分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
うちはイタチの影分身が死門へ親指を突き刺し、圧縮されたチャクラを爆ぜさせた頃、木ノ葉から遠く離れた中立街の片隅で、一人の男がのんきに串へ噛みついていた。
白い長髪を背へ流し、額当てを頭部へ巻き、赤い衣をだらしなく着崩した大柄な男。木ノ葉の伝説の三忍の一人、自来也である。彼は町の南側にある古びた立ち飲み屋のカウンターに肘を置き、焼き鳥の串を片手に、もう片方の手で熱燗の入った徳利を揺らしていた。炭火で炙られた鶏皮の脂が焦げる匂い、酒の甘い香り、周囲で管を巻く旅人や商人の声が混ざる店内は、忍の気配が行き交う中立街にしては妙に緩い空気に包まれている。
「旦那……そろそろその辺にしておいた方がいいんじゃないですかね」
カウンターの向こうに立つ店員が、困ったように眉を下げながら、それでも注文通り追加の熱燗を自来也の前へ置いた。店に入ってから既に三時間近く経っている。自来也の頬は酒でほんのり赤く染まり、吐く息は焼き鳥の匂いよりも酒臭さが勝っていた。皿の上には食べ終わった串が小さな柵みたいに積まれ、足元には徳利が何本も並んでいる。
「かたいこと言うな、若いの。今宵のワシはな、酒に身を任せたい気分なんだ」
「気分で済む量じゃないんですよ。うちは宿もやってませんし、潰れられても困るんですって」
「潰れる?この自来也様がか?笑わせるでない。ワシはな、酒の海を泳げる男だぞ。ちょいと足元の床が波打っとる気はするが、それは店の造りが悪いだけだ」
「いや床のせいにしないでくださいよ」
店員が深く溜息をついた、その瞬間だった。
遠方から光が走った。
窓の外、北の倉庫街の方角で、夜が白く染まる。次いで、音が来るよりも先に、空気が膨れ上がった。店の暖簾が外へ向かって激しくはためき、吊るされた提灯が横殴りに揺れる。酒の表面が器の中で跳ね、積まれていた串が乾いた音を立てて崩れた。
「うおっ!?」
「うおぉ!?すっごい揺れたのぉ……いやワシが揺れとるのか?」
「違いますよ!!町ごと揺れてます!!」
店員が叫んだ直後、猛烈な衝撃が中立街を襲った。建物の柱が軋み、壁に掛けられていた木札が一斉に落ちる。窓硝子は内側へ吹き飛ぶように砕け、細かな破片が床へ撒き散らされた。客達の悲鳴と怒号が重なり、誰かの徳利が割れ、酒と血の匂いが混じる。炭火の上へ落ちた天井の埃が白く舞い、焼き鳥の煙と絡んで視界を濁らせた。
自来也の酔いは、その一撃で半分ほど吹き飛んだ。赤らんでいた顔から緩みが消え、細められた目が北の方角を鋭く捉える。今の揺れは地震ではない。地盤の奥から来たものではなく、地表近くで何かが一気に爆ぜた衝撃だ。しかも、ただの起爆札や火遁ではない。空気を押し潰し、建物を揺らし、ここまで熱を含んだ風を届けるほどの爆発など、戦場でもそう見られるものではなかった。
「旦那!伏せてください!」
店員がカウンターの下へ身を屈める横で、自来也は徳利を置き、破片だらけの床を踏んで立ち上がった。酒で少し重くなっていた身体へチャクラを巡らせ、足裏を床へ吸い付かせる。店の奥にいた客が逃げようとして転び、割れた硝子で腕を切ったのを見ると、自来也は近くの布を掴んで投げ渡した。
「そいつの腕を縛れ。火の始末も忘れるな。二次火災になったら笑えん」
「旦那、あんた何者で……」
「なぁに、ただの酔っ払い。ちょいと足腰の強いな」
