分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

16 / 17
両親は戻らない。死んだ者は戻らない。戦場で失ったものも、私が知ってしまったものも、もう戻せない。猿飛先生、あなたはまだ私を弟子として見ている。でも私はもう、あなたが知っている大蛇丸ではないわ

 

 

 

 大蛇丸は、死んだはずのうちはオビトが木ノ葉へ戻ったという報せを聞いた時、まず興味を抱いた。

 

 だが、その肉体を実際に目にした瞬間、興味は歓喜へ変わった。寝台に横たわる少年の半身には、人の肉とも骨とも異なる白い物質が癒着していた。皮膚の代わりに張り付き、筋肉の代わりに蠢き、血管に似た細い管を奥へ伸ばして、失われた身体を無理やり補っている。木遁を元にしたものだと、大蛇丸はすぐに見抜いた。完全な木ではない。柱間細胞そのものとも違う。しかし、その生命力と再生の質はあまりにも近かった。

 

 心臓部に空いていたクナイの穴は、すでに内側から塞がり始めていた。イタチの影分身が放った分身大爆破によって刻まれた裂傷と火傷も、外見こそ痛ましいが、炭化した白い組織の下で新たな肉がゆっくりと形を取り戻している。リンによる応急処置、木ノ葉へ運ばれてから医療班と封印班が施した処置、そのどれもが命を繋ぐ助けになったことは間違いない。だが、それだけでは説明できない速度だった。

 

 異常な治癒。

 

 異常な適合。

 

 そして、異常な素材。

 

 大蛇丸の細い瞳が、喜悦に濡れた。

 

「うちはオビトくん、あなたの肉体……見せてくれるかしら」

 

 寝台の上で、オビトはまだ目を覚ましていない。顔色は悪く、呼吸も深くはない。それでも死に向かう者の呼吸ではなかった。半身を白い異物に覆われ、爆発に巻き込まれ、胸に致命的な傷を受けながら、肉体はなお生きようとしている。封印札が周囲に貼られ、医療器具と薬草の匂いが部屋を満たしている中で、その少年だけが歪な熱を宿していた。目覚めるのは時間の問題だと、大蛇丸は判断した。

 

 ここまで近づくのは容易だった。

 

 大蛇丸は伝説の三忍の一人であり、猿飛ヒルゼンの弟子でもある。綱手と同じ時代に戦場を駆けたことで医療にも通じ、研究者としての顔も木ノ葉の中では知られている。そして何より、志村ダンゾウとの繋がりがある。警備の忍達は警戒していなかったわけではない。だが、木ノ葉に功績を持つ大蛇丸を、ただの侵入者として扱うことはできなかった。

 

 それが甘さだと、大蛇丸は思った。

 

 里の者達は肩書きと過去に目を曇らせる。今、目の前にいる者が何を求め、どこへ手を伸ばそうとしているのかを見ようとしない。だからこそ隙間は生まれる。研究とは、その隙間へ指を差し込む行為でもあった。

 

「まさか、柱間細胞の成功例をこのような形で見ることができるとはね……」

 

 大蛇丸の口元が歪む。

 

 これまで、彼は数多の実験を行ってきた。初代火影千手柱間の細胞を入手し、培養し、その強靭な生命力と木遁の可能性を別の肉体へ宿そうとした。肉体強化、再生能力、失われた血継限界の再現、尾獣に耐える器、そしていつか死を越えるための術。柱間細胞は、そのすべてへ繋がる鍵だった。

 

 実験には、多くの子供が使われた。

 

 攫われた子。戦で身寄りを失った子。記録の上で死んだことになった子。六十人もの幼い肉体に細胞を埋め込み、適合を待った。拒絶反応で肉体が崩れた者もいた。木に呑まれるように変質した者もいた。苦痛の声すら残せず消えた者もいた。

 

 だが、たった一人だけが生き残った。

 

 一応の成功例。

 

 その子供は今、ダンゾウの元にいる。

 

 けれど、目の前のうちはオビトは違う。これは綺麗な移植ではない。死にかけた肉体へ、異物を乱暴に詰め込んで命を繋いだような歪さがある。それでも生きている。うちはの肉体。写輪眼。柱間細胞に近い白い組織。それらが不自然に噛み合い、少年を死の淵から引き戻している。

