分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
時は少し遡る。うちはサスケが母と共に退院し、うちはの家へ戻る前のことだった。
長く大陸を焼いた第三次忍界大戦は、ようやく終結を迎えていた。国境沿いの緊張は完全に消えたわけではない。傷ついた忍は各里へ戻り、戦場の焦げ跡も、失われた者達の名も、まだ生々しく残っている。それでも表向きには停戦が結ばれ、大陸には一時的な安寧が訪れていた。木ノ葉の里にも、どこか張り詰めていた空気が緩み、戦時の暗い足音は少しずつ遠ざかりつつあった。
その最中、うちはオビトは目醒めていた。
木ノ葉病院の一室。白い布に包まれた病床の上で、オビトは上半身を起こしている。半身にはまだ動きのぎこちなさが残り、医療班が施した封印と処置の痕が痛々しく残っていた。だが、目だけは以前のように騒がしい。頬も少しこけていたが、口はよく動いた。病室には、カカシ、リン、そして四代目火影に就任して間もない波風ミナトがいた。さらに火影の座を譲った猿飛ヒルゼンも、椅子に腰掛けてその様子を見守っている。
「今日もみんなでお見舞い?もういいって!」
オビトはリンが剥いてくれたリンゴを食べながら言った。言葉だけは照れ隠しのように荒いが、視線はさっきからリンへ向かいっぱなしである。薄く切られたリンゴを受け取るたび、口元がだらしなく緩み、本人は隠しているつもりでもまったく隠せていなかった。
「そんな事言わないで、オビト。今日は大事な話があるんだよ」
リンは剥いたリンゴを次から次へと皿に置き、それをオビトへ渡しながら穏やかに言った。彼女の声音は優しいが、目の奥には心配が残っている。死んだと思っていた仲間が戻り、目の前で生きて喋っている。それだけで救われる一方、何が起きたのか分からない不気味さも消えてはいなかった。
「うむ……オビトよ、改めて聞く。何か覚えている事は?」
ヒルゼンが静かに問いかける。
オビトはリンゴを噛み砕き、少しだけ眉を寄せた。
「前にも言っただろ三代目様。覚えてねぇんだ。神無毘橋で戦って、死んだと思ったら生きてて、そんで必死に走ってたら、カカシとリンと白い仮面被ったイタチ?って子供が霧隠れと戦ってた」
「そうか……」
ヒルゼンは短く息を吐いた。何度聞いても、答えは同じだった。オビトの記憶は肝心な部分が抜け落ちている。岩に潰された後、どこで目覚めたのか。誰に助けられたのか。どうやって白い奇妙なものを身に纏い、戦場へ戻ったのか。そこが霧に覆われたように曖昧だった。
四代目火影ミナトは、腕を組んだまま黙って考え込んでいた。
オビトに憑いているものは、今のところ安定している。医療班と封印班の報告では、それは初代火影千手柱間の細胞に極めて近いものだという。木ノ葉の歴史においても、柱間細胞は軽々しく扱える代物ではない。ましてや死にかけの少年の半身を補い、生かし続けるほどの融合など、偶然に起こるはずがなかった。オビトが生きてこられたのは、その異常な細胞のおかげだ。だが、勝手に柱間細胞が身体へ憑くわけがない。必ず誰かがやった。何者かが、オビトを拾い、繋ぎ、動かした。
それが敵なのか、別の意図を持つ何者かなのか。そこを見誤れば、木ノ葉だけでなく忍界全体に禍根を残す。
「オビトの心を覗いて記憶を探ったらいい」
壁に寄りかかっていたカカシが言った。
病室の空気が一瞬止まる。カカシの声は淡々としていたが、視線はオビトから逸れていなかった。乱暴な提案に聞こえる。だが、その奥には焦りもあった。自分達が知らないところで、仲間の身体に何かがされた。その事実が、カカシの中に棘のように残っている。
「お前よくそんな事言えんな!」
オビトは反射的に噛みついた。だがすぐに、残ったリンゴを見下ろして口を尖らせる。
「でも、それで思い出せるならイイかも……」
「オビト」
リンが心配そうに名を呼んだ。
「大丈夫だって!変なままの方が気持ち悪いしよ。何があったか分かんねぇままってのも、なんか嫌だろ」
強がりの混じった言葉だった。だが、完全な虚勢でもなかった。オビト自身も、自分の空白を恐れていた。死んだはずの身体が動き、半身に正体不明の白いものが残り、気づけば仲間のいる戦場に立っていた。その間に自分が何を見て、誰と話し、何をされたのか分からない。自分の身体なのに、自分の記憶が信用できない。それは戦場の傷とは別の恐ろしさだった。