軽口を残しつつも、自来也は店の外へ出た。通りには、何が起きたのか分からず飛び出した住人や旅人が溢れている。子供を抱えた女、荷物を押さえる商人、腰の得物へ手をかける傭兵、互いに怒鳴り合う忍。人々の視線は皆、北へ向いていた。
倉庫街の方角から、赤黒い煙が天へ昇っていた。煙の根元では白い光の残滓がまだ瞬き、熱気が夜空を揺らめかせている。距離があるにもかかわらず、肌を撫でる風には焦げた木材と土、そして微かに焼けた肉の臭いが混じっていた。
自来也は眉を顰めた。
(ただの取引の揉め事じゃないのう。今のは忍術、それも相当な禁術級だ)
彼は任務中だった。木ノ葉を離れ、各地を回りながら、大蛇丸の痕跡と、近年各国の裏で名前が聞こえ始めた赤い雲の外套を追っている。中立街に寄ったのも偶然ではない。表向きは旅の作家が酒と女を求めてふらついているだけだが、裏では幾つもの情報屋と接触し、雲隠れ近辺の怪しい人の流れを探っていた。
その町で、これほどの爆発が起きた。
無関係で済むはずがない。
「おい旦那!そっちへ行くのは危ねぇぞ!」
先ほどの店員が店先から叫んだ。自来也は肩越しに振り返り、にやりと笑う。
「危ない場所へ行くのが、忍の仕事での」
「忍?」
「店の勘定は後で払う。逃げるなよ」
「あんたが逃げないでくださいよ!」
自来也は返事の代わりに片手を振り、屋根へ跳び上がった。瓦の上へ着地した瞬間、酒の回った身体が僅かに揺れる。だが次の呼吸でチャクラを巡らせると、足取りは一気に鋭さを取り戻した。
北の倉庫街へ向けて走り出す。
屋根から屋根へ飛び移るたび、爆心地の熱が近づいてくる。瓦の一部は衝撃で割れ、路地には倒れた看板や壊れた荷車が転がっていた。町の忍達も何人か同じ方向へ動いているが、その多くは現場へ近づくにつれて足を鈍らせている。感じるのだろう。あの場所に残るチャクラの禍々しさと、普通ではない破壊の規模を。
自来也は煙の向こうに空いた巨大な穴を見つけ、目を細めた。
(こりゃあ……一体)
酒の熱は、完全に消えていた。
自来也は北の倉庫街を見下ろす屋根の端で一度だけ足を止め、次の瞬間、瓦をタンッと鳴らして宙へ身を躍らせた。夜風の中を大きな身体が落ち、焼け焦げた通りの端へ下駄の歯が触れる。着地の衝撃はほとんどなく、長い白髪だけが遅れて肩へ流れた。だが、地面へ降りた直後に彼の表情から酔いの緩みが消える。鼻腔を刺したのは酒でも焼き鳥でもなく、土が焼け、木が炭になり、肉と鉄が一緒に溶けたような重たい臭いだった。
爆心に近い場所は、まだ夜気を拒むほど熱を孕んでいた。地面の縁は赤黒く焼け、砕けた石の隙間から白い蒸気が絶えず噴き出している。倉庫があったはずの場所には建物の形など残っておらず、円形に抉れた巨大な穴が黒い口を開けていた。周囲の壁は外側へ倒れ、柱は根元から炭化し、積まれていた荷物らしきものは輪郭すら失っている。爆発の中心に近づくほど空気は乾いて熱くなり、肌を撫でる風に細かな灰が混じった。
「ふむ……」
自来也は低く唸り、穴の縁から内側へ視線を落とした。凄まじい熱量の残滓がある。だが、ただの火遁ではない。火遁ならば燃え広がった痕がもっと残る。起爆札なら破片の飛び方が違う。爆遁に近い瞬間的な破壊も感じるが、それだけでは説明できないほど中心部の土が深く変質していた。何より、焦土の底に微かに残るチャクラの名残りが異様だった。膨張しきった力が一点から弾け、空間そのものを押し広げたような気配がある。
