[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第二十五話 [し] 知らないはもうできない

車のエンジンをとめ、息を吐く。外はまだ明るい。

今は午後三時。自宅にはまだ誰もいない。

(なんか、疲れた)

車を降りずに、目を閉じる。

今日大学で知り合いに会って、昼食を食べて。色々、色々と言われて。疲れた。

(光忠さんのこと、何も知らないのに)

色々聞かれて。色々言われて。

そもそも前から、鈍いとか。私みたいなのがなんでとか。

(そんなこと、知らないし)

車の窓を叩く音がした。光忠だった。心配そうな顔をしている。

車から降りる。

「ごめん、大丈夫?」

「はい」

「ちょっと、パイを作りすぎちゃって」

「え」

「よかったら、どう?」

なんでか今日もお隣にお邪魔することになってしまった。

リビングには誰もいない。

「すぐ用意するから」

ソファに座って待っていると、焼きたてのアップルパイが一切れ。それと珈琲。

「……美味しそう」

「うん、自信作」

「いただきます」

フォークで切って、一口。さく、と軽い音。温かくて、優しい味。

ほろ、と涙が溢れていた。

「あ」

ぎゅっと目を閉じて、堪える。

息を整えて。

「美味しい、です」

「うん」

ゆっくり、ゆっくりと食べて。完食して。

それから。

「ごちそうさまでした」

食べ終わる頃には気持ちも落ち着いて。

普通に笑えるようになっていた。

光忠はほっとした様子で笑ってくれる。

「良かった」

「……好きなもの食べると、元気になれるよね」

優しく笑って。ただ、それだけ。

それだけなのに。心が軽くなっていた。

「光忠さん、すごいです」

「え?」

「たしかに、こんなに美味しいアップルパイ食べたら、嫌なことなんて吹き飛びますね」

「……そう」

「本当、すごい……」

尊敬の念で見つめると、複雑そうな困った顔で。

「すごいのは、君の方」

少し遠く、私を通り越して誰かを見るような、視線がすごく切なくて。

出会った時からずっと、この眼差しを見ていることに、気づいた。

この人は、私の向こうに誰かを見てる。

その人が、本当に好きなんだと。

 

叶わないと気づいた。

いつの間にか、好きになってた。

気づいた瞬間、失恋してた。

 

目を閉じる。

うん、まだ、大丈夫。

まだ。引き返せる。

「光忠さん」

目を開いて、彼の金色の綺麗な瞳を見つめる。

「ありがとうございました」

光忠の目が大きく見開かれる。

「……」

何かを言おうとする光忠に、ふふっと笑った。

「私、アップルパイ、大好きです」

「今日、もっと好きになりました」

「光忠さんのおかげです」

ちゃんと、私は笑えていたはずだ。だって、何も言われなかったのだから。

 

 

 

