[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい 作:himausa
燭台切が近侍に戻った翌日、主は珍しく熱を出した。
薬研がいうには、人間は手入れでは治らないので、食事をして、薬を飲んで、寝ているしかないらしい。
世話ができないから、という理由で、主は執務室と審神者の私室の間にある四畳半部屋で寝ている。
おかゆを作ってきたけど、食べられるだろうか。
「山姥切くん、はいるよ」
燭台切は襖を開ける。
布団には顔を赤くしたまま眠っている主。額には冷やすための薄青のシートが貼られている。
そばについていた山姥切が小さく声をかけると、うっすらと主の目が開いた。
「しゃべらなくていい。少し食べられるか?」
夢現の主は、答えずに目を閉じてしまう。
「一口でいいから、食べろ。燭台切、これを食後に飲ませてやってくれ。俺は他のことを済ませてくる」
これ、と枕元の盆に乗せられた粉薬の袋と水を指し示す。
立ち上がった山姥切から、彼のかぶっている布がずれ落ちる。彼はそれを気にせずに出て行った。布の端は主の手の中だ。
襖を閉めて、燭台切は主の布団の傍に座る。
「主くん、起き上がれるかい?」
目を開けた主はぼんやりと燭台切を見て、それから緩慢に体を起こした。
「主くん」
でも、目は閉じたまま、ゆらゆらと身体が揺れている。
「主くん、口を開けて」
ひと匙すくったおかゆを、息を吹きかけて軽く冷まし、主の口元へ持ってゆく。
「……」
目を閉じて、主が口を開けた。
そっと差し入れたスプーンを主が受け入れる。無防備に。
ふた匙目を準備する前に、主はゆっくりと後ろへ倒れてしまって。
燭台切はとっさに抱き止めていた。
高い体温、荒れた呼吸、眦を滑り落ちる涙。
危なかった。
「っと、主くん、まだもう少し頑張って」
返事の代わりに、寝息が返ってきた。
(…しかたないなぁ)
そっと布団に横たわらせると、うっすらと目が開く。焦点が合っていない。
「…おかあ、さん…」
幼子のように、手を伸ばす。その手を燭台切が掴む。瞳に、燭台切が映る。
「…みつただ、さん…?」
思いがけない呼びかけに、胸の奥がぎゅっと掴まれた。
「うん、僕だよ」
ほっとしたように、主の表情が柔らかく綻ぶ。
「主くん、薬を」
でも、燭台切が再度呼びかける頃には、また目を閉じていて。
この状態で、薬を飲ませると言われても。
かつて、ものであった頃、見た光景が過ぎる。
(そうだ、人間がやってた。口移しで)
脳裏の光景が、自分と主に置き換わる。
「え」
燭台切光忠は固まった。
薬、眠る主、口移し。頭の中で単語だけが並ぶ。
「……」
いや、待て。落ち着こう。格好良く、冷静に。
でも、自分も体温が上がってきた気がする。
「……駄目だろう」
誰も聞いていない部屋で、燭台切は自分に言い聞かせる。
当たり前だ。主は寝ているから、了承もない。後で知ったら卒倒する。
よしんば了承されたとしても、それは。
「僕が困る……」
思わず額を押さえる。
そこへ。
くい、と袖が引かれた。
「っ」
見ると、主がまた薄く目を開けていた。うっすらと涙を浮かべて、荒い息をついて。
「どうしたの、主くん」
はくはくと、主が口を開ける。
燭台切は耳を近づける。どんな声も聞き逃さないように。
掠れた声で、夢と現の間みたいな顔で。
「いかないで……」
燭台切の心臓が嫌な音を立てた。
袖を握る力は弱い。弱いのに、振り払える気がしない。
「……行かないよ」
燭台切がそう答えると、主は少しだけ安心したように息を吐いた。
「ほんと……?」
「うん」
頷くと、口元を緩めて、笑った。
「よかった……」
それだけで、主はまた眠ってしまう。
燭台切は動けなかった。
主は寂しがりだと知っていた。
それでも、直接言うことはない。
