[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第二十四話 [で] デートみたいですね

翌朝、今日は大学で講義がある。午前中に少しだけ。

部屋の鏡で、姿勢と、髪型を少し整えて。

「よし」

頷いて、玄関をでる。他の家族はもう学校と仕事場だから、鍵をかける。

「おはよう」

隣から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。振り返ると、光忠がいる。朝の光の中で見ると格好良さが際立つ気がする。

少しだけ目を細めた。

「おはようございます」

「出かけるの?」

「はい。講義があって。大学の」

光忠の視線が上から下にすっと流れる。それから。

「うん、格好いいね」

どきり、とした。言われるとは思ってなかったのと、単純にこの人に言われたことが嬉しかったから。

「そ、そうですか?」

「うん」

「ああ、ありがとうございま、す」

あと、かなり照れる。

「光忠さんは、お休みですか?」

「……そんなところ」

眩しそうに目を細める。何の仕事をしてる人だろう。

「大学、楽しい?」

「あー……まあ、たぶん」

「たぶん?」

「今は講義は少しで、ほとんど論文書いてて」

「ふーん?」

「興味あるんですか?」

少し考えた光忠が頷く。

「え、あー、他の大学って、なかなか入りませんもんね」

ちょっとした出来心だった。

「行ってみますか?」

まさか、頷くとは思ってなかった。

助手席に、狭そうに座る光忠は、もう席をいっぱいに下げている。

「狭くてすいません」

「僕の方こそ、ごめんね」

「じゃあ、行くので」

アクセルを踏んで、いつもの通学路を慎重に運転する。

人を乗せて運転は、家族以外でしたことがない。

視線を感じる。けど、運転に集中しないと。

「運転できるなんて、すごいね」

信号待ちで言われる。

「まあ、もう四年ですし、卒業前にはとっておかないと就職が」

「やりたいことは決まってないんですけど……できれば家から通える仕事がいいかなって」

「家族と離れたくなくて」

こんなこと話すのは初めてだった。誰にも言ったことがないのに、光忠には簡単に言ってしまった。

不思議な人だな、と思う。

運転中、もう視線は気にならなかった。

 

講義を終えて教室を出ると、光忠は遠巻きにされていた。

その目が私を見つけ、輝く。駆け寄ってくる。なんだろう、この大型犬っぽい感じ。

ただし、視線は別。

とても目立ってる。とんでもなく、目立っている。

慌てて駐車場へ向かった。

歩いていても、光忠はいろんな人に話しかけられては、躱していて。

すごく、慣れていて。

(……格好いいけど、私……)

帰りの車中、何を話したか。あまり覚えていない。

私は心の中がすごくモヤモヤして。そんな自分が、すごく嫌だった。

 

 

 

