分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
おす!おら!うちはイタチや!
この六年間、俺は父ちゃんや母ちゃんに心配をかけすぎないようにしつつ、サスケへの家族サービスを疎かにしないまま、健康と強さを求めて修行の密度を増やした。
どうやって?
そんなの簡単だろ。
影分身だよ、影分身。
あれは本当に便利だ。配分さえ間違えなければ、マルチタスクをこなせる。修行、薬の調合、読書、忍具の手入れ、家事の手伝い、サスケの見守り、全部を同時進行できる。前世のサラリーマン時代に使えたら、どれだけ助かったか。朝イチで会議資料を作る俺、営業先へ向かう俺、上司の小言を聞き流す俺、コンビニで昼飯を確保する俺、帰宅して洗濯する俺。完璧だ。いや、解除した瞬間に全部の疲労と怒りが戻ってきて発狂する未来しか見えないな。前世の俺、影分身使えても多分労働時間が増えるだけだったわ。会社って怖い。
兵糧錠剤も合わせれば、六年間不眠不休で戦えはしないけど、二、三日くらいなら寝ずに色々こなせるだろう。勿論、ちゃんと寝るけどね?睡眠を削るやつは健康の敵。超健康分身ハメ殺しイタチを目指す俺が、不健康ムーブをしてどうする。過労と寝不足は敵だ。いや、敵どころか裏切り者だ。忍界で敵に殺される前に、自分の生活習慣に殺されたら笑えない。
俺が万華鏡写輪眼を開眼しちまった原因、それは三ヶ月連続出勤影分身のせいだと思っている。影分身の経験と記憶が、解除した瞬間、一気に俺の脳へ流れ込んだ。父ちゃんへの尊敬、母ちゃんへの感謝、サスケへの愛、サスケ可愛い、サスケ守る、サスケの寝息、サスケの泣き声、サスケのオムツ、サスケの指、サスケサスケェ!という情報の大洪水である。あれはヤバかった。脳内に兄バカ濁流が発生した。普通の人間なら溺れる。俺もうちはじゃなかったら危なかったかもしれない。いや、うちはだから開眼したのか。終わってる。
だから俺は、その経験を元に影分身の連続使用をやめた。一日出して、寝る前に必ず解除する。記憶と疲労を受け取り、整理し、睡眠で回復する。そして翌日また必要な分だけ出す。それの繰り返しにした。昔みたいに里の外へ
そんで六歳になった時、俺はアカデミーに入った。木ノ葉の忍者学校だ。
学校という響きが懐かしかった。前世で言えば十年以上振りである。ランドセルじゃない。黒板とチョークでもない。給食もない。だが、机が並んでいて、教師がいて、子供達が騒いでいる光景を見ると、変な感慨があった。ああ、学校だ。社会人になってからは二度と戻りたくないと思っていたのに、いざ戻ると妙に胸がざわつく。なお前世の俺は首席とは縁のない普通の生徒だった。テスト前に焦って暗記して、終わった瞬間に忘れるタイプである。
初等教育無双できるかと思ったけど、そうはいかなかった。やっぱり忍界は違った。学ぶのは忍術、体術、手裏剣術、変化や分身、罠の見分け方、忍の心得、忍世界の一般常識。前世で頭に叩き込んだ社会の常識とは、方向性が全然違う。名刺交換の角度とか、メールの件名とか、上司への報告順とか、そういう知識は全く役に立たない。忍者学校で「お世話になっております」とか言っても誰も褒めてくれない。悲しい。
だが、修行を続けていたおかげで、実技は問題なかった。分身の術は当然できる。変化もできる。手裏剣術も、父ちゃんと母ちゃんとシスイに鍛えられていたから、年齢の割にはかなり仕上がっていた。座学も、前世で鍛えられた暗記力と社畜根性が役に立った。分からない事は調べる。重要そうな所はまとめる。教師の話はメモする。会議の議事録よりずっと分かりやすい。結果、俺は天才児扱いされ、一年で卒業できた。こういう特例は珍しいが、ないわけではないらしい。カカシさんもそうだったと聞いた。
その後、下忍になってチームを組んだ。
