[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第二十話 [い] いつまでも待ってます~忘れても、忘れません~

演練を終えた後、長義、国広、燭台切を伴って、時の政府庁舎を進む。

大抵のゲートは審神者証で通ることが可能だが、流石に歴史観測室の奥まではいくことができない。

あの時の部屋の扉の前で、立ち止まる。

「主くん」

気づいた燭台切が後ろで止まったのが分かった。

あの時、何もかもが終わりだと思った。けれど、終わってはいなかった。真実はまだ奥にあった。

私は諦めかけていたのに、皆が助けてくれたから、それがわかった。

「主」

三振に呼ばれ、一度目を閉じ、向き直る。

「すいません、行きましょう」

昨日、長義が用意した資料は読み込んだ。隅々まで。

私の歴史は一つではなかった。

存在しないはずの弟。削除された年月。修正された戸籍。

私という人間の歴史は、思っていたよりずっと曖昧だった。

だから、今日はその内容を聞きに来たわけじゃない。

私が聞きたいのは一つだけだ。

 

――父を、母を、家族を取り戻すことができるのか。

 

すべてはそこから始めたのだから。

そう思いながら、私は廊下の奥へ足を踏み出した。

 

審神者には通ることのできない扉の前、水心子と清麿が待っていた。

「用意はできています。行きましょう」

「はい」

水心子の案内で、さらに奥へと進む。

「ここだ」

そして、案内された扉を、清麿が前置きなく開けた。

「おい」

長義が咎めの声を出すが、飄々としたものだ。

「資料はこっちも読み終わってるんだ。時間をかける理由はない」

「そうです」

中からあの時と同じ職員が出てきた。

「お久しぶりです、審神者様」

無表情を張り付けた職員が手招きする。

「刀剣男士の皆様も一緒で構いません。中へ、お入りください」

そして、部屋の中へ入る。室内は広いわりに、長テーブルが一つ、椅子が二脚だけだ。

「そちらへお座りください」

言われるままに椅子へ座る。そして、こちらには三振、職員の側に水心子と清麿が立った。

「ひと月を待たずにお会いするとは思いませんでした」

「資料の内容は、こちらの再調査結果とも一致していました」

「当初の通知内容を訂正します」

「審神者様は、歴史から消失する存在、 ではありません」

「正しくは、複数の歴史が同時に成立している観測対象でした」

職員が差し出した資料を長義が受け取り、ちらりと目を通してから渡してきた。

「結論から申し上げます」

「調査の結果、審神者様の歴史には複数の成立可能性が確認されました」

「いずれを採用するかは、ご本人の選択となります」

一度職員は言葉を切ってから、続けた。

「審神者様のご家族の歴史を取り戻すことは可能です」

あまりにあっさりとした言葉に、息をのんだ。

こちらのことを気にせずに職員は続ける。

「その際、審神者業務に関する記憶は、現世生活に支障をきたすため、封印する必要があります」

即座に長義が言う。

「不可だ」

「歴史改変に関わった情報を一律消去するのは、逆にリスクが高い」

言われるのが分かっていたのだろう。職員が続ける。

「もうひとつ方法があります」

「現世で生きる人格と、本丸での記憶を切り離すという分離処理です」

「完全消去ではないため、日常生活に支障をきたすことはありません」

長義が目を細め、にらみつける。

「なぜそちらを先に言わない」

「現在検証中の技術ですので、選択はお勧めしません」

「どちらを選択しても、審神者様の本丸は時の政府管理下へ移管されます」

職員は平然と続ける。

「どうなさいますか?」

まっすぐにこちらを見る職員は、感情を見せない。

「……時間を、いただけますよね」

「はい」

「いつまでですか」

「では、二日後にお答えをお聞かせください」

「はい。本日はありがとうございました」

職員が出て行ったあと、すぐに燭台切が隣に膝をついて、手を取ってくれる。

「主くん」

「大丈夫です。……大丈夫です、今度は」

少し気の抜けた顔で、笑ってしまう。

「約束、ですからね」

「一人で決めないことって」

周囲が息をのむ。

「……帰って、話し合いましょう。今度こそ、ちゃんと」

燭台切が握った手に、額を押し当てる。何かをこらえるように。

「そうだね」

押し殺された声は、少しだけ、震えていた。

 

 

 

