分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

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分かってるって、あ!そうそう!便意ってどんな感じか教えてくれるかな?

 

 

 

 

 やべぇ、やべぇよアイツ。

 

 黒い外套。螺旋状で右目だけに穴が空いた妙な仮面。雨に濡れて張り付いた布の隙間から覗く首筋や腕の一部は、人間の肌とは明らかに違っていた。白っぽくて、粘土みたいで、でも木の枝みたいな筋もあって、自分で考えててもよく分からねぇ。とにかく普通じゃない。あれを見て「木ノ葉の仲間です」と言われたら、俺ならまず暗部を呼ぶ。いや、今まさに暗部っぽい奴らを殴り殺してるんだが。

 

 しかも強い。

 

 破竹の勢いで霧隠れの忍、それも暗部を潰していってる。慈悲はねぇ。掴んで叩きつける。殴って吹っ飛ばす。刀を腕で受け止めて、そのまま拳で骨ごと押し返す。北斗神拳伝承者ばりに敵を爆散させてて、俺は普通にビビった。なんだあの膂力。どんだけ筋トレすりゃあんなになるんだ。俺ももっと頑張らねぇとな。いや、筋トレだけであそこまでいけるのか?

 

 そんなことを考えながらも、俺は周囲を見渡した。

 

 オビト?がここに乱入してから、状況は一気に変わっている。さっきまで霧隠れの暗部は、数と連携でこっちを押し潰そうとしていた。リンを連れて行く動きもはっきりしていたし、カカシも限界寸前だった。俺も分身で誤魔化しながら何とかしていただけで、長引けば確実に詰んでいた。こっちは攻撃を受けたらまずいし、チャクラも無限じゃない。かなり綱渡りだった。

 

 だが今は違う。

 

 霧隠れの暗部共は完全にてんやわんやだ。黒い外套の怪人オビトが正面からぶっ壊し、俺が分身で視線と足を奪い、カカシが隙を突いてクナイや雷を差し込む。リンもただ守られているだけじゃなく、傷ついたカカシの体勢を支え、敵の投げた刃の軌道を読んで声を飛ばしている。包囲は崩れた。逃げ道が生まれた。敵はこっちを捕らえる側から、逆に乱される側へ落ちた。

 

「くそっ!なんだこいつは!」

 

「女を確保しろ!任務を優先しろ!」

 

「無理だ!近づけん!」

 

 霧隠れの忍達の声が雨の中で飛び交う。

 

 俺はすかさず印を結び、リンへ向かおうとした忍の目の前へ分身を落とした。忍刀が白い影を斬り裂く。煙が弾ける。その一瞬、足が止まった。そこへ黒い外套のオビトが横から突っ込み、肩口を掴んで地面へ叩きつける。泥と血が跳ねた。地面がへこむ。やっぱおかしい。威力がおかしい。俺の分身ハメ殺しが格闘ゲームの嫌らしさなら、あいつは別ジャンルの怪獣ゲーだ。

 

 俺はその勢いに乗って、もう一体分身を射出した。

 

 敵の視界へ差し込み、斬らせ、煙で線を切る。踏み込む。クナイを腕に入れる。離脱。殴る。蹴る。刺す。致命傷を狙いすぎると動きが止まるから、まずは動きを削る。相手の足、腕、肩、視界。カカシが動きやすいように、リンが狙われないように、怪人オビトの突進が通るように、俺は小さく嫌らしく立ち回った。

 

 しばらくそんな混戦が続いた。

 

 雨は強くなり、森の足元は泥に変わっていく。霧隠れにとって有利なはずの水気が、今はむしろ奴らの血と焦りを広げるだけになっていた。黒い外套の男が暴れるたび、敵の陣形は歪み、俺の分身に引っかかる奴が増える。カカシの写輪眼も、動揺した敵の癖を拾っていた。完全に流れはこっちだ。

 

 そして、霧隠れの忍の一人が舌打ちした。

 

「貴様ら……まあいい!退くぞ!」

 

 その声を合図に、残った暗部達が一斉に距離を取った。

 

 逃げた。

 

 追うべきか一瞬だけ考えたが、すぐにやめた。こっちはもう限界に近い。カカシとリンはボロボロ。俺も分身を使いすぎて頭の奥が熱い。怪人オビトは強いが、何を考えてるのか分からない。追撃して罠に突っ込むより、ここで二人を確保した方がいい。

