[刀剣乱夢] 燭台切光忠は主を甘やかしたい   作:himausa

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第七話 [よ] よく考えてみよう~好きになってしまった~

主の執務室へ向かう。手にはずんだ餅とお茶だ。仕事の休憩は必要だから。

執務室に着く少し前、周囲がやけに静かだ。

ただ穏やかな静けさ。

理由はすぐに分かった。

主が机に突っ伏して、居眠りしている。だから、見守っている短刀たちが大人しいのだろう。その休息を妨げないように。

こうしているとあどけないただの女の子だ。そう、ただの人間の女の子というだけだ。

穏やかな寝息、昼の光に照らされる寝顔。

まぶしさを遮るように、障子を閉める。

ぱちり、と焦げ茶の目が開く。眼鏡をしていない、綺麗な目が。

「…おかあ、さん…?」

ずきり、と胸が痛んだ。そうだ、この子は家族を取り戻すために、審神者、をしているんだった。

「疲れてるみたいだね、主くん」

燭台切を見て、主が慌てる。

「あ、あの、これは」

燭台切は膝を折って、主の柔らかな頬にそっと手を伸ばす。

「隈、できてる」

「っ!?」

「眠れてない?」

「あ」

ふい、と目を背けられる。わかりやすい女の子だ。

「……添い寝してあげようか」

「ぇ、」

主の顔が一気に赤くなる。燭台切は小さく笑った。

「なんてね」

いつもの冗談、いつもの距離感。

――のはずだった。

「……あんまり夜に空腹で飲んじゃだめだよ」

「そ、そんな、飲んでません」

速すぎる否定に、燭台切は目を細める。

「昨夜飲んだのは何杯だっけ?」

「……ええと……」

視線が泳ぐ。分かりやすすぎる。

燭台切が行った時にはいつもグラスは空だけれど、きっといつも既に一杯は空にしているのだ。

いつもなら、少し笑って終わるはずだった。

なのに今日は。

(……なんでだろうな)

胸の奥が、落ち着かない。

出されたままの作業中のディスプレイ画面、散らばったメモ書きと、使いっぱなしの筆。飲みかけのコップ。

その全部がこの子の、無理、をそのまま形にしているようだった。

燭台切はゆっくりと息を吐く。

「主くん」

「は、はい」

「少し、休もうか」

「……でも」

「でもじゃないよ」

燭台切の声は柔らかい。それなのに、少しだけ強い。

「主くんはさ」

言いかけて、止める。言葉を選び直す。

「ずっと頑張ってる」

主の肩が小さく揺れる。

「だからって、倒れていい理由にはならない」

「……」

「それは格好良くない」

その言葉に、主は一瞬だけ目を伏せる。そして、小さく伺う。

「……格好悪い、ですか」

「違う」

少しだけ、否定の声が強くなってしまった。

「そうじゃない」

燭台切は気づく。今の自分の声が、いつもと違うことに。

焦っている。乱れている。

「ただ」

意識して、少し間を置く。

「君が倒れたら、困るだけだよ」

それは嘘ではない。けれど、全部でもない。

主はゆっくりと頷いた。

「……すみません」

「謝らなくていい」

燭台切はすぐに返す。反射のように。

でも、その瞬間、気づいてしまう。

(僕は今、何に怒っている?)

無理をしていることか、倒れそうになっていたことか。

それとも、知らない所で、彼女が一人で抱え込んでいたことか。

答えは出ない。出ないのに、胸だけがざわつく。

燭台切は視線を逸らす。障子の向こうは、昼の光が強い。それが、やけに腹立たしい。

主が小さく立ち上がり、頭を下げる。

「あの……お茶、ありがとうございます」

「ああ」

短く返す。いつもの距離で、いつもの会話。なのに、一歩だけ、足りない。

それ以上近づくのが怖い。

かといって、近侍ではなくなったときのように、離れるのも嫌だ。

その矛盾に気づいた瞬間、燭台切はほんの少しだけ息を呑んだ。

何かおかしい。何に苛立っているのかわからない。

主が怪訝そうに、首を傾げる。

「燭台切さん?」

呼ばれただけで、心が揺れる。たったそれだけで。

格好良くなんて、もうできない。

それでも燭台切は笑った。いつも通りの顔で、完璧に整えた声で。

「……なんでもないよ」

そう言うしかなかった。

そして、その、なんでもない、が一番嘘だったことに。

自分が一番気づいていた。

 

