分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

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見えるものを増やす術じゃ。だが本質は、自分の姿を正しく写すことにある

 

 

 

 

 おっす!俺イタチ!

 

 三歳になった!

 

 やべぇよやべぇよ……

 

 何がヤバいって?今めちゃくちゃ戦争中だって事だよ!

 

 父ちゃんと母ちゃんの話をコッソリ聞いてたら、今第三次忍界大戦の真っ最中らしい。家抜け出してうちは一族の地区とか木の葉の里を見て回ってるけど、そりゃもう静かでどんよりしてて最悪よ。元気ねぇもん。あ、一楽は美味かった。「幼児が食っていい飯じゃねぇ!」って一楽のおっちゃんに言われたけど味薄めのラーメン出してくれた。美味かった。

 

 そんで俺の父ちゃんこと『うちはフガク』は『凶眼フガク』という異名を持つすげぇ忍者で敵対する他里の忍者を殺しまくってる。父ちゃんは勿論写輪眼を開眼してるし万華鏡写輪眼も恐らく開眼してる。

 

 漫画では確かイタチに殺されてた父ちゃん。あんま詳細覚えてないけど、イタチは泣きながら両親を手にかけていた。

 

 そんな恐ろしい父ちゃんも家に帰ってくれば、普通のちょっと寡黙で怒らせたら怖いけど優しいタイプの父ちゃん。三歳になった俺に修行をつけてくれるんだぜ?

 

 身体をちゃんと動かせるようになってからは、食事とか自重トレとかしっかりやってきた。チャクラも練れるようになったし、手裏剣も投げれるようになった。俺が言うのもなんだけど、やっぱイタチは天才だ。

 

 父ちゃんの修行は主に体術とか手裏剣投げとか火遁だ。

 

 まず体術。これがもう地味にキツい。前世の俺は社会人になってから運動不足がヤバくて、たまに健康診断の前だけ急に腹筋を始めるようなタイプだった。だが今の俺の身体は違う。ちょっと走るだけで肺が焼けるように熱くなり、足の裏が土を掴む感覚が妙に鋭く、転びそうになった瞬間に腰と膝が勝手に沈んで体勢を直す。身体が勝手に天才ムーブをする。中身は「うわっ、すげぇ、俺今忍者っぽい!」と大はしゃぎしているのに、外から見ると無言で淡々と動きを修正する冷静な幼児に見えるらしく、父ちゃんはいつも腕を組んで深く頷いている。

 

 「転びかけた瞬間に重心を落としたか」

 

 違う。めっちゃ焦っただけです父ちゃん。心の中では「うおおおおお死ぬ死ぬ死ぬ!」って叫んでました。でも口に出すと天才イタチブランドが崩壊するので、俺は黙って立ち上がり、服についた土を払うだけにした。

 

 「……痛みを表に出さぬか」

 

 違う違う違う。泣いたら修行終わるかもしれないけど、泣いた後の空気が気まずいから我慢してるだけ。3歳児が父親の前で意地を張っているだけ。なのに父ちゃんの目がまた深読みモードに入る。やめろ。その目はやめろ。俺の中身は昼休みにカップ焼きそばの湯切りを失敗して流しに麺を落としたことがある男なんだぞ。そんな魂に忍の器みたいな評価をしないでくれ。

 

 次に手裏剣。これは正直楽しい。めちゃくちゃ楽しい。木の的に向かって小さな手裏剣を投げると、最初は当然のように明後日の方向へ飛んでいった。だがチャクラを指先に流す感覚を掴んでからは、手を離す直前に金属が皮膚へ吸いつくような感触が生まれ、肩、肘、手首、指先までが1本の糸で繋がったみたいに動くようになった。手裏剣は空気を裂いて回転し、カン、と乾いた音を立てて的の端へ刺さる。うおおおおお!刺さった!刺さったぞ!前世でダーツすらまともに当たらなかった俺が!忍具を!的に!当てた!

 

 俺は内心で阿波踊りを踊っていたが、外面は無表情を保った。

 

 父ちゃんが低い声で言った。

 

 「喜びに溺れぬか。次を見ているな」

 

 いや溺れてる。溺死寸前。心の中では金メダル授与式が始まってる。国歌も流れてる。だが俺は次の手裏剣を拾い、黙って構えた。なぜならうちはイタチっぽいからだ。クールに、静かに、淡々と。激闘忍者対戦4でキャラ選択された時のイタチも、たぶんこんな顔をしていた。相手プレイヤーだけが嫌な汗をかく、あの感じ。俺はそこを目指す。

 

 そして火遁。

 

 これが一番怖かった。

 

 火遁豪火球の術。うちはといえばこれ、みたいな術である。漫画でもアニメでもゲームでも見た。口から火を吐く。絵で見れば格好いい。ゲームならボタン1つで出る。だが現実で考えると正気じゃない。人間は口から火を吐かない。吐いたら終わりだ。喉が焼ける。舌も焼ける。歯医者どころの騒ぎではない。だが忍者世界ではそれが基礎扱いされている。うちはの常識、めちゃくちゃ怖い。

