分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
俺は印を結びながら、前方に立つ二人を見据えた。片方は角都。黒いひじきみたいな糸を肉体に宿し、ほとんど不老不死みたいに生き続ける化け物だ。確か他人の胸から心臓をズルッと抜き取り、チャクラの経絡系ごと自分の身体へ埋め込んでいる。そうして奪った相手の性質変化まで扱えるようになり、潰された心臓の代わりまで務めさせる。心臓を取り込むだけで本来は使えない属性を獲得し、残機を増やし、その上で寿命まで伸ばすとか反則だろ。普通の忍は何年も修行して性質変化を身につけるんだぞ。それを心臓一個追加しました、はい新属性獲得です、で済ませるな。努力という言葉へ謝ってほしい。
しかも取り込んだ心臓は、仮面を付けた黒い糸の塊となって身体から分離し、各属性の忍術を勝手に撃ってくる。炎を吐くひじきモンスター、風を放つひじきモンスター、雷を撃つひじきモンスター。原作では確か、ナルトの風遁螺旋手裏剣で経絡系ごとズタズタにされて倒された。残念ながら俺に
そして、角都の隣に立つ鉄棒の男。未だに笠を深く被り、顔の上半分は影へ沈んでいる。覗く顎は角張り、首も肩も太く、赤い雲の外套越しでも鍛え込まれた体格が分かった。さっき少しやり合った感触では、体術に相当な自信がある。俺の影分身が死角へ回った瞬間にも、視線を向けず鉄棒で正確に弾いてきた。初見であそこまで対応するのはなかなかだ。鉄棒の長さと重量を力任せに振り回すだけではなく、柄の握る位置を変え、突き、薙ぎ、払いを繋げて間合いを自在に調整している。写輪眼でチャクラを見れば、全身の経絡系は太く、練り上げられた力が腹の奥で静かに巡っていた。忍術を使えるのは間違いない。だが何を使うのか分からない。原作ガバ知識を必死に漁っても、あんな奴は出てこない。知らない強敵は困る。攻略情報なしで隠しボスへ挑む気分だ。
俺は視線だけを僅かに動かし、倉庫の壁際に置かれた箱を確認した。先ほどより冷たく白いチャクラの漏れが濃くなり、封印札の隙間から細い靄のように漂っている。日向一族の澄んだチャクラとは違う。陰気で、冷たく、何かに怯えて縮こまっているような流れだ。封印は厳重だが、内部には明らかに人間がいる。呼吸らしき僅かな振動も、木板越しに写輪眼で捉えられた。戦闘が激しくなれば、箱ごと巻き込まれる。角都達を倒すだけでは駄目だ。中身を生かしたまま確保し、雲隠れと暁が何を運んでいたのか証拠として持ち帰る必要がある。
「イタチ、二人でやるぞ」
シスイが俺の右隣へ並び、忍刀の切っ先を斜め下へ向けながら、空いた左手で刀印を結んだ。膝を僅かに曲げ、どの方向にも瞬時に踏み出せる構えだ。顔にはいつもの気安い笑みが浮かんでいるが、写輪眼の奥は冷え切っている。角都の黒い糸、鉄棒男の重心、箱までの距離、崩れかけた天井、全てを同時に見ているのだろう。
「うちは一族の力を見せてやろうぜ」
「箱の確保を優先する。敵を倒すことだけに集中するな」
「分かってる。お前が鉄棒男の意識を引け。俺が角都を崩して箱まで道を作る」
「逆だ。角都は心臓を複数持っている。初見のシスイが相手をするには情報が足りない。俺が角都を抑える。シスイは鉄棒の男を箱から離してくれ」
シスイが一瞬だけ眉を寄せた。十一歳の後輩に危険な方を引き受けると言われれば、そりゃ不満だろう。だが、俺には原作知識がある。角都の術の大まかな仕組みも、心臓が複数あることも、黒い糸が身体を繋いでいることも知っている。記憶はガバガバでも、何も知らないよりは遥かにマシだ。
「無茶すんなよ。お前、自分が情報を持ってると分かった途端、一人で全部やろうとするからな」