下駄の歯が焼けた土を踏み、カラン、と乾いた音を立てる。自来也は穴の斜面をゆっくり下っていった。足場は崩れやすく、熱で脆くなった地面が踏むたびに小さく割れる。普通の人間なら数歩で足裏を焼かれるだろうが、自来也は足へ薄くチャクラを纏わせ、熱と崩落を避けながら中心へ近づいた。周囲には、何かが人の形をしていたと分かる残骸すらほとんどない。ただ、黒く焼けた糸のようなものが数本、溶けた土の中へ半ば埋まり、時折、熱で縮むようにピクリと震えていた。
中心近くでしゃがみ込み、自来也は地面へ指を伸ばした。赤熱は収まりつつあるが、まだ指先を近づけるだけで熱が刺す。彼は爪の先へチャクラを集め、溶けた土の表面に残る焦げた粉を拭うように掬い取った。灰とも土とも違う、わずかに粘りのある黒い残滓。その中に、糸状のものが焼き切れた痕と、異質な生命力の気配がわずかに残っている。
「やはり、何かの術だな。だが、これほどの規模のものはワシも知らん。爆遁とも違う。火遁で焼いた跡でも、ただの起爆札でもないのぉ……」
自来也は指先の残滓を鼻先へ近づけ、眉間に皺を寄せた。焦げた繊維の臭いに混じって、獣の血のような、生き物の内側を焼いたような臭気がある。忍具の爆発だけでは、こんな生臭さは残らない。何かを媒介にした術。しかも、その何かは爆発の瞬間まで膨大なチャクラを肉体の内側へ閉じ込めていた。
(禁術級どころじゃ済まんのう。誰がこんな物騒な術を使った?)
彼は立ち上がり、視線を穴の外へ巡らせた。町の忍や警備の者達が遠巻きに集まり始めているが、誰も中心までは近づいてこない。熱だけではない。この場所には、戦場を知る者ほど踏み込みを躊躇わせる圧が残っていた。死の気配、と言えば簡単だが、それよりももっと乾いている。生き残るために何もかも削り落とした者同士が、短い時間で殺し合った痕跡だった。
焼けた地面の脇で、自来也は別の痕を見つけた。足跡ではない。瞬身の着地点だ。爆発より前、中心から離れる方向へ二つのチャクラの踏み込みが連続して残っている。一つは鋭く、速い。踏み込みの深さがほとんどなく、空間を滑るように移動している。もう一つは小柄で、足場へ残したチャクラの制御が異様に細かい。木ノ葉の忍特有の癖がある。隠そうとしているが、完全には消せていない。
「……木ノ葉か」
自来也の目が細くなった。
木ノ葉の忍がここで何かをした。しかも、並の忍ではない。これほどの爆発を起こしながら、爆心から離れた地点に整然とした退避跡を残している。無茶をしただけの若造ではない。計算し、逃げ道を作り、守るものを抱えて離脱している。そう考えた時、彼の脳裏に幾つかの顔が浮かんだ。ミナトの配下、暗部、あるいは近年噂に聞くうちはの天才達。
穴の端で、黒い布の切れ端が灰の中に埋まっていた。自来也はそれを拾い上げ、指で軽く払う。焼け落ちて柄はほとんど分からない。それでも、赤い染料がわずかに残っている。雲の形にも見える、妙な赤だった。
(赤い雲……こりゃ酒を呑んでる場合じゃなかったかもしれんの)
遠くで、住人達の騒ぎが大きくなっている。誰かが水を運び、誰かが怪我人を抱え、忍達が現場を封鎖しようと叫んでいた。その喧騒の中、自来也は布切れを懐へしまい、もう一度だけ穴の中心を見下ろした。蒸気の向こうで、焼けた土がまだ小さく泡立っている。
彼は下駄を鳴らして踵を返した。
まずは情報屋を叩き起こす。それから、木ノ葉へ飛ばす連絡を選ばねばならない。今ここで起きたことは、ただの中立街の騒動では済まない。そして、木ノ葉の誰かが関わっているのなら、酒の肴にして笑っていられる話でもなかった。