いつもは堪えている言葉が溢れたとわかる。それに、胸が苦しくなる。
「……参ったな」
誰にともなく呟く。
今のも、名前を呼ばれたことも。
こんな状況なのに嬉しくて、愛おしくて。
顔を押さえて、いろいろな感情をやり過ごして。燭台切はそっとその場を離れた。
戻った時、まだ主は荒い息をついて眠っていた。熱は高く、顔は赤い。
薬研に聞いた通り、少量の水に薬を溶かす。眠ったままの主を支え、少しずつ飲ませる。
飲み終えた主の寝顔を見て、燭台切は小さく息を吐いた。
早く、元気になってほしいな。
いろんな感情を全部忘れて、ただそれだけを願った。
先ほど頭をよぎった考えを振り払うように。
一晩経てば、主の熱も下がって起き上がれるようになった。
「ご迷惑をおかけしました……」
主はしょんぼりと頭を下げている。
熱を出している間は、何も覚えていないという。
「気にしなくていいよ」
燭台切は笑う。完璧な笑顔。いつもの格好良い近侍。そのはずだった。
「ええと……私、変なこと言ってませんでした?」
「別に」
即答した。言えるわけがない。
自分の名前を呼ばれたことも、袖を掴まれたことも、行かないでと言われたことも。
「本当に?」
「本当に」
嘘ではない。変なことではなかった。
ただ、燭台切の胸がぎゅっと痛くなるだけで。
主は安心したように笑った。
「今日も安静にしておけよ、大将」
薬研が言うと、困った顔をする。
「…仕事が…」
それを山姥切が静止する。
「やっておく。いいから、休め」
「…山姥切さん…」
二振が燭台切を見る。
「燭台切、主を見張っておいてくれ」
「一人で出歩くんじゃねぇぞ、大将」
「…はい…」
出てゆく薬研と山姥切を、主は布団の端で顔を隠して、嬉しそうな寂しそうな顔で見送っていた。
その顔を見て、燭台切は思う。
(困ったな)
昨日までは、気のせいかもしれないと思っていた。
勘違いかもしれないと思っていた。
でも、今はもう無理だ。
主がいないと探してしまう。主が笑うと嬉しい。主が苦しそうだと胸が痛い。
そして、自分の名前を呼ばれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
(ああ)
燭台切光忠は静かに目を閉じる。
(これはもう)
気のせいではない。
格好良くなんて、言ってられない。
主が通常業務に戻った日の午後、薬研が執務室に来て、主に静かに問いかけた。
「大将、最近現世か万屋街に行ったか」
「行ってません」
「じゃあ、他の人間に会ったのは。ああ、演練のはいい」
「……会ってないですね」
「そうか」
主に近寄った薬研がその眼鏡を取る。
「あ」
「大将、こっちをみてくれ」
「え」
じっと主の目を覗き込む薬研。そこに甘さは欠片も無い。
「どうしたの、薬研くん」
燭台切が声をかけると同時に、薬研が苛立たしく舌打ちした。
「え」
「やっぱりだ。大将、いつから回復してない」
「え?」
「回復してますよ?」
「じゃあ、回復が追い付いてないんだな? いつからだ」
「どういうこと?」
薬研が言うには、この間の発熱は霊力不足が関係しているらしい。
主は眠ることで緩やかに霊力を回復させてゆくという。
回復できないほどの霊力を使ったことといえば。
「もしかして、あの御守?」
「ち、違います!」
いつもより大きな声で否定するのが、すでに肯定しているようなものだ。
「ちが、ちがうんです、その、結界が、ええと」
「結界がなんだって?」
「ええと、ええと、」
おろおろと燭台切に助けを求めるように視線をよこす。
けれど、さっさと話した方がいいと思う。
「その、結界の補強を」
「そりゃ前からだな」
「ええと」
主は自分のもつ霊力を本丸の結界に注いでいたらしい。でも、回復できる程度だった。
「乱を呼んでもいいんだぞ」
「そ、れは」
「さあ大将、吐け」
「えええ」