ミナトは静かに頷いた。
「オビト……分かった。いのいちさんに見てもらおう」
その名を聞き、ヒルゼンも目を細める。
山中いのいち。山中一族は、心を操る秘伝を持つ一族である。精神へ入り、意識を繋ぎ、記憶の奥に残る情報を拾う。戦時中は敵捕虜の心へ入り、隠された作戦や部隊配置を探ることもあった。だが、それは軽い術ではない。術者にも対象者にも負担が掛かり、深く潜れば心を傷つける危険もある。ましてや相手は戦場から戻ったばかりの少年だ。
「無理はさせられん。まずは表層からじゃ」
ヒルゼンが言った。
「はい。僕も同じ考えです」
ミナトは答え、オビトの方へ向き直った。
「途中で苦しくなったらすぐ止める。いいね」
「分かったよ、先生」
オビトは照れ臭そうに鼻を鳴らした。
カカシは何も言わない。だが、その手は壁際で固く握られていた。リンも皿を膝の上に置き、唇を結んでいる。
やがて病室の扉が静かに開いた。
金色の髪を後ろで束ねた男が入ってくる。鋭い目を持ちながら、病人に向ける声は落ち着いていた。
「失礼します。山中いのいちです」
オビトの失われた記憶を辿るため、木ノ葉の忍達は、少年の心の奥へ踏み込むことになった。
そうして木ノ葉情報部へと搬送されたオビトは、術式が刻まれた台座に寝かされ、肩から下を固定されていた。石と金属を組み合わせたような台座には細かな符が幾重にも刻まれ、淡い光が脈打つように走っている。頭だけが出た状態のオビトは、視線だけを忙しなく動かし、周囲に並ぶ情報部の忍達を見回した。病院の寝台とは違う冷たさ、戦場とは違う緊張が、その場にはあった。
「あの……これマジで大丈夫?死なない?」
オビトが苦笑いを浮かべながらいのいちに聞いた。
「大丈夫だ。これまで
いのいちは淡々と答えた。
「その言い方やめろよ!死にかけたことはあるみたいじゃねぇか!」
「暴れるな。術式が乱れる」
「乱れるようなこと言ったのお前だろ!」
オビトは叫んだが、台座に固定された身体は大して動かない。リンがいれば今頃「オビト、大丈夫だよ」と笑ってくれただろうが、今この場にはいない。ミナトとヒルゼンは別室で待機している。心の中を覗くという性質上、必要以上の人数を入れることは出来なかった。
オビトの周囲に情報部の忍が集まり、決められた位置へ立つ。床に描かれた術式と台座の符が繋がり、青白い光が円を描いた。空気がわずかに重くなり、部屋の音が遠ざかっていく。オビトは最初こそ文句を言っていたが、瞼がゆっくりと重くなり、焦点が合わなくなっていった。
「導入を始めます」
情報部の忍の一人が印を結ぶ。
術式が明滅し、オビトの意識が沈んでいく。先程まで騒がしかった瞳が閉じられ、呼吸が深く、ゆっくりしたものへ変わった。固定具の下で力んでいた肩も落ち、顔から余計な緊張が抜けていく。
「導入成功です」
「よし、これより潜る」
いのいちは眠るオビトの頭に手を置いた。額に触れる指先へ、自身のチャクラを細く流し込む。対象の精神を壊さぬよう、表面を撫でるように、まずは浅く。戦場の捕虜から情報を抜く時とは違う。相手は木ノ葉の忍であり、まだ少年であり、傷だらけで戻ってきた仲間だった。
「心潜身の術」
いのいちの意識が、肉体から滑り落ちるように沈んだ。
次の瞬間、彼は暗い回廊に立っていた。人の心を覗く時、形は対象によって異なる。記憶が書庫のように並ぶ者もいれば、霧の中に断片が浮かぶ者もいる。オビトの心は、崩れかけた岩の回廊に似ていた。壁には戦場の土の匂いが染みつき、遠くで爆発音の残響が聞こえる。神無毘橋。死を覚悟した場所の記憶が、心の入口に強く残っているのだろう。
いのいちは慎重に進んだ。
岩に押し潰される痛み。カカシの名を呼ぶ声。リンの涙。自分の写輪眼を託す少年の覚悟。それらの断片が、壁の裂け目から光のように漏れている。ここまではオビト自身が覚えている範囲と一致している。問題はその先だった。
