分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

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お主はまだ四歳じゃ。才があるからといって、己の命を道具のように扱ってよい理由にはならぬ

 

 

 

 

 うちはイタチです……今、正座させられてます。

 

 重要な情報を上司に報告しに行ったら、何故か両親を呼ばれ、上司の前で正座させられているとです。イタチです。イタチです。いや、脳内で何をやっているんだ俺。状況は笑えない。火影執務室の床はきちんと掃除されていて綺麗だが、正座している膝には普通に固い。四歳児の膝に深夜の正座はきつい。前世でも上司への謝罪で会議室の椅子に座らされることはあったが、床に正座はなかった。忍界、謝罪文化の圧が強い。

 

「火影様」

 

 あ、来た。

 

 父ちゃんと母ちゃんだ。父ちゃんは夜だというのに身なりを整え、警務部隊隊長の顔で入ってきた。母ちゃんは臨月の腹を抱えながら、その横にいる。大丈夫か母ちゃん。夜中に呼び出されて歩いてきて大丈夫なのか。いや、俺のことをすごい見ている。怖い。大丈夫そうだ。むしろ今の母ちゃんは俺より強い。母は強しって本当だったんだな。

 

「フガク、ミコト。夜分にすまぬな」

 

「いえ、このような事態であるならば、いつでも馳せ参じます」

 

 父ちゃんの声は落ち着いている。

 

 だが分かる。めちゃくちゃ怒っている。怒鳴らないタイプの怒りだ。背筋が伸び、目が細く、口元が動かない。うちは警務部隊隊長モードである。父親モードも混ざっている。怖い。母ちゃんは母ちゃんで、泣きそうな顔と怒った顔が混ざっていて、心に刺さる。怒鳴られるよりきつい。ごめんなさい母ちゃん。静かに家を抜け出しました。報告が必要だったとはいえ、普通に悪い。

 

「うむ、ではイタチ」

 

「ハッ」

 

 俺は正座したまま頭を下げた。

 

 最敬礼である。もう今日は何度頭を下げたか分からない。社会人時代の謝罪スキルがここで生きるとは思わなかった。前世の上司達よ、ありがとう。いや、ありがとうじゃないな。今でも思い出すと胃が痛い。

 

「まず、報告した内容を両親にも説明せよ。隠さず、順にじゃ」

 

「承知しました」

 

 俺は顔を上げ、できるだけ静かに声を整えた。内心では逃げたい。布団に戻りたい。母ちゃんの味噌汁を飲んで寝たい。だが、ここで誤魔化せば余計にまずい。三代目の目は完全に逃がさない目だし、父ちゃんも母ちゃんも、俺の一言一句を逃さない構えである。

 

「私は影分身の術を無断で使用し、里外の調査を行っていました」

 

 父ちゃんの眉が動いた。

 

 はい、第一アウト。

 

「その影分身が、木ノ葉と霧隠れの中間緩衝地帯付近で、はたけカカシさんとのはらリンさんが霧隠れの忍に囲まれている場面を目撃しました。霧隠れの忍はリンさんの捕獲を目的としていたように見えました」

 

「……続けろ」

 

 父ちゃんの声が低い。

 

「影分身は介入し、分身の術と体術で撹乱しました。その後、戦死したと聞かされていたうちはオビトさんと思われる人物が現れました。右目に写輪眼があり、身体の一部に白い人型の何かが纏わりついていました」

 

「オビトが……」

 

 母ちゃんが小さく息を呑んだ。

 

 うちはオビト。父ちゃんも母ちゃんも当然知っている名だ。神無毘橋で死んだはずの同族。カカシに写輪眼を託した少年。俺も詳しくはうろ覚えだったが、影分身一号の記憶で見た姿は、間違いなくオビトだった。ただし、普通ではない。黒い外套、螺旋の仮面、白い人型の何か。あれは絶対に放置していいものではない。

 

