願いの物語シリーズ【古谷淳史】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
全中が終わり唐突に休息を貰った俺は、自転車で田んぼと家と、川と山しか見えない道を走っていた。
休めと言われてもやりたい事は特になく、走っているのだが、出会う人もよく話す人ばかりで今更何か話す事も無いのであった。
さて。どうするか。
こんな事なら家で本でも読んでいれば良かったかと少しだけ後悔する。
しかし、それでは変化の無い面白くない日常と同じだ。
せっかくだから、何か面白い事は無いかと周囲を見渡していた俺は、よく見慣れた人が小さな川の傍に座っているのを見つけ、ペダルに力を込めながら近づくのだった。
「こんにちは! 大野先輩!」
「ん-? おぉ、古谷か」
「何してるんですか?」
「釣りだよ」
「釣り、ですか」
確かに大野先輩は川に向かって棒を伸ばしているが、それはどこからどう見てもその辺に落ちていた棒だろうし、糸も釣り糸じゃなくてタコ糸だった。
仙人の修行か何かだろうか?
「横。座っても良いですか?」
「おー。好きにしろ」
「では失礼して」
俺は大野先輩の横に座りながら、川の流れによって下流に流されているタコ糸の先を見る。
ウキも付いてないし、どうやってアタリが分かるのだろうか?
「釣れますか?」
「今のところは、釣れないな」
「……そうですか」
いや、多分何時間やっても釣れないと思いますよ。
なんて言おうかと思ったが、何だか無粋な気がして、俺はそれ以上何も言えないのであった。
「古谷」
「なんです?」
「お前は、アイツらと違って、礼儀正しいんだな」
「アイツら、と言うと、佐々木君と、鈴木君ですか?」
「そう。アイツら、取ってつけた様に先輩とか付けて呼ぶが、俺と光佑で明らかに態度が違うからな」
「あ、あはは」
急に始まった同級生のやらかし暴露に、俺は冷や汗を流しながら愛想笑いをする。
ヤバイよ! 佐々木君! 古谷君!! 金魚すくいの練習とかしてる場合じゃ無いよ!!
今すぐ先輩方に謝らないといけないレベルだよ!
「その点、古谷は良い奴だな。お前になら打たれても、悔しく……悔しく……いや、腹立つな。お前、次は俺の球打てると思うなよ?」
「ひぇ」
急に隣に座っていた人が猛獣の様に獰猛な目で俺を睨みつけてきた。
恐怖である。
いや、練習試合で上手くタイミングがあって大野先輩の全力を打つ事が出来たのだが、まさか恨んでいたとは。
少し誇らしい気持ちになったけど、黙っておこう。
「まぁ、良い。どちらにせよ。今は休息期間だ。次の練習試合を楽しみにしておく」
「よ、よろしくお願いします」
「おう」
完全に目を付けられているが、それでもまた勝負が出来るというのなら願ってもない事だ。
そう。大野先輩と戦う事が出来るのであれば、俺の憧れの人にもっと近づく事が出来るのだから。
立花先輩と、佐々木春樹選手。佐々木君のお父さんにして、伝説のバッターと呼ばれるあの人に。
「ところで、今日はお前一人なんだな」
「あぁ、二人は夜のお祭りに向けて練習してまして」
「練習? なんだ、肝試しにでも参加するのか?」
「いや、金魚すくいの練習ですね」
「ふぅん。金魚すくいの練習か。確かに、それは大事だな」
「え!? 大事、ですか?」
「大事だろ。祭りに行くんだから」
「そ、そうですか」
そ、そうだったのか!?
祭りに行くのなら、金魚すくいの練習が必要だったのか!!
知らなかった。
「しかし、釣れんな」
「先輩。餌って何つけてるんですか?」
「餌?」
「え?」
「餌って、なんだ」
「いや、餌付けないと、釣れませんよ!?」
「そうか。そうだったのか。どうりでおかしいなと思っていたんだ」
「まぁ、そうでしょうね」
薄々気づいてはいたのか。と妙な所で感動を覚えつつ、俺は何か餌になる物は無いかと周囲を見渡すが……当然と言えば当然だが、周りにあるのは見渡す限りの田んぼと、ところどころに家。そして遠くに山があるだけだ。
適当に虫でも捕まえようかと思ったけど、よくよく考えてみれば針が無いのだからどうやって捕まえるのかって話だ。
いや、そもそもこの川、魚居るのか?
