分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

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イタチ……フルパワーど根性ファイヤーって感じじゃ……仕事が捗って嬉しいわい

 

 

 

 

 ワイや。うちはイタチや。

 

 ……いや、何で急にそんな口調になったのかは俺にも分からない。多分、達成感で脳内の人格が少し浮かれているのだと思う。だが許してほしい。兵糧丸の改良に着手してから、一週間。俺は遂にやった。やり遂げたのだ。あの地獄みたいな味と匂いを誇り、黄色い閃光の笑顔すら一瞬止めた初代自作兵糧丸から始まった研究が、ついにひとつの完成形へ辿り着いたのである。

 

 完成品を目の前に置いた時、俺はしばらく無言だった。

 

 小さく丸められたそれは、以前のような団子ではない。喉を通る大きさに整えた錠剤型の兵糧丸だ。表面は軽く乾燥させ、持ち運びしやすく、指で摘んでも崩れにくい。色は少し茶色がかっているが、前みたいに「これ食べて大丈夫か?」と本能が警告してくる見た目ではない。匂いも抑えた。獣臭さと薬草臭さが暴走していた頃と比べれば、これはもう文明である。人類の進歩である。うちはイタチ食品開発部、快挙である。

 

 今回の材料は徹底的に見直した。

 

 牛肉。つまり肉、内臓、骨。猪から牛へ切り替えたことで癖がかなり減った。赤身は力の源、内臓は滋養、骨は細かく砕いて身体を支える素材として使う。そこへ滋養強壮に向いた薬草を少量。入れすぎると全部が薬草味になるので、分量はかなり慎重にした。さらに味噌、餅、昆布出汁、蜂蜜。ここまでは母ちゃんの朝飯から得た神の啓示である。白米と味噌汁と昆布。あれがなければ、俺はまだ骨粉と獣臭の沼で苦しんでいたかもしれない。

 

 そして今回は、ニンニク、卵黄、柑橘も加えた。

 

 ニンニクは匂いが強すぎるため扱いが難しいが、少量なら身体の芯へ火が入る感じがある。卵黄は濃厚で、栄養の塊っぽい。前世知識でも卵は完全栄養食みたいな扱いだった気がする。柑橘は風味の調整だ。薬草と内臓の後味を軽くし、飲み込む瞬間の嫌な戻り香を抑える。これがかなり効いた。柑橘、偉い。忍術でも血継限界でもないが、柑橘は世界を救うかもしれない。

 

 俺は本気だった。

 

 父ちゃんの書斎、うちは一族の書物、木ノ葉の図書館、薬草の巻物、兵糧丸に関する古い記録、滋養のある食材について書かれた本。読めるものは片っ端から読んだ。分からないところは医療忍者にも聞き込みをした。もちろん四歳児が真顔で「卵黄と味噌と牛骨粉を組み合わせた兵糧丸についてどう思いますか」などと聞けば、相手はかなり困った顔をする。だが俺は引かなかった。健康がかかっている。未来がかかっている。病弱ルートを粉砕するには、多少の不審者ムーブなど恐れていられない。

 

 味なんて考える必要があるのか、と思う奴もいるかもしれない。

 

 ミナトさんも言っていた。兵糧丸は噛むものではなく、飲むものだと。つまり錠剤にして水で流し込むなら、味はほとんど関係ない。理屈は分かる。俺も最初はそう思いかけた。だが違う。錠剤でも、口に入れた瞬間、舌にはほんの少し触れる。喉を通るまでの一瞬に、匂いと味は必ず来る。その一瞬が不快だと、次に飲む時の精神的抵抗が増す。毎日続けるものなら、なおさらだ。

 

 前世で海外のビタミン剤を飲んだことがある。

 

 あれは凄かった。含有量は桁違いで、効きそうな雰囲気だけは抜群だったが、とにかく臭い。そしてでかい。飲み込むたびに、喉が「本当にこれ通すの?」と確認してくる感じがあった。健康のために飲んでいるのに、飲む行為そのものが試練になる。俺はそんな兵糧丸を作りたいわけじゃない。栄養が濃縮され、飲みやすく、味も最低限整っていて、戦闘前でも修行後でも無理なく摂れる。良いところだけを詰め込んだ爆弾みたいな錠剤。それが理想だ。

