[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
玄関のチャイムを鳴らす。隣には背の高くなってしまった弟。
「マジでここ、住めるんだな」
「ね、びっくりした」
「いらっしゃーい」
玄関から飛び出してきた昨日の女の子が、満面の笑みで迎えてくれる。
「あ、これ」
「手土産なんて気にしなくていいのに。あ、今ね、友達が来てるんだけど、気にしないでいいから」
「来客中なら後でまた」
「だめ」
女の子が私の手を慌てて掴んだ。
「だって、もう準備しちゃったもん。来てくれるのすーっごく楽しみにしてたんだから!」
「え、ええ?」
「あがってってよ」
手を引かれるままに中へ入る。入ってすぐに階段と廊下が並んでいて、廊下のすぐ横の大きな扉が開かれている。
「薬研ー、お隣さんがお土産くれたー」
その部屋から昨日の男の子が出てくる。
「ちゃんと礼言ったか」
「ありがとー、お姉さん」
「ど、どういたしまして?」
「こっちはもう準備できてる」
「準備?」
にやりと薬研が笑う。
「今日は弟たちとゲーム大会なんだ」
大きなテレビの前に大きなテーブル。その向こうに大きなソファ。大きな窓からは眩しい日の光が入ってくる。
「……明るいね」
「明るいな。ユーレーなんて間違ってもでなそ」
「だね」
姉弟で囁きあう。
弟がソファの真ん中に陣取り、すぐにゲームに参加し始める。私はソファの端に座ってそれを眺める。
「君はしないの?」
「え?」
落ち着いた大人の男の人の声に、慌てて振り返った。
(わ、昼間だと、もっと格好いい)
テーブルに菓子の乗った皿を置いた彼と、目が合う。綺麗な金色の目だ。昨夜の人だ。
「ええ、と、このゲーム、というかパーティゲームって得意じゃないんですよ」
声も近くて聞くと、カッコイイ低音で穏やかだ。姿勢もすごくいい。
(うわ、こんな人が一般人? そんなわけないか)
「そう」
彼は静かに微笑んだ。
「なら、見ているだけでもいいよ」
「え?」
思ったより柔らかい言葉だった。
私は少しだけ肩の力を抜く。
「……ありがとうございます」
「いや」
彼は菓子皿をテーブルに置きながら、自然な動作でソファの方を見る。
その視線の先で、弟がすでに大声でゲームに熱中していた。
「元気だね」
「はい、うるさいくらいです」
「それはいいことだよ」
さらりと言われる。
その一言が、なぜか胸に残った。
――いいことだよ。
視線を向けられないまま、呟く。
「……あの」
「うん?」
「昨夜、すいませんでした」
「え?」
「あの、昨日の夜、月……」
そこまで言って、顔が熱くなる。
――月が綺麗ですね。
なんてことを言ってしまったんだろう。初対面なのに。
「あの、あれは本当にそのままの意味でして」
恥ずかしさに俯いていると、一瞬ためらうように伸びてきた手が、そっと頭を撫でた。
「うん」
それだけ。さらに体温が上がりそう。でも、不思議と落ち着く。
「……やば……」
顔を両手で覆ってしまう。
「姉ちゃん、何してんの?」
弟の声に、はっと我にかえる。
「な、なんでもないっ」
「へぇ? 俺はてっきり」
「よ、余計なこと言わないでっ」
「はいはい」
ゲームに戻る弟が呟く。
「まあ、姉ちゃん、伊達政宗好きだもんな」
「卒研っ、な、だけっ」
「はいはい」
ゲームに戻る弟に言い返してから、隣を見られない。
「好きなの?」
「……うぅ……わ、笑わないでくださいね」
「笑わないよ」
優しい声に、この人はそうだろうなと、理由もなく信じてしまう。
「……眼帯とか、月の前立てとか。なんでか、好き、なんですよね」
そういえば、と彼を見る。黒い眼帯で片眼を隠している整った顔。
