分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
事件です。
こちらうちはイタチ。
目の前で事件が起きています。
木ノ葉を出て、戦場跡だの古い遺跡だのを見て回り、結局たいした記憶も戻らねぇし、そろそろ
枝の上に身を伏せ、葉の隙間から覗き込んだ瞬間、俺は内心で頭を抱えた。
カカシとリンが、忍の集団に囲まれていた。
統一された装飾。暗部の灰色の鎧。顔を隠す仮面。そして霧隠れの印。おいおいおいおい、なんだこれ。よりにもよって霧隠れの暗部かよ。普通の追い剥ぎとか迷子の忍とかじゃねぇ。完全に厄ネタじゃねぇか。しかも囲まれているのがカカシとリンって時点で、原作的に何かありそうな匂いがプンプンする。頭の奥で何かが引っかかる。カカシ、リン、霧隠れ、追われている。絶対に大事なやつだ。なのに肝心なところが思い出せねぇ。
「なにがどうなってやがんだ?」
俺は木の上で気配を消しながら、思わず低く呟いた。
カカシもリンもボロボロだった。カカシは片目の額当てを上げ、写輪眼を出している。服は裂け、肩も腕も血で汚れ、呼吸もかなり乱れていた。それでもリンを庇う位置から一歩も引いていない。リンも顔色が悪い。胸元を押さえ、足元はふらついているが、目だけは死んでいなかった。ここに来るまで、かなり戦ってきたんだろう。囲んでいる霧隠れ側にも傷がある。こいつら、ただ追われてただけじゃない。ちゃんと抵抗してここまで来たんだ。
その時、カカシが懐へ手を伸ばした。
小さな錠剤を口に入れる。あれ、俺の兵糧錠剤だ。ミナトに渡したやつが、ちゃんとカカシに回っていたらしい。水も使わず喉へ落とした直後、カカシの膝がほんの少し安定する。荒れていた呼吸の奥に、芯が戻った。リンも同じように錠剤を飲む。よし、まだ諦めてねぇみたいだな。作った側としてはめちゃくちゃ嬉しい。だが今は感動してる場合じゃない。初の実戦投入が霧隠れ暗部包囲戦とか、開発者泣かせにもほどがある。
俺も飲んどくか……
腰の小袋から兵糧錠剤を一粒取り出し、口へ放り込む。噛まずに飲む。ほんの一瞬、味噌と昆布の薄い旨味、柑橘の香り、薬草とニンニクの刺激が舌を掠め、すぐ胃へ落ちた。腹の奥からじわじわ熱が広がる。指先が軽くなる。足の筋肉が起きる。チャクラの流れもほんの少し太くなったような気がした。自画自賛になるが、やっぱり出来はいい。これなら動ける。
「ジンジンきたぜ……」
小さく息を吐き、状況を見直す。
霧隠れの暗部は複数。こっちはカカシとリンが消耗済み。俺が飛び込んだところで、真正面から全員を叩き潰せるとは限らない。そもそも俺がここにいること自体、できれば知られたくない。父ちゃんにも三代目にも説明が面倒だし、敵にうちはだとバレるのもまずい。俺の目を見られたらもっとまずい。忍界でうちはのガキが一人、霧隠れ寄りの森にいましたなんて、どう考えても報告書が炎上する。
だから腰帯につけていた仮面を手に取った。
白い簡素な仮面だ。こういう時のために用意しておいた。顔さえ隠せば、少なくとも一発で俺だとは分からない。背丈で子供だとはバレるだろうが、それはもう仕方ない。四歳の身体を急に大人にはできねぇ。声も少し低くする。立ち方も変える。目立つうちはの気配は押し込む。まあ、どこまで誤魔化せるかは知らん。だが何もしないよりはマシだ。
仮面をつけ、枝の上で膝を沈める。
