分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
こちら、うちはイタチ。現在、雲隠れの里の国境付近にある町へ潜入したところだ。
雲隠れに近い場所ではあるが、ここはどこの里にも属していない中立の町で、通りには色々な里の忍が普通に歩いている。木ノ葉の忍もいれば、岩隠れや砂隠れの忍もちらほら見える。お、雲隠れもいるな。体格が良すぎる。なんであいつら全員プロテイン飲んでそうな肩幅してんの?雷の国では筋トレが義務教育なのかもしれない。
実はここに来るのは初めてじゃない。あれはいつだったかな……影分身で無断に外を見て回っていた時だったかもしれない。内緒だぞ。今は正式任務だからセーフ。過去の件は時効である。いや父ちゃんと三代目にバレて怒られたから、全然セーフじゃなかったわ。
「とりあえず宿とるか」
「そうですね」
隣を歩くシスイにそう返すと、彼は横目で俺を見た。
「おい、もう俺とお前しかいねぇんだから、その堅苦しい口調やめろ。任務中に肩肘張りすぎると、逆に目立つぞ」
「……そうだな」
「それでいい。俺達は旅の兄弟だ。兄貴に向かって、いちいち上忍に報告するみてぇな喋り方すんな」
「分かった、兄さん」
「それはそれで気持ち悪いからやめろ」
注文が多い。
シスイとは長年一緒に修行していて、もうかなり打ち解けている。まぁ俺の内面はイタチのクール補正が強すぎて、前世サラリーマンのふざけた部分がなかなか表に出てこない。だが、シスイ相手に過剰なビジネスマナーは必要ない。社外取引先ではなく、気安い先輩である。いや上忍だから上司かもしれない。うわ、急に距離が遠くなった。
「明日には帰りてぇな」
そっすね。
俺も帰りたい。
今回の任務は、国境付近の中立街に潜伏している仲介人の確認、可能であれば雲隠れとの接触記録の回収。そして、日向の血を狙う部隊が実在するなら、その構成と目的を探ることだ。かなり多い。流石Sランク任務だ。前世で言えば、通常業務に加えて新規顧客対応、内部監査、緊急トラブル処理を全部一日でやれと言われているようなものだ。残業代出ますか?出ませんね。忍だからね。
俺達はまず宿を取った。二階建ての古い宿で、一階には酒場が併設されている。部屋は通りに面しており、窓から町の中央通りが見えた。逃走経路は裏口から細い路地、その先は市場へ繋がっている。悪くない。宿の主人は俺達を旅商人の兄弟だと思い込んでいる。シスイの軽い笑顔と、俺の無口な弟感が見事に噛み合った。演技派兄弟である。
荷物を置き、部屋に仕込みがないことを確認した後、俺達は町の飲食店へ入った。
店内は思ったより賑やかだった。仕事を終えた人達が酒を飲み、なんか悪そうな雰囲気の男達が隅の席で小声で話し、見るからに怪しい奴が一人で汁物をすすっている。その一方で、仲睦まじい家族が食事をしている席もある。子供が串焼きを頬張り、母親らしき女性に口元を拭かれていた。
こういう町は不思議だ。危険な匂いがするのに、生活もある。誰かの陰謀の舞台であり、誰かの帰る場所でもある。忍として見れば警戒対象ばかりだが、普通に生きる人達にとっては今日の飯を食う場所だ。そこを間違えると、多分ろくな大人にならない。いや俺はもう前世込みなら三十代だけど。精神年齢の申告が難しい。
俺とシスイは旅をする兄弟という設定だ。このご時世、旅人はごまんといる。商いをする者、傭兵まがいの者、薬を売る者、親戚を訪ねる者。忍であっても額当てを外せば、そういう群れに紛れられる。勿論、俺達は忍と分かる服装や額当てなんかしていない。これは極秘任務だからな。まぁ、いざとなればいつでもシュシュっと変身はできるぜ。忍者だからな。便利。