満月が照らす夜道を弟と歩く。

「団子買い忘れてるって、何してんだよ、姉ちゃん」

「だから、ごめんって」

文句を言いながらも付き合ってくれる優しい弟。

「しかも、もう飲んでるって」

「近いんだから、歩きでいいでしょ」

「俺、受験生なんですけど」

「息抜き息抜き」

ケラケラ笑いながら返すと、ぽつりと弟がいった。

「姉ちゃん、なんかあった?」

「へ?」

「空元気」

「ち、違うわよ」

「……下手か」

「うぐ」

「あとチョロい」

「……」

「ま、姉ちゃんはまだお子様だからな」

隣を歩く弟を軽く叩く。

「はいはい」

先に立って、歩く。

月明かりが作る影を追いかける。

そうして二人で歩いて、後少しで家に着くところだった。

「姉ちゃん!」

弟に腕を引かれた。

「わ」

丸い月と弟が重なる。

「え」

そこにもう一つ影が。刀が振り上げられて。降ろされて。

「ダメ!」

弟の腕を外して、その前に両手を広げていた。

「姉ちゃん!?」

斬られるのを覚悟して目を閉じる。

「主!」

金属がぶつかり合う音に、目を開ける。目の前には薄汚れた白い布がはためいていて。

「早く行け!!」

金髪の綺麗な男の子が、守ってくれていた。

驚いたけど、言われた通り、弟の手を引く。

「行こう!」

「ね、姉ちゃん」

「早く!」

弟が走り出す。私の手を引いて。

「ちょ、あんたが」

「狙われてるの、姉ちゃんだろっ」

怒鳴られ、隣の家に連れて行かれる。

そこには、乱と薬研、光忠がいて。

「来たか!」

「あるじさん、こっちに」

薬研が、乱が私の手を引く。

「姉ちゃんを頼んますっ」

弟がそのまま出て行く。

「まっ」

「燭台切」

「ああ、こっちに」

満月を背負う光忠の上に、大きな影がかかる。

「光忠さん!!」

悲鳴のような自分の声に、振り返った光忠が、抜いた刃で斬撃を弾き返す。

「大丈夫、あるじさん」

「夜戦は俺らの戦場だ」

他にやってきた骨のような怪物を、薬研が斬り伏せる。乱も素早く走って、別の一体を斬り伏せる。

そして、光忠は。

「よりによって、あの時と同じか」

少し目を離した間に、ボロボロで。

別の光景が重なる。

私を守る。守って、傷つく人がいて。

「燭台切!」

おおきなかたなが、ふりおろされる。

「い、いやぁぁぁっ」

みつたださんが。

きられて。

 

光が辺りに満ちた。

 

 

 

どうか傷つきませんように。

どうか折れませんように。

どうか無事に帰ってきますように。

 

彼女の願いの声が聞こえる。

光が消えた後、燭台切に彼女が縋り付いて泣いていた。

「ごめんなさい、また私、燭台切さんを」

震える体を抱きしめる。

「ごめんなさい、また私のせいで」

乱や薬研、国広が集まってくる。

もう討伐が済んだらしい。

「また私が」

「主くん」

「また私は」

「主くん」

「燭台切さんが」

頭を抱き寄せ、柔らかく撫でる。

「僕は無事だよ」

「君の御守にまた助けられた」

「だから、大丈夫」

縋り付く彼女はいつまでも泣いている。

抱きしめて腕の中の温もりを感じて。

やっと、やっとこうできる。

「……君が無事で良かった……」

心の底から、安堵した。

 

 

 