回廊の奥へ進むほど、景色が歪み始めた。岩の壁に白い根のようなものが這い、ひび割れた床を塞いでいく。記憶の道であるはずなのに、どれだけ進んでも同じ場所へ戻される。右へ折れても、左へ進んでも、同じ崩れた柱と同じ白い根が現れる。心の防衛反応にしては、あまりに人工的だった。
いのいちは眉を寄せた。
(凄まじいプロテクトだ。こんなに強固なものは見たことがない)
山中一族は、人の心に幾度となく潜ってきた。敵が自ら暗示をかけ、記憶を隠すことはある。強い精神力によって術を弾く者もいる。だがこれは違う。オビト自身の無意識が守っているのではない。外から何者かが、記憶へ蓋をしている。しかも、ただ閉ざすだけではない。侵入者を迷わせ、同じ場所を歩かせ、深部へ辿り着かせないよう道そのものを書き換えている。
いのいちは印を切り替えた。
意識だけの空間で、彼のチャクラが細い糸となって伸びる。白い根の隙間へ差し込み、閉ざされた先の構造を探った。触れた瞬間、冷たい感触が返る。木のようで、肉のようで、しかし確かにチャクラを帯びている。それはオビトの心に生えた異物だった。
奥から、低い声が聞こえた気がした。
言葉にはならない。だが、誰かがいる。誰かがかつてここに触れ、少年の心の奥に何かを残した。白い根の向こうに、わずかな映像が揺れる。暗い地下。巨大な影。老人のような輪郭。仮面。白い人型。そこまで見えた瞬間、白い根が一斉に蠢いた。
「ぐっ……!」
現実の部屋で、いのいちの身体がわずかに揺れた。
補助に回っていた情報部の忍達が即座に術式へチャクラを注ぐ。台座の符が強く輝き、オビトの眉が苦しげに歪んだ。いのいちの意識は、回廊の中で押し返されていた。根が壁から伸び、床から伸び、彼の足首と腕へ絡みつく。これは記憶を守る壁ではない。侵入者を排除する罠だ。
いのいちは舌打ちしたい衝動を抑え、無理に突破するのをやめた。ここで強引に進めば、オビトの精神を傷つける。閉ざされた記憶の向こうに重要なものがあるのは間違いない。だが、少年の心を壊してまで得るものではない。
彼は最後に、根の隙間から漏れた映像だけを焼き付けた。
石の椅子。背に繋がる管。老いた男の赤い瞳。そして地面から生える白い人型。
次の瞬間、いのいちは術を切った。
現実の空気が戻る。部屋の光、術式の熱、仲間の気配。いのいちはオビトの額から手を離し、深く息を吐いた。額には汗が滲んでいた。
「中断する。これ以上は危険だ」
情報部の忍達が術式を鎮める。オビトは眠ったまま、苦しげだった眉を少しずつ緩めていった。
いのいちは閉じた台座を見下ろし、低く呟いた。
「この記憶は、誰かに封じられている」
「ふむ……やはり何者かが動いていたか」
別室で、山中いのいちによる報告が行われていた。部屋にいるのは、火影の座を退いた猿飛ヒルゼン、四代目火影となった波風ミナト、山中いのいち、そして木ノ葉警務部隊長うちはフガクだった。窓は閉じられ、扉の外には暗部が立つ。戦が終わり、里にようやく穏やかな空気が戻りつつある時期だというのに、この部屋だけは戦時中の作戦会議室のように重かった。
「赤い瞳……たしかじゃな?」
「はい、三代目。微かに見えたのは、巨大な像の下にある玉座に座す老人。瞳が赤かった。恐らく写輪眼だと」
いのいちはフガクを横目に見ながら報告した。山中一族の秘術で覗いた心の奥。そこに残された映像は断片的で、霧の向こうを覗いたように曖昧だった。だが、赤い瞳だけは奇妙なほど印象に残っている。幻術の残滓か、仕掛けられた封印の核か、あるいは術者本人の存在感か。いずれにせよ、オビトの心へ施された防壁は、ただの記憶封じではなかった。
「いのいちさんですら破れないプロテクトはよっぽどだ。その老人とは?フガクさん、覚えはありませんか?」
ミナトが静かに問う。若き火影の顔には疲労があった。戦後処理、就任直後の政務、リンの処置、オビトの治療、そして正体不明の敵。どれも軽くはない。それでも声は乱れない。火影として、今ここで得られる情報をひとつでも取りこぼすまいとしていた。
「うちは一族に老人は少ない。先の大戦で皆死ぬか、生き残っているのは僅かだ。顔は?」
「見えませんでした。だが髪は白髪で長かった。それだけです」