夜、ベランダにいる彼女を見つけ、燭台切はホッとした。

昼間、少し様子がおかしかったから。

「こんばんは」

声をかけると、少しして、「こんばんは」と返される。

彼女はずっと雲がかかって、ぼやけた月を見ている。

燭台切を見ようとしない。

しばらく、そうして彼女が黙って、缶チューハイを傾けていた。

「……すいません」

数分して、彼女が呟く。その目が燭台切に向けられる。

「うん」

「なんか、光忠さんが、格好良すぎて」

「うん?」

ふっと彼女が寂し気に笑う。

「胸の中が、モヤモヤしてて」

「うまく、話せてなかったですよね」

それは。

それは。

もしかして。

「光忠さん、話しやすすぎて。ちょっと、勘違いしそう」

こっちは、期待をしてしまいそうなんだけど。

「どんな?」

できるだけ、優しく問いかける。

「……どんな?」

彼女が繰り返し、首を傾げる。自分でもわかっていないらしい。

彼女はもう一度缶を傾けて、飲んで。

その間に、月にかかる雲がひと時晴れた。

「わ、もうあと少しだ……」

小さなつぶやきが聞こえる。

また月に雲がかかる。

「一瞬でしたね」

「そうだね」

燭台切をみる彼女は、続きを話す気はなさそうだ。

今夜は月が出るのを待つ夜なのだろう。

ただ彼女はちびちびと缶を傾けている。

「……おつまみ、ないの?」

「あ」

燭台切が問いかけると、彼女は止まって。ばつが悪そうな顔で視線を向けてくる。

「……忘れてました……」

小さく彼女が笑う。

「でも、これほとんどジュースですよ」

こういう言い訳がスラスラと出てくるのは、前からのようだ。

思わず、笑いながら息を吐いていた。

「それでも、ちゃんと用意すること」

「はーい」

くすくすと彼女が笑う。やっと、普通に笑ってくれた、と燭台切は胸をなでおろす。

「あ、また」

彼女が月を見やる。風が吹いて、また雲間から月の光が差し込んだ。

視線を感じて彼女を見ると、燭台切を見ている。

「……綺麗」

彼女にも月の光が落ちていて。

「……うん」

君の方が綺麗だと。言いそうになった。

「……就職の話、なんですけど」

「弟はもう警察官になるんだって、決めてるんですよ。すごいですよね」

少し自慢げに話す彼女は、くすくすと笑って。ふっと息を吐いた。

「……私も、弟みたいに戦えたらいいのに……」

「え?」

「せめて、私が自分ぐらい守れれば、弟は他にも選べるんですけどね……」

少し陰のある顔は、後悔、だろうか。

迷惑をかけないように、と言っていた頃と重なる。やはり、こういうところも変わらないのだろう。

「今度、護身術でも習おうかな」

冗談みたいな呟きが聞こえる。

僅かに感じるのは、彼女の焦燥。たぶん、無意識。

「……僕が教えようか?」

申し出てみる。もしも、受けてくれるなら、少しでもその心を軽くできるなら。ただそれだけで、下心はない。

彼女は驚いた様子で、燭台切を見る。

その頬がほんの少し染まって見えた。

「光忠さん、そんなこともできるんですか?」

「……じゃあ、お願いしようかな」

一瞬。

絡んだ視線に、金色が絡まった気がした。

気づかれないように、息をのむ。声が、上ずらないように。格好良く、見えるように。

意識して、ゆったりと微笑む。

「うん、じゃあ、明日はどう?」

彼女は目を瞬き、細めて笑った。

「はい」

見えないように、つい下げた拳を握っていた。

それから、明日の時間を軽く話して。

「おやすみなさい、光忠さん」

「……おやすみ」

今夜は部屋に戻る前に、彼女の笑顔が見れた。

いい夢が見られそうだ。

 

 

 

翌日は朝から隣の家にお邪魔していた。

リビングにノートパソコンを広げて、眼鏡をかけて向き直る。

珈琲を持ってきた光忠が、少し驚いている。

「眼鏡、かけるんだ」

普段かけていないからだろう。

「ディスプレイがまぶしくて。これ、ブルーライトカットなんです」

書きかけのテキストを開く。

卒論を午前中やる予定だと言ったら、一人ならおいでと言われたのだ。

お昼も一緒に食べようって。ちゃんと食べないんじゃないか、と心配されてしまった。

まあ、可能性はないこともない。

画面に視線を向け、どこまで書いたかなと少し読み返す。

そうして、しばらく集中していた。

「……そろそろ休憩」

「え」

顔を上げると、光忠が苦笑していた。

「もう二時間もたってる」

「……あ。もうそんな時間ですか」

眼鏡をはずし、珈琲を飲む。

「すいません、集中するといつもこうで」

「集中すると周りが見えなくなるんだね。……それで、お昼を抜くことも?」

一瞬止まる。なんでわかったのだろう。

光忠を見て、誤魔化すように微笑んだ。

「これ食べて、休憩すること。あと、お昼ができたら、また声かけるから」

「……いただきます」

オヤツは手作りプリンだった。美味しかった。

食べ終えてから、また卒論を続けて。声を掛けられるまで、全然気づかなかった。

「乱くんや、薬研くんたちも来てたけどね」

「え」

「集中しすぎ」

「……会いたかったなぁ」

「また今度、ね。お昼食べて休憩したら、護身術やろうか」

今日の昼はふわとろオムライスだった。これもなんだか懐かしい味がした。

 

 

 

昼食後、食器を二人で片づけて。

「さて、午後はちゃんと身体を動かそうか」

笑いながら言われて、苦笑する。

実際、半日ほぼ動いていなかったから。「ちゃんと」と言われるのは仕方ない。

階段を上って、二階へ上がる。隣の家の二階は、何も置いていない部屋だった。

夜にいつも電気がついていないと思ったけど。

「ここ、使ってないんですか?」

「今はね」

始めようか、と向き合う。

「護身術は、相手から逃げる手段のひとつだよ」

「まずはよくあるパターンから」

光忠が握手のように、手を出す。

「手首掴んでみて」

言われるように掴んで直ぐ。くるりと腕を回されて。

「あれ?」

光忠が笑う。

「まずはやってみようか」

手首を掴まれる。

「親指の方へ抜くイメージ」

「はい」

くるり、と腕を返す。

外れない。

「……あれ?」

もう一度。

「んっ……」

びくともしない。

「んんんっ」

必死なのに全然動かない。

「……はぁっ」

困った。これ、初歩なのに。

「……光忠さん……」

弱りきって、光忠を見上げる。真剣に、困ってる。

「光忠さん?」

「これ、力はいらないんだよ」

「え?」

「ああ、そうだ。手を開いて。相手に向かって少し押して、手を上げる」

言われる通りにする。

「あ、外れました!」

できた、と見上げる。光忠も嬉しそうだ。

「うん、よし。もう一回」

数回繰り返すと、直ぐにできるようになった。

「これなら」

「外れたら、直ぐ逃げてね」

また手首を掴まれる。今度は迷わない。相手の親指の方へ押して、手を上げる。

するり、と手首が抜けた。

「できた」

「うん。その調子」

「はい!」

見上げて笑うと、光忠も笑ってくれた。

「この後に、私も木刀とかで戦えたらいいんですけど」

「それは」

「弟に止められてるんです。さっさと逃げてくれって」

視線を床に落とし、肩が落ちる。

「足手纏いだって」

「……私だって、守りたいのに……」

力がないのが、悔しい。

いつも守られてばかり。

守りたい人たちを、私が危険にさらしてしまう。

目を閉じて、感情をやり過ごす。

それから、顔を上げて、光忠に笑いかけた。

光忠は真剣な顔で、私を見ていた。

「光忠さん?」

「持ってみる?」

「え?」

少し待ってて、といって。光忠がいなくなる。

私は、ベランダから、外に出てみた。

昼の光が明るい。風が気持ちいい。目を閉じる。

(光忠さん)