 

 修行場の端で、父ちゃんはゆっくり印を結んだ。指が滑るように絡み、胸の奥から練り上げられたチャクラが喉元へ集まる気配が空気越しに伝わった気がした。次の瞬間、父ちゃんの口から吐き出された炎が膨れ上がり、夕暮れ前の薄暗い林を赤く照らした。熱が頬を叩き、乾いた葉が一斉に震え、火球は的にしていた丸太を黒く焦がして消えた。燃えた匂いが鼻に入り、俺は思った。

 

 無理無理無理無理。あれを三歳児にやらせるのは児童虐待では?

 

 「見ていたな」

 

 見てました。めっちゃ見てました。というか見せつけられました。父ちゃん、今の完全に大人の本気寄りでは?俺まだ三歳なんだけど?保育園児に火炎放射を教えるな。木の葉の教育制度どうなってんだ。

 

 「火遁は、うちはの基本だ。だが急く必要はない。まずはチャクラを肺ではなく、喉の手前で制御する感覚を覚えろ」

 

 父ちゃんの説明は分かるようで分からなかった。いや理屈は何となく分かる。身体エネルギーと精神エネルギーを練って、性質変化で火にして、息と一緒に外へ出す。たぶんそういうことだ。だが前世の俺は電子レンジの温め時間すらたまにミスって弁当の端だけ冷たいまま食っていた男である。火の温度管理なんてできる気がしない。

 

 それでもやるしかない。

 

 病弱ルートを避ける。うちは滅亡ルートもできれば避ける。サスケが生まれたら可愛がる。あと分身ハメを完成させる。そのためには基礎能力を上げるしかない。俺は小さな手で印を真似し、胸の奥にある温かいものを探った。チャクラは不思議な感覚だった。血でも息でもないのに、確かに身体の内側を流れている。焦ると散り、落ち着くと細い糸のようにまとまる。それを喉元まで持ち上げようとした瞬間、変に力んだ。

 

 「ごほっ」

 

 普通にむせた。

 

 涙目になった俺は、慌てて口元を押さえた。やばい。格好悪い。完全に失敗した。父ちゃんに何か言われる。そう思って見上げると、父ちゃんは厳しい顔のまま、なぜか少しだけ目を細めていた。

 

 「無理に吐き出さず、寸前で止めたか」

 

 違います。むせただけです。

 

 「己の限界を知っている。悪くない」

 

 いや知らん。限界のほうから殴ってきただけです。

 

 俺は咳を堪えながら、またしても勝手に評価が上がっていく恐怖を味わっていた。父ちゃんの中の俺は、たぶん寡黙で慎重で、幼いながら己の力量を測る天才なのだろう。実際の俺は、火を吐くのが怖くてビビり散らかしているだけの元サラリーマンである。この差がデカい。デカすぎる。谷。終末の谷くらいある。

 

 だが、戦争中の里の空気は、そのギャグみたいな誤解を笑い飛ばせないほど重かった。夕方になると、遠くの門のほうから担架が運ばれてくることがあった。包帯に包まれた忍が無言で通り過ぎ、血と薬草の匂いが風に混じる。うちはの大人たちも、家に戻れば静かに飯を食い、翌朝にはまた装備を整えて出ていく。母ちゃんは笑って俺の頭を撫でるけど、その笑顔の奥にはいつも薄い影があった。

 

 俺は三歳だ。

 

 けれど、ただの三歳ではいられない。

 

 この世界は、子供のままでいさせてくれるほど優しくない。だから俺は今日も飯を食い、寝て、走って、手裏剣を投げ、むせながら火遁を練習する。全部怖い。全部しんどい。でもやらないと死ぬ。死にたくない。できれば誰も死んでほしくない。そういう大きすぎる願いを、俺はまだ小さすぎる身体の中に押し込めていた。

 

 そして父ちゃんの前では、静かに目を伏せる。

 

 「……イタチ、お前は何を見ている」

 

 父ちゃんがぽつりと聞いた。

 

 俺は答えられなかった。未来です、なんて言えるわけがない。言ったら頭の病院か山中一族案件である。なので黙るしかない。

 

 父ちゃんは、その沈黙をまた勝手に受け取った。

 

 「そうか。言葉にするには、まだ早いか」

 

 違う。言葉にしたら詰むだけです。

 

 俺は夕焼けに染まる修行場で、小さく拳を握った。

 

 とりあえず明日も一楽に行きたい。味薄めでも美味かったから。

 

 

 翌日の昼間、俺は家を抜け出して、更にうちは一族が暮らす地区を抜け出し木の葉の里に入った。

 

 父ちゃんは戦争に行った。多分数日は帰ってこないだろう。生きて帰ってくるのを心の中でお祈りしてる。

 