 

「私の願いに、あなたはきっと応えてくれる」

 

 大蛇丸は囁き、オビトへ手を伸ばした。

 

 ほんの少しでいい。白い組織の欠片でも、血液でも、細胞片でもいい。それさえ手に入れば、これまでの失敗が前へ進む。安定しなかった柱間細胞の謎も、肉体欠損を補う技術も、うちはの瞳との相性も、すべてが新たな扉になる。

 

 その指先が、オビトの半身を覆う白い組織に触れようとした瞬間だった。

 

「そこまでじゃ、大蛇丸」

 

 背後から、低い声が響いた。

 

 大蛇丸の指が空中で止まる。

 

 部屋の空気が変わった。薬草と消毒液の匂い、封印札が放つ微かな紙の気配、そのすべてを押し退けるように、重いチャクラが満ちていく。怒号ではない。ただの一言だった。それでも床板が軋み、壁の札が小さく震えた。

 

 大蛇丸はゆっくりと振り返った。

 

「猿飛先生……」

 

 そこに立っていたのは、三代目火影猿飛ヒルゼンだった。

 

 いつもの穏やかな老人の顔ではない。火影として、師として、そして長きに渡って大蛇丸という才を見続けてきた男として、ヒルゼンは愛弟子を見据えていた。その瞳には深い悲しみがあり、しかし奥底には揺るがぬ怒りが宿っている。

 

「大蛇丸よ、お主のやっている事は既に一線を越えておる」

 

 静かな声だった。

 

 静かだからこそ、逃げ場がなかった。

 

「その子に手を出し、そしてこれ以上里に仇なす行為を続けるならば——容赦はせんぞ」

 

 大蛇丸は細い目をさらに細めた。

 

 師の警告を受けながらも、その唇には薄い笑みが浮かんでいた。

 

「里に仇なす?私は全て()()()に汚い事に手を染めてきた。それはあなたが一番分かっている事でしょう。猿飛先生」

 

 大蛇丸はゆっくりと身体をヒルゼンへ向けた。白い頬に落ちる黒髪が揺れ、細い瞳が蛇のように濡れた光を帯びる。寝台に横たわるオビトの呼吸は浅く、周囲に貼られた封印札がわずかに震えていた。

 

「……分かっておる。お主の両親を死なせてしまったのも、お主らに過酷な任務を与えてしまったのも」

 

 三代目の声は低かった。火影として多くの忍を戦場へ送り、そして多くを帰せなかった男の声だった。

 

「戦の時代じゃった。多くの者を戦場へ送り、多くの者を帰せなかった。その中にお主の両親もおった。お主が幼くして死を知り、命の儚さに囚われたことも、わしは見ておった」

 

「フッフッフ……見ていた?見ていただけでしょう」

 

 大蛇丸が笑った。その笑いはいつもの湿った不気味さとは違い、もっと乾いていた。長い年月、胸の底へ沈めていた泥を、今さら掬い上げるような笑いだった。

 

「あなたはいつもそう。里を守るため、民を守るため、次の世代のため。綺麗な言葉で皆を戦場へ送り、帰ってきた者には慰めを与え、死んだ者には名誉を与える。でも死んだ者は戻らない。死んだ者は学べない。死んだ者は術を残せない」

 

「だから、命を弄ぶか」

 

「弄ぶ?違うわ。私は知りたいだけ。死を越える方法を。肉体の限界を。忍の可能性を。もし柱間細胞のような力を安定させ、失われた肉体を補い、尾獣にも耐える器を作れるなら、それは里の戦力になる。戦で死ぬ子供を減らせるかもしれない」

 

 大蛇丸の声は滑らかだった。理屈だけを聞けば、そこには一片の正しさがある。失われた肉体を補う術。尾獣に耐える器。死を遠ざける知識。それらは確かに、戦場で失われる命を減らす可能性を持っていた。

 

 だがヒルゼンは知っていた。大蛇丸がその可能性へ辿り着くために、何を踏み越えたのかを。

 

「そのために、同胞を材料にしたのか」

 

 ヒルゼンの声がわずかに震えた。怒りだけならば、まだ楽だった。そこには悲しみがあった。かつて自分の背を追い、術を学び、自来也や綱手と共に笑っていた少年を思い出す悲しみが。

 