おっす。どうも、うちはイタチです。久々にやりました。分身大爆破。いや、正確に言うと、あの規模の爆破が久しぶりという話である。原作や『激闘忍者大戦4』のイタチが使っていたような、影分身に起爆札や火遁を仕込んで相手の懐で爆ぜさせる小規模な分身大爆破なら、修行で何度も試していた。父ちゃんには眉間に皺を寄せられ、三代目には優しい顔のまま長い説教をされ、シスイには「お前それ人に向けて使うなよ」と真顔で言われたが、火力調整さえ間違えなければ戦術としては非常に優秀なのだ。影分身が攻撃を誘い、相手が触れた瞬間に爆ぜる。友情破壊ゲーから生まれた嫌がらせ戦法は、忍の世界では命を奪う罠になる。
だが今回の相手は角都だった。心臓を複数持ち、黒いひじきを体内に飼い、身体を縫い合わせながらしぶとく生き残る化け物。普通の火遁や起爆札では、心臓一つか二つ潰せても逃げられる可能性が高い。ならば、風遁螺旋手裏剣級の経絡系破壊か、それに匹敵する威力でまとめて消し飛ばすしかない。俺に風遁螺旋手裏剣は使えない。螺旋丸はイタチが天才なお陰で形にはできるが、あの化け物を完全に仕留めるには足りない。天照?月読?いや、視力が落ちちゃうでしょうが!健康第一の俺が、十一歳の段階で失明リスクを積極的に背負うわけにはいかない。目は大事。健康診断で視力低下を指摘された時の社会人の焦りを舐めてはいけない。
そうして選んだのが、八門遁甲分身大爆破だった。影分身が死門へチャクラを込めた親指を突き刺し、肉体の内側で力を膨張、圧縮、起爆する禁術である。本体でやれば即あの世行きだが、影分身なら消えるだけで済む。済むと言っていいのかは微妙だ。消滅した瞬間、死門を抉った痛みの記憶と、全身が内側から膨らむ感覚と、爆発直前の視界がまとめて返ってくる。負担は本体が爆心地に立つより遥かに少ないが、ゼロではない。体感としては、深夜まで残業して、帰りの階段で膝が笑い始めるくらいの疲労感だ。バンテリン塗って寝れば治る。多分。忍界にバンテリンはないけど。
「なぁイタチ……これどうすんだ?」
爆心地から距離を取り、俺達は一度宿へ戻っていた。窓の外では町の方々から怒号と足音が聞こえ、遠くではまだ黒煙が夜空へ上がっている。俺とシスイは宿の二階の部屋で、床へ置いた木箱を見下ろしていた。封印札は戦闘の余波で端が焦げ、木板には細かな傷が無数に走っている。それでも箱自体は壊れていない。中からは変わらず冷たい白いチャクラが漏れ、部屋の空気を冬の朝みたいに冷やしていた。さっきまでは内側を引っ掻くような音も聞こえていたが、今は静かだ。その静けさが逆に怖い。
「出してあげよう」
俺がそう言うと、シスイは片眉を上げた。
「それはいいんだけどよ。後始末はどうすんだ?この子を木ノ葉に連れて帰るって、簡単に言える話じゃねぇぞ。任務内容から外れすぎてる」
確かに。
怪しい取引を調べていたら、暁と遭遇して、角都を倒して、ついでに倉庫街へ大穴を開けて、箱から子供を救出しました。報告書に書くと、どの行も怒られそうだ。しかも八門遁甲分身大爆破とかいう、名前からして上司が頭を抱える禁術を使っている。父ちゃんに知られたら眉間の皺が増える。母ちゃんに知られたら笑顔で正座だ。四代目は多分、優しい顔で「詳しく聞かせてもらえるかな」と言う。あれが一番怖い。
「……説教は避けられないな」
「お前、自覚あったのか」