 

 そして、俺はそれを形にした。

 

 完成品をひとつ摘まみ、水と一緒に飲み込む。喉に引っかからない。匂いも強すぎない。ほんの少し味噌と昆布の旨味が来て、柑橘が後味を軽くし、奥の方でニンニクと薬草が身体を叩き起こす。胃に落ちると、じわりと熱が広がる。腹にも溜まる。身体が動きたがる。これはいい。かなりいい。俺は思わず拳を握った。

 

 やった。

 

 やり遂げた。

 

 工房の天井を見上げた瞬間、視界が少し滲んだ。

 

 頬を何かが滑る。汗ではない。涙だった。おいおい、俺、泣いてんのか。兵糧丸が完成したくらいで泣くなよ、うちはイタチ。泣くのはもっと全部が終わって、生き延びて、父ちゃんも母ちゃんもサスケもシスイも無事で、病気にもならず、木ノ葉の闇だの一族の運命だのを全部ぶっ飛ばした後でいい。今はまだ途中だ。感動してる場合じゃない。いや、でもちょっとだけ許してほしい。本当にきつかったんだ、この一週間。

 

「グッ……」

 

 喉の奥から変な声が漏れた。

 

 俺は袖で頬を拭った。完成品の兵糧錠剤が、作業台の上に整然と並んでいる。小さく、飲みやすく、匂いも抑えられ、栄養を詰め込んだ俺の努力の結晶。牛肉、骨、内臓、薬草、味噌、餅、昆布出汁、蜂蜜、ニンニク、卵黄、柑橘。その全ての配合を見直し、乾燥具合を調整し、味の残り方まで試し続けた。四歳児の自由研究としては完全に限界突破している。これ、前世なら夏休みの宿題どころか食品会社の開発案件だろ。

 

 この一週間、俺は本当に死にそうだった。

 

 兵糧錠剤の研究だけをしていたわけじゃない。父ちゃんとの体術修行はある。三代目との影分身修行もある。シスイとの実戦的な組み手もある。走り込み、筋トレ、火遁、分身、写輪眼の制御、食事、睡眠、読書、材料調達、試作、味見。予定表を作ったら四歳児の生活ではなく、完全にブラック企業の炎上プロジェクトだった。朝起きて修行し、帰って研究し、飯を食ってまた修行し、夜に配合を考える。身体は小さいのに中身のスケジュールだけ前世のデスマーチである。

 

 だが俺は前世サラリーマン。

 

 遅寝早起き、サビ残、カフェインぶち込み、終わらない資料修正、謎の会議、何故か増えるタスク、責任だけ重い案件。そういうものは一通り経験している。だから時間の使い方だけは妙に上手い。優先順位を決める。切れる作業は切る。無理なところは分担する。眠れる時に寝る。食える時に食う。……いや、健康のため、死なないためにやっているのに、その過程で死にそうになっているのは完全に矛盾している。分かってる。分かってるけど、完成したからもう関係ない。勝てば官軍。健康食品開発も勝てば正義である。

 

 どうやってこのハードスケジュールを乗り切ったか。

 

 はい、そうです。

 

 全部、影分身のおかげです。

 

 三代目に無断使用は禁止と言われた?言われました。火影様との約束は大事?大事です。だけど俺は、戦闘に使っていない。火遁と組み合わせてもいない。爆発もさせていない。兵糧丸改良という、極めて平和で健康的な研究に使っただけである。人を傷つけるどころか、人を元気にするための作業だ。これはセーフ。いや、たぶんアウト。でも心情的にはセーフにしてほしい。

 

 肉体を酷使する修行だけは本体の俺がやった。

 

 これは当然だ。父ちゃんに殴られ、蹴られ、投げられ、構えを直される体術修行を影分身にやらせたところで、攻撃を受けた瞬間に術が解ける。三代目の術の講義はともかく、実際にチャクラを流し、身体に負荷をかける部分は本体でなければ意味が薄い。シスイとの組み手も同じだ。あいつ、普通に速いし容赦なく崩してくるから影分身だと一瞬で消される。あれは本体で受けて、転がって、痛みごと覚える必要がある。