「戦災孤児、身寄りのない者、任務で死んだと処理された忍。記録の歪みは既に掴んでおる。大蛇丸、お主は何人を消した」

 

 大蛇丸は答えなかった。

 

 沈黙が、答えだった。

 

 ヒルゼンの眼差しが鋭くなる。老いた肉体から滲み出るチャクラが床板を軋ませ、寝台の足元に置かれた医療器具が小さく鳴った。だが大蛇丸はその圧を受けても眉ひとつ動かさず、むしろ楽しむように唇の端を上げた。

 

「猿飛先生。あなたも知っているはずよ。綺麗な手では里は守れない」

 

「それでも、踏み越えてはならぬ線がある」

 

「誰が決めた線かしら」

 

「人が人であるための線じゃ」

 

 その言葉に、大蛇丸の笑みが一瞬だけ消えた。ほんの一瞬だった。だが確かに、細い瞳の奥で冷たいものが揺れた。人が人であるための線。それは大蛇丸にとって最も遠く、最もくだらなく、同時に最も厄介なものだった。なぜなら彼は、その線を越えた先にこそ真理があると信じていたからだ。

 

「人が人であるため……随分と曖昧なものを信じるのね」

 

「曖昧なものを守れぬ者に、里は守れん」

 

「だからミナトを四代目に選んだの?」

 

 大蛇丸の声が細くなった。ヒルゼンの目がわずかに動く。

 

「私ではなく、あの若い閃光を。明るく、清く、皆に好かれる英雄を。あなたは里に光を求めた。闇に手を染めてきた私ではなく」

 

「お主には、火影に必要なものが足りぬ」

 

「情かしら?」

 

「違う。人を人として見続ける強さじゃ」

 

 大蛇丸は短く笑った。乾き切っていて、どこか壊れた笑いだった。

 

「残念ね、猿飛先生。私はあなたに認められたかったわけではないの。ただ、あなたが何を守ろうとして、何を捨ててきたのかを、もう少し正直に見てほしかっただけ」

 

「大蛇丸」

 

 ヒルゼンが一歩前へ出た。

 

「まだ戻れる。全てを明らかにし、罪を償え。お主が犯したことは消えぬ。だが、これ以上進めば、本当に戻れぬぞ」

 

「戻る?どこへ?両親のいる家?三人で修行していた頃?あなたが私を天才だと褒めた昔?そんな場所は、もうどこにもないわ」

 

 大蛇丸の袖口から、白い蛇が顔を覗かせた。暗部達の気配がわずかに動き、ヒルゼンも印を結びかける。だが大蛇丸はまだ攻撃しなかった。ただ、寝台の上のオビトへ一瞬だけ視線を向ける。

 

「この子も、もう戻れない。死んだはずの身体に異物を継ぎ、うちはの瞳と柱間の力を抱えて生きている。猿飛先生、これを奇跡と呼ぶの?それとも禁忌と呼ぶの?」

 

「命じゃ」

 

 ヒルゼンは即答した。

 

「その子は研究材料ではない。木ノ葉の忍であり、うちはの子じゃ」

 

 大蛇丸の瞳が細まる。部屋の空気が、さらに張り詰めた。その時、ヒルゼンは静かに息を吐き、信じがたいほど唐突に口を開いた。

 

「………大蛇丸よ、ラーメンを食べにいかんか」

 

「いきなり何を言っているのかしら」

 

 大蛇丸の声から、ほんのわずかに温度が消えた。

 

「木ノ葉に新しくできた店じゃ。一楽という。なかなかうまい。わしはそこで、ひとりの少年と出会った」

 

「今、その話を?」

 

「今だからこそじゃ。お主とも、ただ飯を食う師弟に戻れぬかと思うた。自来也が騒ぎ、綱手が怒り、お主が呆れた顔で箸を持つ。そんな時間が、確かにあった」

 

「……猿飛先生」

 

 大蛇丸はゆるりと首を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらイタチ、現在潜入中。

 

