[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第六話 [し] シロツメクサの秘密~花冠と花の指輪~

玄関で靴を履いた主に手を差し伸べる。

その腰には燭台切光忠の本体を佩いている。見るだけで、嬉しい。

けれど、表に出すのは照れくさいし、格好悪いので。燭台切は少し微笑むだけに留める。

主に、格好良く見えるように。

「え」

「ん?」

「て、手」

「ああ」

燭台切は苦笑した。

「帯刀してると転びやすいから」

主が腰の太刀に触れて、こくりと頷く。

「……主くん?」

「……よろしくお願いします」

そっと伸ばされた主の手が、そっと触れる。小さくて、柔らかくて、温かい手を燭台切の大きな掌が柔らかく包む。

「じゃあ行こうか」

触れ合いに慣れない主は、恥ずかしそうに頬を染めながら、また小さく頷いた。

主が帯刀を始めて二日。

薬研が確認して、あと一日は帯刀するのがいいだろうと診断した。

「じゃあ、今日はお休みにしたらいいんじゃない?」

何故か申し訳ない様子の主に、乱が言う。

「いいんじゃねぇか。大将は働きすぎなんだから、ちっとくらい休んでも問題ねぇだろ」

薬研が頷きながら言う。

「…じゃあ、日課だけ」

言い出した主に、燭台切はすでに仕上がった編成表を出す。

「これ、山姥切くんから。今日の編成と当番だって」

「え」

「じゃあ、今日の分の仕事は終わりだねっ」

「え」

「これ、通達しとくから。後はよろしくな、燭台切」

さっさと薬研が乱を連れて出て行った。止める間もなく、二人きりになった。

主は固まっていた。状況についていけてない感じだ。

「主くん?」

「ひゃいっ」

聞いたことのない返事に、燭台切は少し目を丸くする。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

様子がおかしい。主の顔を赤くなってきている気がする。彼女は両手で軽く眼鏡を押し上げ、頬で手を留める。

「熱がぶり返した?」

「違いますっ」

「そう?」

燭台切は、そっと主の顔を覗き込む。熱がある時の赤さではなく、恥ずかしがっている時の頬の赤さ、だろうか。

「主くん」

「は、はい」

「せっかく休みなんだから」

燭台切は少し考えて、柔らかく笑った。

「散歩でも行く?」

「散歩」

「うん」

顔を上げ、燭台切を見て。繰り返す主の愛らしさに、口元が緩みそうになる。

「嫌だった?」

「いえ!」

すぐに否定されて、燭台切は少し笑った。

それから、玄関で靴を履いて。エスコートという名の名目で、今並んで歩いている。

身長の違う主に合わせて、燭台切はゆっくりと歩く。

散歩と言っても、本丸の庭は広い。季節の花が咲き、風が吹き、どこかの刀剣男士の笑い声が聞こえる。

穏やかな日だった。

土を踏んで歩いていると、初夏の花々が咲き乱れている様子が分かる。

「主君ー!」

元気な声が飛んでくる。

二人で振り向くと、桜色の癖のある短髪に空色の瞳の秋田藤四郎だった。手には小さな花束を持っている。

「秋田さん」

「見てください!」

駆け寄ってきた秋田が両手を広げる。摘んだばかりなのだろう。白い花がたくさん。

「あ」

思わず、といったように、主の顔が綻ぶ。

「シロツメクサ」

「知ってるんですか?」

「うん」

見たことのない顔の主に、燭台切の視線が止まる。

懐かしいって顔をしている。それも哀しくない「懐かしい」だ。

「花冠、作れるよ」

「えっ!」

秋田の目が輝く。

「ほんとですか!?」

「教えてあげる」

主の手が自然と燭台切から離れ、秋田と並んで、縁側に座る。

小さく細い指が、シロツメクサを一本。くるりと折って、次を通して、また折って。

「わあ……」

秋田が感心した声を上げる。

燭台切は少し離れた場所から見ていた。

柔らかな横顔、穏やかな声、花を扱う細い指。普段の執務中とは違う、年相応の女の子の姿。

ふと、胸の奥が温かくなる。

「できた」

あっという間に、小さな花冠が出来上がる。

秋田が歓声を上げる。

「すごいです!」

「秋田さんもやってみますか?」

「はい!」

秋田が夢中になって花を編み始める。