「さらに同じ白い人型の存在が複数現れました。人間ではなく、植物や木遁に近い質感でした。その存在はオビトさんの身体を操るように動き、影分身とカカシさん、リンさんを攻撃しました」

 

 三代目の煙管を持つ指が止まった。

 

「木遁に近い、か」

 

「はい。断定はできません。しかし、普通の肉体ではありませんでした」

 

 父ちゃんが静かに目を閉じた。

 

 俺は続けるしかない。ここからが一番怒られる部分だ。

 

「影分身は、カカシさんとリンさんに離脱を指示しました。その後、包囲を突破するため、分身大爆破を使用しました」

 

「分身大爆破とは何だ」

 

 父ちゃんの声が鋭くなった。

 

 うん、そこですよね。

 

「影分身を自壊させ、爆発させる術です」

 

「いつ覚えた」

 

「……自分で組みました」

 

 執務室の空気が死んだ。

 

 やめて。誰か息して。母ちゃんが手で口元を押さえ、父ちゃんの目がゆっくり開く。三代目は額に手を当てた。火影様、その仕草やめてください。完全に頭痛案件じゃないですか。分かる。俺でもそうなる。

 

「イタチ」

 

「はい」

 

「ワシは、お主に影分身の術を教えた時、何と言った」

 

「火影様の監督下でのみ練習すること、独断で火遁と組み合わせないこと、身体に異常が出たら即中止することです」

 

「すべて破っておるな」

 

「はい」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 完全にその通りである。言い訳の余地がない。無断使用、里外行動、危険術開発、実戦使用。役満だ。数え役満どころではない。忍界ルールブックがあれば赤字で怒られるやつだ。

 

「影分身だから本体は無事だと思ったのですか」

 

 母ちゃんの声だった。

 

 柔らかいのに、震えている。

 

 俺はその声に、胸の奥をぎゅっと掴まれたような気がした。父ちゃんの怒りより、三代目の説教より、母ちゃんのその声が一番きつい。俺は咄嗟に顔を上げそうになり、でも正座のまま頭を下げた。

 

「申し訳ありません。浅慮でした」

 

「浅慮で済ませるな、イタチ」

 

 父ちゃんの声が落ちた。

 

「お前は四歳だ。どれほど才があろうと、まだ子供だ。影分身であろうと、お前の一部であることに変わりはない」

 

 分かっている。

 

 いや、分かっていなかった。フィードバックが戻るまで、俺は本当の意味では理解していなかった。影分身が消えれば終わり。便利な分身。経験値倍増。そんなゲームみたいな感覚がどこかにあった。だが、死ぬ瞬間の記憶は戻る。熱も恐怖も覚悟も戻る。影分身一号は俺だった。俺の一部が、自爆したのだ。

 

「はい」

 

 俺は静かに答えた。

 

 三代目は深く息を吐いた。

 

「救った命がある。それは事実じゃ。報告に来た判断も正しい。だが、それとお主の無茶が許されるかは別じゃ」

 

 はい。

 

 ですよね。

 

「火影様、私からもいいでしょうか」

 

「うむ」

 

 母ちゃん……ほんまごめんやで。

 

 悪気はないんです。良かれと思ってやったことなんです。カカシとリンが危なかったし、オビトらしき人物もいたし、白い気持ち悪い奴らも出てきたし、もう仕方なかったんです。いや、影分身を無断で使って里の外を見て回っていた時点で仕方なくない。そこは完全に俺が悪い。分かってます。分かってるんです。でも母ちゃんの声が優しい分、心への刺さり方が尋常じゃない。怒鳴られるより効く。社会人時代でも一番つらかったのは、怒鳴る上司じゃなくて、静かに「どうしてこうなったの?」って聞いてくる上司だった。今それを母ちゃんにやられている。胃が痛い。

 

「布団で寝ていたのも影分身だったの?」

 

 ギクッ。

 

 やべ!今思い出したわ!