足裏へチャクラを集めた。濡れた樹皮に吸いつくように立ち、太腿と腰に力を通す。父ちゃんに叩き込まれた踏み込み、シスイから盗んだ軽さ、三代目に教わったチャクラの流し方。全部を一瞬に詰める。霧隠れの暗部が包囲をさらに狭め、カカシがクナイを構え直した、その刹那。
俺は木から静かに降りた。
落ちるのではなく、枝を蹴って斜めへ飛ぶ。途中の幹に足をつけ、さらに踏み込む。身体が霧の中を裂くように前へ飛び、霧隠れの暗部の頭上を越えた。奴らの視線が上へ動くより早く、俺はカカシとリン、そして暗部達の間へ着地する。濡れた土が小さく跳ね、膝で衝撃を殺し、片手を地面すれすれに下げて構えた。
我ながらカッコいい登場の仕方だぜ。
「何者だ!」
「増援か?だが子供か」
暗部の野郎共が、いきなり現れた俺に驚いてやがる。仮面の奥からでも視線の乱れが分かる。包囲の呼吸が一瞬だけ崩れた。だが次の瞬間、俺の背丈を見て舐めやがった。子供だと判断したんだろう。まあ見た目は完全に子供だから間違ってはいない。だが、ただの子供だと思ったなら甘いぜ。
こちとら三十路サラリーマンとして、満員電車に潰され、上司の無理難題を捌き、終わらない連勤を生き延びた男だ。理不尽耐性ならそこらのガキとは桁が違う。いや、クナイと忍術が飛んでくる今の状況と比べるのはさすがに無理があるか。前世の会社はクソだったが、火遁や水遁は飛んでこなかった。そこだけは評価してやる。
「味方なのか?」
「わ、わからない……でも誰かに雰囲気が……」
後ろでカカシとリンの声がした。
おいリン、勘がいいな。やめろ。雰囲気で探るな。カカシも写輪眼でじろじろ見んな。仮面をつけてる意味が薄くなるだろ。俺は少しだけ振り返り、二人の状態を確かめた。カカシはまだ立てる。リンも踏ん張っている。なら、まだ間に合う。
俺は仮面越しに笑ったつもりで、声を低くした。
「俺が来たからにはもう大丈夫だぜ?」
言った瞬間、ちょっと恥ずかしかった。
でも、もう降りちまった。
なら最後までやるしかねぇ。
俺はゆっくりと印を結んだ。
仮面の下で息を細くし、指先にチャクラを通す。焦るな。相手は霧隠れの暗部っぽい連中だ。数もいる。カカシとリンはボロボロ。俺がここで下手を打てば、助けるどころかまとめて終わる。だから一発目から派手な術を撃つんじゃねぇ。まずは崩す。視線を奪う。判断を遅らせる。俺が散々鍛えてきた、あの嫌らしいやつで行く。
たかが分身。触れれば消える。攻撃力はない。普通なら初歩の忍術で、忍同士の殺し合いでは目眩まし程度にしかならない。だが、俺にとっては違う。これまでめちゃくちゃ鍛えてきた。筋肉も、チャクラも、体術も、忍術も、既に四歳児を優に超えているはずだ。父ちゃんに投げられ、シスイに転がされ、三代目に理屈を叩き込まれ、兵糧錠剤まで作った。全部、この瞬間みたいな訳分からん事件に対応するための積み重ねだ。
兵糧錠剤も飲んだ。
腹の奥から熱が走り、手足に血が巡る。チャクラが満ちて、目の奥がギンギンになる。身体が軽い。指先が震えるのは恐怖か、それとも効きすぎた滋養か分からねぇ。だけど動ける。まだ動ける。いいぞ俺。開発した甲斐があった。これで倒れたら錠剤の配合見直しどころじゃねぇからな。
だが、写輪眼は今は使えない。
使えば楽だ。相手の動きもチャクラの流れも見える。暗部だろうが、踏み込みの癖を拾いやすくなる。けど、少なからずチャクラを食う。今の状態を
「その印……」
「分身か……?」
「さっさと殺して女を連れていく」
目の前にいる霧隠れの忍共が構えた。
女を連れていく?
リンのことか?