俺と組んだ二人は、俺より年上だった。最初は五歳も六歳も年下の俺が混ざることに戸惑っていたが、任務を重ねるうちに自然と距離は縮まった。迷子の猫探し、畑の害獣駆除、荷物運び、護衛、山道の巡回。地味な任務も多かったが、地味を舐める奴から失敗する。前世の資料作成と同じだ。細かい確認を怠ると、後でとんでもない事故になる。
中忍試験は、正直に言うと楽勝だった。いや調子に乗るな俺。油断はしていない。していないが、基礎を積んで、写輪眼を持ち、影分身で経験を重ねている俺にとって、同年代相手の試験はかなり見通しやすかった。中忍になってからは一人で動く任務も増え、判断を求められる場面も多くなった。忍は強ければいいわけではない。任務の目的、味方の安全、撤退の判断、報告の精度。前世の社会人経験が、妙なところで役に立った。
修行しまくり、飯を食いまくり、寝まくり、薬も改良しまくり、身体も大きくなった。
そして今、十一歳。
俺は暗部に入るためのSランク任務を明日に控え、一楽にサスケとナルトを連れて来ていたわけさ。
俺はサスケとナルトを席に座らせて、サスケの隣に腰を下ろした。俺と三代目で二人を挟む感じだ。サスケは少し背筋を伸ばし、ナルトは暖簾の向こうから漂う匂いだけでもう目を輝かせている。分かる。分かるぞナルト。この匂いは胃袋に直接語りかけてくる。任務報告より説得力がある。
「イタチ、サスケとナルトもいらっしゃい!今日は賑やかだね。何にする?」
テウチさんがいつもの笑顔で声をかけてくれた。六年経っても、この人の笑顔とラーメンの湯気は変わらない。木ノ葉の精神的インフラである。水道、電気、一楽。いや電気はこの世界だと怪しいけど、とにかく大事だ。
「サスケ、ナルト。どうする?」
「うーん、みそ!兄さんが前に食べてたやつ、美味しそうだったから。あ、でもネギは少しだけでいい。あの辛いのがいっぱいだと、あとで水が欲しくなる」
「えっとね!えっとね!しょうゆだってばよ!チャーシューがいっぱいのやつ!でも母ちゃんに食べすぎるなって言われたから、いっぱいだけどいっぱいじゃない感じで!」
「それは普通盛りのチャーシュー追加じゃな」
三代目が横から笑って言った。
「じっちゃん分かってるってばよ!」
「ナルト、三代目様に向かってじっちゃんはやめろ。外ではちゃんと呼べって、母さんにも言われただろ」
「でもじっちゃんがいいって言ったもん!」
「わしが許した。火影を降りた爺にまで堅苦しくしていては、ラーメンが伸びるわい」
サスケが納得できない顔で三代目を見上げる。真面目だ。うちの弟、真面目で可愛い。ナルトはすでに丼の到着を想像しているのか、足をぷらぷらさせている。落ち着け。落ち着くんだ。ラーメンは逃げない。いや、伸びるから時間との勝負ではある。
「テウチさん、サスケに味噌を一つ。ネギは少なめでお願いします。ナルトには醤油の普通盛り、チャーシューを少し足して。俺は味噌を普通で」
「はいよ。イタチは相変わらず面倒見がいいねぇ。ナルト、チャーシューは
「分かってるってばよ!少しがたくさんあったら嬉しいなって思っただけ!」
「それは少しとは言わん」
三代目が笑い、俺も薄く笑った。
テウチさんが水を出してくれると、サスケは両手で湯飲みを持ち、きちんと礼を言った。ナルトもそれを見て、慌てて「ありがとだってばよ!」と声を上げる。よしよし。クシナさんの教育、ちゃんと効いてる。俺も連れてきた責任があるからな。食事の礼儀は大事だ。前世でも接待で箸の持ち方が汚いと地味に見られた。忍界でもきっと見られる。たぶん。
「イタチよ」
三代目が湯気の向こうから俺を見た。
「明日の件は聞いておる。無理をするな、と言えばお前は頷くじゃろう。だが、頷いた後に必要なら無理をする。それも知っておる」
「必要な判断はします。ですが、勝手な判断で周囲を巻き込むことはしません。任務前に父さんとも確認しています」
「うむ。お前は昔より、その辺りを覚えた。だがな、暗部というものは人の顔を隠す。名を薄くする。里のためという言葉は便利じゃ。便利な言葉ほど、人を縛る。お前は自分が誰の子で誰の兄で誰の友であるかを忘れるな」