優しく見守り、時々教えながら、主も笑っている。

その隣で、燭台切は何となくシロツメクサを拾った。

一本、二本、三本。昔、誰かが作っていた気がする記憶を辿るように、指を動かす。

「……あ」

できた。小さな輪。花の指輪だ。

その時。

「できました!」

秋田が立ち上がって掲げた、少し歪な花冠。でも立派な出来だ。

「すごい」

主が褒めると、秋田は更に満面の笑みになった。

それから、燭台切と主を交互に見て。

「僕、兄さんたちに見せてきます!」

「え?」

「え?」

二人で同時に首を傾げる。

「じゃあ失礼します!」

秋田は走り去った。ものすごい速度で、あっという間に見えなくなる。

「……元気だね」

「そうだね」

温かな風がゆるりと吹き抜ける。

急に、本当に急に、二人きりになっていた。

「……」

「……」

燭台切は咳払いを一つした。

何となく、本当に何となくだけれど。

今なら渡せる気がした。

「主くん」

「はい」

主が顔を上げる。

燭台切は、その小さな手を取る。

「え」

白い指。薬指。そこへ、そっと、シロツメクサの指輪を通した。

「……あ」

主の目が見開く。

燭台切は笑った。少しだけ照れながら。

「似合うね」

その一言で、主の顔が真っ赤になった。

花の白、春の陽射し、風の音。主の指先の小さな花の指輪。

燭台切はただ、似合うと思っただけだった。本当に、ただそれだけだった。少なくとも本人はそう思っていた。

だから、遠くから聞こえた歓声のようなものは、偶然なのだろう。

主は少し日差しに指をかざして、目を細めていた。恥ずかしいけど嬉しい、そんな顔で。頬を染めていた。

「燭台切さん」

「ん?」

主の声が聞こえるように、少し身をかがめる。

その時だった。主の手が動いて、手元の花冠を持ち上げる。ぽん、と燭台切の頭に、それが乗せられた。

「おかえし、です」

少しだけ眼鏡の奥を悪戯そうに煌めかせて、主が言う。白い花が揺れる。

燭台切は固まった。

「……」

「あの?」

顔に熱が集まりそうで、とっさに燭台切は、片手で自分の顔を押さえていた。

「えっ」

驚いた主の声に、答えられない。

「燭台切さん?」

それでも、なんとか、声を出す。

「ちょっと待って」

「はい」

「今すぐには無理かもしれない」

「えっ」

さっぱり分からないと、戸惑う主の前、燭台切は深く息を吐いた。

駄目だ。

格好良くできない。全然できない。

燭台切としては、花の指輪を渡した。それだけでも十分だったのに。

返ってきた。

しかも、主の手作り。本人が編んだ花冠で、笑顔付き。

おまけに、最後の一撃。

見たことのない笑顔。あれは反則だ。

「だめ、でした?」

不安そうな主の声に、燭台切は即座に首を振った。

「違う」

「よかった」

ほっとした顔の主に、見惚れる。その顔も可愛い。

どうしようもない。本当にどうしようもない。

主は全く気付いていない。自分がどれだけ破壊力のあることをしているのか。

「主くん」

「はい」

燭台切が呼ぶ。主の返事が返る。

当たり前のことなのに、妙に嬉しい。胸の奥が擽られているみたいだ。

「ありがとう」

やっとのことで燭台切が返すと。

「どういたしまして」

主はふわりと笑う。

燭台切は思う。

格好良くありたい、主の憧れでありたい。そう思っていた、ずっと。

でも最近、少し困っている。

格好良くありたいのに。

この子の前では、格好良さより先に、もっと違う感情が出てきてしまう。

そしてもっと困ることに、そんな自分を、燭台切は嫌いになれなかった。

 

 

 

二人でそのまま庭を眺める。

初夏の花が咲き乱れる、鮮やかで優しい庭だ。

良く晴れた天気に、主が目を細める。口角が上がっている。

「主くん」

燭台切は、ふとその理由を聞いてみたくなった。

「嬉しそうだね」

「え」

「何か良いことあった?」

主は一度目を伏せて、それから燭台切を見て、少しだけ笑った。

「秘密、です」

燭台切は目を丸くして、それから柔らかく笑った。

「そっか」

主が楽しそうなら、それでいい。

そう思うはずなのに、どうして自分が嬉しくなるのだろう。

それに。

(なんか、今日特に可愛い)