 

 そうだよ。家を抜け出すために自室の布団へ影分身を寝かせたんだった。というかアイツ、父ちゃんと母ちゃんが火影邸に呼ばれて家を出て行ったのに、まだ寝てんのか!?いや、影分身だから命令通り寝ているんだろうけど、状況考えろよ俺。いや俺か。今からでも解除した方がいいか?でもここで解除すると睡眠のフィードバックが戻らないかもしれない。寝た分の休息をもらえる?そんな都合のいい話あるか?寝てた記憶だけ戻ってきて、休息は戻らない可能性の方が高い。くそっ、影分身労務管理が難しすぎる。

 

「母さん、ごめんなさい」

 

 ギクッ、という表情は出ていないはずだ。俺はうちはイタチだ。四歳にして三つ巴の写輪眼を開いた天才児であり、外面だけはクールに対応できる男である。内心は完全に土下座しているが、顔には出さない。たぶん。出ていないと思いたい。

 

 母ちゃんは俺を見つめていた。

 

 泣いてはいない。けれど目元が赤い。臨月の身体で深夜に火影邸まで来て、息子が影分身を使って里の外へ行き、危険な術で爆発したと聞かされているのだ。そりゃそうなる。むしろ倒れないだけ凄い。母ちゃん強い。いや、強くさせてしまったのは俺だ。ごめんなさい。

 

「イタチ、私はあなたが元気でいてくれればいいの……お願いだから無茶はしないで」

 

「ミコト」

 

 父ちゃんが母ちゃんを支えるように肩へ手を添えた。

 

 その手つきは静かだったが、父ちゃんの目は俺へ向いたままだった。怖い。完全に「母を泣かせたな」という目である。父ちゃん、違うんです。いや違わない。完全に泣かせかけました。はい。言い訳できません。

 

「申し訳ありません。今後は、無断で影分身を使いません」

 

「それだけではない」

 

 父ちゃんの声が低く落ちる。

 

「里の外へ出るな。危険な術を組むな。お前一人で判断し、命を捨てるような真似をするな」

 

「はい」

 

 正論の連打である。反論の余地なし。ぐうの音も出ない。俺は静かに頭を下げた。心の中では、でもゼツとか出てくるなら手札は必要じゃん、と思わないでもない。だが今ここでそれを言えば、説教時間が三倍になる。社会人の基本、反省の場で余計な自己弁護はしない。学びました。

 

 そこへ、三代目が煙管を机に置いた。

 

「イタチよ。お主がやった分身大爆破とは、どんな術じゃ?」

 

 それ今説明しなきゃダメっすか!?

 

 結構終わりなムードだった気がするんですけど?母ちゃんの涙、父ちゃんの叱責、俺の謝罪。ここで綺麗に締められた気がするんですけど?あ、俺の気のせい?火影様の目が完全に研究者と管理者の目になっている。説教と報告が別枠で存在しているやつだ。つらい。深夜会議はまだ終わらない。

 

「……影分身を爆発させる術です」

 

「それは聞いた。どう爆発させた」

 

 逃がしてくれない。

 

 プロフェッサー怖い。俺は少しだけ口を閉じ、言葉を選んだ。正直に言うしかない。ここで曖昧にすれば、後で必ず突っ込まれる。しかも三代目は忍術博士だ。下手な嘘は即バレる。

 

「兵糧錠剤で影分身の肉体とチャクラを一時的に活性化させ、八門の最終門に当たる死門へ、強引にチャクラを流しました」

 

 部屋の空気が止まった。

 

 父ちゃんの眉がわずかに跳ねる。母ちゃんの手が腹に添えられる。三代目は煙管を持とうとして、途中で止めた。

 

「八門……死門じゃと?」

 

「はい。ただし、本来の八門遁甲とは異なります。順に門を開くのではなく、影分身の仮初めの身体を使い、最後の弁だけを無理に破壊するような形です。その反動で膨れ上がったチャクラに火遁の性質を流し、影分身を爆発させました」

 

 言ってて思う。

 

 やっぱり頭おかしいな、この術。

 