その声は穏やかだったが、軽くはなかった。
サスケとナルトが不思議そうに俺と三代目を見比べる。俺は二人を不安にさせないよう、少しだけ肩の力を抜いた。
「忘れません。俺はうちはイタチです。父さんと母さんの子で、サスケの兄です。それに、ナルトを一楽へ連れてくる係でもあります」
「そうだってばよ!イタチ兄ちゃんがいないと、サスケが真面目すぎてネギの量まで会議みたいになるもん!」
「ナルトが大雑把すぎるんだ。食べ物はちゃんと考えた方がいい」
「ラーメンは勢いで食べるものだってばよ!」
「違う。兄さんは、よく噛んで味わえって言う」
「ラーメンを噛みすぎたら伸びる!」
「二人とも、ラーメンは喧嘩しながら食べるものではない」
俺がそう言うと、二人は同時に口を閉じた。素直。可愛い。三代目は目尻を下げて笑っている。完全に孫を見る爺の顔だ。四代目の息子と、うちはの次男が、こうして同じ席でラーメンを待っている。この光景だけ見ると、世界はかなり良い方向へ転がっている気がする。
「へい、お待ち!」
丼が並んだ。味噌、醤油、味噌。湯気が上がり、脂の膜が光り、麺の上に具材がきちんと収まっている。ナルトの丼にはチャーシューが少しだけ多い。少しだけだ。テウチさん、分かってる。
「いただきます!」
「いただきますってばよ!」
「いただきます」
俺も箸を取った。
サスケはまずスープを少し飲み、目を丸くした。
「兄さん、これ美味しい。家の味噌汁と違うけど、あったかい味がする」
「うむ、いい感想じゃ。ラーメンはな、腹を満たすだけではない。疲れた日にも、嬉しい日にも、少し心を戻してくれる」
「じっちゃん、ラーメン博士みたいだってばよ」
「わしは長く生きておるからな。ラーメンについても少しは知っておる」
ただのラーメン好きの爺では?と思ったが言わない。三代目には俺の兵糧錠剤を深夜仕事に使った前科がある。ラーメン語りくらい許そう。
ナルトは麺をすすり、熱さに少し目を潤ませながらも満面の笑みを浮かべた。
「うまい!イタチ兄ちゃん、任務から帰ってきたらまた来ようぜ!サスケも一緒に!」
「兄さん明日は……大変なの?」
サスケの声が少し低くなった。
俺は箸を置かず、けれど視線だけを弟へ向けた。
「大事な任務だ。だが、帰ってくる。だからサスケは明日もいつも通り修行して、よく食べて、よく寝ろ。俺が帰ってきた時に今日より少し上手くなった構えを見せてくれ」
「……分かった。兄さんが帰ってきたら、絶対びっくりさせる」
「おれも!おれもすげぇ分身作れるようになるってばよ!」
「あぁ……お前達ならできる」
三代目が静かに言った。
「イタチは帰ってくる。約束とは守るために口にするものじゃ」
俺は三代目を見た。爺ちゃんはラーメンの湯気越しに、ただ穏やかに笑っている。
俺は頷き、麺をすすった。
明日の任務は重い。だが今は、この一杯と、隣で笑う二人をちゃんと覚えておきたかった。
なんやかんやと喋りながら楽しくラーメンを食べて、三代目に全額奢ってもらい、一楽の外へ出た。
夜に近づく木ノ葉の空気は少し冷えていて、暖簾を潜った瞬間にラーメンの熱で緩んだ頬へ涼しい風が触れた。胃は満たされ、心も満たされ、サスケとナルトはまだ興奮気味に麺の話をしている。ナルトはチャーシューが少し多かったことを自慢し、サスケは味噌の香りが家の味噌汁とどう違うのかを真剣に考えていた。六歳児の会話、尊い。録音したい。いや録音機ないけど。
「三代目、いつもありがとうございます」
「いいんじゃよ、イタチ。子供がよく食べる姿を見るのは爺の楽しみじゃ。それに、お主はすぐ遠慮する。奢られる時くらい素直に受け取る練習をせい」
「……気をつけます」
「ホッホッ、返事が硬いのう。これからミナトのところへ向かうのか?」
「はい、明日の任務のブリーフィングがあります。内容が内容ですから、事前確認は念入りにしておきたいので」