 いや、違う。心の中で実況している場合ではない。静かにしてください……!今、とんでもない状況なんです!前世で例えるなら、昼休みに定食屋で唐揚げ定食を食べていたら、後ろの席から同業他社の粉飾決算と役員の不倫と社内派閥の闇が全部聞こえてきた時と同じ状況なんです!聞いちゃ駄目だと分かっているのに、耳が勝手に拾う。席を立ちたいのに、立った瞬間に「聞いてましたよね?」って言われそうな、あの最悪の空気。しかも今、後ろの席にいるのは同業他社どころじゃない。伝説の三忍、大蛇丸。そして三代目火影、猿飛ヒルゼンである。

 

 俺が何をしているかって?勿論、潜入ミッションです。

 

 誰にも見つかってはいけないスニーキングミッション。火影邸近くの隔離施設。オビトが寝かされているという場所。そこへ俺は、医療班の一人に写輪眼を使って軽く幻術を掛け、変化の術でその姿に化けて入り込んだ。軽くです。軽く。命令したり記憶を壊したりはしていない。ほんの少し「急に用事を思い出した気がするなぁ」と思ってもらっただけである。アウトかセーフかで言えば、完全にアウト寄りのアウトだが、影分身無断使用禁止だけは守った。そこだけ律儀に守った。偉い。いや、偉くない。

 

 そもそも何故こんなことをしているのか。

 

 だって三代目が、一楽でラーメン食べながらあんな顔をするからだ。大蛇丸の話を五歳児にして、人体実験かもしれんとか、オビトの白い組織に興味を持っているとか、そんな重たい話をしてくるからだ。あれはもう「頼む」「お主しかいない」「影から支えてくれ」という解釈になるでしょう!ならない?普通はならない?いや、前世なら「絶対に関わるなよ?絶対だぞ?」って言われたら、それは関われってフリじゃないですか。違うの?忍界では違う?知ってる。知ってたけど、もう来ちゃった。

 

 そして今、俺は思い違いを全身で噛み締めている。

 

 三代目、普通に自分で突入してきた。

 

 証拠集めとかいらなかった。現行犯である。大蛇丸がオビトへ手を伸ばし、三代目が「そこまでじゃ」と入ってきた時点で、俺の仕事は終わっていた。いや、始まってすらいなかった。何なら俺がここにいること自体が邪魔である。見つかったら終わる。本体です。本体で来ちゃってます。影分身で来ればよかった!何でそこだけルール守ったんだ俺!影分身禁止を律儀に守った結果、本体で違法潜入している五歳児って何!?余計悪くない!?

 

 俺は薬棚の陰にしゃがみ込み、白衣の裾を握った。変化の術は維持している。チャクラも抑えている。写輪眼は閉じている。呼吸も浅い。心臓だけがうるさい。幸い、三代目と大蛇丸の意識は互いへ向いている。だが相手は猿飛ヒルゼンと大蛇丸だ。ほんの一瞬でも気配を乱せば終わる。大蛇丸に見つかれば研究材料、三代目に見つかれば説教材料。どちらにせよ材料である。嫌すぎる。

 

「大蛇丸よ、ラーメンを食べにいかんか」

 

「いきなり何を言っているのかしら」

 

 何を言ってるんですかね、三代目?

 

 俺は危うく声に出しそうになり、口を両手で塞いだ。今の流れでラーメン?人体実験、柱間細胞、死を越える方法、人が人であるための線、ミナト四代目問題、その直後にラーメン?落差で首が折れるわ。いや、確かに一楽は美味い。味噌ラーメンは人生トップ十に入る。だが今じゃない。今ここは隔離施設で、寝台にはオビトがいて、目の前には大蛇丸がいる。暖簾もない。箸もない。替え玉もない。

 

「木ノ葉に新しくできた店じゃ。一楽という。なかなかうまい。わしはそこで、ひとりの少年と出会った」

 

 はい?

 

「今、その話を?」

 

「今だからこそじゃ。お主とも、ただ飯を食う師弟に戻れぬかと思うた。自来也が騒ぎ、綱手が怒り、お主が呆れた顔で箸を持つ。そんな時間が、確かにあった」

 

「……猿飛先生」

 

 あの?まさか?やめてくださいね?

 

 情報漏洩ですよ!

