[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第二十三話 [ん] ん、優しいお隣さんでした

玄関のチャイムを鳴らす。隣には背の高くなってしまった弟。

「マジでここ、住めるんだな」

「ね、びっくりした」

「いらっしゃーい」

玄関から飛び出してきた昨日の女の子が、満面の笑みで迎えてくれる。

「あ、これ」

「手土産なんて気にしなくていいのに。あ、今ね、友達が来てるんだけど、気にしないでいいから」

「来客中なら後でまた」

「だめ」

女の子が私の手を慌てて掴んだ。

「だって、もう準備しちゃったもん。来てくれるのすーっごく楽しみにしてたんだから!」

「え、ええ?」

「あがってってよ」

手を引かれるままに中へ入る。入ってすぐに階段と廊下が並んでいて、廊下のすぐ横の大きな扉が開かれている。

「薬研ー、お隣さんがお土産くれたー」

その部屋から昨日の男の子が出てくる。

「ちゃんと礼言ったか」

「ありがとー、お姉さん」

「ど、どういたしまして?」

「こっちはもう準備できてる」

「準備?」

にやりと薬研が笑う。

「今日は弟たちとゲーム大会なんだ」

大きなテレビの前に大きなテーブル。その向こうに大きなソファ。大きな窓からは眩しい日の光が入ってくる。

「……明るいね」

「明るいな。ユーレーなんて間違ってもでなそ」

「だね」

姉弟で囁きあう。

弟がソファの真ん中に陣取り、すぐにゲームに参加し始める。私はソファの端に座ってそれを眺める。

「君はしないの?」

「え?」

落ち着いた大人の男の人の声に、慌てて振り返った。

(わ、昼間だと、もっと格好いい)

テーブルに菓子の乗った皿を置いた彼と、目が合う。綺麗な金色の目だ。昨夜の人だ。

「ええ、と、このゲーム、というかパーティゲームって得意じゃないんですよ」

声も近くて聞くと、カッコイイ低音で穏やかだ。姿勢もすごくいい。

(うわ、こんな人が一般人? そんなわけないか)

「そう」

彼は静かに微笑んだ。

「なら、見ているだけでもいいよ」

「え?」

思ったより柔らかい言葉だった。

私は少しだけ肩の力を抜く。

「……ありがとうございます」

「いや」

彼は菓子皿をテーブルに置きながら、自然な動作でソファの方を見る。

その視線の先で、弟がすでに大声でゲームに熱中していた。

「元気だね」

「はい、うるさいくらいです」

「それはいいことだよ」

さらりと言われる。

その一言が、なぜか胸に残った。

 

――いいことだよ。

 

視線を向けられないまま、呟く。

「……あの」

「うん?」

「昨夜、すいませんでした」

「え?」

「あの、昨日の夜、月……」

そこまで言って、顔が熱くなる。

 

――月が綺麗ですね。

 

なんてことを言ってしまったんだろう。初対面なのに。

「あの、あれは本当にそのままの意味でして」

恥ずかしさに俯いていると、一瞬ためらうように伸びてきた手が、そっと頭を撫でた。

「うん」

それだけ。さらに体温が上がりそう。でも、不思議と落ち着く。

「……やば……」

顔を両手で覆ってしまう。

「姉ちゃん、何してんの?」

弟の声に、はっと我にかえる。

「な、なんでもないっ」

「へぇ? 俺はてっきり」

「よ、余計なこと言わないでっ」

「はいはい」

ゲームに戻る弟が呟く。

「まあ、姉ちゃん、伊達政宗好きだもんな」

「卒研っ、な、だけっ」

「はいはい」

ゲームに戻る弟に言い返してから、隣を見られない。

「好きなの?」

「……うぅ……わ、笑わないでくださいね」

「笑わないよ」

優しい声に、この人はそうだろうなと、理由もなく信じてしまう。

「……眼帯とか、月の前立てとか。なんでか、好き、なんですよね」

そういえば、と彼を見る。黒い眼帯で片眼を隠している整った顔。

「あなたのも、格好いいですよ。すごく、似合ってます」

瞬間、彼が固まったのがわかった。言われ慣れてそうなのに。

「……ありがとう……」

美形の照れ顔の威力に、私は顔を覆った。

「どうしたの?」

「な、んでもないですっ」

小さく笑われて、でも、全然嫌じゃなかった。

 