胸の奥で何かがぎしりと鳴った。霧隠れ、リン、カカシ、女を連れていく。駄目だ。これは絶対に駄目なやつだ。頭の奥で、もうすぐ何かが繋がりそうになる。ここにいるはずのない俺。ボロボロのカカシ。追い詰められたリン。そして本来いなきゃいけない男がいない。誰だ。誰が足りない。うちはの、あの、ゴーグルみたいな、やかましくて、まっすぐで、カカシと——
そうだ。
うちはオビト。
オビトだ!!
アイツどこ行った!?
神無毘橋で死んだはずだ。いや、死んだと思われたんだ。確か岩に潰されて、片目をカカシに渡して、それで終わりじゃなかった。誰かに拾われて、どこかで生きている。そうだ。生きてる。生きてるんだよ、あいつは。そんで……そんで何だ。そこから何が起きる。カカシ、リン、オビト、霧隠れ。やべぇ。繋がりそうで繋がらねぇ。あと少しなんだ。あと少しで、すげぇ大事なことを思い出せそうなのに。
くそ。
マジで思い出せねぇ。
思い出そうとすると、急に横からどうでもいい記憶が差し込んで邪魔してきやがる。今なんて、激闘忍者対戦4のイタチが「愚かな……」とか言いながら瞬身の術で相手の後ろに回り込む技を連発して、友達のキャラを延々と崩していた記憶が出てきた。しかも技のたびにイタチが「オロオロオロオロ」みたいな妙な声を出して、それがツボに入って爆笑したところまで鮮明に蘇ってくる。いらねぇ。今それいらねぇんだよ。脳みそ、仕事しろ。命かかってんだぞ。
でも、そのどうでもいい記憶のせいで、逆に腹が決まった。
思い出すのは一旦やめよう。
思い出せない未来を待っていたら、目の前の二人が連れて行かれる。何が原作で、誰が本来ここにいて、どんな悲劇が起こるはずだったかなんて、今は関係ねぇ。霧隠れの暗部がリンを連れて行こうとしている。カカシはそれを止めようとしている。俺はここにいる。ならやることは一つだ。
助ける。
それだけでいい。
俺は仮面の下で口角を上げた。怖い。そりゃ怖い。相手は大人の忍で、俺の身体は小さい。まともにもらえば一撃で消し飛ぶかもしれない。だが、怖いからって引くなら、何のためにここまで鍛えたんだ。何のために兵糧錠剤なんて作ったんだ。何のために分身の術を、ゲームの嫌らしさまで思い出して磨いてきたんだ。
「俺がガキだからって、あんま舐めるなよ?」
低く言うと、正面の忍の肩がわずかに沈んだ。
「殺せっ!!!」
号令と同時に、霧隠れの忍共が一斉に動いた。
正面から二人。左右へ散るのが二人。後ろで印を結ぶ奴が一人。残りはカカシとリンの逃げ道を塞いでいる。連携が速い。舐めてはいても、殺すとなったら迷いはない。いいぜ。そういうのは嫌いじゃない。分かりやすいからな。
俺は一番最初に近づいた正面の忍へ向けて、分身を射出した。
ただ出すんじゃねぇ。相手の顔面すれすれ、踏み込みの軌道上、視界のど真ん中。白い煙が薄く弾け、俺と同じ仮面の小さな影が、忍の目の前に突然現れる。
「な!?」
忍の目が一瞬だけ見開かれた。
そこだ。
分身は実体がない。刀が触れれば消える。だが、いきなり目の前に人影が出れば反射は生まれる。手首が止まる。肩が詰まる。足の重心が乱れる。その一拍で十分だ。
俺は地面を蹴った。
兵糧錠剤の熱が腹の奥から足先まで走り、濡れた土を踏み潰した瞬間、身体が矢みたいに前へ飛ぶ。正面の忍は、目の前に急に現れた分身へ反射で刃を振り上げた。その一拍。たったそれだけでいい。俺は白煙の下を滑るように潜り込み、懐へ入った。