「ある。かなりある」
「じゃあ何でやったんだよ」
「こうしなければ、角都を確実に倒せなかった」
シスイは少しだけ黙った。軽口を叩きながらも、さっきの戦闘を一番近くで見ていたのは彼だ。角都のしぶとさも、鉄棒男の膂力も、あのまま戦いを長引かせれば箱の中身を守れなかったことも分かっている。
「まぁ……そこは俺も否定できねぇけどな」
彼は頭を掻き、木箱の前へしゃがんだ。封印札の術式を見て、顔をしかめる。
「これ、雑に剥がすなよ。内側にまで封印が食い込んでる。下手に壊すと中の奴へ負担がいく」
「分かっている」
俺は写輪眼を開き、札に流れるチャクラの線を追った。雲隠れの術式とは違う。いくつかの里の封印を組み合わせた、かなり汚い作りだ。人を閉じ込め、チャクラを抑え、暴れた時だけ内側へ負荷を返す仕組み。商品を傷つけず運ぶための箱。そう考えた瞬間、胸の奥が冷えた。
俺はクナイを抜き、術式の要を一つずつ切っていった。焦らず、線を殺し、封印の圧を外へ逃がす。最後の札を剥がした瞬間、箱の内側から白い冷気が溢れ、床に薄い霜が広がった。
シスイが息を呑む。
俺は蓋へ手を掛け、ゆっくりと開いた。
「女の子……か?」
蓋を開けた瞬間、冷たい白い息が箱の内側からふわりと漏れた。俺とシスイは思わず息を止める。中にいたのは、黒髪の小さな女の子だった。膝を抱えるように身体を丸め、破れた薄い衣服を握り締め、白い頬を腕の中へ埋めている。親方、空から女の子が、ではない。箱から女の子だ。何を言っているか分からねぇと思うが、俺にも分からん。ただ事実として、封印札だらけの木箱の中に、冷気を吐き出すボロボロの女の子が入っていた。しかも周囲の木板には霜がこびりつき、彼女の髪の先にも細かな氷の粒が絡んでいる。呼吸は浅いが生きている。そこだけは救いだった。
「……すげぇチャクラだな」
シスイが低く呟き、写輪眼へ変えた瞳で箱の中を覗き込んだ。普段なら軽口の一つでも挟む奴が、今は声を抑えている。それくらい、少女から漏れるチャクラは異質だった。水のように澄んでいるのに、肌へ触れると刃物みたいに鋭く冷たい。部屋の空気がみるみる冷え、畳の縁に薄い霜が走る。
「これ、冷気か?ただの水遁じゃねぇよな。血継限界ってやつか?」
「恐らくな」
俺は箱の縁に手を置きながら、少女の状態を確認した。手首と足首には縄の跡が残り、首元には封印札の痕らしき赤い擦過傷がある。食事も水も足りていなかったのだろう。頬はこけ、腕は細く、眠っているというより意識を保てず沈んでいる感じだ。中立街で「品」と呼ばれ、暁相手に取引されていた意味が、目の前の惨状で嫌でも分かる。珍しい血継限界を持つ子供。戦力にも研究材料にも売り物にもなる。考えれば考えるほど胸糞が悪い。前世の会社にも人を消耗品扱いする上司はいたが、これはその比じゃない。人間を箱に詰めて運ぶな。せめて扱いの酷さに怒る前に、救助が先だ。
「布団に寝かせてやろう。このまま箱の中に置いておくわけにはいかない」
「だな。動かすぞ」
シスイは刀を脇へ置き、箱の中へ上半身を差し入れた。俺は封印札の残りが彼女へ干渉しないよう、写輪眼でチャクラの流れを確認する。シスイの腕が少女の背と膝裏へ回り、壊れ物を扱うみたいにゆっくり抱き上げた。その瞬間、少女の眉が僅かに震え、冷気が一段濃くなる。防衛反応か。無意識のうちにチャクラが漏れているのだろう。
「大丈夫だ。もう箱には戻さねぇよ」