「焼き鳥定食を頼む。ゴンタは何がいい?」
シスイが店員に声をかけながら、自然に俺へ話を振った。
ゴンタ。
それが今回の俺のコードネームだ。
誰だよゴンタって。もっとこう、影とか黒羽とか、うちはっぽい名前なかったの?四代目が決めたのか、シスイが勝手に決めたのか知らないが、完全に近所の犬みたいな名前である。
「同じで」
俺は短く答えた。
我ながら素晴らしい弟らしい演技だ。余計なことを喋らず、兄に合わせる。こう見えても俺は十一歳で、シスイは十四歳。六年の修行で俺も見違えるくらい成長し、身長は百七十センチにまで伸びた。前世の俺より伸び率が良い。ありがとう忍界。ありがとうチャクラ。ありがとうイタチ。
だがシスイは百八十センチある。
抜かせる気がしない。
遺伝子には勝てねぇよ。
「ゴンタ、肉ばっか見てねぇで周りも見ろ」
「見てる」
「本当か?今、串焼きの煙に一瞬目が寄ってたぞ」
「煙の向こうにいる男を見ていた」
「へぇ。どいつだ」
「奥から二番目。左手で箸を持っているが、腰の短刀は右抜きだ。利き手を隠している」
シスイの口元が少しだけ上がった。
「上出来だ」
褒められた。嬉しい。いや任務中だから浮かれるな俺。
焼き鳥定食が運ばれてくる。香ばしい匂いが鼻に届き、腹が反応した。任務中でも飯は食う。食わなければ動けない。健康第一。これだけは譲れない。
俺は箸を取りながら、店内の全員の位置を頭に入れた。
飯を食いながら情報を拾う。そう……Sランク任務は既に始まっているのだ。
まずは串に刺さった鶏肉を箸でスッと抜いて、皿の上へ落とす。こうすることで口を汚さずに食べられる。串持って齧り付け?悪りぃ悪りぃ、俺こう見えても社会人なんだわ。串についたタレで手を汚すと後で洗うのが大変だろ?仕事する上で手は綺麗に、これ基本。忍も手裏剣投げたり印を結んだり薬を扱ったりするんだから、手は命だ。タレまみれの指で火遁の印とか結びたくない。いや結べるけど気分の問題だ。
「前から思ってたけどよ、お前ほんと面白い食い方するよな」
対面に座るシスイは、串を持って焼き鳥をそのまま頬張っていた。流石兄貴です。やっぱ焼き鳥はそういう食い方っすよね。豪快で自然で、旅人の兄っぽさが出ている。俺の箸で肉を抜く食い方、どう見ても几帳面な弟だ。いや、設定的には合ってるかもしれない。無口で神経質な弟ゴンタ。嫌だなその人物像。
「口を汚さずに済む」
「飯食う時くらい汚れてもいいだろ。お前、修行で泥まみれになっても平気なくせに、こういうところ変に細けぇよな」
「泥は仕方ない。タレは避けられる」
「理屈は分かるが、納得はできねぇ」
シスイは笑いながら、二本目の串に手を伸ばした。演技中なのに自然体すぎる。いや、こいつの場合は自然体で潜入できるのが強いのかもしれない。俺はどうしても観察と計算が先に立つ。前世の会議で発言タイミングを測っていた癖が、忍界でも抜けない。嫌な生存戦略だ。
焼き鳥は美味かった。皮は少し焦げ、肉は柔らかく、甘辛いタレが米に合う。味噌汁には山菜が入っていて、漬物は塩気が強い。国境近くの町らしく、味付けが少し濃い。労働者や忍にはこれくらいがちょうどいいのだろう。俺は食べながらも、店内の声を拾う。
右奥の席では荷運びらしき男達が、明日の天気と賃金の愚痴を話している。左の壁際では砂隠れの忍が二人、酒の銘柄について揉めている。入口近くの家族連れは、子供が眠そうにしながら団子をねだっていた。微笑ましい。ナルトなら一緒になってねだるな。サスケは最初我慢するが、俺が買うと言えば嬉しそうに頷く。可愛い。兄の心が町の飲食店で溶けそう。