 

 その代わり、研究は二体の影分身に任せた。

 

 二体だ。正直、かなりきつかった。一体ならまだ耐えられる。二体になると、発動した瞬間に体の奥からごっそり抜かれる感じがある。多重影分身なんて絶対無理だ。ナルトお前、本当にどうなってんだ。チャクラの桁が違いすぎる。俺が真似したら即死だと三代目に言われた意味がよく分かる。影分身二体でさえ、長時間出すと頭が重くなり、胃の奥が冷えるような疲労がくる。だから短時間で作業を区切った。

 

 影分身一号は材料担当。

 

 牛肉を薄く切り、内臓の臭みを抜き、骨を乾燥させて細かく砕く。ニンニクと薬草の量を調整し、卵黄を加熱して乾かす。こいつは口が悪く、「また内臓かよ」とか「この工房、臭いで敵を倒せるぞ」とか言いながらも、作業は丁寧だった。自分ながら腹立つが有能である。

 

 影分身二号は味と成形担当。

 

 味噌を焼いて水分を飛ばし、餅を薄く伸ばして乾かし、昆布出汁を濃縮して粉に混ぜる。蜂蜜の量、柑橘の香り、飲み込む時の引っかかりを調整した。こいつは妙にノリが軽く、「これもう忍者サプリっすね」とか言っていた。サプリ。そうだ。俺が作ったのは、忍者用サプリであり、携帯型完全栄養食だ。名前はまだ決めていない。超健康丸とかはダサい。要検討である。

 

 そして解除すると、全部戻ってくる。

 

 情報も、疲労も、味見の苦痛も。

 

 これが一番きつかった。影分身二体がそれぞれ試作品を食べて「不味い」「惜しい」「柑橘が強い」「内臓がまだ暴れてる」と分析した記憶が、一気に本体へ流れ込むのだ。口の中に実際には残っていないはずの味が、脳内で連続再生される。地獄である。だがその地獄のおかげで、改良速度は跳ね上がった。一週間でここまで来られたのは、間違いなく影分身の経験値フィードバックのおかげだ。

 

 俺は完成した錠剤を一粒摘み、光に透かすように見た。

 

 小さい。

 

 けれど、この一粒に俺の一週間が詰まっている。

 

 泣くな、イタチ。

 

 泣くのは生き延びてからだ。

 

 俺は更に錠剤を口に入れ、水で飲み込んだ。喉を滑り、胃に落ちる。じんわりと熱が広がる。体の奥から、もう一度立ち上がれと言われているようだった。

 

 そんなに飲んで平気か?

 

 勿論平気である。

 

 ……いや、正確に言うと、用量用法を守れば平気である。俺は健康になりたいのであって、栄養で自分の身体を爆破したいわけではない。完成した兵糧錠剤は、牛肉、骨、内臓、薬草、味噌、餅、昆布出汁、蜂蜜、ニンニク、卵黄、柑橘を限界まで詰め込んだ超濃縮型だ。つまり調子に乗ってぽいぽい飲めば、一日の栄養摂取量が軽く限界突破する。四歳の身体に過剰な滋養をぶち込むとか、病弱ルート回避どころか別方向の自滅である。健康を目指して健康を壊すとか、前世の健康オタクがやりがちな失敗みたいで笑えない。

 

 だから上限は決めた。

 

 一日二錠。

 

 それ以上は駄目だ。修行量が多い日でも二錠。影分身を使いすぎて頭が重い日でも二錠。父ちゃんに投げられ、シスイに転がされ、三代目に術の理屈で頭を使わされても二錠。これ以上飲むなら、まず普通の飯を食え。白飯を食え。味噌汁を飲め。魚を食え。母ちゃんの飯を信じろ。兵糧錠剤はあくまで補助であって、飯の代わりではない。ここを間違えると、前世でサプリだけ飲んで健康になった気がしていた人達と同じ道を歩むことになる。俺はその道には行かない。

 

 というわけで、まずは安全確認のために俺が飲み、次に協力者へ渡した。

 

 最初に飲んでもらったのはミナトさんだ。

 