任務前の打ち合わせは大事だ。明日やる任務は犬探しとか猫探しとか、畑を荒らす猪退治だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。Sランク任務だ。言うなれば大企業相手に営業しに行くどころか、社長同士の会談に若手一人で突っ込まされるようなもんだ。資料確認、導線確認、想定問答、撤退基準、全部いる。忍界の営業は失敗すると死ぬ。前世の営業も精神は死んだけどな。
「そうか。なら、わしはサスケとナルトを送り届けるとしようかの」
「いいのですか?三代目。お時間を取らせてしまいます」
「よいよい。お主の相手をするよりマシじゃ。昔からお主は妙なところで手がかかる。サスケとナルトを送る方が、よほど気楽じゃわい」
なんか酷い事言われてない?そら三代目に分身ハメ殺しを試したり、影分身の使い方で説教を食らったり、兵糧錠剤を持ち込んだりしたけど……いや結構手がかかってるな。反論できねぇ。
「では、お願いします。二人とも、三代目の側にいろよ。寄り道しすぎるな。ナルト、走るな。サスケ、ナルトを追いかけすぎるな。二人とも、帰ったら手洗いうがいだ」
「うん!兄さんも任務の話、ちゃんと聞いて早く帰ってきてね」
「へへっ!じっちゃん!おれ団子食いたい……ちょっとだけ!ほんとにちょっとだけだから!」
「ホッホッホ。さて、どうするかのう。クシナに怒られぬ程度を見極めるのも、長く生きた者の知恵じゃ」
三代目……あんま変なもの食べさせないで下さいね。クシナさんにしばかれますよ。あの人、怒ると普通に火影経験者でも正座させそうだからな。三代目はにこにこしているが、絶対少し面白がっている。爺ちゃんの余裕、ずるい。
俺は三人が歩いていくのを見届けた。サスケは何度も振り返り、ナルトは三代目の袖を引っ張りながら何か喋っている。二人の背中が人混みに紛れていくのを確認してから、俺は火影邸へ向かった。
薄暗くなってきた里には、ぽつぽつと灯りが増えていた。飲食店の暖簾は明るく、任務を終えた忍や職務終わりの人達が酒を飲み、飯を食い、今日あったことを話している。焼き鳥の匂い、甘い団子の匂い、湯気、笑い声。久々に焼肉食いてぇな。前に秋道一族の人と任務終わりに行った店、美味かったんだよな。肉の脂が程よくて、米が進んで、任務疲れに染みた。健康管理的には野菜も必要だが、肉は正義。筋肉は肉から生まれる。たぶん。
そんなこんなで火影邸に着くと、入り口に立つ忍に止められた。
うみのイッカクさんだ。
「イタチか……任務か?」
「ええ、四代目に呼ばれています。明日の件で、事前確認を」
「聞いている。だが、顔を知っているから通すわけじゃないぞ。火影邸に入る時は顔見知りでも気を抜くな。お前はもう中忍だ。顔パス気分でいると、暗部に入った時に足を掬われる」
「肝に銘じます」
「よし、じゃあ入れ。四代目がお待ちだ」
俺ももうほとんど顔パスみたいなもんだと思っていたが、普通に釘を刺された。さすがイッカクさん。こういう地味な確認を怠らない人、前世の会社なら総務でめちゃくちゃ頼りにされるタイプだ。いや忍としても頼りになるけど。
中に入り、廊下を進む。火影邸の空気は外とは違う。紙の匂い、墨の匂い、木の床に染み込んだ人の気配。そして見えない至る所に潜む気配。暗部の連中だ。壁の中、天井裏、柱の影、気配を殺しているつもりでも、完全には消えない。こっちも写輪眼なしで感じ取れるようになった。成長したな俺。
暗部入り。
今回の任務を成功させれば、俺は暗部入り内定となる。出世街道まっしぐらってやつだ。いやぁ……イタチになっても社会からは逃げられないんだな。階級、評価、任務実績、上司との面談。サラリーマン根性が染み付いて取れねぇ。違うのは、印鑑の代わりにクナイ、稟議書の代わりに任務書、失敗時の損害が命ってことくらいだ。くらいじゃねぇ。重すぎる。
四代目がいる部屋の前に立ち、軽く息を整えた。
「イタチです」
「どうぞ」
「失礼します」