シスイがいつになく静かな声で言った。少女が聞いているのかは分からない。だが、その言葉を聞いた俺の方が少しだけ息を吐いた。シスイは布団の上へ少女を寝かせ、破れた袖から出ていた細い腕を布団の中へそっと入れる。俺は荷物から水筒と兵糧錠剤を取り出し、砕いて少量だけ水に溶かした。いきなり飲ませすぎれば身体が驚く。こういう時は慎重に。健康第一。救助対象にも健康第一だ。
「で、どうする?」
布団の横へ座り込んだシスイが、俺へ視線を向けた。
うん。本当にどうしようか。いや、助けたこと自体は間違っていない。間違っていないはずだ。だが、状況だけを切り取るとかなりまずい。中立街で大爆発を起こした木ノ葉のうちは二人が、宿の部屋で見知らぬ少女を保護しています。説明不足だと完全に誘拐犯である。しかも少女は衰弱し、服はボロボロで、封印箱から出てきた。両親が探していたらどうする?人身売買されていたところを助けました、と必死に説明すれば信じてもらえるだろうか。謝罪だけは前世の社会人経験で鍛えられているが、謝って済む案件と済まない案件がある。
「上の判断に任せよう」
俺は少し考えてから、そう答えた。
「丸投げかよ」
「報告、連絡、相談だ。現場判断で抱え込むより、上に判断を仰いだ方がいい。特に身元不明の子供と血継限界が絡むなら、俺達だけで決めるべきではない」
「急に真面目なこと言うな。反応に困るだろ」
「俺はいつも真面目だ」
「お前がそれ言うと、だいたい何か隠してる時なんだよなぁ」
鋭い。やめろシスイ。そういうところで長年の付き合いを発揮するな。
とはいえ、今回は本当に判断を仰ぐしかない。分からないことを現場で無理に処理して失敗するより、上長に情報を上げて指示を貰う。これは前世の会社でも忍の任務でも変わらない。俺は中間管理職時代、部下からの報連相の遅れで何度胃を痛めたか分からないし、自分でも上司へ報告し損ねて炎上した案件がある。まさか転生後、忍界の宿屋で人身売買っぽい少女を前にして、その教訓を噛み締めるとは思わなかったが。
俺は布団に眠る少女を見下ろした。冷たいチャクラ。整いすぎた顔立ち。孤独の匂いがするほど痩せた身体。どこかで見た気がする。記憶の奥に、雪景色と仮面と、優しい声が薄く浮かんでは消えた。
その時、少女の唇が微かに動いた。
「母さん……父さん……」
布団の中で丸まっていた子供の唇が、氷の上を滑る息みたいに震えた。掠れた声は細く、部屋に漂う冷気へ溶けて消えそうだったが、その二つの言葉だけは妙にはっきり耳へ残った。そうかそうか、母ちゃん父ちゃんに会いたいんだな……分かる。分かるぞ。俺も早く木ノ葉へ帰りたい。帰って母ちゃんの味噌汁を飲んで、サスケとナルトの元気な顔を見て、布団でしっかり寝たい。だが帰ったら帰ったで、任務報告と分身大爆破の説明と倉庫街消滅の謝罪が待っている。うわぁ嫌だ。今のうちに謝罪文だけ脳内で下書きしておこう。誠に申し訳ございません、任務遂行上やむを得ず禁術相当の爆発を発生させました。駄目だ、何一つ許される気がしない。
「なぁ、今の声……こいつ、男じゃねぇか?」
シスイが布団の横で眉を寄せながら言った。
「ん?」
俺は思わず首を傾げた。またまたご冗談を。こんなに整った顔で、長い黒髪で、肌が白くて、声まで儚いのに男?いや、忍界には色々ある。俺自身も十一歳で百七十センチだし、サスケも将来えらい美形になる予定だし、うちは一族の顔面偏差値は意味不明だ。だが、それでも目の前の子供は美少女にしか見えない。……美少女に見える男?