 

 かなり危なかった。

 

 正直、途中で何か忘れている気もした。霧隠れがリンを連れて行こうとしていた理由とか、オビトがここで何を見るはずだったのかとか、まだ頭の奥で警報が鳴っている。だが、多分それはあのオビトのことだ。生きていた。ここへ来た。なら、少なくとも最悪の何かはズレたはずだ。そう思いたい。

 

 俺は荒れた息を整えながら、三人が集まる場所を見た。

 

 カカシはクナイを下ろせないまま、黒い外套の男を見ていた。リンは震える足で一歩前へ出ている。黒い外套の男は、雨の中でしばらく二人を見つめていた。それから、螺旋の仮面がゆっくりと開いた。右目だけを覗かせていた渦がほどけ、雨に濡れた顔が露わになる。

 

「オビト!?」

 

 カカシの声が裏返った。

 

「生きてたの!?」

 

 リンの声が震えた。

 

 黒い外套の男——うちはオビトは、泣きそうな、怒っているような、笑っているような、ぐちゃぐちゃの顔で二人を見た。

 

「みんな!!」

 

 その叫びを聞いた瞬間、俺は仮面の下で小さく息を吐いた。

 

 ああ。

 

 やっぱり、こいつがうちはオビトだ。

 

 そんで三人が俺に近づいてくる。

 

 やめろ。

 

 俺に近づくな。

 

 霧隠れの暗部共が退いたばかりで、森の中はまだ雨と泥と血の匂いが混ざっていた。俺は仮面の下で息を整えながら、できればこのまま自然に去りたかった。カカシとリンは助かった。オビトも生きていた。感動の再会も終わりそうだ。なら俺の役目はここまででいい。謎の仮面少年として颯爽と現れ、颯爽と消える。完璧だ。だが現実はそんなに優しくない。三人はそろってこっちを見ている。特にカカシの視線が痛い。写輪眼でこっちの骨の髄まで見てきそうで嫌だ。

 

「君は、うちはイタチだな」

 

「なんのことだ?」

 

 即座にとぼけた。

 

 声も少し低くする。仮面もつけている。写輪眼も出していない。うちはの家紋も隠している。背丈は子供だが、木ノ葉には子供なんていくらでもいるはずだ。ここで堂々と否定すれば、まだ押し通せる。俺は何も知らない謎の仮面少年。そういう設定でいこう。頼むからそれで納得してくれ。

 

「うちはイタチ?コイツうちは一族なの?俺と同じ?」

 

「オビト、イタチ君は私たちを助けてくれたのよ」

 

 オビトが目を丸くし、リンが少し慌てたように言う。

 

 おいリン、助け舟はありがたいけど、名前を普通に受け入れるな。というかなんでバレてんだ?仮面も付けてる。写輪眼も出してねぇ。分身の術だって基礎忍術だろ。確かに俺の使い方はだいぶ変だと思うが、それだけで特定するのはやりすぎじゃねぇか?カカシ、お前の観察眼どうなってんだよ。戦闘直後でボロボロなんだから少しは判断鈍ってくれよ。

 

「分身の術の使い方で直ぐに分かった。火影やミナト先生も言ってたしな。それに俺とリンの名前を言ってただろう」

 

 またか!

 

 三代目ぇぇぇ!それにミナトォォォォ!

 

 俺は仮面の下で絶叫した。なんでだよ。なんで俺の情報がそんなに共有されてんだよ。火影様、情報管理ガバガバじゃねぇか。いや、三代目からすれば有望なうちはの子供の話をミナトにしただけかもしれない。ミナトも弟子にちょっと面白い子がいるよと話しただけかもしれない。だがその結果、俺の隠密ムーブが秒で破られている。木ノ葉の情報網、敵に回すと怖いけど味方でも怖ぇ。

 

「……」

 

 なんも言えねぇよ!