 ミナトさんは以前、初代地獄兵糧丸を笑顔で受け取り、噛んで、表情を一瞬だけ停止させた勇者である。あの時の俺はまだ未熟だった。兵糧丸は噛むものじゃない。飲むものだ。あの助言がなければ、俺は今も口内で獣と薬草が殴り合う団子を作っていたかもしれない。だから完成品は、どうしてもミナトさんに見せたかった。

 

 小さな錠剤を掌に乗せると、ミナトさんは少し目を丸くした。

 

「すごいね。最初に()()()やつから形も匂いも味も違う。これは薬かい?でも不思議とお腹に溜まるし、力がより漲る感じがするよ。定期的に貰ってもいいかな?カカシとリンにも飲ませたい」

 

 俺は感動に打ち震えた。

 

 あまりの嬉しさに、思わず万華鏡写輪眼を開眼しそうになった。いや、駄目だ。嬉しさで万華鏡はおかしい。あれは確か大切な人を失ったり、ものすごい精神的衝撃を受けたりして開くやつだったはずだ。兵糧錠剤を褒められて開眼したら、うちはの歴史に残る珍事件である。瞳術界の恥だ。だが、それくらい嬉しかった。黄色い閃光から定期供給の依頼である。これは実質、品質保証をもらったようなものではないか。

 

 もちろん、カカシさんとリンさん用にも渡すことにした。

 

 カカシさんは絶対に警戒するだろう。前の兵糧丸を知っているからだ。あの人は無表情で「ありがとうございます」と言いながら、内心では任務より危険な物資だと思っていたに違いない。だが今回は違う。飲みやすい。匂いも抑えた。味もほんの一瞬で終わる。リンさんなら医療忍者として成分にも興味を持ってくれるかもしれない。体調が良くなれば、三人の生存率も少しは上がる。俺が何を忘れているのか分からない以上、元気にできる人は元気にしておくべきだ。みんな健康になろうぜ。

 

 そして次に、最近疲れが見える三代目にも飲ませた。

 

 三代目火影は、まだ老人というには早いのかもしれない。だが、確実に老いと疲労が見え始めていた。白髪は増え、顔にはシミがあり、執務室で書類に向かう背中はほんの少し丸くなっている気がする。プロフェッサーと呼ばれる凄腕の忍者であり、五大性質変化を扱う化け物みたいな人だとしても、年齢と疲労には勝てないのだと思わされる姿だった。戦争の終わりが見え始めているとはいえ、火影の机には終わらない書類が積まれている。戦が終わるほど、後始末が増えるのだろう。

 

 俺が兵糧錠剤を差し出すと、三代目はまず眉を上げた。

 

「また何か作ったのか、イタチ」

 

「はい。今回は完成品です。用量は一日二錠までです」

 

「……上限を決めておるあたり、前よりは安心できるのう」

 

 前よりは、という言い方に少し傷ついたが、事実なので言い返せない。三代目は錠剤を一つ摘まみ、匂いを確かめ、少しだけ目を細めてから水で飲み込んだ。しばらく何も言わない。俺は内心で正座した。頼む。効いてくれ。いや、効きすぎるな。普通に元気が出るくらいでいい。火影に変なものを飲ませた四歳児として暗部に囲まれる未来だけは勘弁してほしい。

 

 三代目はゆっくり息を吐いた。

 

「……ふむ。腹の底から温まる。妙な重さはない。香りも悪くない。薬というより、濃い兵糧じゃな」

 

 勝った。

 

 そう思った瞬間、三代目は二錠目も飲んだ。

 

「あの、一日二錠までです」

 

「ならば今日は二錠でよかろう」

 

 そういう問題か?と思ったが、もう飲んでしまったものは仕方ない。三代目はしばらく椅子に座っていたが、やがて目の奥が妙に冴えてきた。背筋が伸び、筆を取る手が速くなる。書類をめくる音が明らかに変わった。さっきまで年齢と疲労に押されていた背中が、急に現役感を取り戻している。いや、効きすぎでは?