 

 

暗い階段を上がり、燭台切はグラスとつまみを手に、二階へ行く。

今夜も雨が降らない予報だから、きっと彼女も月を見ているだろう。

案の定、ベランダで缶チューハイを片手に、じっと月を見上げている。ときおり月に雲がかかっては風に流されてゆく。

昨夜よりもこちら近くに彼女が寄ってきているのは、たぶん気のせいじゃない。

横顔、やっぱり、前のままだ。月に見惚れる、ほんの少し憂いを含んだ顔。何か悩んでいるのかもしれない。

彼女が燭台切に気づき、視線が絡む。一瞬、金色が揺れて、すぐに消える。

「こんばんは、光忠さん」

ふわり、と穏やかに彼女が笑った。

昼に教えた名前で呼んでくれる。何の含みもなく。

「こんばんは」

燭台切も柔らかく微笑んで返す。

「昼は、ありがとうございました。弟も楽しんでましたし」

「……私も、楽しかったです」

彼女は少し照れて笑った後、缶を傾ける。その視線が月を見る。

「いつもは家族以外とは、話すの苦手なんですけど」

「光忠さん、聞き上手だから」

「ちょっと話過ぎちゃいました」

燭台切を見る彼女が、ほんのりと照れ笑いをする。

その視線がまた月に戻る。

「そうだね」

色々と話をした。好きな物や色、苦手な物とか。

「でも、初対面だし、もう少し警戒した方がいいよ?」

「えぇ、光忠さんも弟と同じこと言うんですか?」

少し口をとがらせて、呟いている。

「もう昨夜会ってるし、初対面じゃなかったじゃないですか」

不満を言うなんて、本丸では見たことがなかった。抱えているものが多すぎたからだろう。

そう考えると、今はこうして表情豊かに話してくれるのは嬉しくもある。

「……僕ならいいけど」

懐かしく思いながら、以前と同じく少し甘く微笑んで呟く。

その燭台切を見た彼女は、目を瞬き、はにかんだ笑顔を向けてきた。恥ずかしさと嬉しさと混ぜたような、可愛らしい顔。

「……ですよね」

そのまま彼女が缶を煽る。

「え」

慌てる燭台切とは対象に、彼女はけろりとしている。そういえば、お酒強いんだった。

「光忠さん」

彼女が笑う。

「また晴れたら、お月見ご一緒したいです」

とても、晴れやかな笑顔だった。

燭台切は少し目を細める。彼女の視線は初めての頃の、憧れ、と同じに見える。

たぶん、きっと、そうだ。

「うん、そうだね」

でも、きっと。ここからだね。

 

 

 