 

 しかも名前の件は完全に俺のミスだ。言ったか?そんなこと。言ってたわ。バッチリ言ってたわ。カカシだのリンだの普通に叫んでたわ。謎の仮面少年が初対面のはずの二人の名前を呼んで、しかも分身の使い方が特徴的で、さらに火影とミナトから聞いていたうちはイタチ像と一致したら、そりゃバレる。弁解の余地なし。俺の負けだ。

 

「リンとカカシを助けてくれたんだろ?ありがとよ」

 

 オビトが笑いかけ、俺に手を差し出してくる。

 

 黒い外套も、螺旋の仮面も、粘土みたいな肌も全部怪しいのに、その笑い方だけは妙に真っ直ぐだった。さっきまで霧隠れの暗部を地面に叩き付けていた怪人とは思えない。カカシとリンが生きていることが嬉しくて仕方ない、ただの少年の顔だった。こいつがオビト。死んだはずで、生きていて、何か大事な場面にいるはずだった男。頭の奥でまだ嫌な警報は鳴っているが、差し出された手を無視するのも違う気がした。

 

 まあいいか!

 

 別にバレてても問題ねぇ。カカシもリンも味方だし、オビトも今は味方だ。握手くらいならしてやる。俺が手を伸ばそうとした、その瞬間だった。

 

 周りの地面が盛り上がった。

 

 泥と苔がぼこりと膨れ、木の根みたいなものが地中から蠢く。雨に濡れた森の空気が、急に冷たく重くなった。なんだ?と考えるより先に、嫌な気配が全身を撫でた。霧隠れの殺気とは違う。もっと薄くて、軽くて、空っぽで、だけど気持ち悪い。

 

「グッ!!!」

 

「オビト!?」

 

「どうした!」

 

 オビトが急に苦しみ出した。

 

 差し出していた手が震え、膝が崩れかける。黒い外套の隙間から見えていた粘土みたいな肌が、ぐにゃりと動いた。いや、肌じゃねぇ。あれは別の何かだ。白くて、木の枝みたいな質感のものがグルグルと触手を伸ばし、オビトの首から顔へ這い上がっていく。開いていたはずの仮面が、また螺旋を巻くように顔を覆っていった。

 

「ッ!!」

 

 オビトから殺気を感じた。

 

 違う。これはオビトじゃない。さっき俺に礼を言った奴の気配じゃない。もっと空っぽで、他人の身体を勝手に動かしているような気持ち悪い殺気だ。そう思った瞬間、オビトの掌底が俺へ飛んできた。

 

 速い。

 

 俺は思わず写輪眼を出した。

 

 仮面の下で視界が赤く染まり、掌の軌道が刹那だけ伸びる。掌の中心から、木の枝みたいなものが飛び出していた。なんだあれ。当たったらヤバい。刺さるだけじゃ済まない。身体の中へ入り込んで、内側から何かされる気がする。直感が全力で叫んでいた。

 

 俺は身体を捻って避けた。

 

 掌が仮面の横を掠め、風圧で白い面が軋む。木の枝の先が髪を少し裂いた。あとほんの少し遅れていたら終わっていた。俺は泥を蹴り、後ろへ飛び退く。足裏にチャクラを噛ませ、滑りながら距離を取った。

 

 いつの間にか、俺達は謎の怪人集団に囲われていた。

 

 白い。全裸。人の形をしているのに、人間じゃない。肌の質感はオビトを覆っているものと同じで、粘土みたいで木みたいで、見ているだけで気持ち悪い。あれは……暁のゼツか?でも暁の外套は着ていない。時代的にもよく分からない。というか今はそんな考察してる場合じゃねぇ。

 

 螺旋に覆われたオビトが、ゆっくりこちらを向いた。

 

「ごめんだけど、死んでもらうよ」

 

 オビトから、オビトじゃない声が聞こえた。

 

「誰だてめぇ」

 

 俺はクナイを構えながら言った。

 

 目の前にいるのは、さっきまでのオビトじゃねぇ。声が違う。気配が違う。リンとカカシを見て泣きそうに笑っていた少年の熱が消えて、代わりに、軽くて薄くて気持ち悪いものが身体の表面を覆っている。飄々とした声。ふざけた間。なのに掌の中心から木の枝みたいなもんを生やして殺しに来る。構え方も全然違う。身体を借りているだけの別人みたいだ。

 

 いや……俺はコイツを知ってるはずだ。

 

 うろ覚えの原作知識でも、何とか引っかかる。トビだ。暁の新メンバーみたいな面して、デイダラと一緒に動いていた変な奴。ふざけた喋り方で、やたら軽くて、でも実はめちゃくちゃ重要人物だったような気がする。そうだ。トビ。オレンジ色っぽい螺旋の仮面。右目だけ見える。今のこいつは色こそ違うが、雰囲気が似ている。いいね。少しずつ思い出してきた。最悪のタイミングだけどな。

 