 

「イタチ……フルパワーど根性ファイヤーって感じじゃ……仕事が捗って嬉しいわい」

 

 目をバキバキにさせた三代目が、そんなことを言った。

 

 俺は固まった。

 

 火影様の口から出ていい言葉か、それは。フルパワーど根性ファイヤーって何だ。俺が前世で徹夜明けにカフェインをキメた時みたいなテンションになっている。まさかニンニクと薬草と卵黄が想定以上に効いたのか。いや、三代目は年齢と疲労が溜まっていた分、反応が強く出ただけかもしれない。とにかく、二錠が上限で本当に良かった。三錠飲ませていたら、火影執務室が燃えていた可能性すらある。

 

 だが、仕事は捗っていた。

 

 補佐の忍が扉の外から不思議そうに覗くほど、三代目は書類を片付けていった。俺はその様子を見ながら、静かに拳を握った。

 

 やはり作って良かった。

 

 健康は、世界を救うかもしれない。

 

 だがしかし!!!

 

 忘れてはいけないことがある。兵糧錠剤が完成した。ミナトさんにも褒められた。カカシさんとリンさんに渡す分も用意した。三代目なんて目をバキバキにしながら書類を処理し始めた。俺としては食品開発部門で歴史的勝利を収めた気分だし、うちはイタチ健康計画は順調に進んでいると言っていい。だが、そこで満足してはいけない。健康食品を作って終わりなら、俺は忍者ではなく栄養士である。いや、栄養士も大事だけど。超大事だけど。俺が目指しているのは、もっと別のものだ。

 

 超健康分身ハメ殺しイタチ。

 

 これである。

 

 病弱ルートを回避するだけでは足りない。健康な身体を手に入れた上で、激闘忍者対戦4の友情破壊最強イタチみたいに、相手に何もさせず、動いた瞬間に潰し、起き上がろうとしたところへ分身を重ね、判断を奪い、隙を作り、徹底的に封殺する。あのゲームのイタチは本当に酷かった。相手のプレイヤーの顔色が変わるくらい酷かった。だが今の俺に必要なのは、その酷さだ。優しさで生き残れるほど、この世界は甘くない。

 

 俺の原作知識は、相変わらずうろ覚えだ。

 

 誰がどこで何を仕掛けたのか。黒幕が誰だったのか。誰が裏で暗躍し、どの事件がどの事件へ繋がっていたのか。そういう大事な部分は霧の中に沈んでいて、掴もうとすると指の間から抜けていく。実はこいつが、みたいな話もあった気がする。あったはずだ。だが肝心な名前や順番が出てこない。なのに、どうでもいい対戦の記憶や、前世で友人に分身ハメを決めた時の気まずい空気だけは妙に鮮明である。俺の脳みそ、記憶の保存場所を間違えている。

 

 それでも、うちはイタチの人生だけは覚えている。

 

 俺は、うちは一族を木ノ葉の里のために抹殺する。父ちゃんも母ちゃんも、一族の者達も、全部。まだ生まれていない弟、サスケを復讐者に仕立て上げ、憎しみを抱かせ、生きる理由を俺への殺意だけにしてしまう。そして弟のために死ぬ。死んだ後も穢土転生されて、また戦う。病に侵され、視力を削り、血を吐きながら、それでも里と弟のために動き続ける。前世で読んだ時は、凄絶で悲しくて、格好いいと思ったのかもしれない。

 

 でも、自分がやるのは絶対に嫌だ。

 

 父ちゃんを殺したくない。母ちゃんを殺したくない。うちはの人達を皆殺しにしたくない。サスケを復讐者にしたくない。そもそも弟が生まれたら、普通に可愛がりたい。変な顔であやして、母ちゃんに笑われて、父ちゃんに呆れられながら、ちゃんと兄をしたい。血を吐いて死ぬのも嫌だ。目が見えなくなるのも嫌だ。美しい悲劇なんていらない。俺は泥臭くてもいいから生きたい。全員を守れるほど綺麗なことを言うつもりはないけど、守りたいものを守るために足掻きたい。

 

 そのための兵糧錠剤だ。

 

