こちらを見る彼女は、頬を染めながら困った様子だ。
「結局、最後には私の方が甘やかされてしまいました」
奥に金色を秘めた焦げ茶の瞳が、ゆらりと揺れている。
「美味しいデザートだったね」
「っ」
ますます赤くなるのが可愛い。でも、きっと僕も赤くなっている。夜だから目立たないけれど。
あんなに勇気を出してくれたのに、彼女は自分が甘やかされたと思っている。
でも違う、あの一匙だけで、僕は十分すぎるほど甘やかされていた。
「嬉しかったよ、とても」
言葉を少し区切って、伝える。
「僕のために考えて、僕のために作ってくれて」
「一緒に食べてくれた」
「それだけで十分」
複雑そうな彼女は、眉間にしわを寄せている。
「そんなことで?」
「そんなことじゃない。君の気持ちが嬉しいってこと」
その眉間をちょん、と突く。ぱっとまた赤くなった。どこまでも赤くなる。
「……そんなの、全然足りないです」
「もっと甘やかしてくれるの?」
大歓迎だよ、と微笑む。
でも、内心はドキドキしている。
この子、本当に思い切った行動をするから、油断できない。
毎夜理性を試されている気がしてならない。
彼女が困ったように見上げてくる。
「甘やかす……」
じっとこちらを見つめて。可愛いけど、ちょっと本当に、可愛すぎるんだけど。
その手が伸びて、燭台切の頭を引き寄せた。
「え」
頭を胸に引き寄せて、髪をそっと撫でられる。
「よしよし?」
燭台切は固まるしかなかった。動けなかった。
動いたら、終わる気がする。
(ほんと、ほんっとうに、君はっ)
燭台切の理性を破壊しに来る。
「いつも、燭台切さんがやってくださるので」
照れた声にもこたえられない。
彼女にとって、燭台切が抱きしめて頭を撫でるのが甘やかし、なのだというのがわかった瞬間だった。
合っているのだけど。そうなんだけど。
(君と僕とじゃ、大違いなんだよっ)
今夜も彼女には勝てそうにない。
甘やかすつもりだったという彼女の作戦は、見事に成功してしまった。