「無駄な事を言うなよ」

 

 俺達を囲むゼツの一体が、トビ?に言った。

 

 白い怪人共は、雨に濡れているのに濡れている感じがしない。人間みたいな形なのに、人間の匂いが薄い。泥の上に裸足で立ち、木の根のように地面へ馴染み、こちらを囲んでいる。逃げ道はほぼ潰された。カカシとリンは疲労困憊。オビトの身体は乗っ取られ気味。俺もチャクラをかなり使っている。正直、詰みかけてる。いや、詰みかけどころか、普通に詰んでるかもしれねぇ。

 

「分かってるって、あ!そうそう!便意ってどんな感じか教えてくれるかな?」

 

「知るかよ!!」

 

 反射で怒鳴った。

 

 なんだよ便意って!ここで聞くことじゃねぇだろ!命のやり取りの最中に、何を急に人体の神秘を学ぼうとしてんだ。こっちはリンとカカシを逃がす算段と、オビトをどうするかと、ゼツ共の包囲をどう破るかで頭が爆発しそうなんだよ。便意なんか知らねぇ。トイレ行け。いや、こいつらトイレ行くのか?駄目だ、考えるな。考えたら負けだ。

 

 だが、正直ヤバい。

 

 この状況を打破するには、もうアレを使うしかない。温存していたわけじゃない。使えないと思っていた。というか、普通に使えば本体を巻き込む可能性があるし、三代目に絶対怒られるし、そもそも今の俺のチャクラで威力調整を間違えたら味方も巻き込む。だが、ここで使わなければ全員やられる。ゼツ共は数が多い。トビはオビトの身体を使っている。正面から殴り合えば、俺が先に消える。

 

「カカシ!リン!動けるか!合図したら逃げろ!」

 

 俺は叫びながら印を結んだ。

 

 カカシが息を呑む気配がした。

 

「お前、何をする気だ」

 

「いいから走れ!リンを連れて行け!」

 

「でも、君は——」

 

「俺の心配してる暇があったら足動かせ!」

 

 リンの声を遮る。悪いな、優しい言葉を聞いている余裕はない。ここで迷われるのが一番困る。俺は逃げる道を作る。カカシはそれを見逃すな。リンを引っ張ってでも走れ。オビトは……くそ、オビトはどうする。トビに身体を使われている。殺すわけにはいかねぇ。でも止めなきゃこっちが死ぬ。

 

 印を結ぶ指が熱い。

 

 これを使えば、俺は確実に消える。

 

 まぁいい。

 

 元々俺は、そのために()()()()からだ。

 

 そう考えた瞬間、妙に腹が据わった。怖さが消えたわけじゃない。痛みを感じるのか、記憶がどう戻るのか、どこまで本体へ伝わるのか、考え出したらいくらでも怖い。けど、ここで消えるなら上等だ。カカシとリンを逃がし、オビトを殺さず、ゼツ共の包囲を一瞬でも吹き飛ばす。それが俺の仕事だ。

 

「死ね」

 

 ゼツの一体がそう言うと、俺達を囲んでいたゼツ達とトビが一斉に動いた。

 

 白い腕が伸びる。木の枝みたいな棘が泥を裂く。トビの掌底が再び俺へ向かう。カカシがリンを掴んだ気配がする。よし。走れ。振り返るな。

 

「今だ!!!!」

 

 俺は最後のチャクラを腹の奥から引きずり出し、身体の中心へ叩き込んだ。

 

 分身大爆破だーーー!!!!!

 

 世界が白く弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い仮面を付けた少年が、雨と泥と血の匂いが混ざる森の中心で叫んだ。

 

「今だ!!!!」

 

 その声は小さな身体から発されたものとは思えぬほど鋭く、カカシの耳を貫いた。迷う余地はなかった。カカシはリンの手首を掴み、残っていた全身の力を振り絞って地面を蹴った。膝は笑い、肺は焼け、写輪眼を宿した目の奥は痛みで軋んでいたが、それでも足を止めなかった。背後で何が起ころうとしているのか、完全には分からない。ただ、あの仮面の少年が、逃げ道を作るために何かをする。その一点だけは理解できた。

 

 少年——うちはイタチは、高速で印を結んでいた。

 