 

 

厨で、主のオヤツの片付けをしながら思う。

最近の主は、眼鏡はそのままにしても、顔を上げることが増えたし、背筋も伸びている。

それに、声が柔らかくて、優しいのは以前からだが、おどおどした様子が減った。

燭台切の格好良くを目指しているから。

「…今の僕、あの子の前だと、全然格好良くないんだけどな…」

ぽつりと漏らす。

今日オヤツを食べている姿も愛らしかった。小さな口で、一口一口を大切に食べていた。

あの月夜に食べさせたみたいな。

そこまで思い出して、目を閉じる。

これ以上はマズイ。想いが溢れそうだ。このところずっと。

太鼓鐘が近寄ってきて、燭台切の背中をたたいた。

「みっちゃんはいつでも格好いいぜ」

「ありがとう、貞ちゃん。でもさ、実際そう思うでしょ」

太鼓鐘はにやりと笑った。

「まあ、好きな子の前だと、もーっと格好つけたいもんな」

その言葉に燭台切は固まる。

「貞ちゃん?」

「みっちゃん、思い出してみろよ。政宗公だってそうだったじゃん」

「僕は」

燭台切の言葉を遮り、太鼓鐘が指折り数える。

「主が寝てるだけで心配して」

「無理してると怒って」

「笑うと嬉しくて」

「他の奴より気になって」

燭台切は全部心当たりがある。心当たりしかない。

それに、燭台切だけの手作りの御守が嬉しくて。

名前を呼ばれるだけで、落ち着かなくなって。

帯刀を他の男士ではしてほしくなくて。

指輪を主の薬指に嵌めて。主から贈られた花冠は、大切に飾っている。

燭台切は、顔を片手で覆って、空を仰ぐ。

「政宗公の愛姫に対してと、同じ?」

「そう」

「……僕、そんなに?」

いつの間にか、恋、をしていたらしい。

気づくと、納得できてしまう。全部。

太鼓鐘がからからと笑う。

「格好つければいいじゃん」

それが自然なことだと言う。でも。

「できてたら、相談しないよ」

深く息を吐いて、燭台切は太鼓鐘を見た。

「相談だったのかい?」

いつの間にか居た鶴丸が言う。

「鶴丸、余計なことはするな」

大倶利伽羅がその首を掴んで、引きずっていこうとする。

それを鶴丸は、手足をばたつかせて拒否する。

「まあまてまて。鶴さんに、イイ考えがある。名付けて、惚れ直し大作戦、だ!」

「惚れ直すも何も、あの子、僕に憧れてるだけだよ」

燭台切が言うと、三振がなんとも言えない顔で見てくる。

「……ま、まあ、それはいいとして」

「いいのかよ、鶴さん」

「いいんだよ」

鶴丸は腕を組み、うんうんと大きく頷いた。

「よし。まずは現状確認だ」

「現状?」

「主が光坊を見る頻度」

「知らないよ」

「多い」

即答したのは大倶利伽羅だった。

「え」

「多いよな」

太鼓鐘も頷く。

「え?」

「光忠、お前本当に気づいてないのか」

大倶利伽羅に呆れたように言われて、燭台切は瞬きをした。

そんなことはないだろう。

確かに最近は目を合わせてくれることも増えた。話もしてくれる。笑ってくれる。

でもそれは、自信がついてきたからで。近侍として接しているからで。

別に特別な意味では。

「ないと思うんだけど」

「重症だな」

鶴丸が真顔になった。

「重症だな」

太鼓鐘も頷いた。

「重症だ」

なぜか大倶利伽羅まで頷いた。

「なんで、揃って」

「じゃあ、聞くが」

鶴丸が指を一本立てる。

「お前が厨にいる時」

「うん」

「主は通るか」

「通るね」

「一日に何回だ」

「え」

何回だろうと、考える。

朝、昼、おやつ、夕餉前、夕餉後、たまに夜。

「……六回くらい?」

「ほらな」

「ほらな」

「ほらな」

「何が?」

「執務室から厨まで遠い」

大倶利伽羅が言った。

「え」

「遠回りだ」

「え」

「主はわざわざ来てるんだよな」

