[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
演練を終えた後、長義、国広、燭台切を伴って、時の政府庁舎を進む。
大抵のゲートは審神者証で通ることが可能だが、流石に歴史観測室の奥まではいくことができない。
あの時の部屋の扉の前で、立ち止まる。
「主くん」
気づいた燭台切が後ろで止まったのが分かった。
あの時、何もかもが終わりだと思った。けれど、終わってはいなかった。真実はまだ奥にあった。
私は諦めかけていたのに、皆が助けてくれたから、それがわかった。
「主」
三振に呼ばれ、一度目を閉じ、向き直る。
「すいません、行きましょう」
昨日、長義が用意した資料は読み込んだ。隅々まで。
私の歴史は一つではなかった。
存在しないはずの弟。削除された年月。修正された戸籍。
私という人間の歴史は、思っていたよりずっと曖昧だった。
だから、今日はその内容を聞きに来たわけじゃない。
私が聞きたいのは一つだけだ。
――父を、母を、家族を取り戻すことができるのか。
すべてはそこから始めたのだから。
そう思いながら、私は廊下の奥へ足を踏み出した。
審神者には通ることのできない扉の前、水心子と清麿が待っていた。
「用意はできています。行きましょう」
「はい」
水心子の案内で、さらに奥へと進む。
「ここだ」
そして、案内された扉を、清麿が前置きなく開けた。
「おい」
長義が咎めの声を出すが、飄々としたものだ。
「資料はこっちも読み終わってるんだ。時間をかける理由はない」
「そうです」
中からあの時と同じ職員が出てきた。
「お久しぶりです、審神者様」
無表情を張り付けた職員が手招きする。
「刀剣男士の皆様も一緒で構いません。中へ、お入りください」
そして、部屋の中へ入る。室内は広いわりに、長テーブルが一つ、椅子が二脚だけだ。
「そちらへお座りください」
言われるままに椅子へ座る。そして、こちらには三振、職員の側に水心子と清麿が立った。
「ひと月を待たずにお会いするとは思いませんでした」
「資料の内容は、こちらの再調査結果とも一致していました」
「当初の通知内容を訂正します」
「審神者様は、歴史から消失する存在、 ではありません」
「正しくは、複数の歴史が同時に成立している観測対象でした」
職員が差し出した資料を長義が受け取り、ちらりと目を通してから渡してきた。
「結論から申し上げます」
「調査の結果、審神者様の歴史には複数の成立可能性が確認されました」
「いずれを採用するかは、ご本人の選択となります」
一度職員は言葉を切ってから、続けた。
「審神者様のご家族の歴史を取り戻すことは可能です」
あまりにあっさりとした言葉に、息をのんだ。
こちらのことを気にせずに職員は続ける。
「その際、審神者業務に関する記憶は、現世生活に支障をきたすため、封印する必要があります」
即座に長義が言う。
「不可だ」
「歴史改変に関わった情報を一律消去するのは、逆にリスクが高い」
言われるのが分かっていたのだろう。職員が続ける。
「もうひとつ方法があります」
「現世で生きる人格と、本丸での記憶を切り離すという分離処理です」
「完全消去ではないため、日常生活に支障をきたすことはありません」
長義が目を細め、にらみつける。
「なぜそちらを先に言わない」
「現在検証中の技術ですので、選択はお勧めしません」
「どちらを選択しても、審神者様の本丸は時の政府管理下へ移管されます」
職員は平然と続ける。
「どうなさいますか?」
まっすぐにこちらを見る職員は、感情を見せない。
「……時間を、いただけますよね」
「はい」
「いつまでですか」
「では、二日後にお答えをお聞かせください」
「はい。本日はありがとうございました」
職員が出て行ったあと、すぐに燭台切が隣に膝をついて、手を取ってくれる。
「主くん」
「大丈夫です。……大丈夫です、今度は」
少し気の抜けた顔で、笑ってしまう。
「約束、ですからね」
「一人で決めないことって」
周囲が息をのむ。
「……帰って、話し合いましょう。今度こそ、ちゃんと」
燭台切が握った手に、額を押し当てる。何かをこらえるように。
「そうだね」
押し殺された声は、少しだけ、震えていた。
本丸に帰って、皆に報告した。
ほとんどが喜んでくれたし、家族を取り戻すのがいいと言ってくれた。そのために審神者になったことを知っていたから。
それで、本丸で過ごす最後の夜だから、皆で夕食をということになった。全振で大広間に集まって、夕食を食べた。
入れ替わり立ち代わり、男士たちがやってきて。話をして。
自分がいかに心配されていたのか、信頼されていたのかを初めて知った。
でも、気が付けば、数日ずっと一緒にいた姿がなかった。部屋のどこにも。
「……行ってきなよ、あるじさん」
乱を筆頭に宴会場を送り出され。
暗い廊下を一人、急ぎ歩いて探す。
そうして、燭台切を見つけたのは、いつもの縁側だった。