 その指先は震えていなかった。霧隠れの暗部を翻弄していた時と同じ、いや、それ以上に研ぎ澄まされた動きだった。白い怪人達、ゼツと呼ぶべき存在達が地面を蹴り、螺旋の仮面に再び覆われたオビト——その身体を鎧のように支配するグルグルが、掌から木の枝を突き出しながら迫る。彼らはイタチが術を完成させる前に殺し、カカシを殺し、そしてリンだけを木ノ葉へ送り届けようとしていた。その筋書きは、彼らにとって簡単で、確実なものに見えた。

 

 だが、それは安易な考えだった。

 

 イタチの親指が赤く赤熱した。チャクラが一点へ収束し、皮膚の内側から光が漏れる。次の瞬間、その親指は自らの胸、心臓の位置へ向けて突き立てられた。肉を破る音は雨音に紛れたが、そこから溢れ出した熱は隠しようがなかった。小さな身体の内側で、全てのチャクラが一気に流路を変える。兵糧錠剤によって活性化された肉体とチャクラが、心臓——死門へ向けて強引に開通させられ、収束し、燃え上がった。

 

 それは、うちはイタチが現時点で使える最強の忍術であり、最悪の忍術だった。

 

 分身大爆破。

 

 ただの爆発ではない。火遁を仕込んだ影分身を破裂させる程度の術でもない。影分身という、存在そのものが仮初めである身体へ、八門を強引に開かせる。生きた肉体であれば死に至る負荷を、短い存在に押し込み、全身の筋肉、血、チャクラ、呼吸、全てを一瞬で燃焼させる。燃やし、絞り、圧縮し、解き放つ。生き残るために作った兵糧錠剤の熱を、今だけは生き残るためではなく、道を切り開く爆薬として変えた最終奥義だった。

 

 イタチの身体が蒸気を上げた。

 

 仮面の隙間から白い煙が噴き、肌の下を赤い光が走る。小さな腕も、脚も、胸も、まるで炉に投げ込まれた鉄のように赤熱していった。雨粒が触れた瞬間に弾け、蒸発し、周囲の霧をさらに白く濁らせる。ゼツ達がわずかに足を止めた。グルグルに覆われたオビトの右目が、螺旋の隙間からその異常な光景を見た。

 

 遅かった。

 

 イタチは、もう術の完成点に達していた。

 

 

「分身大爆破」

 

 

 一瞬の間、音が消えた。

 

 ほんの刹那、森から雨音も、呼吸も、泥を踏む音も消えたように感じられた。カカシはリンを引き寄せ、身体ごと前へ倒れ込むようにして木の陰へ飛び込む。リンが何か叫んだが、声は届かなかった。直後、世界が赤白く弾けた。

 

 爆発。

 

 それは単なる火球ではなく、圧そのものだった。中心にいたイタチの赤熱した身体が、一瞬で光と熱へ変わり、周囲へ放たれる。地面が抉れ、雨が蒸発し、霧が吹き飛んだ。木々は根元から軋み、枝葉は熱波で逆巻き、泥と石と折れたクナイが一斉に外側へ飛んでいく。白い怪人達の身体は、その爆圧に呑まれた瞬間に形を保てなくなった。

 

 真正面にいたオビト——グルグルは、咄嗟に木遁の壁を展開した。

 

 地面から幾重もの木が噴き上がり、分厚い盾となって熱と衝撃を受け止めようとする。だが無駄だった。兵糧錠剤によって底上げされたチャクラを、死門へ一点集中させて解放した爆発は、木の壁をただの障害物としてしか扱わなかった。厚い木の壁は内側から砕け、裂け、赤熱した破片となって逆にグルグルの身体へ突き刺さる。枝と熱が螺旋の仮面を削り、外套を裂き、白い外骨格を焼いた。

 

「ぐ、あ……!」

 

 オビトのものとも、グルグルのものともつかぬ声が漏れた。

 

 周囲に集まっていたゼツ達は、さらに悲惨だった。逃げる間も、防ぐ間もない。白い身体は爆発の光に包まれ、表面が黒く炭化し、内側から砕けるように崩れていく。人間の血の匂いではなく、焼けた木と湿った土のような匂いが森に広がった。形を保っていた者も、熱波に削られ、衝撃に裂かれ、雨に打たれる前に黒い灰となって消えていった。

 

 爆心地には、白い仮面の少年の姿はもうなかった。

 

 そこには抉れた地面と、赤く焼けた泥と、蒸気だけが残っていた。カカシはリンを抱え込むようにして倒れたまま、荒い息の中で振り返る。写輪眼が捉えたのは、消えゆく白煙と、爆発の余熱に揺れる森だった。