「一人ではない。シスイがいる」
「……そういう返しだけは上手くなりやがって」
角都の外套の裾から黒い糸が溢れ、床板の隙間へ入り込みながら四方へ広がった。乾いた木を擦るざらざらとした音が倉庫内へ響き、複数の糸が柱を這い上がる。鉄棒の男も肩へ担いでいた武器を下ろし、両手で柄を握った。鉄の先端が床へ触れただけで板が陥没し、細かな木屑が跳ねる。
「作戦会議は終わったか?」
角都の声は低く、感情の起伏が薄い。その視線は俺達ではなく、値札でも確かめるように写輪眼へ向けられていた。
「うちはシスイとうちはイタチ。二人分の賞金なら、今回の報酬を失っても釣りが来る」
「ガキ二人で高額報酬か……悪くない」
鉄棒男が歯を見せて笑い、左足を前へ滑らせた。直後、床板が足裏で爆ぜ、巨体が視界から掻き消える。正面から俺へ突進したと思った瞬間、軸足を捻って軌道を変え、シスイの側頭部へ鉄棒を横薙ぎに振り抜いた。棒の先端が空気を圧縮し、耳を裂くような唸りを上げる。
シスイは忍刀を垂直に立てて受けた。鉄棒と刃が衝突した瞬間、甲高い金属音が倉庫中を震わせ、火花がシスイの頬を照らす。衝撃は足元まで貫通し、床板が円形に砕けたが、シスイは身体を僅かに斜めへ傾け、力を刀身から地面へ逃がして踏み止まる。
同時に、角都の黒い糸が俺の左右と頭上から襲いかかった。
俺は結び終えた印へチャクラを流し込み、足元を強く踏み締めた。
「影分身の術」
白煙が俺の周囲で弾け、三体の影分身が角都の黒い糸へ向かって一斉に飛び出した。
「火遁——鳳仙花爪紅」
「火遁——炎弾」
「火遁——業火球の術」
三体の影分身は、角都の黒い糸へ向かって飛び出した勢いを殺さず、それぞれが胸の前で結んでいた印へ同時にチャクラを流した。
右手の分身が吐き出した火球は、無数の手裏剣を内側へ隠しながら赤い花弁のように散開し、黒い糸の束へ食い込んだ瞬間に金属音と爆ぜる火花を撒き散らす。左手の分身が口内から撃ち出した凝縮火炎は、太い槍のように真っ直ぐ伸び、床板を這っていたひじきの群れを焦がしながら押し返した。正面の分身が放った巨大な業火球は、倉庫の梁を赤く照らし、油の染みた木箱の表面を一瞬で炭化させながら角都の視界を丸ごと飲み込む。熱で空気が歪み、鼻の奥に焦げた木と焼けた糸の臭いが刺さった。うわ、くせぇ。ひじきって焼いたらこんな臭いすんの?いや食い物のひじきに謝れ。あれは健康にいいんだ。こいつの体内ひじきは絶対に健康に悪い。
炎の壁は黒い糸を焼き払い、柱へ絡みついていた何本かを灰に変えた。だが、火の合間から角都が飛び込んでくる。外套の裾を焦がし、肩口から黒い糸を燻らせながらも、奴の踏み込みは一切鈍っていなかった。床を踏む音は重く、足裏が板を割り、割れた木片がこちらへ跳ねる。角都の右腕が、黒い糸で筋肉を何重にも縛り上げたように膨れ、拳そのものが岩の塊みたいに迫ってきた。俺は炎を放った影分身達を即座に解除し、戻ってきたチャクラを腹の底へ沈める。三体が見た一瞬分の視界と手応えが頭へ返り、黒い糸が焼けても内部のチャクラの流れまでは完全に断てていないことが分かった。やっぱりしつこい。汚れた排水溝の髪の毛よりしつこい。最悪の例えが出たな。
角都の拳が俺の顔面へ届く直前、俺は左足を半歩引き、クナイを逆手に構えて斜め上へ滑らせた。真正面から止めれば腕ごと砕かれる。だから受け止めるのではなく、軌道を削る。拳と刃が触れた瞬間、黒い糸がクナイへ絡みつき、鉄の表面をギチギチと締め上げた。重い。肩から背中まで衝撃が抜け、奥歯が鳴る。俺は足裏へチャクラを流して床を掴み、膝を柔らかく曲げて力を下へ逃がした。木板が沈み、踵の周囲にひびが走る。
