[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
本丸日誌 記入者:山姥切国広 -あかつきが見えた日-(前編)
燭台切が去った後の障子を主がじっと見ている。
今までなら、ただ頭を下げてうつむいたままだった。
数日前、乱が言っていた。
「あるじさん、少しだけ顔があがる時ができたんだよ」
うれしさをこらえて、こっそりと囁いて。
「全部、燭台切さんの声が聞こえたりしたとき」
「そんなことないっていってたけど」
薬研も言っていた。
「燭台切の申請書類を見る時だけ、肩の力が抜けるようになってたぜ」
「いい傾向だ。大将はもうちょっと気を抜いていい」
それから少し考えて続けていた。
「……その後だけ、少し指先を直すんだよ。こう、まっすぐに、さ」
「たぶん、少しだけ真似してるんだろうな」
苦笑していたが、かなりの変化だ。相変わらず自分で話しかけるなんてことはできないんだが。
今日、書類の申請を出しに来たのが燭台切だとわかった瞬間、主の身体が硬直していた。誰が仕掛けたかは知らないが、少し余計なことだと思わないでもなかった。
確かに、主は燭台切を顕現した時は目を奪われていた。だが、その程度では主の心は固まったまま。変わるはずもない。彼女は、ずっと、悪夢に囚われているのだから。
山姥切が受け取り、主に渡し、主がサインをする。
主から返った書類を受け取った燭台切が、安堵の息を吐いた。
「ありがとう、主くん」
機嫌よく出て行った燭台切に息を吐きつつ、振り返った時だ。
主の顔があがっていた。久しぶりに、口元以外が見えた。長い前髪の奥、視線が障子に注がれている。燭台切が出て行った後の障子に。
「主?」
山姥切が声をかけると、はっと慌てて、頭を下げてしまう。いつもなら、そのままなのだが、今日は違った。
「……れ、るかな……」
小さな小さな呟き。今のは。
(……聞き取れなかった……)
少し柔らかい声音だったような気もする。
これが、なれるかな、だったら、どんなにいいか。
だが、もうずっと希望を持つのはやめた。無理強いをして、初期刀の自分が主を追い詰めるわけにはいかない。
「少し休憩するか」
「っ!」
顔を上げた主が、何かを言おうと口を開き、閉じる。何度かそれを繰り返し。
「……はい」
やめてしまった。いつものことなので、山姥切はうなずいた。
いつもなら主は休憩を自室で過ごす。だが、今日は迷いつつ動かない。
(なんだ?)
主がこっそりと書類箱から一枚を引っ張り出す。
普段は使わない筆ペンを取り出す。
そこに、ゆっくりと文字を書き始める。
普段から丁寧な人だが、ことさらに丁寧に。その間だけ、背筋が伸びていた。
書き上げた書類にふっと息を吹きかけ、自分で何度も見返している。
書いたものの、どうしたものかと悩んでいるのだろう。何度も何度も、数分を悩んでいた。
――近侍任命書。
主が審神者になってから、一度も触ったことのなかった書類だ。
そこに、名前が書かれている。
燭台切光忠、と。
【本丸日誌】
記入者:山姥切国広
・異常なし
・主が近侍任命書を書いていた
・本刃に届けられるといいと願う
欄外コメント:
・待って。何があったのか詳しく!!(乱)
・書いただけか?(薬研)
・書いただけだ(山姥切)
・考えてくれたってことかな?(乱)
・やめとけ(薬研)
・何をー?(乱)
・やめとけ(山姥切)
・ちょっと!?(乱)