 四歳児が深夜の火影執務室で説明する内容じゃない。前世なら絶対に労災認定される。いや、自爆だから労災以前の問題か。母ちゃんの顔色がさらに悪くなった。ごめんなさい。なるべく淡々と説明したつもりなのに、内容が全然淡々としていない。

 

「イタチ」

 

「はい」

 

 三代目の声が低い。

 

「お主は、八門遁甲を誰に教わった」

 

「教わってはいません。書物と、体術に関する記録、そして身体のチャクラの流れを観察して推測しました」

 

「写輪眼も使ったのか」

 

「……はい」

 

 父ちゃんの視線が鋭くなる。

 

 また追加で怒られる材料を投下してしまった。だが、ここまで来たら隠せない。写輪眼でチャクラの流れを観察し、分身で試し、兵糧錠剤で補強した。危険な要素が全部乗せである。ラーメン全部乗せなら嬉しいが、禁術全部乗せは嬉しくない。

 

 三代目は深く息を吐いた。

 

「分身であれば死なぬ、と思ったか」

 

「本体は死にません。ですが、記憶と感覚は戻りました。心臓へ指を突き入れた感覚も、熱も、死門をこじ開けた記憶も戻っています。安全ではありませんでした」

 

 言いながら、胸の奥が少し熱くなった気がした。

 

 実際には傷などない。だが、記憶は残っている。影分身一号が爆発した瞬間の圧と熱は、まだ俺の中にある。

 

「分かっておるならよい……とは言えぬな」

 

 三代目が静かに言った。

 

「その術は禁ずる。少なくとも、ワシの許可なく使うことは絶対に許さん」

 

「はい」

 

「影分身の無断使用もじゃ」

 

「はい」

 

「里外へ出すこともじゃ」

 

「はい」

 

「兵糧錠剤をそのような用途に使うことも、しばらく禁ずる」

 

「……はい」

 

 うっ、兵糧錠剤まで制限が入った。俺の健康計画に痛恨の一撃。でも仕方ない。自爆燃料として使った実績がある以上、管理対象になるのは当然だ。

 

 母ちゃんが小さく息を吐き、父ちゃんが俺を見据えた。

 

「イタチ。お前は才がある。だが、才は命より重くない」

 

「はい」

 

 俺はもう一度、深く頭を下げた。

 

 深夜残業どころか、これ完全に再発防止会議である。俺の正座は、まだ終わりそうにない。

 

「イタチよ、立つのじゃ。そこに座るとよい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 やっと立てたわ!

 

 もう足が痺れて殆ど感覚が無くなっていた。だが俺はうちはイタチであり、修行マニアだ。こんなもんじゃフラつかないぜ!というか前世でお寺に行って座禅を組んだ経験が、まさか忍界で生きるとは思わなかった。動くと肩パーン!叩かれるやつ。あれ、心を整える前に足の血流が終わるんだよな。今も完全にそれだ。足の裏が自分のものじゃない。だが表情には出さない。俺はうちはイタチ。クールな天才児。足の痺れで小鹿みたいにプルプルするわけにはいかない。

 

 俺は執務室にあるソファみたいなやつに腰を下ろした。

 

 まぁ四歳児だしな!

 

 正座から椅子に昇格しただけで、かなり待遇改善である。父ちゃんと母ちゃんは俺を挟むように座った。父ちゃんは左、母ちゃんは右。逃げ場なし。三代目は対面に座る。あれ?これから何が始まるというんです?あ、圧迫面接ですか?上司、直属の上司、母親同席の人事面談?怖すぎる。前世でも部長と課長と人事に囲まれた面談は地獄だったが、今は火影、うちは警務部隊隊長、臨月の母ちゃんである。圧が違う。桁が違う。

 

「イタチ、お主は本当に聡明じゃ」

 

 飴と鞭ですね。分かります。

 

 叱責して褒めて、会社に従順にしていくんですね。俺も上司によくやられてたし、中間管理職になった時は部下にもやってました。あ、パワハラじゃないです!勘違いはやめろ。褒めるところは褒め、改善すべきところは改善してもらう。健全なマネジメントです。たぶん。