 とりあえず一楽だ。一楽で一杯やってから動こう。

 

 道に面した場所にあるラーメン一楽。暖簾の奥に六人掛けのカウンター席があるだけのこじんまりとしたラーメン屋だ。数年後にはナルトがここの常連になるんだよな。

 

 「いらっしゃい!お!イタチじゃねぇか」

 

 「どうも、テウチさん」

 

 暖簾をくぐると、テウチのおっちゃんが俺を迎えてくれた。スープの匂いがたまらなく良いぜ!酒飲んだ後のラーメンは格別だったな……なんて思い出させてくれる。

 

 「テウチさん、醤油ラーメンお願いします」

 

 「あいよ!」

 

 俺が注文すると背後からほんの少し気配を感じた。

 

 少しすると暖簾を潜って一人の老人が入ってきた。

 

 「お隣りいいかな?」

 

 「どうぞ」

 

 三代目火影じゃん!!変装というか、普通の人みたいな格好してるけど間違いなく三代目火影です。

 

 「わしも醤油ラーメンをもらおうかな」

 

 「あいよぅ!」

 

 いやいやいやいや、待て待て待て待て。何で火影がいるの?お忍びラーメン?昼休みの社長が会社近くの定食屋で焼き魚定食食ってるノリ?いや火影だぞ。今戦争中だぞ。里のトップが幼児の隣で醤油ラーメン頼んでる場合か。しかも俺の隣に座るな。席は他にも空いている。六人掛けカウンターのうち、よりにもよって三歳児の隣を選ぶな。絶対なんかあるじゃん。忍者の世界で偶然の隣席なんて信じられるか。前世の居酒屋なら「隣いいですか」で終わるけど、ここ木の葉だぞ。隣に座った老人が普通に国家元首なんだぞ。

 

 だが、俺は顔に出さなかった。

 

 出さなかったというより、出せなかった。うちはイタチの顔面性能が高すぎるのか、内心で大絶叫しても外側はやたら静かに見える。俺はカウンターにちょこんと座ったまま、湯気の向こうで麺を茹でるテウチさんを見つめていた。これがまたまずかったらしい。横目で三代目が俺を見て、穏やかな声で言った。

 

 「幼いのに、落ち着いておるの」

 

 違います。固まってるだけです。

 

 「一人で里を歩くのは怖くないかね?」

 

 怖いです。めちゃくちゃ怖いです。戦争中の忍者の里を三歳児が徘徊してる時点で普通にアウトです。でも家にいると母ちゃんに見つかって昼寝させられるし、外に出ないと情報が入らない。俺は生き延びるためにラーメンと偵察を両立しているだけです。いや冷静に考えると三歳児の行動としては終わってるな。

 

 「里の中ですから」

 

 俺は短く答えた。

 

 本当はもっと言いたかった。怖いに決まってるでしょ、今めっちゃ戦争中じゃないですか、門の近くに行ったら包帯ぐるぐるの人が運ばれてたし、うちは地区も空気重いし、子供の外出にしては難易度高すぎるんですけど、と早口でまくし立てたかった。だが口から出たのはたった一言だった。イタチの声は三歳にして妙に静かで、俺の中の焦りを勝手に上品な沈黙へ変換してしまう。便利だけど怖い。自分の顔面と声帯が勝手にキャラ作りしてくる。

 

 三代目は細く笑った。

 

 「ほう。里の中なら安全だと?」

 

 やばい。会話が試験みたいになってきた。なにこれ。ラーメン屋でやる面接じゃないだろ。俺はまだ三歳だぞ。質問が重い。もっと「好きな具は何かな?」くらいでいいだろ。俺は心の中で泣きながら、しかし表面上は静かに箸置きのあたりへ視線を落とした。

 

 「安全だと思いたいだけです」

 

 言ってから、しまったと思った。

 

 重い。三歳児がラーメン屋で言う台詞じゃない。俺としては「いやまあ戦争中だし絶対安全とかないよね」という前世おじさんのぼやきに近かったのだが、三歳のうちはイタチの口から出ると、妙に達観した響きになってしまった。三代目の目が、ほんの少しだけ変わる。柔らかな老人の目の奥で、火影としての何かがこちらを覗いた気がした。

 

 助けてテウチさん。早くラーメンを出してくれ。この空気を麺で断ち切ってくれ。

 

 「へい、お待ち!」

 

 願いが通じたのか、目の前に醤油ラーメンが置かれた。湯気がふわっと上がり、澄んだスープの表面に小さな油の輪が揺れる。薄めにしてくれているのだろう、香りは優しいが、鶏と醤油の匂いが腹を直撃した。細い麺、刻み葱、柔らかそうな叉焼。うおおおおラーメン!三歳の身体に塩分を気遣った優しいラーメン!ありがとうテウチさん!この時代の木の葉で一番信用できる大人かもしれない!