太鼓鐘が言う。

「え」

燭台切は固まった。

そう言われれば、最近、よく来る。差し入れを持って。あるいは、特に用もない様子で。

「こんにちは」

「何か手伝うことありますか?」

「いい匂いですね」

そんなことを言って、少し話して、帰っていく。

あれは。

あれは、単に厨が好きなのかと。

「違う」

三振が口を揃えた。

燭台切は両手で顔を覆った。

「……僕、格好悪いなぁ……」

「そこじゃねぇ」

鶴丸に即座に突っ込まれ、燭台切は顔を覆ったまま肩を落とした。

「だってさ」

「だってじゃない」

「だって、僕、全然気づいてなかった」

「そりゃそうだろうな」

鶴丸に続いて、大倶利伽羅が容赦なく言う。

「光忠だからな」

「伽羅ちゃんまで」

「だって、みっちゃんだし」

太鼓鐘にまで言われた。味方がいない。

燭台切は小さくため息を吐いた。

本当に、気づかなかった。

だって主は元々、人と話すのが得意ではない。自分の本丸の刀剣男士相手でもそうだった。

だから、最近話しかけてくれることが増えたのは、成長したからだと思っていた。自信がついたからだと思っていた。

それ自体は間違っていないのだろう。

でも、もし本当に、自分に会いに来てくれていたのだとしたら。

胸の奥が熱くなる。嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて。そして少しだけ怖い。

「で、惚れ直し大作戦だ」

鶴丸が話を戻した。

「まだ続いてたの」

「当たり前だ」

「だから主くんは別に」

「光忠」

大倶利伽羅が低い声で呼ぶ。

「はい」

「まずその憧れ理論を捨てろ」

「……はい」

正直、最近は自信がなくなってきていた。

憧れだけで、あんな顔をするだろうか。

指輪を受け取った時の顔、花冠を渡してくれた時の顔。月を見ながら微笑んでいた顔。

思い出すたびに心臓がおかしくなる。

「じゃあ作戦その一だ」

動揺している燭台切を見て、鶴丸がにやりと笑う。

「主を万屋に連れていけ」

「万屋?」

「そうだ」

そのまま鶴丸がにやにやと畳みかけてくる。

「眼鏡だ」

「服だ」

「甘味処だ」

「映画だ」

「旅行だ」

思わず笑ってしまう。

「話が飛びすぎだよ、鶴さん」

そこで、大倶利伽羅が言う。

「鶴丸」

「はい」

それでやっと鶴丸が止まって、燭台切も息をつく。

「眼鏡の話は前からしてたよな」

今度は太鼓鐘が続ける。

「あ」

そういえば、言っていた。新しいフレームを見に行こうと。主もその時は頷いていた。

「服もだな」

「服?」

「服」

「服だ」

三振が揃って頷いた。

「いやいやいや」

燭台切は首を振る。

「それはさすがに」

「何がだ」

「主くんが困るよ」

「困らねぇ」

「困る」

「困らねぇ」

「困る」

「いや」

鶴丸が肩を竦めた。

「困るのは別の理由だろ」

燭台切は黙った。

困る。それは本当だ。でも、主が困るんじゃない。

もし、主が可愛くみえてしまったら。

(いや、可愛いんだけど)

今でも十分、かなり、その、可愛い。

(いや、待って)

なんだろう。最近、主を見ると、まず可愛いが出てくる。

以前は違ったはずだ。頑張っているなとか、健気だなとか、守ってあげたいなとか、そんな感じだった。

なのに、最近は。

笑った。可愛い。

照れた。可愛い。

慌てた。可愛い。

名前を呼ばれた。可愛い。

誤魔化す時に即答する。可愛い。

もう駄目かもしれない。

「みっちゃん?」

「光忠?」

「おい」

三振の声で我に返り、燭台切はゆっくり顔を覆った。

「……僕、結構まずいかもしれない」

「今更気づいたか」

大倶利伽羅が呆れたように言った。

 

 

 