「ゴンタ、顔が少し緩んでるぞ」
「緩んでいない」
「いや、緩んでた。何考えてた?」
「団子のことだ」
「嘘ではなさそうなのが腹立つな」
実際、団子は少し考えていた。任務終わりに買って帰れないかな。いや日持ちしないか。サスケとナルトには木ノ葉で買えばいい。帰ってから約束を果たす。それだけだ。
その時、店の奥から低い声が聞こえた。
「例の荷は、今夜中に北の倉庫へ移す。明日の朝には検問が厳しくなるそうだ」
「誰から聞いた」
「雲の連中だ。あいつら、金払いはいいが態度がでけぇ。中立の町を自分達の庭だと思ってやがる」
俺は箸を止めず、肉を口に運んだ。
北の倉庫。
雲の連中。
例の荷。
怪しい言葉三点セットである。ビンゴカードならもう真ん中空いてる。だが、すぐに反応してはいけない。俺は味噌汁を啜り、目線を動かさずに耳だけを向けた。
「
「知らねぇよ。俺達は運ぶだけだ。中身を見ようとした奴がどうなったか、お前も聞いただろ」
「……ああ。喉を潰されて、路地裏に捨てられてたって話だろ」
あの目。
多分白眼。当たりだ。
心臓が一つ強く鳴る。だが表情は変えない。箸の動きも止めない。こういう時に平然と食事を続けられるのは、前世の営業時代にクレームを受けながら昼飯を飲み込んだ経験が活きている。嫌すぎる経験値。
シスイも気づいている。串を齧る動きは同じだが、目の奥が少し鋭くなった。
「兄さん」
俺は小さく呼んだ。
「なんだ、ゴンタ」
「米が足りない」
「……お前、そういう合図に食い物使うのやめろよ」
シスイは呆れたふりをして店員を呼び、追加の飯を頼む。その流れで自然に椅子の角度を変えた。店内の奥が見えやすくなる位置だ。流石だ。ふざけた返しをしながら、やることは早い。
声の主は三人。商人風の中年男、首に布を巻いた若い男、そして背を向けている大柄な男。三人とも額当てはない。だが大柄な男の首筋に、薄く焼けたような痕がある。雷遁で鍛えた忍に時々見られる皮膚の硬化だ。雲隠れの可能性が高い。
「今夜動くなら、宿で待つ余裕はないな」
シスイが飯をかき込みながら、小さく言った。
「ああ。ただ、今ここで動くと目立つ」
「分かってる。あいつらが出たら追う。お前は後方、俺が中間。影分身は?」
「店を出てから二人出す。一人は北の倉庫へ先回り。もう一人は宿へ戻って退路を確認させる」
「いい判断だ。けど、深追いはするなよ。今回は証拠が優先だ」
「分かっている」
「その返事、昔から信用ならねぇんだよなぁ」
ひどい。だが反論できない。分身大爆破の過去が強すぎる。若気の至りと言うには被害が大きい。俺まだ若いけど。
三人組は酒を飲み干すと、代金を置いて立ち上がった。家族連れの子供が笑い、砂隠れの忍が大声で何かを言い、店員が皿を運ぶ。その普通のざわめきの中で、怪しい男達は何事もなかったように出口へ向かう。
俺は最後の鶏肉を箸で摘み、口に入れた。
美味い。
だが、ゆっくり味わっている場合ではない。
「行くぞ、ゴンタ」
「ああ」
俺達は勘定を済ませ、旅の兄弟らしく少し間を置いて店を出た。
夜の町は、昼よりも影が濃い。その影の奥で、今回の任務の尻尾がようやく見え始めてきた気がする。
そうして俺達は、飲食店の喧騒が遠ざかった人気のない路地へ入り、左右の建物の窓、屋根の影、路地奥に積まれた木箱の隙間まで気配を探ってから、影分身を二人出した。白煙は音を殺して弾け、俺と同じ顔が二つ闇の中に立つ。一人は妙に口角を上げてニヒルに笑い、もう一人は何故か背筋を伸ばしてシュビッと敬礼した。おい、分身ども。今は潜入任務だぞ。個性を出すな。だが文句を言っている時間はない。俺は二人へ視線だけで役割を示し、声を低くした。