 

 「いただきます」

 

 俺は手を合わせ、慎重に箸を取った。三歳児の指はまだ細く、箸の扱いも完璧ではないが、前世の記憶とイタチの器用さが合わさって、なんとか麺を持ち上げることはできた。ふうふうと冷まして口に入れる。熱い。美味い。染みる。戦争中の暗い空気だの、隣に火影がいる緊張だの、そんなものが一瞬だけ薄くなる。ラーメンは偉大だ。忍術より先に世界平和へ貢献できる可能性がある。

 

 隣で三代目も丼を受け取り、静かに箸を割った。

 

 「うまいの、テウチ」

 

 「へへ、火……いや、お客さんにそう言ってもらえると嬉しいねぇ」

 

 テウチさん今ちょっと言いかけたよな。やっぱ知ってるよな。そりゃそうだよな。隠す気あるのかこのおじいちゃん。俺は麺をすすりながら、なるべく横を見ないようにした。見たら負けだ。目が合ったら追加質問が来る。社会人時代の会議でも、偉い人と目を合わせると「君はどう思う?」が飛んでくることを俺は知っている。火影とのラーメン会議で指名されたくない。

 

 しかし忍の長は甘くなかった。

 

 「イタチ」

 

 来た。指名された。終わった。

 

 「君の父は、よく里のために働いてくれておる」

 

 「はい」

 

 父ちゃんの話題か。いや重い重い。俺はただラーメンを食べに来ただけなのに、三代目火影から父親の戦功について話されている。普通の三歳児なら「ぱぱつよい!」で済むのかもしれない。だが俺は知っている。うちはフガクがただの強い父親で終わらないことを。うちは一族と里の間にある見えない溝を。三代目がその中心の一人であることを。細かい政治はうろ覚えだが、だいたい面倒くさいということだけは分かる。

 

 「寂しくはないかね?」

 

 寂しいです。普通に寂しいです。父ちゃん、怖いけど優しいし。修行はキツいけど、帰ってこないかもしれないと思うと飯が喉を通らない……いやラーメンは通る。めちゃくちゃ通る。そこは別腹ではなく同腹だけど通る。だが、寂しいのは本当だった。

 

 俺は麺を飲み込み、少しだけ間を置いた。

 

 「生きて帰ってくれば、それでいいです」

 

 またやった。

 

 口に出してから分かる。これも三歳児の言葉じゃない。俺としては心底そのままの意味だった。戦争なんて勝った負けたより、とにかく父ちゃんが生きて帰ってくればいい。母ちゃんを泣かせないでほしい。それだけだ。けれど三代目は黙った。テウチさんも湯切りの手を一瞬止めた。ラーメン屋の湯気の中に、妙な沈黙が落ちる。

 

 三代目はゆっくりと息を吐いた。

 

 「……そうか。君は、もうそれを考えておるのか」

 

 違う。考えているというか、怖いだけです。

 

 俺は黙ってスープをすすった。これ以上喋るとボロが出る。いや、喋らなくても勝手に深読みされるのだが、喋るよりはマシだ。沈黙はうちはイタチの最強防具である。中身がアホでも、とりあえず黙っていれば周囲が勝手にクールな天才として処理してくれる。便利だが、そろそろ返品したい。

 

 食べ終わる頃、三代目が俺の丼をちらりと見た。

 

 「よく食べるの」

 

 「健康でいたいので」

 

 「健康か」

 

 三代目は一瞬だけ目を丸くして、それから楽しげに笑った。

 

 「よいことじゃ。忍である前に、人は健やかでなければならん」

 

 お、初めてまともに通じた気がする。そうです。健康大事。病弱イタチルート回避。血を吐かない未来。超健康ハメ殺しイタチへの第一歩。俺は心の中で力強く頷いた。

 

 会計は三代目が払ってくれた。

 

 「今日はわしが出そう」

 

 「ありがとうございます」

 

 ラーメン奢ってくれる火影、普通に好きになりそう。いや油断するな俺。この人も政治の中心人物だ。優しいおじいちゃんの顔だけ見ていると危ない。でもラーメン代はありがたい。そこは別問題だ。俺は丁寧に頭を下げ、暖簾をくぐって外へ出た。

 

 昼の木の葉は、やはりどこか静かだった。遠くで子供の声がして、すぐに風に消える。屋根の上を忍が影のように走り、門の方角からは硬い足音がかすかに響いた。

 

 俺は腹をさすった。

 

 とりあえずラーメンは美味かった。

 

 あと、三代目にはできるだけ見つからないようにしよう。

 

 そう心に誓った三秒後、背中の向こうから穏やかな視線を感じて、俺は内心で盛大に叫んだ。

 

 もう見つかってんじゃん。

 

 「イタチ、これからどうするつもりだね?」

 

 去ろうとした瞬間、背後から声が響いた。振り返って見ると、三代目がニコニコしながら俺に聞いてきた。

 

 いやどうするって……修行ですよ修行。

 