 

 リンが震える声で、何かを言おうとした。

 

 だが、その言葉は雨音に呑まれた。

 

 ただひとつ、確かなことがあった。

 

 うちはイタチが放った分身大爆破は、死地をこじ開けた。

 

 そうして爆発の熱が雨に洗われ、白い蒸気となって森の中へ薄く広がっていった。

 

 カカシとリンは、木の影に伏せた身体をゆっくりと起こした。耳の奥がまだじんじんと痺れている。先ほどまで霧隠れの忍とゼツ達が入り乱れ、白い仮面の少年が分身をばら撒いていた場所は、まるで巨大な獣が地面を抉り取ったかのように陥没していた。泥は赤黒く焼け、折れた木々が外側へ倒れ、中心からはなお熱を持った煙が立ち上っている。雨粒がそこへ落ちるたび、じゅっと小さな音を立てて消えた。

 

 カカシは息を荒げながら立ち上がった。

 

 身体中が痛い。写輪眼を使い続けた左目は焼けるようで、千鳥の反動も腕に残っている。だが、動かなければならなかった。あの爆心地の中心近くに、何かが倒れている。白い仮面の少年の姿は見えない。さっきまで自分達の前に立ち、逃げろと叫んだ小さな背中は、煙の向こうに消えていた。代わりに、黒い外套の残骸のようなものが、抉れた穴の底で雨に打たれている。

 

「リン、ここで待ってろ」

 

「ダメ、私も行く」

 

 リンの返事は早かった。

 

 顔色は悪く、足元もふらついている。傷も深く、チャクラもほとんど残っていないはずだった。それでも、彼女はカカシの手を振り払うようにして前へ出た。止めても無駄だと、カカシはすぐに分かった。リンの視線は、穴の中心に釘付けになっている。あそこに誰がいるのか、彼女ももう気づいていた。

 

 二人は崩れた斜面を降りていった。

 

 泥が足を取る。焼けた土が靴裏に熱を残し、折れた枝が足首に絡む。穴の底へ近づくほど、木が焦げた匂いと血の匂いが濃くなった。中心に倒れていたのは、うちはオビトだった。

 

 黒い外套はほとんど弾け飛んでいた。さっきまでオビトを覆っていた白い外骨格のようなものは、爆発で焼け、裂け、ところどころ炭化している。露わになった身体には火傷が広がり、木の枝のような破片が肩や腹、脚へ突き刺さっていた。雨が傷を打ち、血と泥を薄く流していく。そして、心臓の位置には一本のクナイが深々と突き立っていた。

 

「オビト……!!」

 

 リンが悲鳴のように名前を呼び、倒れ込むように駆け寄った。

 

 膝が泥に沈むのも構わず、彼女はオビトの胸元へ手を伸ばす。抜いてはいけない。傷口を広げれば終わる。医療忍者としての判断が、混乱する心を辛うじて押し止めた。リンは震える両手を傷の周囲へ添え、なけなしのチャクラを練る。淡い緑の光が雨に揺れながら、オビトの身体へ注がれた。だが、その光は弱い。あまりにも弱かった。リン自身も限界だった。

 

「リン……」

 

 カカシはそれ以上、言葉を続けられなかった。

 

 彼は二人を見下ろしたまま、雨に打たれていた。額当てを上げたままの左目に雨が流れ込み、頬へ伝う。それは涙のようにも見えた。けれど、カカシ自身には、自分が泣いているのか、ただ雨に濡れているだけなのかも分からなかった。目の前で、死んだと思っていたオビトが再び現れた。リンを助けるために暴れた。ようやく生きていると分かった。その直後に、また失いかけている。

 

 左目が疼いた。

 

 オビトから託された写輪眼が、熱を持つ。常時開いたままだった二つ巴が、ゆっくりと回転し、三つ巴へ変わった。カカシはそれに気づく余裕もなかった。ただ、胸の奥から引き裂かれるような痛みが上がってくる。守れなかった。助けられなかった。まただ。また自分は、誰かの目の前で、何もできずに立っている。

 

 三つ巴がさらに回転した。

 

 雨の中で赤い瞳の紋様が歪み、やがて手裏剣のような形へ変わっていく。万華鏡写輪眼である。オビトが託した片目は、カカシの絶望と喪失に呼応するように、新たな形へ開いていた。