部屋の中へ入ると、デスクに座るミナトさんと、その前に立つシスイがいた。ミナトさんは書類の山に囲まれているのに、疲れを顔へ出さない。四代目火影、爽やか仕事人である。シスイは壁際に軽く寄りかかり、こちらを見るなり片手を上げた。相変わらず少し雑で、気安い。
「よく来たね、イタチ。夕飯は済ませてきたみたいだね。一楽の匂いが少しする」
「はい。サスケとナルトを連れていました。三代目にお会いしご馳走になりました」
「待ってたぜ、イタチ。お前、明日がSランクだってのに随分落ち着いてんな。俺だったら飯の味が半分くらい分かんなくなるところだぞ」
「緊張はしています。ですが、食べないと動けません」
「お前らしいな。健康第一って顔してやがる」
シスイが笑う。ミナトさんも小さく頷いた。
「その考えは大事だよ。明日の任務は長くなる可能性がある。体力、判断力、そして撤退を選ぶ冷静さが必要になる。では始めようか。あ、ナルトのお世話ありがとね」
「いえ」
俺は背筋を伸ばした。Sランク任務のブリーフィングが始まる。
「さて、イタチとシスイが今回受ける任務の詳細がこれだよ」
俺はミナトさんから資料を受け取った。二セットあり、もう片方を隣に立ったシスイへ渡す。紙は薄いが、中身は重い。こういう機密性の高い任務資料は読んだ後すぐに燃やす。Sランク依頼ともなれば、机の引き出しに保管しました、鍵もかけました、で済む話じゃない。誰かに盗まれれば外交問題、下手すれば戦争の火種だ。前世で言えば社外秘資料どころか、国家機密を裸で持ち歩くようなものだな。怖すぎる。暗記、大事。
「やはり例の件ですか」
「うん。三年前に起きた事件のね」
三年前。
アレだな。
日向は木ノ葉にて最強、で有名な日向一族に端を発する事件だ。幼いヒナタが雲隠れの忍に誘拐されそうになった。それをヒナタの父、日向ヒアシさんが阻止し、侵入した雲隠れの忍頭を殺した。まあ、どう考えても正当防衛である。夜中に他里の忍が子供を攫おうとしていたのだ。そこで「お話し合いしましょう」なんて言っていたら、忍の里はやっていけない。
だが、雲隠れは自分達の行いを棚に上げ、結んだばかりの平和条約を盾に、木ノ葉へ理不尽な要求を突きつけてきた。
日向ヒアシの死体を渡せ、と。
勿論拒否した。
ミナトさんが生きていて、三代目も隠居だが相談役として健在で、父ちゃん達警務部や日向一族も証拠を揃えていた。雲隠れの忍が忍び込んだ経路、結界の乱れ、ヒナタの部屋に残された痕跡、倒された忍頭の装備。全部を突きつけ、木ノ葉は要求を跳ね除けた。日向の血を差し出す必要はない。そんな話で終わるはずだった。
だが、忍の世界は書類一枚で綺麗に終わらない。
「雲隠れは表向き、あの件を棚上げにしている。火の国と雷の国の関係も、今は大きく崩れていない。けれど、水面下では別だ。ここ半年、国境付近で日向に関する情報を集めていた形跡がある」
ミナトさんの声は静かだった。
俺は資料へ目を落とす。国境近くの商人、行方不明になった小国の忍、闇市で流れた血継限界の噂、雲隠れと繋がる仲介人。文字の一つ一つが、嫌な匂いを放っている。
「白眼狙いってことか」
シスイが低く言った。
「三年前に懲りてねぇのか、あいつら。子供を攫おうとして失敗して、今度は裏で手を伸ばすってわけかよ。面倒くせぇにも程がある」
「だからこそ、表沙汰にする前に証拠を掴む必要がある。木ノ葉から雲隠れを直接責めれば、相手は必ず知らぬ存ぜぬで逃げる。下手をすれば、こちらが和平を乱したと言い返されるだろう」
「外交ってやつは、忍術より面倒だな」
シスイが舌打ち混じりに言う。
分かる。めちゃくちゃ分かる。前世でも取引先との揉め事は、正論だけでは通らなかった。相手の顔を立てろ、証拠を残せ、言質を取れ、根回ししろ。ああ、嫌な記憶が蘇る。忍界でも社会人スキルが必要なの、納得いかねぇ。
「今回の任務は、国境付近の中立街に潜伏している仲介人の確認、可能であれば雲隠れとの接触記録の回収。そして、日向の血を狙う部隊が実在するなら、その構成と目的を探ることだ」
「排除は?」
シスイの声が少し鋭くなる。