 父ちゃんが教えてくれるのは体術と手裏剣と火遁だけだから、なんとか分身の術を覚えて、ハメ殺しコンボを習得しないといけない。

 

 そんな急がなくてもいいんだけどさ……やっぱ未来を知ってると、なるはやで強くなった方がいいに決まってるんすわ。

 

 「……ぷらぷらと」

 

 「ふむ……わしもいいかね?」

 

 「はい……」

 

 そういうわけで俺は三代目とぷらぷらする事になった。

 

 

 というかもう演習場にいるんですけどね。

 

 

 「フガクからはどんな修行をつけてもらっておる」

 

 「体術と、手裏剣と、火遁を少し」

 

 俺はなるべく短く答えた。短く答えれば余計なことを言わずに済む。余計なことを言わなければ、前世の知識だのゲームの記憶だの、口を滑らせて人生終了する危険も減る。沈黙は金。うちはイタチの顔面で沈黙すると、周囲は勝手に「幼いながらも思慮深い」と解釈してくれる。中身は「やべぇ火影と二人きりなんだけど、これ監視?面接?職質?」と大騒ぎしているのだが、外側は多分クールで通っている。便利なようで、だいぶ怖い。

 

 三代目は演習場の土を杖の先で軽く突き、周囲を見回した。木々に囲まれた小さな演習場は、昼間だというのに少し薄暗く、里の中心から離れているせいか人の気配は少ない。遠くで鳥が鳴き、風が葉を擦る音の中に、戦時下の里特有の緊張が細く混じっていた。ここなら幼児と火影が忍術の話をしていても目立たない。いや目立たないわけないだろ。絵面がもうおかしい。三歳児と火影が一楽の後に演習場デートって何?

 

 「火遁か。うちはの子ならば当然と言えば当然じゃが、まだ三歳であろう。怖くはないかね?」

 

 怖いです。

 

 めちゃくちゃ怖いです。

 

 口から火を吐くとか人間のやることじゃありません。父ちゃんが当然のようにやるから俺も真似しているけど、毎回「喉が焼けたらどうしよう」「歯が炭になったらどうしよう」「幼児の医療費ってどうなるんだろう」と思っています。だが、そんなことを言えるはずもない。うちはの子が火遁怖いですとか言ったら、父ちゃんが泣くかもしれない。いや泣かないか。父ちゃんは多分、静かに目を伏せて余計に重い空気になるタイプだ。そっちのほうが嫌だ。

 

 「必要なら」

 

 俺がそう答えると、三代目の顔から笑みが少しだけ薄れた。

 

 またやった。

 

 今のは「怖いけど必要ならやるしかないじゃん」という三十路社会人の諦めであって、決して幼き忍の覚悟とかではない。前世でもそうだった。明らかに納期がおかしい仕事でも、必要ならやるしかない。上司に「これ今日中にいける?」と聞かれ、「必要なら」と死んだ目で答えるあれだ。だが三歳のうちはイタチが言うと、戦場の理を既に理解している天才児みたいになってしまう。言葉の事故である。

 

 「……そうか」

 

 三代目は静かに頷いた。

 

 やめて。その沈黙やめて。絶対今、火影として何か評価したでしょ。俺の中身はラーメンで腹が温まり、ちょっと眠くなってきた幼児おじさんです。

 

 「他に覚えたい術はあるかね?」

 

 来た。

 

 来ましたよ本題。

 

 俺は顔を上げすぎないように注意しながら、心の中でガッツポーズをした。ここで分身の術と言え。自然に言え。あくまで子供らしく、忍術に興味がある感じで言え。間違っても「ハメ殺しコンボの起点にしたいです」とか言うな。言った瞬間、山中一族の出番になる。

 

 「分身の術を」

 

 「分身?」

 

 「はい」

 

 三代目は少し意外そうに眉を動かした。まあ三歳児がいきなり分身の術を指定するのは変かもしれない。火遁より安全そうに見えるし、忍者っぽいし、子供が憧れてもおかしくないとは思うが、うちは的には写輪眼とか火遁とか手裏剣術のほうが王道なのだろう。だが俺にとって分身は最重要項目だった。激闘忍者対戦4の記憶が正しければ、分身を置けるイタチは強い。相手の行動を制限し、起き攻めを通し、気づけば何もさせずに倒す。忍界の命が軽すぎる現実で、正面から殴り合うのは怖すぎる。ならば相手に何もさせないのが一番いい。卑怯?知るか。生存戦略である。

 

 「何故、分身を?」

 

 質問が鋭い。

 

 俺は一瞬、本音が喉まで出かかった。ハメたいからです。敵をハメ殺したいからです。ゲームで強かったからです。そう言えたらどれほど楽か。言えないけど。

 

 「一人では、足りないので」

 

 言ってから、俺はまた内心で頭を抱えた。

 

 重い。

 