フガクは腕を組んだまま黙した。眉間に深い皺が刻まれる。うちはの老人。赤い瞳。長い白髪。言葉だけならば幾人かは思い浮かぶ。だが、オビトへ柱間細胞を植え込み、写輪眼の瞳術で山中の秘術すら阻む防壁を心に築ける者など、現存する一族の中にはいない。少なくとも、木ノ葉の戸籍と警務部隊の把握する範囲には。
「オビトに柱間細胞を植え込み、写輪眼の瞳術で心にプロテクトを掛けたのは間違いないじゃろう。だが何の為に?目的は?」
ヒルゼンの声は低かった。
柱間細胞。その名が出るだけで、部屋の空気はさらに重くなる。初代火影千手柱間の力は、もはや伝説に等しい。木遁、圧倒的な生命力、尾獣すら抑え込む力。その細胞を利用した研究が、過去にどれほど危険視されてきたかを知らぬ者はいない。しかも、それが戦場で死んだはずのうちはの少年へ移植されている。偶然で済む話ではなかった。
「目的がオビト自身なら、彼を木ノ葉に戻す意味が分かりません」
ミナトが言った。
「いや、戻したのではなく、戻られたのかもしれん」
ヒルゼンが煙管を持たぬ手で膝を叩いた。
「リンとカカシを救うため、オビトは自ら動いた。仕掛けた者にとっては予定外だった可能性もある」
「では、オビトを利用するつもりだった?」
いのいちが顔を上げる。
「あり得ます。彼の精神状態を操り、仲間への情を利用して何かをさせるつもりだった。だが、あの戦場には別の介入があった」
ミナトの脳裏に、白い仮面を被った小さな影が浮かぶ。うちはイタチ。四歳の少年が影分身を通して戦場へ現れ、最後には信じがたい爆発を起こした。あの介入がなければ、リン、カカシ、オビトの三人がどうなっていたか分からない。
フガクの目がわずかに鋭くなる。
「イタチの名を出す必要はありますまい」
「分かっています」
ミナトはすぐに頷いた。
「あの子を巻き込むつもりはありません。ただ、結果として敵の予定を崩した可能性があるという話です」
フガクはそれ以上言わなかった。息子がまた何か巨大な渦の中心に近づいている。その事実だけで、胸の奥が重くなる。イタチは幼い。だが、幼いだけでは片付けられぬ才と危うさを持っている。守らねばならない。父としても、一族の長としても。
「巨大な像というのも気になる」
ヒルゼンが呟いた。
「外見からは判別できませんでした。ですが、ただの像ではない。あれは……心に残った印象だけで言えば、生き物に近い。強い圧を感じました」
「像、生き物、柱間細胞、写輪眼の老人……」
ミナトは言葉を並べ、目を細める。
「この里の内部だけで完結する話ではなさそうですね」
「内部に協力者がいないとも限らん」
ヒルゼンの言葉に、部屋の空気が凍る。
戦後の里は疲弊している。忍も民も、平穏を求めている。だが、そういう時こそ闇は動く。柱間細胞の研究、人体実験、消えた者達。最近浮上した不穏な影はひとつではない。大蛇丸の件もまだ終わっていない。どこまでが繋がり、どこからが別の思惑なのか、現時点では判別できなかった。
「オビトの記憶をこれ以上深く掘るのは危険です」
いのいちは明確に告げた。
「あれは罠です。無理に破れば、本人の心を壊しかねない。解除するなら、封印班、医療班、山中一族、そして写輪眼に詳しい者の協力が必要です」
「うちはからも人を出す」
フガクが即座に言った。
「ただし、オビトを責めるような真似はさせん。あれは被害者だ」
その言葉に、ミナトの表情がわずかに和らいだ。
「ありがとうございます」
「礼は不要だ。うちはの子だからな」
フガクは短く返した。
ヒルゼンはそのやり取りを見て、深く息を吐いた。うちはと里の間に横たわる複雑なものは、簡単には消えない。それでも今、フガクはオビトを守る側に立った。そこに希望を見たいと思う自分がいる。甘いと笑われようとも、その甘さを捨ててしまえば、自分は自分でなくなる。
「オビトの監視と保護を強める。だが本人には過度な不安を与えないようにする」
ミナトが火影として告げた。
「はい」
いのいちが頷く。
「それと、クシナの警備計画も見直します」
その名が出た瞬間、ヒルゼンの目が細くなった。九尾の人柱力。出産を控えたうずまきクシナ。封印が最も揺らぐ時期。
「もしこれらが繋がっているなら、敵はまだ終わっていない」
ミナトは静かに言った。
「次に狙われるのは、九尾かもしれません」
「ふぅ〜……」
いやエッグぅ〜〜これエグいて!