霊力の回復が追い付いていないのは、間違いなく燭台切の御守を作ったせいだろう。
確かに強い想いが込められているけれど、まさかそこまでのものとは思っていなかった。
つまり、まだ回復していない主は、またあんな熱で苦しむことになるということで。
「霊力の回復方法って、何があるんだい?」
内心で焦りながら、燭台切は薬研に問いかける。
「まあ、簡単なところで刀剣男士の本体に一定時間触れていることだな」
「短刀なら懐、それ以上なら帯刀するのがやりやすいところだ」
薬研の説明に、部屋が静かになる。
「へえ」
燭台切は頷く。
なるほど、理屈は分かる。刀剣男士は審神者の想いで励起している存在だ。もともと繋がりがある。本体との接触は霊力循環の助けになるという理屈は、分かる。
「……」
なのに、何故か嫌な予感がした。
今の話を主はまったく驚いていなかった。つまり方法を知っていたということだ。
薬研が大きなため息をつく。
「で、大将」
「は、はい」
「なんで黙ってた」
「ええと」
「なんで」
静かで、追及を辞さない薬研の低い声に、主の肩が縮こまる。
「だって……」
「だって?」
「皆さん忙しいですし……」
薬研の眉間に皺が寄る。
「大将」
「はい」
「それで倒れたら、誰が困る?」
主は俯いて答えない。わかっているから。
薬研は続ける。
「大将一人の身体じゃねえんだ」
「っ」
「本丸全部の要だぞ」
その言葉は重かった。優しさではなく、事実だからだ。
「次からは報告」
「……はい」
「霊力不足を感じたら?」
「報告します」
「無理したら?」
「報告します……」
主がしょんぼりしながらも答えてゆく。それを聞いて、薬研はようやく一息ついた。
「よし」
次の瞬間、勢いよく障子が開いた。
主がびくりと体を震わせ、薬研が眉間にしわを寄せ、目を閉じる。燭台切も流石に気配に気づいていたが、こんなふうに登場するとは思っていなかった。
「聞いたよ!! あるじさん!!」
乱は周りには目もくれず、ずんずんと主に近づき、その手を取った。
「なんで言わないの!?」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃない!」
軽くのけぞりながら謝る主に、乱は完全にお説教モードだった。
燭台切は思わず笑ってしまう。だが、その笑いは長く続かなかった。
「ということで!」
乱が突然、燭台切を向いた。
「今日からあるじさんは帯刀生活!」
「え」
燭台切は動きを止める。
「え?」
主も止まる。
「え?」
薬研まで止まった。
「何、その反応」
「いや」
半眼になった乱に、薬研が額を押さえる。
「まあ理屈としては正しい」
「でしょ?」
「だが誰を持たせる」
その瞬間、乱の顔がにやりとした。嫌な予感しかしない。
「当然」
乱の視線が動く。部屋の全員の視線も動く。それは最後に、燭台切へ集中する。
「え」
燭台切は固まった。
「なんで?」
「だって原因じゃん」
「原因」
「原因」
乱と薬研が同時に頷く。
これは、御守のことを知っているということだろう。
そのことに気が付いた主は、顔を真っ赤にしている。
「ち、違います!」
「違わないよね?」
「違わないな」
「違わないと思う」
つい燭台切は同意してしまった。
「燭台切さん!?」
主が悲鳴を上げる。その反応に、乱が楽しそうに笑う。
「決定!」
「待って」
燭台切は慌てた。
「待って、乱くん」
「なに?」
「それは」
言葉に詰まる。
本体に常に触れることによる霊力循環。必要性は理解できる。
だが。
(それはまずい)
何がまずいのか説明できない。でもまずい。とてもまずい気がする。
乱は首を傾げる。
「なんで?」
答えられない。答えられるわけがない。
燭台切は思う。たぶん、今、本当に困っているのは、霊力不足の主ではなく、その提案を聞いて動揺している自分の方だと。