 

「四歳にして写輪眼、影分身の術の応用、霧隠れの忍を前にしても恐れぬ胆力」

 

 いや、めちゃくちゃ怖かったっていう恐怖感がバッチリ引き継ぎされてます。

 

 霧隠れの暗部も、ゼツっぽい白い奴らも、オビトを覆っていたグルグルも、全部怖かった。影分身一号の記憶が戻ってきたせいで、雨の匂いと殺気と爆発前の熱がまだ頭の奥に残っている。怖くなかったわけじゃない。怖かったから動いたのだ。怖くて、逃げたくて、それでもカカシとリンを置いていけなかっただけだ。胆力というより、半分やけくそだった気もする。

 

「三代目、イタチは私が言うのもなんですが……忍として優秀です」

 

「あなた……」

 

「うむ、それはわかっておる。此度のイタチの功績は計り知れん」

 

 功績。

 

 その言葉は、妙に重かった。俺がやったことは、無断で影分身を使い、里の外へ出し、霧隠れとの戦闘に介入し、最後に分身大爆破をぶっ放しただけである。言い方を変えれば、規則違反と禁術開発と現場介入の合わせ技だ。結果的にカカシとリンが助かったかもしれないし、オビトの件も早く発見できたのかもしれない。だが、功績と言われると胸の奥がむず痒い。俺は英雄ムーブをしたかったわけじゃない。死にたくなかったし、死なせたくなかっただけだ。

 

「先ほど、ミナトから連絡があった。カカシ、リン、そしてオビトは木ノ葉へ戻った」

 

 俺は思わず顔を上げそうになった。

 

 戻った。

 

 戻ったってことは、生きてるのか?カカシとリンは逃げ切れたのか?オビトは爆発に巻き込まれても生きていたのか?いや、待て、落ち着け俺。外面だ。外面を保て。ここで「よっしゃあああ!」とか叫んだら、うちはイタチのキャラが崩壊する。

 

「三人は無事なのですか」

 

「カカシは治療中じゃ。リンは封印班とクシナが処置しておる。オビトは危険な状態ではあるが、命は繋がっておる」

 

「そうですか……よかったです」

 

 声は静かに出た。

 

 だが内心では、床を転げ回って万歳三唱したいくらいだった。影分身一号、お前やったぞ。お前の分身大爆破は無駄じゃなかった。オビトも生きている。柱間細胞っぽい何かのおかげか、グルグルの外骨格のおかげか、ミナトが早かったおかげかは分からない。だが、生きている。それだけで今は十分だ。

 

 母ちゃんが俺の頭にそっと手を置いた。

 

「よかったわね、イタチ」

 

「はい」

 

 その声が優しくて、俺は少しだけ目を伏せた。母ちゃんは俺が無茶をしたことに怒っている。心配している。それでも、俺が助けたかった人達が戻ったことを一緒に喜んでくれる。母ちゃん、ほんま女神。いや、泣かせかけた俺が言うことじゃないけど。

 

「だが、イタチよ」

 

 来た。

 

 三代目の声が、少しだけ低くなる。飴の時間が終わった。鞭の続きですか。分かってました。

 

「救われた命がある。それは事実じゃ。お主の報告が早かったからこそ、ミナトは間に合った。リンの封印も、オビトの処置も、遅れればどうなっていたかわからぬ。だが、それでお主の無茶が許されるわけではない」

 

「はい」

 

「先程フガクも言ったが、お主はまだ四歳じゃ。才があるからといって己の命を道具のように扱ってよい理由にはならぬ」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 影分身だから大丈夫。本体じゃないから平気。そんな考えが、どこかにあった。けれど分身大爆破の記憶が戻ってきた今は、もう同じことは言えない。爆発したのは影分身だ。だが、死ぬ覚悟と熱と恐怖は俺へ戻ってきた。分身は道具じゃない。俺の一部だ。

