[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第十五話 [た] 大切なのはどっちかじゃない

翌朝、主は日課を最低限終わらせてから、もう一度時の政府からの通知を開いた。

その左右には燭台切と山姥切国広。

逃げないように。一人で読まないように。

そんな配置だった。

「これが、歴史調査室からの調査結果です。私も途中までしか読んでいないのですけど」

主が通知を開く。

長い文面だった。

歴史観測。時間遡行の痕跡。因果の分岐。統計結果。

難解な専門用語が並んでいる。

主は深呼吸をして読み進めている。

父母の出会いに観測上の異常が見られること。

複数の歴史分岐において接点が確認できないこと。

その結果として、主自身の存在が成立しない可能性が高いこと。

読みながら、震えている主の手をそっと握る。ひどく冷えている。

震えながらも、主は視線をそらさない。

怖くても、最後まで読まなければ、始まらないから。

途中、ふいに山姥切が言う。

「ここ」

「え?」

「この文章」

指先がある一文を示す。

『極めて高い可能性をもって推定される』

「それが?」

「断定じゃない」

主が目を瞬く。

確かにそう書いてある。

「だが、かなり高い可能性だと」

「可能性は可能性だ」

山姥切は淡々と言った。

「証明ではない」

主が黙り込む。

その横で燭台切も文面を追っていた。

そして。

「主くん」

「はい」

「最後まで読もう」

「……はい」

続きを、さらに読み進める。

観測結果の補足。参考資料。再調査予定なし。推奨進路。審神者継続、もしくは転生措置。

そこまで読んだところで。

「ん?」

燭台切は眉をひそめた。

「どうかしましたか?」

「これ」

燭台切は画面の下部を指差した。

小さな文字を、燭台切が読み上げる。

「本観測結果は現時点で取得可能な情報を基にした暫定的推定であり――」

山姥切も画面を見て。同時に顔を上げた。

「暫定?」

「推定?」

主も目を見開いた。確かにそう書いてある。

昨日は頭が真っ白で気付かなかったのだろう。

「主」

山姥切が低く言う。

「この報告書は結論じゃない」

「え」

「途中経過だ」

主が息を呑む。燭台切も頷いた。

「少なくとも僕にはそう見える」

「でも、職員さんは」

「人間は間違えるよ」

燭台切は静かに言った。

「僕たちだって間違える」

そして。

「だから、もう少し調べよう」

その言葉に、主は画面へ視線を戻した。

握る手の震えが、止まっていた。

 

 

 