 だから言い方が重いんだよ俺。三歳児が「一人では足りないので」とか言うな。俺としては「分身があれば手数が増えて便利じゃん」くらいの意味だったのに、言葉の響きがまるで里の未来を背負って孤独を悟った少年みたいになっている。三代目の目が細くなった。終わりです。はい、また深読みコース入りました。

 

 「……一人では足りぬ、か」

 

 違うんです。そこを噛み締めないでください。もっと軽く流してください。三歳児が忍術覚えたいって言ってるだけなんです。ラーメン奢ってくれた流れで、ついでにチュートリアルしてくれればいいんです。

 

 三代目はしばらく俺を見つめ、それから柔らかく笑った。

 

 「よかろう。分身の術は忍の基本の一つ。だが、ただ数を増やせばよいというものではない。敵を惑わすためには、まず己を知らねばならん」

 

 出た。めっちゃ先生っぽい。

 

 俺は思わず背筋を伸ばした。火影直々の分身講座である。普通に考えたら激レアイベントだ。前世で言うなら、ゲーム買った帰りに開発者本人から最強キャラの使い方を教えてもらうくらいレア。いや比喩がちょっと違うか。でもテンションは上がる。上がっている。外面は静かに頷くだけだが、内心では「うおおおおチュートリアル開始!」と効果音が鳴っていた。

 

 三代目は印を結んだ。

 

 その動きは父ちゃんの火遁とは違って、柔らかく、無駄がなかった。指先が形を作った瞬間、薄い煙がぽん、と軽く弾け、三代目の隣に同じ姿の老人が現れる。見た目は本物そっくりだが、足音も呼吸もどこか薄い。空気に貼りついた絵みたいで、なのに視線を外すと本物と混ざりそうになる。これが分身の術。影分身じゃない、実体のない基本の分身。それでも目の前で見ると普通にすげぇ。ゲーム画面のエフェクトとは違う。煙の匂い、チャクラの揺れ、土の上に立つ幻の輪郭。忍術だ。俺はいま本当に忍術を見ている。

 

 「見えるものを増やす術じゃ。だが本質は、自分の姿を正しく写すことにある」

 

 「自分を、正しく」

 

 「そうじゃ。姿勢、呼吸、目線、気配。己を知らぬ者の分身は、すぐに歪む」

 

 なるほど分からん。

 

 いや言ってることは格好いい。めちゃくちゃ格好いい。でも今の俺、三歳。自分を正しく知る以前に、まだ箸の扱いも時々怪しい。そんな俺に自己認識の哲学を求めないでほしい。分身の術、もっとこう、印を結んでポン!みたいなノリだと思っていた。実際は自己分析が必要らしい。忍者、就活みたいなこと言い出すじゃん。

 

 「やってみるかね?」

 

 「はい」

 

 俺は印を真似た。小さな指で形を作り、体内のチャクラを引き上げる。火遁の時のように喉へ運ぶのではなく、身体の外側へ薄く広げる感じ。自分の形を思い浮かべる。黒い髪、まだ幼い手足、うちはの紋が入った服、やたら落ち着いて見える顔。その中身はアホ。そこは写してはいけない気がする。クールな外側だけ写せ。中身まで複製したら演習場がうるさくなる。

 

 チャクラが揺れた。

 

 ぽん、と音がした。

 

 俺の隣に、何かが立った。

 

 それは俺に似ていた。似ていたが、なんか薄い。輪郭も少し歪んでいるし、目元だけ妙に冷静で、身体はふにゃっとしている。控えめに言って、徹夜明けの三歳児みたいだった。いや三歳児が徹夜するな。失敗だ。完全に失敗だ。俺は心の中で「あちゃー」と頭を抱えた。

 

 だが三代目は黙っていた。

 

 その沈黙が怖い。失敗なら失敗と言ってくれ。頼む。変に評価しないでくれ。

 

 「初めてで、形を保ったか」

 

 はい来た。

 

 また天才判定です。

 

 「しかも、実像に寄せようとしておる。見栄えではなく、気配を似せようとしたな」

 

 違う。外側だけクールに写そうとして、中身のアホを隠そうとしただけです。その結果、なんか徹夜明けみたいな薄い俺が出ました。気配とか高尚な話ではありません。

 

 三代目は楽しげに笑った。

 

 「なるほど。フガクが目をかけるわけじゃ」

 

 やめて。父ちゃんに報告しないで。絶対また重い目で見られる。

 

 俺は薄い分身を見ながら、小さく息を吐いた。まだハメ殺しコンボには程遠い。こいつでは相手を惑わせるどころか、心配されて終わる。だが第一歩だ。分身は出た。薄くても出た。つまり、鍛えればいける。

 

 いけるぞ、俺。

 

 ハメ殺しイタチへの道が、今ここに開いた。

 

 その時、隣の分身がへにゃりと傾き、煙になって消えた。

 

 俺は真顔のまま思った。

 