 健康は土台。筋肉も土台。睡眠も飯も全部土台。その上に、体術、忍術、写輪眼、分身、影分身、火遁、幻術、手裏剣、全部を積み上げる。兵糧錠剤は目的じゃない。これは過程に過ぎない。俺が倒れないための燃料であり、修行を積み重ねるための支えであり、病弱ルートへ喧嘩を売るための弾薬だ。薬草と味噌と牛肉と柑橘で運命を殴る。字面だけ見ると意味不明だが、俺は本気である。

 

 工房の中に立ち、俺は深く息を吸った。

 

 身体の奥にチャクラを巡らせる。影分身は便利だ。研究にも使える。偵察にも使える。戦闘でも使える。経験が戻ってくる。疲労も戻ってくる。そこが怖い。だが、使いこなせば俺の手数は増える。一人では足りないなら、増えればいい。数で押し潰すのではなく、位置と時間と視線をずらす。相手が本体を見たと思った瞬間、別の角度から刺す。俺が目指すのは、ただの影分身使いじゃない。分身で相手の選択肢を奪うイタチだ。

 

 俺は十字の印を結んだ。

 

「影分身の術」

 

 白い煙が工房に弾けた。

 

 一体。

 

 二体。

 

 そして、三体。

 

 三つの小さな影が煙の向こうに立つ。俺と同じ顔。俺と同じ身体。だがそれぞれ、妙に違う表情をしている。一体は腕を組んで呆れた顔をしていた。一体は肩を回しながら楽しそうに笑っていた。一体は机の上の兵糧錠剤を見て、早速つまもうとしている。やめろ。それは一日二錠までだ。

 

「本体、調子乗ってんなオイ」

 

「成長したってことっすね」

 

「でもこれ、解除したら疲労が一気に来るやつだろ」

 

「黙れ。分かっている」

 

 口ではそう言ったが、胸の奥には確かな手応えがあった。

 

 以前なら二体で限界だった。頭が重くなり、身体の中身を抜かれたような感覚があった。だが今は違う。きつい。確かにきつい。けれど、立っていられる。意識もぶれない。兵糧錠剤で身体の土台を整え、修行でチャクラの扱いを磨き、睡眠と飯で回復を重ねた結果が、こうして形になっている。俺は少しずつ、変わっている。

 

 強くなっている。

 

 なら、もっとだ。

 

 もっと食う。もっと鍛える。もっと眠る。もっと考える。もっと分身を磨く。病に負けない身体を作り、運命に潰されない力を持ち、原作の流れが牙を剥く前に、こっちから喉元へ噛みついてやる。

 

 俺は三体の影分身を見回し、口元を引き締めた。

 

 これからもっともっと強くなる。

 

 生き残るために。

 

 守りたいものを、守れるようになるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うちはイタチが兵糧錠剤を完成させてから、日々の修行はさらに静かな熱を帯びていった。

 

 朝に走り、昼に打ち込み、夕に術を練り、夜には書物を読む。父フガクの体術は幼い身体に容赦なく負荷を与え、三代目火影の忍術指導は術の形だけでなく、なぜそうなるのかという理を深く掘り下げさせた。シスイとの組み手では、速さだけでなく、相手の視線、呼吸、重心の浮き沈みを読む感覚が鍛えられた。そこへ兵糧錠剤が加わったことで、イタチは倒れにくくなった。疲労を残しにくくなり、集中の切れ目も短くなり、四歳の子供としてはあり得ない密度で一日を使い切るようになっていった。

 

 だが、その鍛錬はただ強くなるためだけのものではなかった。

 

 イタチの胸の奥には、常に焦りがあった。自分が辿るかもしれない未来を、断片的に知っている。うちは一族を滅ぼし、弟を憎しみの中へ置き去りにし、病に侵されながら死ぬ。そこだけは不思議なほど鮮明であるのに、その未来を作り出す細かな出来事や、誰がどこで糸を引いていたのかは靄の向こうに沈んでいる。思い出そうとすればするほど、肝心な部分だけがぼやけ、代わりに前世のどうでもいい記憶や、ゲームの中の分身の動きばかりが頭へ浮かんだ。

 

 ならば、待っているだけでは足りなかった。

 