「うちはの小僧、中々の練度だ。俺の持つ火遁の心臓よりも良いチャクラを持っている」
顔が近い。近すぎる。角都の目が、燃え残った火の明かりの中でぎらりと光った。白目は赤黒く濁り、黒目は不自然な緑色をしている。どんな目だよ。やっぱりひじきを体内に入れるとすごい副作用がありそうだ。健康長寿とは真逆の目をしている。こんな老人にはなりたくないランキング上位である。
「俺の新しいストックになれ」
怖っ。
求人勧誘みたいに心臓を狙うな。福利厚生ゼロどころか心臓没収じゃねぇか。だが、顔が近いということは目も近い。目が合った。これはチャンスだ。俺は押し込まれるクナイを握り直し、わざと一瞬だけ抵抗を弱めて角都の意識を前へ引っ張った。勝ったと錯覚した獣ほど、視線を外さない。
「俺の目を見ろ」
「ッ!!」
俺の写輪眼の三つ巴が回転し、角都の脳内へ瞳力を注ぎ込む。視界の中心に赤い月を落とし、そこから無数の黒い杭を伸ばすように幻術を組み上げた。通常の敵なら、この距離で瞳を奪った瞬間、呼吸、筋肉、意識の全部が一拍止まる。だが角都は普通じゃない。奴の中には複数の心臓があり、それぞれが別の経絡系を抱えている。だから俺は本体の意識だけでなく、黒い糸を伝って流れるチャクラの節目も同時に縛るよう、写輪眼で見える線を一本ずつ絡め取った。
角都の身体が一瞬だけ硬直した。拳の圧が緩み、クナイへ絡みついた黒い糸の締め付けが僅かにほどける。俺はその隙を逃さず、右足で床を蹴って角都の懐へ潜り込み、左手の指先で奴の胸元へ起爆札を貼りつけた。紙が外套へ吸い付くより早く、角都の脇腹から別の黒い糸が蛇のように噴き出し、俺の首を狙って伸びる。硬直は本当に一瞬だけだった。こいつ、幻術への耐性まで高いのかよ。人生経験が長すぎる奴、本当に面倒だな。
その黒い糸が首へ届く寸前、横から銀色の刃が走った。シスイだ。忍刀の一閃が糸を断ち、断面から黒い液体のようなチャクラが飛び散る。彼は鉄棒男の横薙ぎを紙一重で避けた直後らしく、頬に浅い裂傷を作っていたが、足捌きはまるで乱れていない。
「イタチ、長くは止められねぇぞ!」
「分かっている」
「なら早くやれ。そいつの目、気持ち悪ぃんだよ!」
同感です。
俺は角都の胸元に貼り付いた起爆札へチャクラを流し、同時に距離を取ろうとした。だが角都の左手が俺の手首を掴む。骨が軋むほどの握力。逃がす気はないらしい。幻術に落ちかけながら、まだ身体が動く。複数心臓持ち、反則すぎる。
「小僧……貴様の目は高く売れる」
「売り物ではない」
俺は短く答え、空いた右手で印を結んだ。
「火遁——灰積焼」
口から吐いた高温の灰が、角都と俺の間へ濃い霧のように広がった。角都の視界が灰で潰れ、次の瞬間、俺は歯で火花を散らして灰へ着火する。爆炎が至近距離で弾け、角都の黒い糸と俺をまとめて吹き飛ばした。熱が頬を焼き、肺に焦げた空気が入る。だが拘束は外れた。俺は床を転がりながら体勢を立て直し、焼けた煙の向こうで角都がゆっくり首を回す音を聞いた。
幻術も火遁も、致命傷には届いていない。
それでも、起爆札は胸元に残っている。
そして俺は、次の印を結んでいた。
「させるかよ」
その声と同時に、右横から鋭い殺気が突き刺さった。俺は印を結び切る寸前で膝を抜き、床へ吸い込まれるようにしゃがみ込む。視線だけを上へ向けると、鉄棒が俺の頭上すれすれを横切っていた。空気が潰れ、髪の先が風圧で持っていかれる。あぶねぇ……当たってたら頭が凹んでいた。冗談じゃなく、頭蓋骨が煎餅みたいになっていたかもしれない。鉄棒男の踏み込みは重く、振り抜いた勢いで倉庫の柱まで風を叩きつけ、積まれていた木箱の蓋がバキバキと割れて跳ね上がった。