「とりあえず決定ね!」
乱がぱん、と手を叩いた。
「待って」
燭台切はまだ諦めていなかった。
「待って乱くん」
「やだ」
「即答だね」
「だってあるじさん、倒れたじゃん」
ぐうの音も出ない。主が小さくなる。
「ご、ごめんなさい……」
「あるじさんは謝らなくていいの!」
「はい……」
しょんぼりしている主の姿に対し、乱は満足げに頷く。
「というわけで、燭台切さん」
「うん」
「本体貸して」
「うん?」
一瞬、理解が追いつかない燭台切に、乱は当然のように続けた。
「あるじさんが持つから」
「……」
「……」
「……」
燭台切の思考が停止した。
主が不安そうに、燭台切の顔を覗き込んでくる。
近い。少し近い。やめてほしい。いや、やめてほしくない。
どっちだ。
燭台切は人生で初めて、自分の思考が信用できなくなった。
「燭台切」
薬研がにやにやとした顔で呼ぶ。
「なに?」
「顔が固い」
「そう?」
「固い」
断言だった。乱まで頷く。
「すっごく固い」
「気のせいじゃないかな」
「気のせいじゃねぇな」
追撃まで来た。
燭台切は助けを求めるように主を見る。
主はもっと困っていた。
「その……無理なら別の刀で……」
おろおろとした提案に、燭台切は反射的に口にしていた。
「駄目」
一拍遅れて、燭台切は自分が何を言ったのか気づいた。
今のは、完全にまずい。
乱の目が輝き、薬研が顔を覆った。あれ、絶対笑ってる。
主だけがきょとんとしている。
「え?」
「……」
燭台切はゆっくり目を閉じた。
「えっと」
主が恐る恐る聞く。
「燭台切さん?」
「うん」
「今のは」
「気にしなくていいよ」
「でも」
「気にしなくていいよ」
二回繰り返した。完全に怪しいと思われている。
乱が肩を震わせ、笑うのを堪えている。
薬研は窓の外を見始めた。見なかったことにする気らしい。
「じゃあ」
乱が咳払いする。
「あるじさんはしばらく帯刀生活!」
また話が戻った。
「ええっ」
「異議なし!」
「薬研さん!?」
「異議なし」
「乱さんまで!?」
二振りが同意して、主が悲鳴を上げている中で。
「異議なし」
また言ってしまっていた。しまったと思った時には遅い。
部屋が静かになる。
主が困った様子で、燭台切を見上げる。
「燭台切さん」
「はい」
「さっきから何なんですか……?」
その問いに、燭台切は本気で答えられなかった。
なぜなら本人が知りたい。
どうして自分は、主が別の刀を持つかもしれないと思った瞬間、あんな声を出したのか。
どうして嫌だったのか、答えは薄々分かっている。
でも、認めるにはまだ少し勇気が足りなかった。
腰にベルトを巻いて、とりあえず、燭台切光忠の本体を佩く。
大きいし重いけれど、格好いい刀だから、自分の背筋が伸びる。
この刀にふさわしくありたい。審神者として、そう思った。
「どう、かな?」
乱と薬研はにやにやしてて、燭台切も嬉しそうで。
それに本体を通じて、燭台切の優しさを感じる。もちろん、普段の近侍をしている時も、そうでない時も感じてはいるのだけど。
「うん、格好いいよ」
そういう燭台切が少し可愛らしく見えて、あれ、と内心で首をかしげながら、口元を緩めた。
――可愛い。今、そう思った。
格好良いではなく、可愛い。
「あるじさん?」
乱がにやにやしている。
「え」
「今、何考えてたの?」
「な、何も」
「ほんとに?」
「本当に」
慌てて答える。でも、乱は全然信じていない。薬研まで肩を揺らしている。
「大将」
「な、なんですか」
「顔」
「顔?」
「緩んでる」
反射的に頬を押さえる。
熱い気がする。
「熱はないよね?」
乱が額に触れる。
「ないね」
「ないな」
薬研も頷く。
「じゃあ別の病気かな」
「えっ」
「重症だね」
「えっ?」
何の話か分からない。本当に分からない。
分からないまま執務に戻った。