瞼の裏に、姿が映る。

優しく笑って。困ったように笑って。でも、時々、寂しそうな人。

こうして二人でいると、なんでか懐かしくて、安心してしまう。

それなのに。掴んできた大きな手。練習で掴まれるたびに、胸がどきりと跳ねる。

(……近い)

それだけなのに、心臓だけが勝手に忙しい。

顔が熱くなっているの、バレてないか、冷や冷やする。

頭を振って、不純を振り払った。

 

 

 

光忠が持ってきた木刀を両手で持つ。

持ち方は、弟の試合を見てきたし、少しはわかる。

「悪くないね」

光忠がそばに立って、姿勢を直してくれる。

「うん、良くなった」

「……はい」

「振ってみる?」

木刀を持ち上げる。それだけで、よろける。

「わ」

背中に手を添えて、支えられる。大きな腕。距離が近い。

「ふふっ、大丈夫?」

「は、はいっ」

「重いよね」

「構えるだけなら、できたんですけどね」

ふふっと苦笑しつつ、光忠の顔が見られない。

「じゃあ、一緒にやってみようか」

「……え」

背後に回った光忠が、木刀を持つ手に手を添える。

包み込まれる体に、固まる。

「いくよ」

一人で持ち上げるのがすごく重かった木刀が、軽く上がる。腕が伸びる。踵が、あがりそう。

「視線は前。動かさないで」

耳元で、低音で囁く声。

ゆっくりとふりおろす木刀が、水平でピタリと止められる。

「こう。ね?」

プルプルと震えてしまう。

「も、だめです」

「え」

「お、重いですっ」

落としそうな木刀を光忠が受け取ってくれた。

私はその場にへたり込む。

「竹刀より重い!」

「ふふっ、竹刀?」

「やっぱり、私には無理ですね。逃げるだけにします」

誤魔化すように笑うと、頭を優しく撫でられた。

「うん、そうして」

気づかれていないはずだ。

鼓動が早くなってるとか、顔が赤くなってることとか。全部、距離が近いからだとか。

そんなこと、この人相手なら、誰でもあることだろう。

だから、こんな風に動揺するのは私だけ。

それでいい。

光忠には気づかれなくていい。

 

 

 

「光忠さーん」

月明かりで明るい向かいのベランダから、彼女が手を振っていた。

その隣には弟が、むすっとしている。

「ほら、自分でいいなよ」

「いやだ」

「もー」

姉弟で戯れている。

「こんばんは」

「こんばんは。あのですねー、弟が今度手合わせしたいっていうんです」

弟は顔を背けた。でも、否定はしていない。

「ふうん?」

「時間がある時にいいですか?」

「いいよ」

「ほら、いったじゃん」

弟は困った顔で姉の頭をぐしゃぐしゃに撫でた後、頭を下げて、部屋に戻っていった。

「何照れてんだか」

「仲良いいんだね」

「そう、なんですかね?」

だったらいいな、と言いながら、髪を整えつつ、缶チューハイを傾けている。

「ずるいって言うから」

「まったく。可愛いなぁ」

ニヤニヤと室内を眺める彼女の瞳には、愛しさが溢れている。

大切な家族なんだと、それだけでわかる。

「……いいなぁ」

小さく溢れてしまう言葉は、幸いにも彼女には届かなかった。

「あ、護身術! ちゃんとできました!」

「弟が驚いてました」

家族自慢をする彼女はニコニコとご機嫌だ。

「へえ?」

「これでいつ掴まれても安心です」

「いや、その前に避けようね」

彼女が驚いたように燭台切をみて、嬉しそうに破顔した。

「……はい」

抱きしめたくなるほど愛らしい顔だったから。

燭台切は内心を悟られないように、全力で顔を作った。

彼女は全然気づかずに、満月手前の月を見上げる。

「今夜は月も綺麗だし、雲も少ないし、いい夜です」

ぱり、と音が聞こえる。今夜のおつまみだろう。

「明日の満月が楽しみですね」

「……そうだね」

本当に嬉しそうに言う彼女は数日前に、赤い月が苦手だと言っていたのは忘れていそうだ。

「そうだ、お団子」

「団子?」

「お月様に用意しないと」

「へ、ぇ?」

その上、何か可愛いことを言い出した。

取り止めもなく呟きながら、缶を傾ける彼女は、いつになく上機嫌だった。

喋り続けているのが照れ隠しだなんて、燭台切は想像もしなかった。

 

 

 

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