俺はしゃがんだ姿勢のまま右足を軸にして身体を捻り、鉄棒男の前足へ左足を引っ掛けるように足払いを仕掛けた。奴は咄嗟に膝を浮かせて受けを外したが、その動きで腰が半拍だけ上がる。そこへ俺は印を一つだけ切り、白煙と共に影分身を出した。分身は俺の肩越しに飛び出し、鉄棒男の懐へ入り込みながら両手で奴の手首を押さえ、次の振り下ろしを無理やり横へ逸らす。鉄棒が床へ叩き込まれ、木板が爆ぜ、割れた破片が頬を掠めて血の味が口の中に広がった。鉄と焦げた木の臭いの中で、俺は後方へ飛び退き、角都の胸元に貼り付けた起爆札へ意識を戻す。
「影分身ッ……!やるじゃねぇか!」
鉄棒男は笑いながら、逸れた棒を力任せに引き戻そうとした。だが俺の影分身はそれより早く床を蹴り、身体を縦に反転させて踵を振り下ろす。構えは小さく、攻撃は真上から一直線。踵が鉄棒男の肩口へ叩き込まれた瞬間、鈍い骨の響きが倉庫内へ伝わり、奴の上体が僅かに沈んだ。鉄棒男は痛みより先に反応し、左腕を振るって影分身の胴を打ち抜く。白煙が弾け、影分身は消えた。その瞬間、影分身が見た鉄棒男の筋肉の収縮、肩の硬さ、骨へ入った衝撃の浅さが俺へ返る。浅い。効いてはいるが、止めるには足りない。やっぱりこいつ、身体が頑丈すぎる。
だが、一瞬稼げれば十分だ。
俺は後退しながら再度印を結び、角都の胸元に残した起爆札の術式へチャクラを流し込んだ。紙片は灰積焼の爆炎に焦がされながらも、外套の内側へしぶとく張り付いている。術式の線が赤く浮かび上がり、角都の胸の前で微かな火花が走った。
「チィッ……!」
角都は即座に察し、赤い雲の外套を肩から脱ぎ捨てて離脱しようとした。黒い糸が外套と皮膚の境目から溢れ、起爆札の貼られた部分を切り離そうと蠢く。だが遅い。起爆札は外套だけでなく、その下に伸びた黒い糸の束へも絡ませてある。紙が光を放ち、次の瞬間、爆発が角都の胸元で弾けた。乾いた破裂音ではなく、肉と糸と布を同時に抉る湿った轟音。衝撃が角都の上体を後ろへ反らし、胸から黒い糸と焼け焦げた肉片が飛び散る。赤黒い血が外套の残骸へ跳ね、焦げた臭いが一気に濃くなった。
角都は吹き飛ばされながらも倒れなかった。両足を床へ突き立て、滑るように後退しながら黒い糸を床へ食い込ませて体勢を支える。その胸元は抉れていたが、傷口の奥でひじきのような糸がうねり、潰れた肉を無理やり縫い合わせようとしている。気持ち悪い。マジで気持ち悪い。あれを健康長寿の参考にしようとした一瞬前の自分を心の中で殴った。
「シスイ!」
「おう!」
俺が叫ぶより早く、シスイは鉄棒男の背後から瞬身で現れ、忍刀の峰で奴の膝裏を打って進路を潰していた。鉄棒男が振り返ろうとするが、その前にシスイは床を蹴って俺の横へ並ぶ。頬の傷から血が一筋流れ、忍刀の刃には黒い糸の切れ端が絡んでいる。それでも口元は笑っていた。頼れる兄貴分だ。いや今は感動してる暇じゃない。
俺とシスイは同時に印を結んだ。互いの呼吸が重なり、腹の奥で練り上げた火のチャクラが肺へ集まる。角都は胸を抉られながらも黒い糸を広げ、鉄棒男はその前へ割り込もうと踏み込んだ。だがシスイの一撃で膝が鈍っている。間に合わない。倉庫の空気が熱を帯び、舌の上に鉄と灰の味が乗る。
『『火遁・業火滅却』』
二つの火遁が同時に放たれた。俺の炎は低く広く床を舐めるように走り、シスイの炎は上から被せるように渦を巻く。二つの業火は途中で噛み合い、単なる火球ではなく、壁のような火炎の奔流となって倉庫の中央を飲み込んだ。床板が一瞬で炭化し、積まれた木箱が内側の油ごと爆ぜ、黒い糸が焼けてブチブチと弾ける音が混じる。熱風がこちらへ跳ね返り、まつ毛の先が焦げるような感覚がした。
角都の黒い糸が炎の中で暴れ、鉄棒男の影が赤い壁の向こうで揺れる。
やったか!?