その瞬間、俺の脳内でガバガバに錆びついた原作知識が、急に棚から雪崩落ちた。
千本。氷遁。霧隠れ。仮面。ナルトに語りかける優しい声。大切な人のために強くなるという言葉。そして、再不斬という名の男の側にいた、女の子みたいに綺麗な少年。
あれ?こいつ白か?
俺が布団の中の少年を見つめていると、廊下側から乾いた音が二度響いた。扉を叩く音だ。宿の薄い木戸越しに、人の気配が一つ。だが足音がしなかった。普通の宿の者ではない。空気の流れも、部屋の外で不自然に滞っている。
「ゴンタ」
シスイが低く俺のコードネームを呼んだ。こういう時だけ真面目に任務名で呼ぶのやめてくれませんか?いや、分かってる。敵の可能性が高い。俺は袖の内側からクナイを滑らせるように抜き、布団と扉の間へ半歩移動した。シスイも忍刀を手に取り、少年を背へ庇う位置へ立つ。宿の部屋は狭い。窓、壁、扉、布団、木箱の残骸。逃げ道は限られている。相手が忍なら、最初の一手で部屋ごと潰しに来る。
次の瞬間、扉が内側へ弾け飛んだ。
蝶番が千切れ、木片が鋭い破片となって室内へ撒き散らされる。同時に、白い霧が廊下から雪崩れ込み、床を這い、天井まで一気に広がった。普通の煙ではない。水遁で練られた霧だ。視界を奪うだけではなく、気配も音も湿らせて鈍らせる。だが俺には写輪眼がある。霧の中を流れるチャクラの色、踏み込んでくる足運び、巨大な武器が空気を押し退ける軌道が見えた。
俺はクナイを前へ出した。
その瞬間、腕に猛烈な重みが落ちた。鉄ではない。分厚い鋼の塊が横から叩き込まれたような衝撃。クナイの刃が軋み、手首から肘、肩へと骨を潰すような圧が走る。真正面から受ければ腕ごと持っていかれる。俺は足裏へチャクラを流して畳を掴み、身体を斜めへ逃がしながら刃を滑らせた。霧の中から現れたのは、人間の背丈ほどもある大刀だった。分厚く、重く、刃というより断頭台をそのまま振るっているような武器。畳が裂け、床板が呻き、部屋の空気が一撃で砕かれた。
「やっと見つけた。そいつを返してもらうぞ」
低い声が霧の奥から落ちた。大刀を押し込む男の顔が、ぬっと近づいてくる。逆立つ黒髪。口元から頬へかけて包帯のように巻かれた布。額には霧隠れの額当て。肌へ刺さる殺気は濃く、血の臭いに慣れた忍のそれだった。
再不斬。
名前が脳裏で繋がるより早く、俺は写輪眼で男の瞳を捉えた。斬り結んでいるクナイが悲鳴を上げ、シスイが横から踏み込む気配がする。だが、このまま説明なしで斬り合えば最悪だ。俺達は人身売買犯じゃない。助けた側だ。そこを誤解されたまま首を刎ねられてたまるか。
「俺の目を見ろ」
赤い三つ巴が霧の中で回転する。
頼むから聞いてくれ。俺とシスイは犯人じゃありません。今から幻術で全部説明します。だからその大刀を一旦下げろ下さい。霧隠れの鬼人!
再不斬「!?」
うちはイタチ、お前は預言者か?
-
ガバ原作知識で突っ走れ!!!
-
報連相は社会人の基本だろうが!!!