「原則、証拠回収が優先。だが、木ノ葉の民、または日向の者へ危害が及ぶ状況なら排除を許可する。相手が雲隠れの正規忍である可能性もあるから、身元の確認を怠らないでほしい」
重い。
ただ戦って勝てばいい任務じゃない。相手を倒すだけなら、まだ分かりやすい。だが今回は、戦えば戦ったで火種になる。倒さなければ被害が出る。証拠は必要。こちらの正体は隠す。現場判断で撤退もする。嫌な要素のフルコースだ。Sランクって、こういう胃が痛い仕事のことを言うんだな。
「なぜ俺達なのですか」
俺は資料から目を上げて聞いた。
「俺は中忍です。シスイさんが同行するとはいえ、俺はまだ暗部でも上忍でもありません。任務の重要度を考えれば、既に暗部の者を使うのが自然です」
ミナトさんは頷いた。質問を予想していた顔だ。
「暗部は既に動いている。ただ、相手も木ノ葉の暗部を警戒している。仮面、動き方、連絡経路。暗部らしい気配は、かえって目立つ状況になっているんだ。君とシスイはうちはであり、若く、そして任務記録上は別件の移動として処理できる。もちろん、それだけで選んだわけじゃない」
「お前と俺の目が必要ってことだな」
シスイが資料を折らずに指で押さえながら言った。
「変装、尾行、幻術、証拠の確認。写輪眼持ちが二人いれば、見落としはかなり減る。戦闘になっても逃げ切れる。ま、危ねぇことには変わりねぇけどな」
「その通りだ。イタチ、これは君の暗部適性を見る任務でもある。強さだけではなく、判断、秘匿、撤退、仲間との連携。全部を見る」
出世試験きた。
いや、昇進面談にしては命がけすぎる。普通、面談は会議室でやるものだ。国境でやるな。だが、暗部という組織に入るなら、こういう任務を避けては通れないのだろう。
「了解しました。目的は、仲介人の確認、雲隠れとの接触記録の回収、白眼を狙う部隊の実在確認。交戦は避け、必要時のみ排除。木ノ葉との直接的な繋がりは残さない。撤退判断を誤らない」
「うん。よく整理できている」
ミナトさんは少し表情を和らげた。
「ただし、もう一つ。君達が戻らない場合、こちらは救援を出す。だから無理に任務を完遂しようとしないこと。生きて戻ることが最優先だ」
「分かっています」
「本当に分かってるか?お前、昔から腹括るの早すぎんだよ」
シスイが横目で俺を見る。
「一人で何とかしようとすんなよ。今回は俺がいる。俺のことも使え。分かったか?」
「分かりました。シスイさんも、俺を子供扱いしすぎないでください」
「十一歳は子供だろうが」
「シスイさんから見れば、そうかもしれません」
「そういう澄ました顔が腹立つんだよな、お前」
シスイは笑った。荒い言葉の中に、心配が混じっている。俺はその心配を無駄にしないよう、資料の内容を頭へ刻み込んだ。
ミナトさんが小さな火種を出し、二枚の資料が青白い火に包まれる。文字が焦げ、紙が丸まり、灰になって消えた。
明日、俺は初めて本当の意味で闇へ足を踏み入れる。
だが、一人ではない。
それが少しだけ、心強かった。
「では明日、日の出と同時に出発してくれ。目的は証拠の回収と敵性勢力の把握。交戦は最小限、撤退判断を誤らないこと。君達なら無茶をしなくても成果を持ち帰れる……解散」
「はっ」
「了解」
四代目火影波風ミナトが、机の上をトンッと指で鳴らしながら告げると、うちはイタチとシスイは短く返事をした。次の瞬間、二人の気配が部屋から消える。窓も扉も大きく動いていない。だが、そこに立っていたはずの二つの影は、まるで夕闇へ溶けるように姿を失っていた。
ミナトは誰もいなくなった執務室で、しばらく扉を見つめていた。
やがて頬杖をつき、机の上に残った灰皿へ視線を落とす。先ほど燃やした資料の灰が、黒く小さく沈んでいる。紙は消えた。だが、そこに記された問題までは消えない。
雲隠れへの偵察。
日向ヒナタの誘拐未遂から始まった事件が、ここまで
だが、裏は違う。