『火遁・業火滅却』
それは、火遁を得意とするうちは一族の中でも、扱える者が限られた高位忍術だった。口内で練り上げた膨大な火遁チャクラを一息に解放し、敵の正面だけではなく、左右へ逃げる余地までも焼き尽くす火炎の大波へ変える。かつて一族の頂点に立ち、忍の神と呼ばれた千手柱間と幾度も刃を交えたうちはマダラが好んで用い、その業火によって戦場ごと数多の忍を葬ってきた術である。
その大火遁を、イタチとシスイは同時に放った。
二人の口から吐き出された炎は、前方で激突するのではなく、互いの流れを補うように絡み合った。イタチの炎が床を舐めながら低く広がり、シスイの炎がその上へ覆い被さる。二つの火炎は巨大な一枚の壁となり、倉庫の中央を埋め尽くしながら角都と鉄棒の男へ迫った。床板は炎に触れるより先に熱で反り返り、油を染み込ませた木箱は内側から膨張して破裂する。飛び散った木片さえ空中で黒く焼け、天井の梁から垂れ下がる蜘蛛の巣は赤い光を映した直後、跡形もなく消えた。
イタチが幼少期から木ノ葉中の書物を読み漁り、術理を頭へ叩き込んできた貪欲さが、この火遁を形にしていた。知識を得ただけではない。父フガクとの修行で炎の密度を高め、三代目から性質変化とチャクラ制御を教わり、シスイとの実戦形式の鍛錬で発動までの隙を削り続けた。その積み重ねによって、十一歳の身体から放たれたとは思えぬ火炎が、倉庫そのものを巨大な竈へ変えていた。
しかし、角都は退かなかった。
迫り来る炎を緑色の瞳で捉えたまま、傷の開いた胸を僅かに反らす。直後、背中と肩口の縫い目が一斉に裂け、肉体の奥から無数の黒い糸が噴き出した。糸同士が濡れた縄のように擦れ合い、低く不気味な音を立てる。その中心から二つの仮面が押し出され、黒い糸で組み上げられた異形の身体が、猛烈な速度で角都の背中から分離した。
四肢と呼ぶには歪で、獣と呼ぶには人に近すぎる。無数の糸を束ねて形作られた二体の怪物は、床へ降り立つことすらせず、角都の前方へ躍り出た。ひとつは牙を剥いたような仮面を持ち、もうひとつは重く閉ざされた口を思わせる仮面を戴いている。角都が奪い、自らの肉体へ取り込んだ三つの心臓。そのうち二つが経絡系ごと体外へ出され、それぞれ独立した忍としてチャクラを練り上げていた。
『水遁・
牙の仮面が大きく口を開いた。内部へ圧縮されていた水遁チャクラが咆哮に似た轟音と共に噴き出し、瞬く間に巨大な水塊へ膨れ上がる。それは単なる放水ではなかった。倉庫の幅を埋め尽くす津波となり、床板を剥ぎ取り、木箱や死体を巻き込みながら業火滅却へ正面から衝突した。
火と水が激突した瞬間、耳を潰すような爆音が倉庫を震わせた。
大量の水が熱によって一息に蒸発し、白い蒸気が爆発的に膨張する。炎は水面を抉り、津波は炎の根元を押し潰す。互いに消し合うだけでは終わらず、生じた圧力が左右の壁へ襲い掛かり、太い柱を中ほどからへし折った。壁板は外側へ吹き飛び、赤熱した釘が甲高い音を立てて夜の闇へ散る。イタチとシスイの衣服にも蒸気が叩きつけられ、露出した頬と指先を焼くような熱が走った。
『土遁・
続いて、もう一体の仮面が術を放った。
床下の地面が大きく隆起し、倉庫全体が突き上げられる。土と岩が互いを圧縮しながら盛り上がり、巨岩となって津波の後方から押し出された。表面には幾重もの亀裂が走り、その隙間から土遁チャクラが鈍い光を漏らしている。岩塊は水流に乗って加速し、まだ消え切らぬ炎を正面から叩き潰しながら、イタチとシスイへ迫った。
「散れ!」
シスイの声と同時に、二人は左右へ跳んだ。