いつもと違って、内番着ではなく、戦装束のままで。大きな背中がピンと伸びているのに、小さく見えた。
「……燭台切さん」
声をかけても振り返ってくれなくて。
「主くん」
静かに彼は言った。
「良かったね」
あと一歩で手が届くところで、足が止まる。
「家族を、」
後ろから手を伸ばし、身体を寄せると、声が止まった。
「一人で決めないって、燭台切さんが言ったんですよ」
身体に当てた耳に、燭台切が息を止めた音がした。それから、彼は深く深く息を吐いて。
やっと振り返った。
「そうだね」
居待月の弱い月明かりが差して、いつもよりも儚くて。格好良くて。
隣に座って、燭台切を見上げる。
「勝手に決めないでください」
「うん」
ぽんと、頭に手を置かれて、見上げられなくなる。
「でも、家族を取り戻すのが、君の願いだった」
「僕はそれを止めたくない」
優しいのに固い声に、泣きそうになる。
「燭台切さん」
「家族を選んでいいんだよ、主くん」
本当は、自分を選んでと言ってほしかった。そうしたら、家族を取り戻せなくても私はーー。
思考を止めるように、髪を撫でられ、顔を覗き込まれる。
「欲張りになるんだろう?」
息をのんだ。
「家族も、自分も、僕も」
額が重なる。あの夜以来だけど、優しさは、流れてこない。それが哀しい。
「ごめんなさい」
「泣かないで」
「ご、めん、なさ……」
抱き上げられ、膝の上で胸に抱き寄せられて。髪を撫でられる。
「迎えに行くよ、必ず」
声が詰まって、返事ができない。
燭台切はずっと髪と背中を撫でてくれた。
しばらくして、涙が止まって。顔を上げると、また額を合わせてくれる。
「……もう流しては、くれない、ですか」
「うん、今はね」
「今は?」
ぱちぱちと涙の雫が残る睫毛で瞬きすると、目の前の金色がゆるりと溶けた。
「もう一度君が選んでくれたら、その時はもう遠慮しないから」
「……遠慮?」
「そう」
遠慮されていたのかと少し驚く。それぐらい、最近は近くにいたから。
「はい、遠慮しないでください」
「……いいの? 君、僕に甘すぎるんじゃないかな」
「……光忠さん、ですから……」
好きな人だから、と気持ちが伝わったのだろう。燭台切の頬がほんのりと赤い。
「そういうところだよ」
直視が恥ずかしくなるほどの色を感じて、目をそらす。動けないから、それしかできない。
「赤くなってる。恥ずかしいの?」
「い、言わないで」
「……かわいい……」
恥ずかしさに目を伏せる。
一瞬、熱が目元に触れた気がした。
「っ!?」
混乱しているままに、抱きしめられる。
「すぐに迎えに行くから」
「悪い男をひっかけないようにね」
腕の中、ちらりと燭台切を見上げる。
「……待ってます。ずっと」
「いつまでも、待ってますから」
早くきてくださいね。
燭台切は温かい眼差しで、また頭を撫でてくれた。
燭台切の腕の中、燭台切光忠という刀剣を両手で持つ。後ろから支えられているけど。
「大丈夫?」
「はい、お願いします」
最後にちゃんと刀身を見たい、とお願いした結果だ。
人の姿も好きだけど。一番は燭台切光忠の刀の身なので。
燭台切の手で、ゆっくりと目の前に露わになる鋼に、月の光が柔らかく反射する。
「審神者研修で、一度だけ見たんです」
「とても美しくて、力強くて、格好よくて」
「一目惚れ、でした」
淡い月の光の下でも、その美しさも、力強さも変わらない。
口を手で押さえ、ほぅと感嘆の息を吐く。
顔が熱い。ドキドキと胸が高鳴る。
「……そんなに?」
「はい、やっぱり、好き……」
うっとりとつぶやく。夢見心地な声だと、自分でもわかってしまう。
後ろで固まったような気がするけど、それどころじゃない。
「あ」
空気に溶けるように刀が消える。手の中の重さもなくなる。もっと見ていたいのに。
「そこまでに、して」
酷く狼狽した様子の声音に、振り返る。
「……え」
見たこともないほど、顔を赤くした燭台切に目を丸くした。
「初めて、きいたんだけど」
「僕に、一目惚れって、本当?」
何故そこまで照れているのかわからなくて、首をかしげる。
「あの、本体、なんですけど」
「……それが一番、反則なんだって」
ぎゅうと強く抱きすくめられる。すごく強く。
「……絶対、迎えに行くから」
「はい」
腕を回し、こちらからも抱き着いた。
「忘れていても、連れて行ってください」
「きっと私、また光忠さんを好きになります」
心の温かくなるままに、柔らかく言葉を続ける。
「……忘れても、忘れませんから……」
腕を緩めてくれたので、燭台切を見上げる。
「そんなこというと、攫ってしまうよ」
「いいえ、迎えに来てください」
「……」
「それで、ちゃんと幸せになりましょう。二人で」
目元を照れで赤くした燭台切の顔が、近づいてくる。
「うん、わかった」
「迎えにいくよ――」
溶けるように甘い金色の瞳が、目の前いっぱいになって、閉じられてゆく。
私も、ゆっくりと目を閉じた。
重なる影を月だけが見ていた。