三ヶ月連続で影分身を使い続け、更に修行、子育て、家事、薬剤精製まで分担させた結果が、解除と同時に俺の脳内へ一気に流れ込んできた。普通に考えて情報量が多すぎる。サスケの顔、泣き顔、笑ったように見える顔、寝ている顔、乳を飲んで満足そうにしている顔。父ちゃんに足運びを直された記憶、母ちゃんに礼を言われた記憶、薬草を乾かす匂い、鍋の湯気、庭で踏み込む足裏の感覚、夜中にサスケが泣いて影分身全員が一斉に反応した記憶。脳内に五人分の俺が「はいこれ三ヶ月分です」と荷物を投げ込んできた。雑。引き継ぎが雑!
特に筋トレの筋肉痛の記憶がヤバい。実際に今この瞬間、全身が激痛に襲われている訳じゃない。けれど記憶として一気にドクンッと来る。腕立てで肩が焼ける感じ、片足跳躍で太腿が悲鳴を上げる感じ、体幹を固定し続けて腹の奥が熱くなる感じ。思い出しただけで身体が勝手に身構える。筋肉自体は大きくなった訳じゃない。でも、明らかに力の入れ方と抜き方の密度が増した気がする。筋肉を大きくするのは、やっぱり本体の俺がやらなくちゃ意味がないみたいだ。いや分かってたよ。もし影分身が鍛えた分まで本体がムキムキになったら完全に違法だ。忍界フィットネス業界が崩壊する。
それでも、無駄ではなかった。チャクラの流し方、疲労を残さない呼吸、薬の配合の誤差、サスケの泣き声の種類、母ちゃんが本当に疲れている時の笑い方、父ちゃんが何も言わない時に怒っているのか心配しているのかの見分け方。そういうものが、全部俺の中へ積み上がった。経験値倍増修行、恐ろしい。便利すぎる。だからこそ危ない。調子に乗ったら絶対に身体か心のどっちかを壊す。超健康を目指しているのに、過労で倒れたら本末転倒だ。前世の社会人時代に戻るな俺。残業代も出ないぞ。というかこれ連続稼働じゃなくて、一日の終わりに解除すればよかったんじゃねぇか……?俺の悪いとこ出ちゃった。
「ん?」
そこで、目に違和感が走った。
熱い。痛いというより、瞳の奥がじわりと焼けるような感覚だった。写輪眼を長く使った時の疲れとは違う。三つ巴を開いた時の血が巡るような感覚とも違う。もっと奥、もっと深い場所で、何かがゆっくり形を変えようとしている。
俺は工房の棚に置いていた手鏡を掴んだ。薬草の粉が付いた手で慌てて鏡面を拭い、顔を覗き込む。
「嘘だろ」
赤い瞳の中で、三つ巴が歪んでいた。
ただ回っているのではない。巴が互いに引き合い、絡み、ひとつの模様へ変わろうとしている。心臓が跳ねた。呼吸が一瞬止まる。鏡の中の俺は、五歳のくせに妙に大人びた顔で固まっていたが、内心は完全に大混乱だった。
万華鏡写輪眼開眼!?