隣で、主が目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。落ち着くためのいつもの癖。

それから開かれた瞳は、先ほどとは違う不安にゆれる。

「でも、再調査予定なし、ですよ。どうやって調べたら」

「うちに、時の政府から褒賞で与えられた刀剣男士がいるだろう」

山姥切の言葉に、主は顔を上げる。

「え」

「本歌なら、調べる術を知っている」

「え、でも、」

「聞いてくる」

動き出す山姥切の布を掴もうとした手がすり抜けた。

「ま、待ってください、山姥切さん! その、えと」

「なんだ」

「その、山姥切長義、さん、は」

主が迷う様に、山姥切はじっと待った。きっとずっと、二人はそうしてきたのだろう絆が見える。

「協力、して、いただけるでしょう、か? 私、最初にひどいこと、を」

「ひどい? なにがだ」

「その、あの、山姥切さんのことを悪く、いわれた、ので」

「ああ、そのことか。なら、気にしなくていい」

「で、でも」

「燭台切、俺は本歌を呼んでくる」

山姥切が部屋を出て行ってしまうのを、主はおろおろと見送る。

「ど、どうしましょう、だって、だって、私、あの方にひどいことを」

燭台切が聞いているのは、よくある話だ。

特命調査の監査官としてきた山姥切長義に向って。

私の刀を悪く言わないでください、と言い返したという、それだけのこと。

その後、特命調査の報奨として彼が来てから、二人は碌に話をしていないらしい。

「……僕は後から聞いたけど、あれは長義くんが悪いと思う」

「ええっ」

「だって、山姥切くんは君の初期刀で、ずっと支えてくれた大切な刀剣男士なんだろう? 自分の刀剣男士を貶されることだけは、君はいつも譲らないじゃないか」

「っ」

「大丈夫。ね?」

燭台切に言われても、主は全然大丈夫ではなさそうだ。

だが、そんな風におろおろしているうちに、障子が開いた。

「連れてきた」

山姥切国広の後ろから現れたのは、内青の白い外套を羽織った青年。

山姥切長義。

主の背筋がぴんと伸びた。

「お、お久しぶりです」

「……ああ」

長義も硬い。なぜか硬い。

燭台切がちらりと国広を見る。

国広も怪訝そうな顔をしている。

なんだ、この空気。

互いに嫌っている者同士というより、むしろ。

ものすごく気まずい。

そんな空気だった。

長義が咳払いを一つした。

「それで?」

「え?」

「再調査の件だろう」

「あ、はい」

主が少し下がり、ディスプレイの通知画面を示す。

長義は進み出ると、その場で目を通し始めた。

部屋が静かになる。

主は落ち着かない。

ちらちら長義を見る。

長義は資料を読む。

ちらちら見る。

読む。

ちらちら。

読む。

「……そんなに見られると読みにくいんだが」

「ひゃっ」

主から、小さな声があがって、長義が一瞬だけ目を瞬く。

こんな時だが、燭台切が吹き出しそうになって。国広は天井を見た。

長義は再び資料へ目を落とす。

しかし、今度は少しだけ口元が緩んでいた。

 

 

 