「あなたのも、格好いいですよ。すごく、似合ってます」
瞬間、彼が固まったのがわかった。言われ慣れてそうなのに。
「……ありがとう……」
美形の照れ顔の威力に、私は顔を覆った。
「どうしたの?」
「な、んでもないですっ」
小さく笑われて、でも、全然嫌じゃなかった。
暗い階段を上がり、燭台切はグラスとつまみを手に、二階へ行く。
今夜も雨が降らない予報だから、きっと彼女も月を見ているだろう。
案の定、ベランダで缶チューハイを片手に、じっと月を見上げている。ときおり月に雲がかかっては風に流されてゆく。
昨夜よりもこちら近くに彼女が寄ってきているのは、たぶん気のせいじゃない。
横顔、やっぱり、前のままだ。月に見惚れる、ほんの少し憂いを含んだ顔。何か悩んでいるのかもしれない。
彼女が燭台切に気づき、視線が絡む。一瞬、金色が揺れて、すぐに消える。
「こんばんは、光忠さん」
ふわり、と穏やかに彼女が笑った。
昼に教えた名前で呼んでくれる。何の含みもなく。
「こんばんは」
燭台切も柔らかく微笑んで返す。
「昼は、ありがとうございました。弟も楽しんでましたし」
「……私も、楽しかったです」
彼女は少し照れて笑った後、缶を傾ける。その視線が月を見る。
「いつもは家族以外とは、話すの苦手なんですけど」
「光忠さん、聞き上手だから」
「ちょっと話過ぎちゃいました」
燭台切を見る彼女が、ほんのりと照れ笑いをする。
その視線がまた月に戻る。
「そうだね」
色々と話をした。好きな物や色、苦手な物とか。
「でも、初対面だし、もう少し警戒した方がいいよ?」
「えぇ、光忠さんも弟と同じこと言うんですか?」
少し口をとがらせて、呟いている。
「もう昨夜会ってるし、初対面じゃなかったじゃないですか」
不満を言うなんて、本丸では見たことがなかった。抱えているものが多すぎたからだろう。
そう考えると、今はこうして表情豊かに話してくれるのは嬉しくもある。
「……僕ならいいけど」
懐かしく思いながら、以前と同じく少し甘く微笑んで呟く。
その燭台切を見た彼女は、目を瞬き、はにかんだ笑顔を向けてきた。恥ずかしさと嬉しさと混ぜたような、可愛らしい顔。
「……ですよね」
そのまま彼女が缶を煽る。
「え」
慌てる燭台切とは対象に、彼女はけろりとしている。そういえば、お酒強いんだった。
「光忠さん」
彼女が笑う。
「また晴れたら、お月見ご一緒したいです」
とても、晴れやかな笑顔だった。
燭台切は少し目を細める。彼女の視線は初めての頃の、憧れ、と同じに見える。
たぶん、きっと、そうだ。
「うん、そうだね」
でも、きっと。ここからだね。
翌日。休講だった私は、図書館の帰り道、車窓から昨日のお隣さんの子たちを見つけ、車を近くに寄せた。
「おーい、お隣さん」
最初に気づいたのは、秋田くんだった。小学生ぐらい。
「あ!」
次いで、乱ちゃん。
「あ、お姉さん!? ……車!?」
「買い物? 乗ってく?」
「いいの!?」
「いいよー」
乱、薬研、秋田、五虎退の四人は両手に荷物を抱えているから。
「あー、あんたの車? 荷物と俺らじゃ、いっぱいだろ」
「いけるいける。ちょうど乗れそうだし」
言った瞬間、薬研が一瞬だけ止まる。何かを考えるように視線が落ちる。それを乱が小突いて止めた。
「秋田と五虎退だけ乗せてもらっていいかな、お姉さん?」
「二人はどうするの?」
「荷物ないなら、走った方が早い」
そう言って、二人は荷物を車に乗せると、本当に走って行ってしまった。
「……ええっと……」
困った様子の五虎退と、きらきらと目を輝かせた秋田が残る。
「よろしくお願いしますっ」
「……お、お願い、します……」