理由は分からない。

いつもと同じ服で、いつもと同じ眼鏡で、いつもと同じ主なのに、今日はやけに目が離せない。

さっきの、秘密です、と言った時も息が止まった。可愛すぎて。

反則だろう、と本気で思った。

主の隣には燭台切光忠本体。今日まで、その華奢な腰に下がっている。

歩くたびに揺れて、それを見るだけで妙に嬉しい。

本体には主から霊力も少しだけ流れてきていて。優しくて、温かくて、本人によく似ていた。

(もっと笑ってほしい)

思う。

(もっと声が聴きたい)

思う。

(もっと僕を見て)

思う。

次々と、際限なく、願いが溢れてくる。

以前なら、こんなことはなかった。

主を支えること、格好良くあること、頼れる刀であること。それで十分だった。十分なはずだった。

なのに今は。

もっと近くにいたい。

もっと知りたい。

もっと。

もっと。

欲張りになっていく。

「燭台切さん?」

呼ばれて、燭台切は慌てて主の顔を見る。

「どうしたの?」

「いえ?」

主が首を傾げる。その仕草ひとつで、燭台切の胸が苦しくなる。重症だな、と自分でも思う。

「僕、何か変だった?」

「少し」

「少し?」

「難しい顔してました」

主は少し考えて、それから困ったように笑った。

「考え事、ですか?」

優しい声だった。

責めるでもなく、詮索するでもなく、ただ心配そうに。

だから燭台切は笑う。

「そうかもしれないね」

「大丈夫ですか?」

「うん」

本当は、全然大丈夫じゃない。

だって、考えていた原因が目の前にいる。

その人が心配そうに見てくる。

それだけで嬉しい。嬉しくて困る。

格好良くありたい、憧れのままでいたい。ずっと、そう思っていた。

でも、もしも、この子が望んでくれるなら。

格好良いだけじゃなくてもいい。

失敗しても、格好悪くても、嫉妬しても、情けなくても。

そんな自分ごと、受け取ってほしいと思ってしまう。

(ああ)

庭を見つめる横顔、柔らかな髪、穏やかな声。

大切な主、守りたい人。

胸の奥へ静かに沈んでいく温かい感情。

名前はまだ分からない。

ただ一つだけ確かなのは、主が笑うと嬉しいということだった。

 

 

 

審神者になってから、一日の終わりにひとりで月を見る習慣ができた。

父の好きだった酒、静かな夜、少しだけ家族を思い出す時間。

最近は、そこにもう一人いる。

「こら、またお酒だけ飲んでるね?」

背後から声がする。聞き慣れた声でも、びくりと肩が震える。

振り返ると、燭台切だとわかり、ほっと息が漏れる。

「夕飯、食べてますし」

「だからって別腹みたいに飲んじゃだめだよ」

呆れたような声。でも優しい。いつも通り。

気遣う言葉に、少しだけ目を伏せる。

「わかっては、いるんです、けど」

「けど?」

「……」

「けど?」

追及される。でも、言えない。言ってもいいのかもしれないけど。

どうしようかと困っていると、燭台切はそれ以上聞かなかった。

代わりに隣へ座る。お盆を置く。

クラッカー、チーズ、木の実という、少しだけ洒落たつまみ。

「はい」

そう言って、燭台切はチーズを摘まんだ。

そして、そのまま、口元へ差し出してきた。

「……え」

身体が固まる。

月を見る。

チーズを見る。

燭台切を見る。

チーズを見る。

燭台切を見る。

「食べないの?」

「え」

「食べない?」

あまりにも自然だった。自然すぎた。

だから、思考が追いつかない。

そんな、まさか、いや、そんな。

え?

え?

(夢かな)

たぶん夢だ。そうだ、夢に違いない。

だって、好きな人がこんな。こんなこと、するわけが。

(夢だ)

結論が出た。

今夜は少し酔っている。

きっとそう。

だから、恐る恐る、口を開く。

ちいさく、ほんの少しだけ、チーズを齧る。

「……」

「……」

静かになる。

夜風が吹く。

咀嚼する。

ちょっと、脳が追い付かない。

(夢じゃなかった)

口の中にチーズの味がする。

現実だった。夢じゃなかった。

じゃあ今のは。現実。

(どうしよう)