いや待て待て待て。早い早い早い。おかしい。万華鏡ってもっと重いやつだろ。親しい誰かの死とか、耐え難い喪失とか、心がぶっ壊れるような悲劇とか、そういうので開くものじゃなかったか?俺、今さっき影分身を解除しただけだぞ。筋トレと家事とサスケ可愛い記憶を大量摂取しただけだぞ。弟の可愛さで開眼しました、は流石に軽すぎる。いや、俺にとっては全然軽くないけど、写輪眼の歴史的にどうなのそれ。
鏡の中の模様は完全に固まりきってはいない。三つ巴が伸び、縮み、中心へ吸い込まれるように揺れている。万華鏡そのものなのか、その手前なのか、俺には判断がつかなかった。だが普通の三つ巴ではない。それだけは分かる。瞳の奥に、サスケを抱いた記憶が浮かんだ。母ちゃんが笑う顔。父ちゃんの低い声。リンとカカシが生きていたことへの安堵。大蛇丸の冷たい笑み。三代目の甘い横顔。影分身が爆ぜた瞬間の熱。全部がぐちゃぐちゃに混ざって、胸の奥を強く掴んでくる。
「落ち着け……落ち着け俺……」
声に出しても、あまり落ち着かなかった。
万華鏡だとしたら、力は魅力的だ。正直、九尾襲来が近いかもしれないこの時期に、新しい力は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。だが同時に怖い。強すぎる力は、使い方を間違えると全部壊す。目も悪くなるはずだ。原作イタチの病弱ルートに近づくような真似は絶対に嫌だ。超健康分身ハメ殺しイタチを目指しているのに、目を削って戦う路線は名前からして不健康すぎる。
俺は写輪眼を閉じた。
熱が少しずつ引いていく。瞼の裏にまだ赤い残像が残っていたが、呼吸を整え、チャクラをゆっくり巡らせると、暴れていた感覚が沈んでいった。すぐに父ちゃんへ報告すべきか。いや、これは軽々しく言えない。父ちゃんに隠すのも危険だ。母ちゃんに心配をかけるのも嫌だ。三代目に言ったら説教と検査の山が来るかもしれない。全部嫌だが、黙って暴走する方がもっと最悪だ。
その時、家の方からサスケの泣き声が聞こえた。
俺は鏡を置き、反射的に工房の扉へ向かった。考えることは山ほどある。目のこと、影分身の負荷、そして未来の事。
でも今は、弟が泣いている。お兄として、まず行くべき場所は決まっていた。
サスケの寝る部屋に入ると、俺はまず近くに置いてある桶の水で手を洗った。工房からそのまま来たから、薬草の粉とか木屑とか、変なものが指に残っているかもしれない。赤ちゃんにバイ菌なんて絶対駄目だ。前世知識と今世の薬学が全力で警鐘を鳴らしている。兄の手は清潔であれ。これは忍の心得ではなく、兄の心得である。
「オンギャッ!フェッ!ウェーン!」
可愛い泣き方!
いや本人は全力で不快を訴えているのだろうが、可愛いものは可愛い。オムツかな?ミルクかな?眠いのかな?と布をめくり、匂いと状態を確認する。
あ、デッカいうんち!
よーしよし、お兄ちゃんが替えたるからな!!
俺は用意してあった布と湯を手元へ寄せ、手早く、だが乱暴にならないよう慎重にオムツを替えた。影分身から戻ってきた三ヶ月分の記憶が、ここで地味に効いている。足の持ち上げ方、布の当て方、肌を擦りすぎない拭き方、替えた後に冷えないよう包む順番。戦闘経験よりずっと平和だが、失敗できないという意味では結構緊張する。サスケの尻を守るのも兄の務めだ。
オムツを替えながら、俺はサスケの顔を見た。
泣き止んでいる。
さっきまで顔を真っ赤にして泣いていたくせに、今は丸い目でじっと俺を見つめていた。まだ焦点が合っているのか怪しい時期なのに、不思議と目が合っているような気がする。兄の気のせいかもしれない。だが、気のせいでもいい。俺は真剣に布を整え、最後に軽く腹の辺りを撫でた。
「キャッキャ」
あ、笑った。
俺の口元も勝手に緩む。無理だ。こんなの耐えられるわけがない。工房で万華鏡疑惑に震えていた俺の心が、一瞬でふにゃふにゃになる。赤子の笑顔、危険。幻術より効く。これをくらって真顔でいられる奴は、多分もう人間を卒業している。
「サスケ、お兄ちゃんが守ってやるからな」
小さく言うと、サスケはまた「ウー」と声を漏らした。
うおお!!サスケェ!!お前は俺の光だぁ!!