直後、巨岩が先ほどまで二人の立っていた床へ激突した。床板がまとめて陥没し、下の地面まで深く抉られる。岩の破片と泥水が放射状に飛び散り、一本がイタチの頬を掠めて細い血の線を刻んだ。シスイは空中で身体を捻り、崩れかけた柱を蹴って梁へ移る。イタチも壁へ足裏を着け、チャクラで張り付きながら写輪眼を角都へ向けた。
二体の異形は術を放ってなお消えず、黒い糸を揺らしながら角都の前へ並んでいる。水遁と土遁。その後ろには、胸の傷を糸で縫い直す角都。そして蒸気の奥では、鉄棒の男が火傷を負いながらも、得物を杖代わりにゆっくりと立ち上がっていた。
業火滅却は防がれた。
だが、角都は焦っていた。水遁と土遁によって業火滅却を防ぎ、二体の異形を前へ並べてなお、その胸中に勝利の確信はない。抉られた胸元を黒い糸で縫い合わせながら、水蒸気の向こうに立つ二人のうちはを緑色の瞳で睨み据えた。
(このうちはの小僧二人……普通じゃない。あの長身のうちはシスイの瞬身の術の速度、そして何よりうちはイタチだ……分身の使い方、手裏剣術、それにあの写輪眼の使い方――まるでうちはマダラのようだ)
角都はかつて滝隠れに属していた頃、里の命令を受けて千手柱間の暗殺へ赴いた。忍の神と呼ばれようと同じ人間ならば殺せる。そう考えて戦いを挑み、完膚なきまでに打ちのめされた。大地を割って生え広がる木々に退路を塞がれ、放つ忍術は森そのものに呑み込まれ、柱間の身体へ触れることすら叶わず、骨と内臓を傷めながら命からがら敗走したのだ。
その頃には既に、うちはマダラは木ノ葉から姿を消していた。しかし、さらに昔の戦場で、角都は遠方からマダラが敵軍を蹂躙する姿を見たことがある。巨大な軍配を振るうたびに忍が宙を舞い、火遁が地平を赤く染め、写輪眼に捉えられた者は攻撃へ移る前に殺されていた。規模も力も遠く及ばない。それでも、敵の反応を先読みし、次の手を戦いの中へ幾重にも仕込むイタチの戦い方は、あの男を思わせた。
(チッ……)
業火滅却は防いだ。だが、まだ子供でありながらここまでの練度を見せる忍を相手に、これ以上継戦する余裕はなかった。角都は横目で相棒の男を確認する。鉄棒を操る男は体術に特化し、近接戦であれば角都すら上回るものの、広範囲の忍術を撃ち合う勝負には向いていない。外套の右半分は焼け落ち、露出した肩から脇腹には赤黒い火傷が広がり、呼吸にも微かな乱れが生じていた。
倉庫内を満たしていた水蒸気が晴れていく。水遁と火遁の衝突によって濡れた床には砕けた木材が散乱し、土遁で生み出された巨岩が中央に鎮座している。柱の半数は折れ、壁は外側へ傾き、天井からは赤熱した木片と泥水が断続的に落ちていた。
「ッ!!!!」
角都と鉄棒の男の瞳が、同時に見開かれた。
巨岩と残留する蒸気が生み出した一瞬の死角。その両側を縫うように、
螺旋丸。
無数のチャクラが互いに異なる方向へ回転しながら球体へ圧縮され、低い唸りと共に周囲の水蒸気を引き裂いていく。二人の狙いは角都本体ではない。水遁と土遁の心臓を宿し、正面の業火を食い止めた二体の黒い異形だった。
(マズい)
角都が黒い糸を伸ばした時には、二人のイタチは既に異形の背後へ回り込んでいた。足を踏み締め、腰を捻り、全身の質量を掌へ集める。次の瞬間、二つの螺旋丸が黒い糸で形作られた背面へ同時に捩じ込まれた。
接触した箇所が深く陥没し、圧縮された回転が異形の内部へ食い込む。黒い糸が束ごと引き千切られ、湿った破裂音を響かせながら四方へ飛散した。仮面には中心から放射状の亀裂が走り、内部に埋め込まれていた心臓が激しい回転へ巻き込まれる。筋肉と血管が捻じ切れ、二つの心臓が同時に潰れた瞬間、仮面は乾いた音を立てて粉々に砕けた。
角都の肉体が大きく揺らぐ。五つあった命のうち、二つが一瞬で失われた。
「舐めるな!」