腰の太刀を、自分の手でそっと撫でる。
重い。
短刀や脇差とは違う。
歩けば揺れるし、座る時も気を遣う。時々ぶつけそうにもなる。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
つけているだけで勇気が湧く。背筋が伸びる。
格好良くなれる気がする。
そんな、お守り。
気になるのは、あの時の反応だった。
帯刀が決まった時、燭台切は珍しく取り乱していた。
なんであんな顔をしていたんだろう。
なんであんなに慌てていたんだろう。
考えてみても分からない。
「燭台切さん、優しいですからね」
熱を出してしまったから、きっと心配してくれたのだろう。それが一番納得できた。
誰もいない廊下で。もう一度、腰の太刀にそっと触れる。
大切な刀。
大切な仲間。
そして、憧れの刀。
「最期まで、よろしくお願いしますね」
小さく、そう呟いて僅かに口元を緩めた。
もちろん、その言葉が本刃に届いているなんて知らない。聞かれているなんて思いもしない。
だから、その頃、燭台切光忠が廊下の角で固まっていたことも知らない。
夜には、燭台切に本体を返し、一日を終える。
特に今は、月見をしないで寝なさい、と言われてしまった。
早々に部屋に一人になってしまうと、いろいろ考えてしまう。
以前なら家族のことだった。
でも、今夜は別の人。燭台切光忠のこと。
近侍になってくれた日。
綺麗な目だと褒めてくれた日。
服を整えてくれた日。
泣いてしまった日。
お守りを渡した日。
熱を出した翌日。
本体を佩かせてくれた日。
色々なことを思い出す。
「……」
静かな部屋で、誰もいない。
だから、ぽつりと呟く。
「燭台切さんは、格好いい」
いつもの言葉で、これまでも何度も思った言葉だ。
だけど、続けて出た言葉は少し違った。
「優しいし」
それから。
「笑うと、素敵で」
それから。
「一緒にいると安心する」
そこまで言って、思考が止まった。
「……あれ」
静かな部屋で、自分以外は誰もいない。だから誰も答えない。
代わりに、胸の奥が温かいのにざわざわして、ゆっくりと温かくなる。
燭台切は格好良くて、優しくて、素敵な刀剣男士だ。
いつも自分の目を見て、優しい眼差しで、話しかけてくれて。
ほっとする。
審神者になってから数年、こんな気持ちになる人はいなかった。
そういえば、燭台切光忠を佩いた時、思った。
可愛い。
格好いいじゃなくて。
可愛い。
なんでだろう。
――お父さんはね、可愛くて格好いいのよ。
そんな、母の宣言を思い出した。
胸の奥で何かが落ちる。
すとん、と。
腑に落ちる。
そんな感覚。
「……好き」
ぽつり。
声に出た。
自分でも驚くほど自然に。
「……あ」
否定しようとして、できなかった。違うと言えなかった。
思い出と一緒に、落ちてきたから。
――あなたも好きな人ができたら、わかるわよ。
しばらく思い出せなかった母の温かい声が聞こえた。
そうか、好きだったから。
たぶん最初から。
格好良いと思っていた。憧れていた。
見ているだけで嬉しかった。近くにいると安心した。褒められると嬉しかった。無事だとほっとした。
全部。全部。
「……好き、だから」
少しだけ俯き、泣きそうになる。
でも、嫌な涙ではなかった。
叶うとは思わない。隣に立てるとも思わない。
燭台切が自分を好きになるだなんて、もっと思わない。
だけど、ふと、あの日の言葉を思い出した。
「まずは、私なんか、をやめようか」
優しい声。
穏やかな笑顔。
格好良い刀。
大好きな人。
そっと目を閉じた。
「……好きなものは、好きでいい」
小さく呟く。誰にも聞こえない声で。
それは告白ではなく、決意でもなく。
ただ、初めて自分に許した言葉だった。
「……想うだけなら…」
燭台切の迷惑にもならないだろう、という言葉を飲み込んだ。