数分後。

長義は最後まで目を通し、机の上へ資料を置いた。

「おかしいな」

その一言で空気が変わる。

燭台切が表情を引き締めた。

「どこが?」

「結論が先にある」

長義は資料を指先で叩く。

「普通の調査報告書じゃない」

「え?」

「本来なら観測結果を並べ、その上で可能性を検討する」

「はい」

「だがこれは逆だ」

長義がディスプレイを指し示す。

「偽史である可能性が高い、という結論に合わせて証拠を集めている」

主が息を呑んだ。

「そんなこと」

「ありえないとは言わない」

長義は淡々と言った。

「だが俺なら差し戻す」

静かに。はっきりと。

主が目を見開く。

昨日まで閉ざされていたはずの道。もう終わりだと思っていた道。そこに、ほんの少しだけ光が差したからだろう。

「ほ、本当ですか」

長義はそこで、初めて真正面から主を見て、少しだけ眉を寄せた。

「君は」

「はい」

「俺を何だと思っているんだ」

「え」

「元監査官だぞ」

当然だろう、とでも言いたげな顔だった。

「報告書の不備を見つけるのが仕事だったんだ」

主はぽかんとした。

国広は小さくため息をついた。

長義は気づいていない。全く気づいていない。

燭台切にも分かった。

主はもう、長義を信頼し始めている。

そして、長義自身も、どこか肩の力が抜けたように見えた。

長義がじっと主を見る。主もじっと見つめ返す。

「時の政府で、俺は主の噂をきいたことがある」

「政府では君は優秀な審神者として知られている」

主は瞬きをした。

「で、でも、私は審神者として、普通のことしか……」

長義が鼻で笑う。

「普通の審神者はな、些細な報告は自己判断であげてこないんだよ」

「そう、なんですか?」

「そういうことだ」

長義は短く言い切ると、少しだけ視線を外した。

「それに、この本丸はやけに静かだ。統率が取れている。……悪く言えば、過保護なくらいにな」

そこまで言ってから、長義はふっと目を細めた。

「まあ、俺の評価としては“優良本丸”だな。嫌味じゃなく、純粋に」

「……そう、なんですね」

主は小さく息を吐く。安心したような、でもどこか実感のない顔だった。

その隣で、燭台切が軽く肩をすくめる。

「ほらね。君はちゃんと“そういう審神者”なんだよ」

「でも……私は、普通のことしか」

長義がそこで初めて、主を真っすぐに見る。

「普通を積み重ねて、結果的に最適化されてる。……面倒なタイプだな、ほんとに」

「面倒……ですか」

「褒めてる」

即答の後、長義は間を一拍だけ空けた。

「ただし、俺が気に食わないのはそこじゃない」

「え?」

長義は腕を組む。

「偽史の可能性が高い、なんて報告を出しておいて、再調査を打ち切ってる点だ」

その言葉に、部屋の空気がまたわずかに変わった。

燭台切が静かに目を細める。

「つまり、まだ“確定”じゃない」

「そうだ。確定じゃない。だが、政府は“ひとまずの結論”として扱っている。普通はそこからが本番だろう」

長義は一度だけ、主を見た。

「それで、主はどうする?」

「……私は」

主の指が、膝の上でわずかに動く。

言葉が出てこないという沈黙を、燭台切はそっと受け取った。

「今は答えを出さなくていいよ」

出来るだけ、柔らかく声をかける。

「ただ、調べる余地がある、って分かった。それだけで十分だと思う」

長義は小さく鼻を鳴らす。

「……甘いな」

「よく言われる」

「自覚があるなら結構」

言いながらも、長義は立ち上がる。

「なら、調べ方はある。少なくとも、俺なら、な」

「本歌、頼めるか?」

国広の言葉に、長義は一瞬だけ目を細めた。

「……ああ、いいだろう」

返事は、やけに素直だった。そして、すぐに付け加える。

「ただし、変な誤解は解けよ。俺は別に、主を嫌っているわけじゃない」

「え?」

主がきょとんと目を丸くする。

長義は視線をそらしたまま、淡々と続けた。

「最初に、そいつに“偽物くん”と言った件だ」

「あ……」

空気が一瞬止まる。燭台切は、肩を震わせた。

「笑うな」

長義はそのまま、少しだけ背を向ける。

「……俺は元でも監査官だ。評価は正確にする。だから主、あんたのこともちゃんと評価してる」

「評価……?」

「優秀だ。以上」

言い切ってから、部屋を出ていった。

残された主は、ぽつりと呟く。

「……嫌われてない、んでしょうか」

燭台切は即答した。

「むしろ、気に入ってると思うよ」

「え」

「たぶん、かなり」

主はようやく小さく息を吐いた。ほんの少しだけ、肩の力が抜けている。

「……この本丸、面倒な人多いですね」

「今さら?」

燭台切の笑い声だけが、少しだけ明るく響いていた。

本丸には、昨日より少しだけ穏やかな空気が戻っていた。

 

 

 