 まずは過労死しなさそうな分身を作ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三代目火影猿飛ヒルゼンは執務室から抜け出し、里を歩いていた。

 

 現在は第三次忍界大戦の最中。里は活気がなく、静かでどんよりとしていた。

 

 道ゆく者達の表情は硬く、笑顔は少ない。

 

 ヒルゼンはいつものようにラーメンを食べにいく事にした。

 

 ラーメン一楽である。ほんの一年前に開店したばかりのお店だが、味はかなり良い。店主のテウチも愛想がよく、自身の事を黙っていてくれている。ヒルゼンは常連になっていた。

 

 そうしてラーメン一楽の前に着いた時、一人の小さな背丈の幼児が一楽に入っていくのを見た。

 

 (あの子は……)

 

 特徴的な黒髪、背中の服に刺繍されたうちはの模様。

 

 「いらっしゃい!お!イタチじゃねぇか」

 

 テウチの声が聞こえた。

 

 (うちはイタチ……フガクの倅だな)

 

 ヒルゼンは暖簾の前でわずかに足を止めた。うちはフガクの長子。まだ三歳になったばかりのはずである。うちは一族の子が幼くして里の中を歩く事自体は珍しくない。戦時下の木の葉では、子供であっても早くから忍としての空気に触れ、己の家の立場を知り、否応なく大人達の影を見て育つ。だが、その小さな背中には、ただ迷子が店に入っただけとは思えぬ妙な静けさがあった。

 

 「テウチさん、醤油ラーメンお願いします」

 

 暖簾の奥から聞こえた声は幼かった。だが、妙に落ち着いていた。

 

 子供らしい弾む調子も、遠慮のない我儘もない。短く、礼を失わず、店主との距離も過不足なく取っている。その声音に、ヒルゼンは思わず眉を上げた。戦は子供から無邪気さを奪う。だが、それでも三歳の幼児が纏うには早すぎるものがある。

 

 ヒルゼンは気配を薄め、暖簾を潜った。

 

 「お隣りいいかな?」

 

 「どうぞ」

 

 幼子は振り返り、僅かに視線を上げただけで席を譲るように身を整えた。驚きはない。少なくとも、表には出さない。ヒルゼンはその横顔を見ながら、内心で静かに息を吐いた。黒い瞳は澄んでいる。澄んでいるが、底が見えぬ。うちはの血を引く者特有の暗い艶だけではない。何かを知り、何かを測り、そして口を閉ざす者の目であった。

 

 「わしも醤油ラーメンをもらおうかな」

 

 「あいよぅ!」

 

 テウチの明るい声が、店の中に落ちた沈黙を軽く払った。湯の沸く音、麺をほぐす箸の音、醤油の香り、脂の甘い匂い。戦時下の里には似つかわしくない穏やかな空間である。だが、ヒルゼンの意識は隣の幼子に向いていた。イタチは背筋を崩さず座り、カウンターの上を見つめている。退屈している様子もなく、周囲の気配を怯える様子もなく、ただ静かにそこにいた。

 

 「幼いのに、落ち着いておるの」

 

 「里の中ですから」

 

 短い答えだった。

 

 ヒルゼンは、その言葉の奥を測った。里の中だから怖くない。普通ならそう受け取る。だが、イタチの声音はそう単純ではなかった。里の中であれば安全であってほしい。里とはそういう場所でなければならない。そうした願いにも似た響きが、幼い声の端に僅かに滲んでいた。

 

 「ほう。里の中なら安全だと?」

 

 「安全だと思いたいだけです」

 

 テウチの手が一瞬だけ止まった。

 

 ヒルゼンもまた、言葉を失った。三歳の子供が口にするには重すぎる答えである。だが、今の木の葉で育つ子にとって、それは決して的外れではない。門の外では忍が死に、門の内では帰りを待つ者が息を殺している。安全とは宣言ではなく願望になりつつある。その事を、この幼子は既に感じ取っているのか。

 

 「へい、お待ち!」

 

 目の前に醤油ラーメンが置かれた。イタチは小さな手を合わせ、丁寧に礼をして箸を取った。その仕草は幼い。幼いが、乱れがない。麺を持ち上げる指はまだ細く、時折危うい。けれど、湯気を避け、熱を測り、少しずつ口に運ぶ様には、己の身体を制御しようとする意識が見えた。

 

 「君の父は、よく里のために働いてくれておる」

 

 「はい」

 

 「寂しくはないかね?」

 

 問うた瞬間、ヒルゼンは少し己を悔いた。幼子に投げるには酷な問いである。だが、それでも聞かずにはいられなかった。フガクは戦場で名を上げている。凶眼フガク。その名は敵にも味方にも知られ、うちは一族の力を示す象徴になっていた。けれど、強き忍も家に帰れば父であり、ここに座る幼子はその帰りを待つ子である。

 

 イタチは麺を飲み込み、ほんの少しだけ間を置いた。

 