 四歳の終わりが近づく頃、イタチは()()()()()()()()、様々な場所を渡り歩くようになった。それは家を捨てるような逃避ではない。長く姿を消す旅でもない。夜明け前の霧のように、気づけば外へ出て、気づけば戻っているような、不思議な足跡だった。里の者が振り返れば、そこには変わらず修行に打ち込むうちはの子供がいたはずなのに、遠い森の湿った土にも、焼けた戦場跡にも、同じ年頃の少年の気配が薄く残ることがあった。

 

 それが誰の目にも映ったわけではない。

 

 ただ、イタチ自身にとっては必死だった。世界を見れば、何かを思い出せるかもしれない。地形、匂い、空気、壊れた砦、名もない墓標、苔に沈んだ古い石段。前世で読んだ物語の断片が、現実の景色に触れた瞬間、霧の向こうから戻ってくるかもしれない。そう信じて、彼は地図を読み、危険を避け、短い時間を縫うように外へ出た。

 

 第三次忍界大戦は終結に向かっていた。

 

 けれど、戦が終わる気配と、安全になった世界は違う。国境近くには敗残兵が潜み、撤退命令の届かぬ小隊が物資を探し、敵味方の判別も曖昧な忍達が互いを警戒していた。戦場跡には折れた苦無、泥に沈んだ額当て、使われないまま残った起爆札があり、焼けた木々の根元では雨水が黒く濁っている。戦争の終わりかけた場所には、命令ではなく習慣になった殺意が残る。そこに幼い子供が踏み込むことは、本来ならば無謀以外の何ものでもなかった。

 

 それでも、イタチは歩いた。

 

 焼け跡の森を渡り、岩で砕けた峠を越え、古い時代の遺跡に立った。誰が建てたのかも分からない祠の前で足を止め、崩れた石壁に刻まれた文様を見つめ、かつて忍が使ったらしい円形の広場で掌を開いた。何かを思い出せそうな気がして、しかし何も掴めない。そのたびに、幼い顔には感情の薄い静けさだけが浮かんだ。だが、その内側では、焦りが少しずつ積もっていた。

 

 記憶は戻らない。

 

 けれど、時間は進む。

 

 父と母はまだ生きている。シスイもいる。ミナトも、カカシも、リンもいる。これから生まれる弟もいる。何を忘れているのか分からないまま、誰かが死ぬ日を待つわけにはいかなかった。思い出せないなら、出会った時に動くしかない。知らない未来なら、目の前で変えるしかない。イタチが里の外へ足を向けた理由は、見聞を広げるためであり、同時に、忘れた未来を殴り返すための準備でもあった。

 

 そして、その日。

 

 木ノ葉の里と霧隠れの里の中間地点にある森は、重い湿気に包まれていた。

 

 木々の根元には苔が厚く広がり、枝葉の隙間から落ちる光は白く霞んでいる。風は弱く、葉の揺れる音よりも、遠くの川の流れが低く響いていた。木ノ葉の森よりも水の匂いが濃く、霧隠れに近い土地特有の冷たさが肌にまとわりつく。足跡を残せば見つかる。呼吸を乱せば聞かれる。うちはの名を示すものなど見せれば、目そのものを狙われかねない場所だった。

 

 イタチはそこで、不意に複数の気配を拾った。

 

 旅人ではない。獣でもない。足音を殺し、呼吸を抑え、互いの距離を保って動く忍の気配だった。しかも、追う側と追われる側の配置である。イタチは枝の上で身を低くし、葉の隙間から視線を通した。湿った森の奥、少し開けた場所で、いくつもの影が円を狭めている。

 

 その中心に、はたけカカシとのはらリンがいた。

 

 カカシは片目の額当てを上げ、写輪眼を露わにしたまま、リンを庇うように立っている。服は裂け、肩で息をし、既に幾度も戦った後であることは一目で分かった。リンもまた胸元を押さえ、倒れまいと踏みとどまっている。二人を囲むのは霧隠れの忍達。額当て、仮面、濁った殺意。逃げ道を潰し、確実に獲物を追い詰める動きだった。

 

 その光景を見た瞬間、イタチの胸の奥で、忘れていたはずの何かが軋んだ。




ヒルゼン「本当に聡明な子じゃ!!!!」


兵糧丸編——完
(ちょっと書き過ぎました)
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