[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
翌日の報告時、執務室に入った長義が軽く目を瞠った。燭台切が主から離れて座っていたから。
だが、何も言わなかった。
「主、昨日の演練の件だが、あなたは本丸で待機していてくれ」
「え?」
「その方が動きやすい」
「……わかりました。お願いします」
長義がそう言ったのは、昨日の突撃しようとしたことがあるからだが、主は特に追求することなく受け入れた。
隣で国広が頷く。
「大丈夫だ、俺と兄弟がつく」
「それはどう言う意味かな、国広?」
二人が軽口を叩く様を、僅かに口元を緩めてみている主に、焦燥はなさそうだ。
昨夜の影響も、少し焦茶の瞳の色が明るく見える時があるくらいで。
山姥切たちが去って、すぐに秋田がやってきた。
「主君、お仕事終わりました?」
「はい」
無邪気に近寄ってきた秋田は主の手を取る。
「じゃあ、僕とお散歩しましょう!」
「え?」
「今日はとっても良いお天気なんですよ」
主の視線が燭台切に向かう。
「……じゃあ、僕は昼食の準備を手伝ってこようかな」
主の目が見開かれ、ついで寂しさを乗せる。それから、無理やりに笑顔をつくる。
「はい」
無理をしているとわかる笑顔。
でも、燭台切は動かずにただ微笑みを返した。
執務室に一人残る燭台切は、顔を押さえる。
廊下に出る直前、彼女は自然と左腰に手をやっていた。そこにずっと燭台切光忠を佩いていたから。自然と抑えようとしていた。
「……伽羅ちゃん、僕、前までどうしてたっけ」
それは執務室の廊下に静かに座る仲間への問いかけ。
「知るか」
無情な返しに、燭台切は大きなため息をついた。
今日は昨日の自戒も込めて、少し彼女と距離を取ろうと思っていた。
だから、ここ最近毎日してもらっていた帯刀を辞退するところから始まった。
彼女は頷いてくれたが、その視線が残念そうだった。その上、執務中も何度か左手が宙を彷徨うのをみてしまった。普段より一歩分離れていたから、より見えてしまった。
加えて今の、だ。
秋田からの散歩の誘いに、燭台切が行かないとわかると、目が雄弁に寂しいと訴えていた。
なのに、全部、口にはしなかった。これが一番堪えた。
もともと言いたいことを言わない、飲み込んでしまう子なのだ。
「……昨夜のこと、覚えてるはずなのに……」
昨夜、全てを奪おうとした燭台切を、彼女はもう許してしまっている。
「……困る……」
触れていない今の方が、愛しさが溢れてどうにかなりそうだ。
残りの一日を燭台切は厨で過ごした。
主は粟田口の短刀たちに連れ回されているのを見かけた。羨ましい。
夕食後、彼女が燭台切の側に自分からやってきた。
「燭台切さん……」
「なにかな」
「……今日は、いいですよね?」
月見と酒の許可をとりにきたのは、初めてだった。
どうしよう。本当、どうしよう。
今はきっと、自制が、効かない。
「今日、は」
その時、太鼓鐘が燭台切の背を軽く叩いた。
「お、デートのお誘いかい?」
彼女は少し迷って、頷いた。
(え)
「お熱いねえ」
「そう、ですか?」
太鼓鐘が燭台切を見上げ、にっと笑う。
「女性の誘いを断るのは、良くないと思うぜ」
「貞ちゃん……」
「行って来いよ」
迷う燭台切を、彼女も見上げる。
「……あの、一人で、大丈夫です」
「もともと、そうですし」
「燭台切さんも、忙しいですし」
引いてしまう彼女はひどく寂しそうで。
その肩に鶴丸が軽く手を置く。
「気にしなくていいぞ、主。光坊は」
「鶴さん」
余計なことを言いそうな鶴丸の声にかぶせる。
まったく、本当に、お節介で頼もしい仲間だ。
燭台切は彼女に手を差し出す。
「一緒に行こうか」
彼女は嬉しそうに、はい、と頷き、燭台切の手を取った。小さな手は緊張で強張っていたけれど、すぐに握ってくる。
離さないように、と言われているみたいだった。
彼女と一緒に縁側に着くのはあっという間だった。
座布団が二枚に、湯飲みが二つ。急須が一つ。ポットが一つ。
「え」
彼女を見ると、少し悪戯に微笑んでいた。
「昼間、鶯丸さんにお茶の淹れ方を教わったんです」
手を引かれ、座る。
彼女がお茶を淹れて、手渡してきた。温かさが手にしびれるようだ。
「……ウイスキーはいいの?」
「はい」
隣に座った彼女が、燭台切の手に手を重ねる。
「聞きたいことがあって」
「うん」
彼女はなかなか話しださなかった。
少し太ってきた半月をじっとみて。
ゆっくりと燭台切を見た。以前より明るくなってしまった茶色の瞳で。
その目が柔らかく溶ける。
「でも、いいです」
「いいって」
重ねた手を握られる。弱い力だけど、たぶん、彼女の精一杯の力で。
「今、隣にいてくれるなら、それでいいです」
そういって、寂しそうに笑う。
燭台切が抱きしめたくなる思いを堪える間、彼女はずっとこの目をしていた。
「……どうして」
「どうして?」
「僕、君を……」
「?」
あんな風に勝手なことをして壊そうとしたのに。
湯飲みを置いた彼女が、微笑む。
「私、嬉しかったんです」
「不安なのは、私だけじゃなかったんだって」
そこで少し照れた様子で。
「変、ですよね」
「変じゃないよ」
「そうですか?」
「うん」
「じゃあ」
見上げてくる彼女が望むのは。
「ぎゅって、してください」
「私が、私たちが不安に潰されないように」
燭台切も湯飲みを置いて、手を広げる。
膝に乗ってきた小さな身体を、そうっと抱きしめる。いつもそうするように、胸の中で、彼女が安堵の息を吐く。
「……我慢、させてるんですよね?」
「え」
「いいんですよ、もっと欲張りになって」
「……」
「私は、燭台切さんがしてくれることは、なんでも嬉しいので」
「まって、そこまでにして」
見上げようとしてくる彼女を抱き込む。燭台切の顔を見えないように。
「今日は、自重しようとしてたのに……っ」
「しないでください」
「でも」
「……さびしい、です」
酔ったわけでもなく零れ落ちた言葉に、目を丸くする。
「私、今日、ずっと寂しかったんです」
「だから、もうやめてください」
「いつも通りの燭台切さんでいてください」
燭台切は返事ができなかった。
いつも通り。その願いが、今は一番難しい。
抱きしめれば壊してしまいそうで。離れれば寂しがらせてしまう。
どうすれば、この子を守れるのだろう。答えはまだ見つからないままだ。
それでも腕の中の温もりだけは、離したくないと思ってしまった。
力を緩めると、彼女が見上げてくる。優しい眼差しで。
「……ごめん」
「謝らないでください」
「……ごめん」
「もう……」
苦笑した彼女が、燭台切の前髪を揺らす。
「私たち、欲張りでいましょう」
「……欲張りで?」
「はい」
それから、照れた様子で。
「家族も、私も、……光忠さんも、諦めたくないので」
「どうしようもなくなったら、攫ってください」
いいですよね、と微笑む彼女を燭台切はもう一度しっかりと抱きしめた。