……あれ、なんかこれ嫌な感じだな。
光。うちは。万華鏡。瞳。兄弟。嫌な単語が一気に連想ゲームを始める。まるで瞳のストックみたいな言い方じゃないか。駄目だ駄目だ。サスケを見て「光」と言うと、前世の記憶が変な方向に暴走する。瞳のストック。嫌すぎる言葉だ。赤ちゃん用品の棚に混ぜてはいけない単語ランキング堂々の一位である。
万華鏡写輪眼は、親族の目玉と交換すると永遠の万華鏡写輪眼になる。
「……」
「ウー」
無理だぁ!!!サスケと交換!?
無理無理無理無理。絶対無理。考えただけで胃がひっくり返る。こんな小さくて柔らかい弟の目をどうこうするなんて、人として終わっている。いや、忍としても終わっている。うちはの歴史がどうとか、永遠の瞳がどうとか知らん。俺は兄だ。兄が弟の目を狙うな。何なら弟の目にゴミが入っただけで取り乱す自信がある。永遠の万華鏡?いりません。健康な裸眼と三つ巴で頑張ります。必要なら筋肉で解決します。
俺はサスケを布で包み直し、そっと抱き上げた。首を支え、身体を胸へ寄せる。小さな体温が着物越しに伝わってきた。さっきまで瞳の奥で暴れていた熱が、その温かさに押し流される。万華鏡かもしれない違和感も、少しずつ静かになっていくようだった。
サスケは俺の胸元で小さく息を吐いた。
その音を聞いた瞬間、俺ははっきり思った。
力が必要なのは、こいつから何かを奪うためじゃない。こいつが奪われないようにするためだ。目も、命も、家族も、未来も。サスケから何ひとつ取り上げない。そのために俺は鍛える。飯を食う。寝る。薬を作る。父ちゃんに怒られ、母ちゃんに心配され、三代目に説教されながらでも、ちゃんと生きて強くなる。
万華鏡写輪眼が本当に開きかけているのかは分からない。
だが、もしそれが俺の中に生まれた力なら、使い方は俺が決める。憎しみのためではなく、喪失のためでもなく、弟の寝息を守るために使う。そう決めなければ、俺はきっと原作の流れと同じ穴に落ちる。愛が深いからこそ闇に沈む。それがうちはなら、俺はその愛を健康方向にねじ曲げてやる。超健康分身ハメ殺しイタチ、兄バカ防衛型である。
「アー」
サスケが小さく声を出した。
「そうか。お前もそう思うか」
絶対思ってない。たぶん腹が落ち着いただけだ。でもいい。兄は都合よく受け取る生き物なのだ。
俺はサスケを抱いたまま、部屋の隅に置いた手鏡を思い出した。さっき見た瞳の模様。あれを父ちゃんに話すべきか。話すべきだ。隠していいものではない。だけど今すぐではない。まずサスケを寝かせ、母ちゃんにオムツを替えたと伝え、落ち着いてから父ちゃんに相談する。勝手に試すのは駄目だ。絶対に駄目だ。俺は学んだ。多分学んだ。
サスケの瞼がとろんと落ちていく。
俺は声を落とした。
「寝ろ、サスケ。兄ちゃんは逃げないから」
小さな寝息が返ってきた。
俺はその音を聞きながら、もう一度だけ心の中で誓った。
この子を、瞳の材料になんて絶対にしない。お前は俺の弟だ。俺の光だ。だからこそ、俺はこの目を、お前を守るためだけに使う。
マダラ「……………」
いのいちさんの脳味噌ダイブの描写はペイン襲来時が初めて?だった気がして、その辺を読み込んでるんですが、術名が分からなくて適当にそれっぽい感じで書きました。もしかすると術じゃない可能性も?コレやでというものがあれば誤字修正お願いします。
感想で何件かあった影分身の筋トレは、筋肉は大きくなりませんが、筋力というか筋肉の使い方が上手くなるイメージ。物理的なダメージはフィードバックしないので、筋肉断裂からの超再生は反映されません。上手く伝えられず申し訳ないです。
オビトの記憶はマダラさんによって上手い事やられました。時間差で幻術を仕込んで記憶を操作するぐらいマダラさんなら楽勝な気がする!そうだよな!(暴論)
うちはイタチ、お前は預言者か?
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ガバ原作知識で突っ走れ!!!
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報連相は社会人の基本だろうが!!!