クナイの柄を握る指に力を込める。
父ちゃんに叩き込まれた踏み込み、シスイから盗んだ重心のずらし、三代目に教わったチャクラの流し方、その全部を小さい身体に押し込んで、俺は相手の胴体へ向けて思い切りクナイを突き刺した。
「グハッ!」
鎧の隙間を狙った。硬い感触を裂き、肉へ届く。手に返ってきた生々しい抵抗に胃の奥が一瞬だけひっくり返りそうになったが、止まるわけにはいかねぇ。ここでびびって手を緩めたら死ぬ。俺はクナイを引き抜きながら膝で相手の腹を押し、蹴り飛ばすようにして距離を作った。
「なに!?」
「なんて速さだ!」
霧隠れの忍共の声が跳ねる。
いいぞ、驚け。もっとこっちを見ろ。カカシとリンを見るんじゃねぇ。連れて行くとかふざけたことを考える暇もねぇくらい、俺を邪魔者として認識しろ。俺は着地と同時に再度印を結び、正面、左、少し上、その三点へ分身を高速で射出した。白い煙が弾け、小さな仮面の影が霧の中に散る。
分身の術は、影分身ほどチャクラを食わない。
体感だと、影分身の半分以下と言ってもいい。いや、使い方次第ではもっと軽い。実体を作らないから当然だ。だが問題は、ただ出せばいいわけじゃねぇってところだ。相手の視界のどこに置くか。足の運びを止めるにはどこへ差し込むか。斬らせるのか、避けさせるのか、振り向かせるのか。その判断を連続でやると、頭の方が先に焼けそうになる。
「囲め!囲め!」
「埋めろ!」
叫び声が重なった。
圧が増える。木々の陰から、さらに気配が滲み出る。感知できるだけでもかなりの人数がいる。さっきまで包囲していた連中だけじゃねぇ。後詰めがいる。森そのものが霧隠れの腹の中みたいに感じられた。そこへ、ぽつりと冷たいものが仮面に当たる。
雨だ。
最悪だな、おい。
湿った森に霧、そこへ雨。水遁使いが多い霧隠れにとっては、どう考えても有利な条件だ。足元は滑る。煙も水気で重くなる。こっちは小さい身体で動き回って誤魔化しているのに、環境まで敵に回りやがった。今になって、俺一人でどうにかできるか心配になってきたぜ?
でも、やるしかねぇだろ。
目の前の忍が、俺の分身を消した。
白煙が雨に潰されながら広がる。その一瞬、相手の刃は上へ流れ、胴が空く。俺は術を使わず、ただ膂力だけで踏み込んだ。太腿に力を叩き込み、足裏へチャクラを噛ませ、地面を蹴り抜く。身体が低く沈み、相手の視界から外れる。次の瞬間には、俺は忍の背後に回り込んでいた。
背中へクナイを刺す。
「ぐっ……!」
浅い。だけど十分だ。肩甲骨の下へ刃を入れ、相手が振り返るより先に蹴って離脱する。血が雨に混ざって土へ落ちた。
これぞ、激闘忍者対戦4イタチの技の一つ。
分身で相手の隙を作り、その隙に後ろへ瞬時に移動し、クナイで刺す。ゲームだと「愚かな……」みたいな感じで背後を取る、あのクソ嫌らしいやつだ。前世の俺はそれを連発して友達を黙らせた。今はゲームじゃない。相手はコントローラーを投げる代わりに、本物の殺意を向けてくる。だが理屈は同じだ。見る場所を間違えさせれば、背中は空く。
瞬身の術は諸事情により使えない。
使えたとしても、今の状況で派手にチャクラを使うのは危ない。今のこの状態を保ち、カカシとリンを逃がす余力を残す必要がある。俺のチャクラは限られてる。だから膂力だけで再現する。筋肉、足腰、チャクラ制御、踏み込み。地味な修行の積み重ねで、無理やりゲームの動きを現実に近づける。筋トレの成果だ。筋肉は裏切らねぇ。前世でも今世でも、それは多分真理だ。