 

 俺の背中に冷たい汗が流れた。今、絶対に俺のことを言っている。いや、俺以外にも少年はいる。木ノ葉には少年など山ほどいる。ナルトはまだ生まれていないけど、少年自体はいる。だが三代目が一楽で出会い、ラーメンを共に食べ、出会った少年って、それほぼ俺じゃないですか。やめて。大蛇丸の前でその話をしないで。大蛇丸はうちはの身体とか写輪眼とか大好きになる人なんです。研究対象リストに俺の名前を追加しないでください。

 

「その少年は聡明での。幼いながらも、里の未来を案じ、己の未熟を知り、それでも誰かを救おうとする目をしておった」

 

 やめろぉぉぉぉ!

 

 褒めるな!嬉しいけど今は褒めるな!しかもその説明、外面だけ見た評価です!中身は前世三十路のアホです!ラーメンを食いながら健康と兵糧錠剤と分身ハメ殺しコンボのことを考えているだけの、超健康分身ハメ殺しイタチ志望者なんです!

 

「へぇ……猿飛先生がそこまで言う子供。興味深いわね」

 

 ほら見ろ!

 

 大蛇丸の声が細く笑った瞬間、俺は心の中で頭を抱えた。終わった。今、蛇の注意がこっち方面へ向いた。具体名は出ていない。出ていないけど、嫌な予感しかしない。もしここで大蛇丸が「うちはの子かしら」などと言い出したら、俺はその場で泡を吹いて倒れる自信がある。

 

 帰りたい。

 

 今すぐ帰りたい。

 

 母ちゃんのいる家に帰って、米を研いで、味噌汁の火加減を見て、何も知りませんという顔で座っていたい。けれど、ここで動けば確実に気づかれる。三代目の話は続いている。大蛇丸の気配も鋭くなっている。俺は薬棚の陰で、変化の術を保ったまま、ただ祈るしかなかった。

 

 三代目、お願いです。

 

 その少年の名前だけは、絶対に言わないでください。

 

「うちは一族の子じゃ」

 

 おいぃぃ!もうやめろ!もうそれ答えじゃねぇか!

 

 薬棚の陰にしゃがみ込み、医療班の一人に化けたまま気配を殺していた俺は、心の中で全力の土下座をした。三代目、頼むからそれ以上はやめてください。ダンゾウとかいう恐ろしいおじさんだけでも胃が痛いのに、大蛇丸にまで関心を向けられたら俺の健康計画が根元から折れる。超健康分身ハメ殺しイタチどころか、超危険人物観察対象イタチである。まだ五歳だぞ俺。人生の保険料が爆上がりするような情報を蛇の前で漏らさないでほしい。

 

「最近、風の()で聞いたわ。四歳にして天才と称されるうちは一族の子——その子のことかしら?」

 

 分かってた。分かってたよ。里の中で三つ巴写輪眼を開眼したことは秘匿されているはずだが、完全に何も漏れていないとは限らない。四歳で三代目と一楽に行き、ミナトやシスイとも関わり、兵糧錠剤とかいう謎の健康食品を作り、さらに最近は謹慎まで食らっているうちはの子。噂にならない方がおかしい。いやでも違います!俺じゃないです!シスイじゃないですか?瞬身が凄くて、爽やかで、年上で、普通に天才の兄ちゃんがいますよ。そっちでは?多分人違いですよ。そもそも俺は五歳になったばかりで、健康志向の強い一般幼児です。ちょっとラーメンが好きで、兵糧錠剤を作って、影分身でやらかしただけです。もう無理だわコレ。

 

「名を出すつもりはない」

 

 三代目の声が低く響いた。

 

 よし!そこは守った!ありがとう三代目!でも今さら名を伏せても、かなり絞られてます!個人情報保護の観点では赤点です!

 

「大蛇丸よ、里には自ずと新たな才が産まれる。わし達が何もせずとも、子らは見て、考え、傷つき、悩みながら成長し、やがて木ノ葉を支え、強固にしてゆく。わしら大人はそれを摘み取るのではない。己の都合で形を歪めるのでもない。影から支え、道を照らし、時には叱り、時には飯を食わせてやればよい」

 

 そうだよ。

 

 怖いことせずにラーメンでも食べて元気出していこうぜ。味噌ラーメンは身体に染みるし、醤油も塩もいい。チャーシューを噛めば人は少し優しくなれる。多分。蛇にも効くかは知らんが、一度試してみる価値はある。大蛇丸さん、研究よりまず一楽へ行きませんか。テウチさんのラーメンは命を弄ぶより絶対に有意義ですよ。あと三代目、いい話です。でも情報漏洩は駄目です。説教とラーメンで感動させつつ個人情報を漏らすの、上司としてはかなり危険です。