鉄棒の男は怒声と共に床を踏み砕き、右側のイタチへ迫った。両手で握った鉄棒を頭上へ振り上げ、肩、腰、脚の回転を一つへ繋げて斜めに叩き下ろす。棒身が空気を押し潰し、重い風圧が半壊した床板をめくり上げた。
鉄棒はイタチの肩口へ命中し、鎖骨から胸郭までまとめて叩き潰す軌道で振り抜かれた。だが肉と骨が砕ける感触はなく、その身体は衝撃を受けた瞬間、白煙となって弾ける。
「影分身か!!」
一方、角都も左側のイタチへ踏み込んでいた。袖口と胸の傷から黒い糸を一斉に噴き出し、槍のように束ねて全身を貫こうとする。二つの心臓を奪われた怒りにより、その速度は先ほどまでを上回っていた。
しかし、迫る黒い糸を前に、イタチは逃げなかった。
ゆっくりと振り返った顔には、普段の静かな表情とは異なる、不敵な笑みが浮かんでいる。角都の背筋に、戦場を生き抜いてきた本能が鋭い警鐘を鳴らした。
「
イタチの両手が目にも留まらぬ速度で動き、一瞬で術の準備を終える。右手の親指へ極端な密度のチャクラが集中し、皮膚が赤熱して周囲の空気を歪ませた。
そして躊躇なく、その親指を自らの左胸へ突き刺した。
肉を貫いた指先が、心臓部分に位置する死門へ達する。そこへ凝縮したチャクラが強引に流し込まれた瞬間、影分身の全身から赤い蒸気と眩い光が噴き上がった。血管と経絡系が皮膚の下へ浮かび、内側へ閉じ込められたチャクラによって肉体が激しく膨張する。
「なに……!?」
角都は黒い糸を伸ばし、その胸を貫こうとした。だが、既に遅い。糸の先端がイタチへ触れる直前、赤い光が倉庫内の全てを塗り潰した。
赤熱した親指が死門へ突き刺さり、強引に流し込まれたチャクラが影分身の経絡系を逆流した。逃げ場を失った力は肉体の内側で膨張し、筋肉も血管も臓腑も、形を保ったまま限界まで圧縮されていく。赤い蒸気は次第に炎のような輝きへ変わり、影分身の足元から床板が黒く焦げ、釘が甲高い音を立てながら浮き上がった。
角都と鉄棒の男は、その異常なチャクラ量が何を意味するのか理解するより早く、膨れ上がる熱と風圧に晒された。角都の黒い糸が反射的に前へ集まり、幾重もの盾を形作る。鉄棒の男も両足を踏み締め、巨大な得物を身体の前へ立てた。しかし、もはや防御の構えで凌げる段階ではなかった。
「分身大爆破」
影分身の肉体が消滅した瞬間、圧縮されていたチャクラが一点から解放された。
最初に生まれたのは音ではなく、白い光だった。眩い閃光が角都達の姿も、半壊した倉庫も、夜の暗闇さえも一瞬で塗り潰す。その直後、爆心から放射状に広がった熱が空気を焼き、床や柱へ染み込んでいた水分を瞬時に沸騰させた。膨張した水蒸気とチャクラの衝撃波が重なり、倉庫の内側から全てを押し広げる。
鉄棒の男が盾として構えた鉄棒は、迫る熱を受けた先端から赤く染まった。赤は瞬く間に白へ変わり、硬い棒身が飴のように湾曲する。男が手を離す暇もなく、融けた鉄が指へ絡みつき、皮膚と肉を骨まで焼き抜いた。絶叫を上げようと開いた口へ熱風が流れ込み、舌と喉が炭化する。次の瞬間には両腕の表面が剥がれ、露出した筋肉が沸騰する血液と共に弾け飛んだ。
衝撃波が正面から胸郭へ突き刺さり、肋骨が内側へ折れ曲がる。折れた骨が肺と心臓を貫くよりも早く、肉体そのものが熱と圧力に耐え切れず崩壊した。皮膚が灰となり、筋肉が千切れ、骨が白い粉へ変わって吹き散らされる。男の巨体は後方へ飛ばされることさえなく、爆心の光の中で形を失い、溶け落ちた鉄棒と共に消え去った。
角都は全身の縫い目を裂き、残された地怨虞を一斉に解放した。胸や背中、脇腹から黒い糸が津波のように噴き出し、肉体を捨てて地中へ逃れようと床へ突き刺さる。心臓の一つでも残れば生き延びられる。数十年に及ぶ戦いで培った生存本能が、思考より先に身体を動かしていた。
(間に合わん……!)
