[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
時の政府の会議室のひとつに、山姥切国広、山姥切長義と共に入った。
到着してすぐに、ここで待つようにと案内されたのは、別れの時間を設けてくれたのだろう。
初期刀、山姥切国広が言う。
「燭台切を連れてこなくて良かったのか?」
「はい。ちゃんとお別れは済ませてきました」
今朝まで、燭台切は側にいてくれた。
ずっと互いの熱を分け合うほど近くにいた。
「……謝罪をさせてくれ」
国広が居住まいを正す。
「最初、俺はあんたがこれほど長く審神者を続けられるとは思っていなかった」
「早晩、家族のことも諦めるだろう、と」
苦笑を返す。
「そう、ですね」
「だが、あんたは諦めなかった」
そこで、ふっと国広は微笑む。
「だから、今がある。それをあんたは誇っていい」
「山姥切さん…」
緩みかけた涙腺をこらえ、笑う。
「私も、ありがとうございます」
「あなたを初期刀に選んでよかった」
国広はそれに少し目元を赤らめ、布で隠す。
見ていた長義が息を吐く。
「なにしているんだ、国広」
「な」
「俺の写しなのだから、きちんと目を見て話せ」
「ちょ、長義さん、あの」
国広が布を取る。美しい面が蒼い目を潤ませていた。
「主、俺の方こそ、礼を言う」
「俺を選んでくれて、ありがとう」
「たとえあんたが忘れても、俺はずっとあんたの初期刀だ」
ほろりと溢れる涙も美しい国広の頭を、長義がよくやったとでも言うように、乱暴に撫でた。
「主、俺も謝罪を」
「俺は、あなたの覚悟をわかっていなかった」
目を合わせないまま、長義が続ける。
「あなたは、本当に優秀だった」
「だから、今がある」
「それを誇ってくれ」
「あなただったから、俺たちはここまで強くなれたのだから」
目を合わせない長義を小さく笑う。
「はい」
「本歌、目を見ないのか」
「っち」
「本歌」
国広に促され、長義が真っ直ぐに見た。
二人の視線が注がれる。よく似た美しさをもつ、格好いい刀たち。
「主、あなたの未来に幸いを願う」
「はい」
でも、やっぱり、燭台切の格好良さには敵わない。
そう思ったことは心に仕舞い、笑顔を二振に向けた。
戸を軽くたたく音がした。
「準備ができました」
職員の言葉に、一度目を閉じる。
この先に刀剣男士は着いてこられない。
私は戸口で一度立ち止まり、二振に深く頭を下げた。
部屋を出た後は、もう振り返らなかった。
主不在の執務室は静かだ。
今朝まであった気配は、もう開け放した障子の向こうになくなってしまった。
燭台切は一振で佇みながら、思い返す。
ここで最初に、主が泣いて蹲っているのが始まりだった。
まさかこんなにも関係が変わるとは思わなかった。
しかも、最後の最後に特大の告白を受けるとは思わなかった。
昨夜を思い出し、口元が緩む。
彼女の前ではどうしたって、情けないままになってしまった。
足音に顔を上げる。
「ここにいたか」
「おかえり、国広くん、長義くん」
主を送り届けた二振が、執務室に入ってくる。
「主を送り届けてきた」
「うん、ありがとう」
笑いかけると、長義は眉をひそめた。国広も複雑そうな顔をしている。
長義は一つ息を吐く。
「腑抜けている時間はない」
「もう、この本丸は時の政府所属なんだ」
「そして、これが最初の任務だ」
差し出された一枚の紙を受け取る。
「もう?」
「人手不足なんだよ」
ふいと顔を背ける長義に苦笑してから、紙に目を落とした。
一枚の紙に多くは書かれていない。
燭台切の沈黙に、国広が怪訝な顔をする。
「……長義くん、これは」
「言っただろう。腑抜けている時間はない、と」
燭台切の手から、国広の手に紙が渡る。
「審神者候補の護衛……本歌、これは」
燭台切を長義がまっすぐに見据える。
「彼女は、遡行軍の襲撃によって、家族を失った」
「そして、戻された歴史は、襲撃される前の時間軸だ」
「燭台切、主から何か聞いているだろう」
「いつ、彼女は襲撃された?」
拳を握る。そうか、彼女は。
「――満月の晩だ」
寂しそうな顔を思い出し、胸が痛んだ。
「あ、長義さんたち帰ってる。おかえりー」
乱がごく軽い声をかけて、執務室に入ってきた。
その目元はメイクで隠していてもわかるほどに、赤い。まだ少し腫れているのは泣き腫らした痕だろう。
「三振でなんの悪だくみ? ボクも混ぜてほしいな」
余りにも白々しい演技に、つい長義が半眼になる。
「白々しい。聞いていたんだろう」
乱は否定せずに、笑った。
「ま、ボクも当然参加するよ? ……あるじさんのためだもん」
軽く言っているが、その目は真剣さを隠していなかった。
「もちろん、お願いするよ」
燭台切も軽い調子で返した。
「あと、薬研もやりたいっていって」
「乱」
廊下から静止の声が入る。苦笑する薬研が立っている。
「勝手に言うな」
「えー、薬研だって、心配でしょ?」
「そりゃあそうだが」
「じゃあ、一緒にやろう!」
「……決めるのは、燭台切だ」
二振の視線を受けて、燭台切も長義を見やる。
「隊長は燭台切だ。任せる」
誰がやるとまでは話していなかった。だが、任せてくれるというのならば。
「ああ」
燭台切は、静かに頷いた。
迎えに行くのは、彼女の歴史を本当の意味で守ってからになりそうだ。