 

「グフッ」

 

 倒れていたオビトが、突如として血を吐きながら目を覚ました。

 

「オビトっ!!」

 

 リンの声が弾けた。緑の光が揺れ、彼女は泣きそうな顔でオビトの顔を覗き込む。オビトは薄く目を開いた。右目の写輪眼は雨に濡れながらも赤く光り、だがその焦点は定まっていない。彼の呼吸は浅く、胸に刺さったクナイの周囲から血が滲み続けていた。

 

「へへ……あれ……俺」

 

 オビトはかすれた声で笑おうとした。

 

 だが、笑みはすぐに苦痛へ崩れた。身体を動かそうとして、突き刺さった枝と傷が一斉に悲鳴を上げたのだろう。リンが慌てて肩を押さえる。

 

「動かないで!今、治すから……絶対、治すから!」

 

「リン……泣くなよ……」

 

「泣いてない!」

 

 リンの声は震えていた。

 

 カカシは拳を握りしめた。何か言いたかった。謝りたかった。生きていてくれてよかったと言いたかった。だが喉が詰まり、言葉が出なかった。オビトはそんなカカシの方へ、ゆっくり視線を動かした。

 

「カカシ……お前……その目……」

 

 オビトは、自分の左目が変わったことを、カカシの瞳を通して知ったのかもしれない。血に濡れた唇が、かすかに上がる。

 

「なんだよ……ちょっとは、使えるように……なったんじゃねぇか……」

 

 その軽口は、弱々しかった。

 

 けれど確かに、うちはオビトの声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて……そろそろ寝ようかな。

 

 夜のうちは家は静かだった。廊下の向こうから母ちゃんが片付けをする小さな音が聞こえ、父ちゃんの部屋の方からは紙をめくる気配がする。俺は自室の畳の上に座り、今日の修行内容を頭の中で整理していた。父ちゃんの体術、三代目の忍術講義、シスイとの組み手、そして兵糧錠剤の改良後の体調変化。うん、今日もよくやった。四歳児の一日じゃねぇ。完全にブラック忍者研修だ。だが生き残るためだ。死なないためだ。健康のためだ。だったらやるしかねぇ。

 

 寝る前には、必ず兵糧錠剤を飲む。

 

 これが最近の俺の習慣である。寝る前に一錠。これを飲んでから眠ると、翌日の寝覚めがめちゃくちゃ良い。もう違う。目覚めた瞬間から体の中に芯がある。布団から起き上がる時の重さが少ない。筋肉痛の抜けも早い気がする。元気って感じだ。なんかめちゃくちゃ頭悪い説明だが、元気なものは元気なのだ。前世の栄養ドリンクみたいな雑な実感でも、効果があるなら勝ちである。

 

 俺は小袋から錠剤を一粒取り出した。

 

 水を用意し、口に放り込む。舌にほんの少し味噌と昆布の旨味が触れ、柑橘の香りが後味を軽くして、薬草とニンニクの刺激が喉を通り抜ける。完璧だ。飲みやすい。臭くない。でかすぎない。前世の海外ビタミン剤よ、これが日本人転生うちはイタチ式忍者サプリだ。……いや、誰に言ってんだ俺。

 

 水を飲み、布団へ手を伸ばした、その瞬間だった。

 

「ゴホッ!!!」

 

 肺がひっくり返るような咳が出た。

 

 は?

 

 なんだ今の?

 

 膝から力が抜け、俺は畳へ片手をついた。心臓が一瞬、内側から握り潰されたように跳ねる。息が浅くなる。目の奥が熱い。違う。これは体調不良じゃない。毒でもない。兵糧錠剤の副作用でも、多分ない。頭の中へ、何かが雪崩れ込んでくる。

 

 記憶だ。

 

 俺の脳内に突如、溢れ出す記憶。

 

 焼けた戦場跡。黒く焦げた木々。古い遺跡。苔に覆われた石段。名前のない墓標。湿った森の匂い。霧隠れに近い土地の冷たい空気。そうだ。俺は見てきた。木ノ葉を出て、外を見て回って、忘れた記憶を探していた。いや、俺じゃない。けど俺だ。足裏に残る泥の感触も、雨の冷たさも、全部俺のものとして流れ込んでくる。

 

 そして、雨の中。

 

 霧隠れの忍達。

 