「作戦は分かってるな。行け」
「あいよ」
「了解」
一号は軽い調子で屋根へ飛び、二号は路地の影を滑るように消えた。一号は先行して対象の進路と倉庫周辺の見張りを確認し、二号は退路と町の巡回経路を洗う。解除された瞬間に情報は俺へ戻る。便利ではあるが、これに慣れすぎると本体が引き籠もり司令官みたいになるから怖い。影分身を酷使した結果、万華鏡を開眼するという前例を作った俺が言うと説得力が違う。悪い意味で。
「よし、俺達もいくぞ」
「あぁ」
俺とシスイも、先ほど店を出ていった三人組の気配を辿り、姿を直接捉えられる距離まで詰めると、そこからは一定の間隔を保って尾行を始めた。三人は表通りを避け、店の裏を抜け、荷車の轍が残る道へ進んでいく。俺達は建物の角、庇の影、積まれた樽の陰を使い、視線が重ならないよう歩幅をずらす。まるで不倫を調査する探偵の気分だ。いや忍者なんだがな。だがしかし、俺の前世でのドラマ知識を舐めちゃいけない。あんぱんと牛乳で張り込み、双眼鏡の反射を気にしながら監視、電信柱の後ろに隠れて尾行。完璧だ。なお、今ここにあんぱんも牛乳も電信柱もない。知識が役に立つ場面、ほぼない。悲しい。
そんなこんなで神経をすり減らしながら尾行すると、連中は話していた通り北の倉庫街へ入った。夜の倉庫街は昼間の市場とは空気が違う。人の声は少なく、乾いた土の匂いと古い木材の匂い、荷に染みた油の匂いが混ざっている。大小の倉庫が不規則に並び、屋根の上には月明かりが薄く乗っていた。その中の一つ、通りから少し奥まった建物の屋根上に影分身一号がいた。こっちを見るなり元気に手を振る。おい。遠足か。俺達は声を出さず、壁を蹴ってシュビッ、バババッと屋根へ上がった。
「戻れ」
「おう」
一号は印を結び、静かに消えた。直後、俺の脳へ一号の記憶が再生される。三人組が倉庫の裏口から入る姿、建物の外に見張りがいないこと、北側の屋根板が一枚浮いていること、中から漏れた低い声、そして荷を置く乾いた音。短時間だが十分だ。俺は息を細く吐き、シスイへ必要な情報だけを伝えた。
「三人組はこの中に入って取引してる。裏口に罠はないが、中はまだ分からない」
「まぁそうだろうな。中に入れるか?」
「あそこから入れる。一号が屋根板の浮きを見つけていた」
「分身にしては優秀じゃねぇか」
「本体が優秀だからな」
「そういう時だけ乗ってくるなよ」
俺は懐から小さな容器を取り出し、兵糧錠剤を手の平へ落とした。この六年で兵糧錠剤もかなり進化した。今ではフリスクみたいに気軽にいける。効能もバッチリだ。滋養強壮、栄養補給、チャクラを整えて流れを良くし、集中力も上げる。ついでに胃腸にも優しい。任務前に飯を食った直後でも安心設計。前世なら健康食品の通販番組で売れる。今ならもう一瓶ついてくる。いらねぇ。
シスイにも同じものを渡してある。彼は俺と同じように錠剤を手の平へ落とし、手首をトンと叩いて口へ放り込んだ。
「相変わらず効くなコレ。身体の奥が温まる」
「整腸の効果もあるから食い過ぎにもいい」
「お前もう忍者やめて医者になれ」
それもいいかもしれない。だが医者になったらなったで夜勤と急患と人間関係がある。結局どの世界でも仕事からは逃げられない。社会怖い。
俺とシスイは闇に紛れ、浮いた屋根板を少しだけずらして建物内へ侵入した。天井裏の梁へ蜘蛛のように指先と足裏を這わせ、埃を落とさぬよう重心を散らしながら進む。下には木箱が積まれ、灯りが一つだけ揺れていた。梁の上に着地して下を覗き、瞳を写輪眼に変える。そこには先ほどの三人組と、赤い雲の柄の外套を着た者が二人いた。