「あー! みてみて! あんなところに!」
「おー? おおのだ! おおのー!」、
「……煩いのが来たな」
「どーん! なにやってんだー! おおのー!」
「そうだ! なにやってんだー! おおのー!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。妹A、妹B」
「ひなちゃんは妹えーなんて名前じゃないぞー!」
「あやだって、妹びーなんて名前じゃなーい!」
きゃはははと笑いながら、大野先輩にぶつかってきた小さな女の子たちは、釣りをしている体勢のまま動かない大野先輩にぶら下がったり、タックルしたりして遊んでいる。
もはやアスレチックの一つの様な扱いだった。
「こら。綾。陽菜。駄目だろ? 晄弘にごめんなさい。しなさい」
「えー。やだー」
「いーやー!」
「意地悪したのに、我儘言う子にはお菓子買ってあげないし。夜も一緒に寝てあげないぞ」
「えー! やだやだやだー!」
「おおのー! おまえのせいだぞー!」
陽菜ちゃんは地団太を踏み、綾ちゃんは背中から大野先輩を蹴りつけた。
ここまでやられているのに、大野先輩は特に動じた様子も見せず、鼻で笑っているのだった。
「さて。ガキ共。お前たちは光佑との約束を破り、我儘放題。このまま家に帰るしか無いようだな」
「なんだお前! えらそうだぞ!」
「かわにおちろ!!」
「ワハハ。ガキ共の鳴き声を聞くと、気分が良いな! さ、言いつけを守れないガキ共はさっさと家に帰れ。今日の祭りは俺と光佑と加奈子で楽しむからな」
「加奈子おねーちゃんは、あやちゃんと一緒にあそぶって言ってたもん!」
「それはお前が良い子だったら、っていう話だろ?」
「う、うぅ、言ってたもん! 言ってたもん!!」
「あー! 綾ちゃん泣いちゃった! おおのー! あやまれ! わるいことしたら、あやまるのが良い子だって朝陽さん言ってたぞ!」
「それならまず、お前らが謝るんだな。悪ガキどもめ」
子供たち二人は手を握り合いながら、悔しそうに大野先輩を見上げる。
途中までは大野先輩に同情的な気持ちだったんだけど、何か子供に向ける態度じゃなさ過ぎて、何か引いてしまった。
もはやこれは子供同士の喧嘩では?
「う、うぅ、く、くそー」
「ほれ、悪い子はどうすんだ?」
「あら。綾ちゃん泣いちゃって。どうしたの?」
「加奈子おねーちゃーん!!」
「おねーちゃーん!」
「あらら。何か怖い目に遭ったのかな。よーしよしよし。お姉ちゃんがここに居るからねー。晄弘君は顔は怖いけど、食べないからねー」
「おい」
「あははー。あら、古谷君。こんにちはー」
「あ、こんにちは! 千歳先輩!」
「あら。礼儀正しい。光佑君以外にも礼儀正しい人って野球クラブに居たんだね」
「おい。言い過ぎだろ」
「あははー」
「それで誤魔化せると思うなよ」
大野先輩と千歳先輩は楽しそうに笑いながら会話をして、そして立花先輩とも話し、事情を確認する。
そこから、千歳先輩は姉らしく二人に注意をするのだった。
最終的に、陽菜ちゃんも綾ちゃんも泣き止み、いつもの様に立花先輩の両手に捕まって、祭りの会場へと向かうのだった。
そして大野先輩も千歳先輩と一緒に祭りへと向かった為、俺も祭りへと向かう事にする。
一度家に自転車を置いてから向かった祭りでは、既に騒動が起こっており、佐々木君と鈴木君の金魚すくい対決が発展して、大野先輩や立花先輩も巻き込んだ物へと進化していた。
「お。古谷君。ようやく来たな? よしっ! これで全員揃った。じゃあ、勝負だ!!」
佐々木君の合図で始まった勝負に俺たちは、金魚すくいへと挑む。
俺は突然の事に巻き込まれながら、こんな事なら金魚すくいの練習をしているんだったと、後悔するのだった。