白眼を諦めた様子はない。商人、仲介人、傭兵崩れ、小国の抜け忍。雲隠れの名を表に出さず、いくつもの手を挟んで探りを入れている。雷の国そのものが動いているのか、雲隠れの一派が勝手に動いているのか、それとも別の何者かが雲隠れの欲を利用しているのか。そこがまだ見えない。
木ノ葉は今や、第三次忍界大戦を経てなお強固になっている。いや、戦を越えたからこそ、より歪に強くなったとも言える。三尾の人柱力となったリン。万華鏡写輪眼と木遁を使うオビト。千の術を写し取るカカシ。健在の三代目。そして自分自身も四代目火影として里にいる。
戦力だけを見れば、どの里も簡単には手を出せない。
だからこそ、直接ではなく、隙間を狙ってくる。
「誰が裏で糸を引いてるんだろうね」
ミナトは目を細め、虚空を見つめた。
答える者はいない。けれど問いは必要だった。火影の部屋で口にする独り言は、時に思考を整えるための印になる。声にした言葉が、自分の中で散らばっていた懸念を一本の線にしていく。
オビトの記憶封じ。
柱間細胞。
霧隠れで起きた不自然な事件。
大蛇丸の逃亡。
日向への執着。
九尾の封印が揺らいだ夜に、結局何も起こらなかった違和感。
点は多い。だが線が見えない。ミナトは火影として、それが何より気持ち悪かった。敵が目の前に立てば、戦えばいい。だが敵が影に潜み、誰かの欲や恐怖を利用してくるなら、刃だけでは届かない。
「ま、あの二人なら大丈夫か」
ミナトは小さく息を吐いた。
うちはシスイ。
木ノ葉一の瞬身の使い手と呼ばれ、忍術も体術も群を抜いている。明るく、人当たりが良く、けれど戦場では恐ろしく冷静だ。うちはの中でも里への忠誠が厚く、一族と木ノ葉の間に立てる稀有な忍でもある。そして何より、彼は万華鏡写輪眼を開眼している。幻術、瞬身、判断力。潜入と撤退を含む今回の任務には、これ以上ない人材だった。
そして、うちはイタチ。
一年でアカデミーを卒業し、中忍試験も難なく突破した。弱冠十一歳でありながら、既に暗部入りを期待されている天才。だがミナトがイタチに感じる評価は、単なる才への驚きだけではない。彼はうちは一族とは思えない戦い方をする。分身を軸に据え、相手の認識をずらし、薬や医療知識を使い、時に体術で、時に罠で、時に心理で勝つ。年齢に対して身体も大きく、チャクラ量も多い。影分身を十人以上出せるだけでなく、その経験を整理し、次へ繋げる頭もある。
それでいて、底が見えない。
幼くして万華鏡写輪眼を開眼している事は、限られた者しか知らない。フガクから報告を受けた時、ミナトはしばらく言葉を失った。五歳の子供が、なぜそこへ至ったのか。本人は冷静にしているが、冷静すぎる事が時に危うい。イタチは無茶を無茶と理解した上で、それでも必要なら踏み込む。そういう子だ。
だから今回、シスイを付けた。
力のためだけではない。
止める者が必要だった。
「シスイ、頼むよ。あの子は頭が良すぎて、時々自分を計算に入れ忘れる」
ミナトはそう呟き、背もたれに体を預けた。
窓の外には、夜の木ノ葉が広がっていた。灯りが点り、人々が食事をし、子供達が家へ帰る。どれも守るべき景色だ。そのために火影は机に向かう。戦場で敵を斬るより、書類と噂と外交の隙間を見つめ続ける方が、よほど神経を使う時がある。
「さて……僕も仕事に取り掛かろう」
ミナトは引き出しを開け、小さなケースを取り出した。蓋を開け、手の平に錠剤を一粒落とす。うちはイタチが改良した兵糧錠剤だ。疲労を誤魔化すためではなく、巡りを整え、集中力を底上げするために調整されたもの。乱用すれば叱られると分かっているが、今夜はまだ片付けるべき仕事が山ほどある。
錠剤を飲み込むと、腹の奥からじわりと熱が広がった。目の奥の重さが少し軽くなり、思考の霞が薄れていく。
「効くね〜」
ミナトは苦笑し、積み上がった書類へ手を伸ばした。
里を守る戦いは、明日の国境だけではない。
今この机の上にも、確かにあった。
うちはイタチ、お前は預言者か?
-
ガバ原作知識で突っ走れ!!!
-
報連相は社会人の基本だろうが!!!