おいおい、あれって暁か?マジかよ。こんなところで何やってんだ?顔は笠と襟で見えないが、多分男……いや分からん。俺のガバ原作知識でも暁の有名メンバーくらいは覚えている。だが、これは原作よりも前の時代だ。まだ俺の知っている面子が揃う前の暁なんて知らない。というか、知っている暁だったとしても会いたくない。赤い雲の外套って時点で、求人票に「アットホームな職場です」と書いてあるブラック企業くらい信用できない。
「これが例の積荷だ。中身は知らねぇ。言われた通り、雲の連中から受け取ってここまで運んだ」
三人組の一人が、倉庫の一角から木箱を運び、暁の二人の前へ置いた。箱には封印札が貼られている。術式は雲隠れのものに見えるが、所々に別系統の癖が混ざっている。痕跡をぼかしているのか、それとも複数の手を経たのか。俺は瞬き一つせず、写輪眼で札の線を焼き付けた。
「ご苦労、これが報酬だ」
暁の一人が布袋を投げる。男が受け止めると、中で金属が擦れる音がした。金だ。依頼人が誰かは分からない。だが、雲隠れ、日向の血、そして暁。点が嫌な線で繋がり始めていた。俺は梁の上で息を殺し、隣のシスイが僅かに指を動かすのを見た。
証拠を掴むまで、まだ動けない。
下の木箱から、薄く白いチャクラが滲んでいた。
あのチャクラの色……日向一族のものじゃないな。
写輪眼越しに見える箱の中の気配は、白眼を持つ者特有の澄んだ流れとは違っていた。もっと冷たく、薄く、長い時間日の当たらない場所へ閉じ込められていた水のように淀んでいる。死んではいない。ごく微かではあるが、箱の内側でチャクラが脈打っていた。あの大きさからして、人が入っているのはまず間違いない。膝を折り、身体を丸めれば大人一人くらいは収まる。封印札で声と動きを封じ、荷物としてここまで運んできたのだろう。
完全に人身売買じゃねぇか。
俺は身じろぎ一つせず、横目だけでシスイを見た。シスイも写輪眼を開いたまま下方の一団を観察している。梁へ触れている右手の人差し指が、ごく僅かに横へ動いた。
《俺らの任務と関係あるか分からねぇな……だが、ありゃ人身売買だ。完全にアウトだ》
梁を指でなぞって意思疎通。俺がイタチじゃなきゃマジで分からない。修行の最中、声を出せない状況を想定して作った合図だが、文字というより感覚に近い。指の動かし方、力の入れ方、間の取り方を組み合わせ、短い意味を伝える。慣れていなければ、ただ梁を撫でているようにしか見えない。
シスイの言う通り、今回の任務と直接関係があるかはまだ分からない。俺達が追っているのは、日向の血を狙う部隊と雲隠れとの接触だ。箱の中身が別の国から攫われた誰かなら、任務の範囲外ではある。だが、だからといって見て見ぬふりをしていい話でもない。まして、あの中に日向一族の誰かが入っていたら最悪だ。木ノ葉へ潜入し、里の人間を攫い、国境を越えてここまで運んだことになる。警備網を抜かれた上に、白眼まで外へ持ち出されかけている。外交問題どころか、里の根幹に関わる失態だ。
俺も梁へ指を置き、ゆっくりとなぞった。
《どうする?助けるか?》
シスイの指が止まった。下では三人組の一人が報酬の入った袋を開き、中身を確認している。赤い雲の外套を纏った二人は、箱から少し距離を取ったまま動かない。顔は笠と襟に隠れているが、立ち姿に隙がなかった。受け渡しが終わった瞬間に動くべきか、それとも彼らを追い、さらに先の依頼主まで辿るべきか。情報を優先すれば、箱の中の人間を危険に晒す。救助を優先すれば、任務の糸をここで切るかもしれない。
シスイの指が再び動く。
《そうだな……いや、どうやらあちらさんが気づいたみてぇだ》
その意味を理解した次の瞬間、倉庫内の空気が鋭く裂けた。
ヒュンッ!