本丸に帰って、皆に報告した。

ほとんどが喜んでくれたし、家族を取り戻すのがいいと言ってくれた。そのために審神者になったことを知っていたから。

それで、本丸で過ごす最後の夜だから、皆で夕食をということになった。全振で大広間に集まって、夕食を食べた。

入れ替わり立ち代わり、男士たちがやってきて。話をして。

自分がいかに心配されていたのか、信頼されていたのかを初めて知った。

でも、気が付けば、数日ずっと一緒にいた姿がなかった。部屋のどこにも。

「……行ってきなよ、あるじさん」

乱を筆頭に宴会場を送り出され。

暗い廊下を一人、急ぎ歩いて探す。

そうして、燭台切を見つけたのは、いつもの縁側だった。

いつもと違って、内番着ではなく、戦装束のままで。大きな背中がピンと伸びているのに、小さく見えた。

「……燭台切さん」

声をかけても振り返ってくれなくて。

「主くん」

静かに彼は言った。

「良かったね」

あと一歩で手が届くところで、足が止まる。

「家族を、」

後ろから手を伸ばし、身体を寄せると、声が止まった。

「一人で決めないって、燭台切さんが言ったんですよ」

身体に当てた耳に、燭台切が息を止めた音がした。それから、彼は深く深く息を吐いて。

やっと振り返った。

「そうだね」

居待月の弱い月明かりが差して、いつもよりも儚くて。格好良くて。

隣に座って、燭台切を見上げる。

「勝手に決めないでください」

「うん」

ぽんと、頭に手を置かれて、見上げられなくなる。

「でも、家族を取り戻すのが、君の願いだった」

「僕はそれを止めたくない」

優しいのに固い声に、泣きそうになる。

「燭台切さん」

「家族を選んでいいんだよ、主くん」

本当は、自分を選んでと言ってほしかった。そうしたら、家族を取り戻せなくても私はーー。

思考を止めるように、髪を撫でられ、顔を覗き込まれる。

「欲張りになるんだろう?」

息をのんだ。

「家族も、自分も、僕も」

額が重なる。あの夜以来だけど、優しさは、流れてこない。それが哀しい。

「ごめんなさい」

「泣かないで」

「ご、めん、なさ……」

抱き上げられ、膝の上で胸に抱き寄せられて。髪を撫でられる。

「迎えに行くよ、必ず」

声が詰まって、返事ができない。

燭台切はずっと髪と背中を撫でてくれた。

しばらくして、涙が止まって。顔を上げると、また額を合わせてくれる。

「……もう流しては、くれない、ですか」

「うん、今はね」

「今は?」

ぱちぱちと涙の雫が残る睫毛で瞬きすると、目の前の金色がゆるりと溶けた。

「もう一度君が選んでくれたら、その時はもう遠慮しないから」

「……遠慮?」

「そう」

遠慮されていたのかと少し驚く。それぐらい、最近は近くにいたから。

「はい、遠慮しないでください」

「……いいの? 君、僕に甘すぎるんじゃないかな」

「……光忠さん、ですから……」

好きな人だから、と気持ちが伝わったのだろう。燭台切の頬がほんのりと赤い。

「そういうところだよ」

直視が恥ずかしくなるほどの色を感じて、目をそらす。動けないから、それしかできない。

「赤くなってる。恥ずかしいの?」

「い、言わないで」

「……かわいい……」

恥ずかしさに目を伏せる。

一瞬、熱が目元に触れた気がした。

「っ!?」

混乱しているままに、抱きしめられる。

「すぐに迎えに行くから」

「悪い男をひっかけないようにね」

腕の中、ちらりと燭台切を見上げる。

「……待ってます。ずっと」

「いつまでも、待ってますから」

早くきてくださいね。

燭台切は温かい眼差しで、また頭を撫でてくれた。

 

 

 

燭台切の腕の中、燭台切光忠という刀剣を両手で持つ。後ろから支えられているけど。

「大丈夫?」

「はい、お願いします」

最後にちゃんと刀身を見たい、とお願いした結果だ。

人の姿も好きだけど。一番は燭台切光忠の刀の身なので。

燭台切の手で、ゆっくりと目の前に露わになる鋼に、月の光が柔らかく反射する。

「審神者研修で、一度だけ見たんです」

「とても美しくて、力強くて、格好よくて」

「一目惚れ、でした」

淡い月の光の下でも、その美しさも、力強さも変わらない。

口を手で押さえ、ほぅと感嘆の息を吐く。

顔が熱い。ドキドキと胸が高鳴る。

「……そんなに?」

「はい、やっぱり、好き……」

うっとりとつぶやく。夢見心地な声だと、自分でもわかってしまう。

後ろで固まったような気がするけど、それどころじゃない。

「あ」

空気に溶けるように刀が消える。手の中の重さもなくなる。もっと見ていたいのに。

「そこまでに、して」

酷く狼狽した様子の声音に、振り返る。

「……え」

見たこともないほど、顔を赤くした燭台切に目を丸くした。

「初めて、きいたんだけど」

「僕に、一目惚れって、本当?」

何故そこまで照れているのかわからなくて、首をかしげる。

「あの、本体、なんですけど」

「……それが一番、反則なんだって」

ぎゅうと強く抱きすくめられる。すごく強く。

「……絶対、迎えに行くから」

「はい」

腕を回し、こちらからも抱き着いた。

「忘れていても、連れて行ってください」

「きっと私、また光忠さんを好きになります」

心の温かくなるままに、柔らかく言葉を続ける。

「……忘れても、忘れませんから……」

腕を緩めてくれたので、燭台切を見上げる。

「そんなこというと、攫ってしまうよ」

「いいえ、迎えに来てください」

「……」

「それで、ちゃんと幸せになりましょう。二人で」

目元を照れで赤くした燭台切の顔が、近づいてくる。

「うん、わかった」

「迎えにいくよ――」

溶けるように甘い金色の瞳が、目の前いっぱいになって、閉じられてゆく。

私も、ゆっくりと目を閉じた。

重なる影を月だけが見ていた。

 

 

 

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