黒い糸が床板を貫き、その下の土へ潜ろうとした刹那、衝撃波が角都へ到達した。前面を覆った地怨虞が一本ずつ千切れるのではなく、束ごと内側へ押し潰される。黒い糸の内部を通るチャクラの経路が一斉に断裂し、残された心臓が激しく収縮した。角都はさらに糸を伸ばそうとしたが、爆心に近い部分から赤熱し、黒から橙、橙から白へと色を変えた地怨虞が次々に弾けていく。
腕の肉が消え、胸部が抉れ、剥き出しになった心臓が熱に焼かれた。最後に残った心臓が一度だけ大きく脈打つ。だが、その拍動も爆発の轟音に掻き消され、角都の肉体は無数の黒い糸と共に細かな塵となって消滅した。
遅れて発生した轟音が、倉庫街全体を揺るがした。
爆発は半壊していた倉庫の天井を真上へ吹き飛ばし、壁と柱を外側へ押し潰した。木材は火を噴きながら空へ舞い上がり、石と土は粉砕され、倉庫のあった地面そのものが深く抉れていく。白い光が収まると、そこには建物の残骸すらなく、縁を赤く焼かれた巨大な穴だけが残っていた。穴の中心では融解した土が粘つくように泡立ち、立ち昇る熱気が夜空を揺らめかせている。
爆心から離れた倉庫街の外縁で、イタチとシスイはその光景を見つめていた。二人の傍らには、冷たい白色のチャクラを漏らす箱が置かれている。イタチの影分身二体が角都達へ螺旋丸を叩き込んでいる間に、本体とシスイは箱を確保し、瞬身を重ねて退避していたのだ。
影分身が爆発と共に消滅したことで、死門へ親指を突き刺した痛みの記憶と、肉体の中で膨張するチャクラの感覚、角都が地怨虞を解放した最期の光景がイタチの脳内へ一気に流れ込んだ。イタチは左胸を押さえ、奥歯を噛み締めながら片膝を地面へつく。
数拍遅れて押し寄せた熱風が二人の髪と衣服を激しく揺らした。シスイは箱の前へ立って風除けとなり、舞い飛んできた小石を忍刀の柄で弾く。やがて衝撃が収まると、彼は額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、巨大な穴を見ながら顔を引き攣らせた。
「こりゃ禁術指定されるわ」
「こうでもしないと無理だった」
イタチは荒れた呼吸を整えながら立ち上がり、赤く輝いていた写輪眼を元の黒い瞳へ戻した。瞳力を解いた途端、全身へ重い疲労が広がる。それでも箱へ視線を向け、封印札が損傷していないことを確認すると、僅かに肩の力を抜いた。
その時、箱の内側から何かが木板を引っ掻く微かな音が響いた。
自来也「うおぉ!?すっごい揺れたのぉ……いやワシが揺れとるのか?」
うちはイタチ、お前は預言者か?
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ガバ原作知識で突っ走れ!!!
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報連相は社会人の基本だろうが!!!