「このガキ、ただの分身じゃないぞ!」
「本体を見失うな!」
「距離を取れ!水遁で押し潰す!」
霧隠れの忍共が戦い方を変え始めた。
やっぱ暗部は早い。すぐに慣れてきやがる。分身へ刃を振る奴、俺の足元を狙う奴、カカシとリンへ回り込もうとする奴、後方で印を結ぶ奴。役割が分かれている。俺は舌打ちしながら分身を射出した。上へ一体、正面へ一体、カカシ達の右側へ一体。リンへ回り込もうとした忍の視界へ小さな俺を置き、そいつの足を一瞬止める。
「リン、下がれ!」
カカシの声が飛ぶ。
リンがふらつきながらも後退した。よし、まだ動ける。カカシも兵糧錠剤で少し持ち直している。なら、こっちはもっと派手に暴れていい。
俺は雨に濡れた仮面の下で笑い、次の分身を出した。
白煙が弾ける。忍が斬る。視線がズレる。その隙に踏み込む。拳を鳩尾へ叩き込む。膝を足の外側へ入れる。クナイで腕を裂く。背後へ抜ける。手裏剣を足元へ投げる。また分身を飛ばす。
隙を突き、接近し、殴る。
蹴る。
刺す。
また消える。
俺は雨と霧と白煙の中で、分身をばら撒き続けた。
ただ、やっぱり敵の数が多い。
正直ヤバい。
今はなんとかいけてる状態だ。分身の術で目を散らし、足元を崩し、カカシとリンへ向かう刃をずらしながら、俺自身は絶対に攻撃を受けないように動き続けている。普通の戦いなら一発くらい掠っても、痛ぇで済むかもしれない。けど今の俺は、それじゃ済まねぇ。俺が
しかもチャクラの消費も考えなきゃならねぇ。
分身の術は影分身より軽い。軽いが、ゼロじゃない。位置を指定し、相手の視界へ差し込み、消された瞬間に次を出す。それを何度も何度も繰り返せば、頭の奥がじわじわ熱くなる。足は動く。兵糧錠剤のおかげで身体はまだ持っている。だけど神経が擦り減る。相手の刃の角度、足の向き、霧の濃さ、雨の落ち方、カカシとリンの位置、全部を一度に見て、判断して、動く。四歳児の処理能力じゃねぇだろ、これ。
いや、そんなのは前世の社会の冷たさに比べりゃ楽勝だ!
満員電車で押し潰され、朝から上司に無茶を振られ、夕方に仕様変更を投げ込まれ、終電ぎりぎりで帰ってまた翌朝出勤する。あれに比べたら、霧隠れの暗部に囲まれて殺されかけるくらい……いや、やっぱ比べるもんじゃねぇな。普通に命がかかってる。だが理不尽耐性だけはある。追い込まれた時に脳内で笑って誤魔化す能力もある。だったらまだ行ける。
俺は正面に分身を出し、飛び込んできた忍の視線を奪った。
忍刀が白い影を裂き、煙が雨に潰される。その隙に地面を蹴り、相手の膝裏へ低い蹴りを叩き込む。膝が折れる。そこへクナイの柄を顎に打ち上げ、倒れる前に横へ抜けた。背後から水を纏った刃が来る。俺は肩を沈めて避け、足元へ分身を置く。相手の視線が一瞬だけ下へ落ちる。そこをカカシが苦無で弾いた。
「助かる」
「礼は後だ!」
カカシの声は掠れていた。リンも後ろで息を荒くしている。まずい。二人とも持ってはいるが、長くない。リンを連れて行くとか言っていた以上、敵はリンを殺すだけじゃなく、確保するつもりだ。何のためかは分からねぇ。分からねぇけど、絶対ろくなことじゃない。脳みその奥でずっと警報が鳴っている。
「ん?」
その時、少し離れた場所で破裂音が聞こえた。
乾いた音じゃない。重い。地面ごと何かが爆ぜたみたいな音だ。起爆札かと思ったが、違う。チャクラの気配が妙に荒い。霧隠れの忍共の何人かも、そちらへ首を向けた。俺も一瞬だけ視線を走らせる。
なんだ?