二人を乗せ、車を発進する。おぉ、とか、うわぁ、とか。楽しそうだ。
「僕、車に乗るの初めてです!」
「そうなの?」
「はい!」
秋田は目をキラキラさせている。可愛い。弟も昔はこんなだった気がする。
五虎退も、うわわと言葉になっていないけど、楽しそうだ。
帰宅すると、本当にもう乱と薬研が到着していた。
「……ほんとに早いね」
驚いていうと、乱と薬研は得意げに笑った。
「慣れてるからね」
皆で荷物を下ろして。
「お姉さん、おなかすいてる? 御礼にうちでご飯食べてってよ」
昨日に引き続き、隣の家に入った。
弟は学校、両親は仕事でいないから、昼食はひとりで適当に済ませるつもりだった。
「ちゃんとご飯は食べた方がいいよ」
そう言って、私の前にカルボナーラを置くのは、光忠だ。
まさか、彼がエプロンをつけて料理をしているとは思わなかった。
しかもおいしい。
「……ちょっと、料理は苦手で……」
「そうなのかい?」
「まあまあ食べられるのはできるんですけど、出来上がると食欲無くなっちゃうんですよ。一人で食べる御飯は」
周囲が少し静かになったことに気づいて、苦笑する。
「あ、大丈夫です。美味しいです。なんだか、懐かしい感じの味で――」
「お、お姉さん! いつでも食べに来ていいからね!?」
乱が勢い込んで言う。気を使わせてしまった。
「そういうわけには」
「いつでも来ていいよ」
光忠に言われ、顔が熱くなる。こんな人に作らせるとか、私は何様だ。
「だ、大丈夫ですからっ」
食事を終えてから、御礼にと草むしりを申し出た。庭はまだ手が入っていなくて、伸び放題だから。
そして、なぜか隣には光忠も腰を下ろしていた。
「助かるよ。ここに畑を作ろうと思ってたんだ」
「畑?」
「うん、取り立ての野菜で作ると、もっと美味しくなるからね」
こんなに格好いい人が、畑を。
凝視していたら、微笑まれた。慌てて視線を地面に逸らし、草を抜く。
「お、美味しいものがいいですね。トマトとか」
「君みたいな?」
一瞬、手が止まった。
「そ、んなことないですがっ」
動揺する私に対して、光忠は余裕そうだ。口説きなれているのかも。
(……また、からかわれた)
考え込んでいた私は、光忠が穏やかに目を細めていたことにも、最後まで気づかなかった。
今夜も、彼女はベランダで月を見上げる。そして今夜も、月には薄雲がかかっているようだ。
「明後日あたりには、満月かもですね」
その手には今日も缶チューハイと、お土産で渡したずんだ餅。
一口が小さくて、可愛い。
この月見も三度目ともなれば、気安い様子だ。
基本的に、月ばかりを彼女は見ているのだけど。時々こちらを見る瞳は、憧れが詰まっている。
「……光忠さんは、赤い月、見たことあります?」
ふいに、ぽつりと彼女がこぼした。
視線は月のまま。
「大きくて、赤くて、ちょっと怖い」
「怖い?」
「うん」
ぱくり、とずんだ餅を食べて。しばらく彼女は黙っていた。
「全部、飲み込まれて、なくなりそうで」
「……そんなはずないのに」
苦笑してみせる彼女。その笑顔が、どこか無理をしているように見えた。
気づけば、言葉が口をついていた。
「僕が、守るよ」
目を瞬かせた彼女が笑う。
「何からですか?」
「え?」
「ただ怖いだけです。なにもありませんよ」
もう一度彼女が月を見る。
「きっと、気のせいです」
「気にしないでください」
その笑顔は柔らかかった。
けれど、その瞳だけは、誰にも触れさせない距離を残していた。
月が暗い雲に隠され、彼女の顔も見えなくなる。
「おやすみなさい、光忠さん」
ベランダの戸が静かに閉まる。
雲が流れても、そこに彼女の姿はもうなかった。
燭台切は何も言えずに、夜空を見上げ、拳を握りしめた。