夜、糸のように細い月を、並んで眺める。

彼女はグラスを両手で持って、それをぼんやりと見ている。

「……長義、さんって」

そこで言葉を止める。

「国広、さんと、長義、さん。思ったより仲悪くないんですね」

「あと、やっぱり正直で」

不意に彼女の顔が燭台切を見る。

「真っ直ぐなところは、燭台切さんと一緒、ですね」

目元が少し柔らかい。昨夜より、少しだけ持ち直している。

今日、少しだけ光明が見えたせいだろう。

「そう?」

「系統が近いせいですか?」

「どうだろう」

「ふふっ」

無理をして笑っている、というほどでもない。少しは元気になっているのだろう。

それなら、燭台切にも少しだけ気になることがある。

「山姥切くんのこと、国広さん、て呼ぶようにしたんだ?」

「あ、えと、長義、さんが気にするので。慣れないので、つっかえちゃうし、きっと間違えちゃいますけど」

「ふぅん?」

それは少しだけ、いや、かなり面白くない。

「あ、の?」

「僕は?」

「燭台切さん?」

じっと見つめる燭台切が何を言いたいのか、ただ見つめ返す彼女は気づかない。

「主くん」

「はい」

「本当に、わからない?」

「な、なにがでしょう」

本気でわからないらしい彼女に、燭台切は少しだけ肩を落とした。

可愛いけど、今はそうじゃない。

「長義くんは、長義さん」

「はい」

「山姥切くんは、国広さん」

「はい」

燭台切は自分を指差した。

「僕は?」

「燭台切さん」

「うん」

「……?」

やっぱりわからないらしい。

燭台切は天を仰いだ。月と星が綺麗だった。

「主くん」

「はい」

「僕の名前は?」

「あ」

やっと気づいたといった様子で、彼女が瞬きし、頬を染める。

「で、でも」

「うん」

「燭台切さん、は」

「うん」

「燭台切さん、ですし」

耳まで赤くする彼女は、よくわかっているのだろう。

どうしたら、燭台切が喜ぶか。もう、わかっている。

燭台切は、少しだけ拗ねたように呟く。

「別に無理にとは言わないけど」

「少しくらい期待しちゃうよね」

彼女が小さく唸る。

自分の膝の上で、グラスを握りしめ、真っ赤な顔で震えている。

可愛い。とても可愛い。

たぶん、頑張ろうとしている。

だから、燭台切は待った。

急かさない。こういう時は待った方がいい。

しばらくして、彼女がそろそろと顔を上げた。

「……み」

「……」

「み、つ」

途中で止まる。

真っ赤だ。耳まで。首まで。

燭台切は心臓を押さえたくなった。

待て。まだだ。まだ落ち着け。

「みつ、ただ、さん」

消え入りそうな声だった。

それでも、確かに呼んだ。

両想いになった日以来のことだ。

燭台切は固まった。今度は本当に固まった。

二人で、沈黙する。

彼女が不安そうな声で、燭台切を伺う。

「あ、あの」

「……」

「み、光忠、さん?」

追撃だった。おそらく勢いで。燭台切は両手で顔を覆った。

「だめだ」

「えっ」

「予想以上だった」

「な、なにがですか」

「破壊力」

彼女がさらに赤くなる。

燭台切は深く息を吐いた。

そして、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。

「ひゃっ」

「主くん」

「は、はい」

「僕、今すごく幸せ」

「……」

「もう一回」

「え、む、無理です」

「もう一回」

必死に抵抗する彼女を抱きしめながら、燭台切は思う。

彼女の声には感情がのっている。

その声で、好きな人の名前を呼ぶというのは。

思ったよりかなり、ずっと、嬉しい。

 

 

 