夜、いつものように、主の元へと足を運ぶ燭台切は、緊張していた。

恋と自覚してから、さらに格好良くどころか、平静にできなくて。結局、昼間のうちに万屋街へ誘うことができなかったから。

「今日のうちに、絶対だぞ」

鶴丸に念を押された。

「そんなこと言われても」

「格好つけろよ、伊達男」

そんな風に発破をかけられ、ここにいる。

月を眺める小さな背中に、足を止める。

じっと眺めていても、主は気づかない。普通の女の子だから。

見られているとも知らずに、月を切なげに見つめて、グラスを傾けている。

ただそれだけなのに目が離せない。

フレームの話は以前にしている。だから、頷いてくれるだろう。

それに、鶴丸たちの言う通りなら、燭台切は主にかなり好かれている。

でも、本当にそうだろうかと、疑う気持ちがないこともない。

だって、あの子は、燭台切光忠の格好良さ、を見に来ていただけかもしれないじゃないか。

不安になる。足が進まない。

主がふいに振り返る。

「燭台切さん」

嬉しそうな声。燭台切を見つけた瞬間だけ柔らかくなる声。優しくて、暖かくて。その声を聴くと、胸が温かくなる。

政宗公も、そうだったんだろうか。

「うん」

足を進め、主の隣に座る。主はすでに、燭台切と自分の分のお酒を用意し始めている。

「…何杯目?」

主は答えなかったけど、耳を赤くしていた。

差し出されたグラスを受け取る。

主がつまみを手にして、一口かじる。

燭台切の視線に気づいて、はにかみながら微笑む。

「美味しいです」

憧れだけで、こんな顔はきっとしない。

この顔を知っているのは、たぶん僕だけ。

「……はぁ」

片手で顔を覆って、深く息を吐く。

「燭台切さん?」

「うん、いや、なんでもないよ」

「そうなんですか?」

「うん、今日もまた、先に飲んでるなぁって」

主が固まる。それをなんだかおかしく感じてしまって、燭台切は笑っていた。

「明日」

「明日?」

「休みにしなよ。主くん、疲れてるし」

「え、でも」

「今日うたた寝してたし」

「あれは、日差しが温かくて」

「それで、一緒にフレーム、買いに行こう」

主の眼鏡に、ちょん、と触れる。

「約束してたし」

「し、てました、っけ?」

「してたよ」

主の頬が染まってゆく。燭台切をその瞳に映したまま。

「行こう」

燭台切の誘いに、主は少し戸惑いつつ、こくりと頷いた。

「はい」

目線を外されたけど、その横顔は嬉しそうで。本当に、嬉しそうで。

自覚してしまえば、簡単だった。

ただ主に恋をしていただけだった。

声が、姿が、すべてが好きなだけだった。

僕が格好良くなくても、たぶん、主は僕を好きなんだろうけど。

「明日、格好良く、エスコートさせて」

燭台切を見た主が、柔らかく微笑む。

「はい」

それは、今まで見た中で一番きれいで優しい笑顔だった。

 

 

 

翌朝、燭台切は予定より、かなり早く万屋街ゲート前へ来ていた。

乱にそうしてくれといわれてしまったから。任せてくれといわれた。

落ち着かない。

そわそわする。

何度も時計を見てしまう。

まだ時間はある。あるのだけれど。

「お待たせしました」

聞き慣れた声に顔を上げ、そして固まる。

主の服はいつも通りで、眼鏡もいつも通り。

でも。

「髪型、変えた?」

思わず口から出る。

いつもは降ろしたままの癖毛を、少しだけ緩いカールを混ぜて、更にサイドを編み込んである。それに、後ろに緩く桃色のリボンが揺れている。

主が少しだけ髪に触れた。

「乱さんに」

その瞬間、後ろからひょこっと乱が顔を出す。

「あるじさんが買い物だって言うから、髪しかいじれなかったんだよねぇ」

「買い物ですもんね」

主が当然のように答える。

(買い物)

(そう)

(買い物)

「そうだね」

一拍遅れた燭台切の返事に、主は特に疑問を持たなかったようだ。

その代わり、乱が複雑そうな顔をしている。

「燭台切さんまで…」

でも、燭台切にとっては、それは重要じゃなかった。

主の髪に揺れている桃色のリボンが目に付く。

それに主が気が付く。

「…リボンなんて、もう似合う年じゃないって、言ったんですけどね」

「そんなことないよ」

苦笑する主に、即座に言う。

「よく似合ってる。可愛いよ」

あっという間に、主の顔が真っ赤に染まった。

見送りの視線を感じながら、ゲートをくぐる直前、主の手を掴む。

「え」

「逸れないように、ね」

赤い顔のまま、主は小さくうなずいた。

その髪で揺れる桃色のリボンが目に入る。

乱が結んだものだと分かっている。分かっているのに。

できることなら、自分が選んだものをつけてほしいと思ってしまった。

我ながら格好悪い。

今までのことを恋と自覚してしまった以上、もう後戻りはできない。

だからどうか、今この瞬間だけ、気づかないでほしい。

ゲートをくぐった先は、ちゃんと格好いい燭台切でエスコートするから。

 

 

 

 

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