 

「フガク、ミコト。お主らにも聞いてもらう。今後、イタチの影分身の使用は、ワシかフガクの監督下に限る。里外へ出すことは認めぬ。兵糧錠剤も、医療班に成分を確認させるまでは戦闘用途での使用を禁ずる」

 

「承知しました」

 

 父ちゃんが即答する。

 

 母ちゃんも深く頷いた。

 

 ああ、俺の自由研究が規制された。健康食品が危険物扱いにランクアップである。まあ自爆燃料にした時点で文句は言えない。自業自得だ。

 

「イタチ」

 

「はい」

 

 父ちゃんが俺を見る。

 

「しばらくは家にいろ。修行も抑える。ミコトの出産が近い。お前がまたいなくなれば、母に余計な心労をかける」

 

 それは効いた。

 

 サスケがもうすぐ生まれる。俺が絶対に守りたい弟だ。その前に母ちゃんを不安にさせてどうする。俺は深く頭を下げた。

 

「承知しました。母さんに心配をかけることはしません」

 

 できれば、と心の中で付け加えかけて、慌てて消した。

 

 今は本気で反省しろ俺。控えめな筋トレなら大丈夫とか、工房内なら研究はセーフとか、そういう抜け道を考えるな。いや、少しは考えるけど、今じゃない。

 

 三代目はそんな俺の内心を見透かしたように、煙管を手にした。

 

「イタチよ。聡明なお主なら、言葉の穴を探すでないぞ」

 

「……はい」

 

 バレてた。さすがプロフェッサー。

 

 

 その後、俺は散々に説教されたり褒められたりと、もう情緒がおかしくなった。

 

 四歳児の俺にはキツい。いくら寝る前に兵糧錠剤を飲んでいたからって、そろそろお眠の時間なのだ。こんな深夜に火影、父ちゃん、母ちゃんの三方向から、大人相手みたいな重さで説教しないでほしいわ〜……いや、全部自業自得なんですけどね。影分身を無断で使いました。里の外に出しました。霧隠れの暗部と戦いました。分身大爆破とかいう自作禁術を使いました。うん、普通に役満である。これで怒られない方がどうかしている。

 

 俺のやったことは、いけないことでもあり、良かったことでもあった。

 

 三代目はそこを丁寧に分けて話した。報告に来たことは正しい。カカシ、リン、オビトの救助に繋がったことは事実。霧隠れの企みを早期に知れたことも大きい。けれど、無断で危険地帯に影分身を出したこと、己の命の一部である分身を自爆させたこと、禁術じみたものを子供一人で組んだことは許されない。褒められるたびに少し胸が軽くなり、叱られるたびに胃が重くなる。飴と鞭の波状攻撃で、俺のメンタルは完全にシェイクされていた。

 

 父ちゃんはほとんど表情を崩さなかったが、言葉は重かった。忍としての判断、うちはとしての才、子供としての未熟さ、その全部を並べてきた。母ちゃんは途中から何度も俺の頭を撫でて、無茶をしないでと繰り返した。そのたびに胸が痛くなる。怒られるよりも、心配される方がずっと堪える。俺は守りたいから動いたのに、守りたい人に心配をかけている。これは本当に駄目だ。反省しろ俺。いや、本当に反省している。

 

「今後、影分身は許可なく使いません。里の外へも出しません」

 

 俺は静かにそう言った。

 

 言った瞬間、頭の片隅で、許可ありならいいのか、里の中ならいいのか、などと抜け道を探しそうになる自分がいたが、即座に心の中で正座させた。そういうところだぞ俺。社会人時代の悪い癖だ。規定の隙間を見つけて効率化と言い張るやつ。今回ばかりは効率化とか言ってる場合ではない。

 

「お主、今なにか抜け道を考えたな」

 

「……いいえ」

 

 三代目が鋭すぎる。

 