 ボロボロのカカシ。胸元を押さえるリン。仮面をつけた俺。分身の術をばら撒き、霧隠れの暗部共を翻弄し、クナイを突き刺し、蹴り、殴り、視線を奪う。兵糧錠剤の熱。チャクラの消費。攻撃を一発でも受けたら消えるという神経の削れ方。雨で滑る足場。カカシとリンを絶対に逃がさないように動く霧隠れの殺意。

 

「……」

 

 息が止まった。

 

 オビト。

 

 うちはオビト。

 

 黒い外套。螺旋状の仮面。右目だけ覗く二つ巴の写輪眼。人間じゃねぇ粘土みたいな白い身体。霧隠れの忍を地面へ叩きつける凄まじい膂力。カカシとリンを見て、泣きそうに笑う顔。生きていた。神無毘橋で死んだはずのオビトが、生きていた。

 

 だけど、それで終わりじゃなかった。

 

 オビトが豹変した。

 

 白い怪人共。ゼツ。多分ゼツ。暁の外套を着ていない、全裸の白い化け物みたいな連中。オビトの身体を覆うグルグル。オビトじゃない声。掌の中心から飛び出す木の枝。俺へ向けられた殺気。咄嗟に開いた写輪眼。避けた掌底。囲まれるカカシとリン。逃げ場のない包囲。

 

 そして、印。

 

 心臓へ向けて赤熱した親指を突き刺す感覚。

 

 全身のチャクラを、心臓——死門へ向けて無理やり叩き込む感覚。

 

 熱。

 

 赤い熱。

 

 身体の内側から燃えるような、いや、燃えるどころじゃない、存在そのものが爆ぜる直前の圧。分身大爆破。影分身に八門を無理やり開かせ、全身を燃焼、収束、解放する最終奥義。俺が理屈だけ考えて、絶対に軽々しく使っちゃ駄目だと思っていた術。

 

「分身大爆破を使ったのか……!」

 

 畳に爪が食い込んだ。

 

 影分身一号……!!!

 

 あの野郎、使いやがった。カカシとリンを逃がすために。オビトを殺さないように。ゼツ共の包囲を吹き飛ばすために。自分が消えるのを前提で、あの術を使った。記憶は爆発の瞬間で途切れている。光。熱。音が消える刹那。世界が白く弾ける感覚。それ以降はない。つまり、消えた。完全に。

 

 俺は胸を押さえた。

 

 痛い。いや、本当に痛いのか、戻ってきた記憶の痛みなのか分からない。影分身が消えた時、経験と疲労は本体に戻る。それは知っていた。だが、ここまでのものは初めてだ。戦場の恐怖、刃を避け続ける緊張、オビトを見た衝撃、ゼツへの嫌悪、そして自爆する覚悟。全部が一気に流れ込んできた。頭が割れそうだ。

 

「イタチ?今、咳をした?」

 

 廊下の向こうから母ちゃんの声がした。

 

 まずい。

 

 俺は必死に呼吸を整えた。ここで母ちゃんに心配されたらまずい。説明できない。木ノ葉の外で影分身がカカシとリンとオビトを助けてゼツ相手に自爆しました、なんて言えるわけがねぇ。言った瞬間、父ちゃんと三代目と暗部と母ちゃんの説教が同時に飛んでくる。

 

「大丈夫、母さん。少しむせただけ」

 

 声は震えなかった。多分。さすがうちはイタチの外面。中身は今、頭を抱えて転げ回りたいくらいなのに。

 

「そう?無理はしないでね」

 

「うん」

 

 母ちゃんの足音が遠ざかる。

 

 俺は畳の上で、しばらく動けなかった。

 

 影分身一号は消えた。だが記憶は戻った。カカシとリンは逃げたはずだ。オビトは……どうなった。爆発の真正面にいた。一瞬見えたのは木遁の壁で防ごうとしていた。死んだのか?いや、分からない。分からないけど、あのオビトは簡単に死なない気がする。というか、死なれたら困る。

 

 俺は奥歯を噛んだ。

 

 原作の記憶が、また少しだけ戻った。

 

 トビ。ゼツ。オビト。カカシ。リン。

 

 そして、俺はようやく理解した。

 

 この世界は、もう俺が知らない形へ動き始めている。




マダラ「!?」



ノリと勢いで書いているので、主人公の記憶問題についてはその内ノリと勢いで説明したいと思います。よろしくお願いします。
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