木々の向こう、雨と霧の奥で、黒い外套を纏った男が暴れていた。
そいつは敵陣のど真ん中にいた。黒い布が雨に濡れて重たく揺れ、足元の泥を踏み潰しながら、霧隠れの忍達を次々に吹き飛ばしている。動きは綺麗じゃない。シスイみたいに軽くもないし、父ちゃんみたいに無駄なく整ってもいない。だが、力がある。怒りをそのまま腕と足に流し込んだみたいな、乱暴で、凄まじい動きだった。
「あれは……!」
黒い外套の男が、霧隠れの忍の腕を掴んだ。
次の瞬間、その身体を地面へ叩き付ける。轟音。泥と水が弾け、地面が丸く凹んだ。叩き付けられた忍は声も出せず、口から血を吐いて動かなくなる。なんだあの威力。人間を地面に叩き付けただけで、あんなふうに地面がへこむのかよ。筋肉とかチャクラとか、そういう次元だけじゃない。怒りが質量を持ってるみたいだった。
別の忍が背後から男へ刀を振るう。
普通なら避ける。受けるなら武器だ。だが男は振り返りもしないまま、片腕で刃を受け止めた。金属が肉に触れたはずなのに、刃が深く入らない。忍が驚いて腕を引こうとした瞬間、男の拳が振るわれた。鈍い音。忍の身体が横へ吹き飛び、木の幹へ背中から激突した。幹が軋み、葉が雨ごと落ちる。
すげぇ強い。
なんだあいつ。
いや、違う。俺は多分、あいつを知っている。
男が一瞬、俺を見た。
雨と霧の向こう。黒い外套。顔を隠す、渦を巻いたような奇妙な仮面。俺と同じように顔を隠しているが、雰囲気がまるで違う。仮面の穴から右目だけが見えていた。その目が、赤かった。
写輪眼だ。
二つ巴の写輪眼。
胸の奥で、さっきまで繋がりかけていた記憶が、強引に引きずり出される。神無毘橋。岩。潰された半身。カカシに託された目。死んだはずの少年。いや、死んでいない。誰かに拾われ、生き延びた。闇の中で、何かを見て、壊れていく。
間違いねぇ。
うちはオビトだ。
喉が乾いた。雨が降っているのに、口の中だけが嫌に乾く。ここにいなきゃいけない男。ここにいないからおかしいと思っていた男。そいつが今、目の前にいる。だが、俺が知っているはずのオビトは、もっと馬鹿みたいに明るくて、カカシに突っかかって、リンにいいところを見せようとする奴だったはずだ。今の黒い外套の男からは、そんな明るさは欠片も感じねぇ。
やべぇ。
こいつは味方なのか?
それとも、もっと面倒な何かなのか?
霧隠れの忍共が動揺した。包囲が乱れる。好機だ。だが同時に、最悪の何かが近づいている気もする。俺はクナイを握り直し、カカシとリンの前へ半歩出た。
オビトの写輪眼が、雨の向こうでこちらを見ていた。
うちはオビトは走っていた。
雨を含んだ森の匂いが鼻を刺し、泥が足元で跳ね、枝葉が黒い外套を叩く。それでも足は止まらなかった。止めるという選択肢そのものが、今のオビトの中には存在していなかった。神無毘橋で岩に挟まれ、身体の半分を潰され、カカシへ写輪眼を託した時、自分は死んだのだと思っていた。最後に見たリンの顔と、聞こえたカカシの声と、崩れ落ちる岩の轟き。それらは命の終わりに刻まれたもののはずだった。
だが、オビトは生きていた。
目を覚ました場所は木ノ葉の病院ではなく、仲間の声も、任務帰還の安堵もなかった。そこにいたのは、うちはマダラを名乗る老人だった。古びた身体に不釣り合いなほど深い眼差しを持つその男は、死んだはずの少年へ、生きていると告げた。潰れた半身には千手柱間の細胞から培養された肉が埋め込まれ、失われた部分を補うように繋がれていた。右半身は自分の身体であって自分の身体ではなく、指を動かすだけで痛みと違和感が走った。
それでも、オビトは戻ることだけを考えた。