翌日から、日々の日課に、長義からの報告が入ることになった。

「とはいっても、昨日の今日だからな。特に進展はない」

隣には近侍の燭台切がいて、今日の長義は内番服で、それでもぴしりと伸びた綺麗な姿勢だ。

「い、いえ、助かりま、す」

「他に何か手伝いがあれば、遠慮なく言ってくれ」

なにか、と言われて、一度口を開き、閉じる。

「なんだ?」

「あ、りませ、ん」

「そうか」

長義は席を立とうとしていた。

報告は終わった。今日も特に進展はない。それだけだから。

「ちょう、ぎ、さんっ」

声を振り絞って、呼び止める。長義が振り返る。

「ん?」

緊張を、膝の上で握りしめる。

「どうした」

「あ、あの」

視線が泳ぐ。逃げるように下を向く。

それでも、言うべきだと思ったから。

「わ、私」

ぽつりと言った。

「長義、さん、は」

そこでまた止まる。

長義は黙って待ってくれていた。

急かしたら、話せなくなるのを知っているかのように。

「苦手、です」

「……ああ」

諦めのこもる声に、顔を上げる。

「で、でも」

「格好いい、とも、思ってます」

今度は長義が固まった。

「え」

「く、国広、さんから、ずっと、聞いていました」

伝えるぞ、と長義の目を真っすぐに見る。

「美しくて」

「格好よくて」

「強くて」

「仕事もできて」

「理想の刀、だって」

長義は何も言わない。言わないから、続ける。

「だから、その」

「最初は、怖かったです」

「今も少し、怖いです」

「でも」

ぎゅっと拳を握る。

「く、国広、さんの言っていた通りの人だなって、思います」

伝えたいことは言えた、と安堵の息を吐いた。

自分のことで精いっぱいで、燭台切と長義が自分を複雑そうに見ていたことには気づかなかった。

 

 

 

燭台切がおやつを取りに行っている間、廊下で待っていた時。近くを通りがかった国広を呼び止める。

「く、国広、さん」

「なんだ」

呼びなれないのが分かるのだろう。彼は小さく笑っていた。

「長義さん、やっぱり格好いいですね」

「ああ」

国広が即答する。

「そうだろう」

「やっぱりそうですよね」

二人で頷く。

そして。

「でも」

「ん?」

「燭台切さんの方が格好いいです」

それに対し、国広は首を振った。

「それは違う」

「えっ」

「本歌の方が格好いい」

「違います」

お互いに向きあい、繰り返す。

「本歌だ」

「燭台切さんです」

「本歌だ」

「燭台切さんです」

二人とも真顔だった。

どちらも譲れないところだったから。

どちらも相手が譲れないところだとわかっていたから。

本気で言っていた。

「長義さんは美人です」

「そうだな」

国広の同意に、さらに重ねる。

「燭台切さんは格好いいです」

「本歌も格好いい」

「燭台切さんです」

「本歌だ」

全く譲らない。

最初から、二人だったころから、お互いにこうだった。

それは、国広が諦めなくていいと言っていたから。

だから、これだけは譲れない。

絶対に。

「絶対に、燭台切さんです」

そして、国広も譲らない。

「絶対に、本歌だ」

その頃、廊下の向こう、本人たちが聞いているとも知らずに、二人で言い続けていた。

 

 

 