家の中に彼女を抱き抱えたまま入る。

リビングには部隊が揃っている。

彼女は、泣き声は止まったけれど、顔を上げない。

「燭台切、主は」

「うん」

堪えようとしても顔が緩む。

その髪を背をゆっくりと撫でる。

「主くん」

びくりと震えている。

「どこまで、覚えてる?」

さらに強く抱きついてくる。

今度は多分、恥ずかしくて。

薬研が、乱が、国広が息を吐く。

「あるじさん、タオル持ってきたから。それとも、直す?」

燭台切が薬研が国広が、乱に怪訝な顔を向ける。

彼女は手だけを伸ばして。

「……タオル、と。両方、で」

「うん」

乱の渡したタオルを彼女が顔に当てる。

それで、ようやく燭台切から離れた。

「あ」

「すぐ、戻るので」

乱に手を引かれて、彼女が部屋を出ていく。

「ボクのメイク道具、使って」

「ありがとうございます」

廊下から声が聞こえる。

そこで初めて、彼女が化粧直しをしたかったのだと気づいた。

普段が薄化粧すぎて、気づかなかった。

それに、今夜は。

「大将も、女の子、だもんなぁ」

薬研の呟きに、燭台切も気づいて、息を吐く。

そうだった。つい、嬉しすぎて、忘れてしまった。

「お茶、淹れてくるよ」

戻ってきた彼女が、戸口で立ち止まる。

国広を、薬研を見て、それから燭台切を見て、顔を赤くしている。

「あの、あ、ありがとうございます」

余所余所しい彼女は、視線が落ち着きなく泳いでいる。

乱が近づいて、手を取る。それに、びくりと震えている。

「そんなの当然だよ」

笑いかけると、困ったように微笑んでいる。

「あるじさん?」

「あ、あの、ですね。その、燭台切さんの、ことは、思い出せたんですけど、他は……」

「えー!」

「ご、ごめんなさいっ」

不満そうな乱の肩を薬研が叩く。

「ま、こんなもんだろ」

「薬研はいいの!?」

「俺は別に」

なあ、と同意を求められた国広も頷く。

「泣いていないなら、いいだろう」

困惑していた彼女が、はっと気づく。

「……あ、山姥切、さん……?」

国広は、布を深く被りなおした。

「あ、ああ、俺は山姥切国広だ」

「……初期刀、でした?」

「お、思い出したのか。ならいい」

「……その節はお世話をおかけしました……」

乱が口を尖らせる。

「山姥切さん、ずるーい!」

「乱、落ち着け」

燭台切は、そっと彼女の隣にしゃがむ。

「主くん」

燭台切を見つめる彼女は、とても弱りきっていて。

その片手を取る。

「満月はまだ、終わってない」

「だから、ここにいて」

困ったように彼女が眉を下げる。

「でも、両親と、弟が、心配で」

「そっちは秋田くんと五虎退くんが守ってくれているから」

「え?」

「僕たちは、君と君の家族を護るために、来たんだ」

「あ……」

目を見開いた彼女が、辛そうに目を伏せる。

「すいませ……」

「違うでしょ、あるじさん。そこは、ありがとう!」

「乱さん…………あ」

はっと気づいたように、彼女が目を見開いた。それから、嬉しそうに破顔する。

「はい、ありがとうございます」

思い出したと、すぐにわかって、乱が飛びつく前に。その前に彼女を燭台切は自分の背後に隠す。

「……燭台切さん?」

「ずるい!!」

「今夜のこの家の警護は、薬研くん、乱くん、国広くんにお願いするよ」

しれっと、隊長権限で遠ざけようとする燭台切に、彼女は小さく笑う。

「燭台切はどうするんだ?」

笑いを堪えて薬研が問いかける。

「もちろん、主くんを一番側で守るよ」

燭台切は堂々と言い切った。

 

 

 

彼女を客間に通し、布団に寝かせる。

上掛けを引き上げて。側に座る。

「あの、燭台切さんは?」

不安そうな彼女に微笑む。

「今夜はまだ油断できないからね」

「君はもう眠った方がいい」

ふるりと震えたのは、先ほどの襲撃を思い出したからだろう。

「もう、御守が……」

「少し油断しただけだよ。もうあんな格好悪い姿はみせないから」

「そうじゃありません」

起き上がった彼女が泣きそうだ。

「どうして、守ってくれるんですか?」

「私はもう、前の私とは違う人間ですよ」

「理由なんて」

言い募る彼女の頬に手を当てる。

「思い出したなら、わかるよね」

息を呑んだ彼女が、目を伏せる。

「だからこそ、です」

「燭台切さん、ずっと前の私を見ていた」

「その私とここにいる私は違う」

「燭台切さんが好きになった私と、私は違う」

そっと手を外される。

「私は、彼女じゃない」

目を上げた彼女が、唇を震わせる。

「助けてくださったことは感謝しています」

「でも、それだけです」

「私は」

彼女の口を指で押さえる。

「そこまでだよ」

静かに、告げる。

「確かに記憶を持たない君は、違う人間だった」

「でも、僕が好きになったのは、同じ君だ」

「家族を大切にして、自分以外を大切にして」

「何も、変わっていなかったよ」

そこで、ふっと笑う。

「だから、迎えに来たんだ」

「変わらない君と、一緒に生きるために」

泣き出す彼女をそっと抱きしめる。

「……でも、私は」

腕の中でごねる彼女は、わかっていない。

「ただね、そんなことはもうどうでもいい」

「ここにいる、それだけで」

「後のことは、これから」

腕を緩め、額を合わせる。

彼女の顔が赤くなって、でも目線は燭台切から離れない。

恥ずかしいより先に、燭台切を見ていたい。

そう言っている。ずっとそうだ。

「これ、か、ら?」

「そう」

「ゆっくり、僕を好きになってもらうから」

「……」

「焦らなくていいよ」

時間はあるから。そう続けようとした。

「それは、無理かも、しれません」

「え」

困った顔で彼女が額を離し、目を逸らす。

「どういう、意味?」

彼女は身体中が赤く色づいている。

「……っ」

「もしかして」

震える瞳が、答えを隠しきれない。

「もう、好きになってくれてた?」

「い、言えませんっ」

顔を両手で隠してしまう。

この反応は。

こみあげる嬉しさに、顔が崩れそうだ。

「そ、そうなんだ」

待つ時間はもう終わりでも、いいだろうか。

 

 

 

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