 「生きて帰ってくれば、それでいいです」

 

 ヒルゼンは静かに目を細めた。

 

 勝利でも、武功でも、名誉でもない。ただ生きて帰る事。それを望む幼子の言葉は、戦の本質をあまりにも真っ直ぐに突いていた。忍は任務の為に死ぬ。里の為に死ぬ。そう教え、そう使ってきた長であるヒルゼンにとって、その言葉は小さな刃のように胸に触れた。

 

 (この年で、既に死の重さを見ておるのか)

 

 ラーメンを食べ終えたイタチは、最後にスープを少し飲み、満足げに息を吐いた。その表情はほとんど変わらない。だが、ほんの一瞬だけ、頬に幼子らしい緩みがあった。ヒルゼンはそれを見て、僅かに救われる思いがした。どれほど静かであろうと、この子はまだ子供なのだと。

 

 「よく食べるの」

 

 「健康でいたいので」

 

 ヒルゼンは思わず笑った。

 

 「健康か。よいことじゃ。忍である前に、人は健やかでなければならん」

 

 イタチは静かに頷いた。その様はあまりにも真面目で、ヒルゼンには微笑ましくもあり、同時に痛ましくもあった。健康でいたい。子供が口にするには普通の願いである。だが、この子が言うと、それは己を鍛え、未来の死を遠ざけようとする決意に聞こえた。

 

 会計を済ませ、二人は店を出た。

 

 そこで別れるつもりだった。だが、イタチの歩む先が里の賑わいから外れ、演習場の方へ向いているのを見て、ヒルゼンは声を掛けた。

 

 「イタチ、これからどうするつもりだね?」

 

 「……ぷらぷらと」

 

 ぷらぷら、という言葉に似合わぬ足取りであった。目的を隠す子供の歩みではない。目的を悟られぬよう、あえて軽い言葉を選んだ者の歩みである。ヒルゼンは、少しだけ興味を強めた。

 

 「ふむ……わしもいいかね?」

 

 「はい……」

 

 そうして辿り着いた先は演習場であった。

 

 ヒルゼンは確信した。やはり、この子は修行に向かっていたのだ。父が戦場に出ている間に、誰に命じられたわけでもなく己を鍛えようとしている。しかも、ラーメンを腹に収めた後である。順番だけ見れば幼子らしいが、行き先がまるで幼子らしくない。

 

 「フガクからはどんな修行をつけてもらっておる」

 

 「体術と、手裏剣と、火遁を少し」

 

 「火遁か。怖くはないかね?」

 

 「必要なら」

 

 その一言で、ヒルゼンはしばらく黙った。

 

 必要なら恐怖を越える。三歳の子供が、それを当然のように口にした。うちはの血か、フガクの教育か、それともこの子自身の資質か。いずれにせよ、あまりに早い。早すぎる成長は、時に子供の心を削る。ヒルゼンは長く生き、多くの天才を見てきた。天才とは祝福であると同時に、周囲が都合よく重荷を乗せるための名でもある。

 

 「他に覚えたい術はあるかね?」

 

 「分身の術を」

 

 ヒルゼンは意外に思った。うちはの子ならば更なる火遁や手裏剣術を望んでもおかしくない。それにアカデミーでも分身の術は習う。だが、イタチは分身を選んだ。

 

 「何故、分身を?」

 

 「一人では、足りないので」

 

 風が演習場を抜けた。

 

 ヒルゼンはその幼い背を見つめた。一人では足りない。戦時の里で、フガクの子が、うちはの子がそう言う。その言葉にどこまでの意味があるのか、真実は分からない。だが、ヒルゼンの耳には、それがただ術の利便性を求めた言葉には聞こえなかった。

 

 「よかろう」

 

 ヒルゼンは印を結び、基本の分身を見せた。

 

 イタチは瞬きも少なく、それを見ていた。形だけではない。煙の濃さ、気配の薄さ、呼吸のずれまで観察しているように見えた。やがて小さな手が印を結ぶ。拙い。だが、流れは間違っていない。チャクラが幼い身体から外へ薄く広がり、ぽん、と軽い煙が上がった。

 

 現れた分身は不完全だった。輪郭は淡く、やや歪んでいる。

 

 しかし、形を保っていた。

 

 「初めてで、形を保ったか」

 

 ヒルゼンは思わず呟いた。

 

 イタチは黙って分身を見ている。その表情に驕りはない。成功の喜びもない。ただ、失敗の理由を探っている者の目であった。やがて分身は傾き、煙になって消えた。

 

 小さな幼子は、何も言わず、その煙の消えた場所を見ていた。

 

 ヒルゼンはその横顔に、戦の時代が生み落とした一つの才を見た。

 

 同時に、その才がいずれ里とうちはの狭間に立たされるかもしれぬ予感を、静かに胸の奥へ沈めた。




テウチ「三歳児がラーメン?ヘビーすぎるだろ……まぁいいか」
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