翌日。休講だった私は、図書館の帰り道、車窓から昨日のお隣さんの子たちを見つけ、車を近くに寄せた。

「おーい、お隣さん」

最初に気づいたのは、秋田くんだった。小学生ぐらい。

「あ!」

次いで、乱ちゃん。

「あ、お姉さん!? ……車!?」

「買い物? 乗ってく?」

「いいの!?」

「いいよー」

乱、薬研、秋田、五虎退の四人は両手に荷物を抱えているから。

「あー、あんたの車? 荷物と俺らじゃ、いっぱいだろ」

「いけるいける。ちょうど乗れそうだし」

言った瞬間、薬研が一瞬だけ止まる。何かを考えるように視線が落ちる。それを乱が小突いて止めた。

「秋田と五虎退だけ乗せてもらっていいかな、お姉さん?」

「二人はどうするの?」

「荷物ないなら、走った方が早い」

そう言って、二人は荷物を車に乗せると、本当に走って行ってしまった。

「……ええっと……」

困った様子の五虎退と、きらきらと目を輝かせた秋田が残る。

「よろしくお願いしますっ」

「……お、お願い、します……」

二人を乗せ、車を発進する。おぉ、とか、うわぁ、とか。楽しそうだ。

「僕、車に乗るの初めてです!」

「そうなの?」

「はい!」

秋田は目をキラキラさせている。可愛い。弟も昔はこんなだった気がする。

五虎退も、うわわと言葉になっていないけど、楽しそうだ。

帰宅すると、本当にもう乱と薬研が到着していた。

「……ほんとに早いね」

驚いていうと、乱と薬研は得意げに笑った。

「慣れてるからね」

皆で荷物を下ろして。

「お姉さん、おなかすいてる? 御礼にうちでご飯食べてってよ」

 

昨日に引き続き、隣の家に入った。

弟は学校、両親は仕事でいないから、昼食はひとりで適当に済ませるつもりだった。

「ちゃんとご飯は食べた方がいいよ」

そう言って、私の前にカルボナーラを置くのは、光忠だ。

まさか、彼がエプロンをつけて料理をしているとは思わなかった。

しかもおいしい。

「……ちょっと、料理は苦手で……」

「そうなのかい?」

「まあまあ食べられるのはできるんですけど、出来上がると食欲無くなっちゃうんですよ。一人で食べる御飯は」

周囲が少し静かになったことに気づいて、苦笑する。

「あ、大丈夫です。美味しいです。なんだか、懐かしい感じの味で――」

「お、お姉さん! いつでも食べに来ていいからね!?」

乱が勢い込んで言う。気を使わせてしまった。

「そういうわけには」

「いつでも来ていいよ」

光忠に言われ、顔が熱くなる。こんな人に作らせるとか、私は何様だ。

「だ、大丈夫ですからっ」

食事を終えてから、御礼にと草むしりを申し出た。庭はまだ手が入っていなくて、伸び放題だから。

そして、なぜか隣には光忠も腰を下ろしていた。

「助かるよ。ここに畑を作ろうと思ってたんだ」

「畑?」

「うん、取り立ての野菜で作ると、もっと美味しくなるからね」

こんなに格好いい人が、畑を。

凝視していたら、微笑まれた。慌てて視線を地面に逸らし、草を抜く。

「お、美味しいものがいいですね。トマトとか」

「君みたいな?」

一瞬、手が止まった。

「そ、んなことないですがっ」

動揺する私に対して、光忠は余裕そうだ。口説きなれているのかも。

(……また、からかわれた)

考え込んでいた私は、光忠が穏やかに目を細めていたことにも、最後まで気づかなかった。

 

 

 

今夜も、彼女はベランダで月を見上げる。そして今夜も、月には薄雲がかかっているようだ。

「明後日あたりには、満月かもですね」

その手には今日も缶チューハイと、お土産で渡したずんだ餅。

一口が小さくて、可愛い。

この月見も三度目ともなれば、気安い様子だ。

基本的に、月ばかりを彼女は見ているのだけど。時々こちらを見る瞳は、憧れが詰まっている。

「……光忠さんは、赤い月、見たことあります?」

ふいに、ぽつりと彼女がこぼした。

視線は月のまま。

「大きくて、赤くて、ちょっと怖い」

「怖い?」

「うん」

ぱくり、とずんだ餅を食べて。しばらく彼女は黙っていた。

「全部、飲み込まれて、なくなりそうで」

「……そんなはずないのに」

苦笑してみせる彼女。その笑顔が、どこか無理をしているように見えた。

気づけば、言葉が口をついていた。

「僕が、守るよ」

目を瞬かせた彼女が笑う。

「何からですか?」

「え?」

「ただ怖いだけです。なにもありませんよ」

もう一度彼女が月を見る。

「きっと、気のせいです」

「気にしないでください」

その笑顔は柔らかかった。

けれど、その瞳だけは、誰にも触れさせない距離を残していた。

月が暗い雲に隠され、彼女の顔も見えなくなる。

「おやすみなさい、光忠さん」

ベランダの戸が静かに閉まる。

雲が流れても、そこに彼女の姿はもうなかった。

燭台切は何も言えずに、夜空を見上げ、拳を握りしめた。

 

 

 

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