夜の縁側で、いつものように月を見て、グラスを傾ける。その彼女の横顔を、燭台切はじっとみていた。

昼間に立ち聞きしてしまったことを思い出す。

あんな風に誰かに、個人的なことを強く主張する彼女を見たのは、正直初めてだ。

初期刀だから、なのだろう。羨ましいのは今さらだ。

それよりも。

「今の僕、君の前で格好良くできてるかな?」

振り向いた彼女が、不思議そうに首をかしげる。

「燭台切さんは、いつだって格好いいです」

そうじゃない時なんてないというけど。

「君の前だと、いつも格好悪いと思うんだけど」

「え、そんなこと、ないですよ。格好良すぎて、隣にいるのが時々……」

「時々?」

「恥ずかしくなります。えと、前は、ですけど。い、今は、頑張れます」

可愛いなぁと口元が緩めながら、燭台切は彼女の頭をそっとなでた。

「うん、ありがとう」

ぶわっと、首から上が真っ赤になり、視線をそらされる。

その反応に、燭台切は一瞬だけ目を見開く。

いや、今のは別に何か特別なことをしたつもりはなかった。ただ頭を撫でて、お礼を言っただけだ。

それなのに。

「主くん?」

「……」

「顔、真っ赤だけど」

「だ、大丈夫です」

全然大丈夫そうじゃない。

耳まで真っ赤だ。こんなに僅かな月明かりの下でもわかるくらいに。

燭台切は思わず笑ってしまった。

「そんなに?」

「……です」

小さく返ってくる声で、両目をぎゅっと閉じて。

「だって、燭台切さん、急に撫でるから」

「急に?」

「急です」

「いや、恋人同士なら普通じゃないかな」

「っ!」

今度は肩まで跳ねた。

本当に面白いくらい素直だ。

付き合い始めてからしばらく経つのに、こういうところだけは全然慣れてくれない。

慣れられても少し寂しいけれど。

「主くん」

「な、なんでしょう」

目を開けた彼女が、そっと見上げてくる。

「僕たち、恋人なんだよね?」

「そ、それは」

「違った?」

「違いません!」

燭台切は吹き出す。

「ならよかった」

「もう……」

恨めしそうだけど、全然怖くない。むしろ可愛い。

「昼間さ、山姥切くんと話してたよね」

「はい?」

「長義くんの話」

ぴたりと彼女が固まる。

「あ」

「聞こえてた」

「……」

「全部」

「……」

「全部」

彼女はゆっくりとグラスを置いた。そして、両手で顔を覆う。

「そんなに?」

「……です」

燭台切は肩を震わせた。

昼間の光景を思い出す。

国広と彼女が真面目な顔で、本気で言い合っていた。

燭台切と長義、どちらが格好いいか、を。

廊下で聞いていた燭台切と長義は、途中から黙るしかなかった。

あれは反則だ。

本人のいないところで褒められる方が、ずっと効く。

「でもね」

燭台切は少しだけ身体を寄せた。

「嬉しかったよ」

「……」

「君がそう思ってくれてるんだってわかって」

彼女がそろそろと指の隙間からこちらを見る。

「本当、ですから」

「うん」

「その、長義、さんには申し訳ないですけど」

「うん」

「私には、燭台切さんが一番なので」

さらりと言う。本当にさらりと。本人はたぶん何もわかっていない。

「主くん」

「はい」

「それ以上はだめ」

「え?」

「僕の理性のために」

「え?」

きょとんとしている。完全に、無自覚だった。

燭台切は深く息を吐く。

以前は燭台切が、格好いいとは何か、どうしたら自信を持てるか。そういうことを教えていたはずだった。

なのに気づけば、今は燭台切の方が振り回されている。

「ねえ」

「はい?」

「山姥切くんたちに言われたんだけど」

「なんでしょう」

「君、昔からこうだった?」

彼女は首をかしげた。

「天然」

意味がわかっていない顔だったから。燭台切はとうとう笑い声を漏らした。

本当に敵わない。

だってこの子は、いつだって、好きな相手を本気で褒めているだけ。

だから、この本丸の刀剣男士は皆、放っておけなくなるのだろう。もちろん、燭台切も例外じゃない。

「本当に君って、罪作りだよね」

「ええっ!?」

納得できないという顔をしている。

でも、燭台切からすると、こんな主に好かれて、絆されない刀剣男士がいるだろうか。

たぶん、いない。少なくともこの本丸には。

だからこそ、燭台切は彼女の髪にそっと額を預けた。

「本当に」

「?」

「君が僕を選んでくれてよかった」

小さく呟く。

すると、彼女もそっと燭台切の服を掴んだ。

「それ、違います」

「うん?」

彼女の瞳の奥、金色が蕩けて、微笑んでいる。

「あの、他は、いないです」

「私は、ずっと、なので」

「燭台切さん、だけ、なので」

「他なんて」

――考えたこともないです。

照れる様子ではなく、真剣に言ってくるから質が悪い。

「ごめん」

膝にのせて、彼女の髪に顔をうずめる。

「これ以上、僕を喜ばせないで」

「え」

「止まらなくなる」

「え」

「だめかも」

「えっ」

彼女の方が抱き着いて、胸に顔を埋めてくる。なにそれ、可愛い。

「だ、だめって」

それを両腕でしっかりと抱きしめる。

「調子に乗るから」

「っ」

「僕以外? 考えたことない? 本当?」

繰り返すとこくこくと頷く。

本当、可愛い。

「嬉しい」

嬉しい。

もう言葉がそれ以外でなくて、ずっとそのまま抱き合っていた。

 

 

 

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