 プロフェッサー怖い。俺はうちはイタチの無表情で押し切ったが、三代目の目は完全に見透かしていた。父ちゃんも横で薄く目を細めている。母ちゃんだけが、少し困ったように笑っていた。母ちゃん、その顔やめて。可愛いけど心に刺さる。

 

 長い話が終わる頃には、夜はさらに深くなっていた。

 

 三代目は帰り際、俺を手招きした。まだ説教の追加かと一瞬身構えたが、三代目は袖の中から小さな包みを出し、俺の手へ握らせた。硬貨の感触だった。お駄賃である。火影様からのお駄賃。何この感情。怒られて褒められてお金まで貰うの、処理が追いつかない。

 

「今日はよく報告に来た。これはその分じゃ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、三代目は少し身を屈め、俺の耳元で小さく囁いた。

 

「それと、兵糧錠剤はかなり助かっておる。また一楽に行こう」

 

 火影様!?

 

 このタイミングでそれ言う!?さっき兵糧錠剤の戦闘用途を制限したばっかりですよね!?いや、事務仕事用途ならセーフという判定なのか?確かに三代目の目、今日もパキッてた。深夜なのに元気だった。絶対飲んでる。俺の健康食品、火影の残業支援物資になっている。

 

 俺はそっと懐から兵糧錠剤入りの小袋を取り出し、三代目の袖の下へ滑らせた。

 

「用法用量はお守りください」

 

「うむ」

 

 まるで薬物売買だぜ。

 

 いや、健康食品です。滋養強壮です。味噌と昆布と牛肉と薬草と蜂蜜と卵黄その他諸々を固めた健全な兵糧錠剤です。ちょっと効果が強いだけです。ちょっと火影の目が冴えるだけです。うん、医療班への成分報告は絶対に必要だな。

 

 火影邸を出る時、夜風が頬を撫でた。

 

 父ちゃんと母ちゃんと家に帰る。三人で並んで歩き始めたところで、母ちゃんが自然に俺の手を取った。反対側から父ちゃんも俺の手を握った。俺は二人に挟まれる形で、木ノ葉の夜道を歩くことになった。

 

 なんか、こういう風に手を繋いだことは、あまりなかったかもしれない。

 

 俺は生まれた時から中身が三十代だったから、子供らしく甘えるのが少し苦手だった。母ちゃんに抱かれるのは好きだし、父ちゃんに修行をつけてもらうのも嬉しい。でも、こうして両親に手を引かれて夜道を歩くなんて、妙に照れくさい。手の大きさが全然違う。父ちゃんの手は硬く、母ちゃんの手は温かい。俺は四歳で、もうすぐ五歳で、まだ子供なのだと、今さら思い知らされた。

 

「イタチ、よくやった。でも無理するなよ」

 

 父ちゃんが前を向いたまま言った。

 

「はい、父さん」

 

「明日はイタチの好きなご飯ね!フフ」

 

 母ちゃんが笑った。

 

「ありがとう、母さん」

 

 外面は静かに答えたが、内心では大歓喜である。好きなご飯!母ちゃんの飯!白米、味噌汁、焼き魚、昆布、もしかしたら肉もあるかもしれない。説教で削れた精神に染みる。やっぱり家庭の味は最強だ。兵糧錠剤では得られない栄養がある。心の栄養だ。

 

 家に戻ると、自室の布団では影分身がまだきちんと寝ていた。

 

 お前、ほんまに寝てたんかい。

 

 俺は父ちゃんと母ちゃんに見られながら静かに印を結び、分身を解除した。戻ってきたのは、ふわっとした眠気と、布団が温かかったという記憶だけだった。やっぱり睡眠の回復は本体には来ない。知ってた。でも少しだけ布団の幸せを先取りした気分にはなった。

 

 その夜、俺は母ちゃんに布団を掛け直され、父ちゃんに戸締まりを確認され、ようやく眠ることを許された。

 

 カカシ、リン、オビトは生きている。

 

 俺は怒られた。

 

 でも、家に帰ってきた。

 

 それだけで、今夜は十分だった




イタチ影分身「zzzzz」
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