「さすがにそれはできない、ってのが隊長の判断だ。うちに異動させたはいいけど、作戦に従事させるのはナシってことだな。まあ、謹慎処分にされている軍人を異動させること自体、かなりの荒業だしな。もう第八宇宙団の人間になったんだから、先の作戦の過失云々には関係ありません、って詭弁を通して謹慎にはさせないらしいけど。そこでフレイザーなんだよ」
「は?」
リースの飛躍した弁に、フレイザーは思わず間の抜けた声を出した。
「ほらお前、ちょっと忙しいタイミングじゃん? エーファちゃんをさ、お前の補佐ってことにして内勤させればよくね?」
「いいかどうか、それは俺が判断することではない」
「あー、言い直すわ。隊長がそういうことにしておけ、って言ってたからさ。はい、つまりこれは上官命令。今日からエーファちゃんは、フレイザーの補佐官です」
リースは軍人とは思えない軽いノリでそう言うと、エーファの肩をぽんとたたいた。
「エーファちゃん、フレイザーのこと、頼むね」
「おいっ、リース」
「じゃ、俺は今日の分の飛行訓練があるんで。ちょっと宇宙まで行ってくるわ」
睨みつけてくるフレイザーを華麗に無視して、リースは待機室を出ていく。残ったフレイザーは、必要なこと以外は何も話さないエーファをため息混じりに見下ろした。
(ずいぶんと小さいな)
フレイザーもリースも、身長は成人男性の平均より少し高いくらいである。一方のエーファの身長は、おそらく成人女性の平均にも満たないほどだろう。立ち位置が近いと、彼女のつむじが見下ろせそうだった。軍人らしいショートボブは頬と首筋に毛先がかかる長さで、ほとんど声を発さない唇は若い十代のそれらしく張りがある。
ニュース記事によれば、彼女は十八歳の若手だ。軍人になってからまだ日が浅い。だが、少尉という士官クラスで軍生活をスタートさせたということは、教育機関における成績は極めて優秀だったのだろう。
とはいえ、性格ゆえなのか勤務中だからなのか、不必要なおしゃべりは一切せず、表情も一貫して動かないところを見るに、なんとも人間味の欠けた少女である。
(こいつが本当に、あの戦果をあげたのか?)
メディアの書くニュース記事など、真実を何倍にも薄めたものか、ありもしない色で着色したもの。あるいは、真実を無茶な角度から切り取り、好き勝手に再構築したものだ。鵜呑みにするなど愚の骨頂である。
そう頭で理解はしていても、目の前の若くて小柄な女性軍人が、ユニバースダストの仲間がいたとはいえ、敵の攻撃から宇宙戦艦を護りきったファイターパイロットであることに間違いはない。
「お前のF6S4はどうした」
フレイザーは、まずは基本的なことを尋ねた。
「こちらの基地の格納庫に収容済みです。当面は作戦任務に従事できないので、待機モードです」
「整備員は? まさか、機付整備員も異動したのか」
守護星軍の地上戦闘機も宇宙戦闘機も、整備員は機体とセットである。常に同一の機体を整備しているからこそ、整備員は小さな違和感にも気付き、機体故障などの不慮の事故を防ぐことができる。毎日異なる機体を整備するというケースは、基本的にはあり得ない。
一方のパイロットだが、地上戦闘機と宇宙戦闘機では運用が異なる。
地上戦闘機の場合、機体とパイロットはセットにされず、作戦内容やパイロットのシフトなどによって、前回と異なる機体に乗ることが珍しくない。もちろん、異なる機体といっても同一シリーズの機体であるから、操作方法はどれも同じである。
ところが、宇宙戦闘機は機体とパイロットが組にされる。パイロットからしてみれば、唯一無二の「マイ戦闘機」なのである。それを前提として設計されているので、宇宙戦闘機は地上戦闘機と違って、パイロットごとに微細な設定変更が加えられている。他人の機体に乗ると、ほんのわずかだが、各種システムの反応や働きが異なるのだ。当然ながら、機体が全損して廃棄された場合は新しい機体に乗り換えるし、作戦上必要な判断がなされた場合も、別の機体に乗って飛ぶことはある。しかし基本的には、全損でもない限り同一機体に乗り続ける。
つまり宇宙戦闘機の場合、パイロットの所属が変わるということは、そのパイロットと組になっている戦闘機およびその機体の整備員も、同時に所属が変わるということである。
そのため、各種手続きが煩雑になるので、宇宙戦闘機パイロットの大きな所属変更というのはあまり行われない。今回のエーファのように、「宇宙団」レベルの異動は非常に珍しいものだ。
「整備員も、前回の作戦の〝関係者〟です。そのため、私と同様に謹慎処分が出ていました。ですから、扱いは私と同様です」
「つまり全員、お前と同じように
そこまでするとは、いったいうちの飛行隊長にはどんな考えがあるのだろうか。フレイザーはふとそう思ったが、「飛行隊」と一言でくくるこの組織には、かなりの数の軍人がいる。その組織の長である飛行隊長は、一等星大尉にすぎないフレイザーの知らぬ事案をいくつも抱えていることだろう。その飛行隊長を追及することは、藪をつついて蛇を出すことと同義なので、フレイザーはそれ以上、エーファの異動の背景について考えることはしなかった。
「この基地の設備とマップは把握したか」
「データ上では確認しました。昨夜こちらの隊舎に移り、今朝はスペンス大尉の案内で隊舎からここまでまっすぐに来ましたので、実物はまだ見ていません」
「ならば、まずは主要な設備を案内する。お前の機体の整備員も一緒にだ。新参者だけで歩かせると、妙に勘繰る奴が出るからな」
守護星軍は銀河全体の秩序と平和を守る使命を負った立派な組織だが、その内部では熾烈な派閥争いがある。水と油の関係にあるという組織は決して珍しくないし、そうした争いに政治や民間組織が関わっていることもある。そのため、異動してきた者をスパイか何かだと必要以上に疑う者も時折いるのだ。
軍内部でそのように互いを疑い合うのは愚かとしか言えない行為だが、残念なことに、過去何件ものスパイ行為が確認されている。大概は軍内部組織の争いゆえの密偵ではなく、軍外部の政治や外交の対立から送り込まれてきたスパイだったが、騒ぎが起きたことは事実なのだ。
そうした要らぬ騒動を起こさないためにも、エーファたち第九宇宙団からの異動者を、しっかりとこの第八宇宙団の一員として扱う必要がある。
(リースの奴め。そういう雑事こそ、お前がやれよ)
面倒な役割をあっさりと残していった悪友に、フレイザーは胸中で悪態をついた。
しかし気持ちを切り替えると、格納庫に内部通信をかけて、エーファの機体の整備員全員を基地内の食堂に集合させるのだった。
◆◇◆◇◆
きれい。まるで宝石みたいだ。
エーファの視線が向かった先に見えた銀髪。さらりと横分けにされた前髪の奥に見えた、コバルトブルーの瞳。まるで白銀の三日月と、陽光輝く南国の碧海を組み合わせたような眩しさに、しばし見惚れてしまう。それは謹慎処分から一転し、急遽第八宇宙団に異動した初日のことだった。
それから早くも数日が過ぎた。今日もエーファは、基地内の標準事務室の片隅に根を張って端末に向き合い、戦闘データの精査を続けている。
(ランドルフ・フェザー一等星中尉、機体はF6S1、未精査データは三年分)
謹慎処分については、特に何も思わなかった。組織の命令は絶対。上官の命令は絶対。ライネヴェジン軍事アカデミーでそうたたき込まれたエーファにとって、それは作戦任務を命じられたのとたいして変わらなかった。