リンがいる。カカシがいる。自分が死んだと思っている二人のところへ帰らなければならない。リンに無事な姿を見せ、カカシには貸した写輪眼の使い方を見てやると文句を言ってやる。そう思いながら、オビトは何度も倒れ、何度も立ち上がった。半身は重く、足はうまく動かず、腕を振るだけで身体の芯が軋んだ。けれど、戻るという願いが、少年の身体を無理やり前へ押し出した。
もうすぐ帰れる。
そう思った矢先だった。
白い身体をしたゼツと、渦を巻いた顔のグルグルが、地下の住居へ転がり込むように現れた。
「オビトが言ってたバカカカシとリンって女の子が霧隠れの忍に囲まれて大変だよ!」
その瞬間、オビトの中で何かが弾けた。
考えるより早く身体が動いた。まだ万全ではない。立ち上がるだけで膝が揺れ、壁に手をつかなければ倒れそうになる。だが、そんなことは関係なかった。リンが危ない。カカシが危ない。行かなければならない。今すぐに。今度こそ間に合わなければならない。
しかし、焦りに身体は追いつかなかった。
踏み出した足が崩れ、オビトは歯を食いしばる。そこでグルグルが、白い身体を鎧のようにまとわりつかせた。外骨格のように半身を支え、動かない部分を補い、無理やり走れる形へ整えていく。気味が悪い感覚だった。だが、動けるならそれでいい。リンのもとへ行けるなら、それで十分だった。
地下を抜けたオビトは、森へ飛び出した。
雨が外套を濡らし、足元の泥が跳ねる。グルグルに支えられた身体は、以前の自分では考えられない力で地面を蹴った。木の根を踏み砕き、低い枝を肩で弾き、息を乱しながらも前へ進む。その間も、右目の奥が何度も疼いた。熱を持った写輪眼が、見えるはずのない光景を断片のように映し出す。
霧隠れの忍達がいた。
雨と霧の向こうで、仮面をつけた忍が刃を構えている。リンが胸元を押さえながら後退し、必死に踏みとどまっている。視界の端でクナイが飛び、白い煙が弾け、見知らぬ小柄な仮面の者が分身を出して霧隠れの忍を翻弄している。視界の主の姿だけは映らない。だが、その視線の揺れ、呼吸の乱れ、リンを庇うように向けられた意識が、そこに誰がいるのかをオビトへ突きつけていた。
「なんなんだよ!」
オビトは叫んだ。
誰だ、あの仮面の小さい奴は。なぜカカシとリンの前で戦っている。なぜ霧隠れの忍達の間をあんなふうに動き回っている。分からない。だが、敵ではない。少なくとも、リンを守ろうとしている。それだけは分かった。なら、まだ間に合う。まだ終わっていない。
オビトはさらに速度を上げた。
写輪眼が疼くたび、断片は近づいていく。リンの肩が震えている。霧隠れの忍が包囲を狭める。見知らぬ仮面の者が、分身を射出し、視界を奪い、刃の隙へ潜り込む。雨の中で白煙が潰れ、泥に血が混じる。そこにカカシの姿は映らない。けれど、リンへ向かう視線、敵へ向けられた苦無、荒い息の向こうにある焦りが、オビトに痛いほど伝わってきた。
そして森が開けた。
そこにリンがいた。
カカシもいた。姿を確認した瞬間、オビトの胸が焼けるように熱くなった。二人とも生きている。だが、傷つき、追い詰められていた。霧隠れの忍達が取り囲み、その前で白い仮面の小さな者が雨に濡れながら戦っている。分身、煙、クナイ、血飛沫。その全てを一瞬で見て、オビトの意識はただ一つへ絞られた。
リンが危ない。
霧隠れの忍が、リンへ向かって動いた。
怒りが爆発した。
オビトの足が地面を砕く。黒い外套が雨を裂き、身体が霧隠れの忍へ突っ込んだ。相手が振り返るより早く腕を掴み、そのまま地面へ叩き付ける。泥と水が弾け、地面が丸く凹んだ。別の忍が刀を振るう。オビトは腕で受け止め、痛みより先に拳を叩き込む。忍の身体が横へ吹き飛び、木の幹へ激突して止まった。
右目が熱い。
二つ巴の写輪眼が、雨の向こうを睨む。
オビトは胸の中で叫んでいた。
(リン!!カカシ!!あと知らない誰か!!今助けるぜ!!)
イタチ「……ん?ん?」