二枚の手裏剣が、灯りの陰から真っ直ぐ梁へ飛んでくる。狙いは正確だった。俺は腰のクナイを抜き、手首を返して一枚を弾く。甲高い金属音と共に火花が散り、軌道を逸らされた手裏剣が天井板へ深く突き刺さった。隣ではシスイが瞬時に忍刀を抜き放ち、もう一枚を斜め下から斬り上げて弾き飛ばしている。音を殺していた静寂が、一瞬で破れた。
「出てこい。木ノ葉の忍だな」
暁の一人が梁を見上げながら言った。低く、よく通る声だった。こちらの姿は闇に紛れている。額当てもしていない。それでも木ノ葉と断定したということは、尾行の癖か、動きか、あるいはチャクラの質まで読まれたのかもしれない。
俺とシスイはまだ動かない。飛び降りるにも、退くにも、一拍早い。
すると、もう一人の暁が三人組へ顔を向けた。
「お前達、尾行されてたな」
「な、何の話だ。俺達は言われた通り——」
男の言葉は最後まで続かなかった。
暁の外套の袖口から、黒い何かが勢いよく伸びた。細い紐のようであり、束になった髪のようでもある。それが空中で生き物のようにうねり、三人組の腕、胴、首へ一斉に絡みつく。
「ぐっ……!」
「なんだ、これ……!」
一人が短刀へ手を伸ばすより早く、黒い糸が腕を捻り上げた。骨の軋む鈍い音が響き、男の身体が宙へ浮く。二人目は背後へ跳ぼうとしたが、足首に巻きついた糸に引かれ、顔面から床へ叩きつけられた。三人目が助けを求めて口を開いた瞬間、その喉へ黒い束が巻きつき、声ごと締め上げる。
ほんの数秒だった。
三人の身体が力を失い、床へ崩れ落ちる。首は不自然に傾き、胸元には黒い糸が深く食い込んでいた。暁の男は倒れた三人を見下ろし、何事もなかったように糸を外套の内側へ戻していく。
なんだアイツ……
今、黒いひじきみたいなのが身体から出たぞ。
いや、ひじきじゃない。黒い糸だ。しかもただの忍具じゃない。あれ自体にチャクラが流れていて、手足みたいに自由に動いていた。俺のガバ原作知識の奥で、何かが引っかかる。暁。黒い糸。身体から伸びる異物。
知っているような気がする。
だが名前が出てこない。
こういう時に限って、脳内に浮かぶのは『激闘忍者対戦4』のキャラクター選択画面だった。頼むからゲーム知識じゃなく原作知識を出してくれ。命が懸かってんだぞ。
うおお!!思い出せ!!イケる!!
そうだ、角都だ!
笠を深く被り、口元まで覆うマスクのせいで顔は分からないが、身体の内側から伸びるあの黒い糸は間違いなく角都の術だ。確か初代火影千手柱間とリアルで戦ったことがあるとかいう、見かけの割にとんでもなく年を食っている奴。原作で何歳だったかは覚えていないが、少なくとも今目の前にいる時点で既に爺ちゃんどころじゃない。忍界の歴史資料みたいな男が、現役で人身売買の取引現場に立っている。職業人生長すぎだろ。
いや待てよ……あの黒いひじきがあれば、俺ももしかして長生きできるんじゃないか?内臓を交換して、身体を継ぎ接ぎしながら生き続ける。健康寿命という観点だけで考えれば興味深い。だが、あんな黒いひじきを身体の中へ入れるのは絶対に嫌だ。俺はナチュラルに健康になりたいんだよ。人工的というか呪術的というか、とにかく見た目が不健康すぎる。
「いくぜ、イタチ」
「分かった」
そんなことを考えている間に、シスイが梁を蹴って飛び降りた。俺も一拍遅れず後を追い、回転しながら床へ着地する。乾いた埃が足元から円状に広がり、俺達と赤い雲の二人との間を薄く遮った。
正面に暁が二人。
一人は角都。
もう一人は知らない。長身で、笠の下から灰色の髪が覗いている。背中には布で巻かれた長い得物を背負い、立ち方からして近接戦闘を得意としているように見えた。俺のガバ原作知識にも引っかからない。暁の正規メンバーなのか、それともこの時代だけ所属していた奴なのか。分からない相手ほど厄介だ。