 

「大蛇丸よ、昔のように戻れんか」

 

「猿飛先生」

 

 大蛇丸の声が細くなった。

 

 俺は息を止めた。ほんの一瞬、部屋の空気から蛇の湿った気配が薄れたように感じた。大蛇丸が本当に揺らいだのか、それとも俺がそうであってほしいと思っただけなのかは分からない。ただ、三代目の声には嘘がなかった。弟子を止めたい。殺したくない。戻れるなら戻ってきてほしい。その全部が重なっていて、薬棚の陰で盗み聞きしている違法潜入五歳児の胸にも刺さった。

 

「わしはな、あの頃が全て幻だったとは思えんのじゃ」

 

 あ、駄目だ。

 

 ちょっと泣きそう。

 

 いや泣くな俺。変化の術が乱れる。医療班に化けた五歳児が薬棚の陰で涙目になっているとか、状況説明が不可能すぎる。けれど三代目の言葉はずるかった。前世でも、一緒に飯を食った記憶がある相手を完全に切り捨てるのは難しかった。まして相手が弟子なら尚更だ。

 

「戻る、ね」

 

 大蛇丸が小さく笑った。

 

 その笑いは冷たかった。さっきの揺らぎを、自分で踏み潰すような声だった。

 

「両親は戻らない。死んだ者は戻らない。戦場で失ったものも、私が知ってしまったものも、もう戻せない。猿飛先生、あなたはまだ私を弟子として見ている。でも私はもう、あなたが知っている大蛇丸ではないわ」

 

「だが、里へ戻る道はまだある」

 

 三代目は一歩も退かなかった。

 

「罪は消えぬ。お主が踏み越えた線も、失われた命も、無かったことにはできぬ。それでも、わしはお主に戻ってきてほしい。木ノ葉のために、己の罪から逃げず、もう一度忍として立て」

 

「立派で、綺麗な言葉ね」

 

 大蛇丸の袖口から白い蛇が落ちた。

 

 俺の背筋が凍る。和解ラーメンルートが閉じる音がした。

 

「猿飛先生、あなたのそういう甘さは嫌いではないわ。でも、今の私には眩しすぎる」

 

 白い蛇が床で弾けた瞬間、部屋いっぱいに煙が膨れ上がった。俺は反射的に口を押さえ、気配を殺す。三代目のチャクラが爆ぜ、暗部が動く音がした。

 

「大蛇丸!」

 

「また会いましょう、猿飛先生。その時まで、その夢を大事に抱えていなさい」

 

 窓ガラスが砕け、冷たい風が白煙を裂いた。

 

 逃げた。

 

 大蛇丸、逃げた。

 

 そして俺は、本体でここにいる。

 

 これ、帰れるの?

 

「イタチよ、出てくるのじゃ」

 

 あ、バレてました。

 

 薬棚の陰で医療班の一人に化けたまま固まっていた俺は、変化の術ごと魂が抜けかけた。白煙は窓から入り込む風で薄まり、大蛇丸の気配はもう部屋の外へ消えている。暗部達が追跡に移った気配はある。だが三代目は動かなかった。砕けた窓の前で立ち尽くし、逃げた弟子の残した冷たい空気を見ていた。

 

「はい……」

 

 俺は観念して薬棚の陰から出た。

 

 これ絶対許してくれないやつです。もうクビだ。左遷だ。五歳児だけど左遷される。火影直属ラーメン同行係から、うちは家内謹慎永久延長課へ異動である。しかも本体で来ている。影分身無断使用は守ったのに、本体で違法潜入、医療班に軽い幻術、変化の術でなりすまし。コンプライアンス違反の詰め合わせ弁当だ。弁当ならせめて一楽のチャーシューを入れてほしい。

 

「変化を解け」

 

「はい」

 

 術を解くと、医療忍の姿が白煙に溶け、五歳の俺に戻った。

 

 三代目は俺を見た。怒っている。絶対怒っている。だが、その目はいつもの説教前の鋭さだけではなかった。疲れている。いや、疲れているというより、何かを取り落とした人の目だった。大蛇丸を止められなかった師の目。弟子に手を伸ばし、届かなかった老人の目。