心臓がうるさい。顔も熱い。夜でよかった。本当によかった。

たぶん真っ赤だ。絶対真っ赤だ。

「……美味しい?」

燭台切が聞いてくる。なんとか平静を装って答える。美味しいはずだ。チーズの味ということしかわからないけど。

「……はい」

なんとか平静を装って。

そして二人とも、月を見上げる。

逃げるように、同じ方向を。

しばらく、二人とも喋らなかった。

 

 

 

月が綺麗な夜だった。

いつもの縁側、いつものお酒、いつものように燭台切が持ってきたつまみ。

でも、今夜は少し違った。

「主くん」

「はい」

「前から気になってたんだけど」

燭台切はグラスを傾けながら言う。

「どうして月見酒なの?」

優しい声だった。聞き出そうとする声ではない。答えたくなければ答えなくていい。そんな問い方。

だから、少しだけ黙った。

月を見て、酒を見て、グラスに映った月を見る。

そして、気づけば、ぽつりと話し始めていた。

「昔、家族で晩酌してたんです」

静かな声を、燭台切は黙って聞く。

「お父さんがお酒好きで」

なんでか、少し笑ってしまう。懐かしくて。

「私はおつまみ担当でした」

「へえ」

「お母さんはあまり強くなくて」

「うん」

「だからお父さんがカクテル作ってたんです」

光景が遠く思い浮かぶ。食卓、笑い声、月、酒、普通の家族、普通の幸せ。

きっと、もう戻らない時間。

「その日も」

自然、声が小さくなる。

「月が、綺麗で」

燭台切は息を潜めている。

でも、自分は月を見たまま、顔を向けられなかった。

「三人で、見てたんです」

顔が作れなかった。

「その夜に」

ざっと、少し強めに風が吹く。

続けなくても、きっとこの人は追及しないだろう。

でも、ずっと、誰かに話したかったのかもしれない。

風がやんで、少ししてから続ける。

「襲撃されました」

静かに、本当に静かに告げる。

「……」

燭台切は何も言わない。

「覚えてるのは」

視線を落として、グラスを見つめる。琥珀色の酒で、月が揺れている。

「赤い月と」

かすれた声になる。

「このお酒だけです」

それ以上は続かない。言葉が出ない。

格好良く、いなきゃ、と背筋を伸ばす。

心配させないように、笑わなきゃ、と。

失敗したけれど。

「最近は」

ぽつり、ぽつりと、溢れる。

「顔も曖昧で」

「声も少しずつ忘れてて」

「だから」

「忘れないように、続けてるんです」

もう一度、月を見上げる。

過去はそれだけの話でしかない。

これは泣くこともできなくて、責める相手もいなくて、恨み言もでてこない。ただ、自分は家族を忘れたくない。それだけの話だ。

「……主くん」

燭台切が気遣うように呼ぶのに、振り向く。少しだけ困った顔になってしまった。

「ごめんなさい」

「え?」

「重い話でした」

できるだけ、軽く流せるように、と口元を緩める。全然うまくいかないのだけど。

「ありがとう」

「え」

「話してくれて」

目を瞬く。まさか、こんな重い話に、礼を言われるとは思わなかった。

燭台切は続ける。

「僕は嬉しかったよ」

「嬉しい?」

「うん」

「どうして」

燭台切は少しだけ笑う。

「だって、主くんの大切な話だから」

何も言えなくなった。

燭台切は気付かない。

その一言が、どれだけ救いになったか。どれだけ嬉しかったか。

気付かないまま、いつものように、優しく笑った。

 

 

 

この人に話してよかった。

初期刀にさえ話していないことだった。

言葉にした瞬間、胸が詰まる。だからずっと言えなかった。思い出すと、声が出なくなるから。

でも今は違う。すんなり話せた。不思議だ。

目の前のこの人なら大丈夫だと、どこかで思っていた。

その事実に気付いて、少しだけ恥ずかしくて。でも、少しだけ嬉しい。

(ずるいな、私)

そう思う。この人だけ特別みたいで。信じてしまっていて。

だからこそ、照れ隠しみたいに、グラスをあおった。

「主くんっ」

燭台切の声が少し焦っていた。

その直後、視界が揺れた。体の力が抜けて、縁側に倒れ込む。

「……大丈夫?」

燭台切の声が近い。優しい。

すぐそばにあるからと、ふらふらと、覗きこんでくれる顔に手を伸ばす。

自分でも理由は分からない。でも、この人なら届くと思った。

「ん」

伸ばす手に燭台切の細長い指が触れ、掌ごとすぐに握られる。

温かい、優しい手。それだけで、安心する。

「大丈夫、です」

声が少しだけ甘くなる。自分でも分かるくらい。

(好き)

言葉にはしない。でも確かにそこにある。

(大好き)

燭台切は気付かない。その沈黙の意味を。

ただ心配している。ただ慌てている。

「今日はもう酔ってしまったので、おひらき、です」

(あなたで)

続きは心の中だけ呟く。

燭台切が息を呑むのが分かった。

「立てる? 布団まで運ぶ?」

心配そうな優しい声なのに、思わず瞬きをする。

少し考えて、それから、ふわりと笑った。

「いい、ですよ」

「……え?」

「だっこで、おねがい、します」

たぶん困っているだろうと思ったけど、目を閉じた。

今だけは、少しだけ、甘えたかったのだ。

酔ったふりでもしないと、できないけど。

どっちでもいいや、と思った時点で、たぶん酔っていた。

 

 

 

風が止まる。燭台切の思考も止まる。完全に止まる。

(え?)

(今なんて?)

(抱っこ?)

(僕が?)

(主くんを?)

(今?)

(ここで?)

処理が追いつかない。刃生で一番動揺している。

一方の主は、そのまま目を閉じてしまった。

安心したように。もう全部任せたように。無防備に、完全に信頼しきって。

(ずるい)

燭台切は思う。

(これはずるいだろ)

でも同時に、嬉しくて仕方ない。

こんなに信じてもらっている。こんなに頼られている。

こんなに。

こんなに。

だから。

「……分かった」

小さく答える。

声が少し震えている。自分でも気付いている。

全然格好良くない。

でも、それでもいいと思った。

この子の前なら。

 

 

 

酔っているとはいえ、主の許可が出て、小さな身体をそうっと抱き上げて、燭台切は主の私室へと入る。

初期刀しか入れなかった部屋。殺風景で、必要最低限のものしかない部屋だった。

布団にそっとおろし、上掛けをかける。

「燭台切、さん」

「お酒強いんじゃなかったの?」

「ん……」

曖昧な返事。少し赤い頬に手を伸ばすと、主は無意識にすり寄ってくる。熱があるのか、酔いなのか、それとも別の何かか。

この部屋には他の気配がない。縁側にはあった、外からの視線も、気配も遮断されている。

審神者だけの領域。その静けさが、逆に落ち着かない。

「主くん?」

呼びかけた、その時だった。

「たち、しょくだいきりみつただ」

酔っている割に、はっきりとした声。

それだけで、背筋がわずかに緊張する。

そして次の瞬間、彼女のそばに、自分の本体が現れた。

「っ……」

息をのむ。

霊力による顕現自体は珍しくない。

だがこれは違う。今この無意識の状態で、呼ばれた形だ。

彼女は燭台切光忠の刀本体を、迷いなく胸に抱いた。まるで抱きしめるように。

そうして、鞘を抱きしめたまま、無意識に柄へ口づける。

その瞬間、燭台切の全身を、微かな電流のような衝撃が駆け抜けた。それはただの金属であるはずの本体を媒介して、主の唇の温度と息吹が、ダイレクトに彼の神経へと伝わってきたから。

「……わたしの、かっこよくて、かわいい、かたな……」

小さな声だった。ほとんど夢の中の言葉。静寂の中でも聞き取るのが難しいほどの。

「……どうか、さいごまで、さいごのときまで、わたしとともに……」

それだけ言って、力が抜けるように、主はすぐに眠りに落ちた。

「……主くん」

燭台切は動けなかった。その言葉の意味を、即座には整理できなかった。

ただ一つだけ分かる。

それは酔い言葉ではない。冗談でもない。もっと深い場所から出た言葉だ。

この子はずっと、失うことを前提にして生きている。そのことに気付かされる。

そして同時に、自分がその「最後まで」の中に含まれていることも、静かに理解してしまう。

「……まいったな」

小さく呟く。

笑っているのか、困っているのか、自分でも分からない。

格好良い言葉は出てこない。

いつものような余裕もない。

ただ、布団の中で眠る小さな主を見て、そっと本体を自分に戻す。

「最後まで、ね」

誰にも聞こえない声で、その耳元に小さく返した。

「そんなの、この先も、ずっと君の隣にいるのは僕だよ」

それは誓いというより、もうとっくにそうなっている事実の確認に近かった。

 

 

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