「写輪眼が二人か」
知らない男が、俺達の赤い瞳を見ながら低く言った。
「厄介だな。だが、あれはうちはシスイとうちはイタチだ。高額の賞金首だ」
「分かっている」
角都の返事は短い。だが、俺を見る目が明らかに値札を確認する商人のそれだった。
シスイが賞金首なのは分かる。木ノ葉一の瞬身だし、各国の任務で名も知られている。だが、俺まで賞金首になってるんか?この六年で色々やったけど、人に迷惑かけることはしてません!敵対した忍を倒したり、任務を成功させたり、多少爆発させたりしただけだ。最後のは迷惑だったかもしれない。
「生け捕りなら上乗せがある」
「俺は片方でいい。若い方はお前にやる」
角都、お前ほんと金の話しかしねぇな。
「フッ」
角都が床を踏み砕いて踏み込んだ。重い身体からは想像できない速度で間合いが潰れ、黒い糸に覆われた拳がシスイの顔面へ一直線に迫る。シスイは腰を落として身を低くし、拳の下を潜り抜けるように前へ出た。それと同時に、もう一人の暁が横へ逸れ、俺の側面へ回り込む。
挟み撃ち。
だが、遅い。
俺は既に印を結んでいた。
「火遁——鳳仙火の術」
口元へ添えた指の間から、無数の火球を連続して吐き出す。赤々と燃える炎は直線ではなく、角度を変えながら倉庫内へ散開した。知らない男は背負っていた長物を引き抜き、布を払う。現れたのは身の丈ほどもある幅広の鉄棒だった。男がそれを回転させると、重い風圧が生まれ、正面から迫った火球が次々と弾かれて壁へ衝突する。
だが、本命は炎じゃない。
火球の陰へ紛れ込ませた手裏剣が、回転する鉄棒の隙間を抜けて男の肩と太腿を狙う。男は身体を捻って一枚を避け、もう一枚を鉄棒の柄で弾いたが、その瞬間には俺の影分身が背後へ回り込んでいた。
「後ろだ」
分身のクナイが首筋へ振り下ろされる。
男は振り返らず、鉄棒の端を床へ突き立てた。衝撃が床板を通って広がり、板が跳ね上がる。分身の足場が崩れ、体勢が浮いたところへ裏拳が叩き込まれた。
ボンッ!
白煙が弾け、分身が消える。記憶が戻る。あの男、見た目以上に感覚が鋭い。背後を見ずに空気の動きだけで位置を読んだ。
一方、シスイと角都は倉庫の中央で激しく打ち合っていた。角都の拳を忍刀で受け流し、シスイが脇腹へ蹴りを入れる。だが角都の身体はびくともしない。逆に外套の隙間から黒い糸が蛇のように伸び、シスイの足首へ絡みつこうとする。シスイは地面を蹴る前に姿を消し、角都の背後へ現れた。
「火遁——豪火球の術!」
巨大な炎が至近距離から角都を呑み込む。轟音と共に倉庫内の温度が跳ね上がり、積まれた木箱の表面が焦げた。だが炎の中から、角都の腕が伸びる。黒い糸が束になり、鞭のようにシスイの胴を薙いだ。
「シスイ!」
シスイは忍刀を盾にしたが、衝撃を殺し切れず横へ吹き飛ばされた。背中から木箱へ突っ込み、板が砕けて荷物が散乱する。それでもすぐに立ち上がり、口元の血を親指で拭った。
「硬ぇな、こいつ」
「角都だ。身体の中を黒い糸で繋ぎ、心臓を奪って生き延びる」
「お前、知ってんのか?」
「少しだけな」
原作知識です、とは言えない。
角都の目が僅かに細くなった。
「俺の名を知っているか。ならば、なおさら生かして帰すわけにはいかんな」
角都の背中が膨らみ、外套の縫い目から黒い糸が一斉に溢れ出す。人の身体から出てくる量じゃない。倉庫の床を這い、柱へ絡みつき、まるで建物全体を巣へ変えるように広がっていく。
同時に、箱の中の冷たいチャクラが大きく揺れた。
中にいる誰かが、目を覚ました。
俺は箱と敵の位置を同時に視界へ収め、再び印を結んだ。
まずは人質を守る。
賞金首だの暁だのは、その後だ。
角都「ガキのくせに図体がデカいな」
うちはイタチ、お前は預言者か?
-
ガバ原作知識で突っ走れ!!!
-
報連相は社会人の基本だろうが!!!