 

「イタチよ……わしは何を間違えたのか」

 

 やめてください。

 

 俺は間違えまくってます。ここに来たのが既に間違いでした。俺に聞かないで。俺は五歳児です。中身は前世三十路の会社員だけど、三忍の心の闇と火影の後悔を受け止める研修は受けていません。せめて人事部を通してほしい。

 

 けれど、三代目の声があまりに低く、あまりに弱かったから、俺はふざけた内心を喉の奥へ押し込んだ。

 

「大蛇丸様がやった事は、許される事ではありません。里の為……といえど」

 

 俺の声は思ったより静かだった。

 

 寝台の上では、オビトがまだ眠っている。半身を白い異物に覆われ、浅い呼吸を続けている。さっきまで大蛇丸が手を伸ばしていた場所だ。もし三代目が来るのが遅れていたら、何かを持ち去られていたかもしれない。いや、俺が潜入していなかったらどうなったとか、そういう問題でもない。大蛇丸はすでに多くのものを踏み越えている。

 

「ですが……三代目が戻ってほしいと思ったことまで、間違いだとは思いません」

 

 三代目の瞳がわずかに揺れた。

 

「わしは甘いか」

 

「甘いと思います」

 

 言った瞬間、背筋が凍った。

 

 やべぇ。言い過ぎた。相手は火影だぞ。上司の自己評価に正直すぎる回答をする部下は嫌われる。前世なら査定に響く。今世なら謹慎に響く。

 

 だが三代目は怒らなかった。

 

「でも、その甘さがなければ、三代目は三代目ではないと思います」

 

 俺は小さく息を吸った。

 

「大蛇丸様を弟子として見ていたから、戻ってほしいと言えたのだと思います。罪を許すのではなく、里の為に戻れと。もう一度、木ノ葉の忍として立てと。……それは、間違いではないと思います」

 

 自分で言いながら、何を偉そうに語ってるんだ俺、と思った。

 

 でも、三代目の背中を見ていると、言わない方が駄目な気がした。大蛇丸は逃げた。説得は届かなかった。けれど、一瞬だけ揺れたように見えた。少なくとも俺にはそう見えた。あの蛇みたいな人が、ほんの一瞬、昔を見たように。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「情報漏洩は、良くないと思います」

 

 部屋の空気が一瞬止まった。

 

 しまった。口が滑った。いや、これは大事だ。大事だけど今言うことか?でも言わないと俺の身が危ない。大蛇丸にうちは一族の五歳児情報がかなり渡った。個人情報保護的にアウトだ。忍界に個人情報保護法があるかは知らないが、必要だと思う。

 

 三代目はしばらく俺を見下ろしていた。

 

 そして、深く、深く溜息をついた。

 

「……お主は本当に、妙なところで肝が据わっておるな」

 

「申し訳ありません」

 

「まず、医療班に幻術をかけ、変化してここへ潜り込んだことについては、後で厳しく話す」

 

 はい来た。

 

 終わった。

 

「はい……」

 

「影分身を使わなかった点だけは、褒めるべきか迷うところじゃ」

 

 そこです。そこだけは守ったんです。俺は真面目な違反者です。

 

「しかし本体で来る方が危険じゃ。何を考えておる」

 

「……申し訳ありません」

 

 それ以外の返答がない。完全に正論だ。影分身禁止を守った結果、本体で潜入するという本末転倒。前世で言えば、社用車使用禁止と言われたから徒歩で不法侵入したようなものだ。何も良くない。

 

 三代目は俺の頭に手を置いた。

 

 怒鳴られると思った俺は、思わず固まった。

 

「大蛇丸を止められなんだ」

 

 その声は、火影ではなく師のものだった。

 

「じゃが、次は逃がさぬ。あやつを殺すためではない。罪から逃げ続けることを許さぬためじゃ」

 

「はい」

 

「そして、お主も逃がさぬ」

 

 え?

 

 三代目の手に、少し力が入った。

 

「フガクとミコトを呼ぶ。今回の件、全て話してもらうぞ」

 

 俺は静かに天井を見上げた。

 

 大蛇丸は逃げた。

 

 でも俺の逃げ道は、完全に塞がれた。




